なんやかんやで過ごすこと一週間。
教育係とは言っても、隼人は物覚えもよく言われたことならほぼ完璧に済ましてしまう。将来有望とはこのようなことだろう。
この前からなぜか一緒に昼食を食べるということが習慣化してきてしまった。俺としては過去の事がバレたくないし、知られたくない。
でもそんな考えの俺とは裏腹に今の俺はそのことに関して、一種の安心感を覚えてしまっている。
完全に縁を切れたと思ったのに切れていないのは、自分の気持ちだったからっていう。そんな話だった。
昼休み。今までと同じように一人で寂しく昼食をとっていると、隣に隼人が来ていた。ここ一週間でよくみる光景だった。
「桜井さん」
「薫」
「?」
「……薫って呼んで。私たち同い年でしょ?……仕事中は桜井でお願いするけど今は休憩だし」
「……分かりました。じゃあ薫さんも僕を隼人って呼んでくれますか?」
「……分かった」
俺が名前を変更してから言われなかった名前。薫。
今まで自己紹介で下の名前を言っても結局使われるのは苗字だ。言われた経験も少ないしで俺自身この名前について何も思っていなかった。
……けど。今隼人に言われてこの名前が少しは報われたような気がした。……さん付けに若干の不服が残るが、いきなりは流石に厳しいのは俺も理解できる。だから、今はそれでいいだろう。
また一つ、距離を縮めてしまった。今のこの社会人。男女で名前呼びなんて距離を縮める以外に何もない。
「……薫さんて接しやすい人ですね。なんというか僕の親友に似ているというか」
「っ」
「男っぽいとかそんなんじゃないんですけど、雰囲気が同じのような」
「……素敵な親友さんだね」
「はい!それは勿論。僕の我儘のすべてに付き合ってくれて、人の事を第一に考えるような人です」
隼人の言葉にドキッとしたことを隠すために俯いて話す。
今はまだ、大丈夫だ。隼人は俺をその親友だとは紐づけていない。
それにしても。過去の俺の事美化しすぎてないか?言われているこっちの方が恥ずかしくなってくるんだが。
赤くなった顔を隠すように俯きながら買ってきたサンドイッチを食べる。
「……いきなり、ですけど。薫さんは恋人とかいらしたりするんですか?」
「……いないかな」
隼人に言われて、気付いた。恋人、女になってからも考えたことがなかった。
恋人、ましてやその先にあるであろう結婚。考える必要もなかったからだ。
俺の過去は俺しか知らないし、面倒くさいと自分でも思うが、付き合うなら俺の本当の姿を知ってほしい。
自分が常に相手に嘘をついている、そんな後ろめたい気持ちで一緒に生きるのは俺がつらい。
「じゃあ好きな男性のタイプとか」
男性のタイプ。
はたして今の俺が好きになるのは男か、女か、それとも誰にも恋はしないのか。
少し考えても、結局良く分からなかった。
優しくて誠実な人、とありふれていそうな答えを返し、逆に聞き返す。
「隼人は恋人いるの?」
「欲しいんですけど……いませんね」
……なんだか、安心した。
……安心?
先に恋人を作っていなかったということに対してだろう。俺を置いて先に行くのは感心できないしな。
とはいえ、いないとは言っているが、隼人はモテているに違いない。
俺から見てだが身長も高いし、顔も良い、そして優しく誠実な人だ。
気づいたら恋人ができていて、そのまま結婚までもつれ込んでいるタイプだろう。
「好きな女性のタイプとかは?」
「僕のことをよく知ってくれていて、我儘をなんでも受け入れてくれる人ですかね」
間髪なく答えてくれた。隼人にとってそれはずっと考えていたのだろう。
『僕の我儘のすべてに付き合ってくれて、人の事を第一に──』
先ほどの言葉がふと思い浮かんだ。
『僕のことをよく知ってくれていて』
……それってつまり俺では?
……いや、流石にないだろう。これは自信過剰過ぎた。なんでもかんでもすぐに答えを導こうとするのは良くない。
隼人の好きなタイプはそういう人。それだけで十分だ。
「そろそろ休憩も終わるので先に戻ってますね」
「……了解」
隼人が立ち上がり自身の持ち場へと帰っていくのを見て、俺も続くように後ろに付いて行く。
やがて午後の仕事が始まり、皆もそれぞれ緩んだ空気を引き締める様に仕事へと集中していく。
そんな様子だが、今日はいつもより集中できていなかった。俺の視線の先にあるのは、すっかりある程度の仕事は覚えた隼人だった。
真剣に取り組む姿は高校生の時と何一つ変わらない。強いて言うなら成長し、たくましくなった横顔だろうか。
……どこからか視線を感じ、その本人を探す。
「……」
謎にニヤニヤしている田中さんが居た。何を勘違いしているのだろう。別に変な気持ちで見ていたわけじゃない。
担当の新人がしっかりと仕事できているかを見守っているだけだ。
無言で視線を逸らし、さっさと自分の仕事に集中する。
今は仕事中。別の事を考える必要はない。
それでもたまに視線を上げてしまった。
俺の視界に映るのはやっぱり懐かしい親友の姿だった。