予定の時間よりも大分早めについてしまった。それほどまでに楽しみにしているということなのだろうか。
……正直隼人と話すのは楽しい。高校生の、あの時と同じ親友のように話すのをどれだけ待ち望んでいたのだろうか。
けれども隼人は今の俺の事を知らない。何とも複雑な関係だろうか。
仕事上の関係でしかない隼人と、今日はプライベートで会う。そんなことを思ってそわそわする心を抑えて、近くにあるベンチに座った。
今のところ隼人の姿を見ることは出来ない。俺が早く来ているだけで、別に隼人が遅刻しているということは無いのだが。
することもなくポチポチとスマホをいじる。普段は見ないようなネットの記事だ。
でもすぐに読むのをやめて別の事へと移る。
……今まで隼人と遊ぶことなんて数えきれないほどあっただろうに、こんなに落ち着きがない自分に驚いた。間違いなく、男の時の俺から変わっていることだった。
単純に隼人と食事に行くのが楽しみなのか、はたまた別の理由でここまでそわそわしているのか。
もしそうだとしたらそれは……。そこまで考えてやめた。考えてしまうと、元の自分に戻れなくなる気がしたからだ。
しばらくぼーっとしていると、視界に映る姿があった。
「……田中さん」
隼人でなく職場の上司の田中さんであった。先に見るのが隼人ではなく田中さんだったことに若干悲しい気持ちになる。それと同時に危機感をおぼえる。
普段俺が会社で見せる姿は勿論スーツで、お洒落にも興味が無さそうな女性だ。
それが今日という今、俺自身したこともないほどのお洒落を決めて、ベンチで誰かを待っている。
見つかってしまったら質問攻め確定だ。何より田中さんの性格だ。ずんずんと踏み込んでくるに違いない。
息を殺して、景色に溶け込もうとしよう。
「あれ?桜井さん……だよね?」
「……まあ」
「普段と変わり過ぎてて不安になっちゃったよ……それにしても今日は何かあるの?」
「食事にでも行こうかと」
「一人で?それとも……男性の人とか?」
「……」
なんてニヤニヤした笑顔を見せてくる田中さん。まったくの予想通りだった。直ぐに見つかってしまった自分を責めてしまいたくなってきた。
田中さんが色々と聞いてくるが、耳から耳へと聞き流した。会社では上司だろうが、プライベートではそんな関係は無い。
「──当ててあげようか、隼人くんでしょ?」
「……なんでそう思うんですか」
なぜ反応してしまった俺の口。そこで問い返してしまうって実質答え合わせしているようなものでは?
私の待っている人は隼人くんです、と言っているのと変わらない気がする。激しく後悔した。
「やっぱり?……というか職場の人は全員当てられる気がするけどね」
「……え?」
「桜井さん前まで笑顔も見せなかったのに、隼人くんと話すときだけ笑顔になるのよ。女性社員の中ではこの話で持ち切りだからね?」
「……」
しばらく思考を放棄した。今田中さんの言ったことが事実なら、会社では俺は隼人の事が好きと常識のように知れ渡っているということだ。
俺と隼人がそういう関係だと思われているのか?……会社に行くことを考えたら憂鬱な気持ちになった。
「それじゃあ私はこれで。がんばって!」
そう言い去っていく田中さん。まるで嵐のような人である。
そして田中さんと入れ違いで見知った姿を目に捉えた。誰かを探すように周りをよく見まわしている。
ベンチから立ち上がり、気持ち早めに歩きだす。
「あ、薫さん。……すいません待ちましたか?」
「全然待っていないよ。大丈夫」
こちらの姿を見て、向こう側から話しかけてきた。相手は勿論隼人であった。
少ししか経ってないが、やはり隼人の声を聞くと心が落ち着く。今までずっとあった孤独感。それを少しでも和らげてくれるのが隼人だからだ。
「今日はありがとうございます。内心受け入れてくれるか不安だったんですけど良かったです」
「いいよ。……私も楽しみだったし」
「え?」
「そ、それでどこのお店に行くの?」
「あ、はい。ここから少し先にある──」
俺の問いかけに答え、具体的なお店の場所や特徴を話してくれた。主にイタリア料理を取り扱っており、若い人たちの中で人気を集めている……らしい。写真も見せてもらったが、かなり雰囲気のあるお店だった。
そこまで聞いて、やっと気付いた。
これデートでは?
心は違うかもしれないが、男が女を二人きりで食事に行くことはデートと呼べるのではないか?
逆に今まで気づかない方が難しかったはずなのだが、見事に気付くことは無かった。
となれば、隼人は俺を一人の女として見て、今日デートに誘ったということだろうか。
……複雑だ。親友同士だったのに、今ではどうだろうか。職場の上司とその後輩の関係だ。それも食事というデートに向かっている。
勿論、気付いてから戸惑いの気持ちが心の多くを占めていた。しかし、その中に少し喜びがあったのは何故だろうか。胸が少し高鳴ったのは何故なのだろうか。
隼人は本当に俺の事をそう見ているのか。
それとも、ただ単に食事に誘っただけなのか。もしそうならすべて俺の妄想となり俺が苦しむだけだが。
「そういえば薫さん」
「……何か?」
不意に隼人がこちらに顔を向け、言葉を紡いだ。
「服装、似合ってますね。……正直かわいいです」
「え」
その言葉は反則だ、と言いたかった。