隼人と共に少し歩くと、目的の場所はすぐに見えてきた。周りから見ても分かるほど雰囲気のあるお店だ。少なくとも俺の人生の中では来たことがないような場所。
隼人は来たことでもあるのだろうか。わざわざ指定するほどだ。
扉を開け、店員のいらっしゃいませという言葉と同時に席に案内される。想像通り中までもお洒落なままだった。
しばらくお店の中を見回していると、同様に見回している隼人と目があった。
「……こういうお店、初めてですか?」
「初めて、かな」
「僕も実は初めてなんです。……今までご飯がおいしければ良いと思ってたもので」
まったくの同感である。男の時も安いファミレスで一緒に食事をする程度だった。まあ社会人となり、懐に余裕ができたということも関係していると思うが。
男同士なら、またあの時と同じように雰囲気も気にせず、安くおいしいお店に入っていたのだろう。
しかし、今は違う。
隼人は今の俺の事をどう思っているのだろうか。
自信過剰でなければ、隼人は俺のことを女として見て言い寄ってきてくれてる訳だ。
注文は無難にパスタとミネストローネを注文した。そして、俺が注文したものと同じものを隼人も注文した。
「……ありがとうございます。わざわざ来てくれて」
「いやいや、むしろ誘ってくれてありがとうね」
隼人からの感謝の言葉に、こちら側も感謝の言葉を返す。
正直に言うと、誘ってくれてうれしかったのは本当の事だ。女になってプライベートで誰かとどこかへ行くということすらしてこなかったのだ。
だからこそ、誘ってきてくれた時に嬉しさがあった。
確かに、親友の葵だと思われてしまうことはこの関係が崩れるようで怖い。それでも、その怖さを上回るほどの嬉しさがあった。
「一つ、聞いても良いですか?」
「……はい」
「失礼に思われたら申し訳ありません……出身高校ってどちらですか?」
「……」
それは、今この時間一番聞かれたくない質問だった。
もう、バレているのか?
そんなことが頭をよぎるのは当然だったのかもしれない。隼人が、なにやら納得するような顔をしていたからだ。
この瞬間、いやもっとその前から思われていたのかもしれない。名字だけで反応するほどだ。
やはり関わり過ぎたせいなのだろうか。
「言えないのなら構いません。質問をさせてもらっている立場なので」
「……」
今の俺には沈黙で返すことで精いっぱいだった。
「もう一ついいですか?」
「……」
「沈黙は肯定とみなします」
「やっぱり、葵だよな?」
「……うん」
高校の時、男同士だった時と同じ空気、同じ雰囲気で問われた。口調も表情も何もかもあの時の隼人と同じだった。
なんとなく、察してた。隼人に隠し通せるわけ無かったんだ。高校時代、ほとんど一緒に居た親友と呼べる人。
バレてると知っていて昼の休憩も、今日も会いに行っていた。前と同じような日常がすぐそこにあったから。
隼人に何も言わずに高校から離れた地で一人で働いていた。それも女になっていて。自分でも不誠実だとはっきり言える。
怒られてもしょうがない。挙句の果てに隠し通そうとしたんだぞ。
「……なんで女になってんの?」
「……えっと」
そこからは順を追って説明した。元の性別は女だったということ、自分で女として生きる道を選んだこと。そして、男時代の縁を切るようにして今の会社へ通っていること。
縁を切ったのは、否定されることが怖かったこと。
「……僕ちょっとショックかも」
「……ごめん」
これもすべて、自分が弱かったから陥ってしまった事態だ。強かったら、なんて思ったことは今まで何度あっただろうか。数えきれないほどあったに違いない。
逆の立場だったら、怒りすら湧いてくるだろう。
「……過ぎたことはしょうがないね。それにしても葵、いや薫さんはよくそれで隠し通せると思ったね。まんま一緒だしで笑っちゃいそうになった」
「性別変わってるのはもちろん疑問だったけど、それでも葵だって気づけたね」
「一人でいるときは無表情なのに僕と話すときだけ高校の時と同じ表情仕草するんだもんね」
逆の立場だったら、怒りすら湧いてくる。そのはずなのに。目の前の親友はあの時と何も変わらない笑顔を俺に見せて、語りかけてくる。
……こんな相手に隠し通せると思っていた自分が馬鹿みたいだ。
とはいえ、ここまで言われると気恥ずかしくなってくる。
「隼人、今は私が上司なんだよ?」
「そうですね、失礼しました。すいません薫さん」
「……ふふ」
意地悪かなと思うことを言っても、きっぱりと仕事とプライベートを分ける隼人。
正直にいって格好いいと思えた。自分とは正反対だ。強い隼人と弱い自分。
それからすぐに料理が運ばれてきて、今までと同じように話に花を咲かせた。
会社のことやプライベートの事、隼人の大学でのこと。
この日は、自分が女になってから一番多く笑顔をみせた日になった。
男の過去を隠そうとして、誰にも本当の自分を見せることは出来なかった。そんな私が初めて見せた相手は男の時の親友だったなんて、なんていう皮肉だろうか。
こんな日が続けばいいのに、そう思うのは必然だったかもしれない。