ちゅんちゅんと、鳥の囀りが夜明けを告げる。ひび割れた窓から陽の光が差し込み始め、人々は夢うつつから抜け出そうとする時間。人によっては、二度寝の合図になるかもしれない。彼もその1人だ。しかし、そんな計画も、外から激しく扉を叩く音に妨げられる事となった。
「ちょっと、居るのは分かってるんですのよ!?早く出てきなさい!」
鳥の鳴き声よりも高く喧しいそれに、顰めっ面になりながらベットから這い出て扉を開ける。
「朝から……何の用だよ、お嬢様?」
「は?あなた……約束、忘れてるんじゃありませんわよね?」
腕を組み、今も苛立ちを隠さないまま肩を怒らせる少女を前に、彼はめんどくさそうに欠伸をしながら頭を掻く。寝起きなのだからもう少し手加減が欲しいと心の中だけで愚痴る。今の彼女にそれを口にしたら、火山が噴火するのは目に見えている。
「あ〜……なんだっけ」
「〜ッ!ダンテ!あなたが言い出した事ですわよ!?なんで張本人が忘れるんですの!?」
ダン!ダン!と足で地団駄を踏みキッと睨む少女。何だったかな、と眠気覚めないままに思い出す。確か──
「ツールドインフェルノの手伝い、だったか」
「ふん、やっと思い出しましたわね。あなたが壊したバイクの埋め合わせをするというから──」
言っていて怒りが再噴したのだろう。どんどんヒートアップしていく彼女。郊外を拠点に活動する走り屋集団の一つ、カリュドーンの子に所属する少女、ルーシー。以前零号ホロウに直行するのに使わせてもらったバイクが何故か壊れてしまい、ルーシーの怒りを買ってしまったという訳だ。
「って言ったってなぁ……ツールドインフェルノ本番には俺は参加できないだろ。部外者だぞ、俺」
「心配は無用ですわ、貴方にやってもらうのは、バイクのパーツ探しとその運搬ですわ」
「……めんどくせぇ」
「な、に、か、言いまして?」
ボソッと呟いた一言に、ルーシーはニッコリと、目が笑っていない笑顔で応える。その目が『それ以上口答えするなら私のおバットが火を吹きますわよ?』と告げている。これにはダンテも無言で両手を上げて降参のポーズである。
「はいはいわかったよ……ちょっと待ってろ」
ルーシーをその場に待たせ、身支度を素早く済ませる。と言っても、仕事道具を除けばやる事はいつもの服に着替える事くらいだ。目が痛くなるくらい赤で統一された服へ。
「待たせたな」
「──」
「ん?」
着替えて顔を出せば、何故か返事は返ってこない。何事かとルーシーを見ても彼女は何故かポカーンとしていて。
「ルーシー?」
「あ、いえ……何でもありませんわ」
「?」
ふいに顔を逸らされ、疑問しかないダンテを前に、彼女はその口を閉じたままだ。こうなっては話さないだろうと話を変える事にする。
「ツールドインフェルノの資格、持ってたか?」
「この前、シーザーが取りましたわ。というかその場に居合わせてたじゃありませんの?」
「あー、忘れてた」
何気なく原作との擦り合わせをしながら家を出た2人だった。
ところ変わって、これまた郊外の何処か。乾いた風が支配する郊外で、様々な人間が集まり、拠点としたこの場所は、郊外を統べる覇者の走り屋チーム。『トライアンフ』の根城である。そこへ、1人の男が現れるのだ。郊外の派手な服装をした走り屋に比べ、地味とも言えるジャケットに、少し野暮ったいズボン。冴えない中年のおっさんだ。
覇者と呼ばれるチームだけあり、そこに居た人達の視線は鋭く、服装の派手さも相待って威圧的だ。怪訝に思った見張りの1人が、ズカズカとオッサンへと歩み寄る。
「おい、おっさん。ここが何処だか分かってんのか?」
「あー、すまんな。ちょっと知り合いに会いにきたんだが……」
そう言いながら、懐から煙草を取り出し、火をつけるおっさんに、舐められてると思ったのだろう見張りが、睨みつけながらオッサンの襟元を掴み上げる。
「あぁ!?舐めてんじゃねぇぞ!?」
「……怖いなぁ」
「何言って──」
しかし、その言葉は最後まで言い切られる事はなかった。襟元を掴んでいた手首を掴まれ、そのままスルリと地面へと投げ飛ばされていたからである。あまりに突然の事に、受け身も取れないまま背中から地面へ落ちる見張りは、呼吸が止まる。
「トライアンフも随分と腕が落ちたな」
そう言いながら、冴えなさそうな顔をしていた筈のオッサンは、鋭い目を向けながら、いつの間にか手に持っていた匕首を倒れ込んだ見張りの顔、その真横へと突き刺していた。
「ひ──」
少しズレていれば、今頃命はなかった。その事実を前に情けない声が漏れ出る。オッサンはその様子に、やれやれとため息を漏らす。
「見張りする者が、不用意に近づいちゃならんだろう」
と、そんな所に奥から様子がおかしい事に気がつきゾロゾロと仲間が来る。仲間をやられたのだと殺気立つ面々と、あわや衝突かと思われたその時だ。
「待て!」
その仲間たちをかき分け、顔を出したのは髭の濃い筋骨隆々の老齢の男性だ。彼こそがこのトライアンフのリーダーであり、郊外の覇者と呼ばれる男。
「ポンペイ」
「すまん、本部」
その場をポンペイが仕切り、警戒が解かれた。いや、今もオッサン、いや本部と呼ばれた男を睨む者が多い。血の気が多い、いや今の時期が悪くピリピリしていたのだろう。それらを脇目に、ポンペイに彼の部屋へと案内された。
「若い連中が、すまんな本部」
「いや、いい。俺らも若い頃はあんなだっただろう?」
コトリと置かれたコップに並々と注がれてるのは酒だ。お互いに持ち、カチンとぶつけて口へと運ぶ。キューっと、喉が焼ける様に熱くなる。いい酒だとよく分かる。
「もう少し分別があったと思うがな」
「ふふっ、過去なんて美化されがちだ。側から見れば案外俺たちもそう見えていたのかもしれないな」
昔を懐かしむように会話が弾む。しかし、その話題が今期のツールドインフェルノへと移った時、酒を口に運ぶポンペイの顔は曇る。
「……人前じゃ言えんがな、俺も歳だ。そろそろ引退を考えつつある」
「そうか」
「今回はいい機会だ。若い奴らにやりたい様にやらせてみたいと思っていてな」
だが、その結果はポンペイにとっていいものとは呼べなかった。若く、下を纏める右腕の存在にポンペイは頭を悩ませた。彼が直接率いていた数年前までは、郊外に住む住人と協力しながら取り仕切っていた。しかし、ここ数年、トライアンフからいい話があまり出てこない。評判が悪くなる一方であった。
「俺の右腕……ルシウスは、頭はいいんだがな」
少々、合理的すぎるきらいがあった。野心がある事はいい。それは向上心だ。若き日の自分にもそれはあったし、ルシウスのそれにも好感がある。だが、のし上がろうとする時、彼は人の感情を踏みつけにするのだ。
「頂点を目指す為なら……と奴は思っているのかもしれないが、それでは成り立たん」
郊外は厳しい土地だ。環境も去ることながら、ホロウも日々発生し続ける。そんな場所で、他者を踏みつけて生きていける訳がないのだ。他者と手を取り合い、郊外は成り立っているのだから。そこを外せばたとえ覇者となったところでついてくる者など皆無で、そうなればただの無法者が居るだけだ。
「その件、俺に預けてくれないか」
悩みを吐露するポンペイを前に、一気に酒を飲み込み、本部は言った。
「ちと荒療治になるが、なる様になる」
「……お前になら、預けられる」
そう言ったポンペイの脳裏を過ぎるのは、過去の記憶だ。誰もが何かを失いかけたあの日。旧都陥落。当時走り屋として未熟だった自分を。折れかけた自分を鼓舞して立ち上がらせた目の前の男を。
──立て!まだ未来は決まってねぇ!
自らも血塗れになりながら、迫り来るエーテリアスと戦い続けた男を。
ガタガタと路面の悪い道路を走るトラックは事あるごとに縦に横にと揺れて乗り心地は最悪だ。しかし、運転する彼女の表情は至って穏やかだ。その助手席に座る男の表情の悪さとは対極的だ。
「そろそろ目的地だぜぇ〜先生」
のんびりと、間延びした声で言う少女に、先生と呼ばれた男に返事をする余裕などなかった。
「……その、もう少しゆっくりいけないかね」
「え〜、これでもだいぶ抑えてるんだけどなぁ」
日差しが厳しい郊外で、黒一色のコートを着込む男は、顔を青くしながらひたすら揺れに耐え続けるしかなかった。まぁ、男の意地も物理的揺れにはどうしようもなく、到着した後にそこらの地面に今日の朝食は全てぶち撒ける事となったが。
「しかし先生〜、こんな郊外に何の用なんだー?」
「なに、患者がいるんでね……うぷ」
プライドでカッコつけようとするも、込み上げる吐き気と格闘していて格好がつかない。千鳥足でその場を後にする男を前に、ありゃりゃと心配そうに運転席から見つめる少女。
「悪いことをしたかもなぁ〜……ま、いっか」
医者だと言っていたが、こんな郊外へ直接足を運ぶなんて珍しい医者も居たものだと思う。確か名前は……ブラックジャック、だったか
【ルール】
・自分の転生キャラになりきること(解釈違いを恐れるなかれ!)
・キャラ達の原作でやらない行動はできるだけ避けること
転生者その11
掲示板ネーム黒男。作品はブラックジャックより、間黒男。拠点を持たず放浪する形で医者として活動している。人を選んで法外な値段をつけて治療しているのは原作通り。実は過去に子供を救おうと足掻いた死にかけの研究者から、とあるデータを受け継いで、その治療対象を探し続けている。まだ見つからない。そんな彼の常連客は上条当麻。