──ここはもう無理だ!お前だけでも!
──貴方は逃げて
──後は頼んだぜ!
──なんでこんな事になっちゃったのかな……
走った。走って走って、息が続く限り走った。助けを求めて手を伸ばす人がいた。動かなくなった肉親を抱きしめて泣く人がいた。悲劇があった。目を覆いたくなるような惨劇があった。助けようとしても、助けられなかった。
「………ッ!!!」
怒りがあった。この悲劇に対する怒り。そして、何もできない己に対しての怒り。足掻いて足掻いて、そうして守れたのは、たった2人の子供だけ。戦いの中で何度も形を変えて追いかけて来る化け物を相手に、走る列車の屋根の上で戦い続けて、ようやく悲劇の舞台から脱出できた。
そうして、彼に残ったのはポッカリと胸に空いた喪失感だった。以前にあった驕りとも言える自信は粉々に砕けた。彼は少なからず慢心していた。自分がよく知る人間なら、例え旧都陥落だろうと大丈夫だと。皆が言葉になくとも同じ事を考えていただろう。だから、旧都陥落を止めることができなかった。その運命に傷をつけた彼女が居なければ、きっと今も──
「ここは……」
悪い夢に魘され、レオンは目を覚ました。身を苛む激しい痛みと熱。身動きが取れない。重みのある瓦礫が体を固定していたようで、力一杯倒れたまま押し込むことで、ようやく身動きが取れるようになった。脇腹を抱えながら立ち上がれば、辺りは炎の海だ。地面があるという事は、飛行船は不時着出来たのか?仲間は?サクリファイスは?
後から疑問が湧き出る。しかし、今はこの場から脱出しなくては。炎はこちらにも到達し、身を焦がそうと迫るだろう。
「レオン様!」
その声に、振り返る。そこには、ライカンとリナがいた。2人とも無事だったようだ。お互いボロボロだが、五体満足でいられたのは幸運としか言えない。
「状況は」
「飛行船は制御を失い落下、不時着は失敗しています」
その結果がこの炎の海か。何処に落ちたのかは定かではないが……恐らく何かに引火したかもしれない。
「サクリファイスは」
「不幸中の幸いと言うべきでしょうか、この爆発で大半はそのまま死んだようで」
「そうか……とにかく、今は脱出しよう」
3人は、炎に巻かれないよう比較的炎の影響が少ない道を選びながら離脱していく。そうして、ようやく茹だるような熱から逃げ延びた時だ。飛行船の残骸が背後で大爆発を起こした。
「──!?」
その衝撃は凄まじく、3人して吹き飛び地面を転がる。転がりながら姿勢を戻して辺りの警戒をするライカンが気づく。
「サクリファイス……!」
炎の隙間から、此方を覗くギョロリとした瞳。ハッキリとこちらを認識している。戦うか?いや、こちらも負傷している。得策ではない──ライカンは逡巡し、判断する。
「失礼」
まだ立てないレオンとリナを両脇に抱え、狼のシリオンとしての脚力を活かしその場を即座に離脱。数秒後にはいた場所を炎が上から降り注ぐ。
「不味いですね」
2人を抱えて逃げれられるとは思えないが、かと言って今の状況で戦闘するのもまた無理だ。そう判断したライカンは冷や汗を一筋、垂らした。
「いや……」
漏らすライカンの言葉をレオンは否定する。その視線は、ライカンではなく別の場所に。
「どうやら間に合ったらしい」
エンジンの唸るような音が幾つも響く。それはココを目指して近づいている。そうして現れたのは──
「どうなってんだ、こりゃあ……」
「なんでもいいですわ!今気にしなきゃいけないのは──」
「コイツの相手、だな」
その時、炎の隙間から伸びる巨大な拳がこちらに迫る。それに反応したのは2人だ。
「シーザー!ライト!」
「任せな!」
「おう!」
巨大な拳を相手に、シーザーと呼ばれた女性はバイクから飛び出し、義手となった片手に取り付けたチームのシンボルを模る盾を構える。ただ正面から受け止めるのではなく、僅かに斜めに構え、拳が当たる直前に跳ね上げる。力任せではなく、相手の力を利用した受け流し、弾く。そうして逸れる巨拳を迎え撃つは、赤いマフラーがはためく男。ライトだ。
「チャンピオンが来てやったぞ!」
ガチャガチャン!と右腕に取り付けられたナックルとガントレットを兼用する装置が変形。内燃機関のエネルギーを余す事なくフルパワーで放出。振り上げた拳の勢いに乗り、ジェット推進の力を得た拳のフルスイングが巨拳を弾き返した。
「ここは任せなさい、カリュドーンの子がお相手しますわ」
そんな2人を横目に、ライカンにそう宣言するのは、ツインテールの少女。ルーシー。
「おいおい、伝えたのは俺だぜ?」
「あらあら。言わなきゃ、1人で行く気だったのは貴方ではなくて?」
そんなルーシーの背後から顔を覗かせるのは、白髪に目が痛くなる赤で統一された服装の男。
「どうせ、この騒ぎなら俺たち以外にも来る奴はいるだろうに……」
「だとしても、今はツールドインフェルノ。ゴールが先にある以上こんな化け物なんて邪魔以外の何者でもありませんわ」
ふふん、と勝気にそう話すルーシーをやれやれと諦めた様子で息を吐く男。
「なんつーか……お前、時々男より漢らしい所あるよな」
「なんですのそれ、もしかしてバカにしてますのダンテ?」
カンカン、と凹凸のついたバットなのか棍棒なのか分からないそれで地面を突くルーシーに、両手をあげて降参するダンテ。
「こう、なんで俺の周りには気の強い女しか集まらないんだ?」
ボヤきながら、一歩前に出る。それに反応するよう、炎の中から触手が幾つも飛び出しこちらに殺到してくる。先ほどのように受け流すにしても数が多すぎる。だが──
ズドドドッッ!!と
幾つもの銃声が重なって響く。その正体は、ダンテの両手に握られた二丁拳銃。しかし、拳銃にしては大きすぎるそれから放たれる弾丸の威力は絶大だった。触手の一つ一つに着弾し、当たった触手が弾け飛び肉片がそこらに撒き散らされる。それを目にしたライカン達は目を剥く。当然と言わんばかりに微笑んでいたのはレオンだけだ。
「カーテンコールにしちゃ随分と情けないな」
ふん、と鼻を鳴らし両手の銃をクルクルと弄ぶ。炎が揺れる。劈く雄叫びが空気を揺らす。炎のベールに隠されていた化け物の全容が明らかとなる。
「デカいな……」
誰が言ったか、その場にいる全員の所感を呟く。そう、デカい。そこらのホロウではまずお目に掛かることはない巨体。デットエンドブッチャーよりもデカいそれを比較するならニネヴェなどになるだろう。雄叫びを上げながら、天高く振り上げた巨腕をそのままこちらに叩きつけんとするサクリファイス。
「おい!来るぞ!」
「避けろ!」
その場にいる者達は口々に叫びその場を退避しようと走る。しかし、ダンテの表情は変わらない。何故なら──
ブロロッッ!と唸りをあげるエンジン音で飛んできた装甲車が振り下ろされる巨腕に横から突撃。軌道を逸らしながら派手に地面へと着地。地面を削りながらギャリギャリッッと、ダンテの目と鼻の先、眼前で止まった。
「……グッドタイミング!」
「言ってる場合じゃないでしょ、どうなってんのこれ?」
装甲車の扉が開き、そこから武装した兵士たちが降りてくる。その中で軽装の男。迅悠一が今も天高く居座る化け物を見上げながら尋ねる。
「さぁな、ちょっと予想外だった」
恐らく、讃頌会も予想外の事態だろう。色んな要因がブッキングした結果、このような化け物が生まれた。
「束博士の推測では、恐らく共食いしたのではとの事です」
運転席から出てきたのはメガネをかけたスーツの男。七海建人だ。
「それはまた、ゾッとする話だな」
「そうですか?呪霊でも似たような話はありますし、不思議でもないかと」
「近界民でそういう話は聞いたことないし、場合によるんじゃないかな」
船に積まれていた死んだサクリファイスの亡骸を生き残ったサクリファイスが共食いした、と。恐らく生存本能から来る行為だ。ここがホロウ内で良かったと七海は心底思った。外でこんなのが居たらどうあっても大混乱は免れなかっただろう。
「失礼、アナハイムの方とお見受け致しますが」
そんな3人の会話に混じるのは、ライカン。既にダウンしているレオンは少し離れた位置に寝かされ、負傷しているリナを護衛につけた状態だ。
「そちらはヴィクトリア家政ですね。噂は予々」
「知っていただけてるとは、光栄です。しかし、何故この場に?」
ライカンは不審に思っている。何故このタイミングなのか、と。あまりにもタイミングがよく、この場に現れたアナハイムの私兵部隊。暗に、サクリファイス、そしてその裏にいる者達と繋がっているのではないかと疑いの目を向けていたのだ。七海はメガネのずれを指で押し上げ話す。
「そうですね、ここにいる人達には後で説明します。どの道協力関係を結ぶつもりでしたからね。貴方の雇い主とは」
「……!それは」
雇い主、つまり市長と協力関係を結びたいということ。その時点でアナハイムがそれを知るだけの位置にいるということを指す。サクリファイスや讃頌会についても知っていると見て良い。ならば、最低限この場で協力する事も吝かではない。
「まずはあれをどうにかしましょう」
「ええ、ご協力致します」
見事な大人の会話。そんな彼らをダンテと迅はお互い耳打ちしながら横目で見ていた。
(冷静なように見えてるけど推しと話せて興奮を隠してるだけだぜ、あれ)
(気持ちは分からなくもないなぁ。俺も星見雅と話してみたいし)
(え?やめておいた方がいいぞ。あいつ強い奴見つけると修行とか言って勝負仕掛けてくるから)
(こわっ、ポケモンバトルかな?)
「そこ、何コソコソしてるんですか」
「別に〜」
そんな様子を七海に咎められ、そっぽ向く2人。
「それで、あれどうする?」
話を逸らすように、ダンテがサクリファイスを指差し七海に尋ねる。
「この場にいる人たちで攻撃を逸らします。メインは貴方ですよ、ダンテ」
そう言われて嫌そうな顔になるダンテを真顔で見つめれば仕方ないと言わんばかりに肩を落とした。