3人で行動するようになって時間が経った、30分くらいだろうか。いい加減エーテリアスを退けながら移動するのが疲れた上条は適当に腰掛けられそうな段差に座った。
「ちょっと休憩しよう、あとどれくらいなのかは分からねぇけど疲れた」
「……」
「む、そうか……私はまだ行けるが」
上条の言葉に各々が楽な姿勢で座った。やはり視界の占有率というか、ハベルの鎧がやけに邪魔に感じる。エーテリアスを相手にそこまでの重装備が必要なんだろうか?
「そうだ、いつも携帯している食料が」
ハベルはそう言いながら、腰の後ろ辺りをゴソゴソする。
「これは……糞団子か、これじゃない──」
なんかとんでもないこと言ってる気がする。一体何を食わされるのであろうか。恐怖の中、一部始終を見守る上条。どうかせめて食べられるものでありますように──
「おお、あった。これだ」
そう言ってハベルが取り出したのは、黄色い箱。紙で出来たそれを開けるとパッケージされた菓子が入っていた。固形蛇がCMやってた気がするやつである。
「おまっ、それ口の中パッサパサになるやつじゃねぇか」
「携帯するには丁度いいだろう?私もよくお世話になっている。ドクター特製だ」
その言葉に脳裏を過ぎるのはいっつもエナジードリンク片手に目に隈を作る何処かの人だ。
「あの人のねぇ……」
いや、別に疑うわけではないが。なんなら多分開発陣としては一番良心的な事に疑いはないが。それはそれとして。
──あの人も割とナチュラルにイカれてる時あるんだよなぁ。
と、上条は思った。普通の人は徹夜がデフォであるはずがないのだ。その事を指摘した事があったが、なんかすんごく長いお話をし出して有耶無耶にされた気がする。
「まあいいか、くれるなら貰うよ」
その場にいる全員で、ポリポリと食べてみる。
「バニラか」
「む、嫌いだったか?」
「いや、俺はチョコ派だ。シルバーは……」
「──!」
なんか、シルバーがいたく気に入ったようで目を輝かせポリポリポリッ!とまるで木を齧る齧歯類のような様子であっという間に食い尽くしていた。
「……いるか?」
その余りに立派な食いっぷりに、上条はその手に持った菓子を渡してやる事にした。なんか嬉しそうだし、まぁいいだろう。あげた菓子を瞬く間に食べ切ってしまったシルバーは名残惜しそうに菓子の包み紙を見つめていた。
「む、もう品切れだ。すまない」
「出たらまた貰えばいいだろ、そろそろ行こうぜ」
「うむ」
皆が食べ終わる頃には、ほどほど休めた。先に進もう。歩いていると、次第に周りの景色も変わり始めていた。気色の悪い植物の数が増えてきた。その根が人工物を侵食していく様子が見てとれた。
「そういや、ハベルとシルバーはエーテル耐性、大丈夫なのか?」
ホロウ内で動ける時間は限られている。個人差があり、それの指標となるのがエーテル侵食耐性である。少しも耐性がない人なら、ホロウに入った途端エーテリアスになってしまうし、耐性があっても長時間滞在すればそれだけで侵食されてしまう。
なお上条は例の右手のお陰か、いくらホロウに留まっても変化することはない。もしそれが無ければ何度もホロウに投げ出される事もなくエーテリアスになっていただろう。
「私はまだまだいける、生まれのお陰か、人よりホロウには耐性があるのでな」
「──!」
話せないシルバーは、同意の代わりにグッと拳を握る。表情から察するに、まだ行けるようだ。なら大丈夫か、と気を取り直す上条は気がつく。
「なんか……どんどん深くなってないか?」
進めば進むほど、エーテルの濃度というか、そういったものが濃くなっている気がする。いや、間違いなくそうだろう。
「なぁ、道合ってるのかシルバー?」
そう尋ねてみる。頷いているようで、道に間違いはないらしい。そうした一行の前に、金属製の重そうな扉が現れる。慣れた様子でシルバーがそこを開けば──
「なんだこりゃあ……」
ひび割れたコンクリートの床には、脈打つ植物の根がびっしりと張り巡り、左右の壁には、繭のような、エーテルのカプセルとも言うべき何かに繋がっている。その最奥には、大きな花弁が、閉じたまま鎮座していた。異様な光景だ。エーテル色に染められた神殿のようなそこの部屋に、上条の喉がゴクリと鳴った。
「貴公、気をつけろ」
そんな上条を制するよう、ハベルが告げる。そうして指さす先に、誰かがいる。
「──あら?A、あなた帰ってきたの?そこに居るのは……あぁ」
Aと呼ばれたシルバーと、その後ろにいる上条達を一瞥し、笑う。それは決して歓迎の意味を含んでなどいない。
「よくやったわA、実験台は多いほどいいのだから」
その容姿はシルバーとそっくり、どころではない。全く同じだ。違いがあるのは、その左目に眼帯をしていることだろうか。表情に感情が薄いシルバーと違い、その少女には表面に張り付く悪意があった。ニタリ、と笑う姿はシルバーのそれとは全く違った。
「誰だ……?」
思わず漏れる上条の言葉を、彼女は拾ったのだろう。
「あら、貴方が知る必要はないわ。どうせここで終わるんだから」
そう言って、手をあげる。それを合図にベチャベチャ!と天井からエーテリアスが降ってきた。それも数体どころでは無い。数十体という勢いでだ。
「シルバー!」
守ろうと、シルバーを呼ぶ。しかし、彼女はエーテリアスの間を抜け、あの眼帯の少女の元へ行ってしまった。
「どうやら、我らは誘い込まれてしまったようだ」
ハベルは、肩に担いでいたでかい棍棒を両手持ちし、構える。突如として変わる状況に動揺する上条を他所に、エーテリアスがこちらへと殺到する。あの数で一斉に来られるだけで脅威となるそれを前に、ハベルは棍棒を地面に叩きつけて、真っ正面から突撃した。
「貴公!ぼうっとするな!」
その岩のような鎧でエーテリアス達の突進を受け止め、棍棒の重量を活かした薙ぎ払いでエーテリアス達を吹き飛ばす。あまりに豪快、単純ながら、それは凄まじい威力を持っていた。
「貴公!」
そこで、ようやく上条が再起動。動き出す。手当たり次第にその拳を振るい、押し寄せるエーテリアスを消していく。
「──よし、退くぞ!狭い場所で一対多など犬で懲りている!」
敵の数を減らし、頃合いを見てハベルはそう上条に指示を飛ばす。今はこちらが不利だ。相手はいくらでも敵を増やし、物量で押し潰せるだろう。今は一旦退くべきだ。ハベルの長年の経験からそう判断した。そして、上条もその指示に従う。どう見てもこの場に置いて一番的確な判断ができる人間だと理解しているから。
「クソッ」
エーテリアスの波をこじ開けるよう進み、道を引き返して走った。背後にはすぐ近くにもエーテリアス達が迫り来る中で。
「まだ来るぞ!──って遅いなおい!?」
走る上条が背後を振り返れば、ドッスンドッスンと鎧を揺らしながら走るハベルの姿があった。遅い、歩くよりは早いだろうが、それでも遅い。重厚な鎧に、バカでかい棍棒を担いでいればそうもなるだろう。
「そうは言ってもだな、軽ロリは甘えだと私は思うのだよ貴公」
「何の話だよ!?」
木目ロリとかあんまり好きでは無いのだ、力こそパワーとなぜわからんのか、と意味のわからん事を呟きながら走るも、どうやっても向こうが追いつくのが早いだろう。
「こうなったら!」
やるしかない、と覚悟を決めて体を反転、向かってくるエーテリアスに向かっていく、その直前だった。
エーテリアスと上条らの間を、一羽の黒い鳥が横切った。大きな翼を広げて滑空する鳥がにゅるり、流動し、鋭いスパイクに変化。エーテリアス達を串刺しにしていった。あれだけいたエーテリアス達が一網打尽だ。
「全く、世話が焼ける」
そんな2人の背後から声が聞こえる。凛とした声。振り返れば、そこには白髪に、ジャケットを魔改造したような黄色の服を纏った女性がいた。その金色の瞳がこちらを見ている。
「ここは凶と出ている。お前さんら、一体何処から来たんだ」
ジッと、こちらを見る女性。どうやら怪しまれているようで、上条は慌てて名乗る。
「俺は上条、で、こっちのゴツいのがハベル。ホロウに迷い込んで出口を探してたんだ」
「で、あの群れに出くわしたと。随分と運が……んん?」
言葉の途中、女性は言葉を詰まらせ上条の顔をマジマジと見た。動揺する上条に、彼女は呆れたような、或いは驚くような顔で言った。
「お前さん、凶も凶、大凶の運勢だな。これほど酷いのは初めて見た」
ここまで酷いと、死相と変わらんのではないか?と続ける彼女に、上条は愕然とする。
「え?そんなに?」
「ああ、かなりやばい」
こんな様子では見送るというのもな……と考え込む彼女は、仕方ないと結論付けてこう言う。
「私が出口まで案内してやる」
「あ、ありがとうございます……えーっと、名前は」
「儀玄だ」
儀玄と名乗った彼女の案内で、ようやくホロウを抜け出すことができた。