記憶を噛み締め、ハベルは記憶の最奥へと辿り着いた。そこは機械ひしめく小部屋だった。計器がまだ稼働しているようで、何かを示すメーターの針が小刻みに揺れている。
「エネ殿」
『分かってますよー!根掘り葉掘り、ぜーんぶ見ちゃいますんでお待ちを!』
青年の最後を見た。ハベルの、転生者の1人。その同志の最後を。何の力も持たない青年の行動は、確かに原作を変えた。その事実を前に、どうか安らかに眠れますように、と黙祷した。彼の最後は彼女に伝えるべきだ。
『うわぁ、これは……』
「どうされた、エネ殿」
『今更な話と言われたらアレですけど、倫理のカケラもねぇですよねアイツら』
うえー、と吐きそうな顔でそう言うエネ。
『どうやら奴ら、サクリファイスの材料にクローンを使ってるみたいで』
「……なるほど」
だから、あの時シルバーと同じ見た目の、そっくりの少女が居たのかとハベルは理解した。そして、あの左右に置かれた繭の中身も。
『まぁ、それだけならまだ良かったんですけど。いや良くないですけどね?』
「本題はここから、と言う事であるか」
『ええ、まぁ……どうも、奴らサクリファイスの先を見てるようでしてね?進化とでも言うべきでしょうか、その発展系を作ろうとしてます』
モンスター配合じゃねーんですよ?とエネは続ける。
『その為、ミアズマの安定した供給が必要で、その候補地を探してるみたいです。目の前の機械はその一つです』
つまり、ハベル達が見た神殿のようなあれが中心地であり、そこにミアズマ供給の管が集中していると言う事だ。奴らの企みを阻止するなら、この機械を全て破壊する必要がある。
「他の場所は」
『もう一箇所は上条さん達が見つけてます。後は……二箇所ってとこですね』
もう二箇所、か。そこを先に破壊していく事も考えたが、まずは合流する事にした。この記憶を彼女に伝える事を最優先にしなくてはならない。その後、改めて機械の破壊と、神殿の破壊をしよう。
「では、行こうか」
その場にある機械類を片っ端から破壊して、ハベルは合流へと向かった。合流にはさほど時間が掛からずにすんなりとできた。
「──これが、事の概略である」
「…………」
「……すげぇな」
ハベルから語られた内容を聞いた2人の反応は対照的だった。彼女は目を伏せ、顔を見せないようにして俯く。地面がポタポタと濡れていた。肩にいる狸が心配そうに彼女の頬に触れている。かたや少年は驚き、その凄さに目を見開いていた。
「──そんな事、一言も言わなかったじゃん」
柚葉はそう漏らすが、その場にいる男達には青年の気持ちが何となく分かった。きっと言えなかったんだろうな、と。つまらない男の意地というやつで、これが中々にめんどくさいものだ。
「止めないとな」
上条は、誰に言うでもなく呟く。そう、止めなくては。讃頌会は言うまでもなく。あの赤いマフラーの男も。シルバーも、眼帯の少女も。
『一応、今動ける人に声掛けてますけど、間に合うかは微妙ですねぇ……一度引き返して仕切り直し、というのも手ですよ?』
「いや、そうもいかないだろう」
思い返せば、あの時神殿の最奥、花のような蕾は開き掛けのようも見えた。開花は間も無くだろう。それが何を意味するかは分からないが、奴らの目的を考えたら阻止するべきものだとハベルは考える。
「供給を止め、そしてその上で本拠地を叩く。これしかあるまい」
「だったら、本拠地は俺に任せて欲しい」
真っ先に候補に名乗り出たのは上条だった。ハベルは自身が行くつもりだったが、こちらを見る上条の目を見てその判断を改めた。
「俺の右手なら、あの場所にあるもの全部壊すのは簡単だと思うんだ……それに、俺はシルバー達も助けたい」
「彼女らは、奴らに協力しているのかもしれんのだぞ?ただの自己満足で終わるかもしれん、徒労に終わるかもしれん」
クローンとして生まれた彼女たちは、もしかしたら自らの意思で協力してるかもしれない。強制されているのではないか、というのは自分達の思い込みかもしれないと、ハベルは言う。それでも彼女らを助けるのか?と。その全てが徒労に終わるかもしれないのに、だ。
「それでも……なんつーか、さ」
どうにも、上条には彼女たちを事実がどうであれ、救いようのない悪人とは思えない。なにより。
「どうしようもない俺の欲望だけど、アイツらにも笑って欲しいんだよな」
クローンとは浅からぬ縁がある。自分が上条当麻である以上、避けられないものだと彼は考えていた。でも、もっと根深い所は違う。一度シルバーの笑った顔を見てしまった以上、敵として見れなくなってしまった自分がいる。あいつらだって泣いたり笑ったりする、同じ人間なんだ。
「うん、そうだな……」
上条は言っていてなんとなく自分の言いたいことが分かった。
「居てもいなくても同じなら、きっとシルバーも居た方がずっと楽しいものになる」
どうしようもない結論だ。どこまでも独りよがりで我儘。だけど紛れもない本音。友達と美味いもん食って笑ったり、ツイてない事に怒り悲しみ、呆れてる。そんな日々の中にアイツらも居て欲しいんだ。その為なら、拳を握れる。走り出せる。
「……わかった、貴公に任せる」
「では私と柚葉殿で二手に別れ、供給源を破壊する」
「うん、任せて」
ゴシゴシと乱雑に顔を拭い、こちらを見る柚葉。腹は決まったようだ。
「おそらく、貴公が動けばマフラーの男も」
「うん、来る。必ず」
それが彼の願いだから。
『ナビゲートはお任せを。バッチリ案内しますよ!』
「よし、作戦開始といこう」
そうして、たった3人と1人の作戦が動き出す。
ズカズカ、ガシャンガシャンと喧しい音を立てながら走るハベルは、どこもかしこも見渡すばかりの大小様々なパイプ管にうんざりしていた。ある種の人工的な迷い森のようにすら感じる。
「これでは方向感覚が狂ってしまうかもしれん」
『どうも、放棄された工業区域みたいです。輝磁の加工生産を担っていたみたいですが、ホロウの拡大によりやむ無く放棄した、という経歴があるみたいですねー』
こんなところにミアズマの供給元が?と疑問に思わないでもなかったが、所詮ホロウのあれこれ不思議なものについて人間の感覚で分かるわけもなく、あると言われたらそれまで。
そうしてエネのナビゲートに従うまま走り続け、辿り着いたのは、金属製の重厚な扉。その扉に触れたハベルは直感した。
「ふむ」
この先に、濃い敵の気配を感じる。開けたら最後。謎の霧で外に出れなくなるタイプの気配だ。
「ふっ」
ギギギ……と錆びついた金属が擦れる嫌な音が響く。両手でゆっくりと開いていき、その中へと足を踏み入れる。
「そう簡単には行かないか」
扉の先にいたのは、少女だ。眼帯の少女やシルバーと同じ服装の少女。そして、隣にいるのは──
「やはり来たのは貴様か……!」
「ふむ、初対面だと思ったが……何処かで会ったか?生憎糞尿の詰まった肉袋に知り合いはおらんのでな」
ハベルを不倶戴天の敵を見るかのような目つきで見る讃頌会の信者、いや服装についた装飾の豪華さや、よりエーテルに侵食され異形となった太い腕などを見るにそれなりの地位にいる者と推測できる。
「幾度なく讃頌会の者達を殺してきた狂犬とは貴様だろう……ここで潰す!」
「ふむ」
恐らく、先の信者達を潰した事やミアズマ供給装置の破壊に気がつき、ここに来る事を予想したのだろう。そして、犯人がハベルだということも。以前から讃頌会は見つけ次第全員潰してきたが、その恨みもあっての事か。
信者の男が取り出したのは、毒々しい紫の色をした注射器だ。それを躊躇いなく隣の少女へと突き刺す。
「……」
ギリ……ッと棍棒を持つ手が強く握られる。怨嗟と憤怒を鎧の中に隠し、ハベルは構える。
少女は無表情だった顔を歪め、肩を抱く。そして、背中を突き破るように変異していく。中からズロ……ォ、と粘着質で生々しい、新たな腕が生え、そこから湧き出す肉塊がやがて少女自身を塗り替えていく。
ズズン……!と地面を揺らし現れたのは、少女の面影ひとつない怪物。白い肌と筋肉質な体表が剥き出しの腕四本。その先端はアイスピックのように鋭い一本の爪。
「さぁ……始まりの主よ!私に再創を!」
そう言いながら、男は自らにも注射器を突き刺し、生まれた怪物に取り込まれていく。
「大型ボスか……クラーグみたいなものか」
変異が完了したのだろう。白い肌からギョロリと幾つもの黄色い瞳がこちらを見た。そして、その巨体に見合わない速さで四本の腕を左右からハベルを挟み込む形で爪を突き刺しにかかった。
ハベルは棍棒の先端で地面を突き、我慢の姿勢に入る。そうして迫る四本の爪を避けるでも、受け流すでもない。無視した。相手の行動など意に介さず、相手に背を向ける形で体を捻る。当然、爪が鎧に直撃する。しかし、それでも。
「ふんッ!!!」
何も感じていないわけではない。如何に厚い鎧とてダメージはある。だからこそ、我慢して、溜めた。そうして放たれるは体の捻りを使った渾身の一撃。ゴンッッッッ!!!と鈍い音が肉を打つ。
『GYAAAAA!!??』
その一撃に体を仰け反らせ叫ぶサクリファイス。思わぬ手痛い反撃に暴れる。
「始まりの主とやらも、大した事はないな。何の力もない私でどうにかなるのだから」
有効な事を確認し、鎧のうちでほくそ笑むハベルはしかし、嫌な汗が額を伝うのを感じていた。横目でちらりと見れば、鎧に亀裂が入っていた。
──そう何度も受けていられる威力ではないな
余裕そうでありながら、何処か追い詰められているのは自分ではないか。そんな予感がする戦いは、ここに幕を開けた。
「向かう先はこちらであってますの!?」
白い髪をはためかせ走る少女と、人の良さそうな顔の男性が2人して走る。向かう先はラマニアンホロウ。
「多分ね、エネちゃんの話だとこの先だったはず」
迫るエーテリアスを、全てが宝石で構築されたマスケット銃で撃ち抜く。金色の装甲と、黒い肌に変化した男性が静かな、それでいて洗練された拳で粉砕していく。
「間に合うといいのですが……!」