男の焦りを如実に表すように、爪の乱打は続く。先ほどもこれでダメージを与えたのだ。必ず当たる筈だという思惑があった。しかし
『──なぜ当たらない……ッ!?』
ヒラヒラと紙一重で躱していくハベル。ハベルの脳裏にあるのは、あふれんばかりの殺意と、彼の体に染みついた思考だ。
──攻撃に対し、敢えて向かうようにステップで踏み出す。
ハベルは非力である。他のネームド転生者と違い、何の力も持たない。それでも、エーテリアスとの戦闘回数は彼らを遥かに凌駕していた。彼がしていたゲームと同じ。何度も挑み、慣れて、果てに倒す。その繰り返しがハベルから無駄な動きを捨てさせていたのだ。
ぬるりと、相手の攻撃を掻い潜り懐にステップで踏み込む。ダンッ!!と強く足を踏み締めて義手に仕込まれた得物で切り裂く。ノコギリの刃は、体表を切り裂き、中身をズタズタに引き裂いた。
『──ッ!!』
ヒラヒラと攻撃を躱してはその度に切り裂かれる。致命傷ではない。だが煩わしい。募る苛立ちと、込み上げる恐怖を誤魔化すように、巨腕を振るう。そうだ、相手はただの人間。一度まともに当たればそれだけで死ぬ。何を細かく狙う必要があったのか、と男は思った。
「シッ……!」
直撃するコースだった。ステップでは回避など不可能。跳んで躱すのなら爪によって身動きの取れない空中で狙い撃ちするつもりだった。だが、ハベルが取った行動はそのどちらでもなかった。
──ギィィィンッッ!!
激しく衝突し振動する金属音。ハベルは、その義手に仕込まれたノコギリ鉈でガード。いや、受け流したのだ。体勢を崩され、後方へ吹き飛びそうになる体を、床に鉈を突き刺し踏ん張って。
ならば、と体勢を立て直すよりも早く鋭い爪による刺突を。と攻撃すれば──
──危
ハベルは、幾度なく喰らった爪による刺突を、紙一重で躱しながら、その爪を上から足で踏み付け地面へと受け流したのだ。見切られた。そう男が理解した時、ハベルは既に次の行動へと移っていた。
ガシャガシャ!と義手がハベルの意思を応じて変形。左右へ義手を一薙ぎすれば、細かく黒い粒子が周囲へ散らばる。
──この匂いは……!
鼻につく匂いに男はすぐ正体を気がつくが、もう遅い。ババババッッッ!と空中に散布された黒い粉が炸裂。劈く爆発音、視界を埋め尽くす火花。そして、その爆発と光が収まるよりも早く、ハベルはその中を一気に突き抜けた。
猛禽類が如き突進を伴う鋭い突き。ズブリと、肉を貫き、中まで達した刃。そのまま男の体を足場に空高く飛び上がり、更に義手を変形。ノコギリ鉈ではない。一体何か。それは、物々しいハンマー。尋常ならざる形状のハンマー。炎がハンマーの打撃部の反対から噴き出すそれは、高く舞い上がったハベルの落下の勢いを乗せ、振り下ろされた。
──ドゴォンッッッ!!
凡そハンマーから響くようなものではない炸裂音は、衝撃と共に男の体を内部から激しく焼いた。爆発金槌。ハベルがかつて愛用した武器の一つだ。
『ぐおおおおっ!!?』
男は悶えた。外と内、打撃と炎による同時攻撃にはさしものサクリファイスとはいえ効いた。
『おのれ……!』
一度でいい。一度だけでも当たれば奴は倒れる。その確信があるというのに……!みてみろ、今も倒れそうにふらついているではないか!だというのに……!
『なぜこうも遠い……!』
男の攻撃はまるで当たらない。いかに姿を変えようと、行動が変わろうと、ハベルが瀕死という事実は変わらない。先ほどハベルが自らに刺した注射も決してダメージを癒すものではない。それは、麻薬と変わらない。痛みを無くすだけの代物。一切ハベルのダメージを無かったことにする事はない。
何故そこまで。男は焦りと恐怖の中、疑問が頭を埋め尽くした。一体何が奴を動かすのか、と。
『だが!これを凌ぐ事は不可能だ!』
使うつもりのなかった切り札を切る。使うことを決意した男の脳裏に過ぎるのは、サクリファイス薬を手渡すサラの言葉。
──いずれ人とサクリファイス、自由に行き来できるようになるわ。けれど、注意しなさい。その力を引き出せば引き出すほど、貴方は戻れなくなる。
実験を繰り返し、薬を完成させたサラの言葉は重い。恐らく、その過程で戻れなくなった者がいたのだろう。しかし、男に迷いはない。全ては始まりの主の為──!
『始まりの主よ!私に、再創を!!』
ボコボコと泡立つ男の背中。ズリュ……ッ!とそこから生成された棘が、バチバチ……ッ!と帯電していく。その雷の色は、どこまでも赤く、黒い。
「──」
ジッと、ハベルは黙ってその様子を見上げる。凡そ回避はできない。かと言って受け流す事も不可能。もはや手段はない──
『主の裁きを受けよッッ!!』
そうして、雷が落ちる。虚無の雷が。その一瞬。ハベルは、跳んだ。自ら空中で雷を受け止めるかのように。
──あやかしの雷は、源の神鳴り
神業無くば、弾き返せぬ。
空中で体を捻る。ノコギリ鉈に雷が引き寄せられる。避雷針の如く。そうして雷を受け止めたハベルは、桜の如く舞った。一度、二度、三度と、鋭くノコギリ鉈を振り回し。
──即ち、地に足つけぬ、雷返しなり
雷をサクリファイス目掛け投げ返したのだ。
『なッ……!!?』
あまりの出来事に、硬直する男。雷が体に奔り、身動きが取れない。その隙をハベルは逃さない。着地し、一気に駆け出す。狙いは一つだ。男の体に埋め込まれたコアだ。
『ぐ……が……舐めるなぁぁぁぁぁあ!』
だが、予想に反し男は動いた。始まりの主への信奉心か。或いは男の譲れない想いか。現実を凌駕し、無理やり動き出したのだ。後は、目の前に迫るハベルを叩き潰すだけ。勝利は我が手にあると確信する。だがしかし──
『がッ……!?』
今まさに、振り下ろそうとした腕が体に走る衝撃を前にピタリ、と止まった。
「なんとか、間に合いましたわね」
ハベルの背後、もはや崩れ形もない扉の向こうに誰かが立っていた。宝石で出来たマスケット銃の銃口を向けて。よく見れば、男の体にキラキラと光る宝石の弾丸が、直撃していた。あまりにベストタイミング。男の体が膝から崩れる。もはや猶予はない。目の前には、ハベル。
「──」
ハベルは瞳孔の開き切った目で、思いっきり振りかぶった手のひらを、男の腹へと突き刺し、その体の中にあるコアを掴み取り、全ての力を込めて内臓ごと引き抜いた。
『バカな……』
言葉を残し、男は消滅した。血と狂気に彩られた戦いはここに幕を閉じたのである。
ツイッギーは1人、自らに与えられた部屋。ポツンとベットと机だけがある殺風景ない部屋にいた。その手にあるのは一つの本。
讃頌会が教典として信者たちに配っていたもの。ツイッギーに信仰心など微塵もなく、あるのは回帰への願いのみ。
私だけが、選ばれなかった。ならばもういらない。私の、私たちの居場所を作る。
見捨てられ、廃棄され、何一つ持たなかったツイッギーにとって、
「過去」だけが唯一の居場所だった。
未来を作るためではない。
失われた時間に、もう一度戻るために。
たとえ生み出された同胞たちがサクリファイスとなろうとも、
そこに「一緒に在る」ことができるなら、それでいい。
そこが彼女の居場所なのだと、
ツイッギーは信じるしかなかった。
彼女は鼻を鳴らし、本を机に投げ、部屋を出た。投げられた本が一つのページを開いて転がった。そこには、始まりの主が残したとされる言葉が綴られていた。
せいなる循環は閉じられ、
かえらぬ理が庭を満たす。
いのりは内に捧げられ、
のぞみは形を得る。
そとに在るものは語られず、
とどまることもない。
きえぬ意思は水面に映り、
さざなみとなって返る。
まだ名を持たぬ視座より、
らせんの記録は続く。
をわりは定められず、
みな主のもとに還る。
て──