だってこの人喋るんだもの……凄く。
新エリー都において食料問題は幾度なく議論されてきたものである。本来なら土地を耕し、酪農、畜産、そして農家。そういった一次産業が要となるが、ここでこの世界特有の問題がある。
ホロウである。いつ何時に起こるのか、その予兆もなく起こる災害はそういった産業の安定的な供給を難しくしていたのだ。ではどうするか。研究を重ねて生み出された農法があった。
「これから説明をしてもらう、って話でしたよね……?」
一同を会する面々の中、朱鳶は目を閉じ不機嫌そうにそう言った。よく見ればピクピクと眉が動いている。
「ふむ、これは中々……」
そんな朱鳶を横目に動かす手を止めず一つ一つ収穫していくのは、青衣だ。
「なんで!皆で苺狩りをしてるんですか!?」
そう、あの現場にいた面々はアナハイムの車両を使ってその会社の内部へと案内されていたのだ。会議室のような所に通されるかと思いきや、何故か所狭しと生えた苺の畑へと案内されていたのだ。
「いやぁ、ちょうど収穫時期でして」
そんな朱鳶の嘆きとも怒りとも取れる主張に、苦笑混じりに答えたのはアナハイム社長、安室透である。
「おい!練乳掛け放題だってよ!」
「ちょっと!私の苺にまでかけるんじゃないですのシーザー!」
「ねぇねぇライト!これ焼いてもいいの?」
「やめた方がいい、さっきこっちを凄い目で見てた人がいるからな」
そんなやり取りを無視して苺に夢中になっている者達もいれば。
「ふむ、中々いいものですね」
「後でエレン達の分も包んでもらいましょう」
執事メイドの2人はその苺の質の良さに感心していた。
「うめぇな」
「ちょっとちょっとダンテ、調子乗って取りすぎないでよ?」
「この水耕栽培の畑はケルシー女史のものですからね、怒らせたらただじゃ済まない」
我関せずとばかりに口々に苺を摘む野郎どもを他所に、改めて安室がごほん、と咳払いをしつつ話をする流れへと軌道修正を。
「今回の件を取り巻く諸事情についてはご理解頂けたと思いますが、それを踏まえて私から提案があります。というより以前から計画されていたものに貴方達も乗っていただきたい」
その言葉に、数人が反応する。
「野放しにしてたら郊外にも影響があるのは間違いないですし、内容によってはやぶさかではないですわ」
「そうですね……市長に話してみなければ分かりませんが、我々ヴィクトリア家政は協力するつもりです」
「ん、甘露甘露……治安局の全員とは言えぬが、ここに居る我らは協力しよう」
悪くない反応だとその手応えを感じた安室はその作戦の内容を共有する。その反応は三者三様だったが、最終的に同意を引き出すに至った。そうして其々が解散した後、安室は1人ガッツポーズを決めたとかなんとか。
パチっと、混濁した意識が覚め目を開ける。どうやら見知った天井ではなく、いつもの病室ではないらしい。
「またいつもの、って思う自分が嫌だな……」
余りにもよくあってはならない展開に慣れていた上条はまだ重い体に鞭を打ち体を起こした。包帯でぐるぐる巻きになった右手を見る。何の変哲もない、いつも見る右手。
「……」
自分は、上条当麻を全うできただろうか。ぽつりぽつりと、自分の知る上条当麻であればもっと他に良い結末があったんじゃないか。いつもこうして事件が解決した後に考えてしまう。悪い癖だと理解しているが、どうしても。
「む、存外に元気そうだな貴公」
「どわぁっ!?」
そんな彼の横から突如聞こえる声に驚き、横を見れば、自分以上に包帯が巻かれ色んな管が足に、腕にビッシリと取り付けられベットに固定されたハベルの姿があった。
「ハベル、だよな?え?大丈夫か?なんかヤバそうだけど!?」
初めて見る彼の素顔に驚きつつ、その異常な処置に心配が混じる。
「ガッハッハ、なに、これくらい慣れっこだ。ブラックジャック氏には絶対安静にしろ、と言われたがな」
なんてことない風に彼は笑った。明らかな重体で、彼と自分の違いを嫌でも理解させられた。自分は上条当麻であって、彼は普通の人なのだと。
「失礼する、診察が……と上条も起きていたか」
コンコン、とおざなりなノックをしながら部屋に入ってきたのは、ケルシーであった。意外な人物が来たことに目を丸くする上条だったが、そんな彼を見るケルシーは何か気づいたようで、備え付けのパイプ椅子を端から引き寄せ、座った。
「ふむ、派手に頭皮を切り裂かれた割には元気だな……恐らく当たる直前に体を引くなりした反射行動のお陰だろうが」
「え……?いや待って傷の詳細を詳しく説明しないでくれ怖い!」
一息で捲し立て怯える上条に、嘆息しつつケルシーは上条と目を合わせる。
「人というものは遥か古来より肉体だけでなく精神のあり方も重要視されてきた。漠然とした知恵や言い伝えは感覚的に理解し実践してきたものだと言えるだろう。卵が先か鶏が先かという話にも見えるだろうが事実は異なる。つまり──」
「ちょ、ちょっと待って!要点!要点だけ纏めてくれ!」
突如として始まる彼女の言葉の羅列に混乱しながら上条は叫んだ
「む……」
「何故に不満げな顔!?」
話を中断され、むっとした表情をする彼女。いや、普段から表情の変化が少ないケルシーの感情を窺い知るのは難しいが、今回は分かりやすかった。
「つまり、悩みがあるなら話せ。という事だ。精神面の不調は少なからず肉体にも影響を及ぼす」
「最初からそう言ってくれよ……」
げんなりしながら、上条はポツリポツリと自分の考えていたことを話す。ハベルも、ケルシーも口を挟むことなく聞いていた。その悩みを聞いたケルシーの返答は早かった。
「よくある話だな」
「よくある?」
自分の悩みを笑われたようでむっとするが、ケルシーの表情はそう言ってはいなかった。
「我々転生者においてもしも、この場合は原作にあたる。理想の自分というものを常人より遥かに近く見ている。その分、比較するのはどうしても避けられないことだ」
己の中でこうしたい、こうなりたい自分というものを、文字で、絵で、映像で。各々が持つ記憶の中で動く理想。
「だがはっきり言おう。どんなに足掻こうが理想に現実が追いつくことはない」
それはつまり、どうやっても。
「だが、これは仕方がない事だ。悩んでも仕方がない事なんだ」
理想の自分が持つ手札と全く同じ手札を揃えたとしても『彼、彼女ならこうするだろう』と考える己が居る限り、そのノイズは差異となって現れる。人が他人になる事は土台からして不可能なんだ、と。
「ならアンタは、どうしてるんだ?」
上条のその問いにケルシーはふむ、と考え答える。
「私は君らと違い少し特殊な例だ、単純な比較は難しいが……」
──あの日置いてきたものは、Mon3trが引き継いでくれただろう。今の私はそれとつながらない誰かだ。
「私は『ケルシー』としての言葉は残さない。あの時抱いた感情も、知見も、出会いも全て彼女のものだからだ」
地続きでない自分にそれは、畏れ多い。
「だから私に原作を成そうという意識はない。私は私として立っている」
「……そっか」
「何か掴めたか」
「いんや、全然。でも、俺も何が正解かなんて分からないけどさ。これが正しい、って言えればそれが正解なんじゃないかと思った」
その言葉に少し微笑んでケルシーは席を立つ。
「私はこれで失礼しよう。君に会いたいという者は多い。面会謝絶も解除する」
そう言って、彼女は部屋を出て行った。扉が閉まり数分もしない内に扉の向こうからドタドタと騒がしい足音が響きだす。どうやら目覚めの後は忙しくなりそうだった。