これが私の限界、多分。
踏み込み、加速する瞬間を狙うように飛んでくる斬撃にダンッッ!と地面に亀裂に入れながら急ブレーキし、方向転換。再び加速しようとするも、再び先を取られたように斬撃が伸びてくる。
いかに虚狩り、星見雅の剣技が凄まじいものであっても肉体的な制約から離れることは不可能。加速には溜めが入り、踏み込みから最高速度を出すことはできない。
「むぅ……」
思うように動けない雅は唸る。やり辛い。この上なく。今までになかったタイプのやり口にフラストレーションが溜まる。しかし、対面する迅はその場からまだ動いていない。あくまで動く此方に対応するだけ。
(しかし、弱点がないわけではない)
雅の目は見抜いていた。斬撃が飛ぶ度に迅が持つブレードから伸びる光の帯の数が減っていることに。
(射程はどれほどか)
最短距離で詰めることを諦めた雅は後方へと跳ぶ。そうして建物の隙間へと身を投じていく。ここはルミナスクエアの交差点。と言っても演習場の仮想空間で再現されたものではあるが。
トン、トン、と壁から壁へ。飛び石を渡るように跳んでいく。追いかけてこない迅だったが、やはり斬撃が追いかけてくる。
「ふむ」
射程はかなり長いと見える。どんな絡繰かは分からないが此方の動きをかなり正確に掴んでいる。斬撃が此方の動きを先読みしているのも気になる。
「ふっ──」
小手調べ。くるりと空中で姿勢を変える。両足を壁につけ、軽く3連、6連の斬撃を飛ばしていく。が、しかし思ったほどの手応えはない。先ほどの攻防で理解していたがいなされたようだ。建物を出て再び交差点へと着地する。
「お、諦めて出てきた」
「少々解せないことがあった」
軽口の応酬とは裏腹に、静かに観察する。先ほどにあった光の帯は全て消えている。考察が正しければ──
「フッ!」
改めて加速、居合一閃で放たれる斬撃をブレードの峰を手で支えながらガードする迅。ギリギリと拮抗する鍔迫り合い。
「やはりか。どうやら斬撃には限りがあるようだな?」
「バレちゃった?御名答、と言っておこう、かなッ!」
早々に鍔迫り合いを諦め、ガラ空きの腹に蹴りを入れる迅と、それを躱し再び距離を空ける雅。刀を納め、油断なく構える雅と、徐にブレードの持ち手を弄る迅。
(光の帯が戻ったか)
光の帯はあの斬撃の残弾であり、使い切ると回復する隙が生まれる。少々不可解な先読み技術は気になるが……まだ隠してる可能性はあるにせよ一応の手札は見えた。
そこから雅が選んだ行動は──速攻であった。
「っとォ!?」
先ほどまでの様子見とは違う。息をつかせない連続攻撃。慌てた様子でそれらをブレードで受けながら距離を取ろうとする迅をピッタリと張り付く雅。
「やはりか、近づいてしまえばあの斬撃は使えない」
「それもバレちゃったか」
二人のやりとりは数多の斬撃の応酬となって現れる。都度10、20。と繰り返されるやり取りに堪らず迅は力押しで一度雅を突き放し、背中を見せて走り出す。その内心はというと。
(やっばいやっばいやっばいー!?)
めちゃくちゃ焦っていた。頼りの遠隔斬撃はどれだけ死角から不意打ちしようと避けられガードされる。どんな反射神経なのかと言いたくもなる。
(あれ太刀川さんとかと同類だ絶対。それでいて体捌きとか真似できる気がしない。生駒さんタイプ)
内心で毒吐くのとは裏腹に頭は冷静に思考を回す。遠隔斬撃だけでは牽制くらいにしか使えない。せめてシールド系トリガーがあったなら、と無いものねだりがしたくなる。
追撃で飛んでくる斬撃を必死にいなしながら建物の一つに入る迅。
「なるほど。仮想だから、内装までは作り込まれてないんだ」
本来であれば煌びやかな内装のお店があった筈の建物は灰色一色のコンクリート剥き出しの何もない空間だった。兎に角、均等に並ぶ支柱の一つに背中を預け身を隠す事にした。
「このロケーションで、この手札かぁ」
小声で呟く迅の頭の中で組み立てられていく作戦。正面からやり合うのは避けたい。防御だけならともかくまともに打ち合えば数回でこちらが詰む。
さっきリロードしたから遠隔斬撃の回数は11回。多分もうリロードの隙は与えてくれないだろうし、これが限界かな……。
カツン、カツンと建物の中へと入ってきた雅の足音が聞こえる。
(やれるか……あの虚狩りを相手に)
作戦は思いついた。あとはバクバク鼓動するこの心臓と相談するだけ。息を呑み、呼吸する。
「やるしかない、か!」
一気に柱から身を乗り出し、遠隔斬撃。建物を支える支柱の幾つかと、天井を切り裂く。この時点でかなりの量を使った。残りは──
「そこか」
雅の目がこちらを捉える。支えを失い、切り刻まれた天井が瓦礫となって降り注ぐ中、二人は同時に走り出した。
「決着をつけよう」
「望むところ」
互いに射程圏内。あとは出たところ勝負。居合から放たれる本身の一刀。対して迅は受け流すように逆袈裟から跳ね上げるように斬り払い。ギャリギャリと嫌な音を鳴らして雅の一刀が受け流された。しかし
「まだだ」
受け流された力を逆に利用し、くるりと体全体を捻るように回転、再び横薙ぎに攻撃が──
(──消えた)
再び見えた時、迅の姿が消えた。だが、雅の類稀なる才能が、すぐに状況を理解させた。
(落下してくる瓦礫に身を投げて盾としながら視界を潰したのか)
居るとするなら落下中の瓦礫のどれか!僅かな変化すら見逃さず目を動かす雅を前に、瓦礫の一つ、その後ろから瓦礫を真っ二つにしながらこちらに迫る斬撃があった。
「遅い」
一閃。向かう斬撃を弾き飛ばす雅は見た。その切り裂かれた瓦礫の奥。残った瓦礫を足場にしながら腰ダメにブレードを構える迅の姿を。
(攻撃するにしては少し遠い、いや)
遠隔斬撃を警戒したが、既に彼のブレードに光の帯はない。つまり。
── 旋空弧月
溜めた居合の形から放たれるは、振り回しに合わせて瞬間的に伸びるブレードによる直接攻撃。迅がこの日初めて見せる技。ここで決めるために。
「ッ……!」
もう手札はない。そう考えていた。それだけに予想外の攻撃に硬直するも、僅かに擦り傷を残しながらガードに成功していた雅はまさしく一騎当千のそれだ。
「これで──!?」
決着だ。そう言い切るよりも先に、自分の体が斬られた。何があったのかと背後を見れば。
「なるほど……」
戦闘終了。そう無機質に伝えるアナウンスの声を残す。最後に雅が見たのは背後から地面を伝うように伸びた遠隔斬撃の跡であった。
「遠隔斬撃を最初に見せて慣れさせたのもわざと。リロードの隙を生むのを見せたのもね」
ポリゴンのように消えていく仮想現実を見ながら迅は話す。
「実際、直接的な剣のやり取りじゃこっちが不利なのも事実。有効打になり得るのは遠隔斬撃だけ」
「だからそれを見せ札にしながら本命は伸びるブレード。だがそれすら止められると読んでいた」
迅の説明を途中で遮り、その説明の続きを話す。
「遠隔斬撃には二通りのやり口があってね。最初に見せていた使い方は一つ目。もう一つは時間差で置く使い方」
「最初にあの斬撃をそういうものだと誤認させた時点で既にそちらの手の内だったか」
その説明を受けて、雅は完敗だ。とその耳をペタンと折りたたむ。しかし、そう言われた迅もまた素直に受け取る気にはなれなかった。
「これが実戦ならまた話は変わっただろうし、そこまで言う事はないと思うよ」
最初から命のやり取りなら雅の動きは変わっていただろうし、こちらもまた動きが変わっていただろう。言ってしまえば、練習試合という『甘さ』に漬け込んだ不意打ちにも等しい。
「またやろう。今度はイーブンで」
「頼もう。負けたままでは終われない」
思いのほか熱中してしまった戦いは最初の挨拶と同じく、握手で幕を閉じることとなった。