報告を聞いたリンドウに初めて額に小さく汗が垂れた。
「朱鳶、青衣」
既にそれぞれ武器を構える二人に指示を飛ばす。いつの間にかその手に握られていた幅広の大剣を肩に担ぎ、目の前で巨大になっていくブリンガーを見据えて。
「命令は三つ!死ぬな!」
変貌し切る前に叩く。一気に加速し、踏み込み振りかぶって振り下ろした大剣による斬撃はいつも感じてきた肉を断ち裂いてきた感触ではなく、まるで金属同士を思いっきりぶつけて響く手の痺れる感覚だけだった。
「かってぇ──」
言いかけた言葉を言い切るより先に飛んできた触手、というには太すぎるそれがリンドウの胴体に直撃。
川で石を投げて水切りするように、幾度もバウンドしながら吹き飛ぶリンドウは、背後に迫るコンテナにぶつかるより前に地面に大剣を突き刺し踏ん張った。
「大丈夫ですか!?」
「死にそうになったら逃げろ!そんで隠れろ!運が良けりゃ隙ついてぶっ殺せ」
敵から視線を外さず後方へ吹き飛んだリンドウを心配する朱鳶に、気にするなと言わんばかりに話を続けるリンドウ。
「リンドウよ、それでは四つではないか」
「そうか?……ま、とにかく死ななきゃいい。大抵のことはそれでなんとかなる」
青衣の言葉に適当に答えながら立ち上がる。吹き飛んだ時に派手に切り裂かれた額から流れる血を雑に手の甲で拭い、リンドウは改めて目の前の脅威を見た。
──尋常じゃねぇ硬さだ。ボルグ・カムランかよ
なにより、攻撃が早すぎて見えなかった。ガードする余裕もなかった。まともに直撃して死ななかったのは俺の右腕のお陰か?こりゃ自分じゃ荷が重いかもなぁ……
内心でぼやきながら構える。周囲は既にエーテルの毒々しい紫の霧が立ち込めていた。
未だ変異を続けるブリンガー、いやサクリファイスは先ほど振るった巨腕を再び振り上げる。
「避けろ!」
リンドウの声が響くと同時に、その巨腕が振り下ろされる。それを分かれて左に朱鳶と青衣、右にリンドウと言う形で分断される形で避けるも、その巨腕は地面を大きく砕き、衝撃波がふわりと人の体を紙屑のように吹き飛ばした。
ゴロゴロと転がりながらも上手く受け身を取りすぐさま走り出す。横目で見れば同じように動く朱鳶達。
「よし、いいぞ」
この巨体だ。細かい動きなど望めない。ならば移動し続けて的を絞らせず隙を窺うのが一番いい。問題があるとすれば、自分達の火器や刃では相手の防御を貫けないことか。
「捕食ならいけるか……?」
捕食。神器による文字通り、相手の細胞を丸ごと捕食し、その血肉を自らの力とする機能。
エーテリアスを捕食しても神器は活動できた。なんならアラガミを捕食した時のような感じすらあった。サクリファイスでもそれはきっと同様だ。
雨が降る中、コンテナの一つに身を隠しその角から顔を覗かせるリンドウは静かに、自分の手札と有効な手段を探っていた。
──ブルルルゥ!!!
その時だ。コンテナの一つから飛び出すように弧を描き、けたたましくエンジンを唸らせサクリファイスブリンガーへと突撃する影があった。
「合わせろライト!」
「任せろ」
乗っていたバイクを足場に更に跳躍。そうして飛び出す二人の拳は既に硬く握られている。
「blast!」
「一騎当千ッ!!」
赤いコートを雨混じる風にはためかせ、白い髪が特徴的な男。
「ダンテか!」
リンドウが声を上げる。サクリファイスブリンガーへと突き刺さった二人の拳は炎と蒸気を撒き散らしながら炸裂。その巨体を後方へと大きく殴り倒した。
ゴウンゴウン!コンテナを幾つも巻き込み転がっていく巨体。まるで積み木を崩す子供のような有様だ。
「凄い……」
地面へと着地した二人と、続いてその場にブレーキを踏み鳴らし到着したカリュドーンの子のメンバー達がいた。それらを見ながら呆然と呟くのは側にいた番号の入ったスカーフを巻いたボンプ。イアスであった。
「助かったぜ」
「礼はいいさ……それで?」
そこに歩み寄るリンドウの表情は安堵であった。これでこちらにも攻撃手段ができた。
「前にも見ましたが……こんな人がいるんですね」
飛行船墜落現場にいたダンテを見たことがあった朱鳶達は、今起きた非現実的な出来事に目を丸くしながら呟いている。
「流石うちの主戦力ですわね」
「アハ!今日はいっぱい燃やしていいって聞いてるよ!」
うんうんと後方腕組みで満足そうに頷くルーシーと、その横でキラキラとやべー事を言いながら目を輝かせるバーニス。
「だからチームに入ったつもりは──」
「っと、世間話をする余裕はなさそうだ」
続きそうになった会話を打ち切るように、リンドウは前を見ながら言った。ガラガラと吹き飛んだ巨体を持ち上げ立ち上がる敵の影がはっきりと見えたからだ。
「相手はめちゃくちゃ硬い。多分俺や朱鳶らの火力じゃ無理だ」
油断なく相手の動きを観察しながらリンドウは冷静に伝える。
「俺は多分いけるな……ライトはどうだった」
「拳の感触からして打撃系なら効くかもしれん。硬いのは表面だけって感じだ」
「エーテル系ならどうでしょう、私のサプレッサーK22なら……」
「電気なら我だな、ちと的がデカくて効くかは微妙だが」
先ほどの攻撃を振り返り考察する二人とそれに意見を出す朱鳶達。
『純粋な威力が足りないんじゃないかな。確証があるわけじゃないけど、そんな気がする』
ぴょんぴょんと自己主張するように飛び跳ねイアス、もといH.D.Dシステムを介して話すリン。
「んじゃまぁ、一通り試してみるか」
そう締めくくるリンドウに、皆頷きを返しその場を散開。纏まっているところを狙われないようにする為だ。
──どれだけ足掻こうが無駄だ!これこそ始まりの主が授けた力!その恩寵!
グロテスクな肉塊と、歪な巨腕から生える瞳からブリンガーの声がする。
「要するに他所の力か、お前の力じゃないだろ」
そんな呟きがダンテから漏れる。余裕あり気でありながら、何処か自身の体に僅かな違和感を覚えつつ。
『fairy、解析はあとどれくらい?』
『──解析率40% まだ時間が必要です』
「撃て撃て!撃ちまくれ!!!」
誰かの叫びにも似た大声が響く。その声より大きな山ほどの銃声が響き、飛来する蟲の群れを数多の弾丸が貫く。しかし。
「数が多すぎる!」
スネークはその対処に追われながら漏らすように叫ぶ。弾切れとなった小銃。それを投げ捨てる間にも敵が押し寄せていた。
「くそッ!」
目の前まで迫る蟲の群れ。咄嗟に取り出したナイフで切り裂きながら地面を転がり、少しでもその手から逃れようと踠いた。
「伏せろ!」
横から聞こえた勧告じみた叫びに反応し、地面に体をべったりとつける。その背中を僅か数センチの隙間を残し上を飛ぶ蟲の群れを氷嵐が一掃した。
「大丈夫かな、英雄殿」
「ああ、助かった」
差し伸べられた手を掴み、スネークは立ち上がる。キザな仕草で変形させていた大鎌をアタッシュケースの形へと戻すヒューゴだったが、その視線は険しい。
「協力するとは言ったが、まさかこんなものを相手にするとは思っていなかったな」
「頼んでおいて悪いが、これは貧乏くじかもしれんな」
ヒューゴやスネーク。そして駆けつけたフィランソロピーの一般隊員達が対峙するのは、巨大な蟲だった。ブブブ……と、生理的な不快感を齎す羽根の羽ばたき。巨大な影がこちらを見ていた。しかし、本体たるその巨体が何かすることはない。先ほどからこちらを襲ってくるのはその分体。子機とも言える羽虫の群れだ。一体一体が中級クラスのエーテリアス程の強さをした群れ。
「相性が悪いな……」
こちらの使う武器は単体、強力な個を相手取る為の銃だ。範囲丸ごとを倒すようなものではない。ジリ貧なのが目に見えていた。
「何か作戦は?」
「あるにはあるが……受け身にならざるおえん。今は耐えるしかない」
「……目算は?」
「甘く見積もって10分か、そこらだろう」
「……厳しいな」
視線を敵から逸らすことなく会話する二人だが、再び追加で羽虫の群れがこちらに来るのが見えた。
「おい、また来るぞ……!」
「慌てるな!装甲車の中ならあの羽虫は入って来れない!落ち着いて迎撃を──」
周りで隊員達が騒いでいるが、相手も馬鹿じゃない。理性ある怪物なのだから。その巨体たる本体のサクリファイスもまた羽ばたかせながら此方へと急接近し始めていた。
「……不味いな、急げ!」
その場にいる隊員達に指示を飛ばしながらその場にある装甲車の一つに二人は乗り込み、一気に発進、その場を離れようとするが、奴らの速度のほうが遥かに早い。接近され、その巨体がエリアに積み上げられていたコンテナ類をガランゴロン!と紙屑のように吹き飛ばし、その余波を受けて車がひっくり返ってしまう。
「ぐッ……!」
潰されるより先に、車の中から飛び出して地面を転がるスネークとヒューゴ。
その時だ。サクリファイスから離れようとする自分達と違い、逆走するように突撃するバイクが一つ。
「──今だ!」
「っとッ!」
羽虫の群れに突っ込みかけた瞬間、バイクから飛び降りた二人は勢いを殺すように転がり、慣性が働いたままのバイクだけが羽虫、及びその先にいるサクリファイスへ飛び込んでいく。
そして、飛び降りた男が手に持つスイッチを押すと、バイクそのものが大爆発を起こしズズンッッ!!と、くぐもった爆発音と揺れを起こした。
「遅くなった!」
「やれやれ、ただの記者にこんな事させないで欲しいね」
ヨレたジャケットに無精髭、大事そうに抱えた一眼レフのカメラ。フランク・ウェスト。そしてもう一人。この場に現れる筈のない男だ。
ぴっちりしたタイトな黒の半袖ストレッチシャツと、肩や胴に通されたホルスターベルト。
「レオンか!?」
怪我はまだ治ってなかったはずだ。その疑問が声に現れていたが、雨に濡れる彼はバツが悪そうに苦笑する。
「先生には悪いが、抜け出してきた。こんな事態だってのに寝てはいられないんでね」
「俺も止めたんだけどな、どうしてもって言うからよ」
そう言いながらスネークに手を貸し立ち上がらせるレオンは、その腰に下げられた銃を差し出す。
「助かる、口径は?」
「45口径。奴に有効かは知らないが、ドクターが試作した対サクリファイス用弾丸を拝借してきた。数少ないから大事に──」
言い切るより前に爆発をものともしないサクリファイス目掛けダン!ダン!と連射するスネーク。
「ふむ……確かに効き目はありそうだ」
「──大事に使ってくれよ?」
ホロウの外、その際では武装した兵士達や、医療従事者を示す白衣を着た者達が行き交っていた。ホロウの中から出てくる負傷者は各々の足で歩き案内される者もいれば、仲間に担架で運ばれている者もいた。
「手が空いてる者は集まれ!」
その声で集まる軽傷な者達は、二人の前に立つ。
「これより負傷者を見て回れ、そしてその怪我の具合から判断して今から配るタグを目に見える場所に付けろ」
赤、黄、緑、黒。指示を聞いた者はそのタグを片手に負傷者達へと駆け出していた。
「ドクター、君はどうする」
「……はっきり言えば、今すぐホロウ内に行きたい。間違いなくこの中で起きているのは今までと違う。それを解析しなければ我々に勝ち目はない」
「……それは、何か確証が?」
「束博士が、状況を聞いてすぐにそう言ったよ」
「そうか……特に西エリアの被害が酷い。すぐにでもやるべきだな」
白衣に混じる黒づくめのコートと、肌を見せる服装の二人は目の前に佇むホロウを睨む。
「ブラックジャック、君は……いや、聞くまでもなかったか」
「片っ端から治療するさ、生きている限り必ず治してやるとも」
戦いは、まだ続いている。
自らを拘束する革製のベルトを強引に引きちぎり、重い体を引きずってベットから飛び出す。息をするだけで激痛が走るが、それらを一切無視して、自らの隠し拠点で装備を整え、駆け出す。
目指す先は一つ。同志達が戦う戦場である。
「ん、あれ?その鎧、もしかして」
「む、貴公か。すまんが退いてくれ。急いでいる」
「いやいやいや!どう見ても怪我してるじゃん!あー、もう!」
赤いマフラーの少女は仕方ない、とばかりに肩を貸す。
「それで、何処に行くの?」
「ポートエルピスのホロウだ」
「え?あそこ?なら近道あるよ、海から行けばあっという間!」
案内を頼む、と男はつるりとした玉ねぎみたいな鎧をガシャガシャと動かしながら言った。
「目を離すとずっと無茶しそうだよね貴方……ちょっと友達も呼ぶから待って!」