私の野望はただひとつ、怪異(ヤツ)らをデュエルで調伏せよ! 作:久本誠一
「つまり、だよ。我々に残されたまだ見ぬフロンティア……おいおい何だいその顔は、君は山より海派かい?ならこう言い換えるが我々にとってのブルーオーシャンは、やはり学校の七不思議にあり、と。こう結論付けるに至ったわけだが、何か質問は?言うまでもないだろうが、有意義なものを頼むよ」
夏休みも明けた9月の、ちょっぴり西に傾きつつある日差しが注ぐ静かな室内で。購買で買ったと思しきピザまんとおかかおにぎりをそれぞれ両手に掲げ順繰りに嚙り付いていた女子高生が、おもむろにそう言い放った。
地毛であろう明るい栗色の髪からぴょんとひと房跳ねたアホ毛、やや寝不足なのかそれが生まれつきなのか少々胡乱げな目つき、ファッションの類はさして優先順位が高くないことが察せられるやや着崩れた、しかしどこか退廃的な雰囲気がかえって奇妙に様になった制服の着こなし。その色合いは、彼女が現在この高校の最高学年であることを表している。街行く誰もが目を見張る、とまでは言わないものの、ロングスカートからすらりと伸びた脚や決して慎ましやかとは言い難く目を惹くほどの存在感を持った確かな胸元の盛り上がりといったスタイル面も含め、おおむね美少女と呼ぶにふさわしい大人びた容姿。それは多種多様な古びた資料がそこかしこに積み重なりあまり整っているとは言い難いこの部室内の情景にはいささか不釣り合いな代物だったが……それでもここは、彼女の「城」だった。
そしてその「城」のもうひとりの住人、同じく購買原産の菜飯おにぎり2つを相手にきっぱりとひと勝負終え、続いて同時に買い込んだ五目おこわに手を付けようとしていた男子高校生はといえば。包装を破きかけていた手を止めぐるり狭い室内を見渡して、そんなことをするまでもない不変の事実……すなわちこの部屋には自分と「城」の主たる彼女。見てくれだけは校内上位、口を開けば校内きっての奇人にして変人。
夏もその盛りこそ越したもののまだまだ残暑とは称しがたい程度の熱波にうだるエアコンの撤去された部屋を、一瞬の嫌そうな沈黙と胡乱な視線が交差する。そしてその沈黙をどう捉えたか、遊ヶ﨑は頷いた。大きくひとつ、満足げに。
「ああ、わかっている、わかっているとも。君はこう言いたいんだろう?説明求ム、と。それは君に許された正当な権利であり、知識を追求するのは人間の美徳でもある。ではひとつ、この私が講義してやろう。私は話の分かる女として各方面に通っているからな」
ピザまんの最後の欠片を口の中に詰め込み、スカートを翻してふわり立ち上がった遊ヶ﨑の手の中にはいつの間にか金属製の教鞭が弄ばれており、実際その姿は高校生とは思えないほどに大人びた美貌や高身長と相まって、それなりに様になって見えた……当人の口からいけしゃあしゃあと語られた自身の評判についての自認が、あまりにも現実のそれと剥離しているという一点を除けば。
「学校の七不思議……まあ、これの定義は不要だろう。その名の通り、学校に存在する魑魅魍魎、魔訶不思議の総称だ。単なる都市伝説との違いとして、良くも悪くも学校に存在する物や校内の特定の場所を媒体としている、いわば閉じた世界の話でもある」
弁論部といっても通用するほどに朗々とした講義を続けながら、ガラガラと部屋の隅からひとつの台を引っ張ってくる遊ヶ﨑。その上に乗っているのは何代か前の卒業生、あまりのニッチさとハードルの高さから来る部員不足によって今は亡き立体芸術決闘部の手によって卒業制作として作られ寄贈されたものの、始末に困って倉庫の隅で埃を被っていた学校のジオラマだ。
「こんなジオラマひとつに収まるこの小さな世界ですら、7つもの不可思議に満ちている。私も留年する気はない以上、今年度で卒業だ。だというのに、知らない事を残したままというのも後味の悪いものがある……いや、すまない。話が脱線したな」
軽く首を振り、窓の外を見やる。開いた窓の向こう側、真っ青な空に大きく広がる入道雲の真下から聞こえてくる生きのいい蝉の声と辛うじて人の声ということが識別できる野球デュエル部の掛け声を一瞥してから室内に視線を戻し、教鞭の先端でぐるりとジオラマを囲んでみせる。
「重要なのは、この学校にも七不思議が存在するということ……おいおい、そんな顔をするんじゃない。とはいえかなりマイナーな話題だからな、存在自体を知らなくても無理はないか。そして君の反応が『正常』だからこそ、非常に興味深い事実がひとつ見えてくる」
言葉通り口の端に面白そうな笑みを浮かべ、本人なりによほどこの話をしていることに興奮しているのかほとんど密着しそうになるほど一気に距離を詰める。逃すものかとばかりの熱を帯びた視線に至近距離で射止められ、強制的に聞き手に回らされた哀れな犠牲者は身を縮こまらせた。
同時に、部屋の中がスッと陰る。照明代わりに差し込んできていた外の太陽を、一瞬通りがかった雲が隠したのだろうか。
「この七不思議、年代によって多少の入れ替わりは見られるが、それでもおおむね内容に変わりはないんだ。わかるかい?
そこまで言い切ってようやく目の前の相手を開放し、わずかに一息つく。再びゆっくりと明るくなっていく部屋の中で、ジオラマの一点……校庭のど真ん中を、教鞭が鋭く指し示した。
「そこで今回、最初に我々が調べるのはここにする。深夜何時でもいいが、わかりやすく零時きっかりに校門前で集合としよう。私の方も、少し用意したい物があるからな。第一の不思議は『校庭を走る二宮金次郎像』だ……遅れるんじゃないぞ?」
一方的に釘を刺してくる彼女に、当然行うべき無数の疑問(なぜその話にしようと決めたのか、いやそもそもなぜ自分がその話に巻き込まれることが確定しているのか、というか夜更けの学校に集まってまさか侵入するつもりなのか……)はもはや意味をなさない事を、本能的に察知したのか。男子高校生は、こくりと小さく首肯した。
それは彼がすでにこの数か月間で、遊ヶ﨑舞という女に何を言っても無駄だという事実を十分以上に知り過ぎてしまっていたからだろうか。もうひとつ当然先に聞いておくべき大事なことを、口に出すことがなく会話を終えてしまったのは。
そもそも仮に七不思議が本当だとして、大前提として一体彼女は何をするつもりなのか?しかしその疑問は、嫌でも明かされることとなる。
深夜零時。人気のない校門前に彼が到着した時、遊ヶ﨑も既に彼女の『用意』と共に待ち構えていた。遠くからでも圧倒的に悪目立ちするあまりに斜め方向な準備に絶句する表情にもお構いなしに、やれやれと言わんばかりの表情で一冊の真新しいノートとペンを差し出した。
「もしやとは思ったが、やはり手ぶらで来るとはね。しかし役割分担を話しておかなかった私にも、確かに責はあるか。ほら、体を張るのは私の役目だから、君は記録係としてしっかり棋譜をとっておいてくれたまえ」
棋譜。その場にも目的にもあまりにそぐわない単語に、反射的にノートを受け取ろうとして伸ばした手が止まる。信じられない、あるいは信じたくないものを見るような目で突如として目の前で固まった彼を訝しむように見つめ、ややあって遊ヶ﨑はポンと手を打った。
「ん?……ああ、不安なのか。確かに、君にはまだ見せたことがなかったな。
そう言って、左腕に装着された機械……使いこまれたデュエルディスクを見せびらかしてみせる。
つまりこの女はいるかどうかも眉唾なはずの学校の七不思議、それも動く二宮金次郎像を相手に大真面目に戦うつもりで、しかもよりにもよってカードの勝敗で片を付けようと目論んでいるのか。だが今度こそ完全に絶句した己の後輩とは対照的に、普段はめったに見せないほどにご機嫌な様子で語りだす。
「それよりもまあ、聞きたまえ。聞き手がいてくれると、私としても考えをまとめながら話すのに役立つからな。この二宮金次郎像の話だが、私の考えではおそらく実体のあるものではない。というのもこの話は場所が校庭という都合上か、他の七不思議よりも圧倒的に目撃頻度が高い。だからこそ最初に相手する七不思議として悪くないと思ったのだが、その情報の全てが『金次郎像が校庭を何周も爆走していた』というだけの一点にある。つまり奇妙なことに相手がそれなりに重量と硬度のあるはずの石像であるというのに、その足跡を見たという話も、足音を聞いたという話もない。あるのは目撃情報、ただそれだけだ……それと」
ここで一度言葉を区切り、ニヤリと笑ってみせる。
「もうひとつ奇妙なことに、これは君も含めてどうやら私以外に誰も呈したことのない疑問のようなのだが。そもそもうちの学校には創立以来、二宮金次郎像が置かれたことは一度たりともない……ふふふ、どうやら君も気が付いたようだね。そう、動く元が存在しないんだよ、そもそもこの場所には。にもかかわらず、目撃者は一様に『動く二宮金次郎像を見た』と語り、それを他の誰も疑問に思うことはない。いや、なかった、と言うべきか。やはり日本語は正しく使わねばな」
先ほどまでとは違った緊張感のある沈黙が、一瞬彼女たちの間を流れる。校門越しにいまだ静かなままの校庭を素早く眺めて異変が起きていないことを確認し、熱を帯びていながらも真剣な目で先ほどのノートを手にした後輩と視線を合わせる。
「なぜ私がこの事実に気付けたのかは定かではないが……君も気付いてしまった以上、もはや私と一蓮托生だ。好むと好まざるとにかかわらず、ね。もっとも、自分の記憶を任意で消すような真似ができるというのならばその限りでもないが。だが仮に君がそんな超人だとして、そこまでしてこの話から逃げたいというのであれば私はひとり残された寂しさのあまり、それこそ泣いてしまうかもしれないな。ふふふ、そうしたら君の責任だぞ?」
固い面持ちで唾を呑む後輩とはやはり対照的に、むしろリラックスしているかのように錯覚できるほどの自然体で遊ヶ﨑が笑う。おおよそこのふてぶてしいと図々しいと、でも顔と体は間違いなく良いを足してから一切割ったりはせず、それどころかむしろ3で掛けたようなこの女らしくもない軽口を叩きすらして、また真面目な表情に戻る。
「与太話はさておき、だ。一応念を押しておくが今回私がこの七不思議に対しデュエルモンスターズを手段、あるいは武器として行けると踏んだのも、あながち無策ではない。この七不思議……あえてこう呼ばせてもらうが『二宮金次郎像』は、少なくとも石像が動き出した、で済むような単純な話ではない。君や他の人間にやってきたように当然気付いてしかるべき矛盾からも目を逸らさせる、何らかの認識に干渉するような力を持っている。つまり、そこには何らかの意思ある存在がいる……おっと、お喋りはここまでだ!」
鋭く声を上げ、校庭を睨みつける。その視線の先では、明らかに異常な何かが起きつつあった。風は、乱れていない。一面に敷かれた人工芝も、ピクリとも動かない。つい先ほどまで、そこにはなにも居なかったと断言できる。だが間違いなく今この瞬間、『それ』はそこにいた。
『それ』を一語で言い表すとしたらやはり二宮金次郎像、そう呼ばざるを得ないだろう。質素な和装を着込んだせいぜい子供程度の背丈に広げ持った和本とそこに落とされた視線、背中に背負った薪。それら全てが石を彫り込んで作られた、物言わぬ石像。疑いようもなく、二宮金次郎像。その両足が、動いている。視線は本から片時も離さぬまま、力強く地面を踏みしめ……否。石像の重量で踏みしめられているはずの人工芝は、やはりその足の下から離れても凹みすらしていない。しかし間違いなく、それは走っていた。校庭のトラックに沿って一定の、生身の人間には決して出しえないほどのペースとスピードで。
そして、その姿を目の当たりにして恐れを抱くでもなく、身を縮こまらせるでもなく。遊ヶ﨑舞は、呵々大笑していた。心底嬉しそうに、その目には抑えきれないほどの好奇心の光を灯して。
「ははは、はははははっ!なんだ、やっぱりいるんじゃないか七不思議は!いいぞ、そうでなくては私も面白くない!いやあ私は嬉しいぞ、なにせこんなにも面白い!おい君、ぼうっと見ていないで校門を開けてくれ!この子が入れる隙間を作ってくれれば、それだけでいい!」
その言葉に我に返った後輩が慌てて鉄製の門に取り付き力を込めて引っ張ると、重い門がそれでもゆっくりと動き出す。すでにデュエルディスクともうひとつの『用意』の準備をすっかり済ませた彼女がその上に跨って通り道の確保を待ち構えながら、先ほど中断した話の続きを誰に話すともなく口ずさむ。
「……おそらくあのような存在に、私や君のような人間がよーいドンでさあ殺し合いだ、となれば勝ち目はないだろう。だがこちらから『勝負』の形態に持ち込んでやり、ルールに則ったうえで勝敗を付けたとすれば?例え相手がどれほど人智を超えた力を持っていようが、いやむしろ途方もない力の持ち主であるがゆえに、その結果には縛られることとなる。悪魔は契約を遵守する、約束は守らなければならない、の原則だよ。力有るものであり続ける為には対峙する義務があり、勝敗の結果には逆らえない。まして、その手段がデュエルモンスターズともなれば、な……ようし、いいぞ!走れ!」
その言葉を待ちわびていたかのように、彼女が跨っているそれが勢いよく駆け抜ける。先ほどからずっと走りたくてうずうずしていたやる気十分の
そう、馬である。彼女が準備したもうひとつの『用意』とは、馬……それもただの駄馬ではなく、日置高校馬術決闘部から無理を言って半ば奪い取るように借り受けてきた、部員仕込みのデュエル用に仕込まれ訓練する名馬だ。
「二宮金次郎像……なるほど噂通りのスピードだ、時速はざっと60キロメートル毎時といったところか。だが君の力を見せてやれ、えっと……そうだな、確か君は雌馬で左足の縞模様が特徴だったな。よし行け、ハナコストライプ!」
命名:ハナコストライプ。
あまりにもあまりなネーミングセンスに不満を呈するかのように一声嘶いたハナコストライプだったが、それでも彼女の中では目の前で周回し続ける二宮金次郎像を相手に走りたいという欲望がやや上回ったらしい。指示通りに力強く人工芝を蹴り、トラックに沿ってぐんぐんと加速していく。
「……最も私の仮説も、そもそも勝負の誘いに相手が乗らなければ意味がない。言ってみればこちらが一方的に喧嘩を吹っ掛けている側、客観的な理はこちらにはない。だからこそ、私の方もこうして仕込みをさせてもらったわけだが。少なくとも
いかに二宮金次郎像が速くとも、鍛え上げられた名馬はその背中をぐんぐんと追い上げていく。勝負の舞台であるトラックを何周もしないうちにその背中へと追いついたハナコストライプの背の上から、わずかに手綱を緩めて速度を落とさせ並走に切り替えつつ遊ヶ﨑が声をかけた。ほらほらとばかりに片手で起動したデュエルディスクを見せつけてやると、横を走る二宮金次郎像もわずかに本から目を離してそれを確認し、背負った中から引き抜いた薪と本を組み合わせたかと思うとそれが石製のデュエルディスクに変化する。
「さすがこの学校に好き好んで出るだけあって、君もこのゲームはいける口のようだな。安心したよ、話の分かる相手で」
「……何の得があってボクに勝負を挑むかは知らないですが、ここで負かせば同じことです」
石の口がぎこちなく開き、まだ若い少年のような声が漏れる。これにはさすがの彼女も驚いて目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。
「ますます安心したよ、物理的にも話の分かる相手らしい。喋れない相手とも戦えないわけではないが、
「ふざけたことを……!」
「私に言わせれば、君の存在の方がよほどふざけているよ。さあ、始めようか……おい君、先ほども言ったが、君の役目は記録係だ!棋譜はしっかり取っておいてくれよ!」
最後にようやく校庭の端に辿り着いた後輩の方へと振り返って一声釘を差し、その声が届いたことを確認してから改めて前方へと向き直る。
「「デュエル!」」
言うなりハナコストライプを一気に加速させ、ちょうど楕円状の直線部分を並走していた状態から一気に最初のカーブまでを一頭身以上の差をつけて駆け抜けさせる遊ヶ﨑。その状態から再び速度を緩め、追い付いてきた二宮金次郎像へちらりと視線を送る。
「せっかく馬まで用意してきたんだ。先攻は馬術決闘部のスタイルで、第一コーナーを先取した私が取らせてもらうが文句はないね?私のターン!まずは速攻魔法、緊急テレポートを発動。何もないようなら手札またはデッキからレベル3以下のサイキック族モンスター……そうだな、まずは彼を呼ばせてもらおうか。
彼女たちの右後ろに、奇抜な和装の男が音もなくふわりと浮かぶ。ソリッドビジョンの音や光に走りを惑わされないことも、馬術決闘部で調教される馬にとっては大事な素質のひとつだ。いきなり見知らぬモンスターが視界の隅に表れても平静を崩す様子もなく走り続けられるハナコストライプは、なるほど名馬と呼ぶにふさわしい才能の持ち主だろう。
Ga-P.U.N.K.ワゴン ATK900
遊ヶ﨑 LP4000→3400
「ワゴンは1ターンに1度私のライフ600をコストに、デッキから彼の
フィールドゾーンにカードが置かれた瞬間、周囲の光量が跳ねあがる。彼女たちが走るトラックを縁取りするかのごとく無数のペンライトが揺れ、サーチライトの軌跡が走り、深夜の校庭は色とりどりの光と熱狂の渦に包まれたのだ。
「まだまだ行こうか、通常召喚。
Uk-P.U.N.K.娑楽斎 ATK1200
遊ヶ﨑 LP3400→2800
ワゴンの隣にもうひとり、身の丈ほどある巨大な絵筆を抱えた派手なサングラス姿の男が呼び出される。男がその筆を掲げて天に何かを描きはじめると、ワゴンもまたその動きに合わせるようにして横笛を手に取り淀みなく曲を奏で始める。
「娑楽斎は1ターンに1度、やはり私のライフ600をコストにすることで彼の作品を融合召喚する。私が選択するのは娑楽斎自身、そしてワゴンの2体。浮世の波と雲の波。天地に重なる波の中空、今こそ泳ぐが鯉の道!融合召喚、Uk-P.U.N.K.カープ・ライジング!」
Uk-P.U.N.K.カープ・ライジング DEF2800
そうして浮かび上がったのは、一匹の巨大な鯉の戯画。今こそ跳ね上がりそうなほどに生き生きとした筆跡で描かれたそれは空から照らす月光と地上から照らすペンライトの光に包まれそれらが混じり合い、夜空を背景に幻想的な輝きを放っていた。
「エクストリーム・セッションの効果により、私のサイキック族が効果発動のためライフを支払ったことでカードを1枚ドロー。そして私は、融合召喚されたカープ・ライジングの効果を発動!コストとしてこのカードをリリースし、デッキからレベル8以外のP.U.N.K.2種類を特殊召喚できるが……」
「やらせません!手札より、デッキリクルート効果を無効とするため灰流うららの効果を使用します!」
「何か握っているとは思ったが、温存していたのか……だが生憎と、私の方にも備えはあってね。速攻魔法、墓穴の指名者を発動!君が今墓地へと捨てた灰流うららを除外し、その同名モンスター効果を次のターンまで無効とする!」
チェーンに次ぐチェーンの応酬で、目まぐるしく攻防が入れ替わる。だがこの流れならば、カープ・ライジングの効果は無事に通る。そう判断した一瞬の気の緩みが彼女の手綱捌きを、ひいてはハナコストライプの速度を緩めた。その一瞬の隙をついて、二宮金次郎像が前に出る。さらにもう1枚、手札に握っていたカードと共に。
「……手札からアーティファクト・ロンギヌスの効果を発動!相手ターンにこのカードをリリースし、このターン互いのプレイヤーは一切の除外行為が行えなくなります!」
「くっ!?」
墓穴の指名者は、除外を行えなかったカードを無効にはできない。実質的に防御札を回避されたことで、元々打たれていた灰流うららの効果が生きたまま通る。緊急テレポートと召喚権、それに1200ものライフを使ってまで融合召喚したカープ・ライジングはその実力を発揮できぬまま墓地へと沈み、しかもエクストリーム・セッションの持つ、ドロー以外のもうひとつの効果……墓地のP.U.N.K.カードを除外し、手札のP.U.N.K.を特殊召喚する効果さえも封じられ。
調子のいい展開から一転、ターンを返せばこのまま敗北すら十分にありうる絶望的な状況。P.U.N.K.デッキに触れたことがあるものならば百人が百人恐れ、実際にその身となれば即座に目を覆うような盤面。チェーン合戦を制し勝利へと一気に近付いたという感触が、今度は二宮金次郎像の足並みが僅かに乱れさせる。本来ならば、心理的動揺を受けた相手プレイヤーには察知できないほどの小さな狂い。
「そこだ、ハナコストライプ!」
だが、遊ヶ﨑はそれを見過ごしはしなかった。わかっていると言わんばかりに隙をついて加速したハナコストライプが、再び二宮金次郎像よりも前に出る。
「何!?」
「生憎と、私は諦めが悪くてね。それにかわいい後輩が棋譜を取ってくれているんだ、先輩としてあまりみっともない姿は見せていられないのさ。確かに初手の緊急テレポートをスルーしてまでカープ・ライジングまでうららを待たれたのはだいぶ痛くはあるが、戦いをやめるほどの理由とはなり得ない。そら、手札より
No-P.U.N.K.ディア・ノート ATK2100
男ふたりが消え去った盤面に続いて現れたのは宙に浮かぶ巨大な有角の面を背後に、竜のオーラをまとった刀を持つ緑を基調としたサイケな和装の少女。だがその和装の表面が風もなく波打ったかと思うとその色が次第に濃く変化していき、背後の面も角の数が増えてより恐ろしげな表情のものへと移り変わっていく。
「手札のNo-P.U.N.K.オーガ・ナンバーは最上級モンスターだが、場の仲間をリリースする事で特殊召喚できる。さらにディア・ノートは場から墓地へと送られた際、自身以外の墓地の仲間を特殊召喚できる。娑楽斎でも悪くはないのだが……ここは、さすがに手が足りないか。となるとむしろこちらだな、フォクシー・チューンを選択しよう」
No-P.U.N.K.オーガ・ナンバー ATK2500
No-P.U.N.K.フォクシー・チューン DEF2600
鬼面の少女の真横に浮かぶ、巨大な狐面とそれを操る鬼面の彼女と瓜二つの幽玄なる少女。手札全てを使い果たし、一時は壊滅した場を立て直す遊ヶ﨑。脚を動かしながらも展開を止めきれなかったことを悔しそうに歯噛みする二宮金次郎像だが、それでもまだどこかに余裕のようなものが見られるのは現状、妨害らしい妨害を持ちえないせいだろうか。
だが生憎とこの女、これでターンを返すような温い手を使うつもりは毛頭ない。
「私はレベル8のオーガ・ナンバーと、フォクシー・チューンでオーバーレイ。さぁ遠からん者は我に聞け、近くば寄って目にも見よ!ここは祭りの大舞台、熱気に吠えて獅子よ舞え!エクシーズ召喚、P.U.N.K.JAM
P.U.N.K.JAM FEVER! ATK2800 ORU2→1
遊ヶ﨑 LP2800→2200
どこからともなく鳴り響くテクノアレンジされた祭囃子のリズムに乗って、ド派手に着色された極彩色の巨大な獅子舞がその大口をカクカクと開け、やはりどこからともなく伸びる繰り糸でその足を複雑に精密操作されながらハナコストライプに追走する。折よく開いたその口の中に、その巨体の周辺を衛星軌道を描くようにして飛びまわっていた2つの光球のうち片方が吸い込まれるようにして入っていった。
「FEVER!は自身のエクシーズ素材と私のライフ600をコストに、カードを1枚引く効果を持つ。だがサイキック族のFEVER!が効果発動のコストとしてライフを支払ったことでもう1度エクストリーム・セッションの効果を発動、さらにカードをドローさせてもらおう。カードの1枚はデュエリストの血肉、この程度の出費安いものさ」
そう嘯きながらも事実0だった手札を2枚にまで補充し、さっと目を通してそのうち片方を伏せターンを終える。
最上級モンスターにも対処できる最低限の打点に、モンスター効果を無効とする最低限の妨害。さらに1枚とはいえ存在することそのものが相手にプレッシャーを掛ける未知なる手札の存在に、詳細不明の伏せカード。展開の致命的な部分を止められたことを考慮すれば、決して悪くはない盤面。やるだけやったと隣を走る相手を睨み、ぐっと手綱を握る手に力を込める。
……今のターンの攻防が、彼女の胸中をよぎる。本来初手の緊急テレポートは、言うなれば誘い水。デッキからのほぼデメリット皆無に等しい条件でのリクルートという特大の餌をぶら下げての、本命カープ・ライジングを通すための囮。だがこの相手はそれに見向きもせず、デッキの中身を見せる前からこちらが最も嫌がる箇所まで待ったうえで確実に誘発を当ててきた。
先攻と同時にノータイムで即打ち、事故寸前でこれしか有効札がない風を装うにしても使い方が露骨過ぎたか?もう少しタイミングを、それこそ一呼吸単位でずらしたり、事前の口先八丁で事故の匂わせを仕込んで偽装を深めるべきだったか?今となっては後の祭りだが、いずれにせよ言えることはひとつ。この怪異は、決して馬鹿でも間抜けでもない。
「ではボクのターン、ドロー!」
「恥ずかしながら私は、二宮金次郎像と戦り合うのはこれが初めてでね。君が先ほど見せた汎用以外にどんなデッキを使うのか、興味は尽きないよ。やはり石像だけあって、【メガリス】でも使うのかい?」
「安直な発想ですね」
内心で感じるプレッシャーを感じさせないよう、気持ちで相手を優位に立たせないように努めて明るく振舞ってみるが、くだらないお喋りに付き合う気はないとばかりにバッサリと切って捨てた二宮金次郎像にはまるで取り付く島もない。先ほど誘発を2枚切ったことで通常のドロー込みでも残り4枚の手札に目を通した石像が、最初のカードを場に出した。
「ボクはフィールド魔法、アンデットワールドを発動!」
「これは……裏目を引いたか?」
その表情は崩さないが、遊ヶ埼の首筋につう、と冷や汗が伝う。フィールドと墓地のカード全てを見境なくアンデット族にするあのカードがある限り、次の彼女のターン以降でのエクストリーム・セッションのドロー効果は封じられた……というだけではない。
彼女の盤面を単騎で駆けるP.U.N.K.JAM FEVER!は先ほど発動したドロー効果の他にもうひとつ、エクシーズ素材をコストに相手モンスターの効果の発動を無効にして破壊する、という単純にして強烈な制圧効果を持つ。ただしその効果には発動条件があり、それがプレイヤーの墓地に対するレベル3のサイキック族の存在である。本来ならばワゴン、娑楽斎の2枚がその役割だったのだが……現在彼女の墓地に存在するモンスターは、もはやその全てがアンデット族。
「通常魔法、奇跡の穿孔を発動。デッキからレベル4以下の岩石族モンスターを墓地に送ります」
「何もしないよ。それにしても……ゴゴゴゴーレム、ね。人を安直だなんだと言っておいて、やっぱり岩石族自体は使うんじゃないか」
「発想が安直だ、と言っただけです。残念賞にも値しませんよ。続けて、ゴゴゴゴブリンドバーグを通常召喚します」
ゴゴゴゴブリンドバーグ ATK1400
面白半分嫌味半分なからかいの言葉にも、やはり大した効き目はなく。走り続けるその上空から、プロペラ音がじわじわと迫りくる。
「このカードが通常召喚に成功した際、ボクは手札、デッキ、墓地から戦士族以外のゴゴゴ1体を特殊召喚し、さらに攻撃表示のこのカードを守備表示とすることができますが……」
「フン、おおかたアンデット族のゴゴゴゴーストを特殊召喚、その効果で自身を守備表示に変更しつつ、さらに墓地のゴゴゴゴーレムを連鎖で蘇生だろう?いいだろう、やりたまえよ」
「では、お言葉に甘えて」
「ただし、
増殖するG。効果は単純にして明快、発動以降に相手が特殊召喚を行うたびに強制で判定が挟まる、完全ノーデメリットのドロー加速。決定権こそ相手側にあるとはいえあらゆるカードの中でも最強格のドローソースと言っても過言ではない、悪名高きにして威光も名高き愛憎渦巻く手札誘発の鬼。
「増殖するG……!ですが、何枚カードを引かせようともこのターンで終わらせれば!お望み通りにデッキからゴゴゴゴーストを特殊召喚し、その効果を発動します!」
ゴゴゴゴースト ATK1900→DEF0
ゴゴゴゴブリンドバーグ ATK1400→DEF0
ゴゴゴゴーレム DEF1500
展開を最小限に収め被害を可能な限り抑える選択肢が一瞬二宮金次郎像の脳裏をちらつくも、すぐにそれを打ち消した。確かに誘発を、なんらかの妨害を引かれる恐れはある。だが、相手のライフは勝手に支払ったコストに次ぐコストですでに半分。多少の妨害程度ならば、このまま手数で踏み越え押し切れる。
結果プロペラ音の正体である赤塗りされた小型飛行機の編隊が吊り下げていたコンテナから現れたのは、初志貫徹の1枚……鎧の下には実体を持たない隻眼の武者。そして大地に亀裂が走り、地の底から丸い体をした人型のゴーレムが立ち上がる。ゴゴゴゴブリンドバーグはその制約により効果を発動したターンのエクシーズ召喚以外でのエクストラデッキからの展開を封じるが、それでも既に二宮金次郎像の場にはレベル4のモンスターが、3体。実質バニラと化したモンスターを乗り越えて彼女のライフを削り取る程度には、十分すぎるほどのリソース。
だが彼女とて、これ以上の展開をただ増殖するGだけを頼りに指を咥えてぼけっと馬上から見ているような女ではない。むしろ彼女がそれで大人しくしていてくれるような女ならば遊ヶ埼の名はもう少し語られも広まりもしなかっただろうし、今よりもよほど幸せに平穏な日々を過ごせる人間の数も多かっただろう。
しかし、そうではなかった。それは日置高校とその周辺の人類のみならず人外にとっても、つまるところは当の彼女以外の全ての存在に対して不幸な知らせでもあるのだが。
「ゴゴゴゴーレムが蘇生されたこの瞬間にトラップカード、魔砲戦機ダルマ・カルマを発動!フィールドのモンスターは全て裏側守備表示となり、もし攻撃表示モンスターが場に残った場合プレイヤーはそのカードを墓地へと送らねばならない。さあさあ、もっと楽しもうじゃないか」
「ボクのモンスターを……!?」
言葉通り全てのモンスターが裏向きへと変化し、賑やかだった盤面は寒冷色のペンライトと揺らめく人魂がまばらに振られトラックを照らす幽霊街道のみが後に残る。召喚権は既に消費しエクシーズ召喚は先んじて潰され、表側表示のモンスターも残っていない【ゴゴゴ】にこのターン中に取れる手など、そう大したものがあるはずもない。だが先ほどこの石像が見せたプレイングの一環が、彼女にそんな楽観を許さなかった。
そして事実、その予感は間違っていなかったらしい。
「ならば!永続魔法、D-フォースを発動!このカードは発動時の効果処理として、デッキまたは墓地からあるカードを1枚手札に。そしてこのカードは自分フィールドのモンスター3体をリリースすることでのみ、手札から特殊召喚が可能となる!」
これから何が起きるのかを把握した遊ヶ埼が、さすがに表情を変えた。セットされた3体のゴゴゴモンスターが、全て同時に闇へ呑まれる。表側だろうが裏側だろうがモンスターであることには変わりなく、種別を問わないリリース要員として使うならば何ら問題はない。
決して軽くはないコストを捧げられ満を持してフィールドに降り立ったのは、鮮血の翼と暴竜の顎。冥府魔道を貫き進む、血みどろの運命を背負った英雄。
「更にカードを引かせてもらう!ええい、また厄介なものを!しかも……」
「そう、これはただのBloo-Dではありません。Bloo-DとD-フォースがボクの場に揃って存在することで、D-フォースの真の力を解放!ボクはドローフェイズであっても通常のドローが行えず、ボクのフィールドに存在する全てのカードは相手による効果の対象とならず、そしてBloo-Dの攻撃力は互いの墓地のモンスター1体につき100アップしたうえで相手からの効果破壊耐性を得て、更に毎ターン2回の攻撃が可能となります!」
D-HERO Bloo-D ATK1900→3000
「このまま攻撃しても、P.U.N.K.JAM FEVER!の守備力はわずか600……ですが、ここはBloo-Dの効果を発動!相手モンスター1体を対象にしてこのカードへと装備します!本来ならばその攻撃力の半分をさらに攻撃力に加算できますが、裏側守備表示モンスターは装備しても参照するステータスがないので変わりませんね」
ハナコストライプの視界を塞ぐかのように大きく広がった翼(実際、モンスターやカードのエフェクトによって視覚や聴覚を塞ぎ事故や減速を誘発させるのは、馬術決闘部における重要なファクターである)から、噴き上がる血が意志を持つ触手のようにうねり、くねり、遊ヶ埼の場にセットされたFEVER!へと迫る。
これを通してしまえば、彼女の場はがら空きとなる一手。だが、やはり彼女もそこで黙ってはいなかった。
「いや。先程も君には言った通り、これでも私はしぶとくてね?私のモンスター1体が攻撃または効果の対象となったこの瞬間、手札のカット・イン・シャークの効果を発動!対象モンスターをリリースすることで、このモンスターを入れ替わりに特殊召喚できる!」
カット・イン・シャーク DEF2000 魚族→アンデット族
D-HERO Bloo-D ATK3000→3200
血の触手は虚しく空を切り、細長い体をした一匹の鮫型モンスターが新たに特殊召喚される。一見するとそれは、2回攻撃が可能なBloo-Dの前では延命にすらなっていないような小さな抵抗。しかもFEVER!自身と残ったもうひとつのエクシーズ素材が同時に墓地に送られたことで、Bloo-Dの攻撃力はますます上昇していく。
しかしこの一手がこのデュエルにおいてもたらす計り知れないほど大きな意味を、お互いのプレイヤーは既に公開情報の中から言われずとも理解していた。
「カット・イン・シャークは本来、特殊召喚時に効果を発動することでこのターンの終了時、私の墓地から水属性モンスター1体をサルベージする効果があるのだが。Bloo-Dが存在する限り対戦相手、つまり私の場に表側表示で存在するすべてのモンスターは効果が無効となってしまうからね。みすみす動くこともない、この権利は放棄するよ」
「……バトルフェイズに移行して、Bloo-Dでカット・イン・シャークを攻撃!」
D-HERO Bloo-D ATK3200→カット・イン・シャーク DEF2000
追い詰められているはずの遊ヶ埼が楽しそうに効果の放棄を宣言し、追い詰めているはずの二宮金次郎像がむしろ苦々し気に攻撃宣言を命ずる。またしても大きく開いた翼から放たれる血の雨に撃ち抜かれ、カット・イン・シャークがあっさりと戦闘破壊され。
だが翼の質量のみならず降り注ぐ血煙に視界を奪われつつもハナコストライプの足取りに、それを駆る遊ヶ埼の手綱捌きにも迷いはない。このターンでの敗北はないという、理論に裏打ちされた確固たる自信の走り。
「では、君も当然気が付いてはいただろうが。私のモンスターが戦闘または効果で破壊され墓地に送られたことで、墓地から妖醒龍ラルバウールの効果を発動!このカードを、除外デメリットを付与した状態で特殊召喚する。墓地にモンスターが1体送られ墓地から1体蘇生されたことで、君のそのデカブツの攻撃力も差し引き変化はなしだ」
妖醒龍ラルバウール DEF0 ドラゴン族→アンデット族
「本来ラルバウールは特殊召喚に成功した際、手札1枚をコストに場のモンスター1体と種族属性が同じモンスター1体をサーチできるのだが。この効果も無効になっている以上、当然これも発動しない。もっとも闇属性アンデット族など、最初から私のデッキには入っていないがね」
「……攻撃!」
D-HERO Bloo-D ATK3200→妖醒龍ラルバウール DEF0
当然守備力0のラルバウールに、再び降り注ぐ血の雨を耐える力はない……しかし、とにもかくにも遊ヶ埼がこのターンを耐え抜いたのもまた事実。しかし二宮金次郎像の石の表情には、仕留め損ねた悔しさは感じられども想定外だという色はない。先のターンでフォクシー・チューンの効果を使ったあの時、彼女の手札から墓地にラルバウールが送られたのは、れっきとした公開情報だ。
もしもあのダルマ・カルマさえ存在しなければ、ガガガガガールやホープ・ザ・ライトニングといったエクシーズモンスターを駆使することで、ラルバウールの存在込みでもライフを削りきれる算段があった。もしもあのカット・イン・シャークさえ引かれていなければ、破壊を介さない吸収効果からの直接攻撃でやはりライフを削り切れていた。
その全ての仮定には、無論何の意味もない。事実として彼女はこのターンを耐え抜くだけのカードを手札に墓地に用意できていたのだし、そのリソースを駆使してライフを守り抜いたのだから。その結果だけが、ここでは意味を持つ。
「ターンエンドします」
しかし、と、二宮金次郎像が最後に残った手札に目を落とす。レベル4の岩石族モンスター、ゴゴゴジャイアント……召喚成功時に墓地のゴゴゴモンスターを守備表示で蘇生するこのカードがあれば、ゴゴゴゴーストからゴゴゴゴーレムへと再び1枚で3体のモンスターに繋ぐことができる。それだけあれば、例えドローが封じられていようともまだ戦える。
実際追加の妨害こそないものの、二宮金次郎像の盤面自体は相当に堅い。D-フォースによって付与された強固な耐性と高い打点、そして何よりBloo-Dの持つ最大の強みである、永続効果による一方的なモンスター効果封殺能力。なるほどそれでもなおこの盤面を突破できるカード自体は存在するため全くの無敵ではないが、仮想敵となりうるものはその大多数が遊ヶ埼の使用してきた【P.U.N.K.】デッキとのシナジーは薄いため、これまでのドローだけで引かれるとは考えにくい。
1ターン。この1ターンを耐え抜く算段は、勝機は、十分にある。
だがそれは正しくはあるが同時に、遊ヶ埼舞という女が何かを諦める理由としてはあまりにも弱く、脆い理屈だった。
「さあ、学校の七不思議!何年もこの校庭に居座って、随分と長い留年のようだが……そろそろ、君の後ろもつかえているんだ。この場はちゃんと学費も支払っている、この現役女子高生に譲りたまえよ。私のターン、ドロー!」
場限定とはいえモンスター効果を封殺され、種族は強制的に上書きされ、相手のカードは対象にすら取れず、エースに至っては3000オーバーの高打点を押し付けてくる上に効果破壊も受け付けない。少なくとも【P.U.N.K.】というデッキにとっては、下手をしなくても詰みかねないほどに苦しい盤面。
だが彼女には、まだ勝算があった。この局面においてなおも逆転……ただ逆転するだけでなく、このターンでこのまま自らの勝利へ繋ぐ有効打となり得る、たった1つのルート。それは、すでに頭の中に組み立てられている。増殖するGによって潤い増えた手札をもってしてもまだ最後のピースが足りないが、足りないものはこの通常のドローで引いてしまえばいい。それができるというどこにも確実な根拠などない、しかし確固たる自信と自負。
そして今、そこに向けての足りなかったパーツは……揃った。引いたばかりのカード、なんとしても求めていた1枚を即座に盤面に叩きつける。
「チューナーモンスター、
Jo-P.U.N.K.Mme.スパイダー ATK900 サイキック族→アンデット族
No-P.U.N.K.ディア・ノート ATK2100 戦士族→アンデット族
巨体の人形とそれを繰り糸で操る人形師に、先のターンと同じ有角の能楽師。確かに好みの範疇とはいえ、通常の構築では1枚のみの採用に留める方が主流のディア・ノートを、複数枚採用しているとは。だがそんなことより、それ以上に、聞き逃せない決定的な異物がひとつ。そのカードの所属するP.U.N.K.とは本来これといって相容れないはずのテーマ名を、二宮金次郎像が訝しげに呟いた。
「捕食……植物……?」
「そうとも、カット・イン・シャークの時点で疑問には思わなかったかな?私のデッキは少々私好みにカスタムしてあってね、純構築だと思うと痛い目を見ることになる……もっとも私が構築段階で想定していた動きとはだいぶ違うことになってしまったし、君の場合は気が付いたとしても既に手遅れだろうがね」
そう低く笑うと、デッキから飛び出し差し出された1枚のカードを手に取る。
「では改めて捕食植物ビブリスプが墓地に送られたことで、そのモンスター効果を処理しよう。デッキから、同名カード以外の捕食植物を手札に加える……そしてこのペンデュラムモンスター、捕食植物ブフォリキュラを、ライト
ハナコストライプの右上に、その中央にブフォリキュラが標本めいて浮かぶ透明な光の柱が立ち昇る。本来ならばそれは、左側に対となるもう1枚を用意しての特異な召喚法、ペンデュラムの布石。だが彼女にとってこれは、あくまで勝利に繋がる一本道の中継地点。
「レベル5のディア・ノートに、レベル3のMme.スパイダーをチューニングだ」
「レベル8……ですがP.U.N.K.モンスターのドラゴン・ドライブは、チューナー側にサイキック族モンスターを指定するはず……!」
「ああ、君の言う通りだ。全く、残念でならないよ。だが縛りのないシンクロモンスターならば問題なく引きだせる、そうだろう?シンクロ召喚、魔螂ディアボランティス!」
魔螂ディアボランティス ATK2500 昆虫族→アンデット族
本来ならばこのカードでビブリスプを落としていたのであろう、シンクロ召喚成功時にデッキから昆虫・植物族を墓地へと送る二足歩行の人型カマキリ。しかしその効果も無効化されている現状、たかだか攻撃力2500程度のバニラモンスターでしかない。この現状を変えるには、あまりにも力不足な一手。
だが、遊ヶ埼はそれでも笑っていた。
「そしてディア・ノートがフィールドから墓地に送られたことで、このターンも効果を発動。墓地より甦れ……カープ・ライジング!」
Uk-P.U.N.K.カープ・ライジング DEF2800 魚族→アンデット族
水が、弾けた。登竜門の伝説を彷彿とさせる、滝の流れにも逆らい天まで昇り詰める鯉の戯画。色鮮やかな筆致で描かれたそれが、血煙に塗れたトラックを照らす。
「レベル8モンスターが2体……またランク8……?」
何をしたいのかが理解できず、ただ困惑する二宮金次郎像。シンクロ素材や手札コスト、蘇生が目まぐるしく行われたことでこのターンBloo-Dの攻撃力は絶えず上下し続けていたが、少なくとも今の数値はこれで3500。並のカードに越えられる数値では、ない。そのはずだった。
「おいおい、せっかく先に発動までしたというのに、君にはこの盤面が目に入らないのかい?捕食植物ブフォリキュラ、そのペンデュラム効果を発動!1ターンに1度私の手札及びフィールドのモンスターを素材とし、闇属性の融合召喚を行う!」
そびえ立ったままの光の柱の中で、ブフォリキュラが怪しい紫色のオーラを放つ。それと同じ光に全身が包まれて融合素材として選ばれたのは今しがた並べられたばかりのカープ・ライジング、そしてディアボランティス。
「……召喚条件はレベル6以上の融合モンスター、及びレベル6以上のシンクロモンスターそれぞれ1体。融合召喚―――――聖アザミナ!」
聖アザミナ DEF4000 幻想魔族→アンデット族
人工芝に覆われたトラック全体が、脈動した。血塗られた大地をその上から覆い尽くし呑み込むように、数多の茨が地上を走り、食い込み、血だまりを吸いつくす。ハナコストライプの踏みしめる箇所だけを意志あるようにさっと避け、二宮金次郎像の足には逆に絡み付き動きを鈍らせんと微動する、フィールド全体を支配する原罪の茨。そしてその中央に鎮座するのは、寄せ集まった一際太く大きい茨の塊とその中央から生える人間の女性のような上半身。
「聖アザミナ……しまった、まさかっ!」
怪異である二宮金次郎の石製の足は、あらかじめ遊ヶ埼が気付いたように厳密にはこの世のものではない。大地を踏みしめることなく踏みしめ、足跡も足音も現世に残すことのない存在しない石の足。それゆえに纏いつく茨もその実体を捉えることはできず、絡みつかれ縛られることも踏み抜いて減速することもなかったが……デュエリストとしての知識が、この先起こることを知ってしまった。確定したこのターン中の敗北への、どこまでも太く確かな一本道を自分は歩んでいたのだと、気が付かされてしまった。動揺に、ついに明確にその足並みが乱れる。
「ようやく気が付いたようだな。エクストラデッキのこのカードは自分の場の聖アザミナ1体と相手モンスター1体を墓地に送った場合、それを正規の条件として特殊召喚することができる。そしてこれはルール上定められた召喚手順ゆえに、あらゆる発動を介しない!」
宣言すると同時に、運命の英雄の全身が無数の茨に縛られる。融合素材が墓地に送られたことでさらに増加したその攻撃力3700も、付与された強固な耐性も、何の意味もなさない絶対的な宣誓。抵抗虚しく後から後から増える茨はその全身を見る間に取り込み、包み隠し、中央に鎮座する聖なる女王の元へと運ばれていき。そしてふたつの茨の塊がひとつとなったその瞬間、校庭の中央に神聖なる光が弾けた。
「原初の果て、末世の過去より世界を雪ぐ真打の登場だ。悲嘆と悲哀と拍手喝采をもって、罪の清算を歓迎してくれ―――――
贖罪神女 ATK4000 幻想魔族→アンデット族
罪と血に塗れた極上の餌を取り込むことで解放された、始まりの罪人の系譜からなる神人としての本来の姿。その攻撃力はBloo-Dを失い、もはや全ての防御手段を失った二宮金次郎像……その初期ライフと、ちょうど同じ。
「そしてこれがこの一戦、私から送る最初で最後の攻撃だ。贖罪神女によるダイレクトアタック!」
贖罪神女 ATK4000→二宮金次郎像 LP4000→0
たった一撃。それで、全てが終わった。今日も好き放題気の赴くままに大暴れしたこの女が、またしても無理を通したのだ。
「……さて、これで終わったわけだが。ああ君、棋譜の記帳はできているかい?よし、ご苦労。ハナコストライプも、ご苦労だったな。君のおかげで、この勝負に持ち込めた」
この戦いを
「……一体、何のつもりですか。ボクはただ、走っていたかっただけなのに……」
「おっと、ちゃんと意識は残っているようだね。負けたからといって物言わぬ石像に戻ったわけでなくて安心したよ」
倒れたまま放たれた二宮金次郎像のまったくもって正論この上ない恨み言にも涼しい顔で、起こしてやろうと手を差し伸べる。しかしその手がその石の肌に触れることはなく、その奥まで何の抵抗も感じさせずに突き抜けた。その中で指を握り、開いてみても、やはり何も感じない。
「……ふむ。やはり君の体はこの学校には存在しない石像、物質ではないというわけか」
「はい。ボクのこの体は、言うなれば二宮金次郎像の幽霊のような物です。ちょうど人型で都合がよかったので、使わせてもらっただけですが」
敗北して観念したのか、あるいはこの狂人に道理を説いても無駄なのでせめて早く帰ってもらおうとでも考えたのか。素直になった二宮金次郎像が語った学校の七不思議のひとつ、爆走する二宮金次郎像の謎はおおむねこんな所だった。
彼は元々この地区に生きていた走ることが大好きな人間の子供で、しかし小学生の時、ちょうどこの日置高校が創立された年に難病を患い、闘病生活の努力も及ばずそのまま死亡した。だが病床でずっと心残りだったまだまだ走り足りない、もっと走りたいという想いが強かったからか、死後もなぜか意識だけが残り。しかし意識だけが残っても走るための体がないので、その乾きが満たされることはなく。
「そんな時に、この体を偶然見つけたんです。何も喋らない、石像の幽霊を」
「それでその体にそのまま入り、夜な夜なトラックを走り回っていた、と?」
「はい。この体、つまり二宮金次郎像自体はもうとっくに取り壊されていましたが、もっともっと学校を見ていたかったという漠然とした想いが残ってこの体を構築していたんです。だけど意識はないからそこにあるだけで、何もできなかった。走る体がどうしても欲しかったボクと、利害が一致したんです。それでこうして、ボクたちはひとつの幽霊になりました」
「だから校庭のトラックを延々走り回って、か。しかし解せないが、なぜこの二宮金次郎像はこの場所に?意思のない石像に未練が残るぐらいなら、関係のないこの場所よりもその大事な学校に行けばよかったのではないか?」
そう小首を傾げて問いかけると、少し持ち直してきたのか半身を起こした二宮金次郎像が意外そうに目を丸くする。
「あれ、知らなかったんですか?この土地、この学校ができる前には小学校があったんですよ。ボクも生前はそこに通っていましたし、この二宮金次郎像もありました。色々あったみたいでボクの闘病中に取り壊すってなったとき、一緒に撤去されちゃったみたいですけど」
「おお、なるほどな。考えてみれば単純な話だが、その可能性には思い至らなかったよ。ありがとう、謎がひとつ解けた……そうだ、謎といえばもうひとつ、聞きたいことがあるのだが」
ポンと手を打って存在しない二宮金次郎像の謎に得心し、創立以前のことまでは調べておかなかった自らの詰めの甘さを内心で恥じる遊ヶ埼。そのままもうひとつの疑問であった、なぜ自分にはそれを疑問と思わせない常識改変が通用しなかったのか、そもそもこの常識改変の力とは何なのか。
そういったことを聞こうとしたところで、興味深げに動く石像を見下ろしていたハナコストライプが動物の勘でなにかを察知したのか、急に一声嘶いた。その声に一瞬気を逸らした時には、既に異変は起き始めていた。二宮金次郎像の全身から、暖かな光の粒子が無数に湧き出ては天に昇って消えていく。その数は見る間に増えていき、あれよあれよという間に直視できないほどの眩しさを放つ。
「……どうやらボクたち、これでおしまいみたいですね」
「む、おい……?」
穏やかに、楽し気に自らの最期を悟る二宮金次郎像に、さすがの遊ヶ埼もいささか慌てた様子で声を掛けようとする。しかしその声は届いているのかいないのか、返事代わりにひとしきり遊んだ最後満足して眠りにつく時のような子供の声が、光の中から響いた。
「沢山走れて、楽しかったなぁ……ありがとう、ずっと遊んでくれて」
その言葉を最後に光が全て消えた時、その場所には誰も残っていなかった。この日を最後に学校の七不思議のひとつは、その目撃情報も語る者も嘘のように途絶えることとなる。
「……私としては正直、今回の件には色々と消化不良だったり思う所もあるのだが」
それから数日。再び彼女たちの『城』で、例によって両手に掲げた購買産のオーガニックよもぎパンと鮭おにぎりへと交互に噛り付きながら、口の中のものを飲み込んで一呼吸置いた遊ヶ埼がいきなり口を開いた。
既に自分の昼食は終え食後の紙パック牛乳片手にあの事件で取った棋譜の見直しを行っていたいつもの後輩が、ここで無視すると後が怖いので嫌々ながらにそちらに目を向けると珍しく、多少なりとも神妙な面持ちの彼女と目が合った。
「だがあの最後まで名前ひとつ名乗らなかった二宮金次郎像の少年に免じて、あまり無粋なことをいうのは止めようと思ってな……おい、そんな顔をするんじゃない。失礼だろう、私に。君の中での私のイメージはどんな女だったんだ、まったく」
憮然として睨みつけると、慌てた様子で再び手元の棋譜へと目を逸らす少年。追及する気分でもないしまあいいと息を吐きながら遊ヶ埼は、あの時に見た二宮金次郎像のデッキに思いを馳せていた。
一口に【ゴゴゴ】といってもまずは生あるものなど絶え果てた死人の王国、アンデットワールドから始まって、初動は自由に空を飛ぶことができる戦士であるゴゴゴゴブリンドバーグだった。そしてそこから出てきたのはアンデット、つまり幽霊であるゴゴゴゴースト。そしてそれが最後に呼び出したのは本来は動かない石像、泥人形の名を冠したゴゴゴゴーレム……極めつけに自分からの妨害もあったとはいえ、最終的にそれらを纏めてリリースすることで最後に立ちはだかったのは、ただの少年だったはずの彼を翻弄し続けた運命、その名を冠するBloo-D。
これら彼自身の辿ってきた数奇な軌跡を体現するようなカードはすべて、単なる偶然によるデッキチョイスだったのだろうか?所詮はうがった深読みによるこじつけと言いがかりの範疇でしかない、都市伝説のようなもの……彼女の理性は冷静にそう切り捨てるも、しかしそれを言うならば、学校の七不思議だって立派な都市伝説だ。走る二宮金次郎像は、少なくとも実在した。ならばこれも偶然に過ぎないと、そう言い切れる根拠は果たしてどこにあるのか?
そこまで考えて、思考を飛ばし過ぎたと我に返って肩をすくめる。結局外野の人間が後になって何をどれだけ言ったところで、当の本人が消えた今となっては全ての真相は闇の中。
窓の外へと顔を向け、降り注ぐ陽射しに目を細める。この晴れ間は、まだ数日は続くだろう。
続きはできるように、むしろ続きの存在を前提にしていますが、実際連載として突っ走るかはほぼ確定という名の未定。
少なくとも定期投稿は消費カロリー的にも無理なので、一度短編として。
ここまで読んでもし続きも読みたければ言ってください、そういうのも力になりますので……。