私の野望はただひとつ、怪異(ヤツ)らをデュエルで調伏せよ! 作:久本誠一
「さて、そろそろ『走る二宮金次郎像』からひと月といったところか……よし君、今夜決行だ。ふたつめの七不思議、また解き明かしてやろうじゃないか」
それは、彼女の常がそうであるように前触れも前兆もありはしなかった。台風のように荒々しく傍迷惑を振り撒いていく癖に台風のような事前の予兆は一切観測できない人間、自然現象に気遣い力で負ける女こと遊ヶ﨑舞が第一声……兼、最後通告……兼、彼女の中での確定事項を口にしたのは、やはり彼女たちの「城」の中、残暑も徐々に過去のものへと引きつつある10月のことだった。
例によって「城」のもうひとりの構成人である男子高校生が一切の混じり気がない嫌そうな視線を送り本当に心底迷惑そうな表情を浮かべるのには一切お構いなく、いかにも機嫌よさそうに先月も使用した教鞭と例の日置高校ジオラマを部屋の隅からまたしても引っ張り出してくる。
「さあさあさあ、今日も講義を始めるぞ。いやなに、拍手はいらないとも。私と君の長い仲じゃないか」
なお遊ヶ﨑がこの後輩とファーストコンタクトを取ったのは、まだほんの半年前である。いかにも真新しい制服に身を包み、入学式の後に行われる部活説明会の活気と勧誘の中を所在なくうろついていた彼を「目が合った」という理由で半ば拉致する様にこの「城」まで連れてきたのが、その時……というのは当然、彼女自身が自認している。たとえその自認を第三者から突き付けられたところで、それがどうしたと平然としていられる精神の持ち主であるというだけで。
そしてこの異様なほどの悪びれなさ、開き直りともまた違う平時から堂々とした態度は、彼女特有の行動力のひとつの源でもある。
例えば、この「城」、彼らが昼食を摂ったり放課後にダラダラと意味のない時間を過ごしたりしている部室とは名ばかりの部屋だ。実はこの部屋の外にはなるほど一応、「大空想決闘精神研磨追及部」なるいかにも怪しげな文言が大書きされた手製の看板が大きく貼り出されてはいる。だが学校側に問い合わせれば、そんな団体は存在しないの一点張りだろう。電話を取った相手にもよるが、場合によっては頼むから二度とその名を私の前で口にしないでくれと懇願されることすらあるかもしれない。
それもそのはず、これは彼女が入学した初日以来勝手にそう名乗っているだけで、あくまで正式な活動ではない。当然部員は部長を自称する遊ヶ﨑の他には副部長(仕事はない)兼会計(予算なぞ降りるわけがない)兼書記(最近怪異戦での棋譜を取るという、頭のおかしな初仕事ができた)兼平部員(掃除係、雑用係、あるいはもっと単純に犠牲者と呼ばれることもある。これだけは唯一最初から中身がある)な後輩の彼のみであり、仮に正式な部活だったとしても活動を維持するための最少人数にすら達していない。
では、なぜ彼女たちの活動は支障なく行われ、あまつさえ名ばかりのものとはいえ部室と称した空き部屋の占有までもが黙認されているのか。
本来ならば日頃の生活態度も相まって何をどんなに頼み込もうが部室など貰えるはずもない身分のはずの彼女だが、そこのカラクリには悪名轟く彼女の叩き出した伝説のひとつがある。むしろ、これを初手に決めた事こそが日置高校史における彼女の悪名の第一歩であったと言うべきか。
だがしかしその一歩を振り返るよりも未来、それも今夜のことに対してのみ今の遊ヶ﨑舞の興味は向いている。そんな彼女が教鞭で指し示したのは、新校舎3階の南端……音楽室だ。ジオラマの内部にもよく見るとミニチュアのピアノやバイオリンやデュエルディスク型キーボード、壁には音楽家の肖像画といったどこの学校の音楽室にもあるものが一通り、現実と同じ配置で置かれているのが見える。
「今度の七不思議はね、君。おそらくこれだろう、という遭遇情報量だけなら二宮金次郎像に次ぐ……のだが。いかんせん噂の性質上、はっきりした目撃情報となると非常に数が少ないんだ。私の方でも調べられるだけ調べてみたのだが、これに関しては詫びを入れておこう。実際に纏められているものを見ても、これに関しては微妙にばらつきがあるんだ。それらが同一のものを指していることは推測できるのだが、な」
ほんの少しだけ平時よりもしおらしく、しかし隠しきれない面白くなさそうな調子を滲ませた口調で頭を下げる遊ヶ﨑。しかし大人しくなったのも束の間、またすぐに持ち前の堂々たる態度が顔を出す。
「ともあれ、七不思議の内容だ。もう少しわかりやすく、ピラミッド型の図にして書いてやろう。このうち最も下側で面積も広い段、つまり一番多く手に入る情報が、深夜の誰もいないはずの音楽室からピアノの音色が聞こえてくる、というもの。私の感想だが、この時点で大概の人間はすっかり腰が引けてしまい演奏者の正体を突き止めよう、などというやる気がなくなるのだろうな。私に言わせれば実にもったいない話だが、まあ個人の嗜好は個人の自由だ」
そう言って棚から取り出した一冊のノート、先月に二宮金次郎像戦の棋譜を取らせた際に使用したそれを引っ張り出し、新しいページをめくると横長の長方形を積み重ねて書きはじめる。それぞれに対し簡潔なワードを書き加えながらも下から上に、次第に小さく。
「もう少し突っ込んだ話になると、実際に音楽室の前まで行ってみたパターンの話もいくつか見つかった。それによるとピアノの前に座っていたのは、女……もう少しよく見た話だと、髪の長い女らしい。別の証言ではおそらく二十歳そこいらの若い、などと高校生に言われたくはないだろうが……ともあれ顔立ちそのものは美人らしいぞ、良かったな君」
さあこれでやる気を出せと言わんばかりの、あまりにも雑な飴の放り方である。そもそもこと見てくれ「だけ」に関しては、遊ヶ﨑自身が校内でも最上位層。さらに追加で首から下のスタイルの良さまで合わせれば、そうそう並び立てるレベルの者はいないはずなのだが。
何とも言えない微妙な表情の後輩には頓着せず、さらに図の上に長方形は増えていく。
「そしてこれらが一般通過不法侵入者でない証拠として、その体も顔も、向こうが透けて見える半透明の姿という話がある。前回の二宮金次郎像は見た目だけなら石像そのものだったが、なんと今回は見た目からして正統派の幽霊だぞ。一口に七不思議といっても、バリエーション豊かで飽きが来ないな」
皮肉なのか本気の称賛なのか、だが彼女の性格からして恐らくは後者なのだろう謎の感想を挟みつつもついにピラミッドの頂点……長方形ではない、小さな三角形が描かれた。
「そして最も詳しい話だと、我々にとっても嬉しいことにその『ピアノを弾く幽霊』との遭遇時間、さらには演奏されていた曲の詳細まで判明している。ただこれはあくまでひとつしかないサンプルだから、このデータにあまり固執しすぎるのも危険であるという点は留意して聞いてくれ。それによるとだな……」
そんなものわかっても何も嬉しくない、という対面の顔は、やはり見えてすらいないのかはたまた見たうえで無視しているのか。説明を終えうきうきと心弾む様子の遊ヶ﨑の誘いに、結局男子高校生もまた最後には頷かされるのだった。
日付の変わった、午前零時。あのまま学校から一度持って帰り、改めて持参してきた棋譜用ノート片手の彼が目にしたのは、やはり前回同様既に校門前に到着して彼を待ち構えている私服姿の遊ヶ﨑だった。
今回の彼女は目立つことこの上ない
思わずその場で立ちすくんだ彼だったが、折よくそこで遊ヶ﨑がそちらに首を傾けた。待ち人の姿を認めた彼女の手招きに誘われるように、ふらふらと近付いていく。
「うむ、ちゃんとそのノートは持ってきてくれたようだな。今回も体は私が張ろう、君に危険が及ばない様にな。だからその分、棋譜は君がしっかり取っておいてくれたまえ」
いつもの調子そのままな有無を言わさない言葉の調子、日常であれが聞こえれば大体四方八方に迷惑が降りかかると評判のこの声も、こうして非日常的なシチュエーションに場所を変えるだけで安心感の化身、まるで彼女が頼りがいのある先輩であるかのようにすら聞こえてくるだろう。
「よし、では早速入るとするか。この2年半、私は真面目かつ品行方正な学生としてただ遊んでいたわけではない。時間外に動きがあれば警備会社への連絡が入るセンサーの位置や、申し訳程度の監視カメラの死角は全て押さえてある。前回は校庭にしか用がなかったから使い処のない知識だったが今回からはそうもいかないからな、私の後についてくるといい。なに、気を付ける必要があるのは校舎内に入る一瞬だけだ。基本的に内部には、そういったものはないから安心したまえ」
しかしそれはやはり錯覚であり、沈思黙考時にどれほど顔が良かろうとも口を開けばやはりこの女はこの調子である。本当に真面目で品行方正な学生が聞けば青筋を立てて怒る権利すらあるであろう言葉を残してさっと校門を乗り越えていく彼女に、後輩も慌てて後に続くのであった。
そして新校舎、3階廊下。忍び込んでいる彼女らがまさか廊下の電気を付けるわけにもいかず、遊ヶ﨑が持参した小型懐中電灯の細い光で最低限周りを照らしながら音楽室に向けて歩いていると、突然先頭を行く彼女が足を止めた。いや、止まったのは彼女だけではない。その後ろを歩いていた後輩もまた、彼女とほぼ同時に足を止めている。この先の進行方向、廊下を曲がった突き当り……今回の目的地である音楽室の方向から、かすかなピアノの旋律が流れてきたのだ。
「……!」
動くな喋るな音を立てるな気配を消せと後ろの後輩に目線で合図を送り、当人も可能な限り音を立てずに素早くなにやら楽譜のようなものが書き込まれたメモを取り出し、それに目を通しながらしばらくその場で耳をそばだてる。
「やはりな……!」
ややあって何かに得心し、押し殺したように呟くと、おもむろに音の方角、廊下の先へ向けてずんずんと早足に歩き始める。慌てて後輩がその背中に追いすがると、抑えきれない歓びに満ちた彼女がスピードは一切緩めずに話しかけ始めた。
「昼間の私の話を覚えているかい、君?この七不思議に関する最も詳しい目撃証言は、当人が音楽に明るい決奏楽部の部員であったからこそ分かった情報が大きい。今我々が聞いているこの演奏曲は、やはりその時と同じだ。代々
音楽室との距離が近付くにつれ、次第に彼女たちの耳に届く音も大きくなっていく。本来音楽室と他の教室との間に存在する防音扉はなぜかその全てが開け放たれていて、しかし彼女は躊躇なくそれらをすべてくぐり抜け。
とうとうその音源である音楽室の前に辿り着いた時には最初は耳をそばだてなければ聞こえなかったほど小さかったピアノの音はやや不快にすら感じるほどに大きくなっており、それに負けじと扉に手を掛け力を込めてほとんど蹴破るように開け放ちながら彼女が声を張る。
「部員全員がそれぞれの楽器を用いて行われる、決奏楽部名物にして最大合奏曲のピアノパート!だろう、ピアノの幽霊よ!さあ、私とデュエルしてもらおうか!」
力強く彼女が開いた扉のちょうど正面、部屋の隅に設置された大型のピアノ。そこの前に座っていた人影が、手を止めて乱入者にゆっくりと顔を向けた。同時に、声を張らねば会話もできない程だったピアノの音もぴったりと止まる。長い黒髪、色白の肌、彼女たちよりもわずかに大人びた端正な顔立ち……そしてその全てが、透けている。身に着けた薄手の白いワンピースと細い胴体のみならず、鍵盤の上に添えられた白く細い腕も、ペダルを踏むたおやかな足も、人形のように整った顔も。その全てから、向こう側にあるはずの壁の様子が透けて見える。
部屋の入り口に仁王立ちし、挑戦的な瞳で半ば睨みつけるように対峙する遊ヶ﨑。しかし無言の数秒後、当の幽霊はゆっくりと、興味を失ったようにまたピアノへと視線を落とし。それきり再びその指が軽やかに鍵盤の上を踊り始めると先ほどとは違う旋律が、ふたりの間に束の間産まれた静寂を埋めるかのように音楽室内へと満ちていく。
だが、遊ヶ﨑舞がそれでへこたれてくれるような女ならばどれほど周りは楽だっただろう。彼女が指摘した通り、今幽霊が演奏しているのは本来多数の部員が各々の楽器を持ち寄り、それぞれのパートを奏でることで真価を発揮する合奏曲。たったひとりのピアノパートだけでは、あまりにも空白が多く不完全な一曲。
「ほう、この私を無視とはいい度胸だな。だが、私が何の備えもなしにただ口先だけで
そう言ってふてぶてしく笑い懐に手を突っ込むとハナコストライプに次ぐ今回の「用意」を引っ張り出し、これ見よがしにそれを打ち鳴らす。
彼女が取り出したのは小さく作りもおそろしく単純な、しかしれっきとした楽器……トライアングル。流れるような、しかし曲としては明らかに歯抜けだらけで不自然なピアノの音に混じり、金属製の三角形を同じく金属の棒で叩いた澄んだ音が小さく空気を震わせる。
ただ、それだけ。何も特別なことなどない、小さな小さな音色。しかしそれが聞こえた瞬間、幽霊は確かにピアノを弾く手を止めた。それはほんの一瞬のことで、またすぐに演奏は再開されたが……悪役のような笑みを深めた遊ヶ﨑がもう一度トライアングルを叩くと、その澄んだ音色に合わせてまたしても幽霊の手が止まる。
「やはり思った通りだな。君の持つ怪異としてのアイデンティティはこのピアノそのものよりも、むしろこの曲の方にある。なにせ幽霊となってまでこんな時間にわざわざ、自分ひとりでもお構いなしに演奏し続けるぐらいだ。生前からか死後からか、いずれにしてもあの二宮金次郎像の彼にも等しい並々ならぬ思い入れがあるのだろう。それについてもぜひインタビューをしてみたいところだが……おっと、人の話は最後まで聞き給えよ、君」
金属音の残滓が消えていくにつれまたしてもピアノを再開しようとした幽霊の動きを見咎め、誰に聞かせても目の前に無言で鏡を叩きつけられそうな言葉とともに牽制のもう一音。不承不承といった様子で再び手を止めた幽霊に、改めて彼女の推理をひとつひとつ押し付けるように確かめていく。
「ともかく重要なのは、これが他の奏者の存在を前提とした合奏曲であるということだ。つまり君が組む相手がいないからやむを得ずひとりで演奏を続けているにせよ、他には誰もいらないという思いでむしろ清々しているにせよ、君の想いとは関係なく『曲』の側には
もはや音の残滓が消えても幽霊はピアノを弾こうとはしていなかったが、それでも追加でもう一度、遊ヶ﨑の手元で金属音が響く。
「私に音楽の心得はない。ないが、このトライアングルならばとにかく叩けば最低限それらしき音が鳴るし、私とてそれぐらいのことならばできる。つまりこれを持つことで私にも、
なおこの女偉そうなことを言ってはいるが、実際には借り受けたなどという生易しい表現では足りていない。放課後の練習中だった部活にアポもなくいきなり乗り込み、呆気に取られている中で備品のトライアングルをほぼ強奪した挙句、明日には返すと一言残して今夜のために持ち帰ってきたのである。
ちなみに合奏曲の例えはそんな彼女に対しほとんど悲鳴のように、たとえどれだけ小さいものであっても楽器は全て主役なのだからせめて大切に取り扱ってくれ、という意味を込めて投げかけられた(そしてまだ続きはあったが最後まで聞かずにさっさと退散した)部長からの魂の叫びである。
物は言いよう、あるいは盗人猛々しい、と称すべきか。いずれにしてもそんな彼女の傍若無人を糾弾できるツッコミが不在なのをいいことに、もはやいつの間にかこの場の空気を支配しているといっても過言ではない彼女の声がなおも朗々と響く。
「要するに、だ。私はこう解釈したんだよ。君はこの合奏曲を大事にするが故に、合奏に参加する者を決して無下には扱えない。それは君の大事なこの曲を、ひいては今の君自身を否定する事にすら繋がりかねない行為だからね。実際に楽器を持ちここに来て、しかも演奏の意思が私にある以上、君はもう私の音に合わせる形でしかピアノを弾き続けられない……だが、君には選択肢がある。ひとつは、このまま演奏を続ける。この小さなトライアングルに出せる大きさの、それも私が気まぐれで不定期に鳴らす音を活かせるように、という条件付きでのことだが。そしてもうひとつが言わずと知れた、デュエルモンスターズだ。もし君が勝てば私は敗者、潔くこの場を離れるし今日のことは他言しない、君の演奏へのあらゆる干渉も二度としないと約束しよう」
言葉と同時に一本ずつ指を伸ばし、示されたふたつの選択肢……と呼ぶにはあまりにおこがましい、ほとんど脅迫に近い形だけの選択肢。たっぷり数秒が経過したのち幽霊は、諦めたように音もなく立ち上がった。
「……いいわ、ただし約束は守ってもらうわよ」
「女に二言はないさ。デュエリストの約束は重いからね」
「あなたみたいな人間と同じ性別だと思うと、私ちょっと女であることを後悔したくなるんだけど?」
明らかに呆れと諦めが入り混じっている大きなため息をひとつ付き、幽霊がピアノに手を翳す。ただそれだけでその手に引っ張られるようにいくつもの鍵盤がピアノ本体を離れてひとりでに宙に浮き、その腕に装着されるような形で新たな形に組み上がっていく。それは異様な光景ではあったが、そこに現れたその姿は紛れもなくデュエルディスクだった。
「「デュエル!」」
「せめて先攻は貰うわよ、私のターン」
今回先攻を取ったのは、幽霊だった。素早く手札に目を通し、その中の1枚をその半透明な指で掴み取る。
「私は魚族モンスター、アスピスクールを通常召喚。このカードの召喚成功時、私は手札からレベル6以下の魚族モンスターを特殊召喚できるわ」
「シンクロか、裏をかいてのエクシーズか、はたまた別の戦略か……いずれにしても、これを通すのはあまりよくはなさそうだ。エフェクト・ヴェーラーの効果を発動させてもらうよ。このカードを墓地に捨ててアスピスクールを対象に取り、そのモンスター効果をこのターンの間だけ無効にする」
「あら、残念ね」
アスピスクール ATK300
ぬぼーっとした表情を浮かべる平べったい魚が現れてそのまま後続を呼び出そうとするも、すぐさま投げつけられた遊ヶ﨑の妨害によってその動きは阻まれる。初動をいきなり止められたにもかかわらず口先だけでまるで応えていない様子に、止めた側の遊ヶ﨑がやや渋い顔になる。
「ああ、別に妨害を釣り出したわけじゃないわよ。ただ、本当にここはどうでもよかったの。止めるなら止めるで、別にやりようはあるもの。永続魔法、急雷の
アスピスクール ATK300→800→300
ほんの一瞬だけの強化はエンド宣言と共に終わり、アスピスクールの攻撃力は結局最初と変わらない数値に戻る。一見すると、何の意味もないプレイング。だがそれが意味を持たないのは、このターンだけの話。1ターン先の未来に向けて、布石は既に打たれてしまった。
「私のターン、ドロー。それにしても、ピアノの幽霊が【ゴーティス】とは。二宮金次郎像の彼にはまだ岩石族繋がりの【ゴゴゴ】を使うような可愛げもあったんだが、君はどうやらそういうタイプではないらしいな」
「ドローフェイズが終わったなら、私も動かせてもらうわよ。ゲームから除外された次のターンのスタンバイフェイズ時、ゴーティスの妖精シフの効果を発動。除外されているこのカードを特殊召喚するわ……それと、あのねえ。どうしてあなたの勝手で貧相なイメージに、私がデッキ単位で付き合ってあげなくちゃいけないのかしら?デュエルタロット部を見て御覧なさいよ、あそこの伝統なんて私がまだ生きていた頃にはもう始まっているのよ」
「デュエルタロット部?ああ、あの部員全員が【アルカナフォース】も【魔導】も『在籍中、部の看板を背負う限りは絶対に使わない』縛りのことか。私に言わせればそれはそれで馬鹿馬鹿しいとは思うが……まあ、それも意地なんだろうな」
「あら、初めて意見が合ったわね」
「それは光栄だな」
「不名誉な屈辱よ」
ゴーティスの妖精シフ DEF0
テンポよく互いに投げかけるような、一見すると和やかな言葉の応酬。その合間に、次元の狭間を通じて仄かに輝きを放つクリオネが帰還する。だがそれは見た目通りな友達同士の会話のようなものではなく互いの腹と底の探り合い、相手の思考の瞬発力からこのデュエルの今後を見極める小手調べのような風さえ漂っていた。ここで動揺を誘う、一枚やり込めるなど心理的優位に立つことができれば、それは今後のプレイングにもおのずと影響する。お互いに油断のない、一定以上の強者であるが故の小気味いい緊張感。
遊ヶ﨑自身はこの感覚が決して嫌いではなく、むしろ好ましく感じる部類の人間であるが、そういった手段を番外戦術と忌み嫌う考えもそれはそれで彼女なりに尊重する。
だがどうやらこのピアノの幽霊は、少なくともカードに関しては比較的彼女と感性が合うらしい。現に今回最初に一歩踏み込んで仕掛けてきたのは、彼女ではなく幽霊の方だった。
「……それに、そう言うあなた自身はどうなのかしら?あなたの身勝手な傍若無人さは私も身に染みてようく分かったけれど、それは【P.U.N.K.】とはまた少し違うんじゃないの?」
言外に語られる、先月のデュエルは把握しているとの宣言。実際の所【ゴーティス】はそこで彼女が使用した【P.U.N.K.】に対し特段メタを張れるというほど有利なテーマというわけではないが、それでもデュエル前から相手のとる戦法を知り、特に彼女のカスタムしたデッキの場合
お前に不意を突くことは叶わないが、それでもこの勝負続けるのか、という揺さぶり。だがそれを聞いて彼女は、遊ヶ﨑舞は、表情を強張らせる……どころか、むしろ唇を綻ばせた。自暴自棄でもない、むしろその真逆の心底おかしそうで面白そうな、してやったりという気配すら漂う笑み。
「ククク……ははははは!残念だったな、ピアノの幽霊君。私の立場は君たちを迎え撃つ王者ではなく君たち学校の七不思議へのあくまで挑戦者で、しかも最終的にはその全てを相手とし調伏する女だぞ?君が前回の戦いでの情報アドバンテージを得ていること程度を私が想定していないとでも、そしてもっと言えばそんな不安要素を私が放置したまま、のこのこ相手の本陣にまで無策で出向いてくるとでも、そう本気で思っていたのか?」
「なんですって?」
「こういうことだ!私は
メガリス・ハギト ATK1300
巨大な台座が宙に浮かび、その片面から翼の生えた悪魔の石像が浮かび上がる。動かないはずの石の身体の、その両目が爛々と不気味な光を放った。
「【メガリス】……それに今リリースしたモンスター、そのカードはオノマトの……!」
「うん?いやなに、先月の一件で私にもちょっとしたインスピレーションがあったものでね。どうせ彼が使わないなら、いっそ私が組んでやろうと思ったのさ。なかなか癖の強いデッキだから、少しばかり苦労したよ……それこそ、こうして実戦投入できるほど手に馴染むまでに一か月もかかってしまったほどにね」
戦術も、戦法も、何もかもが異なるテーマへのデッキ変更。完全に意識外の奇策は、しかし確かにそれだけの成果を上げた。不意を突かれたことによる精神的優位というアドバンテージに乗じて一気に攻めかかるべく前のめりに、しかし油断なくカードを捌く。
「メガリス・ハギトの儀式召喚を執り行った時、私はデッキからメガリス魔法または罠をサーチできる。永続魔法、メガリス・アナスタシスを手札に……しかし先に言っておくが、まだ発動はしないよ」
「やってくれたし、油断も隙もないってわけね」
「この盤面、まさか無策で起動効果が肝の永続魔法を置くわけにはいかないだろう?代わりに手札から、ガガガガンバラナイトの効果を発動。エクストラデッキからガガガモンスター1体、ガガガガマジシャンのカードを相手に見せることでこのカードを特殊召喚し、さらに相手モンスターの表示形式を変更できる。私が選択するのは、ゴーティスの妖精シフだ」
ガガガガンバラナイト DEF1800
ゴーティスの妖精シフ DEF0→ATK500
『我』の文字が刻まれた大盾をその両腕に構えた全身鎧の重装兵が飛び出て着地すると、その衝撃と風圧に空中のシフが巻き込まれて姿勢を崩す。そして彼女はさらなる展開ではなく、ここで一度手を止めた。
「さて、では私はもし君が差し支えなければ、このままバトルフェイズに入りたいのだが……」
「よく言うわねそんな気さらさらないくせに、差し支えあるわよええ!フェイズ移行前にこのカードを特殊召喚した相手ターンのメインフェイズ中のみ発動できる、ゴーティスの妖精シフの効果を発動するわ。そしてそれにチェーンして永続罠、クロノダイバー・パワーリザーブを発動!このカードは発動後に守備力2500のモンスターとして特殊召喚され、さらに手札・デッキ・墓地から機械族のクロノダイバーを特殊召喚できる。クロノダイバー・タイムレコーダー!」
クロノダイバー・パワーリザーブ DEF2500
クロノダイバー・タイムレコーダー DEF1000
矢継ぎ早に特殊召喚される、無人の半重力バイクと機械仕掛けの時を渡る蝶。そのうち蝶の方へと、空中を浮遊したシフが近づいていき混じり合う。
「レベル4のクロノダイバー・タイムレコーダーに、レベル2のゴーティスの妖精シフをチューニング。星海に瞬くは第一の門。その
ゴーティスの大蛇アリオンポス ATK2100
遮光兼防音カーテンが閉じられた夜の音楽室、いかに暗闇に包まれどもその容積が変わるはずもない部屋。しかしそれが瞬間的に無限の広さを持ったかのような錯覚がして、遊ヶ埼が眉をひそめる。床も、壁も、天井もそこにはない。ピアノの幽霊の傍にあるわずかな楽器と対峙する彼女たちだけを残しその外側には、無限にして深淵の宇宙だけが天地六方にどこまでも広がっているような。そして現れたのは使い手と同じく半透明の、けれどあちこちの発光器官の放つ光がその姿を無限の夜空に描く、星の海を往く大海蛇。
圧倒的なスケール感によろめきかかって、しかし足元には踏みしめ持ちこたえる床の感覚もなく。ピアノの幽霊の声が、どこまでも続く全方位の空に吸い込まれ奇妙に遠く聞こえる。
「アリオンポスがシンクロ召喚に成功した時、私はデッキからレベル6以下の魚族を除外できるわ。レベル2チューナー、ゴーティスの紅玉ゼップを除外して、さらにその効果を発動。このカードが相手ターン中に除外された時、即座に特殊召喚し……さらにこのカードを特殊召喚した際、私はこのカードと自分フィールドのモンスターで魚族のシンクロ召喚を行えるわ」
赤く紅く、英雄をも打ち倒した蠍の星座を定義するあの星のような輝きを放つ小魚が光の輪となって、アリオンポスを越えたより深く、より広い深淵の海に泳ぐものを呼ぶ足掛かりとなる。もはや声も出せず無限の宇宙の中で小さな自己を保つので精一杯の遊ヶ埼を、更なる深みで圧倒するかのように。
「レベル6のアリオンポスに、レベル2のゼップをチューニング。星海を貫くは第二の門。その螺旋穿たれし者、汝一切の奇跡を捨てよ!シンクロ召喚、ゴーティスの双角アスカーン!」
ゴーティスの双角アスカーン ATK2700
星の海に浮上した更なるシンクロモンスターの正体は、半透明の体から流線型の羽と、その体長ほどもある鋭利な双角を伸ばす超巨大な異形のトビウオだった。羽を広げたその全身が不規則に発光すると、両角の先端から鋭い光線が宇宙の闇を裂いて放たれる。
「アスカーンはシンクロ召喚に成功した時に私の魚族1体と相手フィールドのカード1枚を対象に取り、それらを除外することができるわ。私が選択するのはアスカーン自身、そしてあなたのメガリス・ハギトよ」
「くっ……うん?」
その言葉通り、光線が遊ヶ埼の前に浮かんでいた悪魔像へと直撃する。その余波は後ろの彼女自身にも及び、思わず上も下もない宇宙の中をふわふわと数歩分後ろに下がり、しかしその途中でごつり、と。何か固いものを踏みつけた。
馬鹿な。遠く遠く広がるこの無限の空間、重力も不安定ならば上も下もないこの場所に、ぶつかるどころか踏みつけてしまうような存在だと?天文学的確立にもほどがある……そう思って咄嗟に下を見た彼女の前にあったのは、金属製のドアストッパー。何故こんなものが?宇宙に?混乱しかかる彼女の視界に続いて入ったのは、確かに見覚えのあるドアと厚い壁。そしてその向こう側、ゴーティス達やピアノの幽霊からの死角になるような位置で片手にノートを持ち、もう片手はおそらくこのドアストッパーを彼女が踏みつけるよう足元に投げてきたのであろう、半端に伸ばした状態で声を殺した必死の表情でこちらを見つめる男子。
あの顔も、この場所にも、見覚えがある。それも、決して昔の話ではない。あれはそう、つい先ほど……この部屋に乗り込んできたときに……。
「はっ!?」
そこでようやく、彼女の意識は覚醒した。どこか靄がかかっていてその場に呑まれていた思考が、果てない無窮の星空に絡めとられていた視界が、夢から覚めるかのように急速にクリアになっていく。上には天井、横や後ろには壁、足元には当然、床。ここは無限の大宇宙などではなく、単なる日置高校の音楽室でしかない。
「私は……今のは……?」
「あら、現実に戻っちゃった?効きが悪かったのかしら」
先ほどまで彼女の前に広がり五感を支配していた大宇宙の光景は、嘘のように跡形もない。対戦相手の呆然とした呟きにもさほど驚いた様子でもなく言い放つピアノの幽霊の言葉を聞き咎め、まだふらつく頭を大きく振ってどうにか感覚を取り戻した遊ヶ埼が睨みつける。
「何か……いや、何をした……?」
「何をした、ねえ。逆に聞くけれど、あなたは私を何だと思っていたの?楽しくお喋りしてちょっぴり怖がらせて子供のお遊びに付き合ってくれる、優しい幽霊さんだとでも?言っておくけれど私は人外の怪異、この学校の七不思議。あなたの理不尽にして身勝手な理由で演奏を中断されて最高に機嫌の悪い、年季の入った悪霊よ」
「あの」遊ヶ﨑の機嫌を損ねた。そんな誰もがたじろぐであろう険悪な問いに返ってきたのはしかし、何ら悪びれることのない皮肉な笑み。笑みという表情の持つ本来の攻撃性を、研ぎ澄ませたような怒りの表情。
「それで、あなたの質問に対する返答だけど。二宮金次郎像のあの子を見たでしょう?この学校に二宮金次郎像は存在しない常識を覆い隠して認識できなくさせた、あれと原理は一緒よ。つまり生者に対する簡易的、限定的な常識の改編。
「……おいおい、随分と殺意の高い真似をしてくれたじゃないか」
「言ったでしょう?私は今最高に機嫌が悪いの、今すぐにでも憑り殺してやりたいくらいに。ただ、忌々しいことにあなたの推理は当たっているのよ。私を今もなおこの世に留めている力の源は、この曲に対する執着と未練。この曲の性質上あなたが演奏に参加する意思と手段を持ってきた以上私には本来あなたを受け入れる義務があり、それを断るためにはあなたの示した条件を呑まなければならない……だけど、ねえ?もし対戦相手が試合中、
ここにいる存在はどれほど人間に近く見えようと、例え元は人間であったとしても。もはやその魂は人間のそれではなく、怪異なのだというある意味では当然の通告。自分のためならば人ひとりの存在を壊そうとも何ら顧みることのない、そういう存在に遊ヶ﨑は首を突っ込んだのだと。そして言葉通り実際に精神を壊されかかっていた彼女には、今の言葉が脅しやブラフの類でないことも理解できた。
それを受けて、うつむいた彼女の体が小さく震える。それを当然な恐怖によるものと解釈して、ピアノの幽霊が微笑み……その笑みが、すぐに凍り付いた。ゆっくりと顔を上げた遊ヶ﨑の浮かべる表情は、笑顔。それもピアノの幽霊自身が先ほど見せたような皮肉に満ちたものではなく、恐怖を紛らわせる強がりでもない、純粋にして純然たる高揚の証。
「ハハハハハ!いや素晴らしい、素晴らしいぞ!やはりそうでなくてはな、それぐらいのことはしてもらわねば!」
「は、はあ?」
一瞬目の前の生者が恐怖のあまりに時間差でおかしくなった可能性まで本気で考えて、すぐにそれを否定する。あの目、見たこともないような高揚と興奮で生き生きとしているあの目には、同時に理知的で理性的な光が宿っている。恐怖と絶望が閾値を越えた、そんな目ではない。
「番外戦術?精神崩壊?いや、結構結構。そうとも、そうだとも!私は学校の七不思議、押しも押されぬ怪異を相手にしに来ているんだ!当然君にはそれだけのことをする権利があるし、その能力もある事がよくわかったよ!ありがとうピアノの幽霊君、君がその権利と力を行使するということは、つまりそれだけ本気で私の!今、ここにいる私の!相手をしてくれているということに他ならない!私にはそれが、たまらなく嬉しいんだ!」
「……あなた、それで廃人になりかけたっていうのは理解してる?少しぐらい怖いとか後悔とか、そういうのはないの?」
あまりに常軌を逸した思考回路に、思わずその廃人に仕向けていた張本人から飛び出る真っ当な疑問。こうなると、もはやどちらが加害者かもわかったものではない。
ただひとり、遊ヶ﨑舞を除いては。事実彼女の中ではそんな疑問に対する答えなど、遅くとも先月の段階でとうに出ていたのだ。ゆっくりと首を振り、出来の悪い生徒に物を教える先生のような口調で語る。
「確かに『そう』なるのは、私としても御免被るとも。だがな、いかに君ら怪異の側が待てど暮らせどこの私を相手に学校の七不思議に関してだけはどうか調べないで下さいと挨拶ひとつ、手土産ひとつ持って頭を下げに来なかったことがこの調査に首を突っ込んだきっかけとはいえ、元々君らの時間に、君らの聖域に土足で踏み込んでいるのは私の方だ。異物の排除と平穏の保持は君らにとって当然の権利であり、そこに怪異としての力を使うのは困るからやめてくださいなどと条件を付けるのは、それこそ理不尽が過ぎるというものだろう。とはいえ実際に排除されるのはたまったものではないから、それはそれとして私も全力で抵抗するというだけで」
「はー……どうやら、とんでもない人間に出会っちゃったみたいね」
心の底から嘆息するピアノの幽霊。あまりに呆れたあまりに自分の中からすっかり毒気が抜けてしまったことを悟ると同時に、目の前の人間に対する評価をもう一度改めた。この人間は自分の力で狂ったのではなく、それに耐えた理性の持ち主なのでもなく、元々からして既に立派な狂人なのだと。
そしてそれはこの幽霊のみならず、彼女の周りにいる人間すべてがもっと昔から共有する総意でもあった。
「……でもとりあえず、あなたみたいな人間が『理不尽』を語るのは即刻止めなさい。言語に対する冒涜よ、それは」
「私は自分の中の理を通し、そのうえで私自身の我に忠実なだけだよ。それができないようならば、そんな人生は私である意味がない……ところで、『我』といえばだが。私のかわいいモンスター君が、もう随分と放置されて暇そうにしているのだが。そろそろ、このデュエルを再開してもいいだろうか?無論、先ほどのような真似は隙あらば仕掛けてきてくれて一向にかまわない。何度も言ったとおり、君にはその権利があるのだから。ただし私もこれまた宣言した通り、全力で抵抗する権利は使わせてもらうがね」
いきなり話題を振られたガガガガンバラナイトがフルヘルム越しにもわかる驚愕の表情を浮かべて振り返るのは一顧だにせず、くつろいだ様子で両腕を広げる遊ヶ﨑。一歩間違えれば次こそは本気で廃人となりかねない幻覚をなおも当然の権利として受け入れようとする姿勢に、もう一度理解できないとため息をついたピアノの幽霊が首を横に振る。
「安心なさい、悪運強いあなたにとってはいいニュースよ。私の見せた幻覚は、その弱点もあの子と一緒。どんなきっかけにせよ一度破られたら、どれだけ手を変えようとも同じ相手には通らないわ。改めて勝負といきましょう、不思議破りの女子高生さん?でもまずは私の番から、大蛇アリオンポスの効果を発動。シンクロ素材に使われたこのカードは墓地の魚族を除外する事で、デッキからそのレベル以下の魚族1体を手札に加えることができるわ。さらに、双角アスカーンの効果を発動。除外されたこのカードは墓地の魚族を除外する事で、フィールドに帰還する」
ゴーティスの双角アスカーン ATK2700
デュエルディスクの墓地からそれぞれの効果によって選ばれ弾き出されたのはアリオンポス、そしてシフ。それら2枚のカードを見せて、それを除外ゾーンに送る。そのまま流れるようにデッキから手に入れたのはアリオンポスと等しいレベル6の魚族、ゴーティスの月夜サイクス。
「ならばこちらも、メインフェイズ終了時にフィールドに動きがあったことで、フェイズ移行宣言を取りやめてこのメインフェイズを続行させてもらう。永続魔法、メガリス・アナスタシスを発動!」
しかし遊ヶ埼も負けてはいない。番外戦術によって思わぬ遅れこそ出たものの、本来はこれこそが彼女の狙い。シフの効果から連鎖して起こりうる除去を先打ちさせ、先ほど今は亡きハギトがサーチしたこのカードを通すためのバトルフェイズ宣言。当然お互いに承知の上の予定調和な流れとはいえ貴重な除去をみすみす撃たされた形に、ピアノの幽霊がキュッと唇を引き締める。
「このカードは手札を1枚捨て、デッキからレベル4以下及びレベル8以上のメガリスをそれぞれ1体手札に加えることができる。私は残った最後の手札を捨て、レベル4のメガリス・オフィエル及びレベル8のメガリス・アラトロンを手札に。そしてメガリス・アラトロンは先ほどのベトール同様、手札から捨てることでメガリスの儀式召喚を執り行う事が可能だ。私はフィールドからレベル4モンスターのガガガガンバラナイトをリリースし、レベル4のメガリス・オフィエルを儀式召喚する」
メガリス・オフィエル DEF2500
光となって消えていく大盾の重装兵に変わってふわり宙に浮かび上がるのは、先ほどと同じ無機質な台座。しかしその上に乗っているのは先の
「オフィエルが儀式召喚に成功した時、私はデッキからメガリスモンスター1体を加えることが許される。そしてそれにチェーンする形で永続魔法、メガリス・アナスタシスの更なる効果を発動だ。このカードはサーチのみならず私がメガリスの儀式召喚に成功したことにより、2つの効果から片方を選んで発動する事ができる。今回はカードを2枚ドローし、手札1枚を捨てる効果を使わせてもらおう」
見えていた脅威を最小限の被害で回避し、再びデッキが回り始める。その堂に入った回しっぷりには一切の迷いがなく、彼女がこのデッキを文字通り完全に手に馴染むまで使いこんでからこの場所へと現れた事を無言でありながら雄弁に語っていた。
しかし、ピアノの幽霊とて意地がある。怪異としての力は破られども、1人のデュエリストとしての意地が。
「そしてチェーン3、私からもとっておきをプレゼントするわ。トラップ発動、激流葬!フィールドに存在する、全てのモンスターを破壊する!」
「……全体破壊とはね、番外戦術抜きでもやってくれるじゃないか!」
「ヒントは出していたんだけれど、気が付かなかったかしら?さあ、3つのカードの処理に入りましょう?」
激流葬……フィールド全てを押し流す荒波は、最果ての星空にも語るものもなき石像にも平等に襲い掛かる。しかしオフィエル1体に対してアスカーン、アスピスクール、パワーリザーブと、盤面だけを一見すれば圧倒的に損な取引。だが躊躇なくその引き金を引いたのは、それだけこれ以上の【メガリス】としての展開を放置する事の危険性を理解しているからだ。
「……では私もカードを2枚引き、手札1枚を捨て、さらにデッキからメガリス・ノートラ・プルーラを手札に加えよう」
本来ならばメガリス・フールのカードを手札に加え、さらなる展開に繋ぐつもりだった遊ヶ﨑だが、やむなく方針転換を余儀なくされる。代わりに彼女の手札に加わったのは最強のメガリス、彼女の今回のデッキにおける切り札中の切り札……しかし、その雄姿がこのターンに出ることはない。あくまで次のターンに向けての、布石。
「じゃあ私も全ての処理が終わったことで永続魔法、急雷の泥沼の更なる効果を発動するわ。1ターンに1度、私のカードが戦闘または効果で破壊された際、その同名カードをデッキから手札に加えることができる。アスピスクールをまた手札に」
一方で遊ヶ﨑のターン開始時にはわずか1枚だったはずのピアノの幽霊の手札は、これで3枚。【ゴーティス】の強烈なデッキエンジンであるサイクスに、その数少ない弱点である上級モンスターゆえの小回りを補うアスピスクール。やはり次のターンへの布石であり、そして同時に遊ヶ﨑が選んだノートラ・プルーラの召喚を許すようなターンをこのデュエル中に与えはしないという、無言の宣言。
実際彼女がここでターンを終えてしまえば、2度と次のターンが回ってくることは無かったろう。すでにそれだけのリソースが、ピアノの幽霊の手の中に公開情報だけで揃っている。
ならば、まだ動く。次のターンが危険だというのならば、今このターンに最大限動いてみせる。何度妨害を受けようと、どれだけ重いプレッシャーを感じようと。遊ヶ﨑舞の不撓不屈の精神力は、なおもその行く手に前進のみを選択する。2枚を引いて1枚を捨てることで手元に残した、唯一まだ見せていないカード。それが、彼女の手から牙を剥く。
「さて、確かに今の激流葬にはしてやられたが……どうやら私はまだ運に、それにこのデッキにも見放されてはいないようだ。私は手札から、ドドドドウォリアーの効果を発動。このカードはデッキからコストとしてドドドモンスターを墓地に送ることで手札からレベル4、攻撃力1800として特殊召喚できる!」
ドドドドウォリアー ATK2300→1800 LV6→4
もはや誰もいなくなった仕切り直しの戦場へと先陣切って切り込んだのは、戦斧を片手に担ぐバイキングじみた格好の戦士。召喚権すら使用せず墓地リソースを稼ぎながら飛び出してきたその姿に、さすがに閉口したようにピアノの幽霊が首を振る。
「あれだけやったのに、まだ動くの?もう勝手にして頂戴」
「君の許可なぞ貰わずとも、私はいつでも勝手にやるさ……こんな風にな!たった今墓地に送った、ドドドドワーフ-
ドドドドワーフ-GG DEF1800
片方を妨害してもなおもう片方の要素が襲い掛かる、オノマトとメガリスの波状攻撃。幾度もの妨害を耐えきって並んだ、レベル4モンスターが2体。互いに一歩も譲らず拮抗していたこの後攻1ターン目における両者のパワーバランスは、ついに音を立てて崩れようとしていた。
「そしてレベル4のドドドドウォリアーと、ドドドドワーフでオーバーレイ!エクシーズ召喚、ガガガガガール……そしてその効果を発動!エクシーズ素材ひとつをコストにデッキからガガガ、オノマト、エクシーズの中から好きなカードを1枚手札に加えることができる。私が選択するのは通常魔法、エクシーズ・シフトだ」
ガガガガガール ATK1500 ORU2→1
金髪不良魔法使い女子高生が取り出したスマホを素早い指捌きで操作すると、画面から放たれた光が1枚のカードとなってその使い手である栗髪不良女子高生に受け渡される。
もっともかたやデッキを助けあちらこちらでよく働く欠かせない1枚と、かたや頼まれもしないのにやってきてはデッキをぶん回し理不尽に暴れて勝つことに定評のあるこの両者を同じ不良女子高生のくくりで一纏めにするというのは、暴論を越えた暴論である。
「エクシーズ・シフト……解説は不要よ。エクシーズモンスターを墓地に送る事でエクストラデッキからそれと等しい種族、属性、ランクを持つモンスターを自壊デメリット付きで特殊召喚し、さらに発動後のエクシーズ・シフトをそのエクシーズ素材とするカード、ね。これをこのまま通せばさっきあなたがガガガガンバラナイトの効果で見せてくれたガガガガマジシャンを特殊召喚して、さらにその効果でコストにしたガガガガガールを蘇生。2体で未来皇ホープをエクシーズ召喚すれば、ガガガガマジシャンとガガガガガールのもうひとつの効果によって未来皇は1ターンのみ攻撃力4000での2回攻撃が行えるようになり、余裕のワンターンキルが成立するわけね」
「そこまでわかっているなら、こちらとしても話は早いな。話が早いというのは、実に心浮き立つものがあるよ」
ドドドドウォリアーのもうひとつの効果……自身がエクシーズ素材として消費された際にデッキからズババモンスターをサーチする能力で、ルール上ズババとしても扱われるカードであるオノマトカゲを手札に加えながら、遊ヶ﨑がさすがに言葉の端々に疲労の色を滲ませながらも微笑む。あまりに長丁場となった応酬の果て、矢継ぎ早に攻め立て続けた精神集中の最後にそれでも導き出した、ワンターンキルの策。
しかしそれに対してもなお、ピアノの幽霊はやはり疲労を滲ませながらも笑い返す。
「あら、でもひとつ忘れていないかしら?その策で私を倒しきれるのは、あくまでそれが最後まで通ればの話よね?手札からゴーティスの陰影スノーピオスの効果を発動!手札のゴーティスの月夜サイクス、墓地のアスピスクールの2体の魚族を除外して、このカードを手札から特殊召喚するわ!」
「なっ……!」
ゴーティスの陰影スノーピオス ATK2100
今度閉口するのは、遊ヶ﨑の番だった。確かにピアノの幽霊には、まだ1枚だけその正体を見せていない最後の手札があった。しかしそれが、まさかこの局面で輝く有効札だったとは。音もなくじわじわと、半透明のタコがフィールドに忍び寄る。
「さあ、忙しくなるわよ?この瞬間に陰影スノーピオス、そして除外された月夜サイクスとアスピスクールの効果をこの順番で発動。アスピスクールは無条件、月夜サイクスは墓地の紅玉ゼップを除外する事でそれぞれフィールドに帰還して、陰影スノーピオスは場に出た際にカード1枚を選択し、そのカードが場を離れる際に除外される効果を付与するわ。私が選ぶのは当然、ガガガガガール!」
ゴーティスの月夜サイクス ATK2400
アスピスクール DEF300
「まだまだ処理は残っているわ。月夜サイクスが場に出たことでその効果により私はデッキの魚族、ゴーティスの朧キーフを手札に加え、そのままこの朧キーフを除外。ただしこのカードも妖精シフ同様、除外された次のターンのスタンバイフェイズに帰還する……さあ、今度こそこれでおしまいね」
「……私も大概、諦めは悪い女のつもりだったが。君も相当意固地だな?」
「……私相手にここまで粘るような娘も、そうはいなかったわよ。今の女子高生は怖いわね」
ガガガガガールに除外デメリットが付与されたことで、もはや遊ヶ﨑のプランは音を立てて崩壊した。同時に、この紛れもない強敵……わかりやすい汎用の手札誘発ではなく、デッキの特性を最大限に生かす札だけでのらりくらりと、しかし完璧に彼女のあらゆるルートからの攻め手も止めてきつつ次のターンへの布石まで打ってきたピアノの幽霊への敬意が彼女の胸をよぎる。いかに【ゴーティス】が元々そういった戦法を得意とするデッキとはいえ、それをここまで扱うのは使い手の実力と知識あってのものだ。
一方のピアノの幽霊も、内心では舌を巻いていた。いかに幻覚を跳ねのけたとはいえそれはあくまでドアストッパーを踏みつけたという偶然の産物であり、この目の前の人間自身の精神力で打ち払ったわけではない。となれば当然、まだその時の影響自体は幻覚が失われた今も彼女の精神力と体力を蝕んでいるだろう。その状態で笑ってミスなくこの妨害まみれの複雑なデュエルを続け、しかもその中でさえこちらが隙を見せれば一瞬でライフを刈り取ってくるようなルートをいくつも即興で構築しては完走しようと仕掛けてくるとは。
この相手、並ではない。奇しくも同じ結論を抱いた両者は、あるいは生まれた時代さえ違っていれば無二の親友となれたのかもしれなかった。
しかし、そうではなかった。どこまでいっても彼女たちは既に怪異のような人間と紛れもない本物の怪異であり……浮かびかかった感傷を振り払うかのように、遊ヶ﨑が大きく息を吸った。
「……まったく、ここまでとんだ一苦労だったが……君、まさか先の言葉に二言はないだろうね?」
「先の……ええ、言うまでもないでしょう?もう非公開情報は、デッキ以外にはこれ以上どこにもないわよ」
目の前の生者からの主語のない問いかけにも、なぜか何を言いたいのか理解して端的に返す。ピアノの幽霊自身が口にした先の言葉……今度こそ、これでおしまい。事実スノーピオスは彼女にとっても最後の防御札であり、これ以上このターン中に使えるカードはもはや残っていない。
本来遊ヶ﨑程のデュエリストならば、わざわざ聞かずとも理解しているはずの問いとその答え。聞く前からわかりきっていたそれを改めて本人の口から聞かされた彼女の目に、ほんの一瞬だけ複雑そうな色が走る。
「……そうか、そうだな。このデュエル、私は非常に楽しかったよ。礼を言わせてもらいたい」
「そうねえ。演奏に乱入された最初は、この人間どうしてやろうかと思ったけど。蓋を開けてみれば久々のカードも、なかなか悪くなかったわ。こちらこそ」
ありがとう。その言葉を最後にピアノの幽霊が誘うように両腕を広げ、遊ヶ﨑は小さく頷いた。もう、彼女を止める手段はない。一方でこの局面、まだ彼女には手が残っている。最後の最後に残った、虎の子のキルルート。
「……手札から魔法カードであるエクシーズ・シフトを捨てることで、このカードはランク4以下のモンスターに重ねてのエクシーズ召喚を行うことができる。音に聞こえた希望の槍よ、光を闇を貫き散らせ!エクシーズ・チェンジ、
FA-ホープ・レイ・ランサー ATK2500
ガガガガガール1体のみを素材としての、特殊なエクシーズ召喚。その果てに現れたのは黒と金の鎧に身を包み、それぞれの手に闇を貫く赤き槍と望み託した希望の大剣を掴んだ異形の戦士だった。その攻撃力はピアノの幽霊の側で現在最大数値であるサイクスのそれをわずかに上回る……だが、それだけではない。ほんのわずかでしかなかったその差が、開いていく。
「このカードが存在する限り、相手フィールド全てのモンスターの攻撃力は500ダウンする」
ゴーティスの陰影スノーピオス ATK2100→1600
ゴーティスの月夜サイクス ATK2400→1900
アスピスクール ATK300→0
「バトルフェイズ開始時の効果は、使わずともいいだろう。そのまま、まずはゴーティスの陰影スノーピオスに攻撃!」
FA-ホープ・レイ・ランサー ATK2500→ゴーティスの陰影スノーピオス ATK1600
ピアノの幽霊 LP4000→3100
振り下ろされた大剣が、大ダコの触腕ごとその脳天から造作もなく両断する。だがそれだけには終わらず、そのままの勢いでもう片腕に握る槍の切っ先が骨格もあらわな半透明のチョウチンアンコウへと向けられた。
FA-ホープ・レイ・ランサー ORU2→1
「戦闘で相手モンスターを破壊したホープ・レイ・ランサーは、エクシーズ素材ひとつを消費する事で他のモンスターに対し連続で攻撃を行うことができる。ゴーティスの月夜サイクスに攻撃!」
FA-ホープ・レイ・ランサー ATK2500→ゴーティスの月夜サイクス ATK1900
ピアノの幽霊 LP3100→2500
「……!」
連続攻撃の余波に上げかけた悲鳴をすんでのところで噛み殺し、最後まで前を向く。まだ、終わってはいない。このカードが出てきたとなれば、先ほどまでは何の意味もなかったある1枚のカードが意味を持つことになるからだ。確かに存在だけは確認していたものの、使いどころがないからと気にも留めなかったカード。遊ヶ﨑がメガリス・アナスタシスの効果でドローしたものの、同時に引いたドドドドウォリアーとの選択で当然のごとく墓地に置くことを選んだ1枚。
「ここで墓地より、エクシーズ・リバイブ・スプラッシュの効果を発動!墓地のこのカードを除外する事で自分フィールドの水属性エクシーズモンスター1体を素材に、ランクが1だけ上の水属性エクシーズモンスターを重ねてエクシーズ召喚する事ができる!そしてホープ・レイ・ランサーのランクは、4!」
2体のゴーティスを一瞬にして殲滅させた戦士が、さらに光となってその姿を変える。敵の肉を裂き骨を断ち、なおも全てを嚙み砕くまで止まらない連続攻撃の果てに存在するものは、より戦闘に特化された海の支配者の姿。
「深淵の水底、羅針盤の彼方より波濤を砕く真打の登場だ。牙と混沌と狂喜乱舞をもって、水面への浮上を歓迎してくれ―――――
CNo. 32 海咬龍シャーク・ドレイク・リバイス ATK3100
「残るモンスター、アスピスクールは守備表示だが、そんなことは関係ない。シャーク・ドレイク・リバイスは、守備モンスターに対する貫通効果を持つ!」
獰猛な鮫による執拗なまでの追撃が、最後に残った壁すらものともせずにこのターン3度目にピアノの幽霊に襲い掛かる。
後攻ワンターンキル……蓋を開けてみれば出てきた結果を、そう呼ぶことは容易い。お互いに選んだテーマ本来のエースカードである“名もなき
CNo. 32 海咬龍シャーク・ドレイク・リバイス ATK3100→アスピスクール DEF300
ピアノの幽霊 LP2500→0
「あーあ、負けちゃったわ」
消えていくソリッドビジョンを見送りながら残念そうに、しかしどこか楽しそうにそう呟いたピアノの幽霊が腕を一振りすると、彼女のデュエルディスクに変化していた大量の鍵盤が再びピアノへと帰っていく。全てがあるべき場所に戻るとそれを待っていたかのようにその全身から、ゆっくりと光の粒子が立ち上りはじめた。
「で、私もとうとう年貢の納め時ってわけね」
その表情に驚きの色はなく、声に悲嘆の響きはない。当人が落ち着いている中で加速度的に増えていくその光に目を細めながら、遊ヶ﨑が手を伸ばそうとした。
「お、おい待て、まだ私の話は……!」
「あれだけカードで対話しておいて、まだ話がしたいって?肉食系女子は結構だけど、それはちょーっと無粋じゃないかしら?」
穏やかな顔でからかうようにそう笑うと、最後に表情を引き締める。あるいは友となり得たかもしれなかった怪異暴きへと送る、最期の言葉。
「それより。学校の七不思議、全部解決するんでしょう?精々頑張りなさい、できれば死なない程度にね。あなたみたいな子がいてくれる世の中なんて関わり合うのは御免だけど、横から見るだけなら楽しそうだもの」
「……ああ。幽霊がいるということは、あの世もきっとあるのだろう。特等席で見ているといい、遊ヶ﨑舞の冒険活劇をな。いつか私がそっちに逝ったら、見物料は徴収させてもらうがね」
軽口の叩き合いに秘めた、少女ふたりの応援の言葉とその感謝。それを最後に、ピアノの幽霊の姿は光とともに消えた。これ以降、日置高校における『ピアノを弾く幽霊』の目撃情報は、嘘のようにぱったりと途絶えることとなる。
「……とはいえ実際、無粋なだけで調べようと思えば決して調べられない事でもなかったからな。特に君には今回も世話になったわけだし、聞く権利がある話だ」
それから数日。またしても大空想決闘精神研磨追及部……彼女たちの「城」に詰め寄っていた住人ふたりのうち片方が思い出したように口を開くと、もうひとりがその声に反応してそちらを見る。だがその無言の視線に気に食わないものを感じ取ったのか、本題に入る前に若干拗ねたように鼻を鳴らした。
「フン。どうも以前から、薄々感じていたのだが。もしや君は私が、この私が礼のひとつもまともに言えない暴君か何かだと思ってやしないか?それは仮にも先輩に対し、随分と不敬が過ぎるんじゃないか?そもそもあの日も帰る前に、ちゃんと命を救ってもらった礼はしたと私は記憶しているんだが?」
暴君そのものの言いがかりと共にじっとりとした視線を向けると、そう感じていたのは事実、というよりも世界の共通認識ではあるものの当人はまだ何も言っていない男子高校生が冷や汗を流す。そもそもこの理論にしても入学以来の先輩や教師はもちろん、それらよりも遥かに古株の怪異に対してすら敬意の欠片もない態度を貫き通している彼女が言えた口ではないのだが、それを口に出来るだけの度胸のある者はここにはいなかった。
「……まあいい。私の方も、君には借りができたわけだからな。今後認識を改めてくれればそれでいい。それよりも、先日の怪異の話をしよう」
幸いなことにそれ以上追及する事はなく、肩をすくめて椅子に深く座りなおす遊ヶ﨑。ほっと息をつく後輩の態度にまた眉をひそめたものの何も言いはせず、今度こそ本題に入ることにしたらしい。
「彼女は結論から言えば、随分と昔に
当然調べる過程でその名前も出てきてはいたが、彼女はあえてそこは意識して見ないようにしていたし、聞き手の男子高校生もそれについては特に言及しなかった。
センチメンタル、などという柄でないことは遊ヶ埼本人も認める所だが、あのピアノの幽霊は最後までとうとう自分の名を名乗らなかったのも事実。それが単に名乗る気がなかったのか、あるいは生前の自分と怪異としての自己を彼女の中では連続こそしているものの同一の存在として捉えていなかったのかは、もはや定かではない。だが当人がそうしなかった以上、そこを知ろうとすることは彼女に対する無礼に当たる。遊ヶ埼の中にある彼女だけにしか通用しない狂人の理屈はそう言っていたし、それを曲げてまで故人の名を暴こうとはさしもの彼女も思わなかった、それだけだ。
「……しかし天体観測が死因となった半透明の幽霊が使うテーマが、星々の
前回の二宮金次郎像といい、やはりこじつけようと思えばなんとでも言い張れる程度の薄い類似性。ただ奇妙にして微妙な偶然も2回続くと、そこに陰謀論めいた作為的なものは彼女の中ではむしろ読み取れなくなっていた。
デッキとは、すなわちその使い手を映す鏡。デッキを作り上げるのが先かその人生や人格、生き様が先か。鶏が先か卵が先か、そこに答えはない。いずれにせよ作為はなく、強いて呼ぶのであればそういう天命だったのだろう。
「天命……私としては、そんなのは御免被りたいのだがね」
遊ヶ埼舞は、天命というものを信じない。他者にはあるいはそういうものがあるのかもしれないからとその存在もそれを信じる心も完全に否定はしないが、少なくとも自分には当てはまらないと、そこは譲らないしそう信じて疑わない。たとえそれが自分よりも上位の存在、あるいは神と呼ばれるようなそれが相手であろうとも誰かの意のままに動かされるなど、彼女としては真っ平御免だった。
その時ひゅう、と吹き込んできた風は、以前までよりも明らかに涼しさを増していた。日置高校に、もうすぐ秋が来る。
Q:決奏楽って何?
A:……デュエルオペラ、とか……?
まあ野球デュエルだの立体芸術決闘だのの部活がはびこるこの世界では些細なことです。