私の野望はただひとつ、怪異(ヤツ)らをデュエルで調伏せよ! 作:久本誠一
みんな大好き彼女のその後を綴った箸休め回……にしたかった回。
最終的になんか過去イチで長くなりましたが。
「あ、君。今週の土曜日だが、暇を空けておいてくれ」
11月、秋晴れの木曜日、放課後。それまで大人しく読み込んでいた一体何年前のものかわかったものではない、年季の入った機関紙のバックナンバーからひょいと顔を上げてのその宣言はいつも通りに唐突だった。
が、それを言われた当の男子高校生は身勝手な決定事項に憤慨したり物言いをつけるよりもむしろ(そういう真っ当な感性はこと対彼女に関しては、出会って一週間もしないうちに早々と投げ捨てたというのもあるが)、「あの」遊ヶ﨑舞が当日急に自分の予定を人の人生にねじ込んでくるのではなく、数日前の時点からあらかじめ予告を出したという滅多にない事態に対して目を丸くし、思わず話を聞く姿勢に入っていた。
「ん、いつになくやる気があって感心だな。次の七不思議の謎に挑むときも、それくらいの熱意を見せてくれれば私としても大変嬉しいのだが……ああ、わかったよ。わかったからそんな目で見ないでくれたまえ、本題に入るから。君は我々の心強い仲間、ハナコストライプ君を覚えているかな?」
あまりといえばあまりな彼女のセンスを露呈したその名前、その記憶も相まってどちらかといえば思い出したくもないのに忘れられない……などと、面と向かって言えるならば苦労もなく。何とも言えない微妙な表情での、それでもしぶしぶ行われた首肯に、そうだろうそうだろうと満足げな笑みを浮かべる遊ヶ﨑。
ハナコストライプ。命名者、遊ヶ﨑舞。初めて学校の七不思議の調査に乗り出したその日、最初のデュエルを行った怪異……走る二宮金次郎像を相手にまず対等な勝負の土俵に持ち込むため、彼女が馬術決闘部から無理と理不尽を押し通し道理を蹴り飛ばして堂々奪い取ってきた若きエースである。並外れた彼女の乗馬術、そして馬上決闘のノウハウを知り尽くした部員の調教ありきとはいえ実際にその才能は並外れており、ソリッドビジョンが激しく明滅する夜のトラックというお世辞にも走りに適した環境とは言えないあの場所で動く石像の怪異を相手に、最後まで一歩も引かずに渡り合うだけの胆力の持ち主であったことは彼女たちの記憶にも新しい。
その後、彼女は朝になる前に馬上決闘部の厩舎へと確かに返却されたのだが……なぜその名前をここに来て再び耳にしなければいけないのかとまだ話が読めない後輩に、1枚のチラシを見せつける。
「天高く馬肥ゆる秋の馬術決闘杯、略称天馬杯……などと大仰な名前を名乗ってはいるが、要するに毎年恒例な秋の連休に行われる学校対抗戦だ。ここから電車で少し行った先に、競馬場があるのは知っているかい?あそこのレースがない日を見計らって毎年
ここまで話が進めば、皆まで話さずとも何が言いたいのかは小学生でも理解できる。
「これまでは私も興味がなかったが、今年はふと気になってな。調べてみたところによると我らがハナコストライプ君はなんと部長が乗る大将馬だ、となれば知らない仲でもない。大舞台でのその雄姿、ひとつ拝みに行こうじゃないか……よろしい、その意気だ。しかし本当に君、いつも私が誘いをかける時とはえらい違いだな。乗り気なのはいいことだが、君がそんなに馬好きとは知らなかったよ」
今回が特別乗り気なのではなく、普段の誘いがロクでもない内容ばかりなので気乗りされていないという可能性は、彼女の中には存在しない。しかし珍しく人の恨みを買わず目も付けられず大手を振って外を歩けるような活動内容に、否応なしに付き合わされる側の彼の表情も心なしか明るかった。
ちなみに、本来は部外には口外禁止なはずの出場馬について、なぜ同じ学校とはいえ部外者の彼女が情報を握っているのかというと。言葉通りに「ふと気になった」彼女がその辺の哀れな馬術決闘部員をふらりと捕まえて有無を言わさぬインタビューを行った結果である……とは、当の本人たち以外は知る由もない。
「では、当日に会おうじゃないか。そうそう、一応あのノートも持ってくるといい。せっかく各校の部活内限定とはいえ強者揃いの場なんだ、棋譜のひとつも取っておけばきっと参考になるはずだ」
そして巡った、秋晴れの土曜日。どこまでも続くような青空とそこに浮かんだ白雲の下、陽だまりの中で競馬場外壁に背を預けううんと大きく気持ちよさそうに背伸びをするのは遊ヶ﨑舞。躊躇なく形のいい脚をさらけ出すホットパンツにやはり体の線がぴったりと出る薄手のニット姿の彼女がそんなことをすれば、必然その年齢に対し決して慎ましやかとは言い難い胸元の盛り上がりがより一層に強調され。彼女の容姿では人を選ぶポイントであった目つきの剣呑さも暖かな日差しによる光の加減で幾分和らいで見える今、そこにいたのはかなり人目を引く存在であった。
しかしチラチラとあちこちからやましげな視線を注がれながらも、それはあくまで遠巻きな視線止まりである。彼女が直接声を掛けられることなく暇でいられたのはこの付近もまた遊ヶ﨑舞の名が知れ渡っている地帯であることのほかに、彼女自身たとえその名や所業を知らずとも本能で感じるどこか危険な香りを漂わせていたからだろう。
人の輪に囲まれ警戒から下心まで様々な視線を無遠慮に浴びながらも、その誰もが常に一定の距離は保ち近寄られることはなく遠巻きに囲まれる日々。彼女にとっては慣れ切った日常で、何か用がなければいちいち見咎める気も起きないような光景ではある。
しかしそれでも、捨てる神あれば拾う神あり。ごくごく稀に、その勝手に形成される輪よりも内側に入り込むことを苦としない相手がいる。
そのうちひとりの顔を人ごみの中に見つけ、ようやく来たかと口元を綻ばせひょい、とそちらに向けて歩き出すと、輪を構成していた何人かが慌ててそれを避けようとしてざわめいた。当然、彼女にとっては知ったことではない。
「おおい、ようやく来たのか君。しかし、休日だというのに制服姿とはね。七不思議探しの時は私だって制服なのだしその格好でもいちいち何も言いはしないが、そこまで徹底されるといつかは私も君の私服というものが見てみたくなるよ」
矢継ぎ早に、しかし満足そうに約束通りその場に現れた後輩に喋りかけ、目を白黒させる彼の返事も待たずにその腕を掴む。そのまま半ば引きずるようにしながらも、競馬場の中へと入っていくのだった。
そのまま彼女たちが向かったのは客席……ではなく、なぜかその反対側だった。客席を示す案内表示を見ながらも当然のようにそれに逆らい進み、関係者以外立ち入り禁止のラインを平然と踏み越え、そのまま「厩舎」の方向に向かって階段を降り始めたことで、ようやく自分がどこに連れていかれそうになっているのか把握した後輩が掴まれたままどうにかそこから逃れようとする。
試合直前の馬たちの厩舎など、どう考えたところで部外者の存在が見つかるだけでも極めて面倒事になることは必須。ましてただの部外者ではなく、よりによってその参加校のひとつの生徒が、である。
だがそんな目に見えた、それも絶対に入る必要のない地雷原へとわざわざ突き進む当の本人は、いつも通りにふてぶてしく至って平然としたものだ。
「やれやれ、少しは落ち着いたらどうなんだい。我らが友にほんの少し、顔を見せに行くだけじゃないか」
「よく言うわねぬけぬけと……そこにあれだけでっかく書いてあるのが見えなかったの?ここから先は関係者以外立入禁止よ、アタシも今面倒増やしたくないし黙っててあげるから、アンタもさっさと出ていきなさい!」
いきなり階上から割って入った第三者の声に、ピタリと両者の手が止まる。見上げた先で彼女たちを睨み腰に手を当て仁王立ちしていたのはショートヘアと吊り目が特徴的な、表情からしていかにも気の強そうな美少女。しかし見咎められてなお、傲岸不遜な彼女の態度は揺るがない。
「おお、君か。今日の試合、頑張ってくれたまえよ。では、私たちはこれで……」
「これで、じゃないわよこれで、じゃっ!」
ぴょんぴょんと跳ねるように階段を降り、今度は遊ヶ﨑の行く手を阻むように同じ踊り場で立ちはだかる少女。いざ同じ高さに立ってみるとその身長は当人の体の小ささと、モデル体型で背も高い遊ヶ﨑の見てくれも相まって彼女の肩にすら届いていない程度の高さしかないが、そんな身長差はものともせず下からキッと睨みつける。
「何しに来たのかは聞かないわよ、この際。ウチの部員をずいぶん可愛がって門外不出の出場馬情報持ち出された時点で、いつもみたいにしょうもない事考えてるのはわかったからね!」
「む、しょうもないとは心外だな。君の所の部員を可愛がったというのも、あまり正確な表現ではないと思うが。少し話を聞かせてもらっただけだよ、大空想決闘精神研磨追及部の部長としての活動だ」
少女の剣幕にむっとした様子で反論する遊ヶ﨑だったが、そこでふと明らかに話についてこれていない横の後輩の存在に意識が向いたらしい。少し迷ったものの結局論破するのは諦め、代わりに空いている側の片手で目の前の少女を指し示す。
「と、君にもまずは紹介しなくてはな。こちらは
「ああ、アンタがコイツの最近のお気にって子ね?同情したげるわ……ちょっと、こう見えてもってどういう意味よデカ女!?アンタが色々デカいのよアンタが!」
「……そしてこう見えても我らが日置高校馬術決闘部、その当代部長でもある。人としての器は私より小さいが、腕前に関しては折り紙付きだ。しかし人としての器はやはり小さいから、君も身長煽りはあまりしない方が賢明だぞ」
「なんで今2回言ったの!?ていうかアンタみたいなムチャクチャ、人の常識のないやつに人の器とか言われたくないし!」
表情をころころと変えて叫ぶ少女……天詩に、彼女にしては珍しく明らかに面白がりながらからかい半分にそれを相手する遊ヶ﨑。
しかし、今示した情報におおむね嘘はない。彼女たちの目の前にいるこの春入学したばかりの新入生といっても十分通用しそうな少女は、れっきとした最高学年にして馬術決闘部の部長。そして先に示した、遊ヶ﨑を遠巻きに囲む人の輪の内側に入る事のできる数少ないひとりでもある。もっともその性格が災いして彼女のお気に入りとなった結果現在のようによくからかわれる仲となっているため、果たしてそれが当人に良かったのかどうかは極めて怪しいところではある。
そうして完全なる私怨から真っ当なツッコミまで小さな体で元気に叫び続けていた天詩だったが、一通り声を張ったところでようやく頭が少し冷えたらしい。肩で息をしながらも、疲れた様子で改めて階上を指し示す。
「はー、はー……それで話を戻すけど、来るのは勝手だけど頼むから部外者らしく観客席で大人しくしててよね。今ちょっとただでさえピリついてるのに、疫病神のアンタまで顔出したら絶対余計にややこしいことになるんだから」
「ピリついている?一体何があったんだ?」
その素直さ、正直さは天詩の美徳である……と、遊ヶ﨑は思っている。思考が推敲するより先に口をついて出る節のある彼女は基本的に嘘が付けず、かつその態度も顔に出るためわかりやすい。現に今口を滑らせた内容には深追いする価値があると察したのも、内容よりむしろ自分がやらかしたと気付いた際のその表情を見てのことだった。
目を逸らしての、数秒の沈黙。しかし結局この場を知る気満々の遊ヶ﨑相手に逃げ切れるような言い訳も思い浮かばなかったのか、結局最後にはため息ひとつ付いて声を潜めた。
「……今年の天馬杯で
だからさっさと帰れとばかりに、しっしっと追い払うポーズをとってみせる天詩。何か言い返そうとした遊ヶ﨑だったが、とうとうその言葉が口をついて出ることはなかった。それよりもわずかに早く、階下から馬の苦しげな嘶き声がはっきりと聞こえたのだ。
「まさかっ!」
凄まじい勢いで振り返り、それきり背を向け弾き飛ばされるようなスピードで厩舎に向かって駆けていく天詩。その後ろ姿を心配半分成り行き半分の何食わぬ顔でしれっと追いかけようとした遊ヶ﨑だったが、ふとその足が途中で止まった。
この踊り場から外の厩舎までには、いくらなんでもまだ距離があるし扉や壁で隔てられてもいる。だが今の嘶き声は、まるでこの先すぐに馬がいるかのように異様に近いしはっきりと聞こえた。これが意味するところは……そしてそんな違和感を探る思考を咎めるかのように、派手な衝突音と苦悶の声が響く。それも今度は馬ではなく、人間のものだ。
「おい、大丈夫か君……何があった、天詩!」
慌てて階下に降りた彼女らが目にしたものは電気の消された廊下で尻もちをついた姿勢で倒れる天詩と、その最奥部を走って逃げる人影。それを見極めようとした瞬間、暗い廊下が一気に明るくなったが……その時には既に人影は廊下の角を曲がって完全に見えなくなる寸前であり、辛うじてオレンジ色のジャージの端が視界に捉えられただけだった。
「おい、天詩!」
後ろの方で廊下の電気スイッチを探して押していた後輩にもういいと手振りで示し、痛みを堪え表情を歪めたままいまだ立ち上がることもできない友人の元へと駆け寄る遊ヶ﨑。明かりの下で近寄ってみるとその一帯の床は明らかに自然にはあり得ないほどに濡れており、これのせいで滑ったのだとは嫌でも理解できた。
「そんなデッカい声出さなくても、聞こえてるわよ……痛っ!珍しいじゃない、アンタが他人の名前をちゃんと呼ぶなんて……」
そんな憎まれ口を叩いてどうにか笑おうとした少女だったが、やはり苦痛が邪魔してうまく笑えず。沈痛な面持ちの遊ヶ﨑が無言で差し出した手に掴まってどうにか立ち上がり、怒りと苦痛に満ちた息を吐く。
「はぁー……まんまとしてやられちゃったわ。アイツら馬の鳴き声をスマホに録音してて、それをこの廊下の端で流したのよ。普通に考えれば、こんな所まであんな声が届くわけないのにね。でもまんまと頭に血が上っちゃったアタシの足元はそれでお留守になって、それで滑って転んで……痛っ!」
慎重に足を動かそうとして、その度にどこかが痛むのか少女の表情が強張る。沈痛な面持ちの遊ヶ﨑が見守る前でしばらく時間をかけ色々と体を動かしたのち、多少は痛みも引いてきたのか少し落ち着いた表情でやっと微笑んでみせた。
「骨は大丈夫みたいだし、午後からは多分戦えるわ」
「初戦は?」
「……午前中よ。今からメンバー交代ね、早く戻らなくちゃ」
「もうひとつ。あそこにいた馬鹿どもは、やはり初戦の?」
「……間違いないわね、深瀬のやつよ。ジャージ抜きにしても、スマホの反射光で見えたあの顔には見覚えあるわ」
「そうか、それだけ聞ければ十分だ。そら、控室はどこにある?」
「3階の控室B……きゃっ!?」
それを聞くなり廊下の手すりに身体を預けながら歩こうとしていた小さな体をひょいと抱えて有無を言わさず軽々とおぶさり、ずんずんと来た道を戻る。
「ちょっと、降ろしなさいよ!そこまで大怪我ってわけじゃないんだから!」
「駄目だ。それに私も少し、君の部員たちに用ができた」
廊下に響く抗議の声にも、まるで取り付く島もない。あっという間に控室まで辿り着いた遊ヶ﨑がまず扉をノックすると、どうぞー、という向こう側からののんきな返事。しかしそれとは裏腹に結局降ろしてはもらえなかった背中の上で天詩と、ついでに後ろを付いてきて様子を見守っていた後輩が目を丸くした。
「……アンタの中に、扉は蹴破るんじゃなくて最初はノックするものなんて知識があったのが意外だわ。むしろ知ってたなら普段からやりなさいよ」
両者のシンクロする気持ちを端的に言い表した天詩の言葉には反応せず、ガチャリと扉を開く遊ヶ﨑。部員の目が一斉にこの招かれざる客人へと注がれてからのそこに含まれた感情の推移は、ある意味では非常にわかりやすかった。
まず、ここにいるはずのない「あの」遊ヶ﨑の姿を見てしまったという恐怖と困惑。次いでその背に乗せられた自分たちの部長の姿を確認したことで、より一層にその困惑は深まっていく。人格、実力ともに皆に慕われる小さいが頼れる部長が、何故に校内きっての大奇人に背負われ大人しくしているのか。もう少し上の年代ならば彼女たちの間に普段から存外絡みがある事も(信じられないものを見る目で)承知はしているが、それにしたって状況の意味が分からない。
大勢の部員の誰もが何と反応していいのかわからず固まりただただこの奇人がどんな事をやりだすのかと見つめる視線の中で、遊ヶ﨑はまず背負った天詩を降ろし……その隣に身軽になった体で、おもむろに深々と土下座した。
「ちょ、ちょっと!?」
「すまない、馬術決闘部の諸君。見ての通り、君たちの部長は怪我を負った。これはすぐ近くにいながら、止められなかった私の責任だ」
「アンタねえ、ちょっと待ちなさ……あ痛っ!」
慌てて割って入ろうとした天詩だったが、急に動いたのが裏目に出たかその表情が隠しきれない痛みに歪む。それは、エースの部長が試合直前に負傷したという事実に対しかえってこの上ない説得力を生み出す結果となった。
そして一瞬ざわめきかかる室内に、土下座の姿勢を崩さないまま次なる遊ヶ﨑の言葉が響く。
「そして、君たちにひとつ無理を承知で頼みたいことがある。本来ならば代わりのメンバーは、君たちの中から選出するのが筋なのだろう。そのために馬術決闘の訓練を積んでいることも、重々承知している。だが、この私にもどうしても通さねばならない筋がある。次の試合、第一試合だけでいい。この勝負、君たちの部長ではなく私に預けてくれないだろうか」
沈黙。ひたすら重い沈黙と空気を最初に破ったのは、他ならぬ天詩本人だった。
「何それ。アンタが、私の代わりに走るっての?」
普段彼女とじゃれあっている時とはまるで違う、いち人間の飯田天詩ではなく伝統ある馬術決闘部部長としての歴史と責任を背負った顔。そんな頭上から降り注ぐ冷たい声に、ゆっくりと顔を上げてその目をまっすぐに見つめる。
「あれは、私が止めようと思えば止められた。彼らの行為は君のみならず、この私をも虚仮にしたものだ」
「それで舐められたらおしまいだから、私がー、って?ざっけんじゃないわよ!これはアタシがしでかしたミスだし、馬術決闘部が売られた喧嘩よ。売られた以上はウチだけで買い叩いてやるし、例えアタシが抜けたからって部員より優先してアンタみたいな余所者に泣きつくほど落ちぶれちゃいないわ!」
何も言えず、そもそも事態がまだ呑み込めずおろおろと見守るしかない部員たちの前で、少女たちのヒートアップは続く。
「その無理と非礼は承知している。しかしその上で、私にもやらねばならない理由がある」
「それが余計なお世話だっつってんのよこっちは!」
「では、君のパートナーはどうなる?」
最初に見せた冷酷な目線から次第に感情的に激昂していく天詩に対し、当初見せていた彼女らしからぬ殊勝な態度から次第に反論を封殺する暴君の顔を覗かせ始める遊ヶ埼。対照的なふたりの言い合いは、遊ヶ埼の放った一言で揺れ動いた。
「厩舎の規模や馬たちにかかるストレスの関係上、ここに連れてきた君たちの馬は試合を行う3頭のみ。騎手の方に代わりはいても、馬の方に代わりがいない以上誰かがハナコストライプ君に乗らねばならないだろう。だが、彼女は他の馬とは訳が違う、そうだろう?あれは、君が乗ることで最大のポテンシャルを発揮するために専用の調教をこなしてきた馬だと実際に体を預けた私は理解している。彼女を乗りこなせるのは君だけで、その代役が務まるとしたらそれは私だ」
「それは……」
言葉に詰まる。遊ヶ埼の言葉は一見すると彼女がよく振りかざす理論武装とも言えない無茶苦茶な理屈だが、そんな理屈でもかなり高いレベルで真理を言い当てるのが彼女の厄介さでもある。
そして実際、今回も彼女の言葉は正しい。彼女が勝手に珍妙な名を付けたあの
それこそ膝立ちの姿勢で、立ち上がる自分相手にがっしりと正面切って目を合わせ逸らそうとしないこの女のような。本来の乗り手である天詩との体格から来る体重差は歴然だが、そのハンデをものともしない確固たる自信に裏打ちされた瞳。
飯田天詩は、あの二宮金次郎像との戦いを見てはいない。しかし自分を見据えるその瞳の揺るぎない意志の強さから、いきなり今夜馬を貸してくれと戯言を言ってきたあの夜に何があったのかはなんとなく察することができた。
「なあ、天……君。私は何も、君のために言っているわけじゃない。私にとってはハナコストライプ君を貸し出してくれた君もそうだが、それ以上に彼女に対しての借りがある。君のその怪我で、あの子まで力を発揮できずに無様を晒しかねないのは我慢できない、と。私はそう言っているんだが、まだ理解できないか?」
追いうちのように真剣な目でそう問われ、呆気にとられたように少し目を丸くして。周囲をざっと見渡して、話の流れがわからないなりに次の試合に限り自分の代わりが一枠空いたこと、そしてそこに誰を出すかの決定権が自分にあり、皆が自分の決定を待っている部員たちの顔をひとつひとつ確かめる。
今日の試合に出るために、皆がどれほどの努力と訓練をしてきたのかを部長たる彼女は知っている。そのうえでそんな彼ら彼女らを順位付けしメンバー決定した苦しさを、彼女は決して忘れない。その全員が、最後の決定権を自分に託している。感情に流されての彼女個人の意見でなく、勝負に勝つための部長としての言葉を求めている。
……やがて根負けしたようにはあ、とため息をついた天詩が、その場に胡坐をかいて座り込んだ。必然自分よりも目線が高くなったすぐ隣の厄介極まりないが妙に放っておけない面倒な友人を、迷いない目で睨み上げる。
「あーっもう、アンタって本当強引よね。いい?ここまで啖呵切って負けたらアタシ、アンタとはもう一生口利いたげないからね」
「任せておけ。私に手を出すことがどういうことなのか、無知は罪だと教えてやろう。おいそこの君、予備のゼッケンや腕章はあるか?君らの部長のものは……その、少々サイズに無理があってな」
「大きなお世話よバカ!……誰か、取って食われやしないから更衣室に案内したげて。それとあなたたち、そろそろ準備運動始めときなさい。皆も、貴重な実践試合なんだから試合に直接出なくても今日の天馬杯から何かしらを得るようにしときなさい。終わったら来週明けにレポート出してもらうから、そのつもりでいるように!それとそこのアンタも、ここまで来たら関係者席に入れたげるから応援と一緒に来なさい。どうせアイツも、そうして欲しいって言うでしょうし」
部員のひとりに指示し、おっかなびっくりの先導について大人しく退出していく遊ヶ埼を見送って。そのまま、彼女が置いていった後輩や部員たちからの不安げな視線に部長としてテキパキと指示を出す。とにかく自分たちのすることを明確に指示されていれば、人間案外気持ちが落ち着いてくるものだ。ようやく再始動しだしたメンバーを自信たっぷりに見えるよう気を付けて見渡しながら、心中で小さく笑う。まったく、何が君のために言っているわけじゃない、だか。取り繕うならば、もっとうまくやれっての。
それなりに遊ヶ埼との腐れ縁も長い彼女は、彼女自体の知名度に反してほぼ知られていないような彼女の内面の手癖もよく知っている。例えば大体の会話において目上だろうが何だろうがお構いなしに二人称を君、の一択で済ませがちな彼女が相手のことを名前で呼ぶときは、それだけその相手に対し感情が揺れ動いている、ということを。
「さて、さてさてさて、だ。まさか君ともう一度、こうして戦うことになるとはね。だがこれも人生の妙、こうなった以上は今日もしっかり頼むよ、ハナコストライプ君」
そんな友人の思いもつゆ知らず、厩舎では。早々と引き高校馬術決闘部の装束に身を包んだ遊ヶ埼が、早速訪れる出番のために現れていた。相変わらずなんだそのひっどい名前は?と言いたそうに不満げに嘶きながらも、抵抗はせずすんなりと遊ヶ埼をその背に受け入れるハナコストライプを見て、ここまで案内してくれた女子部員が息を呑む。
「すごい……この部長の子、結構気性が荒いんですよ。なのにこんなにすんなり、部長を乗せる時みたいに……」
「なあに、私の悪評も、人間のみならず馬の世界にも轟いているのだろう。目を付けられたらただでは済まないからとにかく大人しくやり過ごせ、とな」
「そ、そんな、私……!」
いかにも気弱そうな女子部員の一貫しておどおどした、明らかに生来の性格だけでは説明がつかない遊ヶ埼への恐怖が透けて見える態度。それでも試合直前までこうして彼女の案内という役目を放り投げなかったのは、部長に対する尊敬の念ゆえか。
軽く図星を突いてやると面白いようにあたふたとしだしたこれまたわかりやすい態度に明るく笑い、走り出す直前に馬上からウインクしてみせる。
「いや、気にすることはない。私のような不良相手に、君のように善良な生徒がここまで付き合ってくれただけでも大したものさ。むしろ、ここまで案内してくれた礼を言わせて貰うよ」
そして優しい声音から一転、低く好戦的な呟き。獰猛な笑みを口の端に浮かべ、凛とした声が響く。
「だがな、不良と呼ばれようとも通すべき筋はある。後は私が白星を挙げてくるから、君たちの小さなボスに伝えておいてくれ。万事心配はない、となっ!さあ走るぞ、ハナコストライプ!」
そしてその言葉を最後に人馬が、全てを置き去りにしてゲート式発馬機へと駆けていく。その背中を見送る女子部員は、知らず知らずのうちに両手を祈るような形に組んでいた。
「さあ、待たせたな!今日の勝負は
「はっ、あのちっこい女がビビって逃げ出して、それで出すのが無名の奴ってか?日置高の奴らも随分と、使える人材が足りてないみたいだな?」
その声に応えたのは既に発馬機で待機していた対戦相手、深瀬高校馬術決闘部部長……
しかし彼女の手持ちに、サイズ差程度に怯むほどやわな神経の持ち合わせはない。また普段の彼女ならば、そんな男の安い挑発に乗るのも一興とばかりに嬉々として乗っかっていたかもしれない。だが今日に限ってはそうやって楽しむ気にもならず、腹の底に溜まった冷たい怒りに任せてふてぶてしく皮肉に笑って吐き捨てる。
「ああ、何しろ私は素人同然でね。だが君がお手柔らかにやる必要はない、せいぜい本気でかかってくるといい」
「……ほう?ちょっとは根性あるみたいだな、楽しめそうだ、口だけじゃないことを祈るぜ」
視線と視線がぶつかり合い……先に目を逸らしたのは、遊ヶ埼の方だった。無論目の前の相手からのプレッシャーに耐えきれなくなったわけではなく、馬鹿に構う前にするべきことがあったことを思い出したからだ。
応援席へと素早く視線を走らせて、まず日置高校側に天詩をはじめとした案内役の子を含む部員たち、そしてなぜかいる自らの後輩の姿を確認して内心ほっと息をつく。もしここで誰かが人質にでも取られていたら、彼女といえどもみすみす負けはしないにせよかなり苦しい対応を迫られるところだった。次いで目を向けたのは、深瀬高校側……といっても、探していたのは顔ではない。確かにお目当てのオレンジ色のジャージを着た生徒がいることをしっかりと確認し、冷たい殺意にすっと目が細まる。
そこまで見たところで折よく、出走まであと15秒。10……5……3……2……1……。
「「デュエル!」」
馬術決闘における先攻は、第一コーナーを先取した側のものとなる。手綱を捌き、身を低くして鞭を入れ、その指示に躊躇うことなく従い一気にトップスピードまで加速するハナコストライプ。相手があれほどの巨体ならば最高速ではともかく、初動の加速では小回りの利くこちらの方が上だと見込んでの全ツッパ。
「やるじゃねえか。だがなあ!」
瞬間、半馬身後ろから迫る質量とプレッシャー。わずかに遅れて最高速度に乗った井口の馬が、開いた距離を詰めるために突っ込んできたのだ。やはりそのスピードは速くじりじりと追い上げられてはいるが、本来ならばそれでも第一コーナーは余裕で取れるほどの差。
「……チッ!」
しかし小さく舌打ちし、わずかにインコースを譲る遊ヶ埼。突進する勢いと角度から、このまま道を譲らなければ本気で体当たりを仕掛ける気だと察したのだ。
馬術決闘にはやはり独自のルールとしてコース一周ごとのラップタイムが規定時間を上回った場合、あるいは何らかの理由によりレース続行不可能となった場合そこで強制敗北が確定するというルールが存在する。それゆえ何も考えずに全力走行を強制し続けて馬のスタミナを切れさせるのはこの競技を嗜む者にとって共通する最大の恥であり、盤面の推移の他にソリッドビジョン等に驚いた馬の足を止めさせることもまたれっきとした勝利への戦略となる。
ここであの速度と質量に激突でもされたら今後のハナコストライプの走りに響く可能性があるが、向こうはそれをむしろ隙あらば狙う戦略として取り入れている。ラフプレー上等、天詩から先ほど聞いた彼らの評判が頭の中に蘇る。やむなく開いたインコースを、黒い質量が悠々と駆け抜けた。
「なかなかお利口さんじゃねえか。じゃあ先攻は貰うぜ、俺のターン!」
敵の背を追う屈辱を噛みしめる遊ヶ埼とは逆に、機嫌よく始まった井口の初ターン。ついにデュエル自体が始まったことで、彼女もまた全力走行を止めて初期手札を引き抜き素早く目を走らせる。
「まずはこのメイン1開始時に通常魔法、強欲で金満な壺を発動!エクストラデッキからカード6枚を裏側で除外し、2枚のドローを行うぜぇ?」
「止められる誘発は……ないな。好きにするといいさ」
限定された使用タイミングにコストだけでエクストラデッキを大きくかつランダムに削る、さらに使用ターンの他の手段によるドロー不可……数多くの枷を持ちながら、それでもなお強烈にして強力な手札1枚が下準備抜きに2枚となる魔法。いきなりのドローソースにより補充された手札をざっと見て、次のカードが盤面に投げ出された。
「通常魔法、強欲で謙虚な壺を発動だ。デッキトップ3枚を確認し、その中から1枚を手札に加えさせてもらう!」
広い範囲から好きなカードを手札に加えられる、効果自体は今なお極めて強力な魔法。反面高速化した環境では、発動ターンの特殊召喚不可デメリットがあまりにも重くプレイヤーへとのしかかる。環境の推移にしたがって最前線から姿を消した1枚ではあるものの、そのデメリットを踏み倒せるデッキならば今なお一方的に手札の質を高める強大なデッキ圧縮カードでもある。
「……」
自分の手札を見て、しばし考える遊ヶ埼。最初の壺に引き続きこの壺も止められないのは痛手だが反面それは、相手のデッキ内容をいきなり3枚も見ることができるという彼女にとってのメリットにもなりうる。
すぐに気持ちを切り替え鋭い目でそのデッキ内容を見極めようとする彼女の前で、井口がゆっくりとデッキトップを引き抜いた。
「それじゃあお・た・の・し・み、だ。1枚目ぇ!通常罠、和睦の使者!2枚目ぇ!カウンター罠、昇天の
「おいおい……」
並べ立てられるラインナップに、さすがの遊ヶ埼もハナコストライプの上で閉口する。今まで開かれたカードは、どれも比較的汎用性の高いものばかり。2枚もカードを見せられてなお、相手のデッキ内容も戦略もまるで見えてこない。
「……だが、ヒントがないわけじゃない、か」
そう独り言ち、思考を加速させる。一口に汎用といっても実際にはそれなりに採用デッキを絞るカードが、2枚。対戦闘からの防御に特化したものの効果に無力なため現代での採用率は低い和睦の使者、そして特殊召喚無効と強制フェイズスキップという2つの強力な効果を併せ持ちながらも後出しでは無力という特性、かつ相手にドローさせるというデメリットからやや取り扱いの難しい昇天の剛角笛。
和睦の使者だけならば、通常罠であることに意義がある【バージェストマ】が最大候補となる。昇天の剛角笛ならば相手のドローを逆用する【
それは一貫して、延命のためのカードであること。通りさえすればほぼ確実に次の自分のターンが回ってくるようにし、勝負を引き延ばすための一手。さらに強欲で金満な壺の採用ということは、エクストラデッキのカードにはあまり重きを置いていないあるいは少数の同名カードを大量に仕込み数でカバーしている構築。強欲で謙虚な壺まで採用するあたり、少しでも早くに手札に加えたいカードはあるが特殊召喚という行為自体にあまり依存しない。となると【ロックバーン】の亜種、あるいは……。
「まさか、私の走りそのものを潰す気か……?」
試合時間が伸びるということは、当然ラフプレーを狙えるタイミングもそれだけ多くなる。デュエルで勝つのではなく彼女をハナコストライプから引き落とす、あるいは走行中の事故を狙っている。これが普通のデュエルならば一考にすらあたらない選択だが、馬術決闘では(その行いの是非はともかく)それでも勝利は勝利となる。
「……すまない、ハナコストライプ。走りたいのは山々だろうが、もう少しだけスピードを緩めるぞ」
考えすぎ、ともあながち言い切れない。そう判断して気持ちスピードを緩め、さらに屈辱の距離を開く。馬術決闘の持つ通常ルールと異なる特異性はもうひとつ存在し、それはレースにおいて相手より先にいない限り勝利が認められない点だ。つまり相手ライフを0にした瞬間、あるいは特殊勝利の条件を満たした瞬間に相手より先を走っていなければ、その勝利は無効となる。ただカードが強いだけで走りをおろそかにしていては、勝てる勝負も取り落とす。逆になんとしても負けないだけならば、(見栄えの問題や飛んでくるブーイングにさえ目を瞑れば)とにかく相手より速く走り続ければ少なくともその間だけはルール上では負けはしない。それが、馬術決闘という競技なのだ。
とはいえまだまだ序盤も序盤、先攻ワンキル狙いでもないであろう相手に対し初っ端から無理して追い抜きにかかる必要性は薄いのだが……そこは彼女の気質からして、自分から一時的とはいえ負けを認めるような行為はあまり面白くはない。
そして鈍化していた彼女の主観時間が元に戻る時、眼前では井口が最後の1枚を引き抜いた。
「3枚目……来たぜ!通常罠、ヴェノム・スプラッシュ!俺はこのカードを手札に加え、更に超重武者ワカ-
超重武者ワカ-O2 ATK0→DEF2000
分厚い重金属に全身を包む、丸みを帯びた人型の重量級ロボット。高速飛行には不向きな形状のそれが井口の隣に浮かび上がったかと思うと、瞬間周りの風景が様変わりした。
「ヴェノム・スワンプ……?」
一言、遊ヶ埼がその名を呟くと。秋晴れの空はその一片すらも見えないほどに分厚く重い雲によって何重にも覆い尽くされ、障害物ひとつない広々としたトラックには肌にへばりつくような霧が立ち込める。コースの中央には粘ついた毒沼が湧き上がり、時折内部では何かが蠢いているのか不気味な波紋がひとりでに描かれ。コース内には視界を塞ぐ枯れ木が立ち並び、足元にはハナコストライプの膝まで届くような不気味な草が沼地の隙間を縫うように茂り、それら全てがあくまでソリッドビジョンと理解していてもなお彼女たちの走りを妨げる。
「カードを3枚セット。そしてもう1枚、伏せる前によおく見ておきな!このヴェノム・スプラッシュ、これがテメエを地獄に送るカードだ!こいつも伏せてターンエンドぉ!」
「パフォーマンスのつもりか?わざわざご苦労なことだな」
馬上で振り返った井口が、わざわざ見せびらかしてからこれ見よがしにヴェノム・スプラッシュのカードを含めた手札全てを伏せる。その後ろをぴったりと張り付くように追いかけ皮肉に返しながらも、遊ヶ埼の腹の中では冷静に今の行動の真意を探っていた。
ヴェノム・スプラッシュ、種別は通常罠。発動時にモンスター1体を選択し、そこに乗せられたヴェノムカウンター全てを取り除くことで1つにつき700ものダメージを与えるバーンカード。カウンター6個を消費すれば累計火力4200とワンキルを成立させるその火力は確かに侮りがたいが、ではそのヴェノムカウンターがどうやって乗るのかというと。
「そして互いのターンの終了時、ヴェノム・スワンプの効果を発動!フィールドに存在するヴェノム以外のモンスター全てにヴェノムカウンターが乗り、ヴェノム以外のモンスターはその個数につき500の攻撃力を失うぜ。この効果で攻撃力が0となったモンスターは破壊されるが、ワカ-O2の攻撃力はこの効果適用前から既に0。よって破壊は行われず、ヴェノムカウンターのみが乗せられる!」
超重武者ワカ-O2 (0)→(1)
宣言通り、半透明の毒蛇が音もなく忍び寄って機械仕掛けの武者の胴体へと噛みつく。一見すると何も変化は起きておらず当のワカ-O2自身何らリアクションを起こしてはいないが、その蛇はその場に留まり続けていた。
そして一方の遊ヶ埼も、ようやく相手のデッキタイプを把握する。防御カードで時間を稼ぎつつ隙あらばラフプレーによる走行不能での勝利を狙いながら盤面は破壊耐性を持つモンスターで耐え、相手が粘るようならヴェノム・スプラッシュで溜まったカウンターを吐き出しライフを奪い取り盤面上での勝利を狙うバーンデッキの亜種。ただのデュエルではなく、馬術決闘という土俵の上でこそ危険性の跳ね上がる異様なデッキ。
「だが誘発のひとつも持たない状態で、戦闘破壊耐性のみを盾として私の前にモンスターを残せると思うなよ?私のターン、ドロー……ふむ。まずはカード1枚を伏せる。さあ仕込みは済んだ、大嵐を発動!」
通常魔法、大嵐。フィールド全ての魔法と罠を根こそぎ破壊する特大の風の渦が、彼女自身が伏せたカード諸共に井口の場に存在する5枚のカードを叩き壊さんとフィールドに迫る。だが次第に勢力を増していく風にその服をはためかせながらも体幹は揺らぐことなく、井口もまた伏せカードを表にした。
「読めてんだよ、そんなもん!カウンター罠、大革命返しを発動!」
「2枚以上のカードを同時に破壊する効果を無効にし、さらにそのカードを除外する……か。まあそれだけ伏せている時点で、こちらもこんな単調な手が通るとは思っていないさ。だが、二の矢は受けきれるかい?続けて、ハーピィの羽根帚を発動だ」
「ほう……?」
大嵐ほどのカードを一切の躊躇なく囮として間髪入れずに放たれる、相手の魔法・罠のみを全て除去する伏せ除去の最高峰。しかし舌打ちしながらも、なおも対応のカードが表を向く。
「舐めんなよ、日置高!トラップ発動、
放たれる鳥人の秘道具が荒れ果てた毒沼を、上空の雲を、そして伏せカードを一掃する。その寸前に退避させたヴェノム・スプラッシュのカードを手札に戻しながら、振り返った井口の顔が今度は驚愕に歪んだ。全破壊への対応に追われているうちに、彼女が今にも追い抜きそうな位置にまで迫ってきている。はっきりと、追う側と追われる側の目が合った。最終的な自分の勝利を確信している、揺るぎなく力強い目と。
「クソがっ!?」
叫んだ瞬間、ほんの一瞬だけ黒馬の足並みが乱れる。羽根帚の余波で周囲に砂埃が立ち込めて両者の、そして観客の視界を奪う。その隙にさらなる加速を果たしたハナコストライプが、再び姿を現すと同時についに黒馬の前に躍り出た。
「さあ、これで勝利条件は満たしたわけだ。後は君のライフを……」
振り返っての勝利宣言に繋げようとしてしかし、その言葉が途中で止まる。ヴェノム・スプラッシュはヴェノムカウンターさえ確保できているならばフリーチェーンのカード、破壊されるくらいならばとりあえずで発動しておけば、700とはいえ彼女にダメージを与えることもできたはずだ。だが、わざわざバウンスしてまで彼女の除去から守った。
「俺のライフを、なんだって?」
嫌な予感を裏付けるように、砂埃の中からなおも余裕を崩さない低い声が聞こえてくる。ようやく視界が晴れていき、井口側の盤面が見えてくる。そこには依然として半透明の蛇をぶら下げた超重武者と、その隣にもう1体。骨の体を持つ、頭部が特徴的な二足歩行の恐竜。
「フォッシル・ダイナ・パキケファロ……まさか!」
「今更気づいたのか、そのまさかだよぉ!お前が必死こいて破壊してくれた最後の伏せカードは、やぶ蛇!このカードが相手の効果で破壊か除外された時、俺はデッキかエクストラデッキから好きなモンスターを特殊召喚できる!」
フォッシル・ダイナ・パキケファロ ATK1200
ただ場に存在する、それだけで互いのプレイヤーに対し一切の特殊召喚行為を禁じる岩石族下級モンスター。低いステータスを補ってなお余りある、単体で成立する制圧効果。相手の計算が大幅に狂ったことを見て取った井口が嘲笑い、黒馬を加速させる。最高速度ではやはり体が大きく足も長いあちらが有利か、一度は引き離した両者の距離はぐんぐんと近付いていき、やがて再び前を行く側と追う側が交代する。
「その様子じゃ、
「……言ってくれるが、君だって頼みのヴェノム・スワンプを失った事実に変わりはない。私が君のことを卑怯者に相応しい程度の腕前だと甘く見ていたのは確かだから、その点では侘びを入れさせてもらうがね。予定変更だ、
Ga-P.U.N.K.ワゴン ATK900
極彩色の改造和服に身を包み、背後にはテレキネシスで浮遊させた数多の和楽器を従えるひょろり背の高い糸目の男。今回彼女が持ち込んだのは、最も古い付き合いであり馴染みも深い【P.U.N.K.】だった。
遊ヶ﨑 LP4000→3400
「ワゴンは1ターンに1度、600ライフを支払うことで彼の十八番たるP.U.N.K.魔法を1枚手札に加えることができる。フィールド魔法、P.U.N.K.JAMエクストリーム・セッションを手札に……だが、まだ発動はしないさ。これでターン終了だ」
せめてもの抵抗にデッキを圧縮し、そのままターンを終える。ワゴンの攻撃力では、レベル4モンスターとしてはステータスの低いパキケファロの守備力すら突破できない。
「なら俺のターンだな。いきなり人を卑怯者呼ばわりとはどういう了見だか知らねえが、礼儀のなってねえ奴には一発キツいのかましてやらねえとなあ?ドロー!」
井口の手札は現在、ヴェノム・スプラッシュと合わせて2枚。それを見てその爬虫類のような目を細めた井口が、このターンも動き出す。
「このままバトルだ!やれ、パキケファロ!」
「ならばワゴンの効果を発動。1ターンに1度P.U.N.K.が攻撃または効果の対象となった時、カードを1枚ドローできる!」
フォッシル・ダイナ・パキケファロ ATK1200→Ga-P.U.N.K.ワゴン ATK900
遊ヶ﨑 LP3400→3100
指示を受けた化石の恐竜が、その頭部の硬度を頼りに真っ直ぐ突っ込んでくる。それを受けるワゴンもまた手にした楽器を横笛から和太鼓へと即座に切り替え両手に握るバチで応戦するも、その突進の勢いを殺しきることはできずに吹き飛ばされた。
「この程度……!」
「おうおう、苦しいねえ。だがそうこなくっちゃ、こっちとしても痛めつけ甲斐がねえってな。カードを1枚伏せて、もう一回見せてやるよ。これがヴェノム・スプラッシュ……お前のライフを0にするカードだ。これもセットして、ターンエ・ン・ド、ってな!」
またしてもわざわざ見せつけたうえで伏せられる、ヴェノム・スプラッシュ。最初の動きをなぞるような挙動に、遊ヶ﨑が首を傾げる。
「またか。なあ君、これは純然たる興味からの質問なのだが。1ターン目のあの時も、発動する気がないのならわざわざそのカードを伏せずに温存していればあのVivid Tailでヴェノム・スワンプを守る余裕ができ、もう少し違った動きができたのではないか?そもそもそうやって位置を教えてから伏せずとも、黙っていればどちらがそのカードか私にはわからないというのに」
ここまでの攻防で、決して相手が力押しだけの間抜けではないと見切ったうえでの疑問。1度ならず2度までも行われる不可解なプレイングへの言及に、しかし井口は何だそんなこと、とばかりに笑い飛ばす。
「わかってねえなあ……このヴェノム・スプラッシュは、俺からの優しさだよ。俺と戦う時点でそいつの負けは決まったも同然だってのに、せめて自分がどうやってとどめを刺されるのか、それぐらいは最初に教えてやらなきゃ可哀そうだろ?」
つまりプレッシャーを与えることが狙いか、と、内心で翻訳する遊ヶ﨑。確かにターンが嵩み、カウンターが増えるごとに火力の増していくあのカードがあると見せつけられたら、平常心でいられるプレイヤーは少ないだろう。まして盤面だけでなく、レースのことにまで思考リソースを割かねばならない馬術決闘ではなおのことだ。まだ脅威でもないうちからなまじ伏せられた位置まで判明している分余計に排除しようとして無駄な除去札を切り、結果他のカードの身代わりにでもなってくれるのならば儲けもの、というわけだ。
ある程度得心した所でそれに、と、さらに言葉が重ねられる。
「日置高の無名女、お前が俺を舐めてかかってきてたのはわかったからな。俺を馬鹿にするってんならそいつの体に痛みを教え込んで後悔させてやるが、カードで馬鹿にするってんなら話は別だ。カードで馬鹿にするんなら、俺もそいつをカードで馬鹿にしてやることにしてるのさ。なかなか傑作だったぜ?大嵐も羽根箒も早々に切って、挙句やぶ蛇を踏んづけてターンエンドするしかなかった時のお前の顔はよぉ!」
「……なるほどな。そういう心掛け、私個人としては決して嫌いではないよ。だが、それとこれとは話が別だ!私のターン、ドロー!」
個人として井口のスタンスに共感するところはあれど、それで出力される言動が試合前の卑怯な闇討ちというのであれば彼らと彼女に相容れる余地はない。用があるなら正面から叩き潰す、それが彼女のやり方だからだ。未知の伏せカードのリスクは承知のうえで、今度こそ彼女のデッキが動き出す。
「まずは、その邪魔なカードに退場してもらおうか。オイスターマイスターを召喚だ」
オイスターマイスター ATK1600
彼女が呼び出したのは、人型をした牡蠣としか称しようのない異形の戦士。これもまた、彼女独自のカスタムにより選ばれたカードの1枚である。
「さあ、バトルフェイズだ。オイスターマイスター、攻撃!」
オイスターマイスター ATK1600→フォッシル・ダイナ・パキケファロ ATK1200
井口 LP4000→3600
アンダースローの構えから投げつけられた牡蠣が鋭い軌跡を描いて骨の身体を一直線に貫通、破壊と同時に爆発を起こす。エフェクトこそ派手なもののダメージは軽微、さすがにこの程度では井口の走りはびくともしない……だが、これで彼女の動きを邪魔する存在はいなくなった。
「バトルを終了して速攻魔法、緊急テレポートを発動。デッキからレベル3のサイキック族、
No-P.U.N.K.セアミン ATK600
ベージュ色の髪をした捉えどころのない表情の美少女が、牡蠣の戦士の隣に並び立つ。そのステータスは到底立ちはだかるワカーO2に届くものではないが、彼女とてあれを正面突破する為にこのカードを呼んだわけではない。
遊ヶ﨑 LP3100→2500
「セアミンは1ターンに1度、600ライフをコストに私のデッキから仲間のモンスターを手札に加えることができる。No-P.U.N.K.ライジング・スケールを手札に加え、エクストリーム・セッションの効果を発動!私のサイキック族がその効果のコストとしてライフを支払った場合、カードを1枚ドローする。そしてレベル3のオイスターマイスターに、レベル3のセアミンをチューニングだ」
手札を補充しつつ、行われるはシンクロ召喚。彼女がデッキにいくつも仕込んだ、独自のギミックのうちひとつへのルート。
「シンクロチューナー、レベル6。さあ来るといい、
金雲獣-馬龍 LV6→7
オイスタートークン DEF0
黄金の雲を纏った高貴な龍と、その隣にごろんと転がる大ぶりの牡蠣。シンクロ召喚を終えてなお、場に残ったのはチューナーとそれ以外のモンスター。
「レベル1のオイスタートークンに、レベル7の馬龍をチューニング。シンクロ召喚、白き森の妖魔ディアベル!」
白き森の妖魔ディアベル ATK2500
純白の茨が、蔦が、花がどこからともなく寄せ集まり、女性の姿を形作る。かつて彼女自身がこのデッキから繰り出した聖アザミナに呑まれる前の本来の姿、静謐なる白き森の主にしてその番人たる強大な妖魔。彼女が呪文を唱えてふっと手を翳すと、それだけで遊ヶ﨑のデュエルディスクが紫と緑の光を放ちだす。
「そしてこの瞬間に妖魔ディアベル、さらに墓地の馬龍の効果を発動。馬龍は墓地に送られた際に相手フィールドで表側表示のカード1枚をバウンスし、妖魔ディアベルがシンクロチューナーを素材としてのシンクロ召喚に成功した際、私は墓地の魔法か罠1枚をサルベージできる!」
「おっと。
金色の雲が一時的に機械仕掛けの荒武者を包み込むも、巨体を揺するとそれらは全て千切れ飛び霧散する。だがこれで、不確定要素は全て消え去った。彼女の展開は、まだ止まらない。
「ならば!妖魔ディアベルの効果で緊急テレポートを回収し、手札からライジング・スケールの効果を発動だ。墓地からP.U.N.K.カードであるセアミンを除外してこのカードは特殊召喚でき、さらに特殊召喚成功時にライフ600を支払うことで、デッキまたは墓地からレベル8以外のP.U.N.K.をサーチまたは特殊召喚する。さあ来い、
No-P.U.N.K.ライジング・スケール ATK2400
遊ヶ﨑 LP2500→1900
Uk-P.U.N.K.娑楽斎 ATK1200
そして並ぶはセアミンよりも一回り体躯の小さい能楽少女と、巨大な筆をでんと構えたパンキッシュな絵師。普段ならばここでさらに娑楽斎の効果を使って融合召喚に繋げ、更なる展開を行うのだが……ここでデュエルディスクに、目を落とす。そこに記された残りライフは、1900。宵越しの銭はいらぬとばかりにライフを投げ捨て展開に走るのはまさしく【P.U.N.K.】の基本戦術そのものだが、相手がバーンカード狙いとなればそうも言っていられない。今ならばヴェノムカウンター2つ分のヴェノム・スプラッシュを受けても1400ダメージとぎりぎり耐えていられるが、これ以上効果を使えばそのラインすら割ってしまう。先ほどのワカ-O2へのバウンスが通ってカウンターをリセットできていたならばまだしも、これ以上はどう考えても自殺行為。
そもそもここでこれ以上展開したところで、既にメインフェイズ2に入っているこのターン内ではどうやったところで勝ちきれない。彼女のデッキは日頃から彼女の無茶に付いてこられるよう最大限に手が加えてはあるが、それでも限度はある。
「カードを1枚伏せて、ターン終了だ」
攻めあぐねた状態で、それでも最低限の制圧の構えを取りながらターンを回す。
一方の井口もまた先のターンこそ凌いだものの、元々使い捨てるつもりだったとはいえ制圧要員のパキケファロを失って一気に苦しい立場になったことは事実。ヴェノムカウンターを何とかして溜めないことには、必殺のヴェノム・スプラッシュの火力もいつまでたっても上がりはしない。
「俺のターン!」
今はまだ、勝負の行方は辛うじて均衡している。しかしそれは刻一刻と目に見えて遊ヶ﨑の側に傾きつつあり、このドローを活用できなければジリ貧もいいところで。それがわかっているからこそ、ひりつくような緊張感の中で井口もまたカードを引く。
「……ドローっ!」
井口明綱。彼とてもまた部長の名を背負う身として、みすみす指を咥えて敗北への道を堕ちていくつもりはない。そんな思いに、彼のデッキは応えた。
「……!来たぜ、命削りの宝札を発動!このターンの特殊召喚を封じて相手に与えるダメージも0になり、さらにターンの終わりに手札全てを墓地に送る三重デメリットの代わりに、手札が3枚になるまでカードをドローする!」
「っ!またドローソースか……!」
唯一の懸念だった灰流うららをはじめとする無効札は、ない。3枚のカードを引き抜いた井口が更に馬の速度を増し、ハナコストライプもなんとか追いすがろうとするも次第に両者の距離が引き離されていく。
「まずはフィールド魔法、
「おっと、その効果待った!カードそのものの発動にチェーンしてリバースから速攻魔法、緊急テレポートを発動。デッキからレベル3のサイキック族、幽鬼うさぎを守備表示で特殊召喚する」
幽鬼うさぎ DEF1800
じっと見ようとしても焦点が定まらない、しかし確かにそこには存在する、でもそこがどこでいつなのかは誰にもわからない。いくつもの時空に跨って同時に存在するがゆえにどの次元から見ても存在が定まらない、次元間の緩衝地帯にそびえる巨大な建築物。失われたヴェノム・スワンプを、過去の時空に干渉して呼び起こすことで再び現在のフィールドに蘇らせるための一手。そこに対して遊ヶ﨑が牽制としてはなった緊急テレポートにより、銀の長髪を無造作に後ろへなびかせた深紅の目の少女が呼び出される。
「このカードの効果は、今更説明するまでもないだろうが……フィールドに存在するカードの効果が発動した際に墓地へ送ることで、そのカードを諸共に破壊する。多元宇宙はコストではなく効果の一環で自身を破壊して墓地のフィールド魔法と入れ替えるカード、すなわち幽鬼うさぎで実質無効にできる。さあ、どうするね?」
緊急テレポートで呼び出されたモンスターは、このターンの終了と同時に除外される。しかし1ターンヴェノム・スワンプが出てくるのを遅らせれば、それだけ彼女にとっての裏目は小さくなる。その1ターンで、十分。
「はっ、構うかよ!俺は俺自身の墓地からヴェノム・スワンプを対象に、多元宇宙の効果を発動!このカードを破壊して、墓地のそいつをフィールドゾーンに置く!」
「発動してくるか?だが、ここで黙って見ている手はない、か。こちらもチェーンして幽鬼うさぎの効果を発動、このカードを墓地に送る事で多元宇宙を破壊する!」
しかし井口は、彼女の意に反してなおも動いた。不可思議な建物の内側に光が灯った瞬間、妖怪少女が大きく跳ねた。屋根より高くひとっ跳びし、身体全体を使って振るわれる隠し持っていた鎌の一閃が、いくつもの次元ごとざっくりと多元宇宙を破壊する。
「だがこれで、邪魔なカードはなくなったわけだな?俺は次のフィールド魔法、ヴェノム・スワンプを発動!」
「最初から引いていたのか、一杯食わされた……いや、上を行かれたか」
舌打ちする遊ヶ﨑の心境を表しているかのように再び空を雲が多い、足元に毒沼が広がり、不快な霧と鬱蒼とした草木が立ち込める。多元宇宙にはまだもうひとつ、墓地からフィールド魔法破壊の際の身代わりとなる効果があった。仮にここを素通ししてヴェノム・スワンプが毎ターン発動するヴェノムカウンターをばらまく効果に対してまで幽鬼うさぎを温存していたとしても、破壊耐性で凌がれるのがオチ。命削りの宝札を使われた時点で、幽鬼うさぎ1枚だけでは最初からカバーしきれなかったのだ。
「カードをセットしてターンを終了だ。このエンドフェイズに……」
「……放置するとカウンターが2、私のターンで処理できなければさらに3、か。できれば使いたくはなかったが、どうやらそうも言っていられないな。このエンドフェイズ、命削りの宝札を処理する前に私は娑楽斎の効果を発動だ。600ライフを払うことで、相手ターンにP.U.N.K.のシンクロ召喚を行う!レベル8のライジング・スケールに、レベル3の娑楽斎をチューニング!」
遊ヶ﨑 LP1900→1300
浮世絵師がこの荒れ果てた風景からいかなるインスピレーションを受けたのか、ぐっと大股開きで絵筆を高々と掲げ持つ。そんな隣の様子に呆れた表情で、それでも意気揚々と絵筆を振るいはじめた浮世絵師の動きに合わせ巧みに比較的乾いた地面を踏みしめながら、能楽師の少女が息ぴったりに軽やかに舞い踊る。
「ひとつ人より破天荒、ふたつ不可思議巻き起こし。みっつ見さらせ新たな秘伝!ここは祭りの大舞台、驚愕龍よ天を突け!シンクロ召喚、Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン!」
Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン ATK3000
毒沼の中央が湧き立ち、爆ぜる。その中央から飛び出したド派手な色の戯画仕掛けの龍は生みの親である浮世絵師をその背に乗せて毒の水を、粘つく霧を、重苦しい雲を、全てを跳ね飛ばしてその鮮烈な体躯と共に天へと駆け上がっていく。荒ぶる風に草木が激しく揺れ、沼地の大木のうち一本がとうとうへし折れトラック上、彼らの走る進路の先にどうと倒れ伏した。
無論、それはソリッドビジョンでしかない。しかしどれだけ頭で理解していても、眼前に広がる精巧な幻は視覚に、聴覚に現実と寸分違わぬ迫力を持って広がってくる。頭で理屈を理解している人間でさえもそうなるのだから、まして馬ともなればたとえどれほど訓練を積んでいようとも、浮足立ってしまうのは動物として必然の本能。
「ちいっ!」
わずかな遅れを、後ろで見ていたがゆえに比較的余裕のあったハナコストライプが駆け抜ける。倒れた大木の先端部分、比較的細い箇所を遊ヶ﨑の指示に従いひらりと飛び越え、ついに再び先頭に立った。落ち着きを取り戻した黒馬と共に追いすがろうとする井口だが、背後の空からその口を大きく大きく開いてブレスを放つ驚愕龍が最速での巻き返しを許さない。
「よくやってくれた、ハナコストライプ!さあここからは腰を据えての反撃だ、まず娑楽斎が効果を発動したことで、エクストリーム・セッションのドロー効果が発動。だがこれは前座に過ぎない、アメイジング・ドラゴンの効果発動!シンクロ召喚成功時、私の墓地のレベル3サイキック族の種類の数だけカードをバウンスする!今の私の墓地に存在するのはワゴン、幽鬼うさぎ、そして娑楽斎の3枚。よって私が選ぶのはヴェノム・スワンプ、ヴェノム・スプラッシュ、超重武者ワカ-O2の3枚だ!」
ヴェノムカウンターを溜めるヴェノム・スワンプ、その溜め先であるワカ-O2、それを射出するヴェノム・スプラッシュ。どれかが欠ければ、彼の狙うコンボは成立しない。
「無論そのヴェノム・スプラッシュは、君が先のターンに伏せたもの。つまり言い換えれば、今のタイミングでも発動はできる。そうすればそこのワカ-O2からヴェノムカウンターひとつを取り除き、700ダメージを私は受けるだろう。当然、君はそうすることもできるが……」
あえて言葉を切り、判断は任せると言わんばかりに振り返って笑う。このデュエルを通じて既に彼女は井口の持つ彼なりのプライド、彼なりの越えてはならない一線を読み取っていた。あの男は、ヴェノム・スプラッシュをフィニッシャーにすると言い切った。ならば、その言葉を反故するような真似はしないだろうというある種の信頼。
「決まってんだろ、迷うまでもねえ!スキル・プリズナーを墓地から除外し、効果発動!俺のワカ-O2を対象にし、このターンそのカードを含んで対象に取った効果は全て無効となる!」
極彩色の龍が放った極彩色のブレスはしかし、光り輝く半透明の壁によって防がれる。バウンスが対象を取るアメイジング・ドラゴンの効果では、そのカードのうち1枚に対し適当に発動されたスキル・プリズナーによってその全てが防がれてしまうのだ。
「走りに夢中になって、俺の使ったカードの確認が疎かになりでもしたか?馬術決闘素人みたいな真似しやがった、そいつが運の尽きだったなぁ!」
極限での効果の撃ち合いを制し、冷や汗を流しながらも勝ち誇る井口。ここまで自分と互角以上に渡り合った相手を見くびっていないが故の、わずかな隙をついて掴み取った勝利への高揚。
だが。その希望を嘲笑う悪魔のごとく、遊ヶ﨑は高らかに笑った。
「いや助かったよ、君。君がもし自分の使ったカードも覚えていない馬術決闘どころかデュエルモンスターズ素人のような真似をしてくるようならば、私としてはむしろ困っていたところだ」
「何……?」
「おいおい、忘れたのかい?私の場にはまだ、効果を使っていないモンスターが残っているじゃないか。もっとも命削りの宝札をはじめとして、発動できるタイミングでも効果を使わず温存していたのも私ではあるがね。君がカード効果を発動したこの瞬間、白き森の妖魔ディアベルのもうひとつの効果を発動!手札か場の魔法か罠……この三戦の号を墓地に送ることでエクストラデッキ、墓地、または除外されたレベル7以下のシンクロチューナーを特殊召喚できる!墓地より甦れ、馬龍!」
金雲獣-馬龍 ATK2400
「またバウンスか?だが、もう遅い!次のターン、ドローフェイズに最速でヴェノム・スプラッシュを叩きつけてやるよ!」
「いやいや、遅くなんてないさ。時に君、君は私の場に伏せてあるこのカード、一体なんだと思っていたんだい?」
指差すままに釣られて視線を動かすとそこには、確かに彼女が後攻の初手で伏せていたカードがひとつ。無論井口とて、あのカードの存在を忘れていたわけではない。だが放っておいても脅威になるようなものではない、そう無意識のうちに感じていたし、そう感じるだけの根拠もあった。
「……だがそいつは、お前がセットして大嵐で破壊しようとした……」
そうだ。まずターンが切り替わるや否や彼女はあのカードを場に伏せ、そのうえで大嵐でそれ諸共に全てを破壊しようとしていた。つまりあれは、手札よりも墓地に置いておく方が都合のよい類のもの。魔法か罠をコストとして要求する白き森の妖魔ディアベルの存在も、あのカードを速やかに墓地に送る為の手段として無意識のうちにその説を補強していた。
だが、彼女は先ほどディアベルの効果発動のために何を切った?あのカードがいまだ伏せられたままだというのに、手札の三戦の号を?ようやくそこまで思い至り、はっと息を呑む。
「まさか、まさか最初から……!」
「君があれだけ自信満々にガン伏せしてきているんだ、こちらとしてもあの大嵐が通るなんて最初から思っていなかったさ。つまりそれはどう転ぶにせよ、私が伏せたこのカードもあの大嵐によっては破壊されないということを意味する……だろう?神の宣告くらい踏んでライフを削れるかと思ったら、大革命返しだったのには少しばかり参ったけどもね」
種明かしは済んだ。わなわなと震える背後の井口を文字通り尻目に一呼吸置いた遊ヶ﨑が、それまでのフランクな口調から真剣な声色に切り替える。
「馬龍は特殊召喚に成功したことで、レベルを1だけ変更させることができる。そして私はその効果の発動にチェーンしてその真後ろのゾーンに存在していたカウンター罠、
ずっと発動する機会の訪れなかった罠が、この局面に来てついに日の目を見る。馬龍の上空から振り下ろされた一筋の雷光が、その身を再び地中へと還し。そして世界全体が、再び発生した金色の雲に包まれていく。
「これも先ほど説明したとおりだが……馬龍がフィールドから墓地に送られたならば、相手の場で表側のカード1枚をバウンスできる。もっとも君の場で表側のカードのうちワカ-O2はスキル・プリズナーによって守られているから、狙うのはもう1枚の方となるわけだが。さあ、ヴェノム・スワンプを手札に戻してもらおうか!」
「バウンスには……多元宇宙の効果も適用しねえ……!」
「そうだな。だが、まだターン終了時の処理は終わっていないぞ?命削りの宝札使用者は、ターンの終わりに存在する手札全てを墓地に送らねばならない。そうだったな?」
手札に戻されたヴェノム・スワンプが、力なく墓地へと落ちていく。フィールドが存在しなければ、ヴェノムカウンターが置かれることもない。
「そして、私のターンだな。ドロー」
「(……まだ、まだだ!)」
あと一歩のところまで確かに手が届いていたはずの勝利がまたしても遠ざかっていった喪失感に手綱さえも取り落としかけた井口が、自分に喝を入れてなおもレースに食らいつく。主の執念を嗅ぎとってか、相棒の黒馬もまた重戦車のごとき走りを止めはしない。
このままラフプレーに持ち込んでの、走行不能による勝利。今は卒業した先輩から教え込まれた、深瀬高校馬術決闘部の流儀。その可能性が、一瞬脳裏をよぎる。だが彼は自分でも意外なことだが、頭を振ってそれを追いやった。
彼は自身のデュエル歴の中で、ここまで追い込まれたことはない。ここまで追い詰めた相手に、なおもするりと逃げられたこともない。そうなる前に深瀬高の悪名と彼の体格や強面な顔立ち、予告されたフィニッシャーといったパフォーマンスのもたらす恐怖で動けなくなった相手は自然とサレンダーを選択していたし、稀にいるそうならない相手……本来今日彼が戦うはずの相手だった飯田天詩のような気の強い相手も、結局は彼の敵ではなかった。
去年戦った珍しく骨のある相手がこの1年でどれだけ成長しているのか、天馬杯の試合スケジュールを見た時から楽しみだった。そしてそのうえで、きっちり返り討ちにするつもりだった。だが蓋を開けてみれば当の彼女は急な怪我で彼との試合のみを欠場、代理選手は見たことも聞いたこともない全くの無名女。正直、まるで期待はしていなかった。
だが、それが間違いだったことを思い知らされた。一体こんな逸材がこれまでどこに隠れていたのか、威圧感など知らない感じないと言わんばかりに堂々と渡り合ってくる胆力と、カードを巧みに使いこなす腕前。先ほどはその策にまんまと引っ掛かりさえし、レースにおいても現在では後塵を喫している。そんな相手に対し、ラフプレーへ狙いを切り替える?それはカードで勝てないからと暴れる駄々っ子のような真似、精神的敗北を認める行為に他ならない。
カードの借りはカードで返す、それが彼の信条だった。そして、まだ勝ち筋が彼には残っている。
「……さあ、来やがれ!」
彼の場には現在、伏せカードが2枚。1枚は何度も見せつけた通りのヴェノム・スプラッシュだが、今これを使っても与えられるダメージは700止まりで相手ライフは600残る。しかしそれは言い換えれば、これを発動する前にもう600以上のダメージを与えれば、予告通りこのカードをフィニッシャーにすることが可能ということでもある。
そしてもう1枚伏せられたカード、命削りの宝札が彼にもたらした最後の1枚の名は、破壊輪。相手モンスターを破壊し、さらにその攻撃力分のダメージを自分及び相手に与えるトラップ。しかし、今はその発動条件を満たしていない。強力な効果と引き換えにこのカードには発動に対する条件、相手ライフの数値よりも攻撃力の低いモンスターしか対象に出来ないという指定を持つからだ。
今現在相手の場に存在するアメイジング・ドラゴン、そして白き森の妖魔ディアベルはもはや破壊輪で狙える範囲から外れているが、反面それら単体に戦闘破壊耐性を持つワカ-O2を突破するような能力はない。つまり彼女がもし勝ちに来るならば、このターン更に攻撃以外で何らかのアクションを起こす必要がある。その過程でもし攻撃力600以上、かつ彼女の現在のライフである1300未満のモンスターが出てきさえすれば、まだ彼にも勝ち目はある。そのモンスターが出た瞬間に彼女を追い抜き、2枚のトラップを連続で発動する……完全に相手依存の、頼りない勝ち筋だ。しかし決して可能性が皆無というわけではないし、下級のステータスが一様に低い【P.U.N.K.】の特性を考えればあながち非現実的な話でもない。前を走る相手の一挙手一投足から目を離さず、加速するタイミングを計る。吹き付ける風を、身体で感じる。走る。走る。走る。
やがて意を決した彼女が、手札から1枚のカードを抜き取った。あれは発動するための魔法か、はたまた召喚するためのモンスターか。運命を決める一瞬。
「君の場からワカ-O2をリリースし、海亀壊獣ガメシエルを君の場に攻撃表示で特殊召喚する!」
「……っ!」
海亀壊獣ガメシエル ATK2200
声が出ない。1ターン目からずっと頑強な壁としてフィールドに居座り続けていたワカ-O2が、彼の場から消えていく。そしてこの流れで、破壊輪を発動できる余地はない。
「……どうやら、正解だったようだね。ならばバトルだ!白き森の妖魔ディアベルでガメシエルを破壊する!」
白き森の妖魔ディアベル ATK2500→海亀壊獣ガメシエル ATK2200
井口 LP3600→3300
「だが、アメイジング・ドラゴンの攻撃力は3000だろぉ!?まだ、俺のライフは……!」
叫ぶも、それが意味のない事は彼自身心の中では分かっていた。この相手が、そんな初歩的な計算ミスを犯すはずがない。ここでとどめを刺しきれずにターンを渡してくる、そんな手緩い真似をするはずがない。
「だから私は、アメイジング・ドラゴンで攻撃する前にこういう手を使うのさ。速攻魔法、緊急テレポート!2枚目のこのカードにより、デッキから呼び出すのは……レベル3のサイキック族、
「トラップ発……!」
動、と言いかけた言葉が、止まる。確かに破壊輪ならば、あのモンスターを破壊して900ダメージを与えることができる。だが、結局はその数値分のダメージを自分でも受けなければならないことに変わりはない。その一方で本来ならばその後の詰めを担うはずだったヴェノム・スプラッシュは、もはや発動機会を永久に失っていて。
Jo-P.U.N.K.Mme.スパイダー ATK900
井口 LP3300→2400
「ずいぶん待たせてしまったかい?だが、それもこれで終いだ。アメイジング・ドラゴンで最後の攻撃!」
天に渦巻く極彩色の龍が、今一度周囲の空気を取り込んで大きく胸を膨らませる。ぐわりと体を逸らせて放つは、極彩色のド派手なブレス。周囲の色を光の海で塗り替える、超特大の戯画が描いた現代アート。それを見上げた井口は少し迷って……手綱を緩め、ずっと走り続けた馬の足を止めさせた。その姿が、そのまま光の奔流に呑み込まれていく。
Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン ATK3000
井口 LP2700→0
「……私としては、先日はなかなか面白い週末だったと思うんだが」
連休明けの火曜日。例によって「城」に集まっていた2人のうち、遊ヶ﨑がいつものように不意に話を振る。しかし今日に限っては後輩の彼も、彼女の言葉に異論はないらしい。もっとも異論があったとしてもそれを隠しているとは一切考えない、それが彼女なのだが。
「それにしてもあのイグアナ君、まさかあんな面体をしておいて卑怯な手には関与していなかったとはね。いやはや、人は見かけによらないものだな。どうも試合中に話が嚙み合わないとは思ったが、まあ天詩君との間の誤解もお互いに解けてよかったよ。いいことをするというのも、たまには気持ちがいいものだからね……うん?ああ、イグアナ君のことか。私と戦ったあの部長、聞けば姓が井口で名が明綱というのだろう?だからイグアナ。どうだ、わかりやすくていいだろう?」
さあ褒めろと言わんばかり、妙に自信たっぷりに同意を求められた後輩が、そっと目を逸らす。ハナコストライプの時もそうだが、この女はどうも全体的なスペックが無駄に高くそれが数々のトラブルを引き起こしている癖に、ことネーミングに関してはあまりにも名付けのレベルが低い。しかも当人の中ではそこに無駄な自信が付属しているのだから、余計にこういった事故が起きやすくなっている節がある。
数秒待ってみたもののとうとう崇め奉る称賛の言葉を貰えなかったことには不満げに唸りながらも、結局その沈黙を切り上げて先に話題を変えたのは遊ヶ﨑の方だった。
「……いや、あながち誤解でもないか、結局深瀬高校の馬術決闘部自体は、闇討ち上等卑怯万歳で大概腐りきっていたわけだからな。これから先卒業までの老い先短いイグアナ君政権下、どこまで清浄化できるかは見ものだが……これ以上は、他校の生徒である我々が口を出す話でもないだろう。私は少なくとも、希望はあると見ているがね」
そう言って彼女が思い出したのは、あの日の試合後の光景。いちデュエリストとして内心で井口を認めた遊ヶ﨑がどうも彼の人格と天詩の受けた被害が腑に落ちないと珍しく余計でない親切心を出して軽く話題を振ってみたところ、まさしく怒髪天を突く大変な大騒ぎとなった時のことだ。天詩が欠場となったわけを聞くが早いが自分の所の部員全員を呼び出してその場でまず強制正座、暴力も辞さない構えを無言のうちに示しての尋問に例のオレンジ色のジャージ男をはじめ何人もがあっさりと口を割り。最終的には騒ぎを聞きつけ、被害者張本人であるはずの天詩が持ち前の気の強さを発揮して仲裁に入るという混沌っぷり。元から悪目立ちに慣れており、さらに立場的には完全なる部外者として最後まで横で見ていた遊ヶ﨑の感想としては面白かったの一言だが、そうではないもう少し真っ当に生きてきた周りも当の本人たちにとっては、あの大騒ぎには生きた心地がしなかったことだろう。
つまるところラフプレー精神自体は確かに深瀬の伝統ではあるが、それをいいことにしたあからさまに卑怯な行為が蔓延っていたのは彼の周辺、実力もなければ真面目にやる気もないレベルの低い連中間でのことだった。仮にも部長でありながらそれに気付けず、周囲の悪評もラフプレー由来のものと見過ごしていたのは彼自身の落ち度であるが……今回で多少は彼も周りを見る目が変わったはずだ、彼女はそう踏んでいた。
「うん、そう思う理由かい?デュエリストの勘、というやつかな。それに、ああいった感心しない真似に関与していたのは、全員イグアナ君と同じ3年ばかりだったようだからね。下の学年にまで腐敗が及んでいないのならば、上を卒業という行事で纏めて取っ払えばまた空気も入れ替わるだろうさ。それがどう転がるかはさておきね」
納得したようなしていないような顔の後輩から目を離し、自分の発言を心の中で反芻する。卒業。それは、彼女にとっても他人事ではない。といっても彼女自身には、この先人生どんな波乱が起きたとしても最終的には生きていけるという強い自信と自負がある。むしろ考えるのは、この後輩の行く末だ。自分がいなくなれば、この大空想決闘精神研磨追及部は一瞬にして存在が抹消されるだろう。貴重な1年を自分と共に過ごさせて、その先はたったひとりで寄る辺もなく放り出すような形になって。
だからせめて、自分たちの活動とその結果を目に見える形で彼のために何か残してやりたかった。身勝手だろうが我が儘だろうが何の役に立たない彼女個人の自己満足だろうが、それでも構わない。彼の過ごした私との1年は無駄なものではなかったのだと、胸を張って言えるような成果を。
「学校の七不思議、か」
呟いた単語を聞きつけた後輩が、びくりと固まって露骨に強張った顔でゆっくりとこちらを振り返る。その様子が無性におかしくて笑いをこらえながら、それでも口角が上がるのは抑えきれず。
元々これはこの部屋を「城」と定めて古い機関紙やらを漁っていると、幾度となく出てきた単語ではあった。暇と時間に任せて興味本位に日置高校創立以来のデータをまとめ上げると、何となくそのぼんやりした形が見えてきた。少なくともこの学校にはこれだけ語られる「何か」がいる、そんな結論も得た。しかし本格的な調査に手を出すまでには決定打がなく、なんとなく決めかねたまま最終学年となり、気まぐれで覗きに来た部活説明会。そこで彼を見かけた時の感情は、実を言えば彼女本人にもいまだによくわかってはいない。
ただ、感じたのだ。何としても、彼を逃してはいけないと。
そして自分を突き動かした、過去に例のない謎の衝動の赴くまま誰の侵入も許さなかったこの「城」に連れ込んで、そんな有無を言わさぬ勧誘に彼自身困惑しながらも嫌とは言わず。なんだかんだで自分と同様、暇さえあればここに通い詰めてくれるようになって。居心地のいい孤独は、居心地のいい空間になった。
それで今更になって先輩面しようとしているのだから、まったく身勝手なものだとは彼女自身ですら思う。しかし、止まらない。止めようとも、思わない。これは、彼女のエゴだ。他の誰でもない彼女自身の意志であり、それゆえにそのエネルギーは何よりも強く激しい。
大きくパンと両頬を手で張ると、突然の奇行にまた何か変なことやってる……という目を向けられた。そうやって気合を入れなおした彼女が、力強く笑顔を浮かべる。
「今夜早速やろうか、第三の七不思議!」
一話執筆時点:馬術決闘ってなんだよ…(困惑)
二話執筆時点:前回の馬術決闘って結局なんだったんだろう…(困惑)
今話執筆前:馬術決闘とかいうアホの設定のせいで急遽出したハナコストライプちゃん、当たり前だけど普通にやってたらこの先出番なさそうだしその後の箸休め回を書こうかなあ(ノープラン)
今話執筆中:だから馬術決闘ってなんなんだよ(半ギレ)
というわけで正式に馬術決闘のルールを決めました。結局なんなのよこの競技。
ちなみにレースにも勝っていないと勝利が認められないルールは、色々考えた結果ライディング・デュエルのパク……オマージュである第一コーナー云々以外にマジで馬に乗りながらデュエルする意味が思いつかなかったので制定したルール内では最後に付け加えました。正直これだけゲーム性に関わりすぎてるので蛇足な気もする。でもラップタイムによる足切りだけだとやっぱり馬に乗る意味が、というかレースの意義が弱くてなあ……。
なんかいいアイデアあったら是非教えて下さい。私は二度と書く気ないですけど、この基本ルールはこんなんでよければまるっと差し上げます。そして架空デュエルを増やそう。