私の野望はただひとつ、怪異(ヤツ)らをデュエルで調伏せよ! 作:久本誠一
「今夜早速やろうか、第三の七不思議!」
生き生きとした発言を口にした「城」の主、遊ヶ﨑舞に、その話しかけられた相手である男子高校生は沈黙して停止したのち……数秒後にようやく再起動したかと思うと処刑場に向かう罪人のように悲痛な背中を見せてのそのそと部屋の隅に歩いていき、やはり絞首台を登る咎人のようにのそのそと学校のジオラマが乗せられた台を持ってきた。彼と彼女の付き合いは、なんのかんのでそれなりに長い。よく理解しているのだ、目の前の相手が嫌だと言っても聞き入れるような精神性の持ち主ではないことなど。
「うむ、ご苦労。今回我々が向かう場所は……ここだ!」
そしてその横では教鞭を引っ張り出した彼女が、意気揚々と後輩によって用意されたジオラマの一画を指し示す。今回示した七不思議の箇所は、2階の北の端。何の部屋だったかとジオラマ内部を窓から覗き込んだ後輩が、そこに置かれたミニチュアの施設を確認してその姿勢のまま固まった。
「その通り、理解したようだな。ここは、女子トイレだ。正確に言えばこのうち、奥から2番目の個室だがな。いずれにせよ、今夜はここに向かうとしよう」
過去一で信じられないものを見るような目で、ギギーっと軋む音がしそうなほど緩慢な動きで振り返り、今のが悪い冗談だというわずかな希望を求めるかのような目で背後の先輩の表情を伺う男子高校生。しかし彼女の表情は突拍子のない事をやりだす際にはいつでもそうであるように、今回も至って本気そのものだった。
「女子トイレで個室の怪異と言えば、やはり王道の『トイレの花子さん』が定番だが、どうもここの怪異にはそういった個人名はないらしい。まあ、彼女の主戦場はどちらかといえば小学校だろうしな。ともあれ
いつも通りにかき集めた情報による解説をうきうきと始める遊ヶ﨑とは対照的に、いつにもまして消極的な様子の後輩。しかしそんな様子は相も変わらず歯牙にもかけず、ぶれない彼女の話は続く。
「ただ、今回の七不思議はこれまでとは少し毛色が違うぞ。この怪異に関する最初の情報は、文化祭の準備をしていたある女子生徒からのものだ。最後の追い込みとして学校に泊まり込みをしていた彼女が真夜中にここのトイレを利用しようとした際、その個室だけ鍵が締まっていたらしい。ただ他のクラスにも泊まり込み勢は何組か見られたため、それ自体は別段不思議にも思わなかったそうだ。その時ちょうど彼女が見ている前でその扉の鍵が開き、支えを失った扉は当然ゆっくりと開いた。だが、少し待っても中の人が出てくる気配がない。とうとう不審に思い、個室を覗き込むと……そこには誰もいなかった、と。まあ言ってみればそれだけ、作り話として見るならば少々オチが弱いな。だが例によってこれと同じ話が、何年かごとに起きている」
ご丁寧にダメ出しまで入れて、だが、と話を区切る一言。そこで、ただでさえ毎日すっかり涼しくなってきている「城」がもう一段と寒く、暗くなる。夏に比べて次第に弱くなってきた太陽が、すっと雲の間に隠れたのだ。
「この話の奇妙なところは、描写の一致そのものではない。目撃者そのものの方だ。見てくれれば分かる通り、この七不思議は1年の生徒から女教師まで目撃者の幅は広い。ほぼ毎回の証言が文化祭の時期なのは、むしろ深夜零時以降という時間の方の制約だろうな。こんな時間に生徒が大手を振って校内をうろつけるのは、やはりこの時期が一番多い。その証拠にほら、流れ星観察のために特別に許可を得たという天体並びにデュエリスト観測部。ここの部員による証言は冬の真っ盛り、1月だ」
ここ数か月連続で深夜に大手を振って不法侵入し校内をうろつきまわっている女の発言とは思えない内容だが、例によってそれを指摘できる者はいない。
「と、そうそう。この話の奇妙なところだったな。しかし、今の目撃者の幅の話を前提条件として共有できていないと、私としても説明が難しくてね……なあ君、わかるかい?1年から3年まで証言が広いのは結構だが、当然この学校の女子トイレはこんな校舎の端だけではない。そして1年の教室は1階にあり、2年は2階、そして3年は3階。これは、この学校が創立以来からずっと変わっていない。つまり2年の子はまだしも、1年や3年の子はわざわざ
沈黙。探るような視線の意味するところを捉え、遊ヶ﨑が真剣な顔で大きく頷く。
「やはり君も、同じことを考えたようだね。二宮金次郎像の彼も、ピアノの幽霊の彼女も。これまでの七不思議は例外なく、人間の認識や思考に対し何らかの干渉を行う能力を持っていただろう?まだサンプル数が少ないから何とも言えないが、この『無人の施錠トイレ』の怪異もまた似たような力を持ち、その力で目撃者をこの場所へと呼び込んでいる可能性は高い。現に私の調べた限り、明らかにおかしな移動を行ってまでこのトイレに来た証言に対してもその理由を調べた形跡は過去になかったからな。この違和感に気付いたのは、また歴史上で私と君だけだ……まあこれに関しては、単に内容が冗長になるから纏める際に執筆者が省いたという可能性もなくはないが」
可能性の話を一応は口にしながらも、全くそうは信じていない顔で肩をすくめる。なぜ彼女には怪異による常識の改編が通じにくいのかは依然として彼女自身にもわからないが、とりあえずはそういうものとして受け入れている。結局のところ、行動に移すならば好都合な現象であることには間違いないのだ。
「とにかく姿が見えない以上、まずは当たってみるしかないからな。今夜また、いつもの時間にいつもの場所で……うん、どうした?随分と時化た面構えじゃないか」
そして話も締めの段階にきてようやく遊ヶ﨑も、いつまでも微妙な顔をしたままの後輩の様子が明らかにいつもとはまた違う事に気が付いた。どうしたのだろうとたっぷり数秒考えこんで、おおとようやく手を打つ。
「まさか君、場所のことを気にしているんじゃないだろうね。私だってこの怪異が男子トイレの方にも出るというのなら、君の精神の安定のためにそちらに向かったって良かったのだが。いくらトイレといったって時間が時間だ、誰かと鉢合わせることもまずないだろう。大体こればっかりは私の責任じゃない、いっそこの七不思議と今夜会った時、直接文句を言ってみたらどうだい?」
理解はしても配慮はしない。一見すると絵に描いたような傍若無人だが、これで男子トイレならそちらに行っていたというのは本気で口にしているからなおさら質が悪い。
要するにこの遊ヶ﨑舞という生物は、世間一般的な倫理や常識を知ったうえでなお自分の中の衝動や好奇心、狂人の理屈を優先して動きそれを隠そうともせず、なおかつそんな常識の軽視を他人にも自分レベルで求めている。というよりむしろ、倫理や常識の方を自分の意思より優先する理屈が本気で心から得心できていないままとうとうこの年まで来てしまったのだ。
かつて彼女の数少ない友人、飯田天詩が一度真剣に彼女という人間を分析して得たこの結論を、この場に知る者はいない。ちなみに、その時の結びはこうである。
―――――これでアイツが最悪なのは自分がおかしいのを理解した上で開き直ってることと、そのうえで平気な顔してゴリ押せるくらい凄い奴ってことね。メンタル強くてスペック高いんだから、そりゃあ止まらないわよ。これ本人に言ったら調子に……乗らないわね、きっと。アイツ、あれで自分の有能さに関しては理解した上で無茶やってるから。
「では、君には今日もしっかり棋譜係を頼むよ。期待しているからね」
いい笑顔でそんなことを言い残し、また何か準備があるのか「城」を後にする遊ヶ﨑。再び日差しが差し込んできた「城」の中に、男子生徒がひとり残されていた。
深夜、校門前。例によって校門前に佇んでいた彼女は、今夜もデュエルディスク以外には一見すると何も持っていないように見える。
「おっ、来たね。よかった、先に入っているのかと思ったよ」
とんでもない暴言に首を傾げる後輩に、校門の一角を顎で示す。そちらに視線を向けると、金属製の門のてっぺんにわずかだが泥がへばりついていた。
「誰かが泥付きの靴で、ここを足掛かりに乗り込んだんだろう。ここ数日は秋晴れの天気だというのに泥という時点でだいぶ候補は絞れそうだが、とりあえず君でない事がわかっただけでも良しとしようか。ああ、言うまでもないと思うが、君はこの誰かのような真似をせずにこういう証拠はちゃんと拭き取っておいてくれよ?そこまで調べられる可能性は正直0だろうが、指紋も残さないようにな」
そう言ってどこからか取り出したゴム手袋を装着して足元の落ち葉を何枚か拾い、妙に手慣れた様子で泥を拭う。拭き終えた落ち葉はまた地面に捨てると、軽い風が吹いた程度に足でかき回した。
「これくらいでいいんだ、なにせ自然物だからね。無理に粉々にしようとしたり変な場所に遺棄する方が、かえって目に付いてしまう……さて、我々もこんなことをしている場合じゃないな。この侵入者が何者で何の用があるのかは定かではないが、我々の目的とかち合わないことを祈っておこう」
そう言ってひらりと音もなく校内に入り、ゴム手袋を外しながら手招きする。謎の侵入者の存在があってもなお止めるという選択肢は彼女の中にないというわかりきっていた事実を改めて証拠付きで目の当たりにし、男子高校生も力なくその後に続いた。
「それで?アンタたち、何やってんの?」
そこから、わずか数分後。玄関ホールのど真ん中で、彼女たちは鉢合わせていた。
「待て待て待て。君こそ……」
「先に質問したのはアタシ。だから、まずアンタが答えなさい。それがアンタの好きな筋ってもんじゃないの?」
「む。そう言われると、返す言葉もないな。実を言うと我々は……」
流石に遊ヶ﨑相手であっても会話を成立させる際の扱い方を心得ている、その小柄な女学生の名は飯田天詩。体躯こそ小さいがいかにも気の強そうな顔立ち通りの性格と高い運動神経を誇る文武両道の才色兼備、日置高校馬術決闘部現部長にして「あの」遊ヶ﨑相手に友人が務まるという極めて稀な特質性を持った頭に美が付くタイプの少女である。
そしてあっさりと引いた遊ヶ﨑が簡単に彼女の求める学校の七不思議についての説明を終えると、極めて簡潔な感想をもってそれに答えた。
「……それで、そんな噂話のためにこんな夜中に好き好んで不法侵入?馬鹿じゃないの?」
「藪から棒に失礼な奴だな君は。大体君の方こそ、一体何をしているんだいこんな時分に」
当然の問い返しには、あっさりと肩をすくめる天詩。元々、隠すような話でもない。目の前にいる非常識の申し子たる腐れ縁相手にだけは、常識的な観点からものを言われたくないというだけで。肩に掛けていたスポーツバッグを少し開けて、中に詰め込まれた大量の紙が入ったクリアファイルの先端を見せる。
「皆に書いてもらった天馬杯のレポート、教室に置き忘れちゃったのよ。せっかく真剣に書いてもらったんだから、明日の練習までに目を通しておくのも上に立つ者の勤めってやつじゃない」
「こんな時間に?」
「あのねえ。アンタは無駄に頭いいんだから何もしなくてもいいでしょうけど、アタシはもうすぐ受験だって控えてるの。忙しいのよ、お子様みたいな噂話に駆けずり回るくらい余裕のあるどっかの誰かと違って」
「解せないな。日置高校馬術決闘部部長ともなれば、推薦だって引く手あまただろう?」
「それこそ大きなお世話ってやつね。アタシ自身が知りたいの、アタシはどこまで上を目指せるのか」
そう語る天詩の目は、玄関から辛うじて入る月明かりしか視界の頼りがない暗闇でもはっきりそうとわかるほど、未来への期待に澄んでいて。それをまっすぐ覗き込んだ遊ヶ﨑はその場から半歩下がり、目線を伏せて首を横に振った。
「……なるほど。野暮なことを聞いたね、忘れてくれたまえ」
「気にしないで、アタシもアンタには天馬杯では世話になったしね。あの時の借りに免じて、聞かなかったことにしたげるわ」
「助かるよ、ではお互いによい夜を。さあ、我々も……」
そう別れの言葉を口にして、いよいよ見えてきた処刑台に自分の足で歩かされる囚人のような顔の後輩を引き連れ上に向かう階段へ向かおうとする遊ヶ﨑。その肩を、後ろからがしりと掴む手がひとつ。
「ちょーっと待ちなさいよ。アンタねえ、さっきの話が本当なら、その子も連れて今から女子トイレに入る気?」
「……?ああ、そう説明したつもりだが……?さすがに私ひとりだけでは、棋譜まで取る余裕がないからな」
まだ引き止められた意味が本気でわからない、と嘘偽りなく訝しむ彼女と、その後ろで救いを求める仔犬のような目で自分を見つめてくる男子高校生。一瞬だけ脳内でこのままだと何をしでかすかわからない
「……いいわ、アタシが今日は付いてったげる。だからそっちの子には、その間は廊下で待っててもらいなさい」
「なんだ、やっぱり君も七不思議が気になったのか?人を散々こき下ろしておいて、全く仕方がないお子様だな」
「アンッタねえ……!」
わなわなと震える拳を握り締め、一瞬本気でこの小憎らしい顔面ぶち抜いてやろうかと思案する天詩だったが、目に見えるほど表情を明るくして遊ヶ﨑の死角から深々と頭を下げる男子高校生の姿を見て結局それは取りやめる。たとえ先日初めて見たばかりのほぼ知らない顔が相手であっても、彼女は下級生の前では基本優しいのだ。
そうして3人に増えた一行が、噂のトイレの入り口に辿り着く。この女子トイレは扉を開くとまず向かって左側に3つの洗面台が並び、そこから奥の右側に計4つの個室が並ぶつくりとなっている。そのまま突き当りには窓があるが、それが閉じられていることは既に遊ヶ﨑によって侵入前の外から確認済みだ。面積自体はかなり広々としていて、それこそ中でデュエルが行われても問題ない程度にはスペースが存在する。もっともスペースがあるからと言って実際にそれをやろうと言い出すような人間は、学校の歴史上彼女が最初で最後のひとりだろうが。
そして打ち合わせ通りに天詩が棋譜のノートを受け取り、代わりに彼女のスポーツバッグを明らかにほっとしているのが隠しきれない様子の男子高校生が預かって廊下に待機する。意気揚々の遊ヶ﨑と、馬鹿馬鹿しいという表情を隠す気もない天詩……対照的な表情の腐れ縁女子コンビだったが、トイレ内に一歩足を踏み入れるとその表情の変化も対照的だった。
七不思議に語られる通りの、奥から2番目の個室。そこの扉は閉まり、鍵はかけられていた。
「よおし、そう来なくてはな……!」
「げ、まさかマジ?えーっと、一応誰か入ってるなら今のうちに返事した方がいいわよー」
ますますその笑みを深くする遊ヶ﨑と、それまでやる気のなかった表情をやや緊張させ身構えながらも普通に中に人がいる可能性に賭けあらかじめ警告の声を送る天詩。しかしそれにも返事はなく、ならばとずんずん突入していざ個室の前に立ちはだかった遊ヶ﨑へ、ふと思ったとばかりに疑問を天詩が口にする。
「そういえばアンタ、これまではアタシの馬だったり決奏楽部のトライアングルだったり、何かしら持ち込んでるって言ってたわよね。今日は何があるの?」
「うん?ああ、今回の準備か。今度の七不思議の本質は、これまでと違い音も姿もなくただ『鍵が開く』という一点のみにあるようだからな。そこに干渉するため、今回はこんなものを持ってきた」
そう言いながら取り出したのは、何の変哲もない針金。その時点ですでに嫌な予感がしたという顔を隠そうとしない天詩だったが、目の前の変人が何の躊躇いもなくその先端を目の前の閉じた扉の鍵穴に突っ込みガチャガチャとねじり始めたことでその予感は確信へと変わる。
「私が理解したところによるとこの怪異は、自分でやることはただ鍵を閉めて待ち、誰かが来たらそれを開けるだけだ。確認しても個室には誰かがいた痕跡も残っていなければ、鍵が開いたことで扉が開くのすら自然に任せている。その唯一のアイデンティティを私がこうして自力で解除してやろうとすれば……」
「アンタねえ。ピッキングってのもそうだけど、もしこれで中に人がいたらどうすんのよ。それ、ほとんどただの犯罪だからね?」
「お、できたできた。さてトイレの七不思議君、私がこの針金をほんの数ミリ動かせばこの鍵は開くわけだが、その場合存在意義を失ったトイレの怪異、というよりもトイレの鍵の怪異である君は一体どうなるんだろうね?それはそれで実に興味は尽きないが、私は各方面に話の分かる女として名が知られているのでね。この後に私がどうするかはどうだろう、デュエルで決着を付けようじゃないか」
「初耳なんだけど、それ」
「……なあ、君。先ほどからそうやって水を差して、一体どっちの味方をしに来てくれたんだい?」
「少なくともアンタではないわよ。今日に限ってあえて言うなら、アンタお気にのかわいそうなあの後輩じゃないかしら」
扉を手で押さえながら少し振り返り、じっとりとした視線を送り苦言を呈する遊ヶ﨑を冷めた目でバッサリと切り捨てる天詩。お互い、相手がこれくらいで傷ついたりするやわな性格ではないとよく理解しているのでやり取りにも遠慮がない。
しかしその一瞬、遊ヶ﨑が個室の扉から目を離したほんの一瞬に、事態は大きく動いた。個室の中で何かが動くような気配を感じ取った彼女が天詩から扉に視線を戻した瞬間、後ろに立っていた天詩の身体が雷にでも打たれたかのようにびくりと痙攣する。急に止まった背後からの言葉と手にしたノートがその場に落ちる小さな音を聞きつけ慌てて振り返った彼女が目にしたものは、得体のしれない淡い光に全身を包まれて操り人形のようにぎこちない動きで立ち上がる、小さな友人の気を失った姿だった。そしてその口がやはりぎこちなく開き、明らかに彼女のものではない声が発せられる。
「それで、アタイに勝負を挑もうって?」
「どうやら、君が怪異の本体らしいな。だが一体、それは何のつもりだ?」
ぞっとするほどに落ち着いた、しかし噴出寸前の怒りを孕んだ冷たい声音。先ほどまで天詩とじゃれ合っていた様子からは想像もつかない豹変ぶりに、しかし天詩……いや。天詩の姿を奪った怪異はケタケタと笑う。
「お姉さん、この前に二宮金次郎像の坊ちゃんを見ただろう?アタイはあいつとおんなじさ、デュエルしてあげようにも動かせる体がないんだよ。あの石像の霊や音楽室のお姉さん先生みたいに、ちゃんと外から見える姿があるなら幽霊だって物にも触れるけどね。アタイやあの坊ちゃんみたいにそれすらない奴は、体のある誰かに憑りつきでもしないとそれもできないんだ。だからお誘いに乗る為に、ちょーっとばかし近くにいる人間の体を貸してもらったのさ」
「……筋は通っているな。だが彼女は無事で、ちゃんと帰ってくるんだろうな」
ほんの少しだけ頭を冷やしての、それでもいまだ冷静とは言い難い問いかけ。しかし天詩の体を奪ったトイレの怪異は、なんてことのないようにまたケタケタと笑う。
「さあ?まだ完全な乗っ取りまでできたわけじゃないからね、アタイがこの体を離れれば元に戻るとは思うけど……いやあ、アタイも気楽な幽霊生活長くやってて、別段体に未練はないつもりだったけど。こうして久しぶりに持ってみると、やっぱり触れる指も喋れる口もあるってのはいいものだからねえ。どーうしようかなぁー、なーんでアタイがいきなり喧嘩売ってきたお姉さんの言う事、聞かなくっちゃいけないのかなぁー?」
「貴様……!ならばこの勝負、我が友人の開放も条件に入れてもらう!」
「ヒッヒヒヒ、怖い怖い。元はと言えば、ぜぇんぶお姉さんが蒔いた種なのにねえ」
またも爆発しかかるところをすんでで堪え、視線だけで射殺さんとばかりの殺意に満ちた目で天詩を、より正確に言えばその全身を包む光を睨みつける。そのまま展開されたデュエルディスクに、怪異が天詩の口で笑みを浮かべながら天詩の腕で彼女のデュエルディスクを起動した。
「「デュエル!」」
腹立たしいが、怪異の言葉は正しい……彼女は、そう考える。彼女自身のスタンスとしては以前ピアノの幽霊に対しても語ったように、自身のしていることは七不思議側の怒りを買ってもやむなしであり、その結果自分がどうなろうと最大限抵抗こそするがそれはそれで受け入れるつもりではある。
そしてそういった話を聞いてなおも逃げずに毎回この七不思議暴きに付いてくる後輩もその思いは変わらないとも認識しており、だから彼女はもしこの活動を続ける中で彼に何かがあればその敵は当然に討たせてもらうが、それが済んだ後でまで恨みを持ち続けたりはしないでいようと密かに決めている。
では、今回のパターンはどうか。飯田天詩は、その覚悟をもってこの場に来ていたか?それは否、だろう。彼女はそもそもからして学校の七不思議自体に対して半信半疑であり、まさか危害を加えられるとも思っていなかったはずだ。
しかしそういった事情は、この彼女の身体を乗っ取ったこの怪異にとって知ったことか?これも答えは否、だ。天詩の心構えのなさ、そして相手は既に人間ではなくこちらの命にかかわるような手も良心の呵責なしに躊躇なく取ってくることもあるということも身をもって理解していながら当初の予定を強行してこのタイミング、このメンバーで喧嘩を最初に吹っ掛けたのは彼女以外の何者でもない。怪異に指摘されるまでもなく、今の結果は全て自分の蒔いた種だ。
理屈の上では、今のところ彼女に文句を言う権利はない。それは認める。しかし元より、彼女は理屈だけを真として動くタイプの人間ではない。人がそれを理不尽、屁理屈と呼ぶのならば、彼女はその権化にだってなってやるつもりだった。
「先攻はアタイが貰うよ!ふーん……変なデッキだねえ、しかし。まあいいさ、アタイはコストとして手札を1枚捨て、さらに手札の自身を相手に見せることで、マテリアクトル・エクサレプトの効果を発動!デッキか墓地からレベル3の通常モンスターを手札に加えて、さらにこのカードを特殊召喚するよ!」
先手を取ったトイレの怪異が、さっそく初動となるカードを発動する。見せつけられたエクサレプトのカード、そして捨てた手札コストに目を通した遊ヶ﨑は、同時にあることを確信した。あれはまさしく、飯田天詩の愛用する彼女のデッキ。彼女自身も幾度となく目にし、つい先日の天馬杯でも午後の試合から復帰した天詩の連戦連勝を支えたハナコストライプに並ぶもうひとつの立役者である。
「となると、ここで止めないと少しばかり困ったことになるな。手札から灰流うららを捨て、サーチ効果を含むその一連の処理は全て無効とさせてもらう」
「おっと、しんどいねえ。だったらアタイは、六武衆の結束を発動!」
初動を止めてなお発動される二の陣。まだ展開を止める気はないという宣言にも等しいカードの発動に、あのデッキの動きをこのまま通せばどうなるかを知り尽くす遊ヶ﨑の表情が硬くなる。
「その様子じゃ知ってるみたいだけど、このカードは今後六武衆が召喚、特殊召喚される度に最大でふたつの武士道カウンターを乗せることができる永続魔法。さあ行くよっ、真六武衆-カゲキを召喚して、その効果発動!召喚成功時、手札からレベル4以下の六武衆を特殊召喚できるのさ!」
「これを見てからものを言え、その効果に対し手札の増殖するGの効果を発動!これで私はこのターン、君が特殊召喚を行うたびにカードを引くことになる」
「ありゃりゃ、初っ端から前途多難だねえ。お友達のために張り切っちゃったかな?」
「世迷い事を……チェーン3に何もないならば、カゲキの効果だけは確実に処理をしてもらうよ」
「ああ、勿論だとも。アタイが出すのはレベル3、六武衆の破戒僧さ。そしてカゲキは永続効果で、自身以外の六武衆がいれば攻撃力を1500アップさせる」
真六武衆-カゲキ ATK200→1700
六武衆の破戒僧 ATK500
六武衆の結束(0)→(1)→(2)
機械仕掛けの副椀を背負った四刀流の武士に、錫杖を手にした僧衣の老人。和風ということ以外一見すると共通点の無さそうなカードたちが同じ六武衆の名、ひとつの旗の下に結束する。
「ここでアタイは、六武衆の結束の効果をさっさと発動。このカードを墓地に送って、武士道カウンターの数だけカードをドローするよん」
モンスターを並べる、ただそれだけの手間でいともたやすく行われる手札増強。引いた2枚、不発に終わったエクサレプトを含めれば計3枚の手札を天詩の目を通してじっくりと見たトイレの怪異が、芝居がかった口調で語る。
「さあて、アタイは一体どうしようかねえ。これ以上モンスターを出せば強いけれど、増殖するGがある以上その数だけドローされる。このままターンエンドすれば弱いけれど、これ以上カードだけは引かれずに済む……うーん、決めたっ!アタイはレベル3で六武衆モンスターのカゲキにレベル3の戦士族チューナー、破戒僧をチューニング!」
「やはり来るか……!」
何が来るのかを察し、苦々しげに呟く遊ヶ﨑。これが彼女でも同じ局面ならば同じようにしたであろう、王者の王道にしてこの場合における最も強力な切り札。
「天上天魔、唯我無双!歴史に刻め、覇道の刃!シンクロ召喚、真魔六武衆-シエン!」
真魔六武衆-シエン ATK2500
黄金によって縁どられた鮮血のように輝く赤い鎧、西洋の悪魔を想起させる蝙蝠の翼を模した装飾。六武衆の旗の下、天下統一の道を突き進んだ男の最盛期の姿が、この現代へと蘇った。そしてあれこそ飯田天詩のデッキが秘めた数ある切り札、その一の太刀でもある。
「その口上……なるほど、さては彼女の記憶を読んだな?」
「当然じゃない、初見でデッキ回すなんてことするわけないじゃん!真魔シエンがシンクロ召喚した時、アタイはデッキか墓地から六武衆を手札に加えられる。そうだねえ、じゃあデッキから2枚目のカゲキでも持ってきておこうかな。さらに六武衆の破戒僧が六武衆のシンクロ素材となった時、そのモンスターは場に存在する限り相手モンスター全てのレベルをひとつ下げる永続効果を持つことになるのさ。とどめに破戒僧はもうひとつの効果として、フィールドから墓地に送られた際に六武衆の名を持つ速攻魔法1枚をサーチできる。六武衆の
六武衆の破戒僧の効果が付与された、真魔六武衆-シエン……たった1体、されど1体。単身で立ちはだかる総大将はしかし、単身でありながらこの戦場にもたらす影響は計り知れないほどに大きい。人並み外れた猛者どもを率いる天下人が、その猛者たちよりも弱くては務まらないのだ。
しかし決して、それは絶対の無敵を意味しない。付け入る隙は、必ず存在する。天詩が取り落としていたものが今のシンクロ召喚の余波で自分の足元まで吹き飛んできた棋譜用ノートを反射的に拾い上げ、カードを引く。
「私のターン、ドロー!」
今日の七不思議との戦いに備え、怪異への初見殺しのため新たに選んだデッキ。ピアノの幽霊との戦い以来このひと月をかけ、彼女の手に馴染むまで選び抜かれたカードたち。それらが今、音を立てて始動しようとしていた。
「私は魔法カード、
「アタイの真魔シエンを逆用しようっての!?」
「君の、じゃない。それは、そこにいる彼女のものだ。私は後者の条件を満たす聖夜に煌めく竜を手札に加え、追加効果によってそのまま特殊召喚する。行け、聖夜に煌めく竜よ!」
聖夜に煌めく竜 ATK2500 LV7→6
空気を震わす神聖な鳴き声とともに、天から舞い降りた純白の竜が大地を踏みしめる天下人の前に挑むように降臨する。両者の視線が交差した一瞬後、竜が煌めく炎を吐き、天下人が宙を飛び大上段から一刀を振り下ろした。
「聖夜に煌めく竜は手札から場に現れた際、フィールドのカード1枚を破壊できる。その伏せカードを破壊する!」
「ならアタイは、真魔シエンの効果を発動!1ターンに1度、モンスター効果の発動を無効にして破壊できる!」
炎は刃に切り裂かれ、竜がその胴体に深々と斬撃を受ける……だが、倒れない。切り裂かれた傷口からは血の代わりに暖かな光が溢れ、確かに受けた致命傷のはずの刀傷が逆再生する様に癒えていく。
「なるほど確かに、無効にはなる。だが聖夜に煌めく竜は、闇属性モンスターの戦闘及び効果によっては破壊されない。それを承知で今の効果を使ったとなると、その伏せカードの正体もおおよそ見当はつくな?一方的に顔メタを張るようで多少なりとも良心が痛みはするが、恨むのならばよりにもよってこの私の数少ない友人をピンポイントで奪った自分を恨んでくれ。私とて図らずも巻き込んだ身として、君から彼女を取り返す義務があるのでね。ホーリーナイツ・シエルを通常召喚だ」
ホーリーナイツ・シエル ATK1700 LV4→3
聖夜に煌めく竜の隣に呼び出されたのは、身の丈よりも巨大な銀の斧を振りかざす純白の翼の天使。真魔シエンの存在を考慮しなければ、これで遊ヶ﨑の場は累計攻撃力4200。そしてこの場合、真魔シエンの存在は無視できる。
「それが私の予想通りのカードだった場合、このままワンキルと都合よくはならないだろうが。まあ人間、大切なのは挑戦してみる事だからね。バトルフェイズに入り、まずは聖夜に煌めく竜で攻撃し……聖夜に煌めく竜、その次なる効果を発動だ」
翼を翻して上空に舞い上がった竜が、再び神聖なる火炎を地表に投射する。今一度手にした太刀でその炎を切り裂かんと迎え撃つ魔将だったが、今度の炎は破壊を旨とした先ほどのそれとは性質が違う。裂帛の気迫と共に振り抜かれたその間合いよりも大きく激しく広がった誰も殺さない優しい炎に猛将はその太刀も、鎧も、兜も全てが包み込まれ、一番星の煌めきだけを残して跡形もなくその場から消え去った。
聖夜に煌めく竜 LV6→7
ホーリーナイツ・シエル LV3→4
「聖夜に煌めく竜は自身が攻撃する時に限りその対象をエンドフェイズまで除外し、そのまま連続して攻撃を行う事ができる。そして六武衆の破戒僧の効果から解放されたことで、私のモンスターたちも本来のレベルに戻ったな。そら、がら空きの盤面にダイレクトアタックだ!」
聖夜に煌めく竜 ATK2500→トイレの怪異(天詩)
トイレの怪異(天詩) LP4000→1500
「チイィーッ!」
「ホーリーナイツ・シエルで攻撃、と。ま、一応言っておこう。先ほども言ったとおり、重要なのは挑戦だ」
初期ライフの半分以上を奪う先制の一撃に、勢いのいい舌打ちで答える怪異。続いて振り下ろされる銀の斧は、しかし彼女の予想通りその軌跡に割り込むようにして俊敏な飛び蹴りを放ったひとつの影によって止められた。体の線を際立たせるぴっちりとしたウェアに身を包み、ポニーテールにまとめた紫の髪を後ろになびかせて。ユニフォームの背に、細腕のアームカバーに光るのは、六武の紋とは全く異なる系譜に集いし戦乙女たる彼女たちの、星を宿したチームの証。
「アタイは永続トラップ、
ARG☆S-紫電のテュデル DEF2000
「切った手札は……おやおや、それを素引きしたのか。運がないことだな、同情しそうになるよ。無論、最終的にはしないわけだが。でも確か、そのカードはデッキに1枚しか入っていなかったはずだよ。おかげで私としては、次のターンがだいぶ楽になったわけだ」
このまま攻撃を行っても自滅となる、シエルよりもステータスの高い壁モンスター。ワンターンキルの絶好の機会を防がれた形になるが、本人の言葉通りその登場を読んでいた遊ヶ埼の余裕の表情は崩れない。それどころか捨てた手札を抜け目なく確認し、相手の引きへのダメ出しまでする始末であった。
「へっ、偉そうに!
「では、バトルフェイズを終了しよう。そして私は、そうだね。カードを伏せ、ターンを終了する」
真魔六武衆―シエン ATK2500
そして再び戦場に、鎧武者が舞い戻る。一度除外を受けたことでかつて破戒僧から受け継いだ効果こそ消えているものの、モンスター効果に強烈なカウンターをもたらすその剣技の冴えはいまだ健在。
「だったらアタイのターンだな!今度こそ、マテリアクトル・エクサレプトの効果を発動!このカードを見せて手札1枚を捨て、レベル3の通常モンスターを手札に加えつつこのカードを特殊召喚する!」
「ああ、何もしやしないとも」
「その言葉忘れるなよ!アタイが手札に加えるのは、六武衆の侍従。そしてさあ来い、エクサレプト!さらに真六武衆-カゲキを召喚して、自身の効果でこの侍従を特殊召喚!」
マテリアクトル・エクサレプト DEF1500
真六武衆-カゲキ ATK200→1700
六武衆の侍従 DEF2000
「ふむ。さすがによく回るものだ」
「いいのかいお姉さん、それが遺言で!アタイはレベル3のエクサレプトと侍従でオーバーレイ、エクシーズ召喚!ランク3、
M.X-セイバー インヴォーカー ATK1600 ORU2→1
続けざまの展開によって現れたのは、大剣と光線銃をそれぞれの手に担ぐ異郷の戦士。その周囲を衛星のように回転する光の玉が軌道を変えて光線銃の銃身に吸い込まれると、戦士はその引き金を躊躇なく持ち主のデュエルディスクめがけて引いた。光線を浴びて弾き出された1枚のカードを、トイレの怪異が天詩の手で、いつも彼女がそうしていたように素早く掴み取る。
「インヴォーカーは1ターンに1度、エクシーズ素材を消費することでデッキから戦士または獣戦士族、地属性、レベル4のモンスターを守備表示で特殊召喚できるのさ。アタイが呼ぶのはこのカード、ARG☆S-栄冠のアドラ!」
ARG☆S-栄冠のアドラ DEF1800
先陣を切ったテュデルの隣に呼び出されたのは、ARG☆Sの司令塔。手旗を振ってサインを送り、チームを揃えスクラムを組む。
「そしてこれぞフィールド魔法、ARG☆S-HomeStadium、ってね。さらにアドラは自身を除外することで、デッキから2種類のARG☆Sを表側表示で置くことができる。さあさあ行くよん出番だよん、屠龍のエテオ!飛燕のカパネ!そしてカパネは本来トラップのテュデルがモンスターとして場にいるときになら特殊召喚できて、さらにアドラが除外されていることでアタイのライフを500回復するのさ」
ARG☆S-飛燕のカパネ ATK1800
トイレの怪異(天詩) LP1500→2000
遊ヶ埼 LP4000→3500
緑のツインテールが若葉のように眩しい少女と、鳥の羽のようにふわりまとめた薄紅色の髪がトレードマークの快活な少女。そして手狭になりつつあったフィールドの光景が、熱狂渦巻く広大なスタジアムへと様変わりする。
「HomeStadiumの効果で、アタイの永続トラップがモンスターゾーンに特殊召喚されるたびにお姉さんには500ダメージを受けてもらうよ。さあてそれじゃあ、一気にバトル!」
「バトルフェイズだと?……いいだろう、受けて立つさ」
「ランク4を立ててもよかったんだけど、こっちの方がアタイ好みでね!飛燕のカパネ、ホーリーナイツ・シエルを攻撃!」
ARG☆S-飛燕のカパネ ATK1800→ホーリーナイツ・シエル ATK1700
遊ヶ埼 LP3500→3400
「そしてこの瞬間、攻撃を終えた飛燕のカパネの効果発動!このカードは、いつでもフリーチェーンで魔法・罠ゾーンに表側で戻ることができる!」
斧使いの天使を軽々とした動きで翻弄し痛烈なハイキックを喰らわせた飛燕のカパネに、スタジアム中からスポットライトが照らされる。その中央で客席へ向けてポーズを決め、次いで聖夜に煌めく竜を指さしたカパネが光の中から退場すると、行き場を失った光は一斉にその純白の竜へと降り注いだ。
「HomeStadiumのさらなる効果で、アタイが永続トラップの効果をモンスターゾーンから発動した時、相手フィールドのカード効果1枚を無効にできる!」
容赦ない人工灯の照射に苦しむ聖夜に煌めく竜から、徐々に闇から身を守る神聖な力が失われていく。そこへ斬り込むのは、悪魔のごときシルエットを地上に落とす武士たちの頭領。
「攻撃力は互角……いや」
「今頃気付いたかい?そうさ、飛燕のカパネがトラップとして魔法・罠ゾーンに存在する限り、アタイの戦士族は戦闘によって破壊されない!さあぶった切りな、真魔シエン!」
唸り迫る豪刀は、先ほどの状況の再現。しかしあの時とは違い、聖夜に煌めく竜に自らを護る加護はない。必殺の一撃に、わずかに思案した遊ヶ埼がその手を動かした。
「君の攻撃宣言時、手札から幻蝋館の使者の効果を発動する。モンスターとの戦闘時に互いが戦闘破壊されなくなるこのカードを、守備表示で特殊召喚!」
「効かないよ!真魔シエンは1ターンに1度、モンスター効果の発動を無効にして破壊できる!」
蝋燭頭の怪人は、しかし着地する前にいともたやすく寸断されて。そのまま体を小さく丸めうずくまる地に堕ちた竜へと、今度こそ覇道の刃が振り下ろされ……しかしその刃は、振り下ろされる寸前で停止した。
「どうした、攻撃しないのか?」
「まあ待ちなよ、お姉さん。アタイは考えたのさ」
そのままの姿勢で両者が固まる中、天詩の体で、その口で、トイレの怪異が嘲笑う。
「なんで今お姉さんは、幻蝋館の使者の効果を無効になるとわかっていてわざわざ使ったんだい?真魔シエンの攻撃ではダメージを受けなくても、
「……なかなか面白い考察だな、聞いてやるからぜひ続けてくれ」
「聞いてやる?効いてる、の間違いじゃなくってかい?」
ポーカーフェイスも、落ち着き払った態度も崩さない遊ヶ埼。だが怪異はその表情から確かに何かを読み取ったのか、より確信を深めた様子でより一層に笑みを深める。
「そこでアタイは考えた。この状況から逆転できて、しかもお姉さんの【ホーリーナイツ】に入り得るカードとは何か。ましてアタイの場にはまだ、屠龍のエテオのカードまで残っている。このあたりを踏まえて色々考えると……参ったね、確かにあるじゃないか。これを通せば一発逆転、ここからでもアタイが負けちゃうようなカードがね」
「……ほう?生憎と私はこのデッキとの付き合いが浅くてね。後学のためにも、そんな都合のいいカードが一体どこにあるのかぜひとも君の教えを請いたいところだが」
なおも堂々たる態度を崩さない遊ヶ埼の視線がほんの一瞬、コンマ数秒だけ揺らぐ。その向いた先は、彼女の手札。その一瞬の揺らぎを、怪異は決して見逃さなかった。息詰まるような緊張感が高まっていく中で天詩の目がかっと見開かれ、その切り札の名が宣言される。
「オネストぉ!……ヒッヒヒヒ、反応したね?どれだけ上手に隠そうとしたって無駄だよ、ケツの青い女子高生。アタイとは年季が違うのさ」
そのカード名を聞いて初めて、遊ヶ埼の表情が動いた。
……オネスト。あらゆる光属性に対し相手モンスターの攻撃力と同じ数値を一時的に付与することで戦闘における圧勝を果たさせる、光属性においてはかつて代名詞とすら謳われた古強者。聖夜に煌めく竜の戦闘が成立すれば、ほぼ確実にその攻撃力である2500のダメージがもう一度トイレの怪異を襲い、そのライフは尽きる。
「幻蝋館の使者は、最初から撒き餌。本命は真魔シエンを使わせたうえでの、屠龍のエテオすら干渉できないダメージステップ中のオネスト……違うかい?」
「……」
「答えないか。まあいいさ、仮にこれがアタイの考えすぎだとしても、用心するだけの価値はあるってもんよ。このカード、お姉さんも見覚えはあるだろう?」
そう言って手札から表返してみせたのは、1枚の魔法カード。先のターンでシンクロ召喚を行った際、六武衆の破戒僧によって手札に加わった1枚。
「速攻魔法、六武衆の理!コストとしてアタイの真魔シエンを墓地に送り、墓地に存在するこの真魔シエンをそのまま対象に取ることで、そのモンスターを特殊召喚できるのさ!」
一見するとまだ攻撃すら行っていないモンスターを、無意味に墓地へ行かせて特殊召喚し直すだけの行為。しかし怪異の狙いは、このムーブによってシエンの状態をリセットすること。昨今のカードにしては珍しく同名での効果発動にターン1の付いていないシエンは、これで再びモンスター効果を止められる。効果発動直後という唯一の穴を塞ぎ、苦し紛れの防御を乗り越えての確実な勝利。ほぼ確実な勝利を、絶対の勝利に変えるための1枚。
「……フン」
しかしその瞬間を見計らっていたかのように、遊ヶ埼が鼻を鳴らした。
「この期に及んで君がまだ舐めているのは、私の方かい?なら考えが甘いな、私は君と同格の七不思議を、すでにふたつも解決に導いた女だぞ?……それともまさか、【ホーリーナイツ】というデッキタイプそのものを甘く見ている、なんて興醒めなことは言わないだろうね」
そう口にする様子は、いつもとまるで変わりない。必要以上に高揚することもなく、しかし悲観の色もなく。どこまでもふてぶてしく、図々しく、自分を中心に世界が回っていることは全世界に共通する前提条件でありいちいち説明してやる価値すらもない自明の理に他ならないという、いっそ一貫すらした態度。
「確かにこのテーマが、カードパワーでいささか劣ることは否めないが……この私が、君のような油断ならない学校の七不思議を相手に、あえてこのデッキを担いできた。もし次があるならばその意味を、もう少し考えることをお勧めするよ。私のデュエルに付いてこられる、そう判断したからこそ私はこのデッキを選んだのだからね。この瞬間に手札より、
「なっ!?」
怪異がオネストと決め打ちしていた手札を、遊ヶ埼もまた表に向ける。そこに描かれていたのは純白の天使とは似ても似つかぬ、竜が竜を呼び闇を増す、闇に拘束された竜。
「相性が良ければなんだって使う、デュエリストとして当然の姿勢だろう?レベル6かつこのように特殊召喚の容易な闇属性ならば、レベル4の光属性で統一されたホーリーナイツの天使たちと合わせてアンヘルだって呼び出せる。聖夜に煌めく竜をはじめとしたドラゴン族をサーチする固有効果の有用性は、このデッキにとって説明するまでもないだろう。別に、そう驚くようなカードでもないと思うが」
「アタイを騙したってのかい……!」
「騙す?君が勝手にこの手札をオネストだと思ったんだろう、私は何も言っちゃいないさ。なかなか滑稽な独り相撲だったから、笑いを堪えるのは少しばかり苦労したがね」
ようやく衝撃から覚めたトイレの怪異の呪詛を、鼻で笑って退けて。鋭く伸びた闇の鎖が、一直線に天詩の掲げるデュエルディスクへと突き刺さる。
「マグナムートは互いの墓地から光または闇属性モンスターを対象にして、それを除外することで特殊召喚することができる。私が選択するのは……ああ、そうだ。どうやらまだ理解できていないようなので、もう一度きちんと釘を刺しておくが」
ここで一度言葉を切り、鋭い目で天詩の……否、その全身を操る光を睨む。同時にその腕のデュエルディスクを貫いてた鎖が凄まじい勢いで引き戻されると、その先端には1枚のカードが突き刺さっていた。
「マグナムートの効果で『君の』真魔六武衆-シエンではない。彼女の……『飯田天詩の』真魔六武衆-シエンを除外し、このカードを特殊召喚する」
深淵の獣マグナムート ATK2500
真六武衆-カゲキ ATK1700→200
そして登場する鎖の主、マグナムート。それだけではなく彼以外には唯一の六武衆だったシエンの帰還が果たされなかったことで、カゲキもまた副腕の勢いを失い本来記された通りの攻撃力に数値が戻っていく。
かくして蓋を開けてみれば絶対の勝利どころか盤面と手札は無駄に失い、冷酷な宣告を受け。明らかにカードパワーで劣るはずのデッキ相手に軽くあしらわれた屈辱に歯を食い縛り表情を歪めながらも、怪異はなおも吠える。
「……だとしても、まだアタイが負けたと決まったわけじゃないよ!」
「そうかな?私にはもう、いかに持ち主の記憶があるとはいえ借り物のデッキでぶっつけで戦う君に対し、正直な所デュエリストとしての興味はあまり抱けないのだが。二宮金次郎像の彼や、ピアノの幽霊の彼女が疑うべくもない強者だっただけに拍子抜けだが、そういうこともあるのだろうな。では特殊召喚に成功したところで、マグナムートの効果を発動。このターンのエンドフェイズ、私はデッキからドラゴン族1体を手札に加えることができる」
「どこまでも馬鹿にして……!その効果にチェーンしてアタイは、屠龍のエテオの効果を発動!このカードを特殊召喚し、さらにアタイのアドラが除外されていることでカード1枚をバウンスする!アタイが選ぶのは、アタイ自身のカゲキだ!」
「だから君のではないと……まあいい、さすがに私のカードは選ばないか」
ARG☆S-屠龍のエテオ ATK800
遊ヶ埼 LP3400→2900
後ろに下がらされる四刀流の荒武者と入れ替わるように、横に立つテュデルやインヴォーカーと比べても一際小さな体躯の少女が体のバネを活かしてフィールドへと着地する。本来ならば除去にだって使えるはずのバウンス効果も、手札に抱えることに大きな意味を持つ聖夜に煌めく竜や深淵の獣が相手では使えるはずもなく。やむなく次のターンへの展開を見据えてカゲキを戻したものの、その表情に明るさはない。HomeStadiumによるダメージこそ通りはしたものの、いまだ致命傷には程遠く。
「クッソぉ……!それもこれも全部、あの時……!」
「あの時?ああ、あれか。あそこの選択次第では確かに、私も少しは困っていたかもな」
あの時。その言葉の意味は、怪異の墓地にある。後攻1ターン目に紫電のテュデルを特殊召喚するためにはどうしても必要で、かつこのターンに六武衆としての円滑な動きをしつつ保険となる六武衆の理は残しておくために消去法でやむなく捨てられた、1枚の手札コスト。デュエルディスクが示す公開情報を眺めながら、遊ヶ埼が冷笑する。
「マテリアクトル・ゼプトウィング……確かにあのカードが手札に残っていれば、このターン中でもっと展開することも可能だったろう。だがな、私はますます確信したよ。君は少なくとも、デュエリストとしては二流未満だ。ゼプトウィングよりもカゲキや六武衆の理を優先し、裏目を引いたことが、じゃない。感想戦でもないのにその裏目をまだ勝負の最中に、それもこともあろうにこの私を前に認めたこと。そんな態度を表に出すこと自体が、君の未熟さの表れだよ」
追い打ちをかける言葉に、迷いはない。既に精神という土俵で彼女に敗北を喫した怪異だが、しかしなおもそれを認めずに。その取り乱した様子にデュエル開始時の余裕ぶった態度は見る影もないことに、本人だけが気づいていない。
「バトルフェイズを終了し、HomeStadiumの効果!1000ライフを払い、除外された栄冠のアドラを手札に回収!そしてアタイは、紫電のテュデル1体でオーバーレイだよ!天下一着、超常不敗!勝利を刻め、綺羅一番星!ARG☆S-勇駿のアリオン!」
トイレの怪異(天詩) LP2000→1000
ARG☆S-勇駿のアリオン DEF2200
機械仕掛けの馬に跨り、青いポニーテールをなびかせて。スタジアム内を駆け巡る、司令塔ではなく戦士としてのアドラの姿。本来の持ち主である天詩にとっては、二の太刀ともいえるこのデッキの切り札の一角。
「1ターンに1度のみ行える、ARG☆Sの上に重ねるだけで行えるエクシーズ召喚か……それで?」
「勇駿のアリオンがエクシーズ召喚された時、アタシはARG☆Sの魔法を手札に加えることができるっ!そして今加えたHomeStadiumを捨てて、ランク3モンスターのインヴォーカーの上に重ねてエクシーズ召喚!
FA-ホープ・レイ・ランサー ATK2500
聖夜に煌めく竜 ATK2500→2000
深淵の獣マグナムート ATK2500→2000
緩い召喚条件と痛烈な戦闘能力から、以前遊ヶ埼自身も使用しその勝利への道を切り開いたランク4。その永続効果を受け、2頭の竜の攻撃力が500下がる。
しかしそこまで盤面を築かれてなお、遊ヶ埼は慌てはしない。むしろ、ますますその視線の冷たさは増すばかりだった。
「なんだ、やろうと思えばそこまでできるんじゃないか。少なくとも今そこで惰眠を貪っている飯田天詩という女ならば、私がどのようなデッキを使おうともそれを最初からやってきただろうな。あまりに相手を甘く見た、それが君を二流以下だと私が評する最大の理由だよ」
いささかも揺るがずにばっさりと切って捨て、ターンの終わりを見計らい。ここにきてようやく、彼女の伏せカードが表を向く。
「おっと、エンドフェイズかい?ならばメイン終了時に永続トラップ、
手札から出る度に破壊効果を行う聖夜に煌めく竜が、2枚。そのままターンが移りカードを引いた遊ヶ埼に、まず最初に怪異が動く。
「このドローフェイズ!アタイはまず飛燕のカパネを特殊召喚して回復しつつ、屠龍のエテオを自身の効果でトラップに戻す!そしてトラップのエテオがモンスターゾーンで効果を使ったことで、HomeStadiumによって聖夜の降臨の効果はこのターンの間だけ無効になる!」
ARG☆S-飛燕のカパネ DEF1800
トイレの怪異(天詩) LP1000→1500
遊ヶ埼 LP2900→2400
フィールド内を行き来して、自在に入れ替わる少女たち。聖夜の降臨はフリーチェーンではなく互いのメインフェイズにしか効果を使えないため、これでまず1枚はカードを封じた計算になる。
遊ヶ﨑の手札4枚のうち、2枚は聖夜に煌めく竜と割れている。まだ残っている妨害を駆使すれば、未知の2枚を勘定に入れても十分止めきれる算段が怪異にはあった。
ただひとつ、懸念がある。怪異からしたらこの盤面で嫌でも意識せざるを得ないのは、つい先ほど当の遊ヶ﨑自身がその存在を匂わせたモンスター……光と闇属性を素材に持つときに最大限の力を発揮し、さらにその2属性に限りチューナーを必要としない特殊な召喚を行える強大なシンクロモンスター、カオス・アンヘル-混沌の双翼-。【ARG☆S】は比較的あれに強く出られるが、それでもあれの召喚を許せば対処がそれなりに面倒なことは間違いない。そうして時間を稼がれ、流れを引き寄せられでもしたら。
すでにその流れは決まり切ってしまっていることに本人だけが未だ気付かぬまま、残った手持ちをかき集めて先手を打つ。
「アタイはここで、手札から栄冠のアドラの効果を発動!このカードを手札から除外して、相手モンスターの1体の攻撃力はこのターン0になる!」
深淵の獣マグナムート ATK2000→0
「ではホーリーナイツ・レイエルを召喚。このカードが召喚に成功した際、私はホーリーナイツの魔法か罠を1枚手札に加えることができる」
ホーリーナイツ・レイエル ATK1800→1300
力を失ったマグナムートには眉一つ動かさず彼女が召喚したのは、やはりレベル4。先のターンに倒したシエル同様、顔全体を覆う兜で表情の読めない天使がひとり。ただシエルとは違いこちらの天使はその体つきからして兜の下の素顔は女性であり、手にした武器も斧ではなく神聖な光を放つ槍だった。
「その先には行かせないよ!その効果にチェーンして、屠龍のエテオの効果だ!このカードを特殊召喚し、さらに今はアタイの栄冠のアドラが除外されていることでフィールドのカードをバウンスできる!アタイが選ぶのは当然、ホーリーナイツ・レイエル!」
ARG☆S-屠龍のエテオ DEF800
遊ヶ﨑 LP2400→1900
エテオを今呼び出すか、それとも温存するか。エテオでバウンス可能な代わりに場に出るだけで1枚の除去を確実に行われるか、ほぼ完全なモンスター効果耐性と戦闘破壊耐性で居座られるか。どちらも許したくない怪異がアンヘルに対抗するため選んだのは、そもそも出させないという選択。これで残る妨害は2枚……ひとつはバトルフェイズ開始時に発動できる、FA-ホープ・レイ・ランサーの相手モンスター全域に作用する無効効果。そしてもうひとつは飛燕のカパネをトラップに戻した際に発動できる、HomeStadiumの持つフィールドのカード1枚に対する無効。どちらも癖は強い。だが、既に召喚権を消費し割れていない手札も1枚きりの【ホーリーナイツ】に、一体何ができようか。
唯一遊ヶ﨑に取ることのできる手があるとしたら、レイエルの効果。専用フィールド魔法である
「……ハァ」
大方そんなことでも考えているのだろうと、もはや冷笑する気すらも失った遊ヶ﨑がため息をつく。結局のところこの怪異は、この期に及んでなおも彼女自身か、そのデッキか、はたまたその両方かを侮っていたのだろう。自分の中の胸算用が全て世界に通用するという、あまりにも浅慮で無邪気な幼稚さ。傍から見ればそれは彼女自身の世の中へのスタンスに対してもブーメランとなりかねないが、彼女は断じてそれは違うと言う。
だからそれを証明するために、彼女は次のカードを手に取った。
「では、聖なる篝火の2枚目を手札に。そして魔法カード、スペシャルハリケーンを発動しよう」
スタジアムに、風が吹く。最初はつむじ風程度だったはずのそれは加速度的に速度と勢いを増し、無差別な破壊の嵐となってフィールドを蹂躙した。
「な、何よコレ!?」
「何と言われても、スペシャルハリケーンだ。私の手札1枚をコストとして発動する、通常魔法。効果は単純明快、フィールド上の特殊召喚されたモンスター全てを破壊する」
「そんな、アタイの、アタイの……」
勇駿のアリオンが。飛燕のカパネが。屠龍のエテオが。ホープ・レイ・ランサーが。遊ヶ﨑のマグナムートも含めた全てが風に吹き飛ばされて、スタジアムから退場していく。
「もし君が、屠龍のエテオをあのままトラップとして維持していたら。エテオはトラップとしての効果で、戦士族全体に対し効果破壊耐性を付与する。私も、スペシャルハリケーンは使えなかったよ」
「で、でも……そうしたら、お姉さんはカオス・アンヘルをシンクロ召喚するだろう?結局、意味がない仮定じゃないか!」
「アンヘル?ああ、アンヘルか。確かに悪くはないな、悪くはな」
そこで初めて聞いたように、その名を反芻する遊ヶ﨑。その態度を見て、怪異がはっと息を呑む。
「まさか……お姉さん、アンタ……」
「いい機会だから、ひとつ最後にレクチャーしてやろう。私のデッキのエクストラに、アンヘルは
存在すらしない仮想敵に対して空回りし続けていた。そんな現実を突きつけられ、今度こそ怪異の口から言葉が無くなった。
「同じく特殊召喚の容易なドルイドヴルムを入れるスペースもなかったから、捻出できたレベル6の闇属性の枠はマグナムート1枚分のみでね。いかにこのテーマがエクストラに頼らないデッキタイプとはいえ、まさかデッキに1枚きりでサーチできるわけでもないマグナムートのために専用のスペースを作るだけの余裕はなかったわけだ」
頼まれてもいない詳細な解説を終え、一呼吸おいて天詩の、その奥にいる怪異に対しはっきりと目を合わせる。
「そして、こうして私の場が空になったことでこの効果を発動できる。墓地のホーリーナイツ・シエルは私がモンスターをコントロールしていない自分のメインフェイズのみ自身を除外する事で、手札からドラゴン族光属性レベル7を特殊召喚できる」
荒廃したスタジアムに、神聖な光が再び降り注ぐ。フィールド魔法が破壊されたことで周囲の光景が元に戻りゆく中で、朗々とした遊ヶ﨑の言葉と共にその中央へと舞い降りたのは、当然にこのカード。
「特別な夜、
聖夜に煌めく竜 ATK2500→トイレの怪異(天詩)
トイレの怪異(天詩) LP1500→0
言葉も、音も、何もなかった。ただ静かに、夜の帳は降ろされた。
「まあ、こんなところか。さて、約束通りその女性の身体は返してもらうぞ」
「うう……どうせアタイもこれまでなんだ、わかってるよ」
拗ねたような言葉と共に座り込んだ天詩の全身から発光するオーラが抜け、その体が力なく壁にもたれるような形に崩れ落ちる。わずかにその胸元が上下し、つまり彼女が規則正しく呼吸していることを軽く一目見て確認し、改めて光の靄へと向き直る。体を失ったそれは寄せ集まり、ある程度人型を取った。おかっぱ頭の女の子という事だけは辛うじてわかる、天詩に輪をかけて小さな少女の姿。
「やはりな。自分のデッキも持っていないあたり、途中から薄々そんな気はしていたが……それが君なら、まだほんの子供だったわけだ」
「わかっててあんなボロクソ言いたい放題だったのかい?鬼畜だねえ、お姉さん」
「手を抜く方が失礼だし、そもそも先に一線越えてきたのは君の方だからな。しかしそれくらいの背丈となるとおおかた二宮金次郎像の彼と同じ、この高校が建つ前の小学校から幽霊だったタイプか」
「あの子の方がまだ長生きだったけどね。自慢じゃないけど七不思議の中じゃ、アタイが一番人間だったときは短かったのさ……そんなことより、お姉さん」
「……ああ」
その体を構成する靄から過去にも見てきたのと同じ光の粒子がふわふわと湧きあがり始め、この怪異にも遺された時間は少ないのだと察した遊ヶ﨑が相槌を打つ。
「アタイが負けたのは、アタイがまだデッキも持ってないうちに死んじゃったからだ。この姿になってからいろんな生きてる奴らの試合を見てルールは覚えたけど、結局アタイは自分のカード1枚も持ってない。だからアタイは、まだデュエリストとしてお姉さんに負けたわけじゃない!」
「それはまた、なかなかの暴論だな」
苦笑しながらも、そう返す言葉に棘はない。不屈の精神は彼女は決して嫌いではなく、どうしても見かけると態度が多少は甘くなる。たとえその矛先が、自分であったとしても。
「だからさ、お姉さん。いつかアタイが生まれ変わったら、必ずまたデュエルしておくれよ。約束だよ、絶対約束だからね!」
「いいとも。百回でも百万回でも、気が済むまで付き合うとも。その全てでことごとく返り討ちにされ終わるまで、君の根性が持てばの話だが」
「今のうちに言ってな!絶対約束だからね!」
その叫びをその場に残し、最後の光が消えていく。この日を最後に、『誰もいない施錠された女子トイレの個室』の話は、嘘のように見つかることがなくなった。
「……想定外の事態は多かったが。ほら、終わったからさっさと起きてくれ」
怪異のいた余韻も全てが消え去って深夜らしい静寂が戻った女子トイレで、いまだ気絶したままの天詩の身体を揺さぶる。まるで起き上がる気配もない友人を、仕方がないと担ぎ上げようとした遊ヶ﨑だったが、その時ふとその背後……入口側で、何かが動く物音がした。
「む……?」
反射的に身構えながら振り返った彼女だったが、すぐにその警戒は解けて力を抜く。そこにいたのは、入口で待っていたはずの後輩。そういえばまだ終わったことを伝えていなかったと、柔らかな声色で話しかける。
「ああ、なんだ君か。心配ないよ、3つ目の七不思議も解決した……おや」
言いかけたところでその手に開いたままのノートが握られているのを見て、軽く目を見開く。いつの間にか、このデュエルは見られていたらしい。
しかしどうして状況が、とも思ったが、考えてみれば彼と自分たちを隔てていたのは最初から入口のさして分厚いわけでもないドア1枚だけだったと思い返す。これだけ騒がしくしていれば、何が起きていたかは外からでも十分理解できるだろう。何かが起きていると覗き込んだ近くに偶々ノートが滑っていったとすれば、それを拾って棋譜を取っていたとしてもおかしな話ではない……そう結論付け、労いの言葉に切り替えた。
「今回も済まないね、結局棋譜は当初の予定通り君に頼ってしまったようだ。まったく、それに比べてわが友ときたら足ばかり引っ張って」
背中の友人に手を伸ばし、すやすやと規則正しく呼吸する寝顔の頬をむにりと摘まんで引っ張ってみせる。本人に聞こえないのをいいことにもう少し愚痴でも言ってやろうかと思ってのことだったが、その片頬を無造作に引っ張られたおかしな顔を見ているとそんな気も失せてきたのが自分でもわかった。
「……まあ、いいさ。さあ、そろそろ帰ろうか」
結局指は離してやって背負う位置を改めて調整し、そのまま女子トイレを後にすると後輩も慌ててその後ろを付いてくる。誰もいない教室を横目に、人気のない廊下を渡りながら、しかし彼女はまたひとつ事が終わったという充足感にどうもうまく浸れないでいた。
それはあの怪異との最後に交わした約束によるものなのか、最終的にはどうにかなったとはいえ背中の友人を危険に晒してしまったことへの負い目か。色々と考えてみるもどうもしっくり来るものがなく、最終的にはきっと気のせいだろうと結論付ける。
彼女は、気が付いていない。そのまま途中で目を覚ました天詩を送り届け、自身も帰宅してひと眠りすると次の日にはもう忘れてしまっていた……しかしその時だけは確かに感じていた、小さな違和感の正体に。
あの時に後輩が手にしていた棋譜用ノートは、紛れもなく彼女が最初に用意してこれまでずっと使ってきたもの。しかしデュエルが開始して最初の先攻1ターン目が終わった直後、自分の前に吹き飛んできたそれと同じものを彼女は確かに拾い上げていた、ということを。
Q:なんで【ホーリーナイツ】?
A:11月の回(作中設定)でこのテーマだけは、いくら私が毎回デッキを変えることを公言していても絶対読めないと思ったからだが?
あと私(作者)の趣味
テーマ内外含む全カードのテキストに全部大なり小なりの弱い所があるだけでいいテーマなんですよ…
でもそれはそれとして明らかにテーマ内のカードパワーがなんかおかしいとは思ってるぞ
五角形グラフとかで表すと突出して凹んでる部分があるんじゃなくて、純粋にバランスよく面積そのものがちっちゃいタイプ
追記:少女の死因について言及がないのは、そもそもこの「小学校が建っていた時期」というのがまだ体の弱い子供が死ぬのは日常茶飯事な時代だったくらい昔のイメージで書いているからです。まあなんでそういうこともあるよね、と。そんな名もない少女。