私の野望はただひとつ、怪異(ヤツ)らをデュエルで調伏せよ! 作:久本誠一
12月も中旬。寒風吹きすさぶ師走の時期であっても、この女の言動には些かの変化もない。
「いやあ今年も年末、我々学生の身からしてみれば冬休みも近いねえ。そんなわけでそろそろ、次の七不思議について計画を立て始めようじゃないか」
セリフの前半と後半に何の因果関係があり、何がどうそんなわけなのか。彼女以外には誰も理解できないであろう理屈と共にそんなことを言い出したのは、いつもの通り遊ヶ﨑舞。相も変わらずこの部屋唯一の聞き手……後輩の男子高校生からの返事も待たずにいつものジオラマを引っ張り出してきた彼女だったが、いざ解説を始めようとしたところで普段彼女たち以外は動かすこともなくもはや教師すら寄り付かない「城」、大空想決闘精神研磨追及部の扉が、おもむろに外から開かれた。
「舞ー、遊ヶ﨑舞ー、いるー?」
本人が返事する前に目当ての人物を見つけると、当然のような顔つきで遠慮なく入り込んできたのは飯田天詩。出鼻をくじかれた形となる遊ヶ﨑が、そんな顔をされることの方が圧倒的に多い彼女にしては珍しく迷惑そうに顔をしかめる。
「……君ねえ。人には散々ノックをしろだの非常識だの言っておいて、自分が実践しないのはいかがなものかと私は思うのだが」
「何言ってんのよ不法占拠の分際で。にしても、相変わらず豪華なものねえこの部屋は」
きょろきょろと興味深そうに見回しながら、ソファーの端にすとんと腰を下ろす。用が済むまで出ていく気はないとの無言の意思表示に、これは時間がかかりそうだとため息をひとつ。
それに「城」の調度品が他の正式な部室に比べて豪華であるというのは事実でもあり、それは彼女の悪名を入学早々広め渡らせたある事件にも関係する。前提として日置高校はかれこれ十年以上前に校舎の大改築をしており、図書室等の特殊な部屋こそ移転したものの教室に関しては旧校舎のものもいまだに現役であるため旧保健室、旧音楽室など現在では半ば物置となっている物理的な空き部屋自体はそれなりに存在する。
そしてそれに目を付けたのが、入学早々のまだ新入生だったころの遊ヶ﨑だ。彼女は一体何をどうやったのか、新入生の身でありながら新規部活動の立上げ届と部室の使用願を顧問となる教師のサインと判子付きで(後になってそれらは確かに正式なものではあるが、ちょうどその年の3月いっぱいで彼女の入学と入れ替わりに退任した教師のものであり効力はないことが判明した)用意し、新学期始まりで仕事が多くチェックが甘くなっていたのをいいことに認可直前まで持って行ったのだ。
それ自体は結局最終認可寸前のところで上記の書類不備が発覚し取り消されたものの、そこまでの空白期間で「認可待ち」の立場をフル活用した彼女はたったひとりで旧校舎の目立たない一角、つまり今の「城」を占拠して例の看板を掲げ、旧校舎中からかき集めた面白そうなもの、使えそうなものをその内側に溜めこんでいた。つまりそれがすっかりお馴染みとなった校舎のジオラマであり、教鞭であり、過去に作られた機関誌や生徒会報等の大量のバックナンバーであり、そして新校舎建築による校長室移転の際に買い替えられたため旧校舎側の校長室に放置されていたソファーや机の類である。
どこの部活も存在は認識していたが手を出すまではいかなかったところを単身堂々とかっさらい、先輩どころか教師連中に何をどれだけ言われようとも涼しい顔で聞き流し、時に詭弁と屁理屈の畳みかけで論破し、時に
当然そういった過去は天詩もよく承知しており、それどころか当時それを馬術決闘部の新入部員として真横から今年の同期に頭のおかしい女がいると呆れ顔で見ていた側である。もっとも当時は彼女もまさか、その頭のおかしい女が最終的に自分の友人になるなどとは思いもしなかったのだが。
「それで?用件があるなら早くしてくれたまえ、私も暇ではないのだから」
「学校の七不思議をまーだ追っかける余裕はあるのに?アンタねえ、遊ぶのに忙しいから暇じゃないなんて小学生みたいな屁理屈ぶっこいてんじゃないわよ」
飛んできたもっともらしい苦言にも後輩の表情、学校のジオラマ、開かれた棋譜ノートといった状況証拠に素早く目を通し、大体の状況を把握してすぐさま叩き返す。とはいえ、それ以上は追及しない。どうせ何も問題とは思ってもいない頭には何を言っても無駄であるし、前回はその七不思議から助けてもらったのは癪ではあるが事実だからだ。
「それで、アタシの用件だったわね。不本意だけどアンタ好みの話よ、お化けが出たんだって。おかげで
「お化け?ふむ、聞こうじゃないか」
その単語を聞いた瞬間、遊ヶ﨑の目の色が変わる。差し出された教鞭を受け取った天詩が、すぐにその意味するところを察してジオラマの一画を先端で指し示した。
「見たのはこの辺、体育倉庫の辺りね。日付は一週間前の月曜、時間は放課後メニューの基礎体力作りの最中だから、大体4時半くらい。それで……」
「体育倉庫、放課後、そしてその日付。ふむ、もしかしてそのお化けというのはもしや2人組の制服姿の男で、片方がもう片方を肩車しだしたとか言い出すんじゃあるまいね」
「うわ、ホントにアンタの案件だったのねこれ。認めたくないけど、その通りよ」
簡潔にまとめられた特徴からピンときた遊ヶ﨑の問いに、露骨に嫌な顔をしつつも首肯する天詩。一方で先ほどまでの迷惑顔から一転、笑顔を浮かべ我が意を得たりとばかりに大きく頷いたのが遊ヶ﨑である。教鞭を取り返して手の中で弄びながら、校庭の端で体育館とはちょうど中間の位置にある体育倉庫を改めて指す。
「ちょうどよかった、なら私の話を戻ると同時に、せっかくだから君も聞いていきたまえ。かわいい後輩のためなんだろう、うん?さて、では同意も取れたところで改めて解説させてもらうが、今回我々が狙うつもりだった七不思議も前回に引き続き少しばかり特殊でね。まず最初は、必ず瓜二つな2人組の男子生徒の姿でこの付近に現れるんだ。だから彼らは4番目の七不思議であると同時に、5番目の七不思議としても数えられる。
そこまで言って教鞭を置き、シャープペンに持ち替えると棋譜用ノートの次のページに棒人間をささっとふたつ縦に並べて書いてみせた。聞き手のふたりがそれを覗き込んだのを確認すると、下側の棒人間にシャープペンの先を当て……おもむろに手に力を入れ、その両足をグンと下側に伸ばす。
「まず、肩車した側の足が伸びる。ズボンごと両足全体が太く、大きく、長くなる……違うかい?」
怖がる後輩からどうにか聞き出した話と目の前で自信満々に遊ヶ﨑がくっちゃべる七不思議との一致に、かすかに顔面を蒼白にして小さく頷く天詩。実際この話があったからこそ、当初彼女が最初に考えていた変質者、あるいは決闘雑技団育成部の練習であるという可能性が消えたのだ。だが、それだけではない。まだ、続きがある。そんな心の内を読み取ったかのように、次いで遊ヶ﨑が上の方の棒人間へとペン先を合わせる。再び勢いよく伸ばされたのは、今度はその両手。
「そして、上側の両腕が伸びる。上半身全体が大きくなるんじゃなく、肩から先の腕だけがその身長よりも長くなるほどに……これも違わないだろう?そしてそこまで見たところで気を失ってしまい、目が覚めた時には誰もいなかった、と」
返事はなかったが、彼女の表情は言葉の代わりに答えを雄弁に物語っていた。事実これもまた、後輩の見たという話そのまま。彼女としては前回も同じ七不思議であるトイレの怪異を目の当たりにしておいて今更オカルトにどうこう言うつもりはないが、それでもここまで言い当てられるとやはり自分は学校の七不思議に首を突っ込んでしまっているのだという不気味さが勝る。
だが、この女の感想はそうではないらしい。俄然表情を明るくし、ペンを放り出して握った拳を突き上げる。
「よし、こんな直近で目撃者が出るとは思わなかった!これは嬉しい誤算だ、なにせこの怪異には色々と謎が多かったからな!」
弾んだ声色で同意を求めるように眺め回し、そこでようやく聞き手ふたりが話についていけていない事に気が付いた遊ヶ﨑。咳払いして少しクールダウンしつつ、杞憂に終わった懸念を語る。
「私は実を言うと今日まで、この怪異に関しては少しばかり眉唾物、とまでは言わないまでも、どうにも怪しいところがあると内心思っていたんだ。だってそうだろう、これまでが走る二宮金次郎像、音楽室のピアノの幽霊、施錠された女子トイレとそれなりに学校に根付いたものばかりがあって、急に手長足長だぞ?怪異というか妖怪じゃないか、それは」
どっちでも似たようなものでは?という喉まで出かかった言葉は寸前で呑み込んで、曖昧に頷く天詩。理由がどうであれこの面倒臭い女がせっかくやる気を出しているのに、ここで変に水を差すのは馬術決闘部の今後のためにもならないと踏んだからだ。
「手長足長、まあ比較的メジャーな方だから名前くらいは聞いたことがあるだろう?海沿いに住む男兄弟で、手長の兄を足長の弟が肩車することで互いの強みを活かし短所を補いつつ暮らす妖怪だという。なんでそんなものがうちの学校に居ついて、しかも何回も目撃されているのかは正直見当もつかないが……いずれにせよ、対峙してみればいいだけのことだ」
「よくわかんないけど……じゃあ、さっさと解決できそうなの?」
その感性は理解できずとも、相手の即断即決な普段の言動からどうやら思いのほか早くに後輩たちにいい報告ができそうな気配を察知して尋ねる天詩。だが意外にも、彼女は首を横に振った。
「いや、今は少しばかり時期が悪いな」
「時期ぃ?」
彼女らしからぬ返答に思わずオウム返しに繰り返す天詩と、目を丸くして見つめる後輩。しかし渦中の張本人は至って真面目そのもので、さも当然のように口を開く。
「ああ。というのもこの怪異、目撃されるタイミングがかなり独特でな。情報の積み重ねを元に私も色々と考えてみた結果、どうも月齢が関係しているらしい。そして先週の月曜という最新の目撃情報も、ありがたいことにこの仮説を補強している。だとすると次に彼らに会えるのは、最短でも今月末……なあ君たち、どうやら今年の年越しは、麗しの我らが母校で迎えることになりそうだぞ」
ニヤリと笑って遊ヶ﨑がそんなことを言い放ったあの日から時間は流れ、年末31日、夜。もうすぐ年が明けようかというタイミングで、校門前に3人の男女が集まった。
「よし君たち、ちゃんと集まってくれたようだな」
「ま、一応アタシが頼んだ話でもあるし監督責任ってやつよ。アンタ働かせるのは正直どうでもいいけど、それでアタシひとりが家でぬくぬくしてたらあの子に蹴り飛ばされちゃうわ」
「ハナコストライプ君か。彼女は元気かい?」
「アンタはアンタで、その変な名前止めなさいよねほんと。アンタが毎回馬鹿みたいに連呼するもんだから、アタシもちょっと慣れてきちゃったのが嫌なのよ」
和やかに会話する女子ふたりを先頭に、もはや慣れたものである校内への侵入。そして体育倉庫の前まで辿り着いた瞬間、彼女たちはほぼ同時にデュエルディスクを起動していた。同時に後輩はノート片手に距離を取り、手近な木の陰に身を隠す。先ほどまで誰もいなかった倉庫裏の陰から、一定のペースの足音ふたり分が聞こえてきたのだ。そして姿を見せたのはやはり事前の情報通り、特にこれといって特徴のない顔つきの、しかし瓜二つの男子高校生。
男子生徒と女子生徒が、体育倉庫で鉢合わせる。その要素だけならばなんということのない光景も、今が冬休みど真ん中の年末ギリギリ、日付も年もあと少しで変わるこのタイミングというだけで異様なシチュエーションに早変わりする。彼女たちも傍から見れば人のことを言えた集団ではないが、この時期にこんな所を制服姿で歩いているというのはやはりあまりにも常軌を逸した光景だった。
互いに足を止め、一定の距離を保って目を逸らさない4つの人影。最初に口を開いたのは、ひときわ小さな影の飯田天詩だった。
「……それで?アンタ今日は一体、どんな仕込みをしてきたの?」
横の遊ヶ﨑に問いかける、その声は固い。前回はほぼまともに対峙することなく気を失ったまま体を操られていたため、彼女が怪異と直接対峙するのはこれが実質初。初めて本格的に未知の存在を前にした、恐怖交じりの緊張。しかし、それを責めるのはあまりにも酷だろう。走る二宮金次郎像を目の当たりにした最初の反応として呵々大笑した遊ヶ﨑のそれはあちらの方が単なる外れ値、紛れもない狂人の所業である。
そしてその遊ヶ﨑は、今回の怪異を見てもやはりプレッシャーを検知した様子もない。ただ目の前の相手との勝負をカードに持ち込むために、用意してきた道具を取り出す……わけでもなく、あっさりと肩をすくめた。
「いや、今日はないよ」
「は?……はああぁぁ!?」
返事は早かった。この学校で最初に出会ってからしょっちゅう彼女を呆れさせてきた遊ヶ﨑ですら過去聞いたことのないような、怒り交じりの特大の困惑。あまりに予想外の返答に恐怖も緊張もすっかり脇に退いたのか、目の前の怪異すらそっちのけで真横の馬鹿に食って掛かる。
「ア、アンタねえ、ないってどういうことよないって!自分で言ったんでしょ、まずデュエルに持ち込むために準備がいるんだって!じゃあどうすんのよこれ!」
「わかった、わかったから少し落ち着いてくれ、君の声はよく通るんだから近所迷惑になる」
「今迷惑してるのは近所じゃなくてアタシの方でしょうが!」
「だから落ち着いてくれ。私はね、仕込みがないと言ったんだ。考えがないわけじゃない」
「え……?」
全力で怒鳴ったことで肩で息をしながらも、どうにか冷静さを取り戻す天詩。その隙にこの間まるで微動だにせずこちらを見つめ続けていた兄弟へと改めて向き直り、ぺこり小さく頭を下げる。
「やあどうも、待たせてしまって済まなかったね。お見苦しいところを見せた、手長君に足長君……で、よかったかな?よし、無言は肯定と捉えるよ。さて、今夜我々がここに来たのは他でもない。君たちはもう知っているだろうが、私は今君たち学校の七不思議に対し順番にデュエルを挑んでいてね。正々堂々ひと勝負申し込みたいと、まあつまりそういうわけなんだ」
あまりにもストレートな、何の裏もない勝負への勧誘。直球な物言いに唖然とする天詩の視線を感じながら、遊ヶ﨑自身は決して怪異から目を離さない。
……実際、彼女には勝算があった。彼女は時に無謀になれど、決して単なる馬鹿ではない。そんな彼女の持つ勝算とは、すなわちこの怪異の目撃情報に関する特異性。これまで彼女が相手してきた七不思議の怪異とは違い、この手長足長はどの目撃情報でもいま彼女たちの目の前にいるのと同じ格好、後ろに控えている後輩と同じ男子用の学生服を着込んでいる。
それは、つまり言い換えれば。この怪異には学校という場のルール、人間の定めた規則に合わせる意思があるということではないか?彼女はそう推測する。あるいは、何があって手足が伸びる姿を得たのかは知らないが生前にはここの生徒であったのか。どちらにしても構わない。前者であればつまり相手には話す余地があり、ならば正面から誘えばいいだけの話であり、後者ならばこの学校に通う時点でデュエルモンスターズを嫌いとは口が裂けても言えるはずがない。これらの可能性を考えた結果、彼女は最終的に結論付けたのだ。この怪異に対しては下手な小細工を弄するよりも、正面から乗り込んで素直に挑戦する方が勝率は高そうだ、と。
沈黙の一瞬。ややあって、瓜二つのうち片方が口を開く。
「如何する、兄者よ。この女、実績があるが」
「よいではないか、弟よ。我らが勝てばそれでよし、負けるとあらばその時はその時だ」
「それもそうだ」
感情の起伏が感じられない平坦な声は、やはりそのどちらも瓜二つ。しかし納得したらしい最初に口を開いた方がその場に屈みこむと、もう片方がその首元に腰を下ろす。ゆっくりと立ち上がったその足が、ぐんぐんと明らかにおかしな長さに伸びていく。それと同時に上に乗った方も、その両腕が負けず劣らず異様な太さと長さに伸びていく。見上げるほどの高さになった手長と足長それぞれの腕には、いつの間にかそれぞれの腕のサイズにあったデュエルディスクが装着されていた。
「「では、参ろうか」」
「話が早くて私としては大変助かるよ。ルールは2対2のタッグデュエルでフィールド、墓地、ライフは味方ごとに共有だ。異論はないね?ほら、君もいつまで呆けているんだい。話はついたんだ、遅れないように構えてくれ」
「え、ええ……わかってるわよ」
目の前の異形に呆然としながらも、全く動じた様子もない遊ヶ﨑の声に我を取り戻してデュエルディスクを構える天詩。4人のプレイヤーが同時に口を開いたちょうどその時、夜の闇に乗ってどこからかかすかに除夜の鐘の音が鳴り響いた。
「「「「デュエル!」」」」
デュエルディスクのランダム機能により割り振られたターンの順は、手長、遊ヶ﨑、足長、天詩。この場合最初のふたりがそれぞれターンを終えるまで後のふたりは例えタイミングを選ばない手札誘発であっても使用できない反面相手プレイヤーひとりに対し影響を及ぼすハンデス等にも選ばれることはなく、ほぼ完全にデュエルに干渉できない。
「私から行くぞ、弟よ。ダイナミスト・プテランを通常召喚。そして私の場にダイナミストしか存在しない時、ダイナミスト・ケラトプスは特殊召喚できる」
「手長君は【ダイナミスト】か。私も少し候補にしていたんだがね、被りが出るのであれば結果的に組まなくてよかったと考えるべきか」
ダイナミスト・プテラン ATK1800
ダイナミスト・ケラトプス ATK2300
蒸気を噴出しながら動く、機械仕掛けのプテラノドンにトリケラトプス。色鮮やかな恐竜たちが、そのまま次に繋がる動力を生み出していく。
「ペンデュラムモンスター2体をリンクマーカーにセット。リンク召喚、ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム。そしてエレクトラムは召喚成功時、エクストラデッキにペンデュラムモンスター1体を送ることができる」
「そしてアストログラフ・マジシャンか。やれやれ、うんざりするほど見てきたお手本のような動きだね」
ヘビーメタルフォーゼ・エレクトラム ATK1800
「基礎を確実に繰り返せる、その強さを知るがいい。ライト
アストログラフ・マジシャン ATK2500
エレクトラム、そしてアストログラフによるエクストラデッキにカードを送りつつの手札増強。ペンデュラム使いにとっては基礎ともいえる、今なお脈々と受け継がれる愚直にして愚直ゆえに強力なコンボ。
「スケール3のダイナミスト・スピノスと、スケール6の竜剣士ダイナマイトPをそれぞれレフト、ライトPゾーンにセッティング」
「レベル4から5……プテランとダイナマイトPはレベル4、ケラトプスはレベル5だっけか。なるほど、全て出て来られるわけだ」
「止まらず振れろ、鋼の振り子。鉄の身体に命を乗せて。ペンデュラム召喚、エクストラデッキから2体を呼び出す」
竜剣士ダイナマイトP DEF1800
ダイナミスト・ケラトプス ATK2300
エクストラデッキに送られていたうち2体が同時に盤面へと帰ってきたことであれよあれよと場が埋まる、ペンデュラムの真骨頂。だが、これだけではまだ止まらない。
「竜剣士ダイナマイトPのペンデュラム効果により、反対側のPゾーンに存在するダイナミストを特殊召喚できる。そしてリンク2のエレクトラムとアストログラフの2体をリンクマーカーにセット。リンク召喚、デコード・トーカー」
ダイナミスト・スピノス ATK2500
デコード・トーカー ATK2300→3300
蒸気と鋼のスピノサウルスと、0と1から成る電脳の剣士。徐々に高まる盤面の圧に、まずそれを相手する事になる遊ヶ﨑が唇を舐めて好戦的な笑みを浮かべる。
「……そしてデコード・トーカーの攻撃力は、リンク先のモンスター1体ごとに500アップするか。いいぞ、なかなか面白くなってきたじゃないか」
「まだ終わりではない。レベル5の機械族、ダイナミスト・ケラトプスとスピノスでオーバーレイ。エクシーズ召喚、サイバー・ドラゴン・ノヴァ……そしてノヴァ1体を素材とし、サイバー・ドラゴン・インフィニティ。インフィニティの攻撃力は、素材1つにつき200アップする。カードを伏せ、ターン終了だ」
サイバー・ドラゴン・インフィニティ ATK2100→2700
「なるほどね。最初あのリンク3、
パチパチパチ、と力の入っていない拍手を数回して、改めて盤面を眺め見る。デコード・トーカーにインフィニティ、そして伏せカードと手札がそれぞれ1枚。大量にモンスターを必要とするペンデュラム系デッキがあまり誘発を積むとも考えにくいが、決してありえないと言い切れる話でもない。
「完全に指咥えて見てただけの割に、アンタ随分余裕そうね」
「相手を止めるカードが引けなかったということは、それだけ前のめりになれる手札という事さ。それに、安心してくれ。少なくとも今ここにいるあの連中は、君のターンが来る前に私がどうにかする。私のターン、ドロー……では、まずはこのカードから入るべきかな。手札のドラゴンメイド・ルフトの効果を発動。このカードを捨てて君のサイバー・ドラゴン・インフィニティを対象にし、このターンの間そのモンスターは効果を発動できない状態になる」
初手に墓地へと送り込んだのは、緑の竜の姿をした最上級モンスター。しかしそれを見て、敵ではなく横の天詩が目を丸くする。
「え、【ドラゴンメイド】?アンタの得意はあの変なカードばっか詰めた【P.U.N.K.】でしょうが、アレどうしちゃったのよ。天馬杯の時はちゃんと持ってたじゃない」
「変なカードとは心外だな。そういえば君には説明していなかったが、彼らは私のデッキを既に把握しているようでね。だからこちらもメタを張られないように、いろいろ工夫しているのさ。君のデッキも前回のあれこれで彼らには割れている可能性が高いから、そのつもりで動くといい」
「げ、マジで?」
「マジだ。さあ、デュエルを続けようか。私は見ての通りルフトの効果を発動したが、手長君。君はどうするんだい?」
「デコード・トーカーの効果を発動。私の場のカードがカード効果の対象となった時、リンク先の竜剣士ダイナマイトPをリリースする事でその発動を無効として破壊する」
インフィニティの効果をこの先温存するための、耐性の有効活用。しかしこの初手を凌がれてなお、涼しい顔は崩さない。
デコード・トーカー ATK3300→2800
「当然そうするか。だがこれで、リンク先のモンスターが減ったデコード・トーカーの攻撃力は下がる」
「竜剣士ダイナマイトPのモンスター効果。このカードがリリースされたことで、エクストラデッキからダイナミスト・プテランを手札に回収する」
「無駄がない挙動は美しいが、そのプテランを次に使えるのは3ターン後か。このデュエル、果たしてそこまで続くかな?永続魔法、オノマト
黒魔女ディアベルスター ATK2500
ドラゴンメイド、かと思えばオノマトの初動、そして唐突な黒魔女ディアベルスター。矢継ぎ早に繰り出されるまるで統一感のないカードは、横で見ている天詩にとってもどこがマストカウンターなのか皆目見当がつかない。そうしたデッキは得てしてデザイナーズよりもパワーで劣るはずなのだが、例えあれがハッタリだとしてもそれをそうと気取らせない、遊ヶ﨑舞という女の持つ天賦の才ともいえる根拠のない自信と生来の堂々たる無駄に大きな態度がそうと思わせない。
あれはやりづらいだろう、そう心から思う。同時にあの腹芸を極めて得意とする女の使う、テーマ内に1枚初動だらけのテーマが大量に見え隠れしているあんな止めるのが面倒そうなデッキを相手するのが自分でなくてよかった、とも。
「黒魔女ディアベルスターが場に出た際、私はデッキから罪宝をセットする事ができる。私はこの効果を発動するが、どうするかい?」
あからさまな誘導。しかし罪宝の中には万能無効を持つインフィニティを、通れば1枚で除去できるカードも存在する。そこに効果を吐くくらいならば、今止めた方が被害は少ないのも事実。
「……通そう」
これはブラフである、その可能性に賭けた選択。かなりのカードを混ぜ込んだ彼女のデッキには、そもそも入れられる罪宝自体の数が少ないはずだとの読み。その返事を聞いた彼女は一瞬、動きを止め。
「……そうかい?なら、反逆の罪宝-スネークアイをセット。そしてセットしたこの通常魔法を、サイバー・ドラゴン・インフィニティに発動する」
「おのれ……サイバー・ドラゴン・インフィニティの効果を発動。エクシーズ素材ひとつをコストに、相手の発動したカードを無効として破壊する」
サイバー・ドラゴン・インフィニティ ATK2700→2500 ORU3→2
もはやどちらの味方なのか、深読みが裏目に出た光景にあちゃーという表情を隠そうとしない天詩が見ている前で盤面が動く。スネークアイの効果は、モンスター1体を石化させ永続魔法として貼り付ける力。デコード・トーカーの効果に回数制限はないが、肝心のリンク先にいるのがインフィニティ自身では意味がない。やむなく機械竜が吠え、文字通り蛇の眼球のような形をした魔石は粉々に砕け散った。
「フフフ、例え怪異が相手だろうと、そうそう腹芸で後れを取るわけにはいかないからね。続いて、ガガガシスターを通常召喚。このカードの召喚時、私はガガガの魔法か罠を1枚サーチできる。装備魔法、ガガガリベンジを手札に加えよう」
ガガガシスター ATK200
もはや見えている範囲に妨害の札はなく、軽やかに次のカードを手にする遊ヶ﨑。とんがり帽子の小さな魔法使いが、黒魔女の隣に並ぶ。するとその影がひとりでに形を変え、ぱちくりと目を瞬かせて起き上がった。
オノマトカゲ DEF1500
「墓地からオノマトカゲの効果を使わせてもらったよ。このカードはガガガ、ズババ、ゴゴゴ、ドドドとしても扱われ、さらに私の場にそのいずれかが存在するならば、手札か墓地から特殊召喚できる。そしてガガガシスターの起動効果を使い、自身と他のガガガ1体のレベルをその合計した数値にしよう」
ガガガシスター LV2→6
オノマトカゲ LV4→6
「これでランク6……ってわけね。確かにこれなら、攻撃さえ通れば場を一掃できる」
瞬く間に並んだモンスターに、彼女が【P.U.N.K.】以外を使うところは見た事のなかった天詩が感心したように呟く。だが当の本人は首を横に振り、呆れたように肩をすくめた。
「おいおい、そんなにもったいない事を、この私がすると思ったか?せっかく揃ったものは、もっと有効に使わせてもらうさ。私が魔法カードを発動したターンにレベル6以上の魔法使い族闇属性をゲームから除外する事で、このカードはエクストラデッキから特殊召喚できる。いでよ、滅びの黒魔術師!」
滅びの黒魔術師 ATK2800
ガガガシスターの足元に紫色の魔法陣が発生し、闇に包まれた見習い少女が大魔術師へと変化する。頭身すらもすらりと伸びた闇の大魔術師が杖を構えると、闇の中から1枚のカードが遊ヶ﨑の手の中に飛んでいく。
「そして滅びの黒魔術師が特殊召喚されたとき、デッキからブラック・マジシャン、あるいはそのカード名をテキストに持つカードをサーチできる。効果モンスター、マジシャンズ・ソウルズを手札に加え、そのまま効果を発動。コストとしてデッキからレベル6以上の魔法使い族であるガガガヘッドを墓地に送り、このカードを特殊召喚。そして先ほど手札に加えたガガガリベンジは、発動時に墓地のガガガを蘇生したうえでこのカードを装備する」
マジシャンズ・ソウルズ DEF0
ガガガヘッド ATK2100
「先ほどの君の見立ては間違ってはいなかったが、このデッキでのランク6とはこうやって組むんだよ。だがその前に、マジシャンズ・ソウルズの効果を発動。私の場からオノマト選択とガガガリベンジ、2枚のカードを墓地に送ることでカードを2枚ドローする。そしてレベル6のオノマトカゲと、ガガガヘッドでオーバーレイ!エクシーズ召喚、フォトン・ストリーク・バウンサーだ」
フォトン・ストリーク・バウンサー ATK2700
終着点として繰り出されたのは、光り輝く筋が全身に入った二足歩行の獣人。しかしその姿を見て、少し不満そうに天詩が口を尖らせる。
「一応聞くけど、ビヨンド・ザ・ホープとかは入ってないわけ?」
「痛いところを突かれたな。私だってエクストラデッキの上限が16枚になったら大いに採用を考えるとも。あれは爆発力こそ類を見ないレベルで優れてはいるが、先攻と後攻の両方で仕事ができるかと考えるとどうしても優先度が一段落ちるからね。ガガガヘッドは自身を含むガガガモンスターのみを素材としてのエクシーズ召喚に使われた場合、カードをさらに1枚ドローできる。さて、バトルフェイズを始めよう。まずはフォトン・ストリーク・バウンサーで、サイバー・ドラゴン・インフィニティを攻撃する」
フォトン・ストリーク・バウンサー ATK2700→サイバー・ドラゴン・インフィニティ ATK2500
手長足長 LP4000→3800
デコード・トーカー ATK2800→2300
先にダメージを通し戦場を動かしたのは、手長の妨害を正面から食い破った遊ヶ﨑のフォトン・ストリーク・バウンサー。リンク先のモンスターを完全に失い更なる弱体化に甘んじた電脳世界の戦士に、獣人の巨体の陰に隠れ密かに接近していた追撃の黒魔女がナイフを構えて切りかかる。そしてその奥には、すでに杖を構えて魔力塊を生成する黒魔術師。
「今の状態なら勝てる、そうだろう?黒魔女ディアベルスターで追撃だ。そして滅びの黒魔術師で最後の攻撃」
黒魔女ディアベルスター ATK2500→デコード・トーカー ATK2300
手長足長 LP3800→3600
滅びの黒魔術師 ATK2800→手長足長
手長足長 LP3600→800
「バトルフェイズを終了し、カードを2枚伏せてターンエンド。さあ、私は約束を守ったぞ。君もこうして私が得た好機、無駄に捨てないよう頑張ってくれ」
「一言多いのはムカつくけど、盤面だけならまあ及第点ね。死なない様にお祈りだけして、後はアタシに任せときなさい」
「すまぬ、弟よ。守りが足りなかった」
「気にするな、兄者よ。次で押し返せばいいだけのこと」
互いのタッグが言葉を交わし合い、三番手である足長にターンが巡る。兄の手長を肩に乗せたまま、下半身に比べ異様に貧弱な両腕でデュエルディスクを構えた。
「では行くぞ、生者の女よ。フォトン・ストリーク・バウンサーは、我々の場で発動したモンスター効果を無効にして1000のバーンダメージを与える効果を持つ。とあれば私はまずメインフェイズに入り、兄者の伏せていたエクシーズ・リボーンを発動。我らの墓地からエクシーズモンスターを蘇生し、このカードをその素材とする。甦れ、サイバー・ドラゴン・ノヴァ!」
「インフィニティじゃなくてノヴァを……?ノヴァの効果に用があるとすると、【ダイナミスト】と【サイバー・ドラゴン】のタッグ……?なんにしても、アタシはここで増殖するGを発動するわ。これ以上の特殊召喚は、通せない」
サイバー・ドラゴン・ノヴァ ATK2100 ORU0→1
困惑し高速で思考しながらも、そこは平時から乗馬とカードの並行思考を求められる馬術決闘部元部長。今度こそチェーンブロックを組む特殊召喚に対して引いていた誘発だけは忘れずに投げ、どんな手を打ってくるにしても手札の増強を担保し自分のターンで迎え撃てるよう準備する。
「相手がモンスターを特殊召喚したことで1枚ドロー……!?」
カードを引いた天詩が、そこで目を見開く。炉心をむき出しとしたサイバー・ドラゴンの放つ光の向こう側に、ひっそりと佇む人影がひとつ。全身を隠すようなコート姿の男が、敵意に満ちた冷酷な視線で彼女たちを睨んでいる。
「チェーン3、手札からK9-00号 ルプスの効果を発動した。相手がメインフェイズに手札か墓地のモンスター効果を使用したターン、このカードは特殊召喚できる」
「……だからわざわざメイン移行宣言をしてからエクシーズ・リボーンを、ってわけね。今のはアタシもちょっとうかつだったけど、アンタもなかなかやるじゃない」
天詩の首筋を、すっと冷や汗が伝う。今の攻防は、単にルプスを握っていたから引き得とばかりにそれを使ったという単純な話ではない。おそらくは、先のターンに自分が
今更ながらに意識する、異形の対面が放つ確かな強敵の気配。努めて好戦的に笑う彼女に、横からプレッシャーなど感じていないような呑気極まりない声が飛んでくる。
「ああ、そうそう。言い忘れていたが、彼ら怪異は例外除き基本的に全員普通に強いからな。私としては君の実力ならばそうそう不足はないと見ているが、油断したりヘマをした場合その限りではないから気を付けてくれ」
「一言多いくせに遅いのよアンタはいつも!……チェーン3なら増殖するGの効果適用前、よってこの特殊召喚に対してアタシはカードを引けないわね」
「次に私は手札から速攻魔法、K9-LC
そうか、と今更ながらに理解する天詩。足長にとって用があったのは、ノヴァの持つランク5という特性ただ1点。数多の蘇生カードの中でもエクシーズ・リボーンをあえてデッキに投入していたのは、【ダイナミスト】使いの手長にとっては倒されたインフィニティを蘇生してその制圧能力で切り返すことができ、【K9】使いの足長ならばノヴァを蘇生してエクシーズ召喚に繋ぐことが可能な柔軟性を持ち、なおかつそのどちらの戦術にも重要視されるエクシーズ素材の数を稼ぐことができるから。
つまり、と彼女の思考は進む。彼らのデッキはシングル戦において不足なく戦えるように調整されながら、兄弟タッグをも同時に見据えたタッグ向けの構築。一方で彼女たちの即席タッグは、お互いに我が強くこれといったデッキ間シナジーもない。どころか彼女はそもそも、遊ヶ﨑の今握っているデッキが何をやりたいものなのかもまだ知らないのだ。単なる【ガガガ】にしては、少しばかり見えているノイズが多すぎる。
このデュエルは始まった時からすでにこちらが不利を背負っていたのだと気付かされ、しかし隣のパートナーにはそんな弱音を吐いたところで反省はしてくれまいと顔をしかめる。そんな彼女の目の前で、機械竜の姿は既に変異を終えかけていた。そこにいたのは内側から無惨に引きちぎられた拘束具の残骸をあちこちに残す、銃弾すらも通さない銀の毛皮と狂気に満ちた深紅の瞳を持つ人狼。
「我が早足は地獄の底まで敵を追い詰め、我らが長腕は地獄の鬼より残忍に敵を引き裂く。ランクアップ・エクシーズ・チェンジ。ランク9、K9-EX”
K9-EX”Werewolf” ATK3300
「アタシは増殖するGの効果で、またカードを1枚ドロー。これは……」
「Werewolfは現在エクシーズ・リボーン、そしてノヴァのふたつの素材を持ち、その数まで攻撃ができる。だが、まだだ。お前のターンが来る前に、兄者の受けた屈辱はお前に返させてもらう。通常魔法、破天荒な風を発動。選択したモンスターの好守を、次のターン終了時まで1000アップさせる」
K9-EX”Werewolf” ATK3300→4300 DEF2500→3500
「バトルフェイズ。WereWolfで滅びの黒魔術師、フォトン・ストリーク・バウンサーに攻撃。そしてルプスでマジシャンズ・ソウルズを破壊する」
K9-EX”Werewolf” ATK4300→滅びの黒魔術師 ATK2800
遊ヶ﨑&天詩 LP4000→2500
K9-EX”Werewolf” ATK4300→フォトン・ストリーク・バウンサー ATK2700
遊ヶ﨑&天詩 LP2500→900
K9-00号 ルプス ATK2300→マジシャンズ・ソウルズ DEF0
「きゃっ……!」
彼女たちの場に3体いた攻撃表示モンスターのうち、その爪と牙の軌跡に迷わず選ばれたのは黒魔女ディアベルスター以外の2体。馬上で感じていたほどの危険はないとはいえそれでも容赦ない衝撃に耐えながら、彼らの残ライフからすれば致死量のバーン効果を持つフォトン・ストリーク・バウンサーはともかく、すでにサーチを終えてできることもないはずの滅びの黒魔術師を迷わず狙ってきたその判断の正確さに歯噛みする。
黒魔女ディアベルスターは相手ターンに墓地に送られた際にコストを支払う事での蘇生能力を持ち、必然的に特殊召喚によって新たな罪宝を呼び出すことができる。実際のところ天詩のデッキに罪宝など何も入ってはおらず、それは足長もかなりの確率で確信しているはずだ。だがあちらから見れば可能性は決して0ではなく、何よりもここでそちらを攻撃したところで彼女たちのライフが削りきれるわけでもない。この怪異たちにとって、今の盤面と状況下で黒魔女を討つ意味は皆無なのだ。そんな正しい判断を迷いなく下してくる、その面倒さと厄介さを彼女はよく知っている。
「おいおい、少しばかり減らされ過ぎじゃないか?」
「うっさいわね、悪かったわよ!」
一体どちらの味方なのか、自分もその減らされ過ぎた当事者という自覚はあるのか。横から飛んできたヤジには噛みつき、とはいえ一気にライフでほぼ並ばれたのも事実。増殖するGも期待ほどには刺さらなかったばかりかかえって起点にされ、先ほどまでの優位が反転して追い込まれたことは認めざるを得なかった。
「K9が戦闘を行ったバトルフェイズ終了時、墓地のLC拘束解除は再度セットする事ができる。さらに追加でカードを伏せ、ターンエンドだ」
「ようやく出番ってわけね。アタシのターン!」
通常のドローが加わり、天詩の手札はこれで7枚。今見えている妨害はWerewolfの持つ、相手の効果発動をトリガーとして手札を1枚エンドフェイズまで除外してくる効果。そしてK9というテーマの特性上、あのLC拘束解除からWerewolfを素材として出てくるであろう新たなK9も妨害とカウントして差し支えない。そして、未知の伏せカードが1枚と手札が1枚。チェーンブロックを作らずに大型モンスターを強制的に除去できる壊獣でもあれば楽な場面だが、そう都合よく物事が進むのならば苦労するはずもなく。しかし最善の策はなくとも、次善の策が彼女にはあった。
「まずは嫌でも吐いてもらうわよ、そのLC拘束解除!アタシは速攻魔法、禁じられた聖冠をWerewolf対象に発動!このカードに対してモンスター効果はチェーンできないから、使うとしてもその2枚の伏せカードだけ。さあ、どうするの?」
「む……!」
禁じられた聖冠。対象モンスターに1ターン限りの完全効果耐性と戦闘破壊耐性という飴を与えながら同じ間だけいかなる素材への利用もリリースもできず効果は無効となるという鞭を同時に振り下ろす、天から堕ちてなお全てを嘲笑う魔女の歪んだ祝福の茨にして果てなき呪いの冠。しかし天詩の口にした通り、この冠から逃れる方法が今ならばある。LC拘束解除で、効果適用前に対象を素材にして消してしまえばいい。
しかし、と、ここで足長の手を惑わせる誘惑がひとつ。たとえ破天荒な風の効果を受けられなくなっても、Werewolfの攻撃力は3300。それに極めて強固な耐性が乗るとなれば、少なくともこのターンは残ライフがすでに800しかない彼らでもほぼ確実に生き残れる。これで4000以上の打点がそう何体も出てくる相手ならば話は変わってくるが、先だってトイレの怪異が倒された際の情報によると彼女のデッキは【ARG☆S】と【六武衆】の、展開力こそ優れるが一撃の打点はそう高くない混成戦士族デッキ。そして先ほどの彼女自身の口ぶりからして、その他のデッキは所持していない可能性が高い。ならばここはあえてこの冠に甘んじることで、確実に兄へとターンを渡すことができるのではないか。
ここでの判断がどちらに転んでもおかしくない、微妙なバランスの天秤。そして足長は、あえて迫りくる茨の冠への対処を見送った。孤高な人狼の頭部へとおぞましい王冠が恭しく被せられ、目から光を失った人狼は自由なく祈るような姿勢でその場に膝をつく。
K9-EX”Werewolf” ATK4300→3300 DEF3500→2500
「へぇ、使わないんだ。なら、アタシも動かせてもらうわよ!手札からマテリアクトル・エクサレプトの効果を発動!このカードを見せて手札コストを捨てることでデッキからレベル3通常モンスターである六武衆の侍従を手札に加え、さらにこのカードを守備表示で特殊召喚するわ!」
「ならばこちらも、その発動に対し増殖するGを発動する」
マテリアクトル・エクサレプト DEF1500
最後に残っていた足長の手札は、まさに先ほど彼女自身が投げたカード。発動そのものを無効にする対抗手段がないのも同じだが、しかし最小のドロー数で巻き返しをやってのけまたそれを可能とするデッキ構築の足長とは違い、展開を命とする彼女にとっては痛恨の1枚。すでに発動済みで効果を止められないエクサレプトが場に出て、それに伴いまず1枚ドローされる。
ほんの一瞬の葛藤。そして彼女が振り返ったのは、自身のなし崩し的なタッグパートナーだった。
「……舞。アンタ、覚悟できてるわね?」
「もちろん、私は構わないとも。君の方こそ、途中で潰れないでくれよ」
「ハン、誰に物言ってんのよ。アタシは日置高校馬術決闘部部長よ?元だけど」
それは、傍から見ていれば意味の分からない会話だったろう。主語がないままに交わされる増殖するGを見てなお全力で突っ走るという覚悟の宣言と、好きにしろというこれまた前のめりな背中の押し方。どこまでも攻撃的な少女たちの、意思が確かに通じ合った。
「通常魔法、紫炎の狼煙を発動。デッキのレベル3以下の六武衆、真六武衆-カゲキを手札に。そしてカゲキを召喚して、召喚時効果で六武衆の侍従を特殊召喚」
真六武衆-カゲキ ATK200→1700
六武衆の侍従 DEF2000
さらに、1枚。まだ足長が動く気配は、ない。彼女にとって最大の裏目は、これらドローによってルプスの2枚目、あるいは同じ条件での特殊召喚効果を持つK9-17号 イズナを引かれること。相手のデッキ構成によってはやはり相手ターンでの特殊召喚能力を持つレベル5、ドラゴン・アイスなども考える必要があるだろう。とにかくレベル5モンスターが2体以上揃ってしまえば、既に存在するルプスは相手ターンにエクシーズ召喚を行う効果を持つためまずランク5が呼び出されまずそこで1妨害の追加。さらにはそれを対象としたLC拘束解除すらも、せっかく潰したはずの使いどころが生まれてしまう。
しかし、恐れていては勝てないのだ。どんなレースだって、走るのをやめては絶対に勝つことは不可能。愛馬に跨るあの感触を、軽やかに駆け抜けた時に感じる風を、全身で思い出して拳を握る。
「アタシはレベル3の侍従とエクサレプトでオーバーレイ、エクシーズ召喚!ランク3、マテリアクトル・エクサガルド!」
マテリアクトル・エクサガルド ATK2000 ORU2→1
遺伝子が暴走したかのような、原色剥き出しの竜。最初の展開はトイレの怪異が使った時と同じでも、本来の持ち主が使うことによって彼女のデッキはその真の力を呼び覚ます。
「まだまだ行くわよ!エクサガルドはエクシーズ素材ひとつを使って、デッキから次のマテリアクトルカードを用意する事ができる。来て、マテリアクトル・ゼプトウィング!そしてゼプトウィングの効果で2枚目のエクサレプトをサーチして、さらに墓地からはたった今送られた六武衆の侍従を蘇生!」
マテリアクトル・ゼプトウィング DEF0
六武衆の侍従 DEF2000
「今度はこっちね、ゼプトウィングとカゲキの2体でオーバーレイ!エクシーズ召喚、M.X-セイバー インヴォーカー!そしてインヴォーカーの素材を取り除いて、デッキからARG☆S-栄冠のアドラを特殊召喚!いよいよ出番よ、これがアタシの一番星!」
M.X-セイバー インヴォーカー ATK1600 ORU2→1
ARG☆S-栄冠のアドラ DEF1800
「……ならば効果を発動する前に、エフェクト・ヴェーラーの効果を発動。このカードを捨て、栄冠のアドラはこのターン効果が無効となる」
「ここまで温存する意味もないし、アドラの特殊召喚で引いたかしら?惜しかったわね、もう少し早く引けていたら、まだ止まりもしたんでしょうけど……今のアタシは、まだ止まれないわよ!」
ここに来てついに引いた誘発で、ARG☆Sの始動役であるアドラを無力化する。それ自体は、何も間違ってはいない。しかし本人の宣言通り、飯田天詩はまだ止まらない。このパッションこそが彼女を強豪ひしめく名門、日置高校馬術決闘部において部長にまでのし上げた最大の武器であり、天下に悪名高き遊ヶ﨑舞相手に友人を務め上げるエネルギーの原動力でもある。
「通常魔法、共振装置……アタシの場に存在する種族と属性が同じモンスター2体を選択し、片方のレベルはもう片方と同じになる。アタシは地属性戦士族かつレベル4のアドラとレベル3の侍従を選択し、アドラのレベルを3に変更。そして六武衆が場にいることで、六武衆の破戒僧を特殊召喚!」
ARG☆S-栄冠のアドラ LV4→3
六武衆の破戒僧 ATK500
常時であれば、制圧効果と後続を補充する真魔六武衆-シエンを出しに行く場面。だが、と彼女は首を振る。確かにそれならば、六武衆の破戒僧によって付与できるレベル低下の呪いでこれ以降ルプスの効果は恐れずに済む。
しかし、それでは駄目なのだ。負けないだけのプレイングでは、すでにこのターン中での除去は事実上不可能なWerewolfに次のターン以降に対処できない。禁じられた聖冠を使い足長がその回避を見送った時点で、彼女にもはや止まる選択肢はない。たとえその過程でどれだけのカードを引かれることになったとしても、走り抜ける以外の選択肢はない。
「アタシはレベル3のアドラ、侍従、破戒僧でオーバーレイ!天魔仏滅、一網打開!ランク3、
亜種羅王 ATK2100→2700
レベル3モンスター3体。相応に重い素材から彼女がこの場を任せるべく呼び出したのは3つもの憤怒の面で敵を見据え、筋骨隆々な6つの腕で大量の武器や盾を構える戦うために産まれたような鬼の神。
「亜種羅王の攻撃力は、その素材につき200アップする。そしてランク3のエクサガルド、インヴォーカーでオーバーレイ!このカードはレベルじゃなく、同じランクのモンスター同士でのみエクシーズ召喚ができる!天地改革、求道無尽!ランク0、
そして満を持して呼び出された最大の切り札は、雷光を纏い黄金の鎧に身を包む二刀流剣士。その攻撃力を、彼女は高らかに宣言する。
「未来皇ホープ・ゼアルの攻撃力は0……だけどその数値は、隣の味方及び倒れた敵のランクにつき500アップする!まずはアタシの亜種羅王で1500、そしてアンタの墓地に今残っているのは、ランク6のサイバー・ドラゴン・インフィニティ!」
FNo.0 未来皇ホープ・ゼアル ATK0→4500
「バトルフェイズ、ホープ・ゼアルでルプスに攻撃!」
「なんとしても、兄者に繋ぐ!繋いでみせる!速攻魔法、神秘の中華なべ!私のフィールドからルプスをリリースし、その攻撃力だけライフを得る……自身の効果で特殊召喚されたルプスは除外されるが、それでも耐えてみせる!そしてお前の被せた冠の効果により、Werewolfは破壊されない!」
雷鳴轟く鋭い二刀流が、立ちはだかる人狼を切りつける……だが、片膝を地に付いた人狼は倒れない。頭頂部の冠が不気味な光を放つと、深々と受けた致命傷のはずの傷が逆回しの映像を見るかのように元通り癒えていく。
手長足長 LP800→3100
FNo.0 未来皇ホープ・ゼアル ATK4500→K9-EX”Werewolf” ATK3300
手長足長 LP3100→1900
「だったら……!手札からマテリアクトル・エクサレプトのもうひとつの効果!このカードを捨てることで、1ターンのみアタシのランク3モンスター1体の攻撃力は1500アップするわ!」
思わぬ延命に、しかし間髪入れずに逃げの一手を許さない追撃が走る。そして一時的に力をブーストされた鬼神の宝剣は、分厚い毛皮を容易く貫いて意思なき人狼の心臓を刺し貫いた。
しかし、倒れない。傷が治る。聖冠の
亜種羅王 ATK2700→4200→K9-EX”Werewolf” ATK3300
手長足長 LP1900→1000
「まだまだ!亜種羅王は、1ターンにエクシーズ素材の数だけ攻撃ができる!戦闘破壊できなくても、上から攻撃し続ければ……!」
天詩の言葉は、正しい。疑う余地などどこにもない、事実そのものの言葉。どれだけ人狼が攻撃を受け続けながらもその死の縁で強制的に耐え凌ごうと、持ち主のライフが尽きてしまえばデュエルはそこで終了する。
だが、足長はなおも兄をその肩に乗せたまま倒れなかった。両の足で校庭の地面を踏みしめ、なおもその場に仁王立ちする。
「無論。しかし私は口にしたはずだ、必ず兄までターンを回してみせると!私が戦闘ダメージを受けたこの瞬間、手札より妖竜マハーマの効果を発動!このカードを特殊召喚し、もしこの特殊召喚に成功した場合、私はふたつの効果から片方を選んで発動する!」
「弟よ……!」
「案ずるな、兄者!さあどうする、生者の女よ!」
どうする、というのはただひとつ、亜種羅王の効果だ。このカードには戦闘に特化した連続攻撃と打点増強のほかにもうひとつ、エクシーズ素材を消費する事で相手のモンスター効果を無効にして破壊する能力がある。これを使えば、確かに妖竜マハーマは止められる……が。
「アタシは……」
それをするしかない。選択の余地はない。しかしわかっていても安易にそう言えないのが、まさに亜種羅王自身の効果。亜種羅王の連続攻撃は、エクシーズ素材の数に依存する。ここで効果を使い素材を減らすとこのターンあと2回あった攻撃の権利が1度になり、とうとうライフを削り切れないままにバトルフェイズを終わらせざるを得ない。そうなると亜種羅王は虎の子のエクサレプトを切った今、その効果も切れて本来の2100に400を足した2500の攻撃力で次のターンを耐えなければならなくなる。
では、マハーマの効果を無視した場合はどうか。マハーマは特殊召喚され、問題なのはその効果だ。マハーマが選択できる効果は、その際に受けた数値分のバーンもしくは回復。万にひとつの可能性もないが、回復ならばまだいい。耐えきられてこそしまうものの、無視して攻撃を続けることはできる。しかし当然足長はバーンを選ぶだろうし、その場合に受ける900バーンに耐えきれるほど彼女たちの残ライフに余裕はない。
こうなった時点でどの道、天詩にこのターン勝利する目はなくなった。せめてエクサレプトさえ温存していれば返しの相手ターン、亜種羅王への攻撃を牽制できたのだが……そこまで悔やんで、彼女はふと気が付いた。そもそもエクサレプトをこのターンで投げた選択そのものが、ホープ・ゼアルの攻撃で足長を倒しきれなかったことによる半ばアドリブの選択。当然その時点ですでに、妖竜マハーマは足長の手札にあった。最初から計算づくでわざと最初の攻撃にマハーマを使わず、こちらのリソース枯渇を誘われたのだ。
「……亜種羅王の効果で、その発動を無効にして破壊。でもっ!まだ亜種羅王は攻撃ができるのよ!」
大量のドローに支えられていたとはいえ、有効札を引かれた運。そして、それを的確なタイミングでねじ込むことでこちらのリソースを確実に奪ってくる咄嗟の戦略。いずれの要素を比べても、相手の方が一枚上手だったという歴然とした事実。
その屈辱に唇を嚙みながらもせめてもの抵抗とばかりに次いで振るわれたのは、数あるうちの別の手に構えた鬼神の猛槍。防御も回避も不可能な人狼の肉体には、やはり致命傷となるべき一撃……だがそれすらも、一時的に呪われた命は受け付けない。
亜種羅王 ATK4200→4000 ORU3→2
亜種羅王 ATK4000→K9-EX”Werewolf” ATK3300
手長足長 LP1000→300
「しぶとい……!黒魔女ディアベルスターを守備表示に変更、さらにカードを1枚伏せて、ターンエンドッ!」
黒魔女ディアベルスター ATK2500→DEF2000
亜種羅王 ATK4000→2500
最後の1枚を伏せた事で、もはや完全に手札は使い切り。そこまで全リソースを突っ込んで、それでもなお耐えきられて。だがまたしても追い詰める側から追い詰められる側に立場が逆転してもなお、同じ立場なはずの横からはどこか他人事じみて楽しそうな声が飛んでくる。
「なあに、そう悲観することはない。後は私に任せておきたまえ」
「アンタねぇ……どこまでお気楽なの」
口を突いて出てしまった言葉に、すぐ後悔する。間違っても今の彼女は、そんな口を叩ける立場ではない。つい先ほどもああまで大口を叩いて増殖するGも無視してあえて全力での展開に走り、そこまでしてなお結果はまだデュエルが続いている。あの大量の手札を使われるまでにタイムラグがあり次のターンプレイヤーは手札2枚の手長である(しかもそのうち片方は何を持っているのかも判明している)タッグだからまだいいようなものの、シングルならばお世辞にも楽観はできない盤面。そうしたのは、彼女自身だ。
「……言いたいことがあるなら、言いなさいよ」
「と、言われてもな。私はね、腹芸は好きだが言葉に含みを持たせるような芸当はあまり好みではないからね。だから繰り返そう、君は決して悲観することはない。なぜならば君は十分以上によくやってくれたし、そんな君とタッグを組んでいるのはこの遊ヶ﨑舞だ。つまり無敵と言っても過言ではないのだから、後は任せておいてくれ」
「何、それ」
笑う気分じゃなかったはずなのに、小さく笑いが漏れる。本来ならば自分の態度や不甲斐なさを責められても仕方がないはずなのに、この女はどこまでもこの調子だ。馬術決闘部の名門校で頭角を現し部長にまで上り詰め、皆に頼られ誰からも一目置かれる存在になってもなお。彼女の周りにいる人間で唯一この女だけは根拠もない余裕、そして謎の上から目線を崩そうともしない。
そしてそれがいつまで経っても人並みに成長しない自分の体へのコンプレックスの反動からあえて好き好んでたくさんの物を背負い、そこにやりがいを感じてきていた彼女にとっては異質であり……同時に、そんな変わらない態度が嬉しくもあったのだ。
「……ありがと。頼んだわよ」
「さあて、手長君。君の相手はこの私だ、どこからでもかかってきたまえ」
小さな感謝の言葉は、果たして届いたのかどうか。そう言ってぐるぐると肩を回す背中に、やはり憂いは見られない。彼女とは対照的に何も背負わず誰も寄り付かないがゆえに、誰よりも自由で軽い背中。それがただただ、彼女の目には頼もしく見えた。
そして対する手長足長の兄弟も、互いの勝利を信じるがゆえに言葉を交わす。
「弟よ、後は私に任せておけ」
「兄者よ、どうにかライフだけは残しきった。すまない、これだけしか残せずに……」
自分たちがあのターンを生き残れたのは、引きがほんの少しだけ良かったという一点があったからに他ならない。実力では相対したあの小柄な女に劣っていたことを認めつつ、それでも意地、そしてほんの少しの運があったからこそこうして辛うじてターンを回せるのだと頭上の兄に頭を下げる。
「自慢の弟よ、よくやってくれた。この兄が、なんとしてでもお前にきっと繋がるように光明を見出して見せる」
「兄者……」
確かに耐えきったとはいえ、手長足長の側も今の状況はお世辞にもよくはない。
まず亜種羅王はモンスター効果を無効とし、ホープ・ゼアルもまたフィールド限定とはいえモンスター効果を無効としてコントロールを奪う効果を持つ。そして輪をかけて厄介なのが、ホープ・ゼアルの持つ耐性だ。あのカードが存在する限り、手長足長は他のあらゆるカードを効果の対象にも攻撃対象にも選択できない。ではそちらをまずどうにかするにしてもモンスター効果に対する二重の妨害がそれを阻み、しかも耐性は彼らのフィールドに対しても有効であるため、彼らの場に伏せられたLC拘束解除をはじめとした対象を取る強化カード等は今のままでは事実上発動すらできないカードと化している。
一見五分五分な状況は、しかしほぼ手詰まりに近い。だが弟が繋いでくれたこのバトン、拾いきれずして何が兄か。
「私のターン。ドロー!」
眼下で身構える女、自分を肩に乗せ祈るようにその両足で大地を踏みしめる弟。それら全てを見下ろしながら異様に長く太い腕で掴んだカードを目いっぱいに引き抜くと、それだけで風が唸りを上げる。その場にいる全員の視線が、その1枚のカードに向けられる。そして。
「……私は魔法カード、冥王結界波を発動!このターン相手に与えるダメージは全て0となる代わり、相手モンスター全ての効果は無効となる!」
「うっ!?」
「やだ……!」
「兄者!」
三者三様の反応の中、あらゆるモンスター効果を許さない無力化の波動がフィールドを走る。ホープ・ゼアルが、亜種羅王が、その攻撃力を失っていく。
FNo.0 未来皇ホープ・ゼアル ATK4500→0
亜種羅王 ATK2500→2100
「スケール3のダイナミスト・プテランを空いているPゾーンにセッティング。鋼の振り子よ、再稼働せよ。鉄の身体に蒸気を宿し。ペンデュラム召喚、手札よりダイナミスト・レックス!そしてエクストラデッキから、竜剣士ダイナマイトP!さらにPゾーンからダイナマイトPのペンデュラム効果を使い、先に発動したダイナミスト・プテランも特殊召喚する!」
ダイナミスト・レックス ATK2400
竜剣士ダイナマイトP DEF1800
ダイナミスト・プテラン ATK1800
機械の翼竜と竜人を従え満を持して現れる、恐竜の代表格とも言うべき肉食獣を模した蒸気竜。緑色の装甲を自身の噴き出す蒸気に濡らし、背負った電磁砲に青いプラズマが走った。
「バトルフェイズだ。まずはダイナミスト・プテランで、未来皇に攻撃!」
ダイナミスト・プテラン ATK1800→FNo.0 未来皇ホープ・ゼアル ATK0
そして、蹂躙が始まった。先陣を切って飛び上がった翼竜による高高度からの爆撃が、力を失い地に伏した未来皇を成すすべなく爆風の中に呑み込む。
「私たちにダメージはない、が……」
「戦闘で相手モンスターを破壊したことにより、ダイナミスト・プテランの効果を発動。デッキからダイナミストを1枚手札に加える……私が選ぶのは、ダイナミスト・ハウリング。そしてダイナミスト・レックスで、亜種羅王へと攻撃!」
ダイナミスト・レックス ATK2400→亜種羅王 ATK2100
次いで盤面に躍り出たのは、恐竜の王。大地を踏みしめた捕食者が、やはり動きを封じられ息も絶え絶えな鬼の神の胴体を大きく開いたその口で齧り付く。
「この瞬間、ダイナミスト・レックスの効果が発動する。自身が攻撃を行ったダメージステップ終了時、自身以外のダイナミストをリリースする事でふたつの効果から片方を選び発動できる。私はダイナミスト・プテランをリリースし、黒魔女ディアベルスターをデッキへと戻す。そしてレックスの攻撃力は、この効果を選択したことで100アップする」
「やはりそう来るよな。次の罪宝を許してくれるほど、甘くはないか……!」
ダイナミスト・レックス ATK2400→2500
鋼の牙でやすやすと力を封じられた鬼神を噛み砕いた暴獣の背中で、ぐるりと砲塔が旋回し防御姿勢をとる黒魔女の方を向く。そこから放たれた閃光が収束した時、黒魔女の姿はもはや跡形もなかった。
「このターンはダメージを与えられない。よって、弟のWerewolfで攻撃を行う意味もない。カードを伏せ、ターンエンドだ」
言葉通りに掴んだチャンスを最大限に生かし、盤面を一掃した手長。兄弟間で、確かな手応えに頷き合う。
しかし、嗚呼、そうだ。次のターンプレイヤーは、他ならぬこの女なのだ。根拠はない。絶対はない。しかし、負けはしないという確信だけは誰よりもある。
「それではいくよ、私のターン。ドロー!」
どれだけ不利な盤面に追い込まれても、なおも恐れずカードを引く。そうやって自分の力ひとつでこれまでにも数えきれないほどの無茶と無理と理不尽を通し道理を蹴り飛ばしてきたこの女が相手だからこそ、あえて手長は勝負に打って出る。
「……弟よ、よいな!」
「ああ、兄者。我ら兄弟、心はひとつ。あの女には、七不思議を幾度も葬ってきた実績がある!」
「ならばこの場で、止めようぞ!スタンバイフェイズにセットされた速攻魔法、K9-LC拘束解除を発動する!」
「それは、足長君の……いや、ランク5、か。確かにそれならば、【ダイナミスト】でも構築を崩さず採用できる……」
「左様。Werewolfは相手ターンに相手が効果を使用した場合に使えるハンデス効果を持つ、が。生者の女、お前の手札はこれで4枚。その枚数ならば、生半可な妨害はむしろ愚策。弟から預かった命、確実に弟へと返す!Werewolfに重ね、新たなK9をエクシーズ召喚!」
K9-00号”
引きちぎられたはずの拘束具が、再び再生しその身を締め上げる。たとえ膂力や再生力は落ちたとしても、血を求め暴走するだけの肉体に抑えを利かせたことで元来の理性と冷徹さを維持したまま、人狼の力だけを保持し利用する事に成功した個体。
「Houndは特殊召喚に成功したターン、相手によっては決して破壊されない。そして互いのスタンバイフェイズごとにエクシーズ素材を消費し、場のカード1枚を除外する!女よ、お前が最初のターンに伏せたきりずっと使ってこなかったその伏せカード、私が見過ごすと思ったか!」
K9-00号”Hound” ORU3→2
拘束具をものともしない俊敏な動きで人狼がその爪を振るうと、裂かれた空気が全てを切り裂く刃となって飛んでいく。その目標は遊ヶ﨑たちの場に残された2枚の伏せカードのうち、右側。
「なるほど、これを潰して後は破壊耐性で凌ごうと。確かに奇策ではある、だが同時に優れた手でもある……君が選んだカードは、ドラゴンメイドのお片付け。破壊ならまだしも、除外となると苦しいな」
チェーンしての発動さえ可能だったならば、除去は実質不発になる。しかしドラゴンメイドのお片付けは自分の場にもドラゴンを要求するため、今は使いようもない。その様子に、ずっとあのカードを伏せられていたまま放置していた天詩が後ろで肩をすくめる。
「エクサレプトたちは確かにドラゴンだけど、お片付けでバウンスしたいようなタイミングには残ってないのよね。悪かったわね、せっかく貰ったのに」
「まだだ!我らの場には、まだこのカードが残っている。永続トラップ、ダイナミスト・ハウリング発動!」
そして表を向いたのは、つい先ほどにサーチされたばかりのカード。同時に、ダイナマイトPと対になる空いていたPゾーンへと新たな光の柱が立ち上る。
「このカードは発動時の処理として、デッキからダイナミストをPゾーンに置くことができる。そして今置いたダイナミスト・スピノスはスケール3、かつダイナミストが破壊される際にその身を犠牲としてそれを無効とするペンデュラム効果を持つ」
「さらにダイナミスト・ハウリングは1ターンに1度だけダイナミストをリリースしてこちらのカード1枚をバウンスできる、か。まったく厄介極まりないが、見方を変えればこれで手長君、君の取れる布陣の全貌は見えた。なら、こちらもまだまだ足搔いてみるさ!」
威勢よく啖呵を切ってから改めて手札を見やり、ほんの少しだけ考えて。心底楽しそうに、掴んだカードに手をかける。
「まずは速攻魔法、”罪宝狩りの悪魔”を発動。先ほど君のせいでデッキに戻された黒魔女ディアベルスターを再び手札に加え、さらに墓地へ送られたこの”罪宝狩りの悪魔”、もうひとつの効果も続けて使わせてもらう。墓地から自身を除外する事で同じ罪宝である反逆の罪宝をデッキに戻し、カードを1枚ドローだ……ほう、随分と面白いものを引いてしまったよ。手札の想い集いし竜は、ドローされた際に自身を公開する事で特殊召喚できる」
想い集いし竜 DEF0
「……アンタほんとに何入れてんの?」
「いいだろう別に、私のデッキだぞ。そして手札の
黒魔女ディアベルスター ATK2500
召喚権すら使わず手札もろくに減っていないというのに、またしても呼び出される最上級モンスター。すでに魔法カードの使用されたターン、そして場にはレベル7の闇属性魔法使い族。当然脳裏をよぎるのは先ほども彼女が使用した融合とは名ばかりの融合モンスター、滅びの黒魔術師。サーチ効果の危険度はもちろんのこと、この状況での攻撃力2800はそれだけで致命傷足りうる無視できない数値。それを止める為には、ダイナミスト・ハウリングを使うしかない。
「まずは反逆の罪宝-スネークアイを発動し、対象モンスターを永続魔法として持ち主の魔法・罠ゾーンに置く。破壊耐性は確かに悪くなかったが、対象耐性を持たなかったのは運の尽きだったな」
この場を預ける為に呼び出した人狼の全身が、瞳のような輝きを放つ魔石によってその拘束具ごと石化していく。LC拘束解除を温存していれば……そう口にするのは容易いが、それは全て結果論に過ぎない。Houndの除去効果を使うためには遅くともスタンバイフェイズまでに彼を呼び出せねばならず、破壊耐性をこのターンに押し出し強固な壁とするためには彼女のターンになるまで待たねばならなかった。残るモンスターは、ダイナミスト2体。
「私は……!」
ダイナミスト・ハウリングの効果を発動。そう言いかけた手長の長い腕が、途中で感じた違和感にふと止まる。なぜあの女は、先に反逆の罪宝を発動した?あれを先に使わずとも、滅びの黒魔術師を出す条件は整っている。チェーンブロックを組まず特殊召喚が可能なあれを手長が先出しで潰すとしたら、黒魔女の特殊召喚または罪宝のセット時、及びその後に訪れるほんのわずかな隙しかなかった。しかし実際は反逆の罪宝を先に発動し、わざわざチェーンブロックを多く組んでリスクを増やすような行動をとっている。
「(まさか……!)」
ある予感が、手長に走る。特殊召喚を勿体ぶっているのではなく、特殊召喚が
突拍子もない考えではあるが、もしそうだとしたら筋は通っている。そもそもあのデッキはドラゴンメイドが入っており、オノマトとそれを活かすエクシーズが入っており、しかも極めつけにチューナーの想い集いし竜まで入っているところを見ると、シンクロの要素までもが含まれていると見てほぼ間違いない。それらに枠を追いやられ、滅びの黒魔術師の複数採用を断念せざるを得なかったとしたら?全くあり得ない、とは言い切れない。つまりこのタイミングでの発動は、存在しない滅びの黒魔術師を恐れてダイナミスト・ハウリングを無駄撃ちすることを誘ってのブラフ。本命はこの後に召喚され、そこに除去を打たれたら終わるような何らかのカード。その可能性に思い至り、拳を握る。この手に残った最後の妨害、もはや無駄撃ちは許されない。
「(……読まれたか。さすがに露骨過ぎたか?)」
一方の遊ヶ﨑も、相手の表情のわずかな変化から思考の推移を読み取って小さく舌打ちした。
……実際に手長の推測通り、彼女のデッキにもはや滅びの黒魔術師は存在しない。だからこそあの手この手で黒魔女の存在を意識させ、どうにかあの邪魔な除去を使ってくれないものかと試行錯誤したのだが。それも徒労に終わったと察し、すぐに気持ちを切り替える。
「私も大口を叩いた以上、はいそうですかと大人しく負けるわけにはいかなくてね!ガガガマジシャンを通常召喚だ!」
ガガガマジシャン ATK1500
手札から叩きつけるように呼び出したのは、単体でレベル操作の能力を持つガガガの代表ともいえる下級魔法使い族。そして彼女の墓地には、それと同じレベル4を持ち自己再生の条件を満たしたオノマトカゲ……だが、それを見過ごす手長ではない。
「この瞬間に、ダイナミスト・ハウリングの効果を発動!竜剣士ダイナマイトPをリリースしてガガガマジシャンを手札に戻し、リリースされたダイナマイトPの効果によりエクストラデッキのダイナミスト・プテランを回収する!」
召喚権を切っての展開は、絶対に通さない。相手の思考を読み切り、そして読み勝った手長に……遊ヶ﨑は、なおも笑う。
「ああまったく、これだから勝負は面白い!なあ手長君、君は私にとっての最善手。つまりこのターンでの勝利を閉ざし、私の手を読み切ってみせた!本当に素晴らしい、まったく大したものだ!だから私もそれならば仕方ない、次善の策をもって相手するとしよう!」
「次善の策、だと……!」
彼女なりの惜しみない称賛と、なおも諦めないという宣言。叩いても叩いても一向に折れないその気迫を前に、怪異であるはずの手長が怯む。
「さあ、バトルフェイズだ!黒魔女ディアベルスター、ダイナミスト・レックスに攻撃!」
「ダイナミスト・スピノスのペンデュラム効果発動!戦闘破壊を無効とし、代わりにこのカードを破壊する!」
黒魔女ディアベルスター ATK2500→ダイナミスト・レックス ATK2500
黒衣の魔女がステップを踏んで吹き付ける蒸気をさっと躱し、手にしたナイフを機械巨獣の装甲の隙間へと容赦なく突き立てる。金属同士が擦れあい苦悶の悲鳴のような音を立てながら懐の黒魔女を振り落とそうとするレックスに、そこにしがみついてなおもナイフをねじ込みにかかる魔女。しかし両者の対決はナイフの切っ先が体内の最奥、致命的な動力部を捉えるよりも、巨獣の背負った電磁砲のチャージが完了する方が僅かに早かった。自分諸共に吹き飛ばすような強引な射撃はそれでもその黒衣を射抜き、外敵を排除した巨獣が勝利の咆哮を上げる。
……そして吹き飛ばされる黒魔女が、それを見据える遊ヶ﨑が、同時に口の端を歪めて笑みを浮かべた。
「ご苦労だったな。おかげで私も、このカードが発動できる!この瞬間にトラップ発動、レベル・レジストウォール!」
最初のターンに彼女が伏せて以降、使うタイミングこそあったものの何かしらの意図を読み取った天詩があえて使わずに放置し続けた、もう1枚の伏せカード。ついに表を向いたカードの正体に、手長と足長が同時に目を見開く。
「「それは!」」
「このカードは私のモンスターが戦闘または相手の効果によって破壊されたとき、デッキからそのレベルとレベル合計が等しくなるように任意の数だけモンスターを選び、守備表示かつ効果を無効にして特殊召喚できる。そして黒魔女ディアベルスターのレベルは、7!さあ来てくれ、私のモンスターたちよ!」
ドラゴンメイド・パルラ DEF1700 LV3
スターダスト・シンクロン DEF1000 LV4
「これでバトルフェイズは終了するが……私はフィールドと墓地から同じ風属性かつレベルの異なるドラゴンメイド・パルラとルフトをそれぞれ除外する事で、エクストラデッキからこのカードを特殊召喚する。いでよ、ドラゴンメイド・ラティス!そしてラティスが場に出たことにより、デッキからドラゴンメイド・チェイムを特殊召喚!」
ドラゴンメイド・ラティス DEF3000
ドラゴンメイド・チェイム DEF1800
黒魔女が命を賭して呼び寄せたモンスターが新たなモンスターを呼び、フィールドを埋める大量展開。たじろぐ手長に心底楽しそうに屈託のない笑顔を向けて、この果てに見据えた展開へと持ち込んでいく。
「チェイムの特殊召喚に成功したことで、デッキからもう1枚のドラゴンメイドのお片付けを手札に。さあ、ここからだ。レベル4のドラゴンメイド・チェイムに、レベル4のスターダスト・シンクロンをチューニング。シンクロ召喚、スターダスト・ドラゴン!そして私がシンクロ召喚を行ったターンのメインフェイズに墓地のリンゴブルムを除外することで、レベル2の百檎トークンを特殊召喚する」
スターダスト・ドラゴン ATK2500
百檎トークン DEF0
「レベル8のスターダスト・ドラゴンとレベル2の百檎トークンに、レベル1の想い集いし竜をチューニング!そして想い集いし竜はフィールドか墓地に存在する限り、その名を救世竜 セイヴァー・ドラゴンとして扱う。となると、もうわかるだろう?」
大きく開いた手の上の空で、3体のドラゴンがひとつとなる。夜空に輝く救世の流れ星が、奇跡を呼ぶため地上へと舞い降りた。
「光差す彼方、星々を結ぶ道より絆を紡ぐ真打の登場だ。希望と未来と一致団結をもって、救世の瞬間を歓迎してくれ―――――シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンっ!」
シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴン ATK4000
「そんな、これでは……我らの、我ら兄弟の……!」
まだここまでの超大型モンスターを展開する余力があったことに驚愕しながらも、足長は必死に希望を手繰り寄せる。彼の手札は、幸いにして潤沢。シューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンは強力な万能無効を持つが、その能力を発動するにはコストとして自身をエンドフェイズまで除外する必要がある。これは除去が極めて難しいという強みである反面、効果を使わせてしまえば壁としての役割を放棄するという事でもある。つまり無視できないようなカードで強引に場を空けさせ帰還までの間に勝負をつけてしまえるならば、まだ勝機は残っている。
か細い論理ではあるが、あながち間違ってもいない。なぜならば彼の手札にはまさにその対策を強制させる1枚……サンダー・ボルト、相手モンスター全てを破壊する魔法カードが存在する。だがそんな思考すらも読んでいるかのように、遊ヶ﨑が最後のカードを出す。
「次のターンは足長君か。本来ならばオーバーキルはマナー違反だろうが、これは私からの君らに対してのせめてもの敬意だ。ここまでやらねば安心できない、というね。通常魔法、封印の黄金櫃を発動し、デッキからカードを除外するよ。このブラック・マジシャンのカードを……そして隠しても仕方ないから宣言させてもらうが、ドラゴンメイドのお片付けをセットしてターン終了だ」
なぜか除外した所で意味もないはずのブラック・マジシャンを最後にデッキから弾き出し、意味深な表情でターンを終えプレイヤーを交代する遊ヶ﨑。
「私のターン、ドロー……!」
「今だ、天詩!」
「アタシ?……アンタ、まさかっ!」
足長がカードを引いた瞬間、鋭い声が飛ぶ。急に名前を呼ばれたことで一瞬訝しむも次の瞬間には何かに思い至った天詩が、大慌てで自分のデュエルディスクを操作する。すると案の定そこにあったのは、彼女のデッキには本来入っているはずもないカード。「それ」を半ば怒り、半ば呆れでわなわなと震える手で引っ張り出しながら、明らかに当事者であろう隣の相方に詰問する。
「アンタ、これいつの間に……!」
「先日のトイレの怪異の時に、気絶した君のカードを拾い集めてやったのが誰だと思っているんだ。その時に、念のため少しばかり細工させてもらったんだよ。君の性格上もう一度くらいは、頼みもしないのに私に付き合ってくれる可能性が高かったからな。どうせ受験勉強とOB活動で忙しい君のことだ、最近はデッキを弄る機会もなかったんだろう?事実、私の仕込みにもこのひと月近く気付いていなかったようじゃないか」
「だからって人のデッキ勝手に弄るんじゃないわよ馬鹿、てかアンタよくその口でマナー違反がどうこう言えたわね!?さっきちょっとしんみりしたの返しなさい、絶対無駄だったわアレ!」
ぷりぷりと怒り心頭でありながらも、その1枚がこの場面に適したカードであることは事実。そしてデュエルが始まる前から仕込まれていたのなら、それを使うことにルール上の問題点はない。
「ああ、もう!わかったわよ、やってあげるわよ!このスタンバイフェイズ、ドラゴンメイド・ラティスの効果を発動!アタシたちのフィールドまたは除外されているモンスターをデッキに戻して、ドラゴン族の融合召喚を行うわよ!アタシが素材に選ぶのは除外されたブラック・マジシャンと、同じく除外された魔法使い族のガガガシスター……これでいいんでしょ、ほら!アンタのカードなんだから、宣言くらいアンタがやりなさいよ!」
「ああ、上々だ。では、僭越ながら私から言わせてもらおうか」
言い合うふたりをよそに竜人のメイドが優雅にスカートの端を少しだけ持ち上げ一礼すると、その背後に巨大な魔方陣が浮かび上がる。異世界より新たな竜を呼ぶ、空間を超越しての大魔法。そしてその向こう側から、見上げるほどに巨大で揺るぎない魔竜が地響きとともに現れた。
「歴史の影、語り部も消えた場所より天地を融け合わす真打の登場だ。歴史と神話と千秋万古をもって、再誕の時を歓迎してくれ―――――合体魔竜、ティマイオスっ!」
合体魔竜ティマイオス ATK2800
「ティマイオスの特殊召喚成功時、効果を発動する。すなわち次の我々のターン終了までの間、このカードは自身以外一切の効果を受け付けない!」
「……!」
足長が、息を呑む。手長が、項垂れる。合体魔竜ティマイオスはもはや戦闘でしか突破はできないが、戦闘を行うたびに互いの墓地及び除外された魔法カードの数だけ攻撃力を累積で上げていくもうひとつの効果を持つ。
戦闘を挑むたび際限なく上がっていく高打点と絶対の完全耐性で無敵に等しい盾として居座りつつ、そのわずかな隙をついてプレイヤーに直接対処可能なカード……例えば横のドラゴンメイド・ラティスを破壊してバーンダメージを与えることが可能なランク5、ヴォルカザウルスのようなカードは伏せられたドラゴンメイドのお片付け、そしてシューティング・セイヴァー・スター・ドラゴンの二重の守りによって確実に止められる。ならばと壁を並べて耐性が切れるまで凌ごうにも、合体魔竜と対を成す最強の鉾であるあのカードは墓地に存在するスターダストの数まで攻撃を行える……すなわち、毎ターンあのカードだけでも攻撃力4000による2回攻撃が。
いかに手札の枚数があったとしても、捲りよりも相手に先んじて動きそもそも自由に展開させないことを目的とした足長のデッキ内に、もはやこの布陣をくぐり抜けるだけの余力は残されていない。そのことは彼自身が一番よくわかっていたし、手長もそれを承知していた。兄弟がほんのわずかに互いの視線を合わせ、寂しげに頷き合い……そしてデュエルは、終了した。彼らは自らのデッキとそのポテンシャル、得手不得手を知り尽くしている。だからこその、確定した敗北を前にしての
「つ、疲れた……ここまで強い奴、馬術決闘部の大会でもめったに見なかったわよ……」
「先日のイグアナ君なんかはかなりいい線行っていたと思うが、彼の方が上澄みというか例外寄りだったか。それより君、最近勉強ばかりしているから体力が落ちているんじゃないかい?」
「やっぱ引退したら駄目ね、受験終わったらまた鍛えなおすわよ。あの井口にもいつかはリベンジしなきゃだし……」
ぐったりしながらも力のこもった口調で意気込みを呟いたはいいものの、体の方は気持ちについてこれなかったのかその場に座り込む天詩。一方でやれやれと呆れ顔で肩をすくめた遊ヶ﨑はまだまだ元気なものであり、前回のような異常事態ではなく本当に疲労しているだけなことを確認してから手長足長の方へと歩を進める。
「おおい、そろそろ話を聞きたいのだが、いいだろうか」
「……話すことなど、何もない」
そう拒絶する弟の異形の足が、上の兄の長腕が、彼女の目の前で次第に人並みの大きさへと戻っていく。その様子を興味深そうに目を細めて見守ってから、今しがたの返答など聞こえていないかのように話しかける。
「それだよ、その手足だよ。私の知る怪異たちと君たち兄弟は、同じ怪異と言っても明らかにその系統が違う。彼らはいわゆる幽霊の類であって、君らのような肉体も持っていなければ変形なんてもってのほかだった。どうして学校に手長足長がいるのかも気になるところだし、知りたいことは山ほどある」
子供のように好奇心に目を輝かせる遊ヶ﨑の視線に、肩車もやめた手長足長兄弟が無言で視線を見合わせる。ややあって口を開いたのは横に並んだ瓜二つのうちの兄、手長の方だった。
「……我々兄弟が死んだのは、ここに日置高校ができてからのこと」
「兄者!」
抗議の声を漏らした弟にたしなめるような視線をひとつ向け、兄の話は続く。
「死因は交通事故、つまらない事故だった。共に死んだ父と母はそれ以来見てはいないし気配も感じない、恐らくあのふたりは無事に成仏できたのだろう。我ら兄弟のみがなんの因果か現世に、そして当時通っていた母校であり事故現場にも近いこの土地に残ってしまった。それもいつの間にか、学校の七不思議などと呼ばれるようになってな。一時は怪異と妖怪は違うのではないかと思いもしたが、呼ばれてしまったものは仕方がない」
昔を懐かしむようにどこか遠い目でそう語る兄の、そしてそれを見つめる弟の全身から、ゆっくりと光の粒子が漏れ始めた。
「それと我らに肉体があること、そして我が腕と弟の足についても気になると言ったな。それに関しては残念ながら、期待に沿える返事はできそうにない。なぜならば、この手足は生前からの自前の物。我々の父は妖なるものであり、それが人の母と結ばれた結果生まれ、人として育てられてきたのが我ら兄弟」
「ほう……!いや、驚く事でもない、か。幽霊がいて、妖怪がいちゃいかんという法はないわけだものな」
さらりと明かされた情報には遊ヶ﨑も驚きに一瞬目を丸くしたが、すぐに思い返して頭を振る。従来の頭の柔らかさに加えここ数か月様々な例を見てきたこともあり、ずいぶんと話が早くなっていた。
もっともそれは、こうしている間にも少しずつ兄弟の身体から出る光が強く、激しくなってきているのもある。いつの間にか復活して横にやってきていた天詩も今は空気を読んだか何も口を挟まない中で、手長が頷く。
「そういうことだ、生者の女よ。ただ人のみが知らぬだけで、世界は存外色々なものが蠢いている。我々が死してなお肉体を得られたのも、人よりも元々あちら側の世界に近いこの体に流れていた妖怪の血がなせる業だったのだろう。今となってはわからぬ話だが」
「つまるところ、君たちの持つ特異性は七不思議として後天的に手に入ったものではなく、先天的な要因によるもの……の可能性が高い、というわけかい?ある種期待外れではあったが、同時に期待以上でもあった。余計に興味深い話が聞けたこと、ひとつ礼を言わせてもらうよ」
目に見える世界が一気に広がったような感覚に、抑えきれない興奮をどうにか取り繕いながら頭を下げる遊ヶ﨑。しかしやはりその様子は傍から見ればわかりやすかったのか、ここに来て初めて手長が声を上げて笑う。
「……ハハハ!あくまで夜を恐れないか、生者の女よ。まったく敵わないものだ」
「恐れていないわけじゃないさ。ただ、昼間は世界の半分でしかないだろう?そして世界の半分は、私にとっては狭すぎる。窮屈な方がよほど怖いよ」
「まあそういうヤツよね、アンタは……」
そう平然と言ってのける遊ヶ﨑に、色々と諦めたような実感の籠った呟きを漏らす天詩。そんな生者の少女ふたりを見比べて、また手長は高らかに笑い。隣の弟の肩を叩くとその全身から吹き上がる光の粒子は最後の勢いを増し、いよいよ終わりを迎えようとしていたことは誰の目にも明らかだったが、ふと思い出したように手長がもう一度だけ遊ヶ埼と目を合わせる。
「生者の女よ、お前は残るふたつ、最後の七不思議を解き明かすつもりなのだろう」
「おや、アドバイスでもくれるのかい?」
揶揄うような声色に、しかし手長は大真面目な顔で頷いた。
「『七つ目の七不思議』に関する話だ。もし本当に人の身でそれを知りたいと願うなら、まずは全てを疑うことだ」
「何……?君はまさか、『七つ目』を
ピクリと眉を動かし、幾分慌てた様子で真剣な目になる遊ヶ﨑。しかし横で聞いていた天詩がその言葉の意味を問う暇もなく、手長がそれ以上のことを口にする暇もなく。いっそう激しくなった光の中で、手長はもはや質問には答えずに足長へと向き直る。
「弟よ。父さんと母さん、随分と待たせてしまったなあ」
「そうだな、兄者。ここまで長かった」
「ああ……ああ、本当にな」
その言葉を最後に、手長足長兄弟は消えた。この日を最後に日置高校七不思議の異端、『体育倉庫の手長足長兄弟』は、その一切の目撃証言が途絶える事となる。
「なんだか、アタシには最後までよくわからない話だったけど。終わった……のよね、あの人たちも、これで」
「まあ、彼らに関してはそう言えるだろうな。むしろそれを望んでいた節もある事だし、これ以上安息の墓を掘り返すような真似はしないさ。ただ、我々の話はまだ終わってなどいないがね」
たった今交わされた最後の会話について、天詩は何も聞かなかった。結局のところこの傍若無人極まりない傍迷惑の具現化のような友人は、もしこの先も自分を巻き込むことで自分に何らかの利があると踏んだならば有無を言わさず、たとえこちらが耳を塞いでいたとしても立ち塞がるものを全て引っぺがして無理矢理に説明してくるだろう。逆にその気がないのならば何も聞かない限りは大人しくしていてくれるだろうし、その方がずっといい。
ただし自分のスタンスだけは先手を打って明確にしておかないと常人離れしたあの思考回路から絶対にいらない余計なお節介をしてくる可能性があるので、そこだけは注意すること。常に目は離さず、何か言いたければ必ず先手を打つ。そうすれば、こちらの言うことを聞いてくれる……とまでは期待できずとも、少なくとも彼女の中で結論を出す前に考慮くらいはしてくれる。長い付き合いで学んだ、彼女なりの対遊ヶ﨑の扱い方のひとつだ。
「一応言っておくけど、アタシはもう巻き込まないでよね。アタシは昼間の世界だけで十分だし、これで結構楽しいんだから」
ノート片手にこちらへ向かってくる「彼女お気にの後輩」を視界の端に映しながら、踵を返してきっちりと釘を刺し……そこでふと、校舎の方を仰ぎ見る天詩。壁に備え付けられた時計の針の位置を確認すると、くるりその場で振り返る。
「それと。明けましておめでと、舞。今年も宜しく、この腐れ縁」
そう言って突き出された拳に遊ヶ﨑もまた無言で、ぐんと伸ばした己の拳をぶつけ。新年の空の下、ふたりの少女は笑いあった。
現状登場キャラ間のざっくりパワーバランス
遊ヶ﨑≧(主役の壁)≧イグアナ・七不思議連中(デッキ持ち)≧(タイマンだとかなり厳しい壁)≧天詩>トイレの怪異>>一般モブ住人
この主人公が主役補正と口プ込みとはいえそもそも結構な上澄み(作中設定)で、本来怪異をデュエルで調伏せよ!なんて一般デュエリストにはまあ夢にも無理な程度には強いはずなのが七不思議。なんかこの主役が連戦連勝してるけど。
天詩ちゃんも相当な強者側ではあるけれど、今回が顕著なように最上位勢と比べるとどうしても一歩劣るくらいの立ち位置。粘れるし十分ワンチャンもあるけどやっぱり基本厳しい。
というか、なまじ初手に精神戦で揺さぶりかけようとしてなきゃ(それも馬術決闘のルール上、相手が悪かっただけであながち悪手とは言い切れない)遊ヶ﨑相手にもかなりの高確率で勝ててたイグアナ君がなんかおかしいんだよなぁ……今更だけどなんだコイツ。