私の野望はただひとつ、怪異(ヤツ)らをデュエルで調伏せよ! 作:久本誠一
それからというもの、遊ヶ﨑は人が変わったかのように大人しくなった。当然の権利のような無茶をやらず、息吐くような無理も通さず、我を押し通す傍若無人も影を潜め、常にうわの空で何かを考えこんでは何事かを紙に書き殴り、また消しては書き直し。
最初のうちは学園が平和になったと喜んでいた周囲も、あまりの静けさとそれが続くことに対しかえって居心地の悪さを感じ始めたころ。
そんなぽっかりと晴れたある一日が、日置高校の卒業式だった。高校生活最後の行事もやはりつつがなく進行し、卒業証書の筒を手に桜の木の下で校舎を眺めるでもなく眺め。ただぼんやりと佇む彼女のもとに、小さな人影がぴょんぴょんと飛びながら手を振ってやってくる。
「おーい、舞―!遊ヶ﨑舞―!」
「ん……?あぁ、君か。どうした、随分と嬉しそうじゃないか」
「アンタねぇ、仮にも一生に一度のイベントに対してどうしたはないでしょうよ。アンタもアタシも、女子高生は今日で終わり。卒業おめでとうって言いに来てやったのよ」
そう言って腰に手を当て、発育のいい相手ならば小学生にも負けかねないほどに小さな体の薄っぺらな胸を張るのは他でもない飯田天詩。突然目の前に現れた友人を前に、しかし彼女の反応はどこか薄い。
「ああ、そうだな。おめでとう、天詩」
薄い微笑みを浮かべての言葉に、ピクリと天詩の表情が動く。この二人称全てを君、で済ませがちな女が他人に対し話しかける際に名前を呼ぶことの重さを、彼女は知っている。
「……アンタまさか、何か隠してるんじゃないでしょうね」
「いいや、そんなことはないとも。それよりも、君はこの先どうするんだい?」
「……馬術決闘部の後輩たちが駅前で卒業パーティーやってくれるっていうから、午後からはそっちに顔出す感じだけど?」
疑いの視線は崩さないままに、渋々といった形で逸らされた話に答える天詩。だが遊ヶ﨑はその答えには満足できなかったのか、そうじゃないと首を横に振った。
「いや、卒業以降の話だよ。進学かい?」
「ああ、そっち?第一志望に受かったから、この街は出ることになるけどそっち行くわよ。文武両道、才色兼備。日置高校馬術決闘部元部長兼エースの名は、まだまだ伊達じゃないってことね。もちろん向こうに行ったら、また馬術決闘は続けるでしょうけど」
「そうか、ぜひ頑張ってくれ。少なくとも君には、私についてこれた根性だけはあるからな」
「実力と美貌もあるって言いなさいよ」
用意されたツッコミどころには即座に混ぜっ返し、ふたりして笑う。これだけ大きな口が叩けるのならばと少し警戒を緩めた天詩が、話の流れで以前から気になっていたことをふと聞いてみた。
「そういうアンタこそ、どこ行くの?アンタの進学の話、全然耳に入ってこなかったんだけど」
「ああ、大学かい?私は、最初からどこも受けていないよ」
「……ふーん、充電期間ってやつ?悔しいけどアンタなら、どこ受けたって特待生は余裕でしょうに」
目を丸くして驚きかけたところを、それはたとえこの非常識が相手であっても失礼だからという良識をもってギリギリのところで意志の力でひた隠し、さりげなく深掘りする。
「充電、か。ま、とりあえずわざわざどこかを受ける意味が見いだせなくてね」
肩をすくめたその答えからは、馬術決闘の性質上会話相手の心の機微には敏感な天詩でさえも何も読み取れない。どう捉え、どう返事したものかと思案しているうちに、先に話を戻される。
「新天地での君の活躍、楽しみにしているよ」
「……まあいいわ。アタシも、アンタがまた何かやらかして名前があっちにまで届くのを向こうで楽しみにしてるわよ。アンタが近くにいると心は休まらないしやかましくて仕方ないけど、アンタみたいなのがいないとそれはそれで退屈しそうなのよね」
結局それ以上の追及は諦め、くるり背を向けて校門へと向かう天詩。その途中で振り返り、今もなお同じ桜の木の下にいる彼女へと声を張り上げる。
「舞!アタシはこれまで散々迷惑かけられた分、アンタにいっぱい愚痴やらなんやら連絡してやるんだから!だからアンタも何かあったら、まずはアタシに言いなさいよー!」
最後の言葉が届いた証拠に軽く片手を上げ、そっと笑みを浮かべる友人。それを確認したところでまだどこか不完全燃焼を感じながらも、少なくとも自分の言葉は届いたのだからと納得することにして。今度こそ天詩は、一足先に校外へと巣立っていった。
そして、そんな背中を最後まで、見えなくなるまで見送って。もはや人影もまばらな校庭をようやく動き出した彼女が向かったのは、しかし外ではなくその旧校舎内。もう幾度となく毎日のように通ってきたルートを迷いなく辿り、ある部屋の前で足を止める。大空想決闘精神研磨追及部……彼女がこの3年間を根城にしてきた、「城」だ。ドアを開くとそこにはやはりと言うべきか、もうひとりのこの場所の住人である男子高校生。そして彼女は見慣れた顔に対し、いつものように笑いかける。
「やあ。少しばかり、付き合ってくれるかい?」
ひとりから、ふたりに。奇妙な、しかしいつも通りの組み合わせが最初に向かったのは、校庭のトラックだった。広々としたそれをたっぷりと眺め、横の後輩にというわけでもなく話しかける。
「我々が最初に向かった七不思議は、まさにこの場所だったな。走る二宮金次郎像と、その内に宿っていたもうひとりの子供の霊……しまった。先ほど天詩君に会ったのだが、ハナコストライプ君について聞くのを忘れていたよ。彼女もやはり新天地へと連れていくのか、聞いておけばよかったな」
そしてまたふらふらと一見あてもなさそうに校舎へと入り、しかし目的地だけは決まっている歩みは進む。次に彼女たちが足を止めたのは、音楽室だった。誰もいない中に入り込み、ひとりでに音を鳴らしたりはしない何の変哲もないピアノにそっと手を置いてまた口を開く。
「第二の七不思議、ピアノを弾く幽霊。彼女については後になって興味深い話を聞きもしたが、それは抜きにしてもあれは面白い勝負だった。そういえば、あのデュエルの際に私は君に命を救われたんだったな。思えばあの時から……いや、止めておこう。先に、次だ」
音楽室を出た彼女たちが次に向かったのは、2階の女子トイレ。中に入りこそしないものの、扉の前で懐かし気に目を細めた。
「第三の七不思議、施錠された女子トイレの個室。あの時は君が中に入るのを嫌がるものだから、全く大変な目にあったし天詩君にもとんだ災難だった。ああいや、別に君を責めているわけではないさ。あの時の幽霊の子も、今頃転生できているのだろうか。もっともそうだとして、私のことはもう覚えていないだろうが」
そのまま階段から下に降り、再び校庭に出た一行。もはや卒業生たちも、彼女を残して残らず巣立ち終えていて。完全に誰もいなくなったそこを我が物顔に突っ切って、体育倉庫に辿り着く。
「第四、そして第五の七不思議、体育倉庫の手長足長兄弟。なにせ私についてこられるようなパートナーが少ないものだから、実はタッグデュエルはシングルに比べ不得手だったのだが。それでもさすが、天詩君レベルともなれば不満はないものだ。貴重な機会ということもあり、なかなか面白い経験だったよ。妖怪の存在についての話という、思わぬ副産物も手に入ったことだしね」
目を細めて年越しの時のことを思い返し、やがてそこにも背を向けて再び校舎にとんぼ返り。うってかわって入り込んだのは、3階の図書室だった。背丈より高い書架の間をゆっくりと歩きながら、どこか不満げな表情を隠さない後輩の方を向く。
「おいおい、そんな顔をするものじゃないよ。第六の七不思議、図書室に潜む幽霊。彼女の生き様に、そして死後の振る舞いに、私は敬意を表しているのだから。しかし今考えれば後付けで継ぎ足された第二と第六の七不思議はどちらも半透明な人型、ステレオタイプな幽霊としての姿を見せていたんだな。怪異としての力とその姿、何か関係性があるのかもしれないが……いかんせん、サンプルが少なすぎて早急かつ安易に結論を出すのは危険か」
そして廊下に出て、図書室の扉を閉める。かくしてこれまで解決してきた七不思議の場所を全て巡り終えた彼女は、どこかさっぱりとした顔で晴れやかにこう言った。
「最後はどこにするか、ずっと考えてきたんだが。やはり、どうせならば高いところの方が気分も眺めもいいだろう。もう一カ所だけ、屋上まで付き合ってくれるかい?」
やはりいつも通り、嫌も応もない。返事も待たずお構いなしにずんずんと突き進むその背中に相方が付いていくと、施錠されたドアにもはやすっかりお馴染みとなったピッキング用針金を突っ込んでいる姿があった。
それからものの数秒で金属音を響かせたドアノブを難なく捻り、屋上へ。開放感のある青空の下へ少し進み、その中央で気持ちよさそうに大きく背伸びをして。穏やかな顔つきで、振り返る。
「では、私はこれでお暇させてもらうよ」
その言葉を最後に屋上の端、あと一歩足を踏み出せばもう落下するしかない所へと移動して最後に一度眼下を見下ろす。
ここからなら、途中で余計な木などに引っ掛かる恐れもない。下に広がるのはコンクリートだ、この高さならば頭蓋は確実に粉砕して脳漿は飛び出し、内臓という内臓には細かくへし折れた全身の骨が突き刺さるだろう。それらしきことを書いた遺書もちゃんと卒業証書の筒に入れておいたし、誰かにあらぬ疑いがかかる事もない。結局こうすることは最初から決まっていたのだから、大学だって受ける意味がなかったのだ。
そして何もない空間に重心を乗せ、そのまま一歩を踏み出した。
バッドエンドルート。