私の野望はただひとつ、怪異(ヤツ)らをデュエルで調伏せよ!   作:久本誠一

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前回の引きから条件満たしてればそのまま入れるトゥルーエンドルート。
満たしてなければそのままスタッフロールが流れる系の。
本当は一週間間を空けて投稿しようかとよっぽど思ったけど、さすがにそれはちょっとどうなのかと擦り切れたはずの理性が顔を出したので妥協の半日後投稿。
そんな裏話はさておき、今回こそ本物の最終回にして最終戦です。


怪異その終:怪異らをデュエルで調伏せよ!

『駄目!』

 

 どこからともなく声が響くと同時に、光が弾ける。その出所は、彼女のセーラー服のポケット。

 

「……!これは……っ!」

 

 瞬間、彼女の視界がクリアになった。これまで見えていたなんてことのない景色が一変し、空気のように当たり前に感じていた常識が全てひっくり返るような感覚。私は今まで(・・・・・)何を考えていた(・・・・・・・)?思考よりも先に、今の今まで上書きされて摩耗していた生存本能が身体を動かす。大きく後ろに跳び退り、重心を無理矢理後ろに回して屋上の堅い床を改めて踏みしめる。冷たい汗が、頬を伝う感触。あと一歩踏み出していたら、自分は……。

 頭を振って死の感触を振り払い、先ほどの光の出所を求めてポケットへと手を突っ込む。最初に触れたものを引っ張り出すと、それは何の変哲もない手編みの紐だった。あの時に図書室の幽霊から渡された、本当にどうしようもない時に一度だけ助けてくれるというお守りを結んでいた紐。

 

『やっぱり、危ないところでしたね』

「おや、君は……」

 

 横から響いた先ほどの叫びと同じ、聞き覚えのある声の方を向く遊ヶ﨑。その視線の先、空中に浮かんでいたのはつい先月にその残滓すら消え去ったはずの、かつてこの図書室で自死することとなった半透明の女学生だった。そんな彼女が遊ヶ﨑の手の中、紐しか残っていない自分の渡したペンダントをちらりと見て、ほっとしたように胸をなでおろす。

 

『……万一の時のために、保険をかけておいて正解でした。あの時渡したペンダントはほんの少し霊力を込めただけの単なるガラス玉、ただの囮ですよ。私がお守りとして持てる力の全てと、こうしてここにいられるだけの魂の一部をつぎ込んだ本体は、この紐の方。怪異の力による改変を、私の得た怪異の力で相殺するための媒体、です』

 

 その言葉を遠く横に聞きながら、遊ヶ﨑は呼吸も忘れるほどの情報量に圧倒されていた。この七不思議の調査において、最初期からずっと存在し、明かされていたルールのひとつ……一度破られた怪異の認識改変は、その存在に気付いた者にはもはや通用しない。改変を破られた彼女の脳に、これまで目を逸らされ続けてきた過去の記憶が一斉に押し寄せる。

 しかし、それにも終わりはやってくる。脳が耐え切れずに失神してもおかしくないほどの膨大な情報と記憶の洪水をまともに受けた彼女を心配そうな目で見守る図書室の幽霊の前で、しかし驚異的な精神力と情報処理能力の高さでその全てを認識し制御しきった彼女がゆっくりと顔を上げる。

 

「……さて。言い逃れがあるならば聞かせてもらおうか、最後の七不思議君」

 

 鳥も飛んでいない青空を、風だけがそよいでいく。呼びかけた側も、問いかけられた側も、どちらも目を逸らさないまま、数秒が経ち……長い沈黙を破ったのは、問いかけられた側だった。

 

「偉い、偉い。ちゃんと気が付けてよかったですよ、『先輩』?」

「フン、よく言うよ。私はとうとう最後の最後まで、君の敷いたレールの上を通ってきただけじゃないか」

 

 鼻を鳴らして否定し、それにしても、と腕を組む。

 

「君は、そんな声をしていたんだな。怪異は生前の名を名乗らないし、人間の認識や常識に干渉する……確かに二宮金次郎像の彼と相まみえたあの時から、ずっと提示されていた定義ではあったが。まさか最後のひとりが、ここまで規格外な力の持ち主だったとはね」

 

 ずっと彼女の後ろから付いてきていた後輩の彼と、はっきりとその目を合わせて向かい合う。

 

「私は今日に至るまで君の名前も知らなければ(・・・・・・・・・)、君が口を開くのも(・・・・・・)見たことはなかった(・・・・・・・・・)。だというのにそれを疑問にすら感じることができなかったんだから、全くピエロもいいところだ」

「わからないですよ?俺、単に超無口だっただけかもしれませんし」

 

 にやにやと笑う『後輩』の笑顔はこの一年間見慣れたはずの顔でありながら、遊ヶ﨑の目にはどこか異質なものに見えてならなかった。まるでよくできた精巧なマスクを、人ではない何かが被っているかのような。気が付かなければ何とも思わないが、一度そうと知ってしまえばもはや二度と同じ目で見ることはできないような。

 

「今にして思えば。ヒントはもう、幾度も出ていたわけだな……もっとも、それも片端から君自身がすべて私の目から隠していたのだろうが。あのピアノの幽霊の起こした幻覚に私が呑まれそうになった際、君はそこから助けてくれた。逆に言えば、君にはあの幻覚の効果がなかったわけだ」

「へえ?幾度ってことは、他にも理由があるんでしょ?じゃ、それも言ってみてくださいよ」

 

 余裕ぶった言葉に頷き、指折り数えていく。これまで彼女が本来感じていたはずの、しかしその度にその目を曇らされ続けてきた、違和感の数々を。

 

「女子トイレの個室の時、君は断じてトイレの中に入ろうとはしなかった。最初から知っていたんだろう?個室の中にいるのは自分のデッキも持たず、誰かに憑依しなければカードひとつ持ち上げるのもままならないような霊なんだと。だから君は、天詩君を利用した……あれだけ部長として本気になっていた天馬杯のレポートを、あの天詩君が学校に忘れていく?あげく、それを取りに来たのは深夜零時だと?それらしい理屈を付けてはいたが、不自然なシチュエーションにもほどがある」

「ダメ出しですか?『先輩』は厳しいなあ」

「実際に私も天詩君も、違和感を覚えられなかったのは事実だよ。しかしそれだけの強大な力は認めるが、そこにかまけてのごり押しはあまり感心しないね。私に言わせれば、少しばかりスマートさが足りていないよ」

 

 バッサリと切って捨て、さらにもう一本指を折る。

 

「ごり押しと言うのなら、手長足長兄弟の時もそうだ。手長足長の出現に、月齢が関係?馬鹿馬鹿しい。あの時は私もそう思い込まされていたが、それこそ関係なんてあるわけないだろう。そもそも私の得られた七不思議の情報は、全て過去の学校誌や生徒会報、学校新聞由来の代物だ。紙面を埋めるいちコラムに過ぎないオカルト遭遇情報に、いちいち具体的な日付まで載っているわけがない。よくてその月や、直近の行事ぐらいのものでしかない」

「ああ、あれ。あれはなかなか傑作でしたよ。いくら誘導したのが俺とはいえ、あんまり堂々と頓珍漢なことを言い出すものでしたから」

 

 またしても見知ったはずの顔で見知らぬ笑みを深められ、露骨に嫌な顔をする遊ヶ﨑。

 

「あれは要するに、誰かに見られるリスクを限界まで落としたかったんだろう?あの兄弟と図書室の幽霊は他の七不思議と違い、昼間にも目撃情報がある。体育倉庫の付近なんて目立つ場所であの色々と目立つ兄弟と私がデュエルをおっぱじめて大ごとになることを避けるため、わざわざ年末年始の誰もいないタイミングまで引っ張らせたわけだ」

「ご明察。さっすが『先輩』、話が早くて楽でいい」

 

 口元の嫌な笑いは貼り付けたようにそのままで、笑っていない目の奥を覗かせながら両手は形だけの気のない拍手。気丈な彼女もそのちぐはぐな様子には寒気を覚えたが、努めてその感情を意識から締め出しさらに言葉を紡ぐ。

 

「そして、極めつけは先日の図書室の時だ。最後に君が隠した、私の一瞬感じた違和感の正体。あの幻の図書館を君が最後まで彷徨っていたのなら、あのデュエルの棋譜が取れるはずがない。まして、私があの時仕掛けたのは後攻ワンキルだ。あれが綺麗に書きとられている時点で、どれだけ遅くともデュエル開始時点で君はあの幻を破っていないと話が合わないんだよ」

「その女な。まだ従順じゃないとは思っちゃいたが、まさかまだ俺に正面切って逆らうつもりだったとはね。ペンダントにはまんまとしてやられたよ、紐だけになったのを捨てない『先輩』も大概だったとはいえな。素材はいい魂だったし素質も人間にしちゃ高かったんだが、ここまで逆らわれると勿体ないもんだ、なあ?」

『ひっ……!』

 

 おちょくるような形だけの敬語も徐々に崩れ、やれやれと心底残念そうに首を横に振る『後輩』……最後の七不思議。かつて自分を自殺へと追い込んだ存在に死してなお恐怖で後ずさる図書室の幽霊に、その態度には多少なりとも感じるところがあるのを自覚しつつも、遊ヶ﨑はその感情を爆発させはしなかった。まだひとつ、どうしても知らねばならないことが残っている。

 

「……君の趣味嗜好と私のそれの違いについてはさておいて、だ。どうにもわからないんだが、君の目的は一体何なんだ?」

「と、いうと?」

「図書室の彼女が最初に学校の七不思議を調べ始めた時、君は彼女がそのうちふたつを自力解決した段階で彼女に命を絶たせ、その後釜に新たな死者の魂を立てた。だがそれから年月が経ち私が同じことをやり始めた際、今度は君はそれを止めるどころか私の懐に潜り込み、その手助けまでして。そして最後の最後に、私の認識に手を加えて自殺を図らせた。まったく大したものだよ、この私ともあろうものが何の疑問も抱かず呼吸と同じくらい当然にすることとして自死を選んでいたわけだからな。なあ、君は一体何がしたいんだ?」

 

 最後にして最大の疑問を正面から突きつけると、最後の七不思議は顎に手を当て思案して。やがてゆっくりと、その口を開いた。

 

「……そうだな。またそこの女みたいに歯向かわれても面倒だし、お前にはここまで働いた褒美代わりにも先に教えておいてやるか」

 

 そして語りだす。かつてそれを探ろうとしたふたりが揃ったこの場所で、邪悪な七不思議によるその真の目的を。

 

「まず俺は、『学校の七不思議』であって厳密にいえば『七不思議のどれか』じゃない。存在する6つの不思議から、誰ともなく話に上り始めた存在しない七番目の七不思議。つまり俺にはアイツらと違い、生前の姿なんてものはない。当然だろ、俺を生んだのはお前ら人間なんだからな」

「……つまり何代にもわたり我々の先輩方が積み上げてきた、きっと七番目があるはずだという根も葉もない噂。言い換えれば学校の七不思議という言葉自体へのイメージ、それそのものへの信仰が生んだ疑似的な神……そんなところか」

 

 言霊、そんな単語が彼女の脳裏をよぎる。無から生まれた、実体のない噂だけの一人歩きに本当に足が生えたような存在。七不思議の七つ目は濁されていることも多い、そんな土壌も目の前の彼の存在をより強める結果となっていたのだろう。そんな推察に、当の本人はあっさりと頷いた。

 

「ま、そんなところさ。よく言うだろう、鰯の頭も信心から、ってな。だがいざ生まれてみて、俺は驚いたね。なにせ俺の存在の根幹にもなっている第一から第六の怪異どもときたら、揃いも揃って力が弱い。人を襲って恐怖を糧にするどころか、辛うじて存在し続けるのがやっとときた。このままじゃあ、俺の存在そのものまで揺らぎかねない。見かねて俺がこの自我と一緒に得た力、認識に作用する能力を分けてみもしたが、それでも元がカスなら大した力はない。だから次に、その女を使って入替えを図ってみたのさ」

 

 その女。今日だけで幾度となく出てきたその言葉に名指しされたに等しい図書室の幽霊がその体を震わせ、遊ヶ﨑がピクリと眉をひそめて反応する。しかし彼女たちが何か言うより先に、最後の七不思議が口を開いた。

 

「お前は都合がよかったよ。何かしても周りに気付かれるのが遅れる程度にほどほどに孤独で、魂の力もあのカスみたいな怪異どもに比べりゃよっぽど強い。しかも『先輩』、お前みたいに怪異と戦う方法はカードだ、なんてイカれきったことは言い出さない程度の分別はあったしな。それからその常識に、認識に、内面にそれとなく干渉して学校の七不思議に興味を持たせ、さも自分で思いついた風にその調査に対し乗り気にさせてよ」

『そんな……!それじゃあ最初から、私は……!』

「なんだ、そこは気付いてないのに俺に歯向かう気だったのか?そしてお前は首尾よく、俺を構成する七不思議の中でも特に力の弱かった『ひとりでに鳴るピアノ』、『図書室の幽霊女子』を順番に片付けて……さあ、ところがそこでまた俺は弱っちまった」

 

 口元にはへらへらとした笑みを浮かべたまま、困り眉でオーバーに肩をすくめる怪異。対面の返事を待たずして、どこか芝居がかった口調が続く。

 

「つまり、やり方が悪かったんだな。あれは紛れもない俺の失敗だったんだが、体もなけりゃ媒体もない俺を構成しているのは、第一から第六の怪異ありきでの『七不思議』というひとまとまりの概念。それを構成する奴らをただ消してったんじゃ、俺の力はむしろどんどん弱まって最後には消えちまう。だから急遽方針転換してお前と、あとひとり目についた適当な奴に死んでもらったのさ。ちょっと囁くだけだから簡単だったぜ?『飛び降り自殺は当然の行為で言及するまでもない常識』ってな。ちょっとばかり想定外ではあったが、あの代替わりのおかげでそれ以前よりもだいぶ俺の力は強くなった。これも怪我の功名ってやつだ」

「それが私の知る方のピアノを弾く幽霊……教育実習生だった彼女か。それで?君の腐り切った下種さはこの際置いておくとしても、話はまだ半分しか済んでいない。彼女についてはある程度理解できたが、なぜそこから何年も過ぎた今になってまた君は行動を始め、私には違う真似をした?」

 

 腹の底から湧き上がる静かな怒りを込めて遊ヶ﨑が睨みつけると、おお怖えぇ、とこれ見よがしに自分の体を抱きしめ震えてみせる最後の七不思議。しかし反応がないとわかるやあっさりとその腕を解き、鼻で笑う。

 

「おいおい『先輩』サンよ、そりゃあないぜ?俺はな、ずっと待ってたんだよ。お前みたいに強い魂と、話題性ってのを持ったやつがこの学校にのこのこ入学してくるのをな」

「ほう?」

「いいか、まず弱い七不思議をお前に一掃させることで、今後の俺が力を増す際には邪魔になる足手まといを取っ払う。するとどうだ?すること成すことド派手で目立つお前が『学校の七不思議』を追い掛け回してたことは、その過程でよおぉく知れ渡る……気違いがまた、新しい玩具を見つけたみたいだってな。そんなお前が卒業当日なんてインパクトのあるタイミングで何の前触れもなく遺書まで書いて自殺したとなれば、噂はどんな方向に向かうと思う?」

『七番目の七不思議、それを知った人間は死ぬ……!』

 

 気が付いた図書室の幽霊が、息を呑む。いつの間にか形作られてきた存在しない七不思議の、数少ない情報。最初から存在しないものを無理やり成型する為の定型文そのものが、遊ヶ﨑舞の死をもって中身のある実体として完成する。

 にぃ、と。かつて自分が死に追いやった少女の浮かべる恐怖の表情に、怪異はその唇が頬まで裂けるかと思うほどの笑みを浮かべた。

 

「ご明察。お前ほどの女ですら、最後の七不思議には勝てなかった。お前の悪名が轟けば轟くほどに、こいつは強烈な印象をばらまいてくれる。もちろん、遊ヶ﨑舞のネームバリューだってそのうち弱まっていく。なにせ、生徒は毎年入れ替わるからな。だが、それでいいんだよ。数年あれば俺はまたお前の死によって一時的に得た噂の力が弱まるまでに新しい事が起こせるし、ここを卒業していった奴らだってそれを見ればまたお前のことを思い出し、勝手に関連付けて恐怖する。そうなれば、俺の力はそいつらを媒体にしてどこまでも広がっていく!」

 

 哄笑する最後の七不思議に、言葉を失う図書室の幽霊。しかしその話の中心に上がった張本人はなおも不愉快そうな態度を隠そうともせず、不遜な態度を変えようともしない。

 

「その根性が気に食わないな。結局すべては私任せで、そのくせ君が結果だけをひとりで持って行こうというのか?それに今の話は、先の話と矛盾しているぞ。七不思議が減るごとに君の存在にダメージがいくというのなら、なぜ君は今なおそこまで平気でいられる?」

 

 既に日置高校の七不思議はそのうち六つが解決に導かれ、そこにいた死者たちも本来あるべき場所へと帰っていった状態。仮に図書室の幽霊が今ここにいる分をカウントしなければまだつじつまは合うものの、そもそも彼女の存在は遊ヶ﨑にとってはもちろん、最後の七不思議からしても完全なイレギュラーであるはずだった。

 しかしそんな問いかけは、なんてことないように返される。

 

「頭が固いぜ、『先輩』。怪談なんて人の口から語られてナンボの存在、それが俺たちの在り方なんだよ。それにさっき言わなかったか?あの時に俺の存在が揺らいだのは、自分の体もなけりゃ代わりになる媒体もないせいだって。今はちゃんと、代わりがあるんだなこれが」

『……?』

「……!」

 

 そう言ってどこからともなく、あるものを最後の七不思議が手にする。それに見覚えのない図書室の怪異は訝し気に目を細めるだけだが、残念なことに遊ヶ﨑にとってそれは嫌というほど見覚えのある代物だった。

 怪異がその手に持つのは何の変哲もない、一冊の大学ノート……過去に繰り広げてきた七不思議戦の全てを描写させてきた、棋譜用ノートである。パラパラとページをめくると、彼女自身これまで幾度となく見返してきたその中身が露になる。

 

「こいつはただのノートでしかない。本来は、そうだった。だが、大事なのはその中身だ。人ならざる者への記憶、その存在した証拠、一戦一戦にかけたお前自身の思い入れ。単なる文字列や数字、落書きの並びひとつひとつの裏側にそういった下らねえものがたっぷり染みつき、とどめに七不思議(おれ)自身の手によっても書き込まれたこいつは、もはや言うなれば手書きの魔導書。これそのものが新しい七不思議、その第一の怪異として独り立ちできるほどの代物だ」

「……元々それを作るように指示したのは、私の思い付きだと思っていたが。それすらも、君の差し金だったわけか。全くもって情けない……そこまでお膳立てされていたのなら、もはやそれが私である意味すらないな。私はそれが君のこれからの学生生活に、私が先輩面して残してやれる唯一のものだとまで思っていたというのに」

 

 うんざりしたように、そしてやりきれないようにかぶりを振る。自分が自分として自由にある事を誰よりも重視し愛した彼女はしかし、結局のところ得意げに羽ばたいていたつもりでより広い程度の檻の中で、より長い程度の鎖に縛られたままでしかなく。それがしみじみと、悔しくもあり情けなくもあった。

 

「いやあ、おかげで役に立ちましたよ、『先輩』?可愛い後輩の役に立てたんだからもっと喜べよ、遊ヶ﨑舞。お前が馬鹿正直に何か月もせこせことかけてこいつを育てさせてくれたおかげで、俺はもう古臭いこれまでの七不思議なんぞに依存しなくても存在を保てるようになった……さて。そこで、だ。これは俺からの褒美も兼ねて、ひとつ提案なんだが」

 

 芝居がかった調子で両腕を広げ、そこで一度言葉を切る最後の七不思議。自分と睨み合う遊ヶ﨑、そして図書室の幽霊をぐるり見渡して、ひょいと手を差し伸べる。

 

「お前はなんだかんだいってよく俺の役に立ってくれたし、人間にしちゃあ上澄みで頭も切れる上玉をこのまま死んでもらうだけではいさよならってのも惜しい。このノート、そして俺自身……新生日置高校の七不思議は、まだ空席が五つある。なあ、そこの席に座る気はないか?」

「私は……」

『ふざけないで!』

 

 即答しようとした遊ヶ﨑よりも早く、図書室の幽霊が声を張り上げる。一瞬だけそちらの方を見た彼女が先に喋ってくれと肩をすくめて一歩後ろに下がると、怒りに燃えた幽霊が半透明の指先を突き付ける。

 

『私が今もこの世に残ったのは、あなたの狙いを阻むため!私のような人を、もう二度とこの後輩たちから出さないため!そして、あなたに壊された私の人生の借りを返すため!そんなこと、私が決して許さない!』

「……だ、そうだ。いやあ、交渉決裂だな?そして私もあくまで君の先輩として先ほどに続きもうひとつダメ出しをさせてもらうが、君の勧誘は本当にやる気があるかどうかを疑いたくなるほどに下手糞だよ」

 

 感情任せの叫びに追従するように、低く笑った遊ヶ﨑の言葉が続く。その言葉の裏にあるものは人知を超えた深淵の存在に対してもなお変わらない、明確にして堂々たる傲岸不遜な悪意。恐怖や力に屈し尻尾を振るほど、彼女は人生暇ではない。

 

「まるで響かない薄っぺらな言葉、人に物を頼む態度ではないその上から目線、脅迫するにしてもネタは自分の力のみ。飴としても鞭としてもあまりにお粗末極まりなく、全く手本がなっていない。君はこの1年間、仮にも私の後ろについて回って一体交渉というものの何を見ていたんだい?先輩の背中すらまともに追いかけられない出来の悪い後輩に、ひとつ教えてやらねばな」

「残念だな。結局、腕づくで体を殺してやらなきゃならないか。手間が増えたぜ、全く。だがまあ、一度心を折っておかないと反逆されるってのはそこの身の程知らずがよく教えてくれたからな。むしろ生きてるうちに下拵えができるなら、俺としても望むところか」

 

 最後通牒を突き付けられた怪異がその口先とは裏腹に微塵も残念がってはいないそぶりで左腕を構えると、そこにデュエルディスクが無から生成される。それを見た彼女も、自分のデュエルディスクを起動して。

 

『……ごめんなさい。私があのお守りに用意できたのは、この魂だけ。私のデッキは、もう……』

「あれだけ威勢よく啖呵を切っておいて、結局最後はこうなるわけか。ああいや構わんよ、元々最後はこうするつもりだったからな。君は私の命を救ってくれた、それだけで十二分にお釣りがくる。これが最後の戦いだ、日置高校の七不思議!」

 

 先ほどの激昂はどこへやら、心底申し訳なさそうに謝る図書室の幽霊には気にするなとぶっきらぼうに手を振って。

 

「「デュエル!」」

 

 最後の戦いが、始まった。

 

「先攻は、どうやら俺が貰ったようだな。なら、まずはこのカードを……」

「いいや、私が先に動かせてもらおう。私の場にカードが存在しない場合のみ、このカードは手札から効果を発動できる。メインフェイズ開始時(・・・・・・・・・・)にマルチャミー・プルリア、効果発動だ」

 

 共通の発動条件を持ちいずれもドローソースとなる誘発カード群、マルチャミー。中でも今回彼女が使用したのは、手札からの召喚及び特殊召喚に反応する水属性のプルリア。その発動タイミングに、最後の七不思議が意味ありげに眉を動かした。

 

「なるほど、もう何か企んでるな?俺はお前のデュエルをずっと近くで見てきたんだ。マルチャミー・プルリアは、発動条件さえ満たしていればそのタイミングを選ばない……相手がメインフェイズにモンスター効果を使うことに対しメタを張る三戦の才、あるいは三戦の号といったカードを警戒するなら、ドローフェイズやスタンバイフェイズに使うのがセオリー。それをわざわざメインフェイズに使ってきたのは一見プレイングミスに見えて、そのあたりのカードを俺に使わせたいわけがある。サーチやドローに対応してのドロール&ロックバードか?ハンデスを誘っておいて、本命のドローソースな増殖するGでもぶつけるか?」

「……さて、ね」

 

 目を閉じて押し黙り、ひとつひとつ探り当てるような推理を聞くその表情からは、何の感情も読み取らせない。しかし言葉通り彼女のデュエルをずっと見てきた最後の七不思議はそこから何を読み取ったのか、張り付いたようなその笑みをますます深くした。

 

「どちらにしても、こいつだ。カードを1枚伏せて魔法カード、手札抹殺!互いのプレイヤーは手札全てを捨て、その枚数だけドローする!」

「やってくれるな……致し方ない、増殖するGをチェーンして発動だ。これで君が特殊召喚を行えば、私は追加でドローができる。そして増殖するGが減ったことにより、残る3枚を捨てて3枚ドローしよう」

 

 その内心をまるで読み取らせないポーカーフェイスに、しかし今の手札抹殺はよほど予想外だったかわずかなさざ波が走る。それはほんの一瞬、よほど注意深く見ていてもなおほとんどの存在が見落とすほどに些細なものではあったが、間違いなくそこに存在した。

 そう、ほとんどの存在が。この1年を共に過ごしてきただけあってそれを見過ごさなかった最後の七不思議が、つくりものの笑顔の奥にある邪悪な瞳を満足げに瞬かせる。

 

「そして俺も、3枚の手札を捨てて3枚ドローする」

『……ああっ!』

 

 互いの墓地に落とされた初期手札。その内容に、戦いの行く末を見守っていた図書室の幽霊がはっと息を呑んだ。

 

 手札:遊ヶ﨑

ドロール&ロックバード

No(ノウ)P.U.N.K.(パンク)セアミン

P.U.N.K.JAM(ジャム)エクストリーム・セッション

 

 処理上では同タイミングでも、まず先にカードを墓地へと送り込んだ遊ヶ﨑の手札がこの3枚。通常召喚にも対応するため最悪でも手札交換程度の役割は果たせる可能性の高いプルリアで引けるだけカードを引き、相手のデッキタイプに応じて危険域以上の動きはドロール&ロックバードで止める。そして返しのターンには初動であるセアミンと強烈にテーマの動きを補助するフィールド魔法であるエクストリーム・セッションを軸に、一気にデッキを回しにかかる……ここに増殖するGまで握り込んでいた、【P.U.N.K.】というデッキタイプの中でも極めて強力な部類に入る初手。

 これらが全て手札抹殺により無に帰ったのは遊ヶ先にとっても相当な痛手であることは想像に難くないが、図書室の幽霊が声を抑えられなかった理由はそれだけではない。たった今憎き最後の七不思議が惜しげもなく捨てた、その3枚のカードにあった。カードの一部にくっきりと刻まれた、その所属を示すテーマ名。

 

 手札:最後の七不思議

Jo(ジョウルリ)-P.U.N.K.ナシワリ・サプライズ

マルチャミー・フワロス

No-P.U.N.K.オーガ・ナンバー

 

『ミラーマッチ……!』

「感動的だろう、『先輩』?お前の人生最後のデュエルの相手には、これが一番相応しいんじゃないかと思ってな。しかも、同じテーマ握る相手に負ける無様を晒してだ」

『まさか、彼女の使うデッキをあなたが誘導して』

「……いや、それはない。そうだな?」

 

 重々しく、そして苦々しく口を開いて非難の声を否定したのは、当の遊ヶ﨑本人だった。ニタニタと笑ったままの怪異に変わり、忌々しそうに吐き捨てる。

 

「私が今回最も使い慣れたこのデッキを相棒に選んだのは、単に練度の問題だけではない。そもそも私がこれまで様々なデッキを切り替えて使ってきたのは、毎試合デッキを変えることで(・・・・・・・・・・)メタを張らせない(・・・・・・・・)ため。それをこれまで徹底させていれば、まだ見ぬ最後の七不思議にとってあらゆるテーマやデッキタイプの中でも最も自分との戦いで使われる想定の出来ないデッキこそが、私が過去既に使用したデッキのどれかとなる……最後にして最大の初見殺しは、灯台下暗しにする予定だったのだがな」

 

 やはり何も答えない最後の七不思議。一方の遊ヶ﨑は額を抑えて深々と息を吐き、どこか疲れたような目で眼前にいる見知った顔の、見たことがなかったその本性を改めて見る。

 

「奴が真に私の心を折りに来ているのなら、私ならここで使うデッキの選択には手を加えない。あくまで自由意思で選ばせて、そのうえでそれを読み切ってこそ……だろう?」

「さっすが『先輩』、人の心の折り方がよぅくわかっていらっしゃる。その通り、お前がそのデッキを最後の最後に持ち出したのは全部お前の勝手だよ。そして、だからあえて俺もこのデッキを選んだ。なまじ頭が回るおかげで、言いたいこと全部わかってくれて嬉しいぜ」

『そんな……!』

 

 無論、まだ勝負は始まったばかり。しかしわずか数手も動かないうちに、遊ヶ﨑の手は番外戦術も含めその全てが読み切られていた。

 早くも圧倒的に不利な状況で、唯一彼女に残された希望はプルリア、増殖するGと2種類ものドロー系誘発。ここから何枚のドローが許され、どんな状態でターンを渡されるか。頭を完全に抑え付けられながらもなおも闘志の炎は消えない彼女の目に見据えられ、おお怖いと最後の七不思議はこれ見よがしに体を震わせた。

 

「それじゃあ、ターンの続きだったな?手札から悪魔獣デビルゾアの効果を発動!このカードを手札から守備表示で特殊召喚し、ただし相手もまた手札からモンスター1体を特殊召喚できる。当然この特殊召喚はプルリアと増殖するG両方の効果を誘発させるが、それは互いの特殊召喚処理が終わってからだ。来い、悪魔獣デビルゾア!」

 

 悪魔獣デビルゾア DEF1900

 

 レベル7の最上級モンスターでありながら安易な特殊召喚を可能とする、水色の体をした悪魔。しかしその代償として相手プレイヤーに許される、条件も一切存在しない完全ノーデメリットでの特殊召喚を行う権利。とはいえ本来ならば今は相手ターン、その1枚から可能なことなどたかが知れているはずなのだが。

 

「……選んだのは君だ、後悔するなよ?私が特殊召喚するのは、レベル8のNo-P.U.N.K.ライジング・スケール!そしてプルリアと増Gの効果でカードを計2枚ドローし、処理が終了したことで特殊召喚されたライジング・スケールの効果を発動だ。600ライフをコストに支払い、デッキまたは墓地からP.U.N.K.を特殊召喚する!来い、Uk(ウキヨエ)……」

 

 No-P.U.N.K.ライジング・スケール DEF2400

 遊ヶ﨑 LP4000→3400

 

 水しぶきと共に悪魔と対峙するのは、神楽を舞う目つきの悪い能楽師。神に捧げる踊りから新たな新時代の芸術家、フリーチェーンでのシンクロ召喚により次なる妨害に繋がる浮世絵師たる娑楽斎を呼び起こそうとして……そこに、最後の七不思議が待ったをかける。

 

「さっすが、大した引きの良さだことで。だがな、俺もなかなかのもんでな!ライジング・スケールの効果にチェーンして、こっちも増殖するGを発動!」

「……!Ga(ガガク)-P.U.N.K.ワゴンを、デッキから特殊召喚する……!」

 

 Ga-P.U.N.K.ワゴン DEF600

 

 飛び交う黒き昆虫に浮世絵師から演目を急遽変更し、能楽師が次の演目に繋がる呼び出しのステップを別のものへと強引に変える。そして呼ばれて出ずるは、ビートを奏でる糸目の能楽師。一見すると、これは最初から悪魔獣の効果に対して自分でチェーンを組まなかったせいでみすみすドロー枚数を減らした最後の七不思議側のミス。しかしそうではない事を、他ならぬ遊ヶ﨑自身が理解していた。

 ……もし悪魔獣デビルゾアの効果に最初からチェーンして今の増殖するGを切っていれば、彼女もライジング・スケールを出さないという手を選んでいた。ここでライジング・スケールを出すということは、この先のドローで無限泡影のようなこちらの場が空であることを要求するカードを引いたとしてもそれらをこのターン、そして返しのターンの初手には発動できないということ。しかしここでライジング・スケールから娑楽斎を呼び出せばライジング・スケール自身と娑楽斎から呼び出せるアメイジング・ドラゴンによる複数妨害が、今後の引きに左右されずとも成立する。

 そこまで計算した上での、賭けの一手……そしてそれすらも上回られて、賭けは妥協になり下がった。しかしそれすらもなお、最後の七不思議にとっては手のひらの上で。

 

やっぱりそう来たな(・・・・・・・・・)?なら俺は最初に伏せた魔法カード、三戦の才をセットから発動!だが俺が選ぶのはハンデスでもドローでもない、もうひとつの効果だ。相手モンスター1体を、対象を取らずにエンドフェイズまでコントロール奪取するぜ」

「これも読まれていたのか……!」

 

 そこに伏せられていたのは果たして、彼女が当初相手の手札にあると想定し動いていたカード。だが蓋を開けてみればそれを見越して二手三手先を読んだはずの彼女の動きはことごとく致命打を外され、対して最後の七不思議が使うカードはその全てが有効に活用されるという最悪の結果がそこにあり。

 過去の強敵たちとの戦いでも類を見ないほどの、思考と打つ手の全てが完全にカバーされているような感覚。自身を含む仲間が対象に取られれば最低限そのドロー効果を発動できるワゴンも、この効果の前には無力。ガクンと意識を失い首を傾けたその体が、届かないと知りつつもその小さな手を伸ばす能楽師に背を向けたままふわり宙を舞い怪異の場へと操り人形のような動きで移動する。

 

「まずはこっちからだな、悪魔獣の効果を発動。1ターンに1度、デッキからメタル化と名の付いたトラップ1枚をセットする」

「ここは……いや、通そうか」

 

 遊ヶ﨑のライジング・スケールには、攻撃力2500以上のモンスターが効果を発動した際にそれを裏側守備表示にできる効果がある。攻撃力2600で耐性もない悪魔獣デビルゾア相手は格好の使いどころではあるがそれをしたところでメタル化のセットは止められず、何より最後の七不思議は依然としてその召喚権すら使ってはいない。これを通すということがどういうことになるかは承知のうえで、あえて最後の機会を見送る。

 

「600ライフを支払い、ワゴンの効果を発動。デッキからP.U.N.K.魔法カード、エクストリーム・セッションを手札に加え、これをそのまま発動だ。礼を言うぜ、おかげで俺が用意する手間が省けた。じゃあ、用も済んだからこいつは返してやるよ?レベル7の悪魔獣にレベル3のワゴンをチューニングしてシンクロ召喚、フルール・ド・バロネス!」

 

 最後の七不思議 LP4000→3400

 フルール・ド・バロネス ATK3000

 

「やはりバロネス……1枚ドローだ」

 

 万能無効と扱いやすい盤面破壊、そして隙のないステータスを併せ持ったレベル10シンクロの代表格。レイピアを手にした白百合の騎士が、その馬上から盤面を睥睨する。

 

「これで俺も、だいぶ動きやすくなったわけだ。Uk-P.U.N.K.娑楽斎を通常召喚し、効果発動!600ライフを支払って、このカード自身と手札のGa-P.U.N.K.ワゴンで融合召喚を行うぜ!」

「……娑楽斎の召喚により、プルリアで1枚ドロー。そしてその融合召喚に対し、増殖するGでさらに1枚ドローだ……!」

 

 Uk-P.U.N.K.娑楽斎 ATK1200

 最後の七不思議 LP3400→2800

 

 いかに万能のカウンター能力を持つバロネスといえど、既に発動済みの効果に対しては干渉不可。だが手札が増えてもなお、その表情は暗いままで。そんな彼女の心情とは裏腹に、盤面には原色の光が踊っていた。そして宙へと描かれたのは今にも生きて動き出しそうなほどにリアルな、しかし人より大きな超巨大な鯉の戯画。

 

 Uk-P.U.N.K.カープ・ライジング DEF2800

 

「融合召喚、Uk-P.U.N.K.カープ・ライジング!おっと、俺の場のサイキック族が効果発動のためのライフコストを支払ったことで、エクストリーム・セッションの効果でカードを引くぜ。そしてこの融合召喚されたカープ・ライジングをリリースする事で、効果発動!デッキからレベル8以外のP.U.N.K.2種類を守備表示で特殊召喚する!」

 

 描かれた鯉の絵、その伝統の技に最新技術によるアシストが加わり、空中を本当に生きているかのごとく泳ぎ出す。ぐるりぐるりと描いた渦の向こうから、次の演目の演者を呼び起こさんとして。しかしその軌跡に待ったをかけるべく、どこからともなく桜吹雪が巻き起こる。

 

「ここか……?手札から、灰流うららの効果を発動しよう。このカードを捨ててデッキからモンスターを特殊召喚する、その効果は無効とさせてもらう」

「おっと。フルール・ド・バロネス、効果発動だ。このカードが表側でいる限り1度だけ、相手のカード効果を無効にして破壊する!」

 

 桜吹雪はしかし、騎士の手にした細身の長剣によって銀色の軌跡と共に切り裂かれ散っていく。ライジング・スケールの効果も、既に無効効果を使ったバロネスを相手に止めるには一手遅い。それどころかもしも裏返した後に再び表にされでもしたら、また無効効果を発動したという情報がリセットされてしまう。もはや遮るもののない浮世絵の演目はこれにて終了し、ライジング・スケールにとっては実の姉でもある能楽姉妹が飛んできた。

 

 No-P.U.N.K.セアミン DEF600

 No-P.U.N.K.ディア・ノート DEF1800

 

「無効にされるとわかっていて灰流うららを使った、逆に言えばそこでそいつを切れば、俺もバロネスで対抗するしかないのが分かっていた、か。さすがは使い手の有識者だ、テーマ内のマストカウンターがどこかよくご存じでいらっしゃる」

「増殖するGで1枚ドロー。つまらない世辞だな、もう少しエスコートの基礎を学んで出直してきてもらいたいね」

「いやはや手厳しいねえ。さて、そこまでしてバロネスの効果を切らせたかったとなると……まあ、次の狙いはおおよそ見えてくるな?だがそれを使うのはお前にとっても今じゃない、そうだろう?」

「……」

 

 無言の、実質的な肯定。ようやく引いた有効札もその全てが割れている感覚に、いつの間にか彼女は喉奥に真綿を詰められ続けているかのような息苦しさを感じていた。

 

「ならその前に、まずはセアミンの効果を発動。600ライフを支払って俺もライジング・スケールを手札に加え、エクストリーム・セッションで1枚ドロー。そしてレベル5のディア・ノートにレベル3のセアミンをチューニングだ。シンクロ召喚、魔救の奇跡(アダマシア・ライズ)-ドラガイト……そしてこの瞬間、墓地のディア・ノートの効果を発動。俺の墓地からカープ・ライジングを蘇生する」

 

 魔救の奇跡-ドラガイト ATK3000

 Uk-P.U.N.K.カープ・ライジング DEF2800

 

「そのシンクロ召喚とディア・ノートの効果で、それぞれ1枚ずつカードをドロー。見透かされていてもやるしかない、か……まったくもって不愉快だが、ハッタリという線もある。ならば望み通りにこの瞬間、手札から原始生命態ニビルの効果を発動!フィールドのモンスター全てをリリースし、このカードを特殊召喚する!」

 

 彼女が手札から叩きつけたのは一発逆転の可能性を秘めた、盤面リセットの大型カード。手札で発動し特殊召喚までを行うというその性質上、通常の誘発よりも無効化する手段の限られた1枚。それを止められる数少ないカードであるバロネスの効果をあえて使わせたのも、その時には既に彼女の手にあったこちらを確実に通すため。

 本来ならば、例え理解していてもそうは止めることのできない反撃への一丁目。だがそれすらも、彼女のデュエルを知り尽くしていた怪異はやはり事前に察知していた。

 

「やっぱりな。お前の場にカードがあるこの状況でわざわざバロネスを切ったんだ、それぐらいのことはしてくると思ったぜ!そしてお前が思いつく程度の浅知恵、そいつへの回答も俺にはある!速攻魔法、抹殺の指名者!原始生命態ニビルの名を宣言して俺のデッキからそのカードを除外する事で、その同名カードの効果は全てが無効になる!」

「ちっ……!」

『そんな……!』

 

 最後の七不思議のデッキから彼女のそれと同じニビルのカードが弾き出され、今まさに盤面へと落とされようとしていた彼女の手のそれが色を失う。結果的に何も起きはしなかった盤面で彼女自身が幾度も対戦相手に敗北を叩きつけてきたセッションが、今日ばかりは彼女に対し死を叩きつけるべくその牙を剥いて襲い掛かる。

 

「墓地からP.U.N.K.カードであるナシワリ・サプライズを除外して、さっき手札に加えたライジング・スケールの効果発動!このカードを特殊召喚するぜ。そして600ライフを払い、デッキからJo-P.U.N.K.Mme.(マダム)スパイダーを特殊召喚だ」

「プルリア、増G、増Gで合計3枚ドロー……!」

 

 No-P.U.N.K.ライジング・スケール ATK2400

 Jo-P.U.N.K.Mme.スパイダー ATK900

 

 まるで彼女のドローを恐れもしない、最大展開へ向けての更なる効果の発動。女郎の人形とそれを操る黒子が、彼女がすでに呼び出していたのと瓜二つの能楽師の横に並び立つ。

 

「600ライフを払い、Mme.スパイダーの効果でP.U.N.K.トラップであるデンジャラス・ガブを手札に。そしてレベル8のライジング・スケールにレベル3のMme.スパイダーをチューニングし、同じくレベル8のカープ・ライジング1体でオーバーレイ!シンクロ召喚、そしてエクシーズ召喚だ!」

 

 最後の七不思議 LP2200→1600

 Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン ATK3000

 P.U.N.K.JAM FEVER! ATK2800

 

 ミラーマッチということで泣き所を知り尽くしているはずの遊ヶ﨑による数多の妨害をいなし続け、いよいよ演目はクライマックスを迎えてしまう。その末尾を飾るはエクストラモンスターゾーンから天を突き高層ビルよりも高くに昇る浮世絵の最高傑作たる原色剥き出しの驚愕龍と、一歩下がってメインモンスターゾーンから雅楽のリズムに乗って無数の糸で滑らかな動きを担保され、能の舞を見せつけ地を突き進む獅子舞の巨体だった。

 

「アメイジング・ドラゴンは1ターンに1度、墓地のP.U.N.K.を特殊召喚できる」

「攻撃力3000を相手取るよりはまだ、守備表示の方がマシか。ならばその効果に対し、私のライジング・スケールの効果を発動。アメイジング・ドラゴンを裏側守備表示にする」

「それでも効果は止まらない、だろう?娑楽斎を蘇生して最後に通常魔法、貪欲な壺を発動。俺の墓地からフワロス、悪魔獣、増殖するG、オーガ・ナンバー、セアミンをデッキに戻し2枚をドロー。そしてカードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 Uk-P.U.N.K.娑楽斎 ATK1200

 

 長い長い1ターン目が終わった時に残されていたのは合計5体のモンスター、フィールド魔法、そして2枚の伏せカードと手札が1枚。対する遊ヶ﨑の手札はこの時点ですでに、驚異の14枚……しかし、彼女の表情は険しい。最後の七不思議は、彼女がこれだけの手札を持つことを承知の上でここまで一切それを抑えようとせずに全力の展開を行ってきた。それが、どうにも不気味だったのだ。しかしその嫌な予感をあえて口には出さず、まっすぐ前を見て敵と向かい合う。

 

「私のターン、ドロー。好き放題やってくれた礼はたっぷりとしてやろう。まずはその妨害、全て乗り越えてくれる!」

 

 彼女の切った啖呵は、あながち大言壮語とも言い難い。その過程はどうあれとにかく彼女の手の中には今のドローも合わせ15枚ものカードがあり、その場にはライジング・スケールもまだ生きている。これだけあればまだ勝機は残っているとの、長年このデッキを使いこなしてきた彼女だからこその自負。

 しかしその反応すらも読んでいたように、最後の七不思議は眼前のまだ勝つ気でいる人間を嗤う。

 

「果たして、そう上手くいくかねえ。まずはこのスタンバイフェイズに、フルール・ド・バロネスの効果を発動。このカードをエクストラデッキに戻し、墓地からレベル8以下のモンスターを特殊召喚する。俺が選択するカードは、ディア・ノートだ」

 

 No-P.U.N.K.ディア・ノート ATK2100

 

 白百合の騎士の纏った全身鎧がおもむろに砕け散り、そこから顔を覗かせたのは先ほどまで能を舞っていたはずの和装の少女。能楽姉妹の上の姉、最も背の高いディア・ノート。

 

「そしてこのディア・ノートをリリースしてトラップ発動、メタル化・強化反射装甲!俺の場から条件を満たすモンスターをコストに、デッキからその効果によってのみ特殊召喚可能なモンスターを特殊召喚してこのカードを攻守400アップの装備カードとして装備する!」

「そしてディア・ノートはレベル5の戦士族、そういうことか……!だが、そんなもの通せるものか!もう1枚の灰流うららを捨て、今度こそそのリクルート効果を無効とする!」

「リバースカード、墓穴の指名者!このカードでお前の墓地から今捨てた灰流うららを除外し、同名カードは効果が無効になる!頭を使えよ、『先輩』!いくら俺でも考えなしに、手札15枚を正面から無策で相手するとでも思ったか!」

 

 極めて短い空中戦はしかし、またしてもそれ以上遊ヶ﨑の手に対応できるカードがなく彼女の敗北という形であっさりとその終わりを告げた。

 一方で盤面では強化反射の装甲が、たった今鎧を脱ぎ捨てたばかりのディア・ノートの姿をまたも新たな装いに包んでいく。神速と装甲を両立させた白百合の騎士から薙刀を手に舞い踊る和装の能楽師を経て、より一撃の重さと耐久性を重視した重装甲の戦士へと。全身を完全に覆いつくす重金属の鎧は大地を踏みしめ、メタルコーティングされた薙刀は鉄塊と見紛う程の大剣と化し真っ赤に燃え盛るその刃には深々と「鋼」「炎」の二文字が刻まれる。

 

「レベル5以上の戦士族をコストに強化反射装甲を発動した時のみ、このカードは特殊召喚できる!さあ来い、鋼炎の剣士(メタルフレイム・ソードマン)!」

 

 鋼炎の剣士 ATK2500→2900 DEF1600→2000

 

『そんな、これじゃあ……』

 

 自身の声に隠しきれない絶望が色濃く混じるのを、図書室の幽霊は抑えきれなかった。たった今着地を許してしまったカードは、そう言わしめるだけの力を秘めていたのだ。

 鋼炎の剣士。その特殊能力は単純明快、相手のあらゆる効果の発動に反応し攻撃力を300上げ、同時に500もの効果ダメージを与える永続効果。8度効果を使えば初期ライフが尽きるほどのバーン効率に加え、ただでさえ遊ヶ﨑が今回使うカードはライフコストを投げ捨てて力を発揮する【P.U.N.K.】。その相性は最悪に近く、彼女が以降発動できるカードは3枚、多くても4枚がいいところだろう。

 では、最低限の効果発動でさっさと除去してしまってはどうか。当然誰もがそう考える……しかしその安易な除去を阻むのが、そこに装備された強化反射装甲である。あのカードが存在する限り装備モンスターは魔法及びモンスター効果の対象とならず、それらのカード効果では破壊すらも不可能な耐性を得る。数少ないその上から除去を図れる海亀壊獣ガメシエルはこれだけ手札があってなおデッキの底に沈んでおり、もう1枚のそれを可能とする原始生命態ニビルはいまだ再度の発動条件を満たしていない。幸い彼女の場にはレベル8のライジング・スケールが健在なため、通常召喚したレベル3のチューナーと合わせて11シンクロの打点で育つ前に叩く手もある。しかしそうなれば、その横に添えられた数多くのカードが黙ってはいないだろう。そして、その数はここからさらに増えていく。

 

「このターンもディア・ノートが墓地に送られたことにより、効果によってライジング・スケールを蘇生。さらに600ライフを支払い、墓地のワゴンを追加で特殊召喚だ」

 

 No-P.U.N.K.ライジング・スケール DEF2400

 最後の七不思議 LP1600→1000

 Ga-P.U.N.K.ワゴン DEF600

 

 まだ後攻1ターン目がようやく始まったばかりだというのに、最後の七不思議のライフは早くもわずか1000。しかしそのわずかな数値が、図書室の幽霊には空の果てよりも遠く感じられた。

 たとえ何枚の手札を手にしていようが、それの発動に対しプレイヤーのライフが保たなければ意味はない。ドロー誘発をあれだけ通しておいてなお惜しげもなく展開してきたのは盤面を突破されないという自信ありきの行動ではなく、何枚あろうが宝の持ち腐れにするとの戦略に裏付けされてのもの。

 

『なんとか、なりませんか……?』

 

 祈るような、すがるような図書室の幽霊の言葉がか細く響く。しかしそんな彼女とて、この状況の厳しさはよく理解している。並の構築では(・・・・・・)、この布陣を突破する前にライフの方が尽きる。

 しかしその声を受けた遊ヶ﨑はしばし考え……やがて、ゆっくりと頷いた。

 

「なんとかなるかどうか、やってみようじゃないか。君よりも向こうの彼の方がよく知っているだろうが、私はやられっぱなしというのはどうにも癪な性分だからね。魔法カード、サンダー・ボルトを発動!」

「やっぱりその手のカードも引いてやがったか。だが、そのためにこいつを立ててるんだよこっちは!魔救の奇跡-ドラガイトの効果を発動!1ターンに1度俺の墓地に水属性が存在する時、魔法か罠の発動を無効にし破壊する!そしてカード効果を使ったことで、鋼炎の剣士の効果も受けろ!」

 

 鋼炎の剣士 ATK2900→3200

 遊ヶ﨑 LP3400→2900

 

 重金属の剣士が掲げる得物から炎が弾け、容赦なく肌を焼く。苦痛に眉をひそめながらも、その迷いない手つきは一瞬たりとも止まらない。

 

「確かに1枚はドラガイトで止められるが、詰めが甘かったな?ライフコストを半分支払い通常魔法、幻魔の扉を発動だ。この魔法は君のフィールドのモンスターをすべて破壊したのち、君の墓地からモンスター1体を私の場に蘇生できる!」

「糞、まだそんなもん持ってたか!だが、魔法の効果じゃ鋼炎の剣士は破壊されない!だってのにライフ半分も支払って、その後はどうするつもりだ……いや、待てよ?冗談じゃねえ、ライフ600を支払って娑楽斎の効果を発動!レベル8のライジング・スケールにレベル3の娑楽斎をチューニングして、アメイジング・ドラゴン!」

 

 遊ヶ﨑 LP2900→1450

 最後の七不思議 LP1000→400

 Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン ATK3000

 

「だが、シンクロ時の効果は使わねえ。その代わりエクストリーム・セッションにより、カードを引くぜ」

 

 何かに勘付き、即座にライフを投げ捨ててでも躊躇なくドローに変換した最後の七不思議。その目の前で見上げるほどに巨大な扉が、何の前触れもなく彼女の場へと現れる。彼女の命そのものを鍵としてゆっくりと軋むように開くその向こう側に広がっているのは、本来そこにあるはずの後ろの青空ではなく全くの虚無。その虚無が祭りは終わりだといわんばかりに浮世絵を、雅楽を、浄瑠璃を、能を、音も光も色も全てを呑み込んでいく。

 しかしその全てに平等に訪れた壊滅の中にあって、ただひとり。重金属の剣士だけはその剣先を屋上の床へ突き立て、鋼の重装甲の重量をもって虚無の中へと引き込まれるのをついに、その扉がひとりでに閉じて消えていくまで耐え切っていた。

 

「そして君の墓地から、カープ・ライジングを頂こう」

『しかし融合召喚されていないカープ・ライジングは、リクルート効果を使えませんが……?』

「いや、これでいいんだよ。むしろこれ一択だな」

 

 Uk-P.U.N.K.カープ・ライジング DEF2800

 鋼炎の剣士 ATK3200→3500

 遊ヶ﨑 LP1450→950

 

「そして私は、Jo-P.U.N.K.Mme.スパイダーを通常召喚する。効果は使わずレベル8のライジング・スケールにレベル3のMme.スパイダーをチューニングだ。シンクロ召喚、Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン!」

 

 Jo-P.U.N.K.Mme.スパイダー ATK900

 Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン ATK3000

 

 満を持して、ついに彼女の場にも驚愕龍が現れる。ド迫力にしてド派手な、テーマの顔にして彼女の愛用する戯画の龍……しかしその効果では、強化反射装甲の奥にまでは届かない。

 

「本家本元を見せてやる……なんてことを言えれば、私としても格好がつくのだろうがね。あいにくとこれだけ攻撃力を上げられては、私にもそこまでの余裕はない。その装甲だけでも剝がしてやる手もあるが、それこそ意味がないからね。ライトP(ペンデュラム)ゾーンにスケール0の捕食植物(プレデター・プランツ)ブフォリキュラをセッティングし、そのP効果を発動だ。鋼炎の剣士の起動条件は、私の効果の発動。つまりカードを発動しただけならばその炎も反応することはなく、P効果の発動によってはじめてダメージが発生する。私のライフも、ギリギリ持ちこたえてくれたよ」

「やってくれるぜ、俺のカードをフル活用して強引に素材を揃えに来るとはな。あのターン、バロネスでライジング・スケールを破壊しておくべきだったか?」

「それならそれで、話はもっとシンプルになった。私の場にカードが存在しないことで手札からの発動条件を満たした、この無限泡影を使うだけのことだからね。さあ、お喋りはここまでだ!ブフォリキュラのP効果は、フィールドのみを素材としての闇属性モンスターの融合。そして私が揃えた素材はそれぞれレベル6以上の融合、及びシンクロモンスター……来たれ、聖アザミナ!」

 

 聖アザミナ DEF4000

 遊ヶ﨑 LP950→450

 鋼炎の剣士 ATK3500→3800

 

 屋上を、無数の茨が埋め尽くす。その中央で脈動する、茨が寄り集まって作られた球体とその最奥部で嗤う女性の上半身。その指がゆっくりと、ついと伸ばされて、虚無の訪れにすら耐えきった戦士を贄として選ぶ。

 そして変化は、一瞬のことだった。指差した瞬間に剣を構えて警戒するその足元の茨が一斉に跳ね上がり、鎧を足元から締め上げつつ至る所からその隙間へと凄まじい勢いで潜り込んでいく。いかに重金属製の鎧そのものが茨も棘も通さない圧倒的な硬度を誇っていても、中から動かすものという前提がある以上その関節や切れ目はどうしたって存在する。不意打ちでその弱点を突かれて断末魔の苦悶を上げる剣士の手から、先ほどまで赤熱していたその大剣が冷たい鋼の塊となって力なく取り落とされた。

 そしてもはやピクリとも動かなくなってその鎧ごと茨に包まれ運ばれた戦士は、茨の主たる聖アザミナが本来の姿を露にするための贄となる。神聖なる光が、屋上に弾けた。

 

「エクストラデッキのこのカードはその召喚条件として、自分の場の聖アザミナ1体と相手モンスター1体を墓地に送った場合のみ特殊召喚することができる。原初の果て、末世の過去より世界を雪ぐ真打の登場だ。悲嘆と悲哀と拍手喝采をもって、罪の清算を歓迎してくれ―――――贖罪神女(アザミナ)っ!」

 

 贖罪神女 ATK4000

 

 ミラーマッチゆえの特質性を最大限に生かして呼び出された、遊ヶ﨑謹製たるこの【P.U.N.K.】にとっては文字通り真打たる始まりの罪人の系譜となる存在。強固な耐性とすぐに手が付けられなくなる打点を併せ持つ鋼炎の剣士を前に彼女がその攻略法として決め打ちしたのが、まさにその特異な召喚条件……そしてそれを満たすため、彼女の残ライフと手持ちのカードから逆算された唯一のルート。

 

『やった、本当にやったんですね!』

「実際のところ、今のは本当にギリギリだったよ。私のデュエルを見ていたと、そう豪語するだけのことはあった。だが、私がそれを攻略したことに変わりはない。違うかい?」

「……」

「ノーコメントか。ならばこちらも、重ねて言うことはないな。バトルフェイズ、贖罪神女で攻撃だ!」

 

 原初の神人の光が、断罪の真似事のように振り下ろされる。それは最後の七不思議の体を捉え、その残りライフ全てを……。

 

「……ああ、本当に危なかったぜ。俺がそのデッキを一度見てなけりゃ、今のはまんまと一杯食わされてた。人のモンスター1体を強制的に除去した上で現れる、初期ライフと同じだけのステータスを持ったカード?はっ、初見殺しにもほどがあるだろうがよ」

 

 呟くその声に、考えるよりも先に臨戦態勢となる遊ヶ﨑。あの落ち着き払った物言いは、逃れられない敗北を前にした諦めに由来するものではない。

 

「あの幻魔の扉の時、俺はライフを切り捨ててでもあと1枚のドローに賭けた。鋼炎の剣士を前にあんなもん発動しだした時点で、最終的に除去できる算段はついてるってことだからな。だから俺はあの時、600払おうが今更大差ないライフより1枚でも多くの手札をかき集めることを選んだ。贖罪神女の攻撃力4000の前じゃ、どうせ誤差にもならない数値だからな。これは、俺がお前のデッキにそれが入っていることを知っていたからこそ取れたプレイングだ」

『え……?』

 

 わずかに遅れて、図書室の幽霊も何かがおかしいと感じたらしい。淡々と語りながら、最後の七不思議の手に残された2枚の手札……そのうち片方が、ゆっくりと表を向く。初見殺しの強みを失っていた真打の、その性能から逆算してあえて引くことを選び掴み取ったカード。

 

「相手モンスターの攻撃宣言時、工作列車シグナル・レッドの効果を発動。このカードを特殊召喚したうえで強制的にそのモンスターとバトルを行わせ、その戦闘でこのカードは破壊されない。いやあ惜しかったな、『先輩』?」

 

 贖罪神女 ATK4000→工作列車シグナル・レッド DEF1300

 

 振り下ろされた神光の鉄槌は、その直前に割り込んだ小型の車両によって妨げられて届かない。今度という今度こそ完全に、守りのための計略ではなく攻めのための戦略でその上を行かれた遊ヶ﨑が、彼女らしくもなく驚きに息を呑む。もはやその残ライフはP.U.N.K.の要求するコストを1度払うことすらおぼつかず、盤面に残ったのはその役目を果たしたブフォリキュラを除けば贖罪神女のみ。贖罪神女にはまだ効果がある……しかしそれも、いつまで持ちこたえられるか。

 

「……なるほど、今のは私に非があったな。確かに君はこの贖罪神女を知っている、これでは奇襲の効果も半減か。先の誘発合戦であれだけの読みを見せてくれた君を相手にそれでもごり押しが通じると思ったのは、明確に私のミスであり非礼だったよ。詫びの言葉、受け取ってもらえるかい?」

 

 どうにか持ち直した彼女が、軽く頭を下げる……最後の七不思議からの、返事はない。無言は肯定と受け取って顔を上げ、次なるカードでの足搔きに掛かる。あくまでこのターンで勝てなかったというだけで、まだライフが尽きたわけでもなければ決定打を放たれたわけでもない。限りなく敗色濃厚ということは、まだ染まり切ってはいないということでもある。ならば、そこにまだ見苦しく足搔く価値はある。彼女は、そう信じる。

 

「バトルフェイズを終了し、No-P.U.N.K.フォクシー・チューンの効果を手札から発動。このカードを捨てることで、効果によって手札1枚を墓地に送り手札かデッキからレベル8以外のP.U.N.K.を特殊召喚する。セアミンを特殊召喚し、このセアミンをリリースすることでオーガ・ナンバーを手札から特殊召喚だ。そしてセアミンは墓地に送られたことで、P.U.N.K.1体の攻撃力を永続的に600アップさせる」

 

 No-P.U.N.K.オーガ・ナンバー ATK2500→3100

 

 鬼面で顔の上半分を覆った能楽少女が、攻撃表示の壁として立ちはだかる。立っているだけでプレッシャーとなる贖罪神女の存在も含めて対戦闘という観点では安易な突破を許さない、しかし逆に言えば搦手への対処法を何も持たない打点だけの布陣。これが、贖罪神女の召喚にリソースをつぎ込んだ今の彼女に用意できる精一杯だった。

 

「……そして2枚のカードを伏せ、ターン終了だ」

 

 これで彼女の手札は5枚。しかしこの枚数は、この相手へのプレッシャーとはなり得ないだろう……そう彼女は推測する。いかに鋼炎の剣士の存在が前提だったとはいえ、何が飛び出すかわからないドローを恐れずに平気な顔して最大展開を乗せてきたような相手だ。そして現に、彼女の手にあるのは既に存在が割れているニビル1枚のみ。このカードは強力な反面相手が5回以上の召喚、特殊召喚を行ったターンにしかその効果を使用できない縛りを持ち、当然向こうもそれを理解した上で立ち回るだろう。

 

「俺のターン、ドロー!まず俺は、No-P.U.N.K.セアミンを通常召喚。ただ、このままだと俺もライフが足りないからな。こういう手を使わせてもらう、セットされたJo-P.U.N.K.デンジャラス・ガブを発動!このカードは相手モンスターの効果を無効にするが、その時俺のフィールドにP.U.N.K.が存在すればその攻撃力だけライフを回復できる!」

「やる意味はないだろうが、適応だけはさせてもらおうか。相手がカード効果を発動する度に贖罪神女の効果により、相手モンスター全ての攻撃力は500ダウンする……!」

 

 No-P.U.N.K.セアミン ATK600→100

 工作列車シグナル・レッド ATK1000→500

 最後の七不思議 LP400→4400

 

 遊ヶ﨑と大差ないレベルまで削れていた最後の七不思議のライフが、贖罪神女の圧倒的なステータスを逆に利用する事でその効果を無効化しつつ初期値以上に跳ね上がる。その一方でシンプルだがそれゆえに強力な効果破壊耐性、そして特筆すべき攻撃力0のモンスターの効果発動を一切において禁ずる永続効果……今見せた弱体化に加えそれらも含め、贖罪神女の全ての力が失われる。

 

「そしてセアミンの効果発動だ。600ライフを支払う」

「セットした無限泡影を発動し、セアミンを対象に取り効果を無効にする!」

 

 最後の七不思議 LP4400→3800

 

「……そうだ、当然そうするよな?お前があのターンで勝てると信じて疑わなかったからわざわざ俺に見せてくれた、無限泡影。当然、使うとしたらここしかないわけだ。もっとも、まだ1枚お前の場にも伏せカードは残っているわけだが?」

 

 口ではそう言いながらも、不自然なプレイングにやや苛立ちを声に滲ませる怪異。たった今発動されていた無限泡影がセットされていたのは、デンジャラス・ガブとは隣の縦列。デンジャラス・ガブの正面には、いまだ沈黙したままの伏せカード。無限泡影はセット状態からの発動時に限り、そのターン中に同じ縦列で発動された魔法、罠の効果を敵味方問わず無効とする効果を持つ。相手の場に伏せカードがあるならば、Pゾーンを使用するなど特有の事情を除いてはそこに合わせて伏せるのがセオリー。だというのに、そこを外して置いてきた?

 これで相手が他の旧七不思議やその他の有象無象であれば、この怪異とて気にも留めなかったろう。逆転のチャンスを潰された動揺は、どんな達人であってもその精神を揺さぶり多少のプレイングミスを生む。

 だがこの女、遊ヶ﨑舞に限っては。この1年間を間近に観察し続けてよく理解した、プレッシャーをプレッシャーとしてまともに検知しない傲岸不遜にして傍若無人の権化のようなあの精神性と、それに反した抜け目のないプレイングセンスの持ち主が。そんなつまらないミスを犯す可能性を、過去にその後輩として積み重ねた偽りの日々を考えると、どうにも腑に落ちないものがあった。

 では、逆にあれが彼女の策の一環だと仮定して。それはつまり、どんな狙いを秘めているのか?怪異は思考する。これまでこのデュエルにおける全ての判断において彼女の上を取ってきた、ならば今回もそれに失敗する道理はない。

 

「(まず最初に思い浮かぶのは、かつて天馬杯ではあのデッキに入っていたことが確認できる、直通断線(シャットライン)をはじめとした同じ縦列に対し効果を及ぼすカード……いかにも、お前が好きそうなカードだよ)」

 

 だがそう考えるには、デンジャラス・ガブを素通ししたという結果がノイズとなる。ただの無効札ならいざ知らず、あの局面でのあのカードにはライフ4000回復のおまけまで付いていた。そして現に、今もあの回復のおかげでセアミンの効果をこのターンも発動できている。それを流すほどの理由があるとは、どうにも思えない。

 

「(となるとやはり、お得意のブラフか?『先輩』さんよ)」

 

 無限泡影ならば伏せと同じ縦列にセットするはずだという常識、それを逆手にとっての伏せカードの正体を深読みさせ疑心暗鬼に陥らせるための豪快なブラフ。それで肝心の自分の動きを止め損ねていては本末転倒だが、それでもあの女ならばやりかねないという信頼がある。少なくとも常識だけでは、あの女の無茶苦茶は到底読み切れはしない。

 

「……だが、まずはこれだな?俺のサイキック族が効果のためのライフコストを支払ったことで、エクストリーム・セッションの効果でこのターンもドローだ……おっと」

 

 カードを引き、それを見る。カウンター罠、レッド・リブート。

 こうなるとまた、話は大きく変わってくる。あのカードがやぶ蛇をはじめとする破壊待ちのブラフだろうと、こちらのライフや盤面に致命傷を与える魔法の筒(マジック・シリンダー)やミラーフォースのような本命だろうと、もはや無視してしまえばいい。あらゆる罠に対しその発動を無効にしてその場に再度セットさせ、そのターンの間あらゆる罠の発動を許さないこのカードならば、対罠に関しては1ターンの確実な命が買える。

 それ以上は伏せカードに対し無駄な思考リソースを割くことを止め、目の前の盤面に意識を集中させる。

 

「レベル3のシグナル・レッドに、レベル3のセアミンをチューニング。シンクロ召喚、電脳堺獣-鷲々(ジュジュ)だ」

 

 電脳堺獣-鷲々 ATK2400

 

 そして最後の七不思議が呼び出したのは、明るい緑色の翼を広げる鷲を模したかのようなデータの塊。その攻撃力はフィールドの誰よりも低いが、その身の内に秘めた効果は盤面を突き崩す。

 

「鷲々は1ターンに1度、俺の墓地から種族と属性が同じモンスター2体を除外する事でフィールドのカードを墓地に送る。風属性海竜族のアメイジング・ドラゴン2体をコストに、贖罪神女を墓地へ!」

「チッ……」

 

 舌打ちする遊ヶ﨑の前で、もはやその攻撃力だけを頼りにフィールドに居座っていた贖罪神女の姿が0と1に分解されて消えていく。その横でもはや彼女を守る最後の砦となった鬼面の少女がその全身に力を込めると、背後に浮かぶ不気味な鬼の面がその口を大きく開けて無言に吠えた。

 

 No-P.U.N.K.オーガ・ナンバー ATK2500→4900

 

「だが君がモンスター効果を使用したことで、私もオーガ・ナンバーの効果を使用する。このターンの間、そのモンスターの攻撃力分だけ攻撃力を上昇させよう」

 

 オーガ・ナンバーの攻撃力は、そのままでも鷲々のそれをわずかにだが上回る。だが三戦の才など裏目の存在を踏まえてなおそれをしなかったのは、このままで済むはずがないという予感めいた思い。

 そんなせめてもの防衛策を、怪異は嗤って乗り越える。

 

「装備魔法、リビング・フォッシルを発動!俺の墓地からレベル4以下のモンスターを、効果を無効にし攻撃力を1000下げて特殊召喚する。帰って来い、セアミン!」

 

 No-P.U.N.K.セアミン ATK600→0

 

「レベル合計9のサイキック族、そしてサイキック族チューナー……!」

 

 並んだ2体を見ただけで、何かを察する遊ヶ﨑。ご名算、と肯定代わりの笑みを浮かべ、果たして彼らの脳裏に一致して浮かんだモンスターがその姿を見せる。古のサイキック族を支えてきた古強者の、強化・洗練された新たなモデル。

 

「レベル6サイキック族の鷲々に、レベル3サイキック族のセアミンをチューニングだ。俺の作る新たな世代の最初の一歩、その記念に相応しいカードを見せてやる!出ろ、サイコガンナーMk-Ⅱ!」

 

 サイコガンナーMk-Ⅱ ATK3200

 

「……よりにもよって君が、ここに来て引っ張り出してきたのがマークⅡの名を冠するカードとはね。味な真似をしてくれるじゃないか」

「なかなか愉快で、お前好みの趣向だろう?最後くらい、こういう趣味に付き合ってやるのも悪くないと思ったんでな。そしてリビング・フォッシルの効果により、蘇生されたセアミンは場を離れる際に除外される。Mk-Ⅱの効果を発動!」

 

 近未来的な造形の強化服に全身を包むサイキッカーが、その右腕と一体化した巨大な光線銃の先端を鬼面の少女へと向ける。その先端に科学的に増幅された生体由来の強大な交信力により、死者からもその力を吸い上げる禁忌の扉の向こう側にまで足を踏み入れた新技術によって生み出されたエネルギー光が充填されていく。

 

「このカードは互いのターンに墓地のモンスターを除外することで、場のモンスターを除外しその元々の攻撃力だけ俺のライフを回復する!鋼炎の剣士の魂をくれてやる、だから消え去れオーガ・ナンバー!」

 

 そして無慈悲で眩い光撃が、一直線に鬼面の少女をこの次元から消し去るべく放たれる。

 

「させるか!カット・イン・シャークは私のモンスターが戦闘または効果対象となった時、そのモンスターをリリースすることで手札か墓地から自身を特殊召喚できる!」

 

 カット・イン・シャーク DEF2000

 

 しかし少女は舞を踊るかのように、ひらりと寸前で直線の光を躱し。わずかに和装の端を焦がしつつも能の舞と共に退場し、その場に変わって流線型の鋭角な鮫が壁となる。

 

『除外に失敗したら、回復もできない!これなら……!』

「そういうことさ。それと忘れないうちに、特殊召喚に成功したカット・イン・シャークの効果を発動。このターンのエンドフェイズ時、私の墓地から水属性モンスターを手札に加える」

「……さっすが『先輩』、人を苛立たせる方法はよぉくご存じの上に、大層おしぶといことで。贖罪神女のときにわざわざ温存なんて真似までして、ここまで発動を引っ張ってよ」

「日本語が少々正しくないな、君は人じゃないだろう。それに、君の反応が少し見てみたかったのさ。召喚権を使いレベル6シンクロを行った【P.U.N.K.】に、手札2枚からあの状態のオーガ・ナンバーを突破し私に勝利するために取れる択はそう多くはない。だが君は私の場にまだ伏せカードが残っているというのに、あの攻撃力を前に余裕を崩さなかった。ありがとう、おかげでその手札もだいぶ透けてきたよ」

 

 テーマを知り尽くしているからこその、より情報を引き出すための危険極まりない賭け。果たしてそれは成功し、一方の相手は追い込まれていることなど微塵も感じさせないその余裕に苛立ちを重ねる。しかし、最後の七不思議はトータルで見ればいまだ冷静だった。

 

「……Mk-Ⅱは毎ターン、除外されている俺のモンスターを特殊召喚できる。これで鋼炎の剣士を帰還させれば、事実上お前は詰み……だが!忘れちゃいないがお前の手札には原始生命態ニビルが存在し、俺はこのターンですでに合計4回の召喚行為を行った。よってこのターン、その効果は使わないぜ」

「となると、私のライフに手をかけるには少しばかり足りていなかったようだな。この通り、私はまだ生きているぞ?」

「ああ、それは認めてやるよ。だが、次のターンはどうだ?俺はこれで、ターン終了だ!」

「ではエンドフェイズ、カット・イン・シャークの効果によって墓地からライジング・スケールを手札に加える。そしてそのまま、ドローフェイズだ」

 

 墓地とデッキからカードを加え、さらに手札を補充。先のターンに調子に乗ってニビルを踏むほどの展開をしてくれるほど単純な相手なら、最初からここまで苦戦はしない。それでも完全な詰み盤面を回避できたのだから、手札にいるだけで十分に仕事はしてくれたと判断する。

 

「……では、行くぞ!私のターン!」

 

 最後の七不思議の場に、妨害はひとつ。Mk-Ⅱの除外効果は、互いのターンに発動できるからだ。先ほどのターンにあえてバトルを行わなかったのは、手札か墓地に存在する限り対象を取る除去を不発にし続けられるカット・イン・シャークを墓地へと送らせないため。そして先のターンの態度から、残る手札も誘発の類ではないと踏む。もしこの仮説が違っていたら?その時はまあ、その時だ。口笛でも吹いて、精々笑って死んでやろう。

 なんにせよ、これが彼女にとっても最後のチャンス。このターンで勝利しきれなければ、その先に未来はない。もはや外野からは口を出せず祈るように図書室の幽霊が見守る視線を感じながら、遊ヶ﨑舞は最後の攻勢に打って出た。

 

「まずは私の墓地からP.U.N.K.JAMエクストリーム・セッションを除外して手札のライジング・スケールの効果を発動、このカードを特殊召喚する。私のライフは残り450だから、効果は使用できないけどもね。そして、娑楽斎を通常召喚だ」

 

 No-P.U.N.K.ライジング・スケール ATK2400

 Uk-P.U.N.K.娑楽斎 ATK1200

 

 巨大な絵筆を掲げるパンキッシュなチューナーと、それぞれ別のレベルを持つ非チューナーが1体ずつ。これ見よがしな下準備に、しかし最後の七不思議は乗らざるを得ない。

 

「……Mk-Ⅱの効果を発動!俺の墓地からP.U.N.K.JAM FEVER!を除外してライジング・スケールを対象にし、除外してその元々の攻撃力分だけライフを得る!」

「そう、当然に君はそうしなくてはならない。私の手にあるかどうかもわからない、サイコ・エンド・パニッシャーの影を恐れるのならばね」

 

 最後の七不思議 LP3800→6200

 

 再び煌めく光線銃が、今度こそその狙いである能楽師を捉えて現世から蒸発させる。この一撃は、どうあっても防げない。すまないと心の中で頭を下げ、その魂のエネルギーが強制的に徴収されて最後の七不思議のライフが跳ねあがっていくのをただ眺める。

 ここまではお互い、ほぼ予定調和に近い。レベル11にしてライフが相手より低い場合に限るものの極めて強固な耐性と圧倒的な打点を得るシンクロモンスター、サイコ・エンド・パニッシャーはそれ単体でMk-Ⅱをこの状況から一方的に叩き伏せ、ここから彼女の逆転勝利にこぎつける事すら可能とする数少ないカード。チューナーの娑楽斎をあえて選ばずシンクロ召喚の余地を残してでもライジング・スケールを除去したのはいまだ見えていない緊急テレポートや先ほども彼女が使用したフォクシー・チューンなど、レベル8を置くよりもチューナーを立てる手段の方が圧倒的に多いことと彼女の手札の多さを加味してのことだろう。現在彼女の場に存在する素材から捻出可能なレベル8シンクロモンスターに単体でMk-Ⅱを突破できるカードは数少なく、ましてその上であれだけのライフを 1ターンで奪うことは不可能に近いこともその判断を裏付けているはずだ。

 つまり総じて、今のプレイングは極めて妥当なもの。従来の七不思議を入れ替え新たな怪異の親玉になろうとする彼に相応しい、こちらに敗北を押し付けるような王者の戦略。

 しかしだからこそ彼女はここで目を輝かせ、唇をぺろりと舐める。この盤面における彼女にとって唯一の懸念は、ここでMk-Ⅱの効果を温存し見送られること。

 

「……ふっ」

「……嫌な笑い方だな?」

 

 彼女の起こしてきた数々の理不尽という名の奇跡を目の当たりにしてきたからこその、警戒。Mk-Ⅱの生存はこの際諦めるにしても、そのうえでここから6200ものライフを削りきるなどできるはずがない。そう理性は判断するが、それでもなお彼女は笑う。敵にとっても味方にしてもろくでもない事を巻き起こしただひとりだけがやりたい放題に満足して終わる、ここからが彼女の真骨頂。

 

「君は私のデュエルを、そしてこのデッキの底力をまだ理解していないからね。なるほど確かに、君に見せてきた範囲での分析は完璧だったよ。その範囲での私の動きは全てを曝け出され、完全に読み切られ、大いに困ったことは認めよう。だけどもね、この先(・・・)こそが、私にとっての本命だよ」

「何……?」

「おいおい、君もこれまでに見てきたじゃないか。オイスターマイスター、それにカット・イン・シャーク。いずれも、このデッキを構成する大事なキーカードさ。そしてそれらの系譜は全て、ただ何も考えずに突っ込んだカードじゃない。このデッキに私が仕込んだ、もうひとつの真打(・・・・・・・・)への布石となるのさ」

『あの……?』

 

 何か、致命的なところで流れが変わった。戦場を取り巻く空気が明らかに、一段違うものへと変化した。それを察知した図書室の幽霊が、しかしその直感を言葉にできず目をしばたかせる。

 

「繰り返すがなるほど君は確かに、よく私のことを研究していたよ。その熱心さは、私も一目置くに値する。もし私が選んだのが他のデッキだったならば、恐らくこれで手詰まりだったろう。だが最後の最後で、君はひとつだけ見誤ったな。これは、私の人生で最も付き合いが長いデッキ。この私が心血込めて育て上げてきたこのデッキの真価は、ほんの数度見た程度で掴み切れはしないよ」

「なんだと?」

 

 それは、彼が幾度となく隣で聞いてきたものと同じ。彼女と対峙し万策尽きた怪異に対し、その上を取り勝利するという最後の宣告。

 

「レベル5のカット・イン・シャークに、レベル3の娑楽斎をチューニング。まずはそのMk-Ⅱから除去させてもらおうか、レベル8のシンクロモンスターでね。せっかくだから、あの時(・・・)聞いたこの口上で迎え入れるのもいいだろう。曰く、確かこうだったね……星海を貫くは第二の門。その螺旋穿たれし者、汝一切の奇跡を捨てよ!」

『その口上は、あの人の……!』

 

 聞き覚えのある召喚口上に気が付いた図書室の幽霊が、拳を握り締めて呟く。そして遮るもののない屋上の青空に呼び出され顕現するのは、遊ヶ﨑自身もかつて対峙し苦しめられた1枚。目の前の七不思議によってその命を奪われ、その一員として長年その魂をそうとも知らずこの学校に縛り付けられてきた……そんな彼女の愛用した、満天の空を自在に泳ぐ星の魚。

 

「シンクロ召喚、ゴーティスの双角アスカーン!」

 

 ゴーティスの双角アスカーン ATK2700

 

「ゴーティス、だと……!?」

「そうさ、驚くことはないだろう?アスカーンはシンクロ召喚時、私の魚族及び相手のカードを選択して除外できる。そしてアスカーン自身がゲームから除外されたとき、墓地の魚族であるカット・イン・シャークを除外する事で自身を再度特殊召喚できる!」

 

 星の核をも貫く鋭い双角から放たれた電撃が、その巨体に比べれば遥かにちっぽけな超能力者とアスカーン自身を包み両者の姿が消えていく。しかし空になったはずのフィールドの空が割れ、そこから見上げるほどに巨大な双角のトビウオだけが次元の狭間を飛び越えて一方的に帰還した。

 

「……『ピアノを弾く幽霊』は、私も知らない仲じゃないからな。彼女にだって、敵を取る権利はある。あの世とやらできっと私の冒険活劇を見ているであろう当人も、これで少しは留飲を下げてくれるといいのだが」

 

 あまりらしくない真似をしていると自覚はあるのか、どこかむず痒そうに独り言ちる遊ヶ﨑。それでもすぐに軽く首を振って気分を入れ替えた彼女に、最後の七不思議が叫ぶ。

 

「……だが、アスカーンの攻撃力は2700!俺のライフにはまだ足りない!」

「ああ、無論それも理解しているさ。だがな、そこでこの場の伏せカードが効いてくることになる。君も察してはいただろうがはっきり言ってしまえば、このカードはつい先ほどまでは使いどころのないが故のブラフに他ならなかった。少しでも深読みに思考を割いてくれれば万々歳、その程度のね」

 

 わずかに視線を手札に落とし、握られたままのレッド・リブートに目をやる最後の七不思議。たとえライフ半分ものコストを支払ったとしても、アスカーン単体での攻撃に耐える程度の数値はある。明かされるカードの種類によっては、それだけの価値がある。

 

「では、リバースカードオープンだ。通常魔法、ダウンビート!」

「魔法か……!」

 

 これで完全に、レッド・リブートは死に札となった。もはや使い物にならないことが明かされたカードを忌々しげに見つめる最後の七不思議の前で、アスカーンの巨体が消えていく。

 

「このカードは発動コストとしてモンスターをリリースし、デッキからそれと同じ種族と属性かつレベルの1だけ低いモンスターを特殊召喚する。そして私がコストとしたアスカーンは、レベル8の水属性にして魚族だ。カープ・ライジングなどと同じくね」

 

 一度言葉を切り、大きく息を吸う。このデュエルを終わらせることを可能にするだけの力を秘めた、とっておきの名を呼ぶために。

 

「登竜の滝の果て、河注ぐ海の底より竜宮を統べる真打の登場だ。波と潮目と大漁祈願をもって、魚群の参上を歓迎してくれ―――――超古深海王シーラカンスっ!」

 

 超古深海王シーラカンス ATK2800

 

 水が弾けて、ばしゃり。鯉が滝を登れば、その身は天に届いて竜と化す。しかし滝を下り、河を下り、海へと至ればその水底には竜に劣らぬ魚の王、深海の主がそこに待つ。

 人間よりも一回り大きな……とはいえ星々の間を勇に翔けるアスカーンに比べれば小さなその魚体には、しかしそれをも上回るほどに爆発的な王者の息吹が確かに宿る。その魚介王の咆哮が、フィールドを震わせ轟いた。

 

「ふざ……けんなっ……!」

「ハハハハハ、驚いてくれたようで何よりだ!さあ、シーラカンスの効果発動!手札1枚をコストとすることでレベル4以下の魚族を攻撃不可、効果無効状態でデッキから可能な限り(・・・・・・・・・・)特殊召喚する!」

 

 まさにその使い手たる彼女と同じ、圧巻のド派手さにして理不尽の権化たる圧倒的な展開力。そんな王者の号令に従って、空いた4箇所のモンスターゾーン全ては一瞬にしてその眷属たる魚群によって埋め尽くされた。

 

 オイスターマイスター ATK1600

 貪食魚グリーディス ATK1000

 オイスターマイスター ATK1600

 貪食魚グリーディス ATK1000

 

「レベル3のオイスターマイスターに、レベル3チューナーのグリーディスをチューニング。シンクロチューナー、金雲獣-馬龍(マロン)!そしてこのカードは特殊召喚した時にレベルを1だけ上下させ、さらにオイスターマイスターが場から墓地へと送られたことによりオイスタートークンを特殊召喚する」

 

 金雲獣-馬龍 ATK2400 LV6→7

 オイスタートークン DEF0

 

 それはかつての天馬杯において、白き森の妖魔ディアベルを召喚するために行われたものと同じ動き。しかし彼女が今狙うのは、あの時と同じカードではない。

 

「レベル3のオイスターマイスターとレベル1のオイスタートークンに、レベル7となった馬龍をチューニング!やはりクライマックスにはこのカードも出さねば、片手落ちというものだろう!ひとつ人より破天荒、ふたつ不可思議巻き起こし。みっつ見さらせ新たな秘伝!ここは祭りの大舞台、驚愕龍よ天を突け!シンクロ召喚、Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン!」

 

 Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン ATK3000

 オイスタートークン DEF0

 

 水が弾けて、ばしゃり。鯉が滝を下り、海へと至ればそこには深海の主が待つ。しかし何人をも寄せ付けぬ瀑布を昇り切ることに成功すればその身は水中を越えて雲をも掴み、天に至りて竜と成る。高らかに誇りを込めて告げられる口上とともに今まさに流れる大河の両端に座す、天と海の主が一つ所にその身を並べた。

 

「馬龍の効果により、君の場からエクストリーム・セッションのカードを手札に。そしてアメイジング・ドラゴンは1ターンに1度、私の墓地からP.U.N.K.を蘇生できる。フォクシー・チューンを蘇生し……これ以上、シンクロ召喚は必要ないようだな」

 

 No-P.U.N.K.フォクシー・チューン ATK2300

 

 巨大な狐面をバックにゆったりと舞う明るいクリーム色を基調とした和装の少女が、驚愕龍の背からぴょんと飛び降り牡蠣や魚の舞い踊りへとその身を混ぜる。どれほどライフに余裕があろうとも、彼女が叩き出した合計攻撃力はその数値を正面から上回る。先ほど敗北の危機を回避したシグナル・レッドのような延命の手段は、もはや存在しない。

 

「く、糞っ!俺は……俺は……!」

 

 何かを言おうとした。しかし、その先の言葉は出てこない。

 

「バトルフェイズだ。頼んだよフォクシー・チューン、アメイジング・ドラゴン、そしてシーラカンス……なあ。たとえ偽りの関係だったとしても、君は確かに私の後輩だった」

 

 一斉に動き出した彼女のモンスターによる、最後の連続攻撃。それが届くまでのほんの数秒、絶対に避けられない敗北を理解した怪異と目が合った。人々の口から人ならざるものとして生まれ、今日に至った最後の七不思議の目に、彼女は何を見たのか。この年度を確かに共に過ごしてきた後輩の目か、はたまた決して人間とは相容れない怪異の放つ光か。

 いずれにせよ、彼女は最後に『先輩』として決着をつけることを選んだ。

 

「それゆえに君が間違ったことをしようとしているのならば、ぶん殴ってでも止めてやらねばな。私はこれで、体罰肯定派の先輩なんだ。さようなら、名もなき最後の七不思議……そして、私の後輩君」

 

 No-P.U.N.K.フォクシー・チューン ATK2300→最後の七不思議

 最後の七不思議 LP6200→3900

 Uk-P.U.N.K.アメイジング・ドラゴン ATK3000→最後の七不思議

 最後の七不思議 LP3900→900

 超古深海王シーラカンス ATK2800→最後の七不思議

 最後の七不思議 LP900→0

 

 

 

 

 

 激しい光と爆風がようやく止んだ時、そこには既に誰もいなかった。自然発生した怪異の魂に昇る天はなく、ただ元のように自然消滅するだけなのだろう。どこか悲し気な目で、それでも遊ヶ﨑は迷いなく歩く。彼女が拾い上げたのは日置高校の七不思議が遺した最後の忘れ形見にしてその依り代、棋譜ノート。

 

「彼の話を総合する限りこれもかなりの厄ネタに成り果てているし、なんなら彼自身がここから復活しかねない……と、私は解釈したのだが。その認識で問題ないな?」

 

 振り返って図書室の幽霊に確認を取ると、小さく頷く。半年間に及ぶ怪異との戦いの歴史であり、後輩だった彼との記憶。綴られたそれらを最後にパラパラと見返して未練を断つようにページを閉じ、手をかけて力を込める。それに従ってめきめきと裂けていくノートの最期を見届けながら、誰にともなく呟いた。

 

「君相手にも、もしかしたら分かりあうことはできるのかもしれない。しかし君はもはや私でも庇いきれないほどにやり過ぎてしまったし、君が次にまた間違えた時に私が責任をもってもう一度それを正せるほどの力はないだろう。今回だってあのお守りがなければ、そもそも勝負の土俵にすら上がれなかったのが私だからな。だから、今の私にはこうすることしかできないんだ」

 

 ゆっくりと、ノートがふたつに裂けていく。その手にさらなる力を込めると、その勢いは少しずつ増していった。

 

「すまない、とは言わないよ。それはそれで、君の身勝手な犠牲にされた彼女たちに対する失礼にあたるからね。ただ、私の力不足については詫びておこう。私にもっと力があれば、あるいは……ね。いや、それも空しい仮定の話に過ぎないか」

 

 そして最後に悲鳴のような音を上げ、ノートは真っ二つに引き裂かれた。両手に握られたそれぞれの端を見比べて、疲れたようなため息をひとつ吐く。

 

「これは私の名に懸けて燃やしておくよ、1ページたりとも残さずに」

『……ありがとうございました。これでこの学校の七不思議は、その噂ごとすべて消滅するでしょう』

「ふむ。ならば学校の七不思議、これにて全て調伏完了、か」

 

 馬鹿馬鹿しいほどに青い空を大きく仰ぎ見て、ぽつりと呟く。そしてふと思い出したとでもいうように、後ろの幽霊へと改めて目を向けた。

 

「ところで、君はどうなるんだい?どうも見たところこの勝負を見届けたからそのまま成仏する、というわけでもなさそうだが」

『それなんですよね、私も割とそのつもりだったんですが。あのお守り、私の力の全てを注ぎ込んで作ったのはいいんですけれど、少しばかりやり過ぎちゃったみたいで』

「ふむ。つまり?」

『……どうも変な作用を起こして、そのお守り自体が私にとっての依り代になっちゃっているらしく。だからそれがある限り、私も現世に残れるんじゃないかなあ……と。あんまりお守りから遠くには離れられなさそうなので、あなたがそれを持っている限りはその近くにいることになりそうですが』

「ほうほう、なるほど?」

 

 思案しながらカバンにノートを紙片一つ残さないようしまい込み、ポケットに入れっぱなしだった先ほどのお守り、手編みの紐を引っ張り出す。しげしげと眺めて何か言おうとしたところで、屋上のドアが大きくバンと開かれた。

 

「あ、やーっぱりアンタだったのね。なんでここが、なんて聞くんじゃないわよ?こんな目立つとこであれだけ派手にソリッドビジョンが暴れてたら、アタシじゃなくても誰かがデュエルしてるのなんて一目でわかるわよ」

「……おや、君か。ならば別のことを聞かせてもらうが、パーティーの方はいいのかい?」

 

 現れた小さな人影……極めて数少ない彼女の友人、飯田天詩の姿を認めた遊ヶ﨑が片眉を上げ、図書室の幽霊がさりげなくその後ろに回り込んで身を隠そうとする。一方で先ほど別れ際にした話をちゃんと彼女が覚えていたことに小さな安堵を覚えながら、そんなことはおくびにも出さず小さな騎手は肩をすくめた。

 

「引っ越し祝いと纏めてやってもらうことにして、春休みまで延期をお願いしたの。それでちょっと気になってこっちまで戻ってきてみたら、屋上で誰かがドンパチやってるじゃない」

 

 延期を申し入れた理由が今にも消え去りそうな雰囲気だった目の前の友人を心配してのものだとは、天詩も絶対に言うつもりはない。そもそもこの神経図太い腐れ縁が自殺などするはずもなく、面と向かって言おうものなら向こう数年はからかいの種にされることは請け合いだからだ。そうと頭では理解していても、どうにも嫌な胸騒ぎが収まらなかった。

 もっとも当時の彼女は既に最後の七不思議による認識操作の術中にあり屋上からの飛び降りが今日の予定に組み込まれていたためその直感も全く間違いではなかったのだが、そんなことはお互いに知る由もなく。

 お互いに微妙に逸らした視線のうち、片方がこの場にいるもうひとりを捉える。できる限り身を縮めて隠れてやり過ごそうとしていた半透明の人影に、目を丸くして近付いていく。

 

「ところでそこの……わっ、へぇー……えっと、一応聞くけどソリッドビジョンとかじゃなくて、やっぱり例の七不思議の?あ、アタシは飯田天詩。天詩でいいわよ」

『あ、はい……一応、先日まで図書室の方で幽霊を……』

 

 幽霊を見た、となっての騒ぎを避けるために隠れたつもりが思いのほか薄いリアクションに対し逆に驚きながら、前に出て丁寧に一礼する図書室の幽霊。無意味に偉そうに腕組みしてそれを見守る遊ヶ﨑といかにも真面目で大人しそうな幽霊の顔を何往復か見比べ、最終的に何かを察したように頷きどこか同情するような顔つきで右手を差し出した。

 

「……なるほど。アンタ、これから大変だからね……?頑張りなさい、困ったらアタシもいつでも相談に乗ったげるからね」

『あ、あの、えっと?』

 

 話が見えないままに自身も手を差し出して握手の形に持っていきながら投げかけられた言葉の真意を測りかねている幽霊少女に、キョトンとしたように天詩が首を傾げた。

 

「え、だってこれからやるんでしょ?この遊ヶ﨑(バカ)のお守りとツッコミ役」

『そうなんですか!?』

 

 何をどう解釈されたのか知らない間に勝手に外野から認識されていた新たな役目に思わず目を丸くした幽霊だったが、なぜか言い出しっぺの本人からは励ますような笑みを向けられて。

 

「先任者からアドバイスよ。このバカのすること成すこと全部に付き合ってたら絶対に身が保たないから、ある程度は周辺の迷惑にも目を瞑って妥協すること。それと、どうせ何言っても言うこと聞きゃしないんだからあんまり溜め込んだり気に病まずに、自分のストレス発散手段はちゃんと持っておくように。あ、これアタシの連絡先。相談なら乗るからね、本当に」

「待て待て待て、待ってくれないか」

 

 素早く書き殴ったメモを渡し、頑張りなさいと期待の籠った眼差しを投げかける天詩。何やら勝手に完結しかかった話にたまりかね、張本人でありながらここまで蚊帳の外だった遊ヶ﨑からここでようやく待ったがかかった。

 

「待たないわよ。この子が誰かは知らないけどアンタの近くにいて気迫に呑まれないし怖がらない、逃げるそぶりもないなんてそれだけで天然記念物なんだから。こんな人材幽霊だろうと何だろうと、絶対逃せないわ。後は人となりだけど……ちゃんと挨拶だってできるんだし、そもそもアンタに比べりゃ誰だって常識の持ち合わせはあるでしょうよ」

 

 しかし、その物言いはにべもなく切り捨てられ。

 

「ツッコミ役というのにもだいぶ言いたいことはあるが、それ以前にまず君の言うお守りという表現の正確性がだな……」

「はあ!?アンタねえ、どっっれだけアタシがアンタのやらかした後始末に付き合ったり、そもそもアンタが馬鹿やらかすのを未然に止めたげたと思って……」

『あ、あのう!?私の、私の意見は……』

 

 三者三様、生者も死者も皆等しく姦しく。戦い済んだその日の屋上は、随分と長いこと賑やかで。いつしか学校の七不思議を相手に戦い抜いた彼女の顔から、悲しみの色は抜けていた。少なくとも、こんな世界を彼女は守ることができたのだ。

 そしてそんな卒業の日からも、月日はいつしか過ぎ去っていく。これはどこかの未来、どこかの場所で。こじんまりとした建物の真新しい看板を前に、満足気に腕を組むやや目つきの悪い茶髪の美女の姿。その右手首にはミサンガのように手編みの紐が巻かれ、左腕には非使用時の格納機能によってより小型軽量化された、デュエルディスクの最新モデルがアームカバーのように装着されている。

 

「これで私も、一国一城の主に返り咲いたか。大空想決闘精神研磨追及部から随分と長くかかってしまったが、これもなかなか悪くない遠回りだった」

『いつ聞いてもアレな名前ですよね、それ』

 

 その後ろから、箒を手に周辺の掃除をしていた黒髪に丸眼鏡の女子高生らしき少女が冷たい目で現れる。容姿こそそれなり以上に整ってはいるものの一見するとただの少女にしか見えないその体はしかしよく見ると、確かに近寄ってきているにもかかわらずその両足はどちらも全く動いていない。周囲に人影がないことを確認してその体を震わせると、その全身がすうっと音もなく半透明に変化した。その手の中にあった箒もその体を突き抜けて、音もなく横の壁に立てかけられる。

 

『でも、幽霊だの妖怪だのオカルト専門でも本当にちゃんと商売になるものなんですねえ。それもこんな、あっという間に事務所まで建てられるぐらい。私も改めて現物を見て、ようやく実感が湧いてきましたよ』

「ああ。金に糸目はつけない依頼人が思いのほか多かったのもあるがその昔、手長君から聞いた言葉も思い出すよ。ただ人のみが知らぬだけで、世界には存外色々なものが蠢いている……とね。こうしてみると、その言葉の意味を改めて実感するね。時に君、新築祝いは何時に来る予定だったかな?」

『えっと、そろそろ来るはずですね。それで今夜の飛行機でアメリカに渡って、現地時間で明日の正午には第一レースです』

 

 手帳を見ながらスケジュールを読む半透明の少女に、ふむと腕組みを解く美女。事務所と呼ばれたその建物の入口へと歩きながら、半ば独り言のように口を開く。

 

「馬術決闘プロリーグ日本代表、か。ハナコストライプ君ともども相変わらずご苦労なスケジュールだが、その合間にわざわざ来てくれるというのならそれなりにもてなしておかねばな」

『ちなみに本音は?』

「ここで彼女をあまり怒らせなければ、何かの拍子に我々の仕事の評判がアメリカにまで及ぶこともあるだろう。そうすれば本場のエクソシストや土葬上がりのゾンビを相手に、デュエルで調伏するような日は近いかもしれないぞ」

 

 相変わらず素直でない物言いのとってつけたような理由に、クスリと笑ってその後を追う少女。見る人が見ればあの後ろ姿は、以前彼女たちが解決した『雑居ビルの鎌鼬事件』以来久々に会う共通の友人との再会に対し心躍っているのがよくわかる。

 少女が既に閉じられたドアを半透明の霊体としての特性で音もなく通り抜けると暖かな朝日に照らされた事務所の前には誰もいなくなり、ただ看板だけがその日光を反射して誇らしげに輝いていた。

 

『遊ヶ﨑 決闘探偵事務所』




まあ、私から特に言うことはないですわね。書きたいことはおおむね書き切れたので。
長いようで短い間でしたが、読者の皆様もここまで彼女たちの物語にお付き合い頂きありがとうございました。
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