「おっはよぉ~薫子ちゃん!」
はるかの元気な声が響く。肩を叩かれたウチは振り返った。
「おはようさん。ほんま元気やねぇ。昨日あんだけ動き回ったとは思われへんわ。イタタタ…」
「だ、大丈夫?」
ウチはやや呆れた表情で自身の腰をさする。
昨日のエノルミータとの激闘後、ウチらは深追いはせず帰宅したのだが、結局次の日まで疲れを引きずってしまった。
「ま、はるかの回復のお陰でみんな助かって、しかもマジアベーゼを倒すことができた。それに比べたらこんなもん、屁でもないわ。昨日も言うたけど、ほんま、ありがとう」
「う、うん!こちらこそ!えへへぇ」
はるかの太陽のような笑顔に、少しだけ活力が戻る心地がする。彼女はトレスマジアのなかでも最もメンタルが安定しており、精神的支柱と言って差し支えない。
それが魔法少女としての経験から来るものなのか、彼女の元来のものであるのかは定かではないが、それにウチらは何度も助けられていた。
「しかし、大丈夫やろか。小夜の奴」
「やっぱり、昨日の戦いで疲れちゃったんだよきっと。しっかり休めば、きっと大丈夫だよぉ。そろそろ夏休みだし、いっぱい遊ぶためにも早くお見舞いに行ってあげないとねぇ」
「せやな……あの戦いで一番ダメージを受けてたのは間違いなく小夜やった。けどそのダメージのおかげで、エノルミータの奴らに致命傷を与えられた」
アズールの必殺技、愛のアヴァランチは、敵の攻撃の威力に応じてカウンター攻撃の威力が上昇するが、自身へのダメージが無くなるわけではない。
故に彼女の戦い方は非常に燃費が悪いと言え、況してやあれほど激しい戦い、反動は推して知るべしだった。
(まー、こっちは間違いなく小夜の元来の気質に基づいたもんやろな……)
とウチは自分なりに結論付けて納得することとした。
「はるかは、絶対あんなんになったらあかんよ。一人で無理やと思ったら、ウチらを存分に頼ってくれればええ。必ず何とかしたるさかい」
「うん、ありがとう!でも、薫子ちゃんも無理はしないでねぇ」
「ああ…わかっとる」
(……さっさと現れんかいエノルミータ。次こそ……次こそがお前らの最期や)
□ ■ □ ■ □
被った布団の中で必死に思考を巡らせていた。身体の痛みよりも遥かに強大な何かが、私の身体を縛り付けているような感覚に襲われていた。
あの日、花菱はるかとヴァーツに勧誘され、魔法少女となってから今日に至るまで、数多くの魔物をこの手で屠ってきた。最初期こそ不慣れな戦いについて行くのに必死ではあったが、敵に対して情けをかけたことなどなかったし、罪悪感を感じることも無かった。
常にこの街の平和を守るという使命感、正義感に突き動かされてきたし、それは今もなお変わっていないと断言できる。
だが、ことマジアベーゼに対しては、私の中にこれまでとやや違った心境が在った。ある日突然現れた彼女は、それまで戦ってきたどの敵とも違う、全く異質の存在であった。
トレスマジアをまとめて拘束できるほどの力を有し、様々な……主に性的な方法で苦しめるも、どれほどの好機でも決して止めは刺さず、ある程度戦闘を行うと消え去っていく。
魔法少女を手籠めにすることに強い愉悦を覚えているようだが、同時に我々に反撃され、自らが劣勢に立たされている時にも同等の、あるいはそれ以上の喜びを感じているような素振りもあった。
自身の人生最大級の失態になったあの一件では、こちらを圧倒的な力で屈服させたにも関わらず、隷属を断固として拒み、それどころか敵に魔法少女としての矜持を説く始末だ。魔法少女としての在り方を説教する悪の組織など、自分の知る限りでは見たことも聞いたこともなかった。
あの時の彼女がいかなる心境であのような行動をとったのか自分には知る由もないが、いずれにせよあの一件が転機だったのは間違いない。かつての弱い自分と正面から向き合い、受け入れ、前に進む事ができたのがあれのお陰だと思うと、複雑でならなかった。
兎も角、彼女は魔法少女に対して、単なる敵対組織としてではない、途轍もなく強い執着と、並々ならぬ感情を抱いている様に見受けられた。
私にはそれを理解する必要も、理解できる道理も無かったが、いつかそれを訊き出してみたいと思っていたのも事実だった。不本意にも、自分に魔法少女としての進むべき道を指し示してくれたのが彼女であったからだ。
しかしその一方で、彼女らと私たちが敵対関係、相容れぬ存在であることも理解していた。決して同情や共存が出来るような相手ではない事も分かっていたし、それで良かったのだ。
そして、先の戦いでついに私達は彼女を、マジアベーゼを打ち倒した。あの場にはエノルミータの他メンバーも揃っていたため気を抜くことは無かったが、確かにそこには「成し遂げた」という達成感が少なからずあった。
そしてワープゲートに消える直前の、レオパルトが抱きかかえる彼女の顔、魔力が霧散し変身が解けた彼女の顔は、何度思い返しても――――
「柊さん……あの柊さんが、マジアベーゼ……?」
それだけで、抱いた覚悟も信念も、バラバラになってしまう心地がした。
ただの見間違いと切り捨てるにはあまりにも重い推論、そして不幸にも、私の脳内にはうてな=マジアベーゼ説を後押しする根拠がもうひとつ浮かんでいた。
マジアアズールとして街の復興の為の修繕に協力している最中、私は柊さんと遭遇しマッサージを施された事があった。そして私はその時の彼女の手つきに謎の既視感、所謂デジャヴを覚えたのだ。
あの時は快感と羞恥で思考が回らなかったが、あれはデジャヴではなく、神社でマジアベーゼと戦い、辱められた時の感覚を想起したのだとすれば説明がつく。
柊さん達と海で偶然出会った時にその事について訊こうとし、しかし躊躇してしまった事が悔やまれた。
根拠にもならないような憶測だが、今の私にはそれ一つ取っても無視する事はできなかった。
(私は、この手で彼女を……?)
あの時の光景がフラッシュバックする。マジアベーゼを刺し貫いた感触が、今も手に残っている。それまで何とも思ってなかったことが、いや、彼女を倒した時でさえ気にも留めなかった感覚が、今になって、私の身体をじわじわと侵食するように蝕んでいった。
「打ち倒した」とは、それらはつまるところマジアベーゼを「殺した」ということで。
マジアベーゼを柊さんだと仮定すればそれは、友達を「殺した」ということだ。
見ず知らずの人間であったなら、恐らくそれほど動揺する事はなかっただろう。エノルミータの正体が自分達と同じ人間であるということはヴァーツから聞かされており、それを覚悟の上で今まで戦ってきたからだ。
悪は滅ぼすもの、それが魔法少女の宿命である事は、今でも間違いなく理解している。
だが、同じ学校で幾度も会話を交わし、クラスメイトとして共に過ごしてきた彼女。
非日常の中の、大切な日常のひとかけらだった友達、柊さんだからこそ。
私はその彼女を手に掛けてしまったかもしれないということが、恐ろしくてたまらないのだ。
「まだわからない……でも2人には話すわけにはいかない。特にはるかは優しい子だから、きっと思い詰めてしまう。マジアベーゼを討伐出来た今が、エノルミータ討伐のチャンスだから。私たちは正義の魔法少女、トレスマジアなんだから……」
そう口に出さないと、決意が揺らいでしまいそうだった。マジアベーゼに単独で挑み、大敗を喫した時に固く結び直したはずの決意が。
外界をシャットアウトするように毛布を深く被り直す。どれだけ我慢しても、手の震えは止まらなかった。
□ ■ □ ■ □
自身の恐怖から目を背け取り繕う姿は、皮肉にもかつての、自らが目を背け受け入れなかったどうしようもない被虐心を、マジアベーゼの折檻によって暴かれた時の彼女自身と重なっていた。
□ ■ □ ■ □
「…………ん……んぁ?」
目を開けると、見慣れた天井が見える。すぐにここがドールハウスの病室だと気づいた。
包帯は巻かれているものの、全身の痛みはほとんど感じなくなっていた。
「……………夢……」
「…………なわけ、ないよね……はは……」
目元にひやりとした感触が伝わる。どうやら、眠りながら泣いていたらしいと理解した。
「うてなちゃん……」
目尻を拭いながら、再び呟く。
少しずつ明瞭になる思考と記憶が、あれは夢で、しかし夢ではなかったのだとキウィに告げていた。
その時、病室に近づいてくる足音があった。
「……………!!」
「……こりす?」
「………!…………!!」
扉をあけて現れたこりすは、ベッドに一直線に走り込み、横たわるキウィの腕に抱きついた。
「……ああ、ごめんな、こりす。ほんと、ごめん」
「………」
キウィは反対の手でこりすの頭を優しく撫でつける。こりすの顔がとても悲しげに映った。
更に複数の足音が聞こえてくる。
入ってきたのは真珠とネモだった。
「キウィ!目が覚めたのね!」
「ったく、お前までずっと目覚めなかったらどうしようかと思ったぜ……」
「あんた、ほぼ丸2日寝てたのよ。あ、でも心配はしないで、むしろ真珠に感謝してよね!」
「何でお前だけなんだよタコ。キウィがベッドで目を覚まさない間、こりすがずっと傍に居るっつって聞かなかったんだよ」
「でもこりすはまだ小さいから、真珠とネモも一緒に様子を見ててあげたってわけ」
「あと、キウィとこりすの親にもアタシらが上手い事言っといたから安心しろ。夏休み間近なお陰で授業が少なくて……って聞いてんのか?」
「ん……?ああ」
一斉にまくし立てる二人に、まだどこか虚ろな目をしたキウィは、どこか上の空な返事をした。
ネモは溜息を付き、続ける。
「ヴェナからの伝言だ。マジアベーゼの後任、エノルミータ総帥の地位はお前に一任するんだとよ、
「後任……じゃ、じゃあ、やっぱ……うてなちゃんは……」
「……」
再び重い空気がその場を覆う。ネモは、やはりこうなるかと、再び小さく溜息をつく。
「で、でもヴェナは、今はゆっくり休むべきだとも言ってたわ。すぐに行動する必要は無いんじゃないかしら。それに……真珠は、あんたがこれ以上無理する必要もないと思ってるの」
「それって……」
真珠の言葉にキウィが疑問を投げかける前に、ネモが続ける。
「アタシもだ。お前はどう見ても、肉体的な傷以上に精神が参っちまってる。無理にやる必要はない。こりすも同意見……というか、こりすが言い出したんだ」
「……!」
こりすは深く頷いた。
「最も、辞めると言ってハイどうぞと普通の生活に戻してくれるかは怪しいがな……」
本人が過去にした話によると、あくまで悪の組織と認識した上で加入したキウィ、こりす、真珠、ネモと違い、うてなは悪の組織とは知らずにエノルミータに加入させられたそうだ。
そんな彼女は加入したての頃、いざ悪の組織を脱退しようとしたりヴェナリータに反抗しようとしたりすると、何かと圧力を掛けられてしまい逆らうことが出来なかったらしい。
果たしてそれが、彼女だからなのかどうかは定かではないが、誰が抜けようとしても同じように脅される可能性も十分に考えられた。
「ま、とりあえずゆっくり考えてみなさいよ」
「……」
真珠の言葉に、キウィは応えられなかった。
キウィは既に、エノルミータに留まる理由をほとんど失っていた。
かつての目標であった、魔法少女を倒して彼女らより目立つ存在になりたいという欲求は、その後現れたマジアベーゼによって完全に過去のものとなった。
ならば、その彼女を失った自分は……
(アタシは……何の為に……)
キウィの脳内には、未だにうてなとの思い出が渦巻いていた。
自分の人生で、あれほど短くも鮮烈で楽しいと思えた瞬間は無かったと、そしてこの先、その様な瞬間は訪れないだろうと断言できた。
そして、それらを奪ったトレスマジアを、憎いと思った。許せないと思った
無意識に、言葉は口からするりと出てきた。
「考える必要なんてねーよ。アタシがベーゼちゃんの後を継ぐ。もうそれぐらいしか……出来ることはないから……」
何の為に自分がここにいるのか。ここにいる自分に何ができるのか。
キウィがその結論を出すのに、時間はかからなかった。
「アタシは、トレスマジアに復讐する」
その目は、かつて見たこともない程に鋭く、ここには居ない宿敵を見据えていた。普段怖いもの知らずなこりすでさえ、今のキウィには軽く怯える程であった。
何も言わなければ今にも飛び出していきそうなキウィに、真珠は問いかける。
「復讐って……何する気?」
「お前らがやってた事と同じだよ」
ネモと真珠は、それがすぐに魔法少女狩りの事を言っているのだと分かった。
街を守る魔法少女は、何もトレスマジアだけでなく、各地にその街の魔法少女が存在している。かつてのロードエノルメ率いるロード団は、各地を周り、魔法少女らの変身アイテムを奪っていた。
ナハトベースにはその時の変身アイテムが未だに数多く廃棄されている。
「別に無理に止めるつもりはねぇけど、それってベーゼの遺志なのかよ」
ネモはすぐに一つの疑問を提示した。
マジアベーゼは行動理念の中心に常に魔法少女があり、魔法少女をより輝かせるために
ロード団による魔法少女狩りは、そんな彼女の地雷を激しく踏み抜き、見事に壊滅させられた過去がある。
「……多分、ベーゼちゃんは猛反対するだろうね」
キウィもそれをわかっていた。
「だからこれは、アタシだけのわがまま。三人共別に付き合わなくていい。アタシだけで片を付ける」
キウィの想いを聞いた3人は顔を見合わせる。
「そう……」
数瞬の沈黙。
「……じゃ、真珠も付き合ってあげるわよ。アンタとうてなの事はもうアンタにしかわからないけど、どうせ真珠は最強アイドルになるまでここやめるつもりはないしね」
最初に口を開いたのは、真珠だった。
「第一、それでアンタにまで死なれたら、寝覚めが悪いどころの騒ぎじゃないもの」
他人の気持ちの機微を捉える事には向かない彼女だが、それ故に自分の気持ちをストレートに伝える事が出来ていた。
「真珠……」
それに続くように、ネモが声を上げる。
「ま、真珠が続けるならアタシも付き合ってやるよ。こいつ一人に任せたらどうなるかわかったもんじゃねぇ」
「ハァ!?どういう意味よ!!」
「ネモ……」
ネモは真珠がやるとなればそれだけで続ける理由にはなる。しかし口には出さないものの、今回はそれ以上にキウィの為を考えての発言であった。
「それに、こりすも同じ気持ちみたいだぜ」
キウィが隣を見ると、同じくベッドに座ったこりすがまっすぐにこちらを見ていた。こりすは柔らかく微笑み、キウィの頭を撫でた。
ちょうど、キウィが目を覚ました時と逆の立場であった。
「…………」
「こりす……」
「ありがとう」
キウィはただ一言、感謝の言葉を呟く。
その表情は依然曇ったままだったが、ほんの少しだけ、柔らかくなっていた。
□ ■ □ ■ □
数日後。
ナハトベース前に、四人の影があった。
「ヴェナちゃん」
「ああ、行くんだね」
名前を呼ばれたヴェナリータが、ワープゲートより現れる。メンバーに、治療の際に預かっていた星型のアイテムを受け渡した。
「目的は魔法少女トレスマジアの
先頭に立つ少女がアイテムを掲げ、後ろのメンバーに告げる。
それに呼応するように、三人の少女が変身アイテムを翳した。
「復讐の時間だ」
「「「「
□ ■ □ ■ □
授業終わり。昼休みに入るタイミングで、途端に教室は騒がしくなる。
昼食を摂る者。近くの友人と駄弁り出す者、勢いよく教室の外に飛び出す者。
はるか、小夜、薫子の3人も例外ではなく、机を突き合わせて昼食を楽しんでいた。
「小夜ちゃんがすぐ登校できるようになって良かったぁ。でも、本当にもう大丈夫なのぉ?」
「え、ええ……。少し体調が優れなかっただけなの。もう大丈夫よ」
「ほんならええけど。今週の間に、エノルミータが攻めて来んで助かったわ」
はるかと薫子の二人は、昨日の学校帰りに小夜のお見舞いに行こうとしたが、小夜がそれを断ったため、結局行けずじまいであった。
その間、街の見回りなどを行っていたが、エノルミータが街に現れることは無かった。
「休みと言えば、うてなちゃんは今日も休みなんだねぇ。今週ずっとだから、ちょっと心配だなぁ……」
瞬間、小夜の肩がビクリと跳ねる。
「いっつも付いて回っとるアホ団子もやな。ま、ウチが気にする事やないけど」
「ちょっと薫子ちゃん。良くないよそういうの……って、小夜ちゃん、大丈夫?やっぱりまだ具合悪い?」
「……えっ?い、いや、違うの。ほんとに何でもないのよ……」
小夜は慌てて返事を返すが、明らかに声が上擦ってしまった。
「ほんまに?まだ身体悪いんなら、無理せず休んどいた方がええんちゃう?そのままやと足手まといになるかもしらんで」
「い、いや、その……」
小夜は葛藤していた。
ここであの事を打ち明けるべきか。
信じたくも、信じるに足る確固たる根拠もない、あの仮説を。
(話せるわけがない)
しかし本能では、2人に打ち明ける事で、一人背負ったこの重荷を少しでも軽くしたいという気持ちもあった。
数瞬の、しかし彼女にとっては果てしなく長い葛藤の末、彼女は口を開いた。
「そ、その……柊さんの事なのだけれど」
——――!!
瞬間、3人は同じ気配を察知した。
言うまでもなく、エノルミータだ。
「2人とも、行こう……!」
「おっしゃ、ノコノコ出てきよったな……!これは間違いなくチャンスや」
はるかと薫子は、素早く立ち上がり、現場へ向かう為の準備を進める。
「あ、あの……」
「なんや。アンタも早よ準備し」
「……いえ、そうね。必ず倒しましょう」
「うん!」
「おう、必ずや」
「…………」
3人で昼休みの教室を抜け出し、屋上へと辿り着く
「「「
小夜は、ついぞ話を切り出すことが出来ないまま、エノルミータが出現した地点へと急いだ。