便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル   作:まーろう

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登場人物
陸八魔アル…………………便利屋68社長
浅黄ムツキ…………………便利屋68室長
鬼方カヨコ…………………便利屋68課長
伊草ハルカ…………………便利屋68平社員
下尊アス……………………スペクトルの元メンバー
エルトセプス………………殺人兵器DAの開発者
上永レイ……………………アスの部下で、医学と工学の専門家
天唯オア……………………RAXA、スペクトルのリーダー
上我オル……………………スペクトルのメンバー
天独ソウ……………………スペクトルのメンバー
大隅ゲッコウ(ルナ)……ゲヘナ風紀委員会委員。
            以前は便利屋68臨時社員だった
立花ハヤテ…………………風来坊。
            以前は便利屋68臨時社員だった
常闇ゲンゲツ………………連邦生徒会防衛室副室長
逆道スライ…………………情報屋


1 RAXA

 ゴルゴダ平原の落とし蓋のような土地は、学園都市キヴォトス南部の外れに位置している。四方が山に囲われたこの平原は、ずっと昔は窪みもなく広大な台地──地理学者の間ではゴルゴダ台地と名付けられている──であったことが分かっている。地盤の安定した台地の上にはいくらかの集落も築かれて、畑作と行商人との物資のやり取りで慎ましい生活が営まれていた。やがて技術が発達し始めた頃になると、人々は台地の一部を崩して整えて、交通の要所としてさらなる恩恵を享受しようと躍起になった。台地の集落からは放射状に足を広げた街道が整備されて、特に北へ伸びる街道はゴルゴダ台地の集落と下界を結ぶ要所となった。旅や行商のために立ち寄った客をもてなして、いくらかの品物に街道の整備費という仲介料を上乗せするだけで、大量の金がなだれ込むとそれを元手に集落を離れる者が出始めた。耕作をする者がいなくなった畑は潰れて、より多くの客をもてなす宿が建つようになった。土地に愛着がなかったわけではない。しかし外界と繋がるいくつもの茎から流れてくる甘い蜜は、集落の繁栄と生活水準の向上のためにいつしか手放せなくなっていた。

 

 夢のような繁栄の終わりは突然やってきた。ある夜に女が何の気なしに夜空をぼんやりと縁側から眺めていた。白く飛び散ったような星以外、真っ黒の夜空だったかもしれない。いきなり視界の全てが光に覆われる。女が驚いて目を背けると、すさまじい光はすぐに家の中まで入り込み、辺りを昼のように照らしだしたのだ。遠くで雷のような音。それまで岩のように黒く冷たかった床は、幾何学模様の木目まではっきりと視認できるようになる。光源に手をかざして目を守ろうとすると、星々よりもずっと低い場所を真っ赤に燃える何かが飛んでるのを見た。光はまっすぐに黒い切り株みたいなゴルゴダ台地へ向けて高度を下げている。墜落まで間もない!昼のようだった世界が急速にしぼみ始めると、すぐに夜のさびしい暗い世界が空の隅々にまで染み出して広がった。あとは葉がかすれる音しかない静寂。

 

 夕日が顔を再び出したように切り株の中心が赤く染まると、音よりも先に地響きが来た。武者震いみたいな揺れは、すぐに家を庭ごと振り回すような地震になる。虎の唸るような声がみるみる大きくなると、一度落雷にも似た衝撃音が木霊して、すぐに元の機嫌の悪い虎の喉音に変わった。女は自分もここまでかと観念したが、次のより大きな一撃は来なかった。切り株の中心は、今では火山が噴火したみたいに太い煙が柱みたいに立ち昇っている。放物線を煙で描く何かは、ささくれみたいにあらゆる箇所から飛び出していた。煙の根元は、ぐつぐつと煮えたぎる溶岩が今にも溢れ出してきそうなほど燃え上がっていた。

 

 その晩にゴルゴダ台地へ落下した隕石は、集落とそこに住む人々を影も形もなく平等に吹き飛ばした。台地はクレーターよりカルデラと呼んだ方が良いほどに大きく陥没していた。騒ぎを聞いて駆け付けた人々は、さぞ驚いたに違いない。輪のように残った台地と窪みは、まるで大地をそのまま鍋の形にして、欲に溺れた集落と人々を茹で上げる地獄の巨釜だった。

 

 こうした宇宙のちょっとしたいたずらで生まれたゴルゴダ平原は、周囲を山に囲われた天然の城塞になった。外との連絡手段は山を切り通して作るか、山の腹を突き抜けるトンネルを掘る以外にない。この自然的な特徴は人によっては、地獄にも天国にも思えるだろう。

 

 この土地にふさわしく思われる人間たちの中でも、とびきり力を持った一団がゴルゴダに拠点を構えていた。鉄製の立て看板にRAXAと書かれているのを見た後には、屈強そうな二人のキヴォトス人の守衛が待っている。二人とも武装をしているが、だからといって、こちらが何もしない分には撃たれる心配はない。一人の行動が全体の評価を決めるという教えが隅々まで徹底されていることに感心するのは結構だが、まずはこちらの身分と要件を偽りなく話した方が身のためだ。下手な芝居や作り話は、徹底した身元調査の前では紙くず同然である。向こうがこちらの要件を精査して、それが認められると、迎えにきた部下に連れられて中へ入れる。中世の武器庫みたいな煉瓦でできた建造物に迎えられると、コーヒー色の廊下を抜けて、ある一室へ案内される。焦げた跡のついた机を挟んで座る白髪の少女に椅子を進められる。まともな感性を持った客人なら、ここで目の前の少女がただ者でないことを察知するはずだ。油断なくたたえられたグレイの目は、こちらの内臓の中までも見通してしまいそうな眼力を静かに備えている。嘘や虚構という煙に紛れ込ませた人間の秘密や真実さえも、この部屋にいる間は彼女の白い手でがっしりと握られているのだ。ここで客に求められるのは、要件を簡潔にまとめて話す事だけ。彼女には時間がなく、どこへ連れていかれるか分からないような話は嫌がられてしまう。女はこちらの話が終わると、すぐか少しの熟考を経て決断を伝えてくる。分かりました。そのお話は、こちらで引き受けましょう。ここまで来るのは大変だったでしょう?帰りはお送りしますよ。それから忘れてはいないでしょうが、ここは原則前払いですからね──よろしい。確かに受け取りました。中身を確認しないのかって?ご心配なく、既に済ませていますので。ではお話はこれまでですね。この仕事は我々”傭兵会社RAXA”にお任せください。

 

 このような流れで、こちらは充分な金銭があれば仕事を頼むことができる。結果はラジオや新聞といったメディアが報じる形で伝えられて、依頼主はこの会社と仕事ぶりに満足するだろう。金額が多少高くとも、絶対に失敗しないという安心さえも金で買えると考えれば、安いものだ。

 

 こうして受領された仕事と金は、白髪の女が手ずから仲間の元へ回す。小部屋の裏口──女の背に会った扉の先は外の平原に繋がっている。外には既に任務を遂行する事を決められた一団が勢ぞろいしていた。全員が十五から十八くらいの年齢の少女で構成されている。待機をする間、誰も一言も口を交わさなかった。無駄口を叩けば睨まれる。それに誰もが不自然なほど白髪の女に視線を集めていた。特にこの一団の隊長格である黒髪の小柄な少女は、少々過剰なまでの敬意を目に宿している。

 

 初対面であるか否かに関わらず、彼女を見た人間は皆がそろって同じ印象を抱くに違いない。なぜなら彼女は長い人生の中でも二、三回しか拝むことのできないような、人の関心や忠心といったものが一手に引きつけられてしまう人物だからである。歴史上の優れた傑物に共通する特徴として、以下の三つが挙げられるが──身体的に怪奇な特徴があること、常にくつろいだ態度であること、惑星のような強い引力を備えていること──これらが疑いようもない事実であることは誰でも認められるだろう。どんな種族であっても傑物の特徴を備えた個体は、常に周りから一目置かれる存在だし、場合によってはそれだけで集団の長に抜擢される。優れた政治家は常に人間を引き寄せる魔力じみたものを備えていたし、またその結果がいかに悲惨な歴史を生んでいたとしても、それが魔力のような特徴によって引き起こされたと考えなければ、説明のつかないような状況になってしまう。彼女の場合もやはり、三つの特徴を備えた稀な人物だった。周りに控えた部下たちは、全員が宗教のようなものに熱心とは限らないが、それでも目の前の彼女に対しては神に対するものと同じ畏敬の念を抱かざるを得なかった。

 

 この人物の名前は天唯オア。生年月日と出自は彼女自身が記録を抹消したため、正確なものは誰にも分からない。最も古い記録は、ゲヘナ学園中等部に入学して二カ月で学園から姿を消したというものだ。この時オアは十三歳だった。学園では大した学びを得ることはなく、各地の戦場を駆けまわって生き残る術を学習した。集団での共同生活に馴染めず、そうする時はいつでも彼女が頂点に立って動いた。誰かの下につくこと受け入れなかったのは、彼女が一つの自論を持っていたためであった。それはある集団に長の適性を持つ人物は、二人以上存在できないというものだ。これは遅かれ早かれ集団を分裂させるか、あるいは片方がよからぬ野心を燃やしてくだらない奸計を巡らせる。オアはこの自論に基いて、自分が長となった集団から適性を持つ者を片端から追い出した。ずいぶん手荒いこともしたが、それ以外への見せしめも兼ねた作戦で、集団から彼女へ歯向かおうという意思をもまとめて追い出した。仲間はすっかりオアに従順となり、彼女の命一つで自在に動かすことができた。この頃から、彼女は王としての片鱗をのぞかせ始める。

 

 ライバルとの競り合いを勝ち抜き続けたオアの一団は、彼女が十五歳になるころには裏社会でも名の知れた集団となっていた。信念もなく力を増幅させる集団は、その他の裏社会の者たちには脅威に感じられた。あるPMCが治安維持を名目に進行すると、オアはこれを難なく返り討ちにして名をさらに轟かせる。すると今度は排除ではなく、金で制御して利用してやろうと画策する者が現れた。オアは連中の見え透いた考えを逆手に取った。金で自分たちは買えないが、代わりに腕力を貸すということで売り込んだのである。信用できる者に一団を任せて各地の戦場を転々とするうちに、オアの懐には一生かかっても稼げないはずの大金が次々に転がり込むようになった。集団はますます力を増し、空に浮かぶPMCという鳥をも落とす勢いだった。この頃になって、オアは戦場で知り合った下尊アスと気が合い、二人で傭兵会社を立ち上げた。RAXAと名付けられたそれは、今では一学園と対等な規模にまで巨大化し、独立国家的性質を持つようになっていた。そしてオアはこの一国家の王という地位にすっかり収まっていた。

 

 部下たちを穏やかに見まわしているグレイの目には、少しの濁りもなかった。この穏やかな目から発される力は、それだけで部下たちに無上の安心を与えるのだ。後ろ暗い所のない人間には確信と自愛に満ちた安心させる目つきだが、少しでも泥を含んだ人間には心臓の奥にまで隠した僅かな闇まで見通されてしまっているような気にさせる。純白の長髪の下にある少し角ばった小さい顔は、病気や臆病さといったものとは無縁で逞しさやカリスマ性を遺憾なく見せており、彼女自身を守る傭兵としての力量をうかがわせる。だが額や頬には無数の細かい傷跡が薄らと浮かんでいて、何度か守り損なったらしく見える。しかしそれすらもオアの纏う雰囲気では芝居のように強調されて、獰猛な獣の要素として加えられていた。オアにはこせこせしたところは何もなかった。

 

 身長は一六五センチメートル。体重は六十キログラムほど。自ら戦場に出張ることからかなり筋肉質で、背丈よりも長い黒い対物ライフルを軽々と扱う。ゲヘナ学園の制服を着崩した上に、防弾ベストを着込んでいた。色気なんてこれっぽちもないし、本人も必要とは微塵も考えていない。これに限らずオアには、通常の人間が備えているあらゆる物への欲求というのが欠如していた。娯楽はやらない、食事も身体状態の維持に必要な分しか取らない、他人への愛情までもなかった。こういった点でのオアの弱点は、誰にも検討がつかず隙がなかった。

 

 彼女を眺める一部隊の人々は、皆がキヴォトス人だった。神秘の力を持つ彼女たちは基本的に頑健で、誰もがある程度戦闘に適した身体能力を持っている。彼女たちの全員がオアに冷静かつ熱烈な視線を向けているが、一人だけ部隊から離れた第三者の位置からオアを見る少女の姿があった。金髪の彼女は下尊アスという名だった。オアが見初めて以来大事にしている人物で、傭兵会社の話も二人の間でまとまったものだった。アスの前歴はオア以上に不明だった。西部劇じみた土地柄のハイランダー辺りが生まれらしく、本人も二丁の拳銃を腰に差すなど少々カウボーイを気取ったところはあるが、実力はそれに見合ったものだった。心理戦に長けた策略家でありながら、差しの決闘でもオアに出会うまでは負けなしだった。しかし彼女以外の人物たちも、全員が各地の戦場では少し名が知られるような強者揃いだった。何らかの卓越した能力を持っていることが条件だが、それは戦闘技能に限らず身体能力や頭脳面でも秀でていることが、この傭兵会社に入るただ一つの条件だった。

 

 裏社会にも強力な後ろ盾をいくつも持ち、学園都市の行政権を握る連邦生徒会でさえも迂闊に手が出せない。天唯オアはこの傭兵会社RAXAの統率者だった。

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