便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル   作:まーろう

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11 亡霊からの逃避行

「さあ、早くここを離れましょう!」アルは重大な仕事が折り返しにかかった事で、いくらか顔に笑顔が戻ってきた。バンに乗り込んでからのアルは緊張と焦りで顔がすっかり強張ってしまっていた。

 

「ハルカ、レイを上まで運んでちょうだい」

 

「分かりました、アル様」ハルカは座ったままのレイの隣に立った。「失礼します」

 

 両腕を下に伸ばすと、レイに片腕を巻き付けて体を抱え上げた。レイは抵抗しなかった。頭がハルカの肩にもたれると、ハルカは顔の近くから髪を後ろにまとめた。空いたもう片方の腕をレイの膝にまわして難なく持ち上げる。最年少のハルカは華奢だが、逞しい筋力でレイを抱えたまま通路を走って引き返した。

 

 大食堂へ戻ると、先頭を走っていたムツキがエレベーターのボタンへ手をかけた。レイを抱えるハルカの負担を考えると、エレベーターの存在がありがたく思える。

 

 だがどれだけ待ってもエレベーターのドアが開かない。ムツキがボタンを何度押しても、ドアの奥で駆動音が鳴っているだけだった。ボタンの上についている電光板は「B1」、今いる階は「B2」だ。

 

 何が起こったか飲み込むのに時間はかからなかった。分かると同時に、ハヤテが舌打ちした。

 

「お客が来るぞ!」言いながら機関拳銃をドアへ向けた。ハルカ以外の銃がそれに倣う。数秒の間があって、エレベーターの到着を知らせるベルが鳴った。

 

 ドアが横滑りに開いた瞬間、カヨコは膝立ちになって身を屈めた。ドアのすぐ前に立っていたPMC兵が銃口を向けている。双方の発砲音は同時に響いた。PMC兵は全身に銃弾を一斉に見舞われると、ガシャンという音を立ててエレベーターの奥にぶつかった。衝撃で箱が揺れると、機械仕掛けの体は壊れたおもちゃみたいに動かなくなる。間一髪向こうの弾は狙いをそれて、食堂の奥へ飛び過ぎていった。

 

 エレベーターの中にのさばった屍を片付けようとした途端、上階で弾けるような衝撃音が耳に届いた。

 

 ちくしょう!

 

 いきなりPMC兵の屍が下へ消えると、頼みの綱だったエレベーターの箱がドアを越えて落下した。一トン以上ある鉄の箱が地面へ勢いよく落下すると、心臓に悪いほど大きな音と地響き立てて地下の大食堂を揺さぶる。上階のPMC兵がロープを切断したようで、エレベーターは頭に近い部分が見えるだけになった。

 

 地上へ戻る手段を封じられた。すると上階から聞きなれた女の声が拡声器みたいに反響してきた。

 

「この道はたった今閉鎖された。便利屋68、迂回しろ!迂回しろ!」

 

 アスの声だと分かるや否や、アルは狙撃銃を垂直に構えてエレベーターの上に身を乗り出した。しかし慌ててすぐに身を引っ込めると、落下した箱に銃弾が雨のように降り注いだ。

 

 エレベーターで上がれる望みはなくなった。他の方法を探そうと明かりを部屋へ向けると、今度は銃弾ではなく白い雲が吹き下ろしてきた。ドアの近くに立っていたムツキの肌が触れると、短い悲鳴と共に後ずさった。

 

「熱い!」

 

 全員が雲から離れた。さてはボイラーの蒸気をここまで引っ張ってきたんだな!カヨコは心の中で悪態をつくと、明かりで別の道を探した。この地下基地で地上へつながる道が一つしかないはずがない。カヨコは記憶の断片を辿って、ブラックスターが作った部屋がどういう構造だったかを思い出そうとした。

 

 雲は容赦なく足元を侵食してくる。開いたままのエレベーターのドアからは、アスの意地悪い笑い声が放たれている。便利屋68は段々と部屋の端へ追い詰められていた。

 

「どどど、どうしようカヨコ!このままじゃジリ貧よ」アルはすっかりパニックになっている。ハルカとゲッコウも同様で、壁にできた瓦礫の山に背がついていた。

 

 ハヤテは先ほどから瓦礫まみれの壁を探っていた。カヨコはハヤテの朧げな記憶を頼りにして、壁に明かりを向けた。

 

「ハヤテ、この瓦礫の奥には何があった?」

 

「確か──定かじゃないが、上階に繋がる非常階段室があった。だが長い道のりになるぞ」

 

「構わない。ここで皆で茹で上がるのを待つよりはましだよ」

 

 ムツキは抱えたボストンバッグから既に爆薬を取り出していた。再び設置して距離を取る。この爆発は上階のPMC兵にも聞こえるはずだから、すぐに階段に大軍が押し寄せるだろう。

 

 突破するしかない。

 

 ムツキはボタンに指をかけると、利き腕で機関銃を持った。

 

「これがキックオフだね。行くよ!」ムツキが叫んだ。

 

 部屋全体を揺るがす爆発が起こると、土台が不安定になった瓦礫の一山は上から崩落した。カヨコたちはなるべく瓦礫に巻き込まれないように下がったが、蒸気の手が忍び寄って危うく貴重な足を茹でられるところだった。

 

 煙が濃い内にムツキとハヤテが中へ飛び込むと、ハルカとアル、ゲッコウが続いて煙の中に消えた。カヨコは最後に足を止めて、忌々しい部屋を見つめた。海上要塞が波に攫われ消え去った今、この地下基地はブラックスターの存在を示す最後の墓標だ。あまり長くいると亡霊に侵食される。カヨコは踵を返すと、恐ろしい過去を示す証拠から立ち去った。この地下基地に来るなんて二度と御免だ。

 

 拳銃を構えて煙に飛び込むと、すぐに非常階段室へつながった。ハヤテの見立て通りだった。先頭のムツキとハヤテは既に登り始めている。カヨコもすぐに追いつくと、地上へ向かう階段を上り始めた。脅しの通り長い上りだ。プロのスポーツチームがスタミナ作りのための練習で、重い荷物を持って階段を上り下りしているという話を聞いた。数キロ以上の負荷を全身にかけて階段を駆け上がる。それに比べれば自分はましだと思えた。ただ唯一、体格の近いレイを抱えて上るハルカが気の毒だった。こっちはせいぜい目の前の敵を倒すことに集中して貢献することにしよう。

 

 縦に長い空間の上から足音が聞こえてきた。ハヤテ好みの言い方をするなら、間もなくお客さんが来る。全弾装填されていることを確認すると目線を上にした。

 

 壁に沿って伸びる階段を五周ほど登ると、かなり上から階段を飛び越えて二人のPMC兵が踊り場へ着地した。彼らがこちらへ銃口を向ける前に、ムツキの機関銃が二人を倒していた。一人は階段の手すりに寄りかかると、頭が下に向いて落下した。

 

 すでに全員が極端な手段に訴えるようになっていた。グラウンドゼロの失態を取り返したいという思いがあれば、先の見えない非常階段に体力を奪われてまともに相手をしたくないという思いもあるだろう。カヨコも口で息をして、額には汗がにじんでいる。

 

 先頭の二人が速度を上げた。カヨコは踊り場にのさばるPMC兵を飛び越えると、ついていくのに必死だった。さらに五周ほど上がると、息が切れて足が痛んだ。もう少しで地上に出られるはずだ。自分にそう言い聞かせると、またPMC兵二人が階段の踊り場で待ち伏せをしていた。こちらを視認すると、二つの突撃銃が火を吹いた。遮蔽がない階段に銃弾がばらまかれると、ハルカは立ち止まってレイを庇うように背を向けた。何発か当たって階段の途中でよろめくと、すぐ下にいたアルとゲッコウが支えた。ハルカは確かに頑丈だが、スタミナが切れかかって足元がおぼつかなくなっていた。

 

 ムツキはそれを見ると、鋭い目付きで上階のPMC兵に機関銃を向けた。すぐに引き金を引き絞ると、機関銃が立て続けに弾を吐き出す。だがPMC兵は踊り場の床に隠れて、弾は当たらなかった。ボストンバッグを背負って重量のある機関銃に弾帯をつけたまま駆け上がったムツキは肩で息をして、精密に反動を制御しきれない。

 

 PMC兵の銃が再びこちらを向くと、同じ視野に踊り場まで駆け上がったハヤテが映った。音を聞きつけたPMC兵の銃口が振り向くと、ハヤテは既に肉薄するところまで迫っていた。ハヤテの手は、一人が腹に向けた五・五六ミリ突撃銃に伸びた。撃たれないように銃口のすぐ脇に控えると、機械の左手をはたいて銃身を突き上げ、すかさずストックまで掴むと流れるように銃を回転させて奪う。向け返した突撃銃には弾が一杯に込められてるだろうから、両手で持ってもずっしりと重量があるだろう。銃口でPMC兵の鳩尾を一突きすると、同時に閃光が走った。相手は低く唸ってその場にくずおれた。

 

 もう一人の突撃銃が目の前の敵を吹き飛ばそうと向けられる。ハヤテは突撃銃をぶつけて雑に払うと、右足を相手の足の内側に滑り込ませて銃で上半身を倒した。地面に仰向けに倒れ込んだPMC兵の顔面に銃を向けると再び閃光。十秒足らずの内に二人は動かなくなった。

 

 するとハヤテの左足すぐそばに銃弾が飛び込んで金属音があがった。アルがぐいと見上げると、さらに上の踊り場からこちらをスコープ越しにのぞくPMC兵と観測手二人が見えた。エレベーターでやったように垂直に構えると、アルはスコープを覗くこともせずに片手で狙いをつけた。一発の銃声。すると二人組が陣取っていた踊り場の床が崩れて、地面に吸い込まれるようにして落ちて行った。

 

 敵が増えてきたことで、地上に近くなっていることが分かった。さらに階段を駆け上がって、アルが撃ち抜いた踊り場の穴を気を付けて飛び越えると、扉の前に陣取る兵士に出くわした。今度は三人。突撃銃が向くと、後ろのコンクリートに当たって、かけらを散らす。カヨコは前の五人に短い合図を送ると、立ち止まって銃口を真上にあげた。

 

 爆発にも似た銃声。非常階段室に音がよく響くと、扉の前にいたPMC兵の攻撃の手が止まった。手すりにぶつかった一人は、勢いそのままに上半身が外へ飛び出すと、真っ逆さまに落ちた。カヨコは残りの二人の内一人に狙いをつけた。重い銃声が響くと、PMC兵二人の顔面が同時にひび割れた。隣に顔をやると、リボルバー拳銃を下ろしたゲッコウと目が合った。

 

 カヨコは親指を立てるハンドサインだけ返すと、最後の気力を振り絞って階段を上った。扉の前に全員たどり着くと、ハルカも一旦レイを降ろして一息入れた。しばらくは全員息を整えるのに必死で、碌に口を交わさなかった。こんなに息が上がるまで体を酷使したのはいつ以来だ?カヨコはすぐにこの考えをやめにした。浮かんだ光景が、吹雪の中で怪物ヘリと戦う姿だったからだ。

 

 噴き出す汗を手で拭うと、下から新たな足音が近づいてくる。アスはとことん自分たちをいじめたいに違いない。ムツキが手榴弾を取り出すと、ピンを抜いて、上がってくる兵士の前方にある踊り場へ投げた。

 

 最後の爆発を轟かせると、階段には大きな穴が開いてしまった。これでもう下からは登ってこれまい。短い休憩を済ませると、ハルカは再びレイを抱え上げた。レイはもう歩けると言ったが、今必要なのは歩くことではなく走ることだ。

 

 扉を開くと、幸運な事に四つの巨大ボイラーがやかましい駆動音と共に迎えてくれた。カヨコは地上への最後の階段を上る前にまた足を止めると、ボイラーが並んだ先にある扉を見た。扉は開け放たれて、管のようなものが奥へと伸びている。ここに敵の姿はなかった。ムツキではないが、カヨコは猛烈に仕返しをしてやりたい衝動に駆られた。扉の奥の管に狙いを定めると、カヨコのサプレッサー付き拳銃から一発の弾が飛び出して、管に穴を開けた。穴からエオルス音と共に勢いよく蒸気が噴き出すと、扉の奥はすぐに雲で見えなくなった。カヨコはそれを見届けると、すぐに階段を上って地上へと出た。

 

 地上に残したバンは降りた場所からほとんど移動していなかった。運転席に収まるセーラー服の監視はこちらの姿を捉えると、すぐにエンジンをかけて車を目の前に滑らせた。ゲッコウが後部座席の扉を開いて乗り込むと、ハルカからレイの身柄を受け取った。すぐにハルカ、アル、そしてムツキが並ぶ。カヨコは来た時と変わらず助手席に乗り込んだ。変に座席を変えても仕方がない。ムツキがアルを無理やり押し込むと、その間にハヤテは運転席に回り込んだ。

 

 セーラー服の監視はサイドブレーキをかけると、シートベルトを外してハヤテに席を譲るところだった。ところがその時フロントガラス越しのボンネットの先に、カヨコは異変を察知した。

 

 自分たちのもの以外のエンジン音を聞きつけたハヤテも同じ方向を見た。カイザーPMCのロゴがついたジープ──しかも後部座席に三十ミリ口径の機銃付き車両に乗ったPMC兵が追跡のエンジンをかけ始めたのだ。カヨコは鳥肌が立つのが分かった。もう一人のPMC兵が後部座席に乗りこむと、機銃の顔が徐々にこちらへ向いてくる。本体の側面からは、ムツキの機関銃のように長い弾帯が伸びていた。

 

「運転しろ!」ハヤテは運転席の監視を指さして叫ぶと、車体側面を掴んでよじ登った。「出せ!行け行け行け!」

 

 監視は慌ててブレーキを解除すると、手早くギアを入れ替え、バンを急発進させた。ステアリングを切ると、バンはぐいと頭を急旋回させる。カヨコはぎりぎりでシートベルトをして、なんとか座席に張り付いた。後部座席に所狭しと乗り込んだ五人がばらばらに唸った。

 

 同時に機銃の凄まじい弾幕がバンに向けて放たれた。車内でも掃射音が落雷みたいに断続的に響いてくる。空港のガラス壁はたちまち蜂の巣にされ、あっという間に砕かれた。空港で搭乗手続きのために並んでいた客列から悲鳴があがる。空港の中で戦争が始まったみたいな有様だった。先の事件を乗り越えて復興したスワン空港は、短期間に二度不運に見舞われたことになる。この件は後々大きく取りざたされるだろう。今は自分たちがそれに巻き込まれないよう祈るばかりだった。

 

 駐車場を脱出したバンは一気に速度を上げて逃走モードに入った。速度計はみるみる針が振れていく。セーラー服は必至の形相で目の前の交通状況に張り付いていた。

 

 窮地を越えたカヨコはあることに気づいた。心臓が跳ね上がる。サイドミラーにハヤテの姿がない。

 

 背後から掃射音が聞こえると、心配は中断された。先のジープが容赦なく接近してくる。機銃の着弾は徐々に狙いが定まってきた。

 

 後部座席の五人がそれぞれ対抗しようと武器を手に取ろうとしたが、とっくに定員オーバーの空間で銃器の取り回しは至難の業だった。運転席から見たバックミラーには、アルの頭かムツキのボストンバッグしか映ってないだろう。

 

 カヨコは拳銃を取ってシートベルトを取り外しにかかった。途端に機銃が助手席のサイドミラーを打ち砕く。カヨコは少しひるんでしまい、ベルトの解除に手間取った。いよいよバンも袋の鼠にされる。

 

 運転席の監視がいきなりわっと声を出した。サイドミラーを見て、何か驚いたようだった。ようやくベルトが外れると、カヨコは窓を開けて顔を出した。

 

 機銃の首を握っていたPMC兵が道路の遠くに投げ出されていた。機銃は掃射をやめて空を仰いでいる。ジープが少し道路の左によると、運転手の姿が見えた。突然、PMC兵の頭部に銃弾が正面から立て続けに撃ちこまれた。脳髄に当たるコンピュータの破片をまき散らし、ハンドルに突っ伏すと制御を失ったジープはアクセルを踏み切ったまま田園に飛び込んだ。バシャンと大きな水しぶきを立てると、金属とガラスが割れるガシャガシャという音はすぐに遠くなった。

 

 カヨコは頭を出したまま車体の上を見た。風を受けて暴れる黒髪の端が見えると、バンの端に手がかかって黄金色の目がのぞいてきた。

 

「まったく良い気分だよ!そっちもどうだ」ハヤテは風の音に負けないよう怒鳴った。

 

 カヨコは思わずふっと笑った。手を差し出そうとすると、ハヤテは柔らかく拒否した。「このまま向かおう。私はいいから、アスの情報を聞き出せ」

 

 カヨコは短い礼を言うと、車内に首をひっこめた。

 

 セーラー服は上に乗ったハヤテを気遣って、速度を八十まで落とした。冷静さを取り戻すとステアリングを操る手も器用になった。青天の霹靂のように、自分の人生にいきなり戦争が飛び込んできたものだ。彼女には巻き込まれ事故のようだが、それでも降ってわいた役割を全うし、尽力してくれたのはありがたかった。

 

 後部座席の五人はすっかりひっくり返っていた。「ム、ムツキ。動けないからどいてちょうだい」

 

「うげーっ、本当ひどい目に遭ったね」

 

「すみませんすみませんすみません、すぐにどきますので……」

 

 それぞれの荷物と五人の体がごたごたと投げ捨てられたみたいに横たわっていた。助手席に乗り込んだ自分は幸運だったとふと考えた。

 

「カヨコちゃーん、助けてー」

 

「分かった。ちょっと待ってて」シートベルトを外すと、後部座席に手を伸ばした。上に乗り上がったハルカを助けると、レイを守るように頭を抱えていたゲッコウを起こした。重量が軽くなると散らばった武器が盛り上がって、下敷きになっていたアルが頭を出した。

 

「皆、大丈夫?」アルが聞くと、バンの中は気の抜けた返事があちこちから上がった。

 

「レイは?」

 

「……なんとか」ゲッコウに支えられて、レイは座席に座り直した。すっかりもまれてくたびれていたが、まだ無事のようだった。

 

 高速道路に入ると、バンの動きは安定した。太陽は背景の山に乗っかって、空を青と茜色の二色に染めていた。黒いバンの車体も夕日を受けて、片面はオレンジ色に照り返している。このペースなら日没前には、中心街に戻れるだろう。

 

 席に収まって一息つくと、やるべきことが次々とカヨコの頭に浮かび上がってきた。レイが攫われたことをアスは知っている。中心街に戻る前にPMC兵が再び妨害してくるなら、それに対処しなければならない。それからゲンゲツにレイを確保した事を伝えて、連邦生徒会に受け入れ体制を整えてもらう事も必要だろう。バンが到着する前に、レイから情報を聞き出す事も重要だ。身柄を引き渡した後、私たちにも情報が共有されるとは考えにくい。負担をかけるが、今が本人に聞く絶好の機会だ。

 

「レイ」カヨコは振り返って横目でレイを見た。「さっそくで悪いけど、アスについて聞きたい」

 

 顔が上がると、紅い目には濁りが戻っていた。レイは一瞬憂鬱そうな表情を浮かべたが、すぐ無表情になった。人に自分の内面を見せたがらない性格なのか。一瞬出たのは、意識の外にあった仕事が迫っていることに気づいたような表情だった。

 

「そうね。あなたは私たちの獲物であり重要参考人なの。アスについて知ってる事を話してほしい。今どこにいるのか、何を企んでいるのか、分かる範囲で教えてくれるかしら?」アルは社長らしく座り直すと、優しく笑みを浮かべて聞いた。

 

 レイの瞳はじっとアルを見つめていた。瞳が再びぎらりと紅蓮に光った気がした。だがまたも溶鉱炉の蓋はすぐに閉じた。この見え隠れする狂気の正体がカヨコには分からなかった。瞳はすでに濁った赤になっているが、先の輝きは獲物を目の前にした肉食獣のようだ。

 

「そう」レイは無表情で言った。「その前に聞かせてほしい、便利屋68。私からアスの事を聞いてどうするつもり?」

 

 意外な質問にアルは少し戸惑った。「どうするって──そんなの決まってるわ。アスを捕まえるのよ」

 

「捕まえる?殺すのではなく?」

 

「私たちは殺し屋じゃないわ。むやみな殺生はしない」

 

 アルを見つめるレイの瞳に再度狂気がのぞいた。「今まではどう?」

 

「何を言ってるの」

 

「今までに殺めた者はいないの?本当に?」

 

 カヨコはレイのはらむ狂気をはっきりと察知した。そして狂気の正体を探ろうとした時、アルがきっぱりと返事をした。

 

「そうしなければならない時もあったと思う。やむを得ずそういう結果になったことも。でも私たちは悪党だから、その判断が間違っていたとは思っていない」

 

 レイは今の返事をよく味わうようにゆっくりと頷いた。それから顔を上げると、紅い目にはっきりと狂気の色が浮かんだ。烈火の炎を閉じ込める蓋が完全に開け放たれた。それだけ聞ければ充分だと満足したように、レイは言った。

 

「良く分かった」

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