便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル   作:まーろう

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16 わだかまり

 ゲッコウは正面出入口の前で固まってしまった。

 

 いつかはバレると覚悟していたが、こんなに早く危機が訪れるとは考えてなかった。しかも便利屋と一緒にいる場所を目撃されては、よほど上手い弁明でもできなければ文字通りのミンチにされる。先ほどのレイの発言が脳内でなんども反響し続けた。

 

 ヒナの薄い紫色の瞳は静かな怒りを煮えたぎらせるみたいに、ぎらぎらとゲッコウを睨んでいる。あまりの気迫に尻込みしてしまいそうになる。睨み合いの膠着が続くと、ぞくぞくと周りの視線が集まってきた。とにかくここで騒ぎを起こすのはまずい!

 

 切り傷みたいなヒナの小さい口が先に開いた。「ずいぶん楽しそうね、便利屋のスパイ」

 

 風紀委員会に入ってから、ゲッコウはようやく便利屋68がお尋ね者だと知った。それまでは依頼を受けて仕事をするだけの、本当にただの便利屋だと考えていた。ショックは大きかったが、アルが指名手配犯だというのはどうにも信じられなかった。ネオ・チャレンジャー基地占拠事件で関わり合った彼女は、とても極悪人とは思えない人柄だったからだ。助け出された恩を仇で返すわけにもいかず、ゲッコウはこれまで便利屋との関係を誰にも話してこなかった。この秘密は墓まで持っていく決心だったが、今その秘密が白日に晒された上に墓が目の前まで迫ってきている。

 

 ヒナのはらむ怒気が高熱を発しているかのように広がって、体の輪郭に沿う景色が歪んで見える。ゲッコウは蛇に睨まれた蛙みたいに足がすくんでしまった。これまでも臨戦態勢にあるヒナを見かけた事は何度かあった。だが矛先はいつも自分以外の規則違反者に向いていた。今、面と向かって自分に殺意混じりの目を向けられて、どうしようもない無力感に襲われる。身の毛がよだつとはこの事だろう。身体中の体温が奪われていく。

 

「ここじゃ話しにくいので、一旦外に出ませんか?」無意識の内につい口にしてしまった。

 

 ヒナの顔がびくとも動かないのを見て、ゲッコウはしまったと思った。顔面蒼白のアルが、ばっとこちらに振り向いた。

 

 ロイヤルビルの中なら、さすがのヒナもいきなり銃をぶっぱなすなんて真似はしないだろう。向こうも風紀委員長の肩書の手前、人目につく場で荒事は避けたいはずだ。ここに留まっている限りは、厳しい追及はあれど口頭注意だけで逃れられたはずだ。もちろん後で追及されることは間違いない。周りからの見られ方も変わるだろうが、少なくともこの場は切り抜けられるはずだった。

 

 だが外に出ては話は違う。一旦出てしまえば最後、すかさず銃弾を撃ち込まれる可能性もある。それにキヴォトス──特にゲヘナ学園での「外に行こう」とは「喧嘩しよう」と同義だった。それを知らないゲッコウではない。連邦生徒会や周りへの迷惑が頭をよぎって、口をついて出てしまったのだ。考えうる限り最悪の返答だ。間違いなく大凶を引いてしまったのだ。

 

 ヒナが沈黙を破った。「そうね、着いて来なさい。便利屋もよ」踵を返して、さっさと出入り口から外へ歩いていく。ゲッコウは黙ってついていくしかなかった。カヨコがこちらをちらりと見たが、鋭い目つきは分かりやすい警告を発していた。

 

 ビルの正面出入口から左に避けた所で、ヒナとゲッコウは再び向かい合った。ヒナは黙って険しい表情を作っている。グラウンドゼロでの再開からここに至るまでの間に、肚の中で練っていた言い分を思い出しておさらいする。これでごまかしは効きそうか。いや、やはり正直に話した方が情状酌量の余地があるのではないか。

 

 ゲッコウはどう切り出すべきか判断に迷っていた。顔色を窺って、そうこうしている内にヒナの方が口を開くことを期待してしまっていた。便利屋に助け船を出して欲しかった。いや、許されようだなんて傲慢かもしれない。いっそのこと、さっさと鉛玉でも撃ち込んで欲しかった。それで死んでしまっても文句はない。

 

 ヒナがゲッコウを見て、それからアルの方を見た。そしてゆっくりと口を開いた。「ここ最近、風紀委員会の作戦が漏洩する事件が頻繁に起こっているの」

 

 アルがはっとして、ゲッコウを見た。

 

 ゲッコウは慌てて断言した。「私はやってないよ」

 

「スパイが潜り込んでいる」ヒナは無視して続けた。「うちの情報部が躍起になって探し回ったわ。そして分析官のアコが、ゲッコウの端末から便利屋当てにメッセージが送られていたという記録を見つけた。便利屋絡みとなると、アコは見境がなくなるのよね。それで私にも黙って独断で炙り出しを決行した。方法は単純なものだったわ。ただのパトロール要員のあなたをグラウンドゼロに現地調査という名目で放り込み、あえて危機的状況に晒すというものよ。身の危険を感じたあなたが便利屋68に助けを求めれば、そして便利屋68が本当に助けにくればゲッコウは黒になると寸法だった。私は後でこの事を知ってアコを強めに咎めたわ。効率を重視する余りに見境をなくしすぎだと注意して、すぐグラウンドゼロに回収員を派遣したの。でも回収は間に合わず空爆で火の海になった」ヒナの顔が険しくなった。「取り返しがつかないと肝を冷やさせておいて、おめおめと生き延びていたとはね」

 

 複雑な気分だった。ゲッコウはたまらず聞き返した。「それじゃあ、グラウンドゼロで誰も助けに来なかったのは罠だったんですか」

 

「そうなるわね。モグラを見つけるための罠よ」語気が強くなる。「そして見ての通り、あなたは生き残った」

 

 ゲッコウは押し黙った。これからどうなるのかは目に見えている。だが知りたかった事もはっきりした。

 

 結局これまでの不安など杞憂に過ぎなかった。ゲッコウは自分と便利屋の接点がいつバレるかとひやひやしていたが、風紀委員会はとっくに尻尾を掴んでいたんだ。風紀委員会と便利屋の狭間を揺れていた心も、今ではすっかり便利屋に傾いた。いや、正確には風紀委員会の側から追いやられた。身に覚えがなくとも、端から見れば反逆者に変わりはない。ヒナに反論する気など起こらなかった。気の迷いもなくなった。

 

 後悔がないわけではない。ソウの軌跡を追うように入って、ソウと同じ悩みに陥った。自分は風紀委員会には不要なのではないか。ソウが出した答えは組織を離れることだった。自分はソウとは違う選択を見つけたかった。だから事が済めば、また風紀委員会に戻ろうという淡い将来像を持っていた。

 

 だが結末は中途半端に終わった。自分で答えを見つけられないまま、成り行きの濁流に呑まれて終わる。こんなに歯がゆい事はなかったが、ある意味では踏ん切りがついた。

 

 ヒナの両手が機関銃にかかった。「反論はあるかしら?」

 

 ゲッコウは全てを諦めたような口調で言った。「何もありませんよ。煮るなり焼くなりミンチにするなり、好きにしてください」

 

「潔いのね。手間がかからなくて助かるわ」

 

「グラウンドゼロで死んでいれば、もっと手間をかけずに済んだかもしれませんね」

 

「減らず口はやめて」ヒナはにべもなく言った。「便利屋とつるむ内に人が変わったようね。前のあなたは良い子だったけど、常に人の顔色ばかり窺っていた」

 

 風紀委員会の序列関係は厳しい。新人のゲッコウは常に上層部の言いなりに動いていた。それが正しい生き方だと信じて疑わなかったゲッコウは、ここ数日で目覚ましく人が変わったと自覚していた。ヒナの指摘にゲッコウは答えた。「正直になろうと考えただけです。後で退会届も出します」

 

「それが誠実な対応だと思っているのかしら」機関銃の安全装置を外す音を立てると、ヒナの顔だけでなく声にも険しさが増した。

 

 カヨコとムツキが銃に手をかけた。一触即発の空気が漂う。

 

 慌てて仲裁に入ったのはアルだった。「ちょっと待ちなさいよ。私たちへのメッセージは、ゲッコウがアカウントを乗っ取られて送られたものなのよ。この子は関係ないわ」

 

「へえ、なら何故あなた達とゲッコウが一緒にいるのかしら。そちらの言い分が正しくても、これは説明がつかないんじゃないの」

 

「たまたまこの子を見つけて、見捨てるのも後味が悪いから助けただけよ」

 

「たまたま禁足地のグラウンドゼロに両者が揃うなんて都合が良いわね」

 

「本当に偶然だったのよ!私たちが助けなきゃ、ゲッコウは本当に危なかったわ」

 

「それなら」ヒナはゲッコウから目を離さなかった。「助け出されてすぐに戻ってくれば済んだはずよ」

 

 またもアルが反論した。「自分を助けに来ない組織に大人しく戻れって言うの?」

 

「便利屋との関係が本当にないならば、すぐに別れて戻って来れたはず。わざわざ行方をくらまして、長く一緒にいる道理はないわ」

 

 これ以上アルに尻拭いをさせるのは心苦しい。ゲッコウは静かに告げた。「アル社長、もう大丈夫。皆と一緒にいたのは事実だし、私が怪しまれるような行動をしたのが悪いんだ」

 

「私の顔を見て許しを乞うかと思ってたけど、それすらないのね。あなたには失望したわ」

 

「スパイ容疑がかかった以上、もう風紀委員会に私はいられないでしょう。それに私と便利屋が一緒にいた所を、委員長自ら目撃したのが揺るがぬ証拠になります。やはり自分で退会届を出させて貰いたいと思います」

 

「侮辱も大概にしなさい」

 

 ヒナはここで、アルがこれまで見たこともないようなことをやった。機関銃を杖のように立てて、銃尻をどかんと地面に叩き落とした。翼がわっと大きく広がると、威嚇の様相を呈する。「それは誰に向かって言う台詞なの?論外だわ。あなた達を連行して、事情をすっかり聞かせて貰わないといけないわね」

 

 アルが驚きの声を上げた。「私たちまで巻き込まれてるじゃない!それにゲッコウもやり遂げないといけないことがあるのよ。風紀委員会のスパイをどうするかは、そっちの領分でのこれからの問題でしょう」

 

「風紀委員長の私に見逃せと言うのかしら?脱走生のわりに、随分とものを言うようになったわね」機関銃を持つ手に力が込められる。

 

 心臓がうるさく鳴り続ける。機関銃の銃口がこちらを向く前に、脇に吊った拳銃を引き抜いて最後の抵抗をするべきだろうか?おそらくヒナは顔面で受けても動じないだろう。それにアル社長やカヨコ、ムツキ、ハルカも巻き込まれてしまう。

 

 空気がどんどん張り詰めてきて、一斉に張り裂ける寸前なのを肌で感じた。連邦生徒会のビルの目の前で銃撃騒ぎを起こすか?ヒナはマークした私だけは逃がさないだろう。確実に一瞬のうちに制圧されるし、アル社長が私を見捨てようとしないのもまた確実だ。

 

 ヒナの頭がゆらりと動いて、大きくこちらに一歩踏み出す。「容疑者──」

 

 自動ドアの滑らかな駆動音がすると、突然男性の声が投げかけられた。「ちょっと、何やってるの皆!」

 

 全員が一斉に声のした方を向いた。声の主はぼさぼさの黒髪をして眼鏡をかけており、連邦生徒会指定の白い背広に黒いワイシャツを着こなした、柔和な表情の男性だった。少々やつれ気味なところから、日頃の激務が響いているのだろうと一目でわかる。メディアでもたびたび取り上げられる有名人だ。連邦捜査部シャーレの先生。懐に携帯した白いタブレット端末が、本人である証拠だった。

 

「先生」アルはすっかり面食らっていた。「どうしてここに?」

 

 先生は小走りで近づいた。「連邦生徒会に用事があって来ていたんだ。ヒナが今日の当番だったから同行をお願いしたんだけど、受付の奥で応対をしていて戻ったら皆が外にいたから」

 

 ヒナの怒気がいくらか引っ込んだが、声にはまだ険しい色があった。「先生、申し訳ないけど風紀委員長としての急用ができたの。パトロール要員に連絡して、この子を連れていかないといけないわ」

 

 何をしでかしたんだと言いたげに、先生がこちらを見つめてくる。

 

 ゲッコウが説明しようとした瞬間、後ろからハルカが口を手で覆った。言い淀むと、カヨコが手を開いて制してきた。無言のままこちらを横目で見つめる。何も言うなという合図だった。

 

 アルが代わりに話し出した。「せ、先生。確かにこの子は悪い事をしたけど、今は立て込んでしまっているの。ゲッコウには私からも注意して後でちゃんと謝罪させに行くから、だからどうかこの場では矛を収めてちょうだい。この通りよ!」そう言うときびきびと頭を下げた。

 

 突然の事で先生はたじろいでいた。すぐにアルに頭を上げさせようとする。その様子をヒナは好ましく思ってなさそうだった。

 

 アルはヒナに顔を向けた。「同じ組織の長として、あなたの言いたい事は分かるわ。あの子には私からも伝えて後日きちんと対応させるから、今だけは待ってちょうだい。ゲッコウはまだ必要なのよ」

 

「それならこちらも必要だわ。私一人でゲッコウの生存報告をしろというの?風紀委員会はすでに多大な迷惑を被っているのよ」

 

 先生が両手を挙げた。「まあまあ!お互い立場があるから大変だけど、ひとまず穏やかに話し合いをしようよ」

 

 ムツキも割って入った。「先生の言う通り!そんなにカリカリすると二人の可愛い顔が台無しだよ」

 

 アルとヒナの二人が同時にムツキを見た。ムツキなりの仲裁だったようだが、先生に見えない角度でのヒナの顔が険しく、ムツキは二人の真ん中に視線を逸らした。

 

 ムツキの視線が一点に固まった。何かに注意を喚起されたからだろうか、次の瞬間には表情が一気に強張る。異変を見つけてからの、ムツキの動きは素早かった。

 

 ムツキが咄嗟に先生を突き飛ばした。「狙われてる!」

 

 その場の全員がムツキの一言を即座に理解した。ヒナとアルが大通りの向かいに、それぞれの武器を構える。突き飛ばされた先生は変に抵抗せず、最低限の受け身だけ取って地面に倒れ伏した。ゲッコウの口を押さえていた手が離れると、カヨコとハルカが姿勢を低くして、先生の遮蔽になるように立った。急に自由になったゲッコウも通りの向こうを見た。拳銃を脇から引き抜く間に、親指で撃鉄を起こした。

 

 大通りを挟んだ奥の大通り公園の路肩に、いくらか車両が並んで駐車している。それだけならどこでも見られる光景だが、やけに車の数が多かった。どれも車体が平べったいため遮蔽にもなれば、天井に腕や台尻を密着させる台座にもなる。そのうち一台の黒い車の運転席でPMC兵が拳銃を構えているのが見えた。早めに気づかれたためか、構わず連続で発砲してくる。銃弾はつい一瞬前まで先生がいた場所を飛び去って、ロイヤルビルのガラスを突き破った。

 

 アルとヒナが反撃を始めた。豆腐みたいに穴を開けるみたいに、ヒナの機関銃が黒い車をPMC兵もろとも蜂の巣にする。アルの狙撃銃が一発火を吹くと、ほぼ同時に黒い車が衝撃でひっくり返った。わっと炎に包まれる。

 

 ところがそれ以外の車の助手席と後部座席から、突撃銃や機関銃を抱えたPMC兵がわらわらと出てきた。次々に車を台座代わりにすると、ほとんど遮蔽物もないこちらへ掃射を開始した。背後にあったビルのガラスはとっくに砕け散って枠を残すだけになっている。

 

 カヨコとゲッコウも繰り返し引き金を引いた。ゲッコウの放った一発が突撃銃を向けていたPMC兵の頭部にめり込むと、廃物はガシャンと奥へ倒れ込んだ。しかしすぐに新たなPMC兵が補充されると、先ほどの兵が居た場所に収まって銃撃を再開する。これではきりがない。

 

 先生はタブレット端末を手に取ると、急いでコンクリート製の建物の影に身を隠した。キヴォトス人と違い、神秘を持たない先生は銃弾の一発でも命取りになる。ある種の保険はあるが、それでも身を隠すに越したことはなかった。

 

 先生が離れた事を横目で確認すると、ヒナが機関銃を真正面に構えた。途端に大型の回転式マズルブースターが紫色に発光を始めると、腰から生えた蝙蝠みたいな翼の鉤爪を地面に突き立てた。紫の瞳がぎらぎらと輝きを帯びる。エネルギーを充填しているようだった。

 

 PMC兵の弾が無防備なヒナに襲い掛かった。だが全身に弾を受けても、怯むどころか返って紫の発色が良くなる一方だ。アルが射撃を止めると、急いでヒナから距離を置いた。

 

 トリガーを引くという小さな動作に対して、不釣り合いなほど大きな掃射音だった。草刈り用のチェーンソーを何倍も巨大にしたような音が響くと、銃口から紫色の光が一直線に放たれる。右から左へ刈り取るように銃口を移すと、遮蔽として並べられていた車列を次々になぎ倒した。空襲さながらの光景だった。機関銃の着弾は穴を開けるのではなく、横並びの車体やPMC兵を無造作に削り取っていく。みるみるうちに敵陣は鉄屑と化していった。

 バリバリという掃射音が止むと、大通りは硝煙が立ち込めて敵陣の様子も分からなくなっていた。しばらくはそれぞれ武器を構えたまま警戒していたが、一向に反撃は来ない。聞こえてくるのは、逃げ惑う人々の悲鳴だけだった。

 

 ほとんど音もなく、煙をかき分けてPMC兵の一人が飛び込んできた。仕留め損ねた一人が右手に短刀を持って、玉砕覚悟で向かって来たのだ。PMC兵はゲッコウの手の届かないぎりぎりの距離で、建物の影に隠れた先生めがけて短刀を振り上げた。ゲッコウは息を呑んだ。

 

 反射的に繰り出したハルカの蹴り上げが鳩尾に突っ込んだ。唸って体が折り曲がると、短刀は手から離れて地面で金属音を立てる。すかさず両手で作った拳がハンマーのように後頭部の付け根へ振り下ろされた。今度はPMC兵ががくんと上を見る。ハルカはこの隙を逃さなかった。腕をがっしり掴むと、側面に回って入り、思い切り背後に引き落として地面へ投げつけた。凄まじい音と衝撃が足元に伝わる。PMC兵は完全に伸びてしまった。

 

 先生が何かするわけでもなく戦闘は終わった。しかしロイヤルビル前の大通りは凄惨な有様だった。PMC兵と車体の残骸が累々と横たわり、銃弾が道路のコンクリートを抉った跡が無数にある。硝煙はまだ微かに残って、全体に白いもやをかけていた。

 

 先生は恐る恐る影から顔をのぞかせた。アルやヒナと目が合うと、自分は無事だという印に親指を立てて見せる。二人ともほっとしたみたいだった。

 

 ハルカは先ほど倒したPMC兵の側に片膝をついて、両腕を拘束していた。唯一生き残った者から情報を吐かせようとしている。

 

 ところが突然PMC兵が砂嵐みたいな雑音を発し始めた。ハルカがはっとして頭を掴むと、液晶画面で出来た顔面は白と黒の点が入り混じり、ややあってぐったりと脱力する。そのまま全身を投げ出して、何も言わなくなった。

 

 機密保持のために自ら電源を落としたのだと、ゲッコウにも見て分かった。これもアスの差し金だろうか?アスに繋がりそうな証拠はなくなってしまった。なんにせよ危ない所だった。

 

「皆、大丈夫?」物陰から出てきた先生が心配そうに言った。

 

 アルは胸を張って言った。「当然よ!この程度の連中は便利屋68の敵じゃないわ」

 

 それを聞いたヒナが小さくため息をついた。ほとんど倒したのは自分だと言いたげだった。

 

 建物の中から騒ぎを聞きつけた連邦生徒会の職員が流れ出てきた。大通り一帯に広がって、すぐに道路の復旧と証拠漁りを始める。そのうちの何人かがこちらに気づいて近づいてきた。その中にはゲンゲツの顔もあった。

 

 また事情聴取が始まるのだろう。建物の前で騒ぎになったのだから当然だ。ゲッコウは辟易したが、自分への追及がうやむやにされたのにひとまず安堵した。これは責任から逃げる事にならないだろうか。細い棘のようなものが、ちくりと心に刺さった。平静を取り戻しつつあるが、この棘は当分抜けそうにない。

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