便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル   作:まーろう

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17 気味の悪い展開

 常闇ゲンゲツは早朝に窓を開け放つと、朝日のまぶしさを真っ向から受け止めて体の節々を伸ばした。それからいそいそと身支度を整えると、いつも通りの簡単な朝食の用意にかかる。

 

 毎朝決まったメニューだが、そこには並々ならぬこだわりがある。厚く切ったベーコン四切れは贔屓にしている肉屋から塊のまま頻繁に買い付けて、常に冷蔵庫に常備している。ある程度固くなるまで焼いたら、続けて天然の酵母菌で発酵させたという四角いパンを分厚く二枚に切ってベーコンと入れ違いで焼く。トースターは意地でも使わない。それから自分好みの固さになるまで茹でた白の卵を一つ。ゲンゲツは茶色の卵を毛嫌いしていたが、それがなぜなのかははっきりと答えられず、自分でも不思議なものだと考えていた。これらをまとめて放り込む皿は特別なものではないが、彫刻の円盤みたいに大きく平べったい皿だった。中心に向けて緩やかに角度がつけられたもので、階段みたいに高さが急に変わるものではない。紙パックに大きく低脂質と書かれた牛乳は、お気に入りの白いたっぷりとしたマグカップに注ぐ。それからパンの相棒たちをざっと見回して、先日に調達したばかりの苺のジャムを入れた小瓶を沿える。それらが揃うと、唯一日光が入ってくる窓際でゆっくりと時間をかけて取り掛かる。ゲンゲツはたっぷりとした朝食が好みだった。

 

 ゲンゲツはトーストをかじって、クロノス新聞の朝刊を広げる。見出しの一面には、昨晩の高速道路火災とスワン空港の事件が取り上げられていた。いずれの事件もPMC離反兵による犯行と報じられており、どこにも便利屋68が関与したという情報はない。記事を見ながら、ゲンゲツは自分の手腕に感心していた。

 

 事件は恐ろしく矮小化された内容で報じられていた。捕まったPMC兵は黙秘を続けており、動機も目的も不明。高速道路の火災も爆発物を輸送していたPMC車両の不手際として、崩落した陸橋は支柱の老朽化として新聞に載った。ここだけの話をすると、これらは全てゲンゲツによる迅速な隠蔽工作の成果だ。

 

 アルからの連絡を受けた後、ゲンゲツはすぐさま迎えのヘリコプターを寄こした。夜の闇に紛れるために、わざわざ黒いものを選んで寄こしたのだ。それから現場の被害状況を確認して、すぐに以前押収したPMCの武器輸送車を現場近くで爆破させた。アル達が使ったというバンは輸送車と入れ違いに回収したが、ただのレンタカーでそれ以上の情報はなかった。現場に転がっていた薬莢は可能な限り回収して、残りは鎮火活動中に隅へ追いやり上から土やアスファルトを被せた。詮索好きのメディアには、適当な容疑者を何人か与えれば時間は稼げた。こうして事件はよくあるPMC離反兵の一部隊による暴動とミスが同日中に起こったものとして、それ以上の追及が行われることはないだろう。今日にはまたどこかで同じようにPMC離反兵が事件を起こして、昨日の事件はちょっとした事故程度になり、明日には民衆の頭からは抜け出ている。そして私はまた素知らぬ顔をして仕事に出る。

 

 ゲンゲツがトーストの最後の一切れにジャムをたっぷりとつけて朝食を終えると、玄関の方から小さくカチリという音が耳に入った。普段のゲンゲツならここで銃を手に取って、咄嗟の襲撃に備えて身を隠しただろう。だがゲッコウは日付を越えてからの帰宅に早起きで睡眠時間が極端に少なく、注意がすぐに喚起されなかった。それにこの学生寮は生体認証をセキュリティに採用しており、指紋、光彩、声紋のいずれかでないと鍵を開けることはできない。厳重なセキュリティも、ゲンゲツに僅かな余裕を与えてしまっていた。

 

 玄関とリビングを隔てるただ一枚の白いドアがゆっくりと半分ほど開いて、ようやくゲンゲツは異変に目を向けた。何かが転がる音が近づいてくる。足元を見て、それが缶ジュースでないことは察知できた。小さな消火器みたいなそれは、すでに安全ピンが抜かれている。

 

 はっとした時には、缶は勢いよく破裂して緑色の煙がゲンゲツを包み込んだ。甘い臭いがする。まずいと直感で判断すると、ゲンゲツは窓に手をかけた。換気しなければならない。だが伸ばした手は何かにはたき落とされた。

 

 目の前に人影が迫っている。対処しようとしたが、ガスが効き始めているのが分かった。手足の反応が鈍い。頭に高度数アルコールが流し込まれたように、ふわふわと身体と視界が分かれていくようだ。ゲンゲツはよろめいて床に倒れ込みながら、なんとか玄関から出ようと地面を這う。

 

 もう一つの缶が床に置かれると、とめどなく緑色のガスが噴出される。甘い臭いが一層強くなった。セボフルラン──最も強力な揮発性麻酔薬だ──かもしれない。

 

 全身が泥に沈んだみたいに動かなかった。最期の力を振り絞って、仰向けに倒れる。見知った顔がこちらを見下ろしているのが目に入った。視界の中心以外が歪曲して、下半身から足先にかけて広がって見える。鼻と口を覆えるだけの簡易ガスマスクをしているのは、紛れもなく自分だった。

 

 だが驚きはなかった。既に何も考えられなくなり、やがて闇が彼女を呑み込んだ。

 

 

 

 ロイヤルビル前での襲撃の後、アル達は事情聴取のため待合室に集められた。先生はすぐに情報収集のために呼び出されて、待合室に並べられた青い椅子にはアルの他に、ムツキ、カヨコ、ハルカ、ゲッコウ、ヒナの五人が残されていた。すぐそばを連邦生徒会の白い制服を着た職員たちが、朝からぱたぱたと行き来している。今朝の銃撃戦の処理に追われているようだった。向こうはずっと騒がしい一方で、こちらは気まずい沈黙が漂う。

 

 ヒナは便利屋とゲッコウから、少し離れた場所に座っていた。ゲッコウはずっと俯いて、何か考えている様子だった。銃撃騒ぎで麻痺していた平常心が戻ってきて、それまでのヒナの話を思い出して気まずくなってしまったのかもしれない。

 

 今ではないが、それでもヒナの真意をゲッコウにはきちんと伝えなければならないとアルは考えていた。あの時のヒナの剣幕は、それまで何度も相対した中でも見たことがなかった。だが組織の長として、ヒナがあそこまで感情をあらわにしたのも無理はないと思えた。

 

 確かにアコのやり方は過剰だ。便利屋との通信履歴を見つけて、炙り出しのためグラウンドゼロに放り込むのは、便利屋に対する私怨も混じっていたに違いない。風紀委員会の監視対象を先回りして潰してしまったために恨みを買ったこともあった。繰り返し自分たちの領分を引っ搔き回す便利屋に、業を煮やしていたのも承知している。

 

 だが組織に不信感を持っていたとはいえ、ゲッコウの対応にも問題はあった。グラウンドゼロで助けられたのを皮切りに、ゲッコウはその場で便利屋に鞍替えしていた。あの時は地獄から抜け出すための茶目っ気かとアルは思っていた。おそらく本人もそう思っていたのかもしれない。しかし混乱の中で、ゲッコウは風紀委員会に戻るタイミングを見失ってしまったのではないか。そしてとどめにソウの生存。ゲッコウはこの件に片が付くまでは、何があろうと風紀委員会には戻らないだろう。過去にけじめをつけなければいけない。彼女の場合はソウを救い出すことがけじめになる。

 

 ヒナがゲッコウのスパイ行為に怒っている訳でないことは分かっていた。証拠のメッセージだって、おそらくブラックスターにアカウントを乗っ取られた時のものだ。それは証拠とは呼べない。それよりも風紀委員会に多大な迷惑がかかったにも関わらず、本人が知らせの一つも寄こさないまま目の敵と一緒にいたことに怒っているのだろう。グラウンドゼロ空爆の知らせを聞いた時の、アコや風紀委員会の心労は計り知れない。どれだけ責任を感じて、どれだけ後悔しているかも想像できない。ヒナも風紀委員長として、その様子を見ているはずだ。彼女がこの事でどれだけ頭を悩ませていたか。取り返しのつかない事になったとひどく心を痛めたかもしれない。

 

 ところがゲッコウは生きていて、平然と便利屋68とつるんでいた。向こうからすれば、スパイ行為を自ら認めたようなものだ。ヒナの心情は苛立たしいとか許せないとか、そんな程度で収まるはずがない。あの銃尻を叩きつけた彼女らしからぬ行動も、煮えたぎる憤怒が耐え切れず爆発したからだ。風紀委員会を自ら辞めて責任を取ろうなど筋違いにも程がある。戦闘要員ではないゲッコウに異常な怒気を見せたのも、いっそ殺してやろうと思ったのだろうか。あるいは制圧して本部に連行して、洗いざらい吐かせてから放り出そうと考えたのだろうか。

 

 カヨコがつぶやいた。「まさか先生まで狙われるなんて」

 

 ハルカがカヨコを見つめた。カヨコが見返すと、ハルカは難しい顔で項垂れた。ムツキも頬杖をついて、口を開かなかった。

 

 アルがささやいた。「でも無事に撃退できたわ。今日は当番のヒナもいるから、先生はきっと大丈夫よ」

 

 ヒナの反応はなかった。アルは考えてフォローをいれたつもりだったが効果はなかった。今はそっとしておいた方が良いかもしれない。

 

 目の前に靴音がやってくる。アルは顔を上げた。やってきたのはゲンゲツだった。

 

 ゲンゲツはアル達を一目見てから、やや離れた位置に座っていたヒナに声をかけた。「空崎ヒナさん、今朝の銃撃事件についていくらかお聞きしたい事があります。ご協力頂けますか?」

 

 ヒナは短い返事をして、立ち上がった。ゲンゲツは後についていた職員に案内を任せる。ヒナは最後にこちらを鋭く一瞥してから、職員に続いて廊下の角を折れると見えなくなった。あの一瞥は何だろう。覚悟しておけという、捨て台詞のようなものとは性質が違う。おそらくゲッコウへのメッセージを、アルに託したのだろう。この決着はいずれつけなければいけない。だが今は目の前の問題に集中する事にしよう。

 

 ゲンゲツは睡眠をとったからか元気そうだった。日付が越えるまで対応に追われていたが、短時間でここまで回復するとは思ってなかったので少し驚いた。「さて、君たちにも話があるんだけども、ところで先生はどこにいったんだい?」

 

 ムツキが答えた。「先生なら情報提供がてら要件を済ませに行ってるよ。もうしばらくかかると思うけど」

 

 ゲンゲツは少し考えて、小さくため息をついた。「分かった、なら皆も私に着いてきてくれ」そう言うとエレベーターの方へ向かい出した。

 

 ゲンゲツはエレベーターを最上階まで動かすと、ハヤテがレイの話をした時と同じように全員を屋上へ連れ出した。誰もついてきていない事を用心深く確認すると、ゆっくりと扉を閉めて切り出した。「今朝は災難だった」

 

「ええ、正直ヒナがいて助かったけど、まさか先生まで狙ってくるなんて思わなかったわ」アルは両手を前で組んだ。

 

「まったくだ。間借りしている身にもなってほしい」

 

 パーカーのポケットに手を入れたまま、カヨコが尋ねた。「それで私達からも今朝の情報を聞きたいの?先生とかヒナの話と変わらないと思うけど」

 

「聞きたいことはない」ゲンゲツは即答した。「代わりに聞く必要がある事を教えに来た」

 

 ムツキがぱっと笑顔になった。「なになに?何か新しい事でも分かったの」

 

「まあね」

 

 ゲンゲツはため息をついてから話し出した。「アスの居場所が分かった」

 

 アルは自分でも分かるくらい素っ頓狂な声をあげた。昨日の今日で、あまりにも予想外な話だったからだ。いくら何でも展開が急すぎる。

 

 ゲンゲツはこちらに構わず続けた。「レイの証言を覚えているか?アスは巨大なヒト型兵器ガリバーを所有して、しかもおそらく地下基地に潜んでいるという」

 

「よく覚えてるわ。だけど、どうしてゲンゲツがそれを知っているの?」

 

「おいおい、私は防衛室副室長だ」

 

 アルは眉をひそめた。何かがおかしい。

 

「続けよう。見上げるほどの巨大兵器となれば、おそらくデカグラマトン級の物だと予想される。アスはどこかでそれを入手して、レイに改造させたんだろう。それだけ巨大なら当然隠せる場所は限定されてくる。例えば海の中とか──とにかく人気のない場所だ」

 

「そうだね。私達もそう思ってた所だよ」カヨコが冷静に返す。

 

「もう考えが至っていたか、すまない。ところで先の銃撃戦の犯人だったPMC兵の通信を傍受したところ、複数のカットアウトを通じてアスから指令が出されている事を掴んだ。これまでの一連のPMC離反兵事件の犯人も、これでアスに決まりになった」ゲンゲツは意気揚々と続ける。

 

 ハルカは情報量に圧倒されて、ムツキは感心したみたいに聞いている。ゲッコウもそれとなく話に耳を傾けてはいるが、心ここにあらずといった調子だった。唯一カヨコだけが、アルと同じく不審な表情を浮かべていた。

 

 今日のゲンゲツは少し様子がおかしい。いつもの慎重さがまるでないし、時折見せる気遣いもなかった。アスの尻尾をようやく掴んで興奮しているのではと考えたが、それにしてもいつもの冷静さが鳴りを潜めている。

 

「そしてPMC兵の通信を急いで逆探知した。偶然生き残ってた奴でそいつもすぐに壊れてしまったが、なんとかアスの所在を掴むことができた」

 

 そんなことができるなら、もっと早くにアスの居場所を掴めていたのではないか?急に連邦生徒会の情報の流れが、滝のように速くなりだしたのも信じられなかった。動きの遅い連邦生徒会が信頼できずに、私達を呼び出したはずではないのか。不審感は拭えないけど、今は話だけ聞いてみることにしようかしら。

 

「それでアスはどこにいたの?」

 

 ゲンゲツはにやりとして、ぽつぽつと喋る。「君たちも覚えがあるはずだ」

 

「私達が知ってるところなの?」ムツキが聞いた。

 

「ああ、巨大な兵器を格納可能な地下基地」

 

「巨大な兵器……」ハルカがつぶやいた。

 

「そして人目にもつかない、人里離れた奥地」

 

「誰も寄り付かないような自然の中?」ゲッコウが続けた。

 

「アスとの因縁の始まりの場所」

 

「まさか」カヨコがささやいた。

 

「キヴォトス北部、トレス山脈奥地」

 

「……ネオ・チャレンジャー基地!」アルが言い切った。

 

 忌々しいその記憶は、脳の片隅に常にこびりついていた。時が経つごとに錆びついて朧げになりつつあった光景が、再びありありと脳裡に映し出される。一年のほとんど吹雪に包まれている山脈、冷たく暗い地下基地。亡霊たちはそこに腰を下ろしていて、便利屋68はこの難しい戦場にいきなり放り込まれたのだ。

 

 任務とも仕事ともつかない戦いだった。依頼主には裏切られ、慰めにしかならない栄光すら仕組まれたものだったのだから当然だ。アルは無意識に苦い表情をしたが、そうしている自覚はあった。ゲンゲツ以外の全員が、それぞれの顔にしわを寄せている。もう二度と行くことはないと思っていた場所だ。

 

「君たちの気持ちは分かる」ゲンゲツは淡々と言った。「しかしあらゆる可能性を考慮しても、アスがここに隠れているのは確実だ。あそこはたどり着くだけでも一苦労だから事件以来誰も踏み込もうとはしないし、何か大掛かりなものを隠すためには好都合だ。元々ロケット発射場として使われていたから、サイロなどの格納設備も整っているしな」

 

 アルには言い分は理解できたし、理があることも承知だった。だがどうしても聞きたい事があった。「でも基地はネオ・チャレンジャー号発射の衝撃で崩壊したんじゃないの?あれから随分経つし──もう九ヶ月も前の事だから、基地の再利用なんてできるとは思えないわ」

 

 カヨコたちはロケット発射の衝撃に耐えうる制御室へ逃げ込んだ時に、基地の持ち主だったCLG社長から基地の真実を聞いたらしい。基地は一切の証拠を隠滅するために、ロケット発射に合わせて崩壊するように作られていたのだ。それに豪雪地帯で九ヶ月も人の手つかずで放置されれば、さすがに再利用は難しいのではないか。

 

 ゲンゲツの回答は意外なものだった。「いや、確かに通路の大部分などは破断して雪に埋もれたが、サイロだけは別だ。あそこは大事なロケットの格納室も兼ねていたから、他の施設よりも丈夫に設計されていたんだろう。それに施設の中枢でもある制御室が併設されているから、もしかしたらサイロ単体でも稼働は可能なのかもしれないな。雲が厚いから衛星写真も撮れないが、もしサイロ天蓋部だけ雪が浅ければ居るのは確定だ」

 

 話の雲行きが怪しくなってきた。ゲンゲツが期待を込めた眼差しで見ている。この流れで期待される事など一つしかない。アルは躊躇いがちに言った。「つまりゲンゲツはこう言いたいのね。私たちに”もう一度ネオ・チャレンジャー基地へ行って見てこい”と」

 

「これはピクニックじゃないぞ。行って見て、アスを仕留めてくるまでが任務だ」

 

 カヨコが口を挟んだ。「仕留める?捕まえるんじゃなかったの」

 

「そんな悠長な事は言ってられない。もしガリバーなんて兵器が本当にあって、アスがそれを使おうとしているのなら取り逃がすなんてもってのほかだ。それに今朝の銃撃戦からしても、君たちは荒っぽい手口の方が性に合ってるんじゃないか?」

 

「それは否定できないね」

 

「PMC兵の行動もますます過激になっている。今朝だってシャーレの先生が狙われたのを忘れたわけじゃないだろう?それに連邦生徒会の目の前で銃をぶっ放すなんて、我々への挑発以外の何物でもない。奴らはこちらを舐めて、見下しているんだ。自分たちの動きを何も察知できない愚鈍な連邦生徒会を小突いている。これ以上アスの勝手を座視する訳にもいかなくなったんだ。分かってくれ」ゲンゲツは真剣な口調だった。

 

 だがアルには、どうしても弁解臭く思えてしまった。夜中に訪ねてきた時は、確たる証拠を並べ立てた上で受けるかどうかをこちらに委ねてくれた。ところが今日のゲンゲツは、形になる証拠もなく半ば強制的に送り出そうとしている。それほど連邦生徒会も切羽詰まっているのだろうか。

 

 アスの情報が本当ならありがたいが、どうしても不信感が拭えない。アルは仲間に意見を聞こうとカヨコを見た。カヨコも怪訝な顔をしていた。手でこちらへ呼んで、ゲンゲツに聞こえないよう小声でやり取りをする。

 

「カヨコ、どうしましょう」

 

「私に言わせるなら怪しさは満点だね。あまりにも不確定要素が多すぎる」

 

「それにゲンゲツもなんだか少しおかしくない?人が急に変わったみたいだわ」

 

「それは私も思った。でも確実な証拠がないから追及はできない」

 

 こちらが話している間にムツキがゲンゲツに質問した。「一つ聞きたいんだけど、もし行く事になったとしてどうやって向かうの?詳しい場所まで覚えてないし、車も使えないよ?」

 

「だから今度はヘリを一機用意した。それから全員分の防寒着もな。心配しなくとも、きちんと許可は取ってあるよ」

 

 まだこちらが行くとも言ってないのに、ゲンゲツはやけに用意周到だった。アスの事ならば必ず受けてくれると信用しているのだろうか?いずれにせよ協力が既に取り付けてある以上、行かないとは言えない。ゲンゲツは有無を言わせず、こちらの逃げ道を的確に塞いでいた。何としてでもネオ・チャレンジャー基地に駆り出したいみたいだ。

 

「二人の会議はまとまったか?」ゲンゲツがこちらを見た。「ヒナがいるとはいえ、次いつまた先生が襲われるかも分からないんだぞ。それとも他に手がかりがあるのか?」

 

 カヨコと目が合う。既に肚は決まっていた。これが例え罠だろうと何だろうと、他に道はないのだ。ゲンゲツの話が現在で唯一の手掛かりだったし、本当にアスがいるなら一刻も早く決着をつけねばならない。何よりアウトローとは、自ら危険に飛び込むものだから。

 

 アルはゲンゲツに睨みつけるくらいの視線を向ける。「決まってるじゃない。そこにアスがいるなら、私達に進む以外の選択肢はないわ!さあ、私の気持ちが変わってしまう前にさっさとヘリを呼びなさい!」

 

 ゲンゲツは満足げに口の端を持ち上げると、通信機を取り出して耳元に当てた。「出せ」その一言だけで通信機をしまうと、間もなくどこからか重苦しいローター音が響いてくる。

 

 ムツキが落下防止柵に走り寄って、下を見た。アルも何気なく柵によって見下ろしてみる。ここからそう遠くない場所にあるビルの屋上に駐機していたヘリが、がくんと揺れながら宙に浮きあがった。Hの文字の周りでは、人影が二つ邪魔にならないよう中央から離れている。ヘリコプターは深い緑色で、機体はやけに大きい。両翼の下にミサイルポッドなどの武装を抱えているところが、アスの攻撃ヘリコプターとの主な違いだった。ヘリは旋回してこちらを睨むと、一気に高度を上げて迫り来る。羽音が急激にやかましくなると、あっという間に頭上を飛び越えて屋上の宙で停止飛行を始めた。

 

 風圧に思わず顔を覆う。コートやスカートが風を受けて暴れるのを必死に押さえると、機体側面の扉が上下に割れた。下部のステップが目に入ると、ヘリコプターは少しずつ高度を落としてビルの柵ぎりぎりに寄せて停止した。

 

 最初にムツキを持ち上げて乗せたら、順にアル、カヨコ、ゲッコウで乗り込む。最後にハルカがゲンゲツに持ち上げられて兵員室に乗り込むと、何か伝える間もなくヘリコプターはビルから離脱した。上下に分かれた扉が閉じるまで、ゲンゲツは屋上からこちらを見上げていた。アルは表情から何か読み取ろうとしたが、結局最後までゲンゲツの様子の謎は解けなかった。

 

 とにかくアスが馬脚を現したのはありがたい。問題はそれがどの脚になるのか、そしてアスはこういった足を一体何本揃えているのかだった。グラウンドゼロに、ブラックスターの地下基地に、ネオ・チャレンジャー基地。このうち二つは打ち壊したが、果たしてアスにどの程度の影響があっただろうか。グラウンドゼロは目的の弾頭は回収済みだし、自ら空爆したのだから何ともないだろう。ブラックスターの地下基地では、レイを助け出して暴れ回ったことで衆目を引いた。今後あの辺りの警戒は厳重になるだろう。そう考えるとアスの拠点を一つ潰した事になるが、このような拠点をあといくつ持っているかは分からなかった。それから新たに発覚したガリバーという兵器も分からないことだらけだ。ヒト型である事以外は全く不明で、これは直接確かめるしかないだろう。サイロに格納されていれば、去り際に破壊するか永久凍土の下に埋めてしまっても良いかもしれない。亡霊部隊の二人は?彼女たちを救い出せれば、形勢がかなりこちらに傾く。だが洗脳を解ける見込みがあるのは、ゲッコウとハルカの二人だけだった。ハルカは大丈夫だろうから、問題はゲッコウだ。彼女にもヒナにも悪いが、連邦生徒会を抜け出す形で来てしまった以上、溝はますます深くなる。臨時とはいえ社員として迎えた者の将来も考えなければならない。それから、あとは何があったかしら?ERTCEPSについて、まだDAの開発者である以上の事は分からない。ネオ・チャレンジャー基地にいれば万歳だし、いなければアスから聞き出すしかない。社長として、考えなければいけない問題が山積みだわ!どう片を付けるにせよ、アスの身柄は連邦生徒会に持ち帰らなければ先方は納得しないだろう。それからゲンゲツの調子も心配だ。レイにも片付いた報告をしに行かないといけないし、見舞いの品も必要になる。それからゲッコウに風紀委員会に渡す詫びの品も合わせて調達して……。

 

 機体は無駄のない動きで、北に向けてぐんぐん飛んでいく。連邦生徒会を出て、行く手には分厚い灰色の雲。

 

 便利屋を乗せたヘリコプターが飛び去るのを見届けて、ゲンゲツはさっと室内へと戻る。

 

 そして一階へ。エレベーターを降りると、迷わず女性化粧室へ向かった。黄色と黒のテープで戦場は囲われていて、既にガラス片の掃除があらかた済んでいた。

 

 個室に入って鍵をかけると、ゲンゲツの顔はたちまち黒いのっぺらぼうに変質した。首元からめくり上げて、目出し帽のように脱ぐと、今度は上着を裏返して羽織り直す。丈の長い白いスカートを取ると、見えない高さに固定したズボンの裾を下ろした。

 

 女からは既に常闇ゲンゲツの面影はすっかり消えてしまった。ネクタイと白いスカートを雑にくるむと、便器に放り込んでから少し待って強めに流した。水溶性の特殊繊維でできたネクタイとスカートは、環境に優しいし証拠は何も残らない。

 

 最後に度の入ってない眼鏡をかけると、女はすっきりした表情で化粧室を出た。派手な刺繍のついた青いスーベニアジャケットにデニムパンツで、いかにも観光客という態度を装っている。

 

 ずる賢さをのぞかせる赤い目をした彼女は小さな角を携えて、黒髪に紅白のメッシュをいれていた。

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