便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル 作:まーろう
「とてもいい眺めだよ!アルちゃんもどう?」ムツキは窓の方に手をやった。
アルはハルカとムツキに挟まれた真ん中の席から、首だけを四角い窓に向ける。太陽光の反射で何も見えなかったが笑顔で言った。「素晴らしいわね。街に住んでたら見られないわ」
座席に戻ると、ゆったりと座り直した。カヨコは等高線図に目を落としていたが、時々窓の外に目をやっては現在位置の確認をしていた。右手に先鋒が見えた。高度は七百メートルくらい。アルは室内に目をやった。潜水艦内のような作りで、鉄板の境目があちこちに伸びて独特の模様を描いている。周りは同色の六角形ボルトが規則正しく並んで、模様に彩りを添えていた。防音性能が高いようで、頭上一メートル強で力強く回っている主翼の爆音が心地よいリズムを刻んでいる。カヨコの指は今、二つの大きな山の間をなぞっている。左の大きな方にはクレセントと書いてある。ノヴァヤ渓谷を通るか?ぎりぎりで逸れた。この辺りになると住む人間ががくんと下がる。レッドウィンター連邦学園はもう通り過ぎていた。ここからは未開の地だ。左右の窓に峯が見え始めると、同時に大きな雪が大量に舞い始めた。記憶通りの光景になってきたわね!
アルは少し興味を出して、再びムツキの方の窓から外を見てみた。時計なしには時間が分からない程、辺りは白一色の世界になっている。雄大な峯々は象牙みたいな色で、吹雪の中にあっても形を視認する事ができた。ヘリコプターはそのうち一つの白い山肌に迫ると、高度を百メートルまで下げた。
なだらかな山肌が壁みたいになると、操縦桿を握る手が動いた。針葉樹が途切れて雪が円形になっているのが見えた。ミステリーサークルのように、そこだけ雪の積もりが浅くなっている。
「サイロよ」アルが聞かせるように言った。浅く積もった雪か天蓋の塗装かは分からないが、最近開け閉めされた痕跡は確かにあった。ゲンゲツの予想通りだ。期待が高まると、機体は高度を三十メートルまで下げた。サイロを離れて、また白い山肌。機が揺れて、速度が落ちる。上下に動く扉が開くと、室内に短刀のように鋭い冷気が入ってきた。風圧で地面の雪があちこちに飛び散っている。赤い化繊のスキーウェアを着込んだアルは、スロープから一面真っ白な地面を見た。
狙撃銃を背負うと、一息置いて跳躍。二メートルくらいの高さだが、柔らかな雪が緩衝材となり、着地の衝撃はそうでもなかった。
ここはどこだ?アルには分かっていた。ヘリ発着場だ。サイロから一本の地下通路で繋がっていて、ここは山肌の急斜面に飛び出すように作られている。容赦ない吹雪がアルの右頬に当たり続ける。目線の先五十メートルにトンネルの入口みたいな壁がたたずんでいたが、肝心の入口は人がすれ違えるくらいの大きさしかない。
ヘリががちゃんといって着陸すると、回転翼の音が震えて止まった。ムツキがにやにやしながらスロープを用心深く降りてくる。アルは白目を剝きたくなる衝動を押さえた。これでは自分がまるっきりの格好つけではないか。操縦士からは着陸するの一言もなかった。
ムツキが大袈裟な拍手をして言った。「映画の主役をはれそうだね」
「ムツキ」アルは反論しようとしたが、ヘリの室内からハルカが羨望の眼差しを向けているのをみて口をつぐんだ。
地面の雪を足でどかすと、黄色い太い線が見えた。コンクリートの地面にかかれたHの文字の一部だろう。アルはふと思いつくと、黄色い線を辿って雪を蹴ってどかし続けた。仲間から不思議な視線を向けられながら三分ほどかかって、ようやくそれを見つけた。
Hの文字の中央から、巨大なひび割れが放射状に広がっている。その中心にめりこんだ金属の塊を、アルはうやうやしくそっと引き抜いた。通常のライフル弾の倍近い大きさの弾だった。かなり鉛の密度が高いらしく、片手に収まる大きさだがずっしりと重い。だがこの弾を実際以上に重く感じさせるのは、着地した時からずっと脳裡をかけめぐる一つの記憶だ。
拾った銃弾は天唯オアの狙撃銃弾だった。九ヶ月前に、アルはこのヘリ発着場でオアと狙撃戦を展開した。オアが使っていたのは黒い対戦車ライフルだが、異様に発達した銃で全長は二メートル以上はあっただろう。この銃弾もオアが特別に作らせたものらしく、着弾の衝撃はコンクリートのひび割れが物語っている。アルは吹雪の中という悪環境の中で素晴らしく凶悪な狙撃手と戦い、激戦の末に勝利した。オアは雪崩に呑まれて黒く深い谷底へ消えていき、それが二人の今世での別れとなった。
月日が経っても尚、激戦の跡は冷凍保存されていた。アルはずんぐりした銃弾を両手で大事そうに握ると、落とさないように懐へ入れた。アルにとって、あの戦いが悪夢ではなく現実にあった事を証明する品だし、幼馴染の形見でもあった。
アルは立ちあがると、ヘリ発着場から谷底を越えた向こう側の雪山を眺めた。白い以外に何もないが、ひそかに亡霊が見えるのを期待してしまった自分がいた。今もまだあそこからこちらに照準を合わせているのだろうか?懐の銃弾はひんやりとした感触だった。あんなに忌避していた記憶なのに、どうしてこうも懐かしく感じてしまうんだろう?こんな醜い鉄片に思いを馳せてしまうのは、不思議な事だと自分でも思った。
四人が寒そうにこちらを見ているのに気づいて、アルは軽く詫び言を言った。郷愁に浸るのは、これくらいにしておこう。
運転席に収まったままの操縦士に見送られて、アル達は薄暗いコンクリートの通路に入り込んだ。外の吹雪が不気味な協和音となって、薄暗い灰色の一本道に響いていた。それに五人分の足音が加わって、ばらばらのリズムを刻む。天井の白熱灯はどれも電気が通っており、基地が再稼働をしているのは今では疑いようもなかった。電灯の下と暗闇を出たり入ったりしたおかげで、視界がちかちかする。
しかしそれも終わった。突き当りの扉に着くと、アルはゆっくりと扉に手をかけた。この先がサイロだ。脈拍が亢進する。果たしてこれが罠かどうか、遂に明らかになるのだ。アルは仲間の方へ振り返って、全員が武器を持ったのを確認してから、重たい扉を開いた。
わっとライトに照らし出されて、思わず片手で目を覆ってつむってしまった。数秒間を置いて、瞼が強く拒否するのを無理やりこじ開けようとする。ほんの少し開いた瞳に入ってきたのは、盾がそのまま四、五倍ほどに巨大化したものだった。強力な電灯に慣れてくると、すぐにそれが肩の装甲部分だと分かる。アルに続いて、それぞれも息を呑んだ。
ネオ・チャレンジャー基地の核を為す最大規模の空間には、ロボットSFアニメや漫画みたいな光景が広がっていた。機械とテクノロジーと神秘を司る神々を祭るための、トリニティ総合学園にある大聖堂みたいだ。眼前一杯を覆い尽くしているのは、巨大で奇怪な姿の機械の胸像だった。最近までキヴォトスの中心にそびえていた天まで届きそうなサンクトゥムタワーや、飛行機で地平線まで広がる大海原といったものを目の当たりにして抱く、畏敬の念が呼び起された。
デカグラマトン級ヒト型兵器ガリバーは、百花繚乱の将軍が着る甲冑を思わせる見た目のメカだった。全長はネオ・チャレンジャー号と変わらぬ七十メートル、肩幅は二十メートルはあるだろう。文字通り戦車を乗せたような大きな肩に、ショベルカーみたいな鉤爪が五本ついた腕が生えている。全体重を支える丈夫そうな脚を二本持って、サイロの底をしっかりと踏んでいる。頭は人間みたいに丸くなく、防弾合金製の角ばった蟷螂みたいだ。目のように取り付けられた二門の機関砲が、より不気味さを醸し出していた。
こいつはどんな攻撃手段を持っているんだ?正確には分からなかった。背部にミサイルを射出するためのポッドのような箱を背負っていて、肩の上と脇には四門の十二・七ミリ口径機関銃がのぞく。F.SCT攻略戦で便利屋がぶつかったビナーという古代兵器に倣うなら、こいつもレーザーのようなものが放てるに違いない。あった!両腕と頭に囲われるようにして、胸部にあまりにも巨大な大砲がついていた。穴の周囲から六本の紫の管が、胴体を締める拘束具みたいに伸びていた。レイが改造を強いられていた砲兵器はこれに違いない。確かに見事な改造だった。三角錐型の弾頭のてっぺんを削り取って、横倒しにしている。そこにあきれるほど大きな銃口をつけてやって、威力の制御をするためなのか、太い管を何本も伸ばしていた。それ以上の武装は想像できなかったし、例え説明があっても恐ろしくて聞けないだろう。おい、寝坊助の怪獣さん、お前さんをうっかり起こすことがないよう気をつけなければならないなと、アルは肚の中でつぶやいた。
アルはますますアスの事が不思議だった。こんな大掛かりなものを手に入れた経緯について、彼女は何と説明できる?偶然拾ったにしては出来過ぎだ。一から準備したとなれば、国家予算級の大仕事になるだろう。もしかしたらアスのキヴォトス全土に対する挑戦を後押しする誰かがいるのかもしれない。その誰か、アルはそれこそがERTCEPSではないかと睨んだ。Death for Angelを作れるのなら、このような兵器を作れてもおかしくない。アルはそう心を納得させて、改めてサイロを見渡した。
まぶしいスポットライトに照らされているが、サイロはひっそりとしていた。足元で作業する二人のPMC兵が蟻ぐらいの大きさで見えただけで、ここにはアル達とガリバー以外誰もいない。アルは少しだけ突き出た観測窓に目をやって、その横に移動した。制御室は以前のロケット発射の衝撃でひどく壊れていたはずだが、ところどころ修理がされて動いている。その横にはアルの見知った人物が立っていた。獲物を見るスリルに思わず拳を握りしめる。下尊アスだ。彼女はモニターの一つの前に立って、誰かと話している。アルからはアスの声がよく聞こえた。
「──完了したら教えてくれ」アスが言っていた。「あいつの仕組んだ呪いは強力だ。解除できなかった。ERTCEPSは調整槽に入ったまま、彼女がいないと再稼働もできない」
少し間があった。アルはレイの事を話しているんだろうと考えた。
「しかし鉄屑は仕事を充分に片付けないこともある。シャーレの大人の拉致は失敗した。あの場には空崎ヒナと便利屋がいたらしい。機会を改めるべきだったんだ。連邦生徒会があまりちょくちょく我々に干渉してくるからな」
また沈黙。誰と話してるんだろう?
「失敗だよ。それも計画に響くような大失敗だ。分かるか?連邦生徒会が変に警戒し出したせいで、情報を知らせるだけの簡単な仕事まで滞りかねない。奴らの動きを常に承知していて、初めて心の安寧が保たれるんだからな。……すぐに開始しろ。完了しだいテラーズ・オブ・ザ・スペクトル計画を開始する。すべてはRAXA実現のために」
すぐに通信を切った。
話を聞いたことで、アルの肚は決まった。ムツキにハンドサインで爆弾と伝えると、すぐに丸々とふとった緑色の爆弾が手にかかる。一般に流通しているものの、倍近い大きさだった。乗り込んだヘリコプターの室内に、やたらと武器弾薬が仕込んであったのでいくらか拝借してきたのだ。
ゲンゲツに釘を刺されるまでもなく、アルにいたちごっこを続ける気はなかった。目と鼻の先にいる軍人かぶれを倒して、ガリバーも破壊する。長い因縁を終わらせに来たのだ。あまりに長かった。分からない事だらけの事件の真相も、元凶を締め上げて全て吐かせてやる。
企みはこれで終わりだ、アス。ムツキはピンを抜いて、四秒待ってから、制御室内のアスの頭上辺りを狙って放り投げた。五人はとっさに壁に張り付いて、手で頭を押さえて衝撃に備えた。
がーん!
凄まじい爆発が、制御室だけでなくサイロを揺るがした。扉から爆発の熱気が飛び出してくると、足元に飛び散る破片を感じた。
一瞬後、アルは与えたダメージを確認するために、制御室へ飛び込んだ。コンピュータのモニターは黒く割れて、じじっと回路がショートする音を立てながら火花を散らしている。爆発のあった辺りは、観測窓の強化ガラスまで割れていた。老朽化していたとはいえ、ガラスを破るとは!アルは手榴弾の威力に感心しながら、不意打ちを受けないよう慎重に歩を進めた。
「陸八魔アル!」
割れた観測窓の向こうで、ガリバーの肩に乗っているアスの姿が見えた。彼女はこちらを指さして、出てくるように合図している。
くそったれ!アルは怒りに任せて一発撃った。だが当然、アスは跳躍して弾を避ける。
アルは跳躍して、割れた観測窓からサイロの輪状通路に躍り出た。目の前にアスと、彼女の新しいおもちゃが立ちはだかる。
アルは狙撃銃を見上げるように構えた。ちょうどその時、輪状通路を回ってかけつけたPMC兵の姿が目に入る。警備がいたのか。だが肝心の獲物を逃がすわけにはいかない。アルが再びアスを睨むと、遠くで二回悲鳴が上がって、すぐにどさりと倒れる音が重なった。カヨコだ。ハルカと一緒に制御室入口から出てくると、ムツキとゲッコウが観測窓から降りてきた。
アスはガリバーの頭上から、こちらを見下ろした。
「どうやってここを見つけ出したんだ、アル?手際が良かったな」
アルは狙撃銃のトリガーに指をかける。
アスは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。「まだそんなもので私を倒せると思っていたのか」
「どうして先生を狙ったの?」
「無論、彼が邪魔だったからだ。私がこれまでも計画を完璧にこなしてきたのは知ってるな?お前たちにちょっとしたギャング壊滅の片棒を担いでもらった時だって、我ながら上手くやったと思っているよ。だがそれも、お前たちみたいな子どもを相手にしてきたからだった。ところがシャーレの先生ともなれば、私も警戒して当たらねばならない。向こうは全く馬鹿げた権限と力を隠し持っているからな。それに就任以来様々な学園と手を結んでいるから、彼が動けばキヴォトスのあらゆる戦力が集結してくる。とにかく彼一人いれば戦局はどうにでもなってしまうからな。連邦生徒会なんてなくても一緒だ」アスは付け加えた。「強力な生徒が一人いれば充分だろうな」
アルは怒鳴った。「違うわ。例え小さな力しかなくても、やらなければならない事がある。連邦生徒会だって歩みは遅くても、着実にあなたを追い詰めてきてるのよ」
アスは首を振ってため息をついた。「信じられないな。ならなぜたった四人でここまで来たんだ?奇妙な事だが、お前たちだけでここまでたどり着けるとは思えない。きっと協力者がいるんだろう。レイが喋ったのか?」
「違うわね」
ガリバーの肩に近い通路で警戒していたPMC兵が割って入った。「きっとシャーレの先生ですよ。彼の情報網と権限ならこういう芸当も不可能ではありません」
「馬鹿な、シャーレに我々を特定できるはずがないだろう。とにかくこの襲撃には分からない事が多すぎる。五人も侵入者も防げないならさっさとここを離れて、裏切り者を炙り出してこい」アルを指さした。「お前たちがここに来てくれたのは好都合でもあったな。私に集中して連邦生徒会から離れてくれたおかげで、レイの警備は手薄になった。まずあの女を連れ戻して尋問してやる。あいつから聞きそびれた秘密を絞り上げて、元の骸にしてやる」
「レイは関係ない!」ゲッコウが声を張り上げた。アルは思わずゲッコウの方を見た。
「攫ったのは私たちなのに、どうしてレイに矛先を向けるの。私たちが無理やり喋らせたかもしれないし、裏切ったとは限らないのに」
「おいおいゲッコウ」アスが冷ややかな目つきで見た。「お前なら分かるだろうと思ったのに、そんな事を恥ずかしげもなくぬかすなんてな」
「どういう意味」
「風紀委員会に拾われた恩を仇で返したスパイなら分かるだろ?ひとたび都合の悪い事が起きれば、それを誰かのせいにして別の居心地の良い場所に逃げる。今まで築いてきた関係をあっさり使い捨てて、全てなかったことにして自分を騙せるんだからな」
「私は……」
「違うとでもいうのか?」アスは鼻で笑った。「自分を客観視できているなんて、とんだ思い違いだ。最愛のソウを見殺しにした九ヶ月前から何も変わってないな。責任から逃げまわって、自由を勘違いしたまま過ごした日々はどうだった?」
ゲッコウは押し黙ってしまった。目線が徐々に降りてきて、拳銃もまともに狙えてない。
アスは容赦なく追い打ちをかける。「他の者たちは自ら選んだ自由と責任に苦しんでいるのに、お前は自分が見たくないもの全てに背を向けていたな。お前は自由になる資格のない愚か者だ」
鋭い刃みたいにゲッコウの胸を抉る言葉だった。聞いてられない。アルが口を開いた。「いい加減にして。あなたやスペクトルの二人が生きていた事実に比べたら、ゲッコウの失敗なんて些細なものよ。そもそもどうやってあなた達が生き延びていたの」
「レイは話さなかったのか。冥途の土産に教えてやる、DAだよ。DAは神秘に作用して、自在に形を変えられる。粉々に破壊する事ができれば、反対に再構築する事も造作ない。もっともそうなれば”
ムツキがおどけてみせた。「オアちゃんが死神じゃなく亡霊を自称してたのは的を射ていたね。生に執着している地縛霊だよ」
「お前たちも執拗だな。大切な経営顧問のためか?それともブラックライシスのためか。確かハヤテと呼んでたな」
アルの指が無意識の内にトリガーを引いた。アスの言葉が耳に入ってから、ほとんど同時だった。だがアスの姿が巨大な頭部に隠れると、銃弾は天蓋に当たった。アスの拡声された笑い声がサイロに響き渡る。
「今のが最後のチャンスだったな、アル!レイが奪還されれば、計画の完成は目前だ。その前に貴様ら便利屋を片付ける。多大なる因縁の始まりの地、トレスの土となれ!」
巨大な立像が大きな音を立てて震え始めた。金属の歯車がかみ合い、全ての機構がオンになった。
ガリバーが目を覚ましたのだ。