便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル 作:まーろう
黒服からの長い通告が終わり、先生は再びスライと向きあうようになった。
また契約や何かの良からぬ企みがあるのではと内心疑っていたが、本当に情報だけを寄こすだけだった。さすがに先生の前で生徒をたぶらかすのは無謀と踏んだのだろうか。いずれにせよアル達が危うく利用されるような事にはならずに済んだ。
だが頭の中には懸念もあった。いくらエルトセプスが極悪人で始末が必要だとしても、その役目を生徒に担わせてはいけない。大人として、それだけは無視できなかった。何か別の方法を探すしかない。先生は、先ほどはっきりと殺害を宣言したアルが気がかりだった。
アルは腕を組んで、通信が途切れてもしばらく無言のままだった。何か考え事にふけっている。他の四人も気持ち硬い表情でアルを見つめる者がいれば、同じく俯く者もいる。今の話の後では自然な反応だろう。
「アル」先生は隣の少女に呼びかけた。「必ず他の道がある。とにかく踏み外しては駄目だ」
今の自分に言えるのはこれだけだ。アルは小さく頷いてから、口を開いた。「その……先生。今のは何と言うか……すごく本気って訳じゃないのよ?今の話だと、ただ捕まえるだけのつもりで戦うんじゃなく、本当にそれくらいの気概で戦わないと勝てないって意味だと思ったから」
アルは慌てて弁解をしていた。自分をなだめようとしているのかと思ったが、素直に少し安心した。
「それにエルトセプスだけ倒すのならば、アスはむしろ救い出すって事になるわよね。オルとソウも助けだす。元凶を倒してPMC兵の洗脳も解ければ万々歳よ」
「もー、さっきから倒すとか救うとか言っちゃって。アルちゃんってば自分でハードル上げてるじゃん!」
「え?そ、そうかしら。でも高い望みこそ、私達には必要なのよ!」ムツキが茶々を入れると、アルはすっかり躍起になった。
「アル様、かっこいいです!」ハルカが素直に礼賛した。
硬かった各々の表情が和らいで、普段の調子へと戻ってくるのが分かった。その様子を見て、本当に先生は安堵した。ひとまず彼女たちが人命に手を出すことはなさそうだ。
カヨコも口を開いた。「それに元々オルとソウは助け出すつもりだったから、そんなに変わらないと思うよ。あの二人はゲッコウとハルカに任せて問題なさそうだし」
カヨコはゲッコウを見た。ゲッコウも頼もしい返事をした。「任せて、必ず止めて見せるから」
大ぶりな拍手が和気あいあいとした雰囲気に水を差した。スライは背もたれに寄りかかって、目線を落として合わせないまま拍手をしていた。
「素晴らしい」スライは小馬鹿にしたように言った。「強大な敵を前にしても結束を失わない。裏社会でも生き残れるわけだ」
それから自分のスマートフォンを取り出して、何かを確認した。口の端をにやりと吊り上げて、それからまた先生やアルと向き直る。
「彼からの送金が確認できた。私のお使いはここまでだね」
先生は尋ねた。「スライは手伝ってくれないのかい?」
「おいおい、私は情報屋だ。私を雇いたいなら見返りが必要だぞ」
「見返り?」
スライはじれったそうにため息をついた。「私はあんたやハヤテみたいな善人じゃなくてね。だからビジネスの話になると高くつくぞ。果たしてあんたの給料で足りるかどうか」
先生は苦い顔をした。それを見たスライはまたニヒルな笑みを作る。
「しかしあんたはともかく便利屋とは多少縁があるからな。どうだ、私の欲しい物を持ってくるという条件でなら、アスの居所を教えてやってもいいが」
つまり契約を結ぼうという話だ。黒服が先生の手前控えていた事を、彼女は堂々と行おうとしている。悪い大人の近くにいた悪影響が心配だ。
ところが餌のついた針にアルがまんまと食いついた。「アスの居場所が分かるの?やるじゃない!」
「そうとも、それも最新の情報だ。どうやらお宅の経営顧問よりも社長の方がビジネスに理解があるようだな」
「それで条件は何かしら?」アルは期待に満ちた眼差しを向けている。「便利屋68に任せて貰えれば、何だって手に入れてみせるわ」
「心強いことだ」スライは高慢な物言いだった。次いで少し身を屈めると、わざわざシャーレに出向いた一番の目的を口にした。
「お前たちがDeath for Angelを渡してくれると約束するなら、アスの居場所を教えよう」
思わず息を呑んだ。彼女が話した条件が理解できると、アルも絶句してしまった。その隣でカヨコも険しい目つきになる。
カヨコが疑問を呈した。「聞き間違えかな。それとも悪い冗談のつもり?」
「私は本気だ」スライは応じた。「DAは既に現存する数が少ない。それに開発者を止めるのなら、これ以上の増産もありえないだろう。ゲマトリアの技術で作られたDAは複製も難しい。そうなるとDAを保有しておく価値は天井知らずに跳ね上がる。私が情報料として取る現金の何倍もの価値があるのさ」
得意げに語るスライを、カヨコは冷ややかな目つきで見ていた。先生も同じ考えだった。この条件は看過できない。
「それは飲めないよ。あの危険な殺人兵器は誰が持っても良い物じゃない」
「危険なのは承知の上だ。それにあんたじゃなく社長に聞いてるんだよ」
アルはすっかり考え込んでいた。スライはアルの顔をのぞきこんだ。「DAは身を守るための抑止力に使う。想像しているような悪行はしないし、お前たちもアスを倒しがてらお使いをするだけで良い。それとも払いきれないような借金をするか?」
スライは微かな笑みを浮かべた。この子は楽しんでいる。
アルは唸りながらしばらく考え込んでいたが、ややあって慎重に言葉を選んだ。「その……他の条件じゃ駄目なの?DAの他にも欲しいものはあるんじゃないかしら?」
「残念だったな。金で買える物なら間に合っている。DAは金じゃ手に入らないから、わざわざ条件に出したんだぞ」
「えらく儲かっているみたいね」
「当然だ。キヴォトスじゃこの稼業で需要は尽きないからな」
「ハヤテの顔に免じても変えられないの?」
「大将からもあんた達を助けるように言われたな。だからこうして出向いて、条件まで出してるんだ」
スライは目を細めた。見込みのない話になってきたと諦めているのだろうか。
「早く決断してくれよ。私には時間がなくてね」
スライにせっつかれて、アルは焦り始めた。隣のカヨコが忠告した。「社長、焦らないで。冷静によく考えて」
だが時間切れを知らせるように、先生の机に置かれた携帯電話が鳴り始めた。ここに来てスライの表情が初めて陰った。露骨に眉間にしわを寄せて、先生に電話を取るよう促す。無視を許さない甲高い着信音が繰り返し鳴り響いていた。
先生は重い腰を上げて、通話に応じる。電話口に聞こえたのはリンの声だった。「もしもし先生?七鏡リンです。そちらに常闇ゲンゲツはいますか」
先生はスライの方を見た。当人は肩をすくめて、のんびりと帰り支度を始めている。
「いや、来てないけど」
「そうは思えませんね。監視員がシャーレの入場記録を調べたところ、彼女は十五分前にそちらのセキュリティをパスしています」
「そうなのかい?けど私は見てないなあ」
「先生、よく聞いてください。今、私の隣にゲンゲツ本人がいます。一通り本人確認をしましたが、職員証まで全て揃っていました。こちらにいるのが間違いなく本人です」
「そっか、なら良かった」
「先生、自由に話せる状態ですか?」
「ああ、何も問題はないよ」
「……念のため警備員を向かわせます。執務室にいらっしゃいますね?そのまま動かないでください」電話は一方的に切れた。
先生はスライに振り向いた。スライはこちらに背を向けて、お暇しようとしている。ビジネスの制限時間が来てしまったのだ。スライはいかにも自分に非はないといった調子だった。
「じゃ私は消えるよ。後は頑張ってくれ」
「待ちなさい!エルトセプスはもうすぐ大規模な計画を開始するのよ?このままじゃキヴォトスが大変な事態になるわ」
「私を脅す気か?やめておけ、情に流されるようなやわな生き方はしてないよ」
「DA以外で欲しいものはないの?本当に?」
「答えは変わらないな」
一向に進まない押し問答が続く。スライはアルに背を向けて、あの黒い覆面を被った。同時にドアの外からばたばたと足音が近づいて、警備員の必死な呼びかけが聞こえてきた。
「先生!ご無事ですか、開けてください!先生!」
あまり事が大きくなっても困る先生は、ドアの向こうに返事をした。「大丈夫だよ、皆は持ち場に戻って」
「そうはいきません。直接確認しなくては、規則違反でこちらも問題になるんですよ」
先生はやむを得ず、執務机に回った。ふと顔を上げると、ぷいと背を向けたスライは立ったまま動かない。ところで彼女はどうやって出るつもりなんだ?企みは分からないが、ひとまずボタンを操作して窓のシェードを解除すると、ドアのロックを外した。
ドアが横にスライドすると、拳銃を構えた二人の警備員が押し入ってきた。二人ともシャーレの白い制服で、没個性な黒と茶の髪をしている。二人は室内の先生と便利屋68の姿を確認すると、奥に突っ立っているスライ──顔は再びゲンゲツのものになっていた──に銃口を向けた。
「動かないでください。ゆっくりと両手を上げて、床に伏せて──」
ぬらりと振り返ったスライの簡易ガスマスクが見えると、いつの間にか手に収まったジュース缶みたいな発煙弾が目に入った。
「ま、まずい!」警備員が叫ぶと同時に、全員が一斉に動いた。先生はタブレット端末を抱えてから床に伏せた。アルがとっさに腕を掴みにかかり、カヨコとハルカとゲッコウが銃に手を伸ばす。ムツキも床を蹴ってスライに飛び掛かった。
心臓が跳ね上がるような爆発音が反響して、目の前が一気に灰色に包まれた。警備員の二人は悲鳴を発して、勢いで発砲した。何も見えない。灰色の煙はかなり色濃く、手元すらまともに見えなくなる。アルが必死に何か言った。ばたばたと走り回る足音に混じって、がたんと何かにぶつかる音が耳に入る。
「先生、先生は大丈夫?」ムツキの声だった。大丈夫だと大声で返すと、警備員の一人が重い呻き声を上げて、床にどさりと倒れた。
制服のポケットに異物感を感じた。何かが押し込まれて、服が引っ張られる。先生はとっさに腕を掴もうとしたが、それより早く引き抜かれて掴めなかった。
「待ちなさい!」アルが叫んだ。ドアがシューっと開く音がして、ばたばたと足音が出ていった。スライが廊下へ逃走した。煙が廊下に逃げて、灰色が薄くなってきた。
半狂乱のハルカが後を追うように執務室を飛び出した。すかさずカヨコやゲッコウも廊下に消えていく。先生も後を追いかけようとして、誰かに手を取られた。
「先生、こっち!」ムツキだった。ムツキとアルに連れられて、先生もなんとか廊下に避難した。遠ざかる足音はエレベーターに向かっている。視野がようやく回復すると、三人も後を追って廊下を一目散に走った。
エレベーターは一番下の一階まで向かっていた。先に非常階段へ走ったハルカとゲッコウは、段を飛ぶように駆け降りる。ようやく先生たちが追いつくと、カヨコを先頭に階段を勢いよく降りていく。
ぐるぐると繋がっている階段を急ぎで降りて、一つ下のフロアを通り過ぎた時、先生ははっとして振り返った。廊下を駆け抜ける足音が耳に入ったからだ。カヨコに下へ向かうよう告げて、先生とムツキ、アルは廊下へ出た。
そこは居住区として使われるフロアだった。廊下の壁にはマンションみたいにドアがずらりと並んで、簡易的な部屋が用意されている。だがシャーレで寝泊まりをするのは先生くらいのため、ほぼ全て空き部屋だった。アルとムツキは両側の壁に沿って、一つずつ扉を開けて確認を始める。どの部屋も鍵は開いているので、スライが隠れるには好都合だった。
一部屋ずつしらみつぶしに探すが、スライの姿はどこにもない。三人はとうとう突き当たりの部屋まで到達した。そっと把手に手をかけて、銃を構える。一気に扉を引き開けて、中を狙いながら飛び込んだ。ムツキの入った部屋の中から反応はなかった。
アルの入った部屋には、背を向けて立つゲンゲツの影があった。銃は手にしていない。
アルはまっすぐ人影の中心に狙いを定めた。「スライ、動かないで」
スライの影は動かなかった。先生が中をゆっくりと確認した時、アルははっとした。
誰もいない。ゲンゲツの影の正体は、ハンガーにかけられた覆面と連邦生徒会の制服だった。スライが事前に案山子代わりに仕掛けたに違いない。アルは押し入って覆面をはぎ取ると、ゲンゲツの顔だったものは黒い布になった。
案山子の足元にはメモの切れ端が残されていた。きれいな明朝体で書かれた文字から、印刷されたものだと分かる。筆跡までも残さないプロの手口だった。「ポケットを見てみな S」と書いてある。
アルはメモを拾い上げると、先生は先ほど制服に何か突っ込まれたのを思い出した。同じ箇所を探ると、ぐしゃぐしゃに丸められた写真が一枚出てきた。丹念にそれを広げてみる。平原の風景の写真だった。奥には高い山があり、手前には風化した赤煉瓦の建造物とイチョウの木がある。ぱっと見た限りでは、何の写真なのか分からなかった。
「先生、その写真どうしたの?」アルが聞いてきた。
「さあ……さっき煙幕の中で無理やり入れられたから、多分スライのものだと思うけど。でもどうしてだろう?」
スライの行動は不可解だった。先生には理解できない行動だったが、アルは何か掴んだようだった。
「先生」アルが真剣な口調になった。「私たちを内密に連れ出してくれないかしら」
「シャーレの公用車なら使えるけど」先生は下を指さして、怪訝な顔をした。「一体何が分かったの?」
ロイヤルビル内の連邦生徒会が使用しているフロアはただならぬ喧騒に包まれていた。廊下をせわしなく職員が行き来して、電話は対応を終えたらすぐに鳴り始める。ゲンゲツも自分の机から動けないまま、大量の書類と部下をさばいていた。
室長机で電話対応を終えたカヤがゲンゲツに言い放った。「ゲンゲツ副室長、私は生徒会長代行と話があります。ここを頼みましたよ」
「分かりました」ゲンゲツは一秒でやり取りを済ませると、新しい情報に目を通す。トレス山脈で巨大な影が確認されてから、あらゆるレーダーや追跡機構を動員したにも関わらず、ガリバーの姿は雲のように消えていた。アスはどこへ消えたのか、職員の調査範囲が変わるたびに内容に目を通して署名をしなければならない。病院襲撃の件もあり、対応せねばならない事態は山積みだった。
防衛室に一人の職員が入ってくると、ゲンゲツの前に歩み寄った。身を屈めて、声を潜めるように言う。「副室長、お耳に入れたいことがあります」
「何かあったのかい?」ゲンゲツも思わず周りを見回して、顔を近づけた。
職員は耳打ちした。「ここでは話せません。副官だけの内密のお話なんです」
ゲンゲツは当惑しつつも、立ち上がった。室内の職員にすぐ戻るとだけ伝えると、小柄な職員について裏口に近い部屋へ向かう。備品倉庫の扉に差し掛かると、喧騒も遠くに聞こえるだけになった。職員が扉を半開きにすると、ゲンゲツは中へ滑り込んだ。
倉庫に先生がいるのを見て、ゲンゲツは驚いていた。そしてこちらと目があう。備品倉庫には便利屋68とゲッコウ、先生が揃って待っていた。
中に入って扉を閉めた職員が顔をめくり上げると、ムツキはいたずらっぽい笑みを浮かべた。「じゃーん!驚いた?一度こういうのやってみたかったんだよね」
ムツキはクフフと笑っていた。だがアルを見たゲンゲツは露骨に嫌そうな表情になった。この後自分が何に巻き込まれるのか察しがついたらしい。すぐに先手を打って出た。
「悪いけど、断る。それじゃあ」ゲンゲツは踵を返して、倉庫を出ようとした。
真後ろに居たムツキが立ち塞がり、両手で制した。「せっかくだし話だけでも聞いて行ってよ。アルちゃんもゲンゲツちゃんを信頼しているんだよ?」
ムツキの目が一瞬だけ凄みを帯びた。普段のにやにやとした顔からは想像できない、内面の凶悪性を覗かせる目だった。話も聞かずに出ようとしたゲンゲツへの威嚇なのだろう。ゲンゲツも思わずたじろいだ。
「ゲンゲツ、聞きたい事があるの」アルは一枚の写真を取り出した。あまり時間を取りたくないのは、こちらも同じだ。先生のポケットに入っていたしわだらけの写真を見せると、ゲンゲツは興味深そうに眺めた。
「この写真はどこなの?」
ゲンゲツの目つきが変わった。以前にレイの人相を尋ねた時より、遥かに早く返事が来た。「これはゴルゴダの平原だ。奥の山と廃墟、そしてイチョウの木が特徴と合致する。それにそこは、かつて傭兵会社RAXAが拠点を構えていた場所だ」
なるほど、確かにアスと繋がりがある場所だ。アルは確信を持った。
ゲンゲツが疑問を口にした。「そこがどうかしたのか?」
カヨコが説明した。「信頼できる情報屋から受け取ったの。アスはおそらくここにいる」
ゲンゲツはやや考えていた。いきなりこんな話をされて猜疑心が捨てきれないのだろう。それでも見解を口にした。「確かにゴルゴダはアスやRAXAにとってモニュメントのような場所だ。それにオアもブラックリスタもRAXAへの気違いじみた執念を持っていた。アスもゴルゴダで何かを始めようとしても不思議じゃないのは認める。だがガリバーは?連邦生徒会がレーダーを総動員して探索しているが、そこには何の反応も示さなかった」
「それもアスのトリックだよ。仕掛けは分からないけど、ガリバーをどうにかして隠しているに違いない。詳しくは話せないけど、奴なら不可能じゃない。随分突飛な話かもしれないけど、私たちを信じてほしい」
先生はゲマトリアの事を伏せて説明した。アスがエルトセプスだと知ったところで、連邦生徒会の手には負えない。
ゲンゲツは不満そうな顔をしたが、ひとまず納得はしたようだった。
「ゲンゲツ」アルは告げた。「アスを倒すには奇襲をかけるしかないわ。ゴルゴダへは私達だけで向かう。あなたにはその間、シャーレがもぬけの殻になっている事に気づかれないよう手を回して欲しいの」
ゲンゲツは難しい顔になった。アルもこの反応は承知済みだった。私たちに手を貸すという事は、連邦生徒会を欺くことになる。これで失敗した際のリスクは計り知れない。
だがアスを倒すのに、これ以上の方法はなかった。ネオ・チャレンジャー基地での奇襲は成功しかけたのだ。今度は随分警戒してくるだろうが、レイも奪われた以上これが最後のチャンスだ。
ゲンゲツが深刻な顔で聞いてきた。「私たちに任せてはくれないのか?私が掛け合えば、すぐに大軍をRAXAへ送り込むこともできるが」
「それはかえって危険だよ」カヨコが口を挟んだ。「ヒナが風紀委員会内にスパイがいる事を話してた。それからネオ・チャレンジャー基地でアスも話していたけど、どうもスパイがいるかもしれない。もしかしたら連邦生徒会にも入り込んでいるかもしれないし、とにかく大きな動きはアスに察知される危険がある」
だからこの六人だけで行く、という事だ。便利屋68とゲッコウ、そして先生だけで、アスを倒しに行く。ゲンゲツは必要最低限の保険だ。便利屋68がシャーレに軟禁状態にあることもアスが知っていれば、もはや邪魔者はいなくなったと油断しているに違いない。もし便利屋68と先生の脱走が分かれば、アスはすぐにでも動き始めてしまう。繰り返しになるけど、これが最後のチャンスなのよ!
「ゲンゲツ、あなたには何度も苦労をかけて、申し訳ないと思っているわ。でも私たちをもう一度だけ信じてほしいの」アルは頭を下げた。
「顔を上げて、アル」ゲンゲツは慌てていた。「……分かった、この七人でやろう。私はここに残って、君たちがゴルゴダに向かったという事実を悟られないようにする。シャーレには書類を山ほど送り付けて、先生や皆が執務室にこもりきりになるような状況にしておくよ」
「恩に着るわ」アルは顔を綻ばせた。「全てに片が付いたら連絡するから。逆に私達からの連絡が十二時間以上なければ、ゲンゲツから働きかけて援軍をゴルゴダに寄こしてちょうだい。これが証拠になるはずよ」写真をゲンゲツに手渡した。
「生きて連絡してくれよ。と言っても、これから皆は幽霊になるわけだけどね。亡霊と幽霊の対決か」
ムツキはいつもの笑みに戻った。ハルカも安心した様子だった。カヨコも微笑を浮かべて、ゲッコウも安堵していた。
先生だけは生徒たちの様子を、微笑んで眺めていた。生きて帰ってからの仕事量を憂いているかと思ったが、そんな様子は微塵も見せなかった。「書類仕事を持っていけないのは魅力的だけど、うっかり本当に幽霊にならないようにしないとね」