便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル   作:まーろう

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22 処刑の場

 視野のほとんどがペンキで塗りたくられたみたいに青い。ちょうど真ん中に緑の点がつくだけで、他に変化はなかった。PMC兵の機械の身体には反応しないのではと思っていたが、どうやら排熱と冷却を兼ねる部品が組み込まれているらしく赤い反応が出るらしい。アルも今まで機械の身体は散々見てきたが、あれがどうやって機能しているのかまでは考えたこともなかった。

 

 温度変化を検知するサーマルゴーグルを額にずらして、さらに肉眼で確認をする。一直線のトンネルは静かでほの暗く、敵の気配はなかった。ここは一気に突っ切るべきだろう。アルは立ち直ると、シャーレが所有する白い公用車の後部座席に乗り込んだ。ハルカが気を利かせて身を縮めているが、そうしてもらっても定員超過の車では狭かった。先に狙撃銃を中に入れて、それから半ば押し入るように乗ると、車は静かにトンネルへ吸い込まれていく。脅威がない事は確認したが、それでも大事を取ってヘッドライトは消していた。

 

 後部座席がぎゅうぎゅうなのに対して、運転席に収まる先生と助手席のカヨコはゆったりと座っていた。先生はいかにもドライブを楽んでいるような表情だった。このところ執務室で仕事詰めだったから、シャーレと仕事の束縛から逃れて解放感に浸っている。これから荒事になるのは確定のはずだが、先生も今ではキヴォトスの常識にすっかり染まっていた。

 

 シャーレから連邦生徒会までの移動に使用した車のままゴルゴダに向かおうとした先生は、ゲンゲツにひどく心配された。銃社会のキヴォトスでの車は当然防弾性に優れているが、それでもどんな危険があるか分からない。加えて公用車はGPSが内蔵されているから、そのままでは何もせずとも気づかれると忠告された。だが先生はゲンゲツの心配事に見事な対応をしていた。GPSは既に取付箇所を割り出して、必要に応じてオンオフができるように手を加えていた。それに炸薬弾の前では、どんな車の防弾性能も役に立たないと言ってのけた。

 

 衛星通信で位置を割り出せないためナビゲーションも使用できず、カヨコが紙の地図で道順を伝えていた。公用車は前後で二座席ずつしかなく、四人と銃火器を後部座席に詰め込んだおかげで背後の確認もできない。カヨコは時々振り返って、追手が来ていない事を確認していた。

 

 静かなトンネルには車のエンジン音しか聞こえない。そしてそれも終わった。光の門が段々と大きくなり、通り抜けると道はなくなっていた。代わりに一面が殺風景な牧場みたいな草原で、遠くにはゴルゴダの平原を囲う山の影が見える。

 

 先生は車をトンネル出口の脇に停めた。アルはドアが開かれると、おもちゃの山が崩れるみたいに地面に転げ出た。後でシャーレの公用車に大人数用のバンも追加するよう要望しようと固く決心して、大荷物を取り出しにかかる。五分ほどかかって、ようやく全員の身体と装備一式が車から取り出せた。

 

 アルは狙撃銃、カヨコは拳銃、ムツキも機関銃と変わりはないが、ハルカだけは散弾銃の他に背中に無反動砲を背負っていた。ガリバーへ対処するには、こいつが間違いなく必要だ。ゲッコウは変わらずリボルバーで、ゲヘナ学園の制服のジャケットは脱いだまま、脇に吊ったホルスターに入れていた。

 

 冷たいそよ風が吹いて、草原を波立たせている。周りを山に囲われたゴルゴダの平原では、どんよりと曇った空がドームのようにも見えた。平原の中央には、廃墟が三つほどぽつんと佇んでいる。自然の要塞と呼ばれるだけあって草木は山に沿って生い茂っていたが、生き物の気配はなく、鳥のさえずりさえも聞こえない。

 

 広々としたのどかな平原が、返って異質に感じられた。アルには冥界に足を踏み入れてしまったようにも思えた。辺りにはアスどころかPMC兵の気配もない。木々の葉がこすれる音以外は全くの無音だった。

 

「静かだね」ゲッコウがつぶやいた。

 

「ええ」アルは短く返事をした。「それに敵の気配もないわ」

 

「立派な要塞を構えると思ったんだけどなー。これはこれで見やすくていいけど」ムツキは想像と違う光景に落胆していた。

 

 先生はタブレット端末を肌身離さず持っていた。シッテムの箱と呼ばれる端末は、神秘を持たない先生の身を守る大切な防具だ。これがある限り、先生の事を気にせず戦闘に集中できる。「皆、準備はいいかい?私も後方指揮で援護するからね」

 

「任せてよ、先生の指揮があれば百人力だからね!」

 

「そういってくれると嬉しいね」先生はムツキの褒めを素直に受け取った。

 

 先生が戦闘中に行う指揮は、戦局を大きく覆す力を持っている。そのことをアルも身に染みて知っていた。かつて依頼でアビドス高校を襲撃した際に、その指揮能力の高さに舌を巻いたものだ。その先生が味方としてついてくれている。これほど心強い事は確かにないだろう。

 

 アルは仲間たちに振り向いた。「行きましょうか」仲間たちが頷く。

 

 先生も頼もしい顔で返した。「いつでもいいよ」

 

 アルは返事を聞くと、颯爽と駆け出した。ムツキがハルカと顔を合わせて後を追う。カヨコ、ゲッコウも続いた。先生は最後尾から、五人の後を追いかける。

 

 六人は小走りで廃墟へと向かった。それぞれが銃を構えて、もしどこかから攻撃を受けても、即座に反撃ができるようにしていた。それでなくてもゴルゴダの平原は見通しが良すぎる。アルの狙撃銃なら遠くの山陰の麓まで見えそうだ。ただただ広い草原は障害物もなく、とても走りやすかった。

 

 目指す廃墟の姿が段々と大きくなってくる。赤煉瓦で壁を組まれた建造物で、既に屋根が崩れ落ちていたりと実用性はないに等しい。窓ガラスなど一枚もはまっておらず、建造物内にも芝が侵食して蔓が緑色の手を伸ばしきっている。その横にぽつりと一本だけ、黄緑の葉をつけた木が立っていた。写真にあったイチョウの木だ。ここがスライの写真通りの場所なのは疑いようがない。だがアスはどこだ?見慣れた金髪の姿はどこにも見当たらない。廃墟を三回くらい周回したが、中にも外にも誰もおらず、何の物音もしない。妙だ。

 

 辺りを見回しながら、先生が言った。「アル、様子が変だよ。どこにも誰もいない」

 

 アルも言った。「おかしいわ、写真の場所は確かにここのはずなのだけど」

 

「条件を飲まなかったから、嘘の情報を掴まされたとか……」

 

「うわあ、確かにありえるかも」ゲッコウが不安を口にすると、ムツキが同調した。

 

 廃墟の中をちらりと覗いたりもしたが、中に踏み入ったりはしなかった。トラップでも仕掛けられていたら厄介だ。だが敵は一向に現れない。もしかして本当に騙されたのだろうか。

 

 アルの第六感が突然反応した。廃墟の脇に淀みない動作で狙撃銃を向ける。

 

「何か来るわ」アルの言葉の後で、廃墟の影から黒焦げた人影がのっそりと歩いて出てきた。焼け焦げた鉄に身を包み、赤と黄の目がこちらをはっきりと視認する。

 

 天独ソウは喉の奥から低い唸り声を出すと、身体をこちらに向けた。

「よく来たな!」割れ鐘みたいな声が響いた。「ようこそハルカ、俺を覚えているか?この感覚は懐かしいな!」

 

 廃墟の中からジェットエンジンの噴射音が聞こえ始めると、屋根のない天井から上我オルが姿を現した。相変わらずやかましい声だ。

 

「あれだけやられたのに懲りずにまた来たのか?大人しく独房でじっとしているべきだったな」オルが笑った。

 

 ムツキが得意げに言い返した。「お前たちの弱点なんてとっくに分かってるんだから!さあ、ハルカちゃん言ってやって!」

 

「え。いいいいきなり話すんですか!」ハルカが目に見えて動揺している。こんな雑な流れで出番が来ると思わなかったのだろう。

 

「うむ、そうだな。お前がどれだけ肝が据わってるか、確認してやろう!」

 

 そういうとオルはグレネードランチャーを俯角に構えて、すかさず手榴弾を打ちだした。ハルカは反射的に飛びずさった。ムツキは間一髪で避けると、草地に肩から着地しながら機関銃で鋼鉄の翼を狙い撃つ。オルは弾丸をかわすために、急角度のきりもみ飛行をしてみせた。

 

 オルはグレネードランチャーを持ち上げて笑った。「俺は何を聞くことになっていたんだったかな?そのためにお前たちをできるだけ苦しめてやって、何か聞かなきゃいけないんだがすっかり忘れてしまったよ。まあ、いいだろ。ハルカがもうやめてくれと懇願するまで、これを続けることにしよう。さあ、泣け!”助けてくれ”と言いながら、泣きわめくんだ!それが俺の望みだ。”もうだめだ、降参する”と叫ぶのをな!」

 

 オルが再びトリガーを引いて、ばーんと土と草をまき上げる。ソウは一向に動かない。電池が切れた人形みたいだが、中身は確実に動作しているしずっとこちらの様子を伺っていた。

 

 調子の狂う敵だが、一番状況を呑み込めてないのは先生だった。爆発からは離れた位置にいるし、シッテムの箱の電磁バリヤーがあらゆる衝撃から守ってくれるから身の危険はない。だが先生はオルの意味不明なうわ言をいちいち真に受けるせいで、いつもの調子を崩されていた。先生もこういうタイプの生徒に慣れていないのだろう。私たちがなんとかするしかないわね。

 

「カヨコ、ゲッコウ。二人はソウをお願い。オルは私たちが相手をしておくわ」

 

 二人に告げるとカヨコは静かに頷いた。ゲッコウも快活に笑って見せた。「任せてよ、アル社長。私の話術も成長したからね」

 

 アルは二人にこの場を任せると、空中で停止飛行しているオルを見上げた。

 

 先生はオルに必死に呼びかけていた。「君が上我オル?ハルカから話があるから聞いてくれないかな!」

 

「そうか、俺は話がしたいと思わないな!俺とハルカは死ぬまで戦い合うんだ。ハルカだけが俺の魂を解放してくれる!」

 

 こいつは前以上にイカれてるわ!

 

 オルは堂々とグレネードランチャーに新しい擲弾を投入している。アルはすかさず狙撃銃を仰角に構えて、手元に一発お見舞いした。弾は狙い通りに着弾し、他の擲弾にも誘爆して大爆発を起こす。オルが狂ったように鳴いて、爆発の熱が顔面を焼いた。今の攻撃はどれだけダメージを与えたかしら?アルは見上げたまま、黒煙が晴れるのを待った。

 

「私の家族を殺したな」オルが叫んだ。「弱々しい弾丸だが良い爆発だった。俺が先に鳴いた事は認めよう。だがそれだけでは私を倒せないぞ。お返しにこいつをお見舞いしてやる!」

 

 オルは地面に水平になると、戦闘機みたいに飛び出した。あっという間に蚊ほどに小さくなり、ジェットエンジンの炎で位置がわかるだけだった。オルはゴルゴダの平原上空を猛スピードで旋回して、勢いがつくとこちらに正面を向けた。ムツキが機関銃で狙い撃つが、オルは全弾を躱した上にミサイルを一発撃ちだした。まっすぐ飛んできたミサイルに、アルが照準を合わせてトリガーを引く。一撃で鼻面に穴を開けて、ミサイルは空中で爆発した。オルは爆発に自ら突っ込んで、黒煙の線を伸ばしながら飛び出した。すれ違いざまにオルの笑い声が聞こえた。「そろそろ芸を仕込めそうだな!」

 

 ハルカは散弾銃を腰のベルトにかけて、背負っていた無反動砲を手に掛けた。高速で飛び回るオルに散弾銃で効果的な攻撃ができる瞬間は限定的だ。しかしガリバーの事を考えると、弾の無駄遣いはできない。

 

「ハルカ、あいつの動きが鈍くなったら撃って。それまでは我慢よ」アルは言った。

 

「は、はい、アル様!」ハルカは確かに応じた。

 

 遠くを旋回していたオルが再び向かってくると、ムツキは閃光弾を一発取り出した。オルとの距離を目算して、ピンを外す。オルが再びミサイルを射出すると、アルの狙撃銃が即座に撃ち落とした。単調な狙いのミサイルなら楽勝だ。

 

 ムツキは心の中でカウントダウンをした。

 

 一、二、三、四!

 

 閃光弾を真上に投げ上げると、ちょうどミサイルの爆炎からオルが姿を現した時に爆発した。今度は去り際に、割れ鐘みたいな喚き声をあげていた。だが速度は少しも落とさずに通過して、再び空へと舞い上がる。

 

 アルとムツキは、ハルカを挟むように近づいた。一か所にまとまって、アルは狙撃銃でオルを狙いすます。ムツキはもう一発の閃光弾を取り出した。

 

「ハルカちゃん、遠慮せずぶっ放してやっていいからね?じゃないと落ち着いて話もできないし」

 

「わ、分かりました」

 

 ハルカの返事を確認すると、ムツキが安全ピンに手をかけた。オルはミサイルではなく、グレネードランチャーをまっすぐ構えて突進してくる。アルの狙撃銃が頼もしい銃声を上げて、グレネードランチャーに命中した。

 

 空中で再度爆発が起こる。同時にムツキがタイミングを見てピンを外した。しかし爆発の中からはオルが一向に出てこない。待っている内に閃光弾は、ムツキの手の中で爆発寸前になった。小さく舌打ちをして、ムツキは適当に放り投げた。それから慌ててかがむと、すぐに轟音が頭上からわっと降りかかった。

 

 それを見たオルが滞留する黒煙から横に飛び出して、三人を側面から捉えた。「祈りを唱えるなら今の内だぞ!さらば、ハルカ!」

 

 重いジェットエンジンの唸りが近づいてくる。まっすぐ睨む大きな銃口から、擲弾が打ち出された。ムツキはすかさず機関銃を向けて、続けざまに火を噴かせる。黒いレモンみたいな弾がみるみる距離を縮める!機関銃の弾が偶然衝突して、目の前でわっと爆発した。ぎりぎりで巻き込まれずに済んだようだ。停止飛行してこちらの様子を確認しようとするオルを、アルは黒煙越しに見つけた。

 

 オルがさらなる追撃を加えようとグレネードランチャーを向けた瞬間、アルは狙撃銃のトリガーを引いた

 

 火薬が爆発して、鋭角な狙撃銃弾がオルの片翼を貫いた。オルは慌てて、ジェットエンジンの出力を上げてバランスを取ろうとした。

 

 ハルカはアルの狙った方向を見て、肩でしっかりと筒を支えて、オルに照準を合わせて、トリガーにかかった指がガチッと鳴るほど引いた。

 

 好ましい射出音をさせて、後部からガスが噴出される。大ぶりな成形炸薬弾は鳥人間目掛けて一直線に飛び、命中した瞬間に大爆発を起こした。草原が放射状になびいて、轟音が平原に木霊した。

 

 ジェットエンジンの唸りが弱々しくなり、オルは重力に引っ張られて地面に近づいていた。足が地面につくと、背中から出ていた青い炎もちょろちょろとした勢いにまでしぼんで、とうとうエンジンが黙り込んだ。

 

「強くなったじゃないか……ハルカ」オルは苦し気につぶやいた。「スペクトルもこれで終わり。最上の光……熱……俺の身体も業火と一つになる。そして始まりの……あの場所へ還るんだ──」

 

 オルの手がジェットエンジンのバルブへゆっくりと伸びる。アルにはそれが自決ボタンに見えた。押すだけで全ての苦しみから解放されると信じているのだろう。彼女は死んだら、天国で妹と再会できるだろうか。いや、それ以前に天国も地獄もないかもしれない。生きている世界が全てではないか。だがオルはとても満足そうだった。

 

 突然ズドンと力のこもった発砲音がして、オルは大きくのけぞった。両手をだらしなく宙に投げ出して、反り返った姿勢で頭から仰向けに倒れた。ハルカの散弾銃から青白い煙が立ち昇っている。

 

 あまりに唐突な発砲でアルだけでなくムツキまで驚き、絶句する反応を示した。ハルカも自分がどうして撃ったのか理解できない様子だったが、訳も分からず倒れたオルに掴みかかった。そしてバルブの取っ手を掴むと、肩を入れて一息で引きちぎった。

 

 アルは慌ててハルカを止めに入った。「ちょ、やめなさいハルカ!」

 

 ハルカは目を血走らせて、オルに馬乗りになって胸倉をがっしり掴んでいる。鼻息が荒い。今にも殴り掛かりそうな勢いだった。

 

「アル様に向かって好き放題言って、勝手に満足して逃げるなんて許せない……」

 

「私何も言われてないから!オルが大きい独り言喋ってただけじゃない!」

「あの時だって同じでした。一人で勝手に満足して逃げて」

 

「なんだって?なんの話をしている……」オルが頭を持ち上げた。

 

「大切な人が亡くなった後でさえ、現実から逃げて全て忘れ去った!ネオ・チャレンジャー基地でお話をして、ようやく向き合えたんじゃないんですか。なのに今は向き合う事すら拒否していた」

 

「俺は過去を忘れた事なんてない。ただの一度たりとも……」

 

 尊崇するアルに肩を掴まれながらも、ハルカの言葉は止まらなかった。「今の姿を見たら、事故でなくなった妹さんも悲しみそうです」

 

「あれは……あれは事故だったんだ。争いは常に不条理で混沌としたものだから」

 

「そんな言葉で済ませる気なら、妹さんはどうなるんですか。あの基地での話は全部嘘だったんですか。本当の亡霊になり果てて、人間らしい心ももうなくなってしまったんですか!」

 

 ハルカの激昂に、オルは固まってしまった。数秒の間があって、オルは高速道路でやったように頭をさすり始めた。「なんだ?誰の記憶なんだ?これは」

 

「私を見て、妹さんの事を思い出してましたよね」ハルカが言った。

 

 マスクの下の息遣いが荒くなる。オルは言葉にならない声で呻いていた。

 

 ハルカは胸倉から手を離した。オルの片手が頭から離れてハルカに伸びてくると、両手で握り返した。かつてサイロで見たままの光景だった。

 

「俺……俺は……」言葉はそれ以上は続かず、オルの頭は草地に垂れて静かになった。手も力が抜けると、急に重くなったようにハルカの両手から滑り落ちた。オルは深い眠りに堕ちたようで、身体は動かないが呼吸はしていた。

 

 アルとハルカは立ち上がって、しばらく無言のまま茫然としていた。だがハルカが口を開いた。「申し訳ありません、アル様」

 

「えっ、何が?」

 

「アル様の前でお見苦しい事をしてしまいました……死んでお詫びします死にます死なせてください」

 

 散弾銃を自分に向けるハルカをアルはまた止めにかかった。「ハルカ、ストップ!大丈夫だから、お願いだから落ち着いて!」

 

「クフフッ、この状況で自害しようとするのハルカちゃんだけだよ?」

 

「笑ってないでムツキも止めて!」

 

 アルの必死の制止にムツキのなでなでが加わると、取り乱していたハルカも次第に落ち着きを取り戻してきた。

 

「ハルカちゃんすごい!一人でオルちゃんを止めるなんて、今日のMVPは決まりかもね?」

 

 ムツキは何気なく口にしたが、本当にすごい成果だ。あのまま放っておけば、オルは二度死ぬ運命になっていたかもしれない。アルとムツキもサポートしたとはいえ、一人でオルを機能停止にしたのは見事だ。以前の戦いで、アルは自分とハルカの関係にオルのそれが酷似していると考えていた。ハルカも同じ気持ちだったのだろうか。だからこそハルカはオルに対して、真剣に話をできたのかもしれない。アルはハルカの成長が見られたのが何より嬉しかった。

 

 そして成長が見られたのはハルカだけではない。アルは振り返った。

 

 ゲッコウは優しい表情を浮かべて、膝をつくソウをなだめている。ソウもオルと同じように、活動機能を停止していた。カヨコは拳銃を降ろして、その様子を傍観していた。ただ一発の銃弾も使用することはなかった。オルと派手な爆発騒ぎをしていた一方で、こちらは静かに決着した。カヨコが何かするわけでもなく、ゲッコウは宣言通りに止めて見せたのだ。ゲッコウとハルカによって、亡霊部隊は止められた。成果は上々だ。

 

 外から様子を見ていた先生もほっとしていた。「皆、ひとまずお疲れ様。私が指揮をする事もなかったね」

 

「ごめんなさい、わざわざ付いてきて貰ってるのに」

 

「いや、いいんだよ。戦術指揮をせずに解決できるなら、それが一番だからね」なんとも先生らしい答えだった。

 

 これで後はエルトセプスとガリバーだけだ。RAXAの巨大な戦力に大打撃を与えた事になるのだ。緊張が少し緩むと、それまで気味悪く思えた殺風景な草原も心なしか青々として見えた。

 

「皆、これで終わりじゃないわ」アルは勝って兜の緒を締めよという格言に従い、全員を鼓舞した。「でも勝利に近づいている。よくやったわハルカ──それからゲッコウもね。ムツキとカヨコ、そして先生も」

 

 アルはここに居る全員に対して、急に暖かいほのぼのとした友情を感じた。一つは事が調子よく進んだ事への期待と、もう一つは仲間の成長を見られた嬉しさからだった。

 

 ソウを抱擁したままゲッコウが言った。「アル社長、二人はどうしよう」

 

「動かないならひとまず置いていくしかないわ。大丈夫よ、また死んでしまったわけじゃないし、きっとすぐに目を覚ますわ」

 

 微風の風向きが変わると、アルの桃色の髪が少し強くなびいた。ゲッコウは名残惜しそうだったが、一度強く抱擁をしてから動かなくなったソウの身体を離して立ち上がった。

 

 耳も潰れんばかりの銃声が響くと、ゲッコウは凍りついた。

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