便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル 作:まーろう
エルトセプスは白いタブレット端末──シッテムの箱をまじまじと眺めていた。シャーレの先生にしか扱えない神器めいた機械で、戦局分析やバリヤーなどあらゆる局面に対応できる。セキュリティも完璧で、恐ろしく膨大なスーパーコンピューターに接続しても簡単に跳ね除けてしまう。先生はこの箱を駆使して、数々の難局を乗り越えてきた。アビドスのなんてことない一件から始まった彼の躍動によって、ゲマトリアのかつての同志たちも何度辛酸をなめさせられたか分からない。先生という存在は予測不能な結末を生むブラックボックスであり、エルトセプスの同志たちがいうにはファクターでもある。だからこそエルトセプスは先生を狙った。このゴルゴダの平原でも先生とシッテムの箱を奪い、分断して、もはやここからの逆転など考えられないという状況まで追い詰めた。だがまたしても便利屋68が行く手を塞ぐ。オアから始まった因縁は、今なお続いている。何が運命を決めるのだろうか。確かなのは彼女たちは生きている限りは亡霊の前に立ちはだかる難敵であり、なんとしても息の根を止めなければならないという事だった。
肉の塊を引きずる音がして、エルトセプスは顔を向けた。元RAXAの生き残りである常闇ゲンゲツが満足げな顔で、鬼方カヨコを引き連れて戻って来た。二人とも生傷が目立つが、カヨコの方が深手を負っている。両手を後ろで縛り上げられて、意識が薄れているのか項垂れていた。ゲンゲツにフードを掴まれて、エルトセプスの前に引き出される。腹にナイフを突き立てられたようで、そこが血だまりみたいに赤くにじんでいる。それ以外にも手荒な攻撃によって、服のあちこちがずたずたになっていた。
「ご苦労だった、ゲンゲツ」エルトセプスは冷静な声で言ったが、嬉しさを隠しきれず口元を歪めた。
カヨコはぼんやりとエルトセプスを見つめていた。出血で頭の働きが鈍くなって、目の前の光景の分析に時間がかかっているようだ。放っておいても、いつかは死ぬ。だがエルトセプスは先ほどのレイの謀反とアルの乱入の鬱憤を、今こいつで晴らさない手はないと考えた。せっかくゲンゲツが生け捕りにしたなら、せいぜい一鳴きさせてから殺してやる。
カヨコは何かに気づいたみたいにはっとした。エルトセプスはカヨコの目に光が戻った瞬間を逃さず、顎を蹴り上げた。カヨコは唸って、仰向けに倒れ込んだ。口の聞けないでくの坊みたいにまともに話せてない。
「カヨコ、いつもの減らず口を聞かせてみろ。お前の時事放談を私は心待ちにしてたんだぞ」嫌味を込めた口調で言った。
「残念だが、もうそいつは喋れない。先に顎骨を砕いて、痛めつけすぎてしまったんだ」ゲンゲツは涼しい顔をしている。
思わず笑いが漏れた。「そうか!さすがの便利屋68もRAXAには敵わなかったわけだな、やるじゃないか」
カヨコは状況が飲み込めて、絶望した表情だった。しきりに何か訴えているが、赤ん坊の喃語みたいでそれがさらに神経を逆なでる。
エルトセプスはゲンゲツにシッテムの箱を押し付けた。「これを持って、私から離れてろ。つかの間の楽しみに水を差されたくないからな」
ゲンゲツは言う通りに端末を受け取ると、二、三メートルほど距離を取った。それを確認するとエルトセプスはカヨコに向き直って、腰に差したもう一丁の拳銃を取り出した。DA弾は、これが最後の在庫だ。サプレッサーを取り付けた消音効果のあるもので、威力は落ちるが神秘のない肉体には充分だった。エルトセプスはまずカヨコの右膝を軽く撃ち抜いた。弾は容易く地面に届き、苦痛で顔を歪める。あまりに滑稽にのたうち回るので、エルトセプスは撃ち抜いた膝を足で踏み押さえた。体重をかけて押すと、それだけカヨコの呻きが大きくなる。押し込むたびに鳴くアヒルの玩具みたいだった。ゲンゲツは顔をしかめて、やれやれと言いたげだった。
「最期に遊べて楽しかったよ。心配せずとも、お前の遺体は仲間たちに返してやる。大切な社長の悲しむ顔が見られないのは残念だったな」アスが西部劇の真似でたびたびやったように、エルトセプスは拳銃を人差し指で縦回転させる。「だが一番残念なのはお前の頭だろうな!」
すかさずグリップを握って、銃口をカヨコの脳天に向けて、トリガーに指をかける。カヨコの目が大きく見開かれると、すぐに頭がつんのめった。
エルトセプスは立て続けに七発、カヨコの柔らかい体に撃ち込んだ。トリガーを引くたびに肌や服に穴が開き、カヨコは完全に沈黙して身じろぎもしなくなった。弾を撃ち尽くすと、エルトセプスは勝ち誇ったような邪悪な笑みを浮かべて、しばらくカヨコの亡骸を丹念に観察していた。
目は虚ろな色で、どこか遠くを見ているか、あるいは何も見ていなかった。口の端から血を滴らせて、地面に滑り落ちている。胸の浮き沈みに注目して、完全に心肺が停止したことを確認すると、身を屈めていたエルトセプスはようやく体を起こした。
とても晴れ晴れとした顔に若干の陰りが写る。カヨコの亡骸を冷静に俯瞰して、ようやく自分が見落としていた違和感に気づいた。右肩の銃傷がない。服に穴は開いているが、皮膚はそこだけ無傷だった。
突然湧いて出た疑問は、エルトセプスの不安を搔き立てた。確認せずにはいられない。すぐにカヨコの顔を起こして、首元の辺りをまさぐると不安は的中した。首元の周りに、皮膚と違う何かがめくれる感触がある。指をくぐらせて一気にめくり上げると、エルトセプスは思わず絶句した。
カヨコの顔はたちまち黒一色の覆面に変貌した。覆面の下から、紫髪とすみれ色の虚ろな目がのぞく。ゲンゲツは猿轡を嚙まされて、すでに事切れていた。
エルトセプスがばっと振り向いた時には、すでにシッテムの箱ともう一人のゲンゲツは消えていた。では、あれが。真相が頭の中で理解できると、エルトセプスはたまらず悪態を吐いた。ものすごい剣幕でアル達がいるだろう方向を睨むと、すぐさまガリバーの足元へと走った。
連邦生徒会職員と風紀委員会はざわざわとして落ち着きがなかった。洗脳された者たちは一網打尽にされて、すっかりお縄についている。だがあいにく護送車がないため、地べたに放置されたままだった。リンとカヤは人員の把握で忙しそうにしている。右腕が不在となったことで、さらに手間が増していた。
風紀委員会も洗脳された人員の確保は完了していた。驚いたのは、一実働部隊の隊長格までがエルトセプスの手に落ちていたことだった。あれでは機密保持にも限界がある。ブラックスターの手口と違って、洗脳された者はずっとヘルメットを被っている必要がないという特性が見分けにくさに拍車をかけていた。
怪我人も大勢出た。命にかかわる傷はなかったが、救急班が忙しそうに動き回っている。ふとこちらに気づいた救急班の一人が駆け寄ってきた。機能停止したオルの隣で安らかな顔をしているレイを確認してから、それを見守るアル達の横から申し訳なさそうに聞いてきた。「あのう……その人はどうしましょうか」
アルは静かに応えた。「そっとしておいてあげて。ようやく再開できたんだから」
救急班員はきびきびとお辞儀をしてから、仲間の下へ戻った。アルはレイの横顔を眺めて、改めて運命の数奇な導きというものに想いを馳せた。二度の人生を生きた女。彼女の行く末を決定づけたのは、過去の便利屋68。自分たちの行動が誰かの人生を左右するとは夢にも思ってなかった。もしもオルをあの時倒していなかったら。もしもアスをあの時確実に倒していたら。そんな考えが頭をよぎる。感傷に浸るにはまだ早いぞ!もう一人の自分が脳内で警鐘を鳴らす。戦場では”もしも”や”しかし”の介在する余地はない!二度目の人生に想いを馳せるのは後にするんだ!
心の忠告に従うと、アルは立ちあがった。ちょうどその時カヨコが廃墟の影から出てきて、こちらへ向かってきた。連邦生徒会の制服姿は、なかなか様になっている。手には黒い覆面と、それから先生のタブレット端末が握られていた。
「カヨコ!無事だったのね」アルは喜びをにじませた。
「何とかね。それと先生、カツアゲには気を付けて」カヨコはそういって、タブレット端末を元の持ち主に返した。先生は仰々しくそれを受け取り、大げさな感謝の言葉を口にした。
「それでカヨコ。エルトセプスはどうなったの」
「まだ倒せてない。とにかくこれを取り戻すのが優先だと思ったから」
アルは目のすみで、何か動くもの、空へ跳び上がるものを見た。茶と金の二色で、それがガリバーのてっぺんに到達する。一息ついて、出し抜けに恐竜の雄叫びが平原に響き渡った。
アルはびっくりして顔をしかめた。冗談抜きで心臓が止まりそうだったが、すかさず声の主を拝む。巨大なオブジェのように直立したままだったガリバーが、ここで初めて動き出した。ネオ・チャレンジャー基地の時と違って、足元から見上げるとガリバーは城のように大きい。アル達はどう対処すべきか分かっていたが、初めて動くところを見た連邦生徒会や風紀委員会はすっかり腰が引けてしまっていた。ヒナもこの状況では、ただ茫然と見上げるしかなかった。手元の機関銃や拳銃では蚊が刺すほどのダメージも通らない。
鉄の蟷螂みたいな角ばった頭が見下ろすと、拡声器が声を発した。「アル!ここまで私をコケにしたのはお前が初めてだぞ。見ろ!」
ガリバーの胸部に埋め込まれたDAレイが、紫の発光を強めていく。遂にエネルギーを溜め始めたのだ。
「この因縁のDA弾頭で、私は神秘──神の支配に終止符を打つ。世界は一度終わり、新しい世界が始まる。だがお前たちは、このRAXAの滅びた地で墓標となるんだ!」
ガリバーの巨大な足が持ち上がると、赤煉瓦の廃墟を難なく突き崩した。屋根が大きく吹っ飛んで、史跡はたちまち赤い小山になってしまう。後方から悲鳴が上がった。すでに満身創痍に近い職員たちがパニックになっている。戦車班や航空班はガリバーの起動を確認して動き出したが、溢れた人員たちの小銃では歯が立たない。ましてや神秘もまだ戻らないとなれば、なおさら恐ろしくてたまらないだろう。
アルもガリバーを相手にどう戦えばいいかなんて分からなかった。元々無反動砲一個で、火力に物を言わせれば何とかなると思っていたため、それ以上の策はない。今はただ事前の打ち合わせ通りにするしかなかった。神秘がないとか言ってられないわ。
「ハルカ、無反動砲を準備して」アルは指示した。
すぐにごてごてした無骨な筒を何とか持ち上げると、ムツキが弾を込めてやった。かなり大ぶりな弾だ。成形炸薬弾は高級だし、使用する武器もないから、こうして大盤振る舞いができるのは特別だった。装填が完了すると、ハルカが立ち上がって、ガリバーと向き合った。シャーレと連邦生徒会持ちとはいえ、弾を無駄にはできない。どこに当てるのが効果的か。ガリバーは草原に仁王立ちになっていた。
胸部のDAレイの発光が一層濃くなる。あれだ!DAレイが破壊されれば、神秘もまた戻ってくる。それに頭、腕、両足が集中している部位でもあるから、あそこがアキレス腱に違いない。
ゲッコウ、ハヤテ、レイ、見ててちょうだい。皆の仇は取る。
ハルカがトリガーを引き、大砲から炸薬弾を放った。威力に負けない射出音と、爆発みたいな排煙が頼もしく思える。弾はDAレイの中心に命中した。大きな爆発が起こり、ガリバーが咆える。だがDAレイは起動したままだった。破壊にはまだダメージが不十分だ。
背後から戦車班が主砲で応戦し始めた。ガリバーは無数の爆発に包まれて、繰り返し地面が揺れる。上半身はほとんど隠れたが、効き目が悪いのは確かだ。草原の土埃が波打ち立つと、あっという間に一両の戦車が蜂の巣にされた。慌てて中の生徒が逃げ出すと、ほどなくして戦車は炎上し爆発した。ガリバーのマシンガンが車輌たちを睨んでいる。
ハルカはこの隙に二発目を装填して、再びDAレイを狙って発射した。扱いに慣れてくると、一発目よりもずっと狙いが速く正確になる。胸部の紫の光で爆発が起こり、光の線がちょろちょろと漏れ出した。ガリバーは実際に痛みを感じているようだった。何千もの機械の唸りに似た声が響いて、巨体がよろめく。漏れ出ていた光は細くなり、すぐに見えなくなった。
三発目に手を伸ばした時、ガリバーの目代わりのマシンガンが見下ろす。拡声器が叫んだ。「便利屋68め、これで潰してやる!」廃墟の残骸を踏みにじっていた象みたいな足が上がると、アル達の真上に移動した。鉄の塊がこちらを踏み潰そうとする。周囲がすぐに暗くなると、アルは恐怖に打たれた。
無反動砲を抱える暇などなかった。その場に投げ捨てて身を投げ出すと、すぐ側で凄まじい衝撃が地面を揺らす。全員無事だったが、反撃手段が封じられてしまった。ガリバーは笑って、もう一本の足を地面に滑らせる。芝生がどんどん盛り上がって足が上がると、サッカーコートみたいな地面がひっくり返って降ってきた。戦車たちがたちまち土を被る。
ヒナは果敢にも突撃銃を足元にばらまいている。だが鉄壁の防御の前には全てはじかれてしまう。ガリバーが再び恐ろしい唸りを上げると、全員がその場で耐え凌ごうとした。
アルは自分の影がさらに大きな影に覆い隠されるのに気づいた。見上げると、ばかでかいプレス機みたいな足で地面にスタンプしようとしている。すぐにでも落ちてくるだろう。そしたら一巻の終わりだ!アルは素早く影から抜け出そうとしたが、追い覆いかぶさるように鉄の足が迫ってくる。脳裡にこれまでの記憶が一瞬ずつ映し出された。四人で行ったラーメン屋から始まる記憶の端切れたちだ。これが走馬灯か。すんなりと理解できると、アルは自然に目をつむった。
アルの後ろで、大柄な体躯の動く気配があった。金属の擦れる音。冷たい風圧が上からのしかかったが、いつまで経ってもアルを押しつぶそうとするものはない。
アルは恐る恐る振り返った。さっきまで地面に倒れていた黒い体が起き上がって、古代の彫刻みたいに両手でガリバーの足を持ち上げている。顔を覆っていた鉄は剥がれ落ちていた。かつて濃塩酸を被ったためにただれた皮膚の中で、満月のような瞳がこちらを見た。「これは任せろ」そういうと腕をまっすぐに上げて、さらに足を押し上げる。影の外にいたカヨコが目を丸くした。
上体の方で大きな爆発が起こると、ガリバーが痛みに叫び、足が上がってアルは狙いから外れる。アルは上空を見上げた。角ばった顔にミサイルが撃ち込まれてぱっと火に包まれると、稲妻みたいな速さで顔の側を抜ける影が見えた。宙を自在に旋回して怪獣へ近づくと、ほどなく黒煙が広がって顔面を覆い隠した。ガリバーは突然盲目になって、煙を払おうともがく。その隙に戦闘機の翼を付けた人物が、ふわりと地面に降り立つ。アルはこの二人を知っていた。
「オル、ソウ!」
「よう」上我オルが気さくに手を挙げた。「待たせたな。二度目の人生で初めて喋れるぞ。いいか──」
「派手に暴れたな」天独ソウが強引に割り入った。
「俺の台詞だぞ!言いたかったのに、ソウ!こいつめ」
アルは立ちあがった。かつて敵だった二人は長い夢から覚めたようで、もう自分に危害を加えるようには見えなかった。
「四人とも揃ってるみたいだな。相変わらず幸運な連中だ」オルが言った。
ムツキとハルカが走って来た。ハルカはオルを見て、先ほど自分が言ってしまった事を思い出したようだった。
「あっ……す、すみませんでした。先ほどは」
「ハルカ、さっきの説教が俺には良い薬になった。感謝するよ。レイが世話になったのも含めてな」
アルは言葉に迷ってしまった。「オル、妹さんは……」
「分かってる」オルは吹っ切れていた。「長く会わなかったのに、レイは今でも俺を、姉と慕ってくれていた。それなのに辛い時にそばにいてやれなかったばかりに、あんな奴に利用されて……だがアル達のおかげで、レイも少しは救われたと思う」どこか遠くを見ていた。
カヨコがソウを見た。「……ソウ、ゲッコウから伝言を預かってる」
「謝っていたことか」ソウが静かに言った。
「知ってるの?」
「声だけは聞こえていた。目の前でルナがアスに撃たれたのも分かった。私も何もしてやれなかった」
オルはレイの小さな体を見て、ソウの肩に手を置いた。ソウも振り返って、風紀委員会とヒナの姿を眺めた。見るだけで充分なのだろう。オルがそっと言った。「二人とも可哀想だ。俺たちなんかに構ったばかりに」
アルはスペクトルの二人の姿を見つめていた。長い回り道を経て、自分の答えを見つけ出したゲッコウ。報復心に焼かれても、最後まで姉を慕っていたレイ。二人の姿が目に浮かぶようだった。
アルはかつての敵に手を伸ばした。「二人とも……」だがオルがその手を止めた。
「後は俺たちに任せろ。同じ亡霊同士、あいつも連れて成仏しないとな」
「変なこと考えちゃ駄目だよ」ムツキが言った。「レイちゃんの事を考えてよ。オルちゃんのためにあいつに従ってたんだよ?」
「ああ──分かってるとも」それからオルはハルカに近づいて肩に触れた。「下がってろよ。格好いい所、見せてやるよ」
ガリバーはようやく視力が戻ると、オルとソウをてっぺんから見下した。おそらくエルトセプス・アスも同様だろう。ソウは感情を表に出さないが、口をきっと結んで見上げている。反対にオルは口を歪めて、馬鹿にしたような顔を作った。オアを除くスペクトル三人は、姿は違えどこうして再び集結した。
オルが口を開いた。「久しぶりだな、アス。戦場を見下ろしたがる癖は変わらずだが、大切なボスがいなくなってご乱心なのか?」
ガリバーの目から飛び出した銃口が、二人を睨んだ。「どうやら本当に目が覚めてしまったらしい。レイもいない以上、お前たちも処分するしかないな」
「おいおい同志よ!」オルはおどけて両手を挙げて、それから便利屋68ではなくソウに振り向いた。「あいつは誰なんだい?ロケット基地で懲りずに、今度はキヴォトスを占領しようというのか?それとも成仏し損ねたのか?誰だか知らないが、アスと違ってゴミいじりが得意みたいだ」
オルが虚栄心をついてトリガーを引かせようとしたのが、アルには分かった。そして狙いは、その通りになった。
「よしやがれ!」ガリバーの目が激しく点滅して、銃弾をまき散らす。オルは銃火がひらめく前に、ジェットエンジンをスタートさせて飛び上がった。ソウも重たい見た目にかかわらず、俊敏な動きでマシンガンの弾を躱した。科学の鎧の力はまだ残っていた。右腕の機銃でDAレイを連射して、ダメージを与えている。ガリバーはソウを狙ったが、溶けているとはいえ頑丈なパワードスーツが銃弾を撥ね返す。ソウに気を取られていると、宙を舞うオルの爆撃がDAレイに命中した。火花が散ったが、紫の光は強まる一方だ。
アルはこの隙に自分の狙撃銃を抱え上げた。DAレイを攻撃するには、今の位置ではほぼ垂直に構えないといけない。アルはずっしりした狙撃銃を持って、後方へ走った。ゲヘナ風紀委員会の動かない戦車に駆け寄ると、キャタピラーのカバーを銃の支えにして、ストックを肩に当てる。これで仰角に構えても、狙いやすく反動を制御しやすい。炸薬を込めた特製の銃弾を装填すると、スコープをのぞこうとしたがDAレイの光が強く、アルはスコープから目を逸らした。攻撃する部位を目視して、狙いを銃身と同調させる。素早くトリガーを引いた。肩に当たる反動が普段よりも倍近く強い。
この狙撃で、ガリバーのDAレイは深刻なダメージを追った。狙撃による爆発の後で、立て続けにDAレイのあちこちから小規模の破裂が起こる。不穏な色の光は勢いは落ちないが、それでも砲身のあちこちから光が漏れ出していた。
アルが銃弾を込め直した時、オルはガリバーの周りを翻弄するように飛び回っていた。何度もからぶる重い腕を避けようとした時、オルの動きが鈍った。頭を片手で押さえて、急な頭痛を患ったように見える。ガリバーの振り払う腕にぶつかると、防護服が火花を散らした。
「おっと、効いてきたか!」エルトセプスが嘲った。「DAは既に再活性化させた。さすがスペクトルだが、ここまでだな!」
オルは傷ついた鳥のように飛んでいたが、背負ったジェットエンジンから出火していた。あれでは、もう長く飛ぶことはできない。オルはジェットエンジンに手を伸ばすと、ガリバーの手の届かない距離まで離れた。
目だけでなく、肩上や脇下のマシンガンの弾幕が、オルに収束するように放たれる。オルは回避を続けて、仁王立ちする兵器の正面に向き合った。オルはDAレイに向かって、グレネードランチャーを構えて一直線に飛びこんだ。ガリバーは弾幕と両腕で、恐るべき砲兵器に攻撃が届かないよう防御する。空前の一騎打ちを前に、アルは息を呑んだ。
グレネードランチャーから放たれた擲弾は、腕の複合装甲を焦がすだけだった。黒煙を抜けたオルの目の前に、開かれた巨人の手が、食虫植物みたいに一口で握り潰そうと迫った。指の間をぎりぎりすり抜けると、オルは紫に光る地獄の口に進路を定めた。
次の瞬間、オルの体がジェットエンジンから分離して、落下した。ミサイルを積んだジェットエンジンは翼でバランスを取ったまま、DAレイの口の中へ吸い込まれていく。自由落下するオルの影は、ガリバーのあばらの辺りにあった。
途方もない紫色の閃光がDAレイを中心に走った。火球が黒い大口から膨張して、無数の光柱がまき散らされ、大砲は吹き飛んだ。黒煙が昇って、電流が流れる。紫色の光は、もう出ていなかった。
だがオルは大爆発に呑まれた。彼女は威力で飛ばされ、もがくこともしないまま地面に迫る。それを見たソウが飛んで、ぼろ人形のようなオルを受け止めた。DAが再活性化されたにも関わらず、なぜかソウは影響が薄かった。
アルは二人の下へ向かおうとして、体の異変に気付いた。まず感じたのは全身に力がみなぎってくる──逞しくなったことだった。ずっと体から奪われていた芯を支える気力が戻ってきて、自分本来のしぶとさが蘇ったようだ。こんなに体の調子が良く思えたのは、とても久しぶりだった。日頃当たり前になると忘れてしまう健常な肉体への感謝の念を、アルは強く抱いた。今なら体の全ての部分の力を存分に発揮できそうだ。
アルは元気横溢とした体で、狙撃銃を抱えてソウへ走り、オルの傍らに膝をついた。重傷を負っただけでなく、彼女にとって生命維持装置とも呼べるマスクが壊れている。呼吸が浅くなっていた。
「どうだ……調子は戻ったか?」
「どうしてそこまで。何かDAを解除できる方法はないの?」アルはソウに尋ねた。
「無理だ、解除すればすぐに死ぬ。私たちはDAの微妙なバランスで生命を維持できているんだ。解除も活性化も死に直結する」
「そんな」
ハルカが血相を変えて駆け寄ってきた。オルはもう自分が駄目だと理解している。「ずっと夢を見ていたようだった……ネオ・チャレンジャー基地で、お前たちに倒されてから。レイがたびたび目の前に現れては、俺はそれを見るばかり……だが最後に、レイは呪いを自ら断ち切った。また心を通わせられた……それで満足だ。ありがとう、便利屋68……今度こそお別れだ」
「しっかりしなさい!」
だがオルは最後の息を吐きだした。最後にその命を懸けて、私たちに活路を切り開いてくれた。彼女は妹の待つところへ逝ってしまった。
「労力をかけたERTCEPSもこんなものか。ところでお前は何故平気なんだ、ソウ?」エルトセプスがスピーカーを通して言った。最大の秘密が破壊されても、自立して機能している。まだまだガリバーは世界にとって危険な兵器だった。
アルは立ちあがった。湧き上がるのは純粋な力と生気、そしてエルトセプスの腸を何としても絞り上げてやりたいという怒りだった。
「いや、今はいい。こうなった以上、さっさと決着をつけてやる。さあ──死ね!」
一瞬のうちにアルは振り返って、狙撃銃を構えた。仲間たちも、全員が神秘を取り戻す。それを確認した先生は、シッテムの箱を起動した。