便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル 作:まーろう
日光を遮るほどの黄色い大気が、平坦な荒野の隅々まで満ちている。汚染された一帯を飛ぶ鳥はおらず、風が気まぐれに砂埃を巻き上げて宙に潮の流れのような模様を描いている。
人間の営みの痕跡は既に風化しており、生命の気配は辺りを見てもすっかり消失している。人の目がないことが、潜入する身にかえってありがたく思えた。
キヴォトスの中心から大きく離れたグラウンドゼロは、周囲を有刺鉄線で囲われており興味本位で近づく者たちを拒んでいた。体力に自信のある者がフェンスから内側に入れば、間もなく毒霧が侵入者を追い返すように充満している。この毒霧は中心から辺りへとめどなく湧き続けていて、航空写真でも内部の実情は全く不明である。ある悲惨な事件から生まれたグラウンドゼロは、迷信が迷信を呼んで禁足地として知られるようになり、今では近づこうとする者はいなかった。
霧の奥にぼんやりと見える明かりの下には、駐機した黒いヘリコプターが見える。機体側面には大きく”PMC”と書かれている。全長約十七メートル、幅は六メートル、両脇に武装は一切ない。少しでも重量を減らすためなのか、ヘリはあらゆる武装が取り外されていた。
ヘリ発着場から右手に少し離れると、PMCのロボット兵たちが使う緑色のテントが並んで設置されている。
グラウンドゼロの特異な環境はロボット兵にとって好都合だろう。毒の影響を受けない彼らは風紀委員会やヴァルキューレ警察学校の監視から逃れて、ここで勝手を働くことができる。PMCのロボット兵たちは天然の隠れ蓑を、駐屯地をまるまる覆い隠す天幕と監視を追い返す防波堤として利用していた。
ヘリコプターのコックピットに搭乗員が乗り込む。ローターが動き出すと、回転速度は急激に速まった。見張りの歩哨たちが邪魔にならないように後ずさりする。高く格子状に組まれた木製の見張り台から、いくつものライトが上を向くとヘリコプターに光の道標を教える。黒光りする機体はうるさい羽音を立てながらふわっと舞い上がると、光に沿って霧の向こうへと消えていく。機体下部にちらっと三十ミリ機関砲が地上を見下ろしているのが見えた。
一段と宙を舞う砂埃が増した。嫌な湿気を含んだ淀んだ空気は、絶えず首回りや足にまとわり続けている。これが終わったら、すぐにシャワーを浴びて汚れをこそぎ落とそうと固く決心した。それは汚れが気になる年頃の女子であり、さらに毒の影響を受けやすいキヴォトス人だからでもあった。
便利屋68の社長、陸八魔アルは防塵フィルターを備えたテントの一つに引き返した。ここは既に敵の領分であり、目立つ真似は避けなければならない。二重の幕をどけて中に入ると、すぐにガスマスクを外す。空気清浄機で除染された空気に思わず頬が緩んだ。
中で待機していた白髪の少女が機関銃と弾帯の手入れをしていた。顔を上げると、目を少し細めていたずらっぽい笑みを浮かべる。小柄な体格だが、背丈と変わらない大きさのボストンバッグを難なく担ぎ上げて走り回れるのは、キヴォトス人の神秘だろう。
便利屋68室長、浅黄ムツキが紫色の瞳を向けて問いかけた。「ヘリコプターは飛んでいった?この天気じゃ大した眺めは期待できそうにないね」
アルも椅子に座りながら応じた。「機体は北の方向に飛び去ったわ。やけに数が多いわね」
「依頼主ちゃんの情報はばっちり当たってたね。それとも情報提供者って呼んだ方が良いかな」
「呼び方なんてどっちでも良いわ。これもきっとあいつが絡んでいるに違いないし、一刻も早く見つけないと」
「まーまー落ち着いて。肩の力を抜いてリラックスだよ。カヨコちゃんも偵察してくれてるし、見張りに見つかったら逃げられちゃうかもしれないよ」
アルは肩にかけた狙撃銃を下ろすと、緊張した面持ちになった。「そうはいっても、ここにあいつがいると思うと落ち着かないのよ」
「三カ月ぶりだからね。久々の再開になるわけだし」
「ムツキはよく平気でいられるわね……」
ムツキは「クフフ」と短く笑った。「今日は私たちがいたずらする番だから楽しみなんだよね。今まで散々してやられてきたし」
アルは問い返した。「三ヶ月前のこと?」
「その前の事も含めてだよ」
ここで二人は口をつぐんだ。テントの外から二つの足音が近づいてくる。足音は入口前で止むと、幕が三回叩かれてから開いた。すぐにガスマスクをつけた人物が二人入ってくると、後から入った方が素早く幕を閉じる。ここに来るまでにも尾行がいないか、慎重に確認してきたに違いない。
先に入ってきた方のバンドのロゴが描かれたパーカーは瘦身なシルエットをある程度隠していた。短いスカートの下から一本の細い羽根が顔を出して、後頭部から生えた一対の角が悪魔のような印象を持たせている。マスクを外すと冷静沈着な小顔や整った目鼻立ち。目つきが怖いと恐れる相手は多いが、アルはそのように考えたことはなかった。
後ろで控えているのは紫色に統一された制服を纏った少女だった。一見振る舞いには自信が見えず臆病そうだが、いざ荒事になると一番に駆け出す肉体派。愛用の散弾銃を両手で持ち、偵察中の護衛に付き添っていた彼女は四人しかいない便利屋で最年少だった。
便利屋68課長の鬼方カヨコ、平社員の伊草ハルカは、例によってマスクを外すと新鮮な空気を肺一杯に深く吸い込んだ。それが済むとカヨコは淡々と事務報告を始めた。
「残った見張りは車で移動した。この辺りにはほとんど誰もいなくなったよ」
報告を聞いたムツキがヒューと口を鳴らした。背もたれに寄りかかってカヨコに眼差しを向ける。「さすがカヨコちゃん。抜かりないね」
カヨコは調子を崩さないムツキを横目で見たが、すぐにアルへ向き直った。「車両も人員も皆カイザーPMCだった。でもあいつは見つからない」
「きっと中心にいる」アルは短い間に推理してみせた。「ヘリも北へ向かった。やはり中心に集結しているわ。そこへ向かいましょう」
アルが立ち上がると、全員がマスクを再び装着した。この悪環境ではこれがないと無事には済まない。視界は悪くなるが文句は言えなかった。偵察に来た風紀委員の一人が、ふと気が緩んで手を消毒せずに目をこすった結果、すぐに病院送りになったという話は、気を引き締めるには充分効果があった。アルが外に出ると三人もそれに続いた。最後尾のムツキはバッグを肩にかけると、最後にテントの中を一瞥した。地べたに簀巻きにされたロボット兵が二人転がっている。ここに入った時に便利屋が縛り上げていたのだった。
「じゃあね、お邪魔しました!」ムツキは言い残すと、笑みを向けて幕を丁寧に閉じた。見えなくなるまで二人は芋虫みたいに体を揺らし続けていた。
その日は一日天気が崩れる心配はないらしく、便利屋68は日差しを遮るものがない中をヘリが飛び去った中心へ向かっていた。
この静かな決戦に四人が選んだ装備は、それぞれが手に馴染みのあるいつもの武器だけだった。アルは愛用の狙撃銃を肩にかけて、石と砂利のでこぼこした道に足を取られないように歩いている。四人は事務所で荷造りをしながら簡単な打ち合わせを済ませて、これから楽しく熱くなるだろう同窓会場へ向かっていた。敵の懐へ飛び込むような真似は散々してきたし、質の荒い衛星写真を眺めて練り上げた作戦はムツキが”この手に限る”と呼ぶものだった。
テントの間を抜けると、地面を伝ってくるトラックの駆動音を察知した。足を止めて音を探り、霧の向こうに車両の影を見つけたカヨコの合図で全員が身をかがめると、随伴するロボット兵の歩くスピードに合わせるようにのろいトラックの影が近づいてくる。この視界不良なら目立つ事をしなければ、見つかることはないだろう。トラックは目の前を右へ横切ろうとするところで、運転手と随伴兵の会話が聞こえてきた。
「今の仕事はいつ終わるんだ?こんな埃まみれの場所はもううんざりだよ」
「ボスが来たから、もうすぐここも用済みだろう。毒霧に覆われた墓地なんて、俺もさっさとおさらばしたいけどな。ぞっとするよ」
ロボット兵が通り過ぎると、アルはぱっと立ち上がって荷台の後ろへ走り飛び乗った。ムツキたちも合わせて乗車すると、荷物にかかった幌の影に収まる。このまま運んでもらうのも良いわね。アルたちは運転席の近くに一つの大荷物のようにかたまると、再び話に耳を傾けた。
「フェンスの向こうにいる風紀委員会はずっと近づいて来ないな」
「あれは近づけないんだよ。どうもこの毒霧がキヴォトス人に極めて有害らしい。おかげで俺達もこの職にありつけたのさ。ボスには感謝しないとな」
「そのボスもキヴォトス人だろう。なぜ何の防具もなしに平気なんだろう?もしかしたら同じように誰か入り込んでいる可能性も……」
「まさか!いかれた自殺志願者なんているまいよ」
「実際フェンスの近くでは何人も見つかってるって話だぞ。全く気味が悪い。地獄じゃ整理券でも配る頃だろうな」
二人はどっと笑うと、やがて他愛もない話は互いの戦場での武勇伝へと移り、アルは注意深く聞くのをやめた。
ムツキが小さくつぶやいた。「話にあったボスって、やっぱり……」
カヨコが短く返事をした。「下尊アスだ」
「やっぱりそっか。じゃ改めてあいつにどんなひどいことをされたか振り返ってみようか。三ヶ月前私たちはある一通のメールがきっかけである場所に向かった。昔の友達ゲッコウちゃんからSOSが来て、私たちはその救出に向かったんだよね」
アルとハルカは無言で頷いたが、カヨコは少し怪訝な表情になった。これまでの経緯なら身に染みて知っていると言いたいのだろう。しかしムツキは運んでもらう間の時間つぶしにぴったりだと思っているようだった。
「そこはヘルメットライダー団のアジトだった。リーダーのハヤテちゃんが仕切っていた半グレみたいな集団だったね。私たちはハヤテちゃんが犯人だと思って倒した。それなのに……」
アルが後を続けた。「救出任務は囮だった。海上要塞を作り世界征服を目論むブラックスターは私たちを利用して、ヘルメットライダー団を倒させた。そしてカヨコを攫って私達をビルごと沈めた。あいつらは殺人兵器”
「その通り」ムツキが苦々しい顔をした。「私たちはカヨコちゃんを取り返すためにディスクの片割れを死守して、実際に取り返した。リーダーのブラックリスタはアルちゃんをひどくいじめたけど、そいつも海上要塞と運命を共にしたね。でもあろうことか、元スペクトルの下尊アスはディスクを手に入れるためにブラックスターを騙して利用していた。カヨコちゃんと危険なディスクを餌にして、私たちがブラックスターを倒すよう仕向けさせた。今思えば、まんまと乗せられて一杯食わされたわけだ」
「そうよ」
「事の真相を知った私たちはひどく腹を立てた。でも同時に疑問も持った。アスの狙いも世界征服ならブラックスターと組めば易々達成できたんじゃないかってね。でもアスには別の狙いがあった。それも……」
「アスはスペクトルでもブラックスターでもない、ERTCEPSという人物と組んでいた。それも神秘を破壊する殺人兵器DAの開発者と」
荷台は静まり返った。ムツキの話をカヨコが雑にまとめて終わらせたためだった。ムツキは頬を膨らませて、抗議の顔を作った。
真相が明らかになったのは、ディスクの中身を読み込んだパソコンを回収して以降のことだった。壊れたパソコンのデータはほとんど破損していたが、それでもゲッコウがいくらか復元してくれたところで、ERTCEPSの名を知ることになった。
アスは行方不明。シャーレへの通報で指名手配となるが、監視網に全く引っかからなかった。
ところが先日になって情報提供者が現れた。提供者である常闇ゲンゲツは、連邦生徒会防衛室の副室長に就く人物だ。彼女は以前にもPMC離反兵による暴動の鎮圧依頼を受けたことで顔見知りになっており、グラウンドゼロにアスが現れたという情報を提供してくれただけでなく、ガスマスクといった物資を横流ししてくれたのも彼女だった。
ここがただの駐屯地でないことは明らかだった。アスが絡んでいるとなれば、当然風紀委員会にこの仕事を回すわけにはいかない。アスには個人的にも大義的にも因縁があった。亡霊の残党──彼女が姿を晒したのは些細な間違いか、それとも?もちろんアルはこの人物の思考は知っていたし、あえて罠に飛び込むことにした。これはまたとないチャンスだ。
「アスは上手い人選をしたね」カヨコが言った。「毒の影響を受けないし、砂埃でも視界が効くロボット兵を使ってる。社長、ここには間違いなく何かがあるよ」
「ここって風紀委員会が封鎖して管理してたんでしょ?風紀委員会の子なら何か知ってるかな」
「知っていたとしても、私たちに教えてくれるとは限らないけどね」
ここまで静かについてきてたハルカは、何とかして力になりたい一心だった。ショットガンを握りしめると勇気を振り絞って、敬愛する社長の方を見た。
「あ、あの……敵を尋問してきましょうか。手始めに近くの二人を締め上げて、死んでも情報を吐き尽くさせます」
アルはハルカの提案に、口元に笑みを作って返した。ゲンゲツの身としては荒事を避けてほしかっただろうが、絶対禁止だとは言われてないし、アルたちは敵に察知させずに済ます術をいくらも持っていた。
駆動音がスローモーションにしたように重苦しい音になると、アルは荷台を降りて随伴兵が近づいてくるのを待った。トラックが停車したのはやはり緑色のテントの隣で、荷台側から見える位置に敵はいない。カヨコとハルカは荷台後方に体を寄せて、二つの足音が近づいてくるのを肉食獣のように待った。運転席のドアがバタンと閉じると、油断しきった気配が近づいてきた。
合図はなかったが、二人の手は同時に敵を捕らえた。カヨコは敵の前に手を伸ばして自動小銃を掴むと、敵の首元へ当てて拘束した。ハルカは敵の自動小銃を正面から引っ張ると、敵の体ごと振り回して荷台壁へ顔面を叩きつけた。鈍い金属音がして車体を揺らすと、荷台に乗ったままのムツキは動かなくなったロボット兵を奥へ引き込み隠す。カヨコに拘束された敵は少し暴れたが、銃を突きつけるとしゅんとして両手を上げて降参した。
「あなたたちのボスはここで何をしているの。ここには何があるのかしら?」
「し、知らないんだ。ヘリを呼んで何かを回収しようとしている。かなり大がかりだ。それ以上は何も知らない」
霧の向こうから人影が数人見え始めると、カヨコはそれ以上待たなかった。ロボット兵が動かなくなるまで、回路が集まっている首を強く締め上げると、そいつも雑に荷台の奥へ放り込む。それから急いで車体とテントの間に身を隠した。三人の人影は一列になって、アルたちのすぐわきのテントの中へ入っていく。前後の二人はロボット兵。挟まれて、後ろで手錠をかけられたヘルメットを被った女学生が、ふらふらとテントへ連れられていく。よれた紺のジャケットに赤の腕章は、彼女が風紀委員会所属であることを示していた。後尾のロボット兵がテントに入ると、アルたちは入口から慎重に中を覗く。ランプが中央に吊るされたテントの中央で、風紀委員は抵抗できずに横たわっていた。体をくねらせて逃げようともがく様をひとしきり見下ろしていると、いきなりロボット兵の一人が背中に鋭い蹴りを見舞った。
「この野郎」
まったく文脈を無視した暴力に、アルはひどく驚いた。哀れな娘が短く叫ぶと、ロボット兵はヘルメットに手を伸ばした。
「そんなに名誉の自殺をしたいなら──まずは兜を脱がなきゃな」
風紀委員は首を必死に振って拒否するが、機械の手はヘルメットのバイザーに迫る。アルは風紀委員の運命を、いち早く察知した。おそらくあのヘルメットはガスマスクの機能も持っていて、それを被っているから彼女もここまで無事だったのだ。しかしヘルメットを奪われて、外に長時間放置されたりして空気を吸い込めば、毒素は体を容赦なく蝕んでいくだろう。すぐに激痛が全身を襲い、加熱される海老のようにのたうち回り、やがて呼吸が止まる。そしたら抜け殻になってしまった彼女はどうなる?多分道端へ捨てられるだろう。行き倒れた自殺志願者に他からは見られるはずだ。そんな彼女の行く末を、アルは心の中で案じた。
機械の手がバイザーに触れる。哀願する風紀委員の声は必死になっていた。アルには無表情のロボット兵がにやりとしているのが分かった。そしてバイザー越しの顔が恐怖に引きつっているのもよく分かった。
「いや、そうはいかないわよ」
アルはロボット兵の前にぱっと姿を現すと、驚いて茫然とする一人──立ったまま銃を構えていた方の腹に狙撃銃を槍のように突き出した。折れた上体にすぐさま回し蹴りを食わすと、もう一人はヘルメットを掴む手を引っ込めて銃に伸ばしたが、一飛びで中へ入ったハルカの膝蹴りが顔面をぶち割った。
からくり仕掛けの体が壊れたように続けて倒れる。その音に風紀委員は驚いて震えていた。
「お願い、助けて……」
なんだか聞き覚えのある声ね?アルは彼女を起こして座らせようとして、不意にどこかであったような感覚を覚えた。左腕を持ち上げて、ひとしきり格好を見回す。間違いなく風紀委員会の生徒だった。便利屋68と風紀委員会は、お世辞にも仲が良いとは言えない。あのまま見捨てては夢見が悪いから助けたが、逃したところで彼女が仲間に告げ口をする可能性もある。どうやって口止めをしようか?アルがどうすべきか悩んでいると、手錠が外れて自由になった彼女は、死の淵に立ったことからすっかり参っているようだった。ぐったりと頭を垂れて、自力で顔を上げる気力もなくなっていた。
「大丈夫?悪いけど、私たちはあなたの完全な仲間じゃないの。このキャンプサイトについて知っている事を教えてくれたら、私たちの事を喋らないという条件付きで逃してあげてもいいわ」
できるだけ追い詰めないよう柔らかい声色で尋ねると、彼女ははっとした様子でこちらを見た。
「アル社長!まさかここで会えるなんて」
すぐさまバイザーを開くと、澄んだ水色の目が懐かしそうにのぞく。続いてヘルメットを脱ぐと、抑えられた銀髪がはねて昔と変わらず柔らかな印象を与える顔がでてきた。
「大隅ゲッコウ!あなた、一体なんだってこんな場所に来てるのよ!」
アルはこの偶然の再開にひどく驚くと、笑顔で手を差し伸べる。この風紀委員とは、九ヶ月前のネオ・チャレンジャー基地占拠事件で共に危険を潜り抜けた仲だった。最後に会ったのは事件のすぐあとで、彼女は風紀委員会に入ったため立場の問題から直接会うことはなかったが、それでも電子メールで近況報告といったやり取りをする仲だった。
「突然招集が入ったんだよ。あれよあれよという間に駆り出されて、とうとうトリニティが攻め込んできたのかと思ったら、ここの監視任務に配置されたんだ。風紀委員会から不法占拠の実態調査をしてこいって言われて、こんなお面と鉄砲を持って潜入することになったんだ。でも捕まっちゃって。それからあの二人に連れられて、いよいよ最期かと思ったら皆が助けてくれたんだ。さあ、今度はそっちの番だね」ゲッコウはヘルメットを被り直すと、アルの話を待った。
「悪いけど、私たちからあなたに話せることは限られてるの。それに私たちと一緒にいるのを見られたら、あなたの上司はさぞご立腹になるわよ」
「なら風紀委員としての私は一旦休暇を取るよ。大隅ゲッコウは、今からは便利屋68臨時社員に復職致します。これでも話せないことなの?」
「クフフ、ゲッコウちゃんってば、久々に一緒に仕事をしたいのはお互い様だよ」
ムツキは腕章を外すゲッコウに笑顔を向ける。
「ただこっちはかなり危険な仕事だし、敵もブラックマーケットなんて歯牙にもかけないような連中だよ。さっきの幸運も次があるかは分からないけど大丈夫?」
「その点なら心配いらないよ。どうせ一人でいても他の風紀委員は助けに来てくれないし、皆の近くにいた方が安全だろうからね」
ゲッコウは肩をすくめると、期待を込めた眼差しでアルを見た。アルはこの抜け目ない少女に感心した。彼女は助けられたついでに匿って貰う腹積もりだ!「それにまた窮地に陥ることがあっても、皆なら助けてくれるでしょ?」と言わんばかりの態度に、カヨコではないがため息をつきそうになる。しかしこのまま一人にするのが忍びないのも事実だった。
「分かったわ。なら行きましょう」
アルは仕方なくとんだお荷物を引き受けた。後ろからカヨコがため息をつくのが聞こえた気がした。