便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル 作:まーろう
「不知火カヤと常闇ゲンゲツが参りました」
「どうぞ」
カヤがドアを開いて中に入ると、後から続いたゲンゲツがドアを閉めた。連邦生徒会の会議室はコの字に置かれた長机に椅子が並んだ簡素な部屋だった。清潔な白で包まれた部屋では、人が入っていれば嫌でも目につく。ゲンゲツは既に席に着いた面子を見て胃が重くなった。
右の机には半日ぶりに再会した便利屋68が全員着席していた。埃まみれなところから、ほとんど休む間もなく会議室に招集されたのだなと推察する。加えて一人、風紀委員会の制服を着た人物も並んで座っていた。便利屋68の資料で見た顔だった。正面の机にはゲンゲツが絶対に逆らえない人物が鎮座していた。黒いストレートヘアーに青いインナーカラー。そこに生真面目さの象徴ともいえる眼鏡をかけた連邦生徒会主席行政官、七神リンは手元の書類を読んでいる最中だった。
「こんにちはゲンゲツさん」
「こんにちは」
しーんと静まり返った会議室には、それぞれの静かな呼吸音ばかり。ゲンゲツが固まっている間にカヤは左の机一番奥に陣取った。リンに近い席だった。向かい合う右の机の席も空いていた。アルの右側の席だった。
「あなたはこちらへどうぞ」リンは資料から目を上げようともせず、左手でアルの隣を示した。
ゲンゲツが黙って言う通りの席に向かうのを、アルは横目で見守った。拒否権はない。あなたはこの問題児たちと同列だというメッセージだ。アルは自分のしでかしたことで、ゲンゲツが責められるのは良く思わなかった。右の机に座った五人の後ろを通る間、ゲンゲツは全員と入れ替わりで目が合っていただろう。ここに来るまでに便利屋は詰問を受けていた。隠し立てする事はなかった。マスクが見つかった事でゲンゲツとの繋がりはバレてしまっていたし、ゲンゲツがこの場に呼ばれるなら正直に答えるべきだと思った。他の四人もおおむねそう考えていたようで、いくらかの質問があった後で会議室に集められた。最後にアルの眼を一瞥すると、ゲンゲツは静かに席に着いた。
リンはまだ資料から目を上げなかった。向かい合うカヤも感情が読めない。こんな状況でも細目で微笑を崩さない。ゲンゲツのこの後の展開を予測して、くじけないで頑張ってくれと無言の同情と応援をしているみたいだった。
「ゲンゲツさん。あなたは以前にも武器工場爆破に関与したPMC兵の鎮圧のために彼女たちを使いましたね」
「その通りです」
「その時の報告書で、あなたは便利屋68は優秀な会社だと評価していた。今もそう思いますか?」
リンの声は事務的で冷ややかだった。アルは良い気持ちではなかった。提出された報告書に対する疑問があるなら、わざわざ聞かず直接言えばいいのに。
「そう思っております」ゲンゲツはアルの方を見なかった。
「ところがそうとも言えないみたいですよ。先ほど緊急の調査と事情聴取が終わって暫定資料が出来上がったところです。見てみなさい」リンは紙三枚の資料を滑らせてゲンゲツに渡してきた。やはり顔は上げなかった。
「連邦生徒会内で極秘情報として扱っていた下尊アスは空爆に乗じて逃げました。ええ、行方はすっかりくらましていますよ。各調査員に通達してキヴォトス中の交通要所を見張らせていますが、まだ監視網にはかかっていません。狙われていると分かった以上、当分は地下に潜るというのが当然の心理でしょうね」
テーブルを囲む面々から声はなかった。アルは険しい顔で口を一文字につぐんだ。アスを取り逃がした責任はお前たちにあると指差しで非難されているのと変わらない。だが事実だった。甘んじて受け入れるしかないのが歯がゆかった。
「同時に──」リンはここでようやく、自分の軽いジャブの効果を確認するためなのか顔をあげて言葉を続けた。相手の精神的なダメージを図って、次に話すことを決めているに違いない。「現場から持ち去られたものについても、重大な事実が発覚しました。アスがわざわざグラウンドゼロに赴いたのは、かつてのネオ・チャレンジャー号に搭載されていたDA弾頭を回収するためだったそうですよ。ええ──現場にいた彼女たちから聞きました。ならば結果として、指名手配犯に危険な兵器を奪われた挙句逃げられたという事になりますが、結果についてどうお考えですか」
「リン行政官」
「どうお考えですか」リンは語気を強めて繰り返した。ゲンゲツは気圧されたが言葉を選んで返した。
「私が以前提出した評価と変わりません。彼女たちは変わらず優秀ですが、ただアスは一筋縄ではいかない相手で──」
「一筋縄でいかない相手にたった四人送り込むだけで解決できると考えたのですか」ゲンゲツは何か言おうとしたが、被せられたリンの声に飲まれて言葉を切った。「グラウンドゼロにはアス以外にもPMC離反兵がキャンプサイトを建設していました。四方を囲んで一斉検挙することで、アスだけでなく離反兵に関する情報も手に入れる算段でした。ところが便利屋68はアスを逃がしただけでなく、離反兵に関する情報を一つも持ち帰らなかった。後は分かるでしょう。残されていたかもしれない足取りや証拠は全て火の海。一斉検挙の計画も水泡に帰しました」
「今回の目的はアスを捕らえる事でした。PMC離反兵に関しては──」
「事前に計画があったなら報告するのが筋でしょう。私は何も聞いていません。どちらが仕事の責任者ですか」リンは鋭い視線をアルとゲンゲツの間に向けた。
急に話の矛先が向いてアルはまごついた。ゲンゲツはあくまで情報提供者であって依頼主ではない。だから全責任は社長の自分にある。
アルが口を開くより先に、ゲンゲツは淡々とリンに返した。「私が責任者です」
リンの顔に怒りの色が浮かんだ。「現場でガスマスクが四つ見つかっています。連邦生徒会の備品でした。あなたが──」
「私が彼女たちに貸し出しました。マスクなしでは近寄れない場所だったので」
「備品の横流しに他なりません」
「ではマスクなしで行けというのですか」
「そういう話じゃありません。マスクに限らず極秘情報の共有が必要か否か、こちらが判断することです」
「情報が上がったのは昨晩でした。あなたの判断を受けて動きだすまで待ってるお人好しな相手じゃない事は分かっているはずでは」
「今しがたの報告の方が寝耳に水です」
「事態は急を要していました。いちいちあなたの判断を待ってられません。ご不満ですか」
「機密保持の重要性を理解できてないなら、連邦生徒会職員として失格ですよ」
アルは二人のやり取りに割って入れなかった。ゲンゲツは既に席から腰を浮かしている。ハルカとゲッコウがおろおろしているのを横目で見ると、ゲッコウを連れてきたのはまずかったとアルは思った。彼女からすれば偶然にも現場で合流して、気が付いたら共犯としてここまで引っ張られてきたにすぎない。性格的にも目の前のやり取りは聞くに堪えないだろう。かわいそうなことをしたとアルは内心反省した。
「行政官、今重要なのはアスの行方です。離反兵は今もキヴォトス中で片端から検挙しているので情報はいずれ集まります。彼女が独断で動いた事は室長として私が責任を負いますので、どうかこの場は……」
「ほかにどんな場があるんですか、カヤ防衛室長」
見かねたカヤが火消しにかかろうとしたが、返って油を注ぐだけだった。カヤは口をへの字に曲げると、背もたれに気持ち小さく収まる。今しがたの発言で自分に目線をやった者への、自分はただの置物だという主張だった。
リンは再びゲンゲツへと目をやった。「それでこれからどうするつもりですか」
ゲンゲツも負けじと返した。「アスの捜査は続行します。便利屋68は二度アスと関わり合った経験の豊富な集団です。彼女たちの協力は不可欠です。一度も直接会ったことがない我々だけでは、対応にも限界があります」
「聞き捨てなりませんね。今のは連邦生徒会を軽く見た発言に他ならない」
「事実をそのままお伝えしただけです。会長が失踪してからの、連邦生徒会の影響力がどの程度なのかあなたも分かっているはずです」
「シャーレに協力を要請しています。私も後で先生と話し合う予定です」
「吞気すぎます。シャーレには他の業務も大量にあるんです。そうやってシャーレだけに頼っていては、迅速な対応は困難になります。SRTだってもう閉鎖されて、その皺寄せが他の職員にいってるんですよ!」
「その名前をここで出さないでください」
「彼女たちと協力すべきです。因縁があって独自に調査をし続けている彼女たちなら、我々が干渉しない間にアスと再び接触するかもしれません」
「連邦生徒会には連邦生徒会のやり方があります。彼女たちはゲヘナでは指名手配犯です。表立って手を取り合えるわけがないでしょう」
「ならば裏で協力すれば良いのでは?我々だけでは、いずれアスを見逃すことになったはずです。情報を迅速に共有したから、彼女たちはアスと三度接触できました」
「で、その結果がこれですか!」リンは資料を掴みあげると、勢いよく立ち上がった。
会議室は一気に静まり返った。アルや便利屋の三人、ゲッコウもカヤもリンを見上げていた。
ゲンゲツは反論の余地がない一言を出されて、言葉を失っていた。リンと向かい合っていたので顔は見えなかったが、固く握られた拳がわなわなと震えているのをアルは見た。
リンは気まずい空気を感じたものの、この場を設けた長として総括を述べ始めた。
「……アスとPMC離反兵の一部は既に協力関係にあるとみて間違いありません。それにDAが加わったとなれば、ひとまずの狙いは身を守るための戦力増強と解釈できます。ゲンゲツ、あなたは便利屋68を高く買っているかもしれませんが、今回の結果はただアスに自信を与えたに過ぎません。当面はまた彼女の足取りを追う事にしましょう」
リンは目の前の机に広げた資料をかき集めて束ねると、最後にゲンゲツへ厳しい鋭い視線を向けた。
「さて、失礼しますよ。ゲヘナ学園の議長さんに”あなたの領分での事故はこちらのミスだった”と報告をしにいかなくてはいけませんからね」
それ以上の言葉はなかった。便利屋の背後を通り過ぎてドアに向かうと、すぐにドアは閉まった。
会議室には七人だけが残されていた。椅子から立ったままのゲンゲツ、ようやく最初のように座り直したカヤ、動けないままの便利屋とゲッコウ。しばらくは誰も言葉どころか音を立てることも憚られた。
アルは立ったまま動かないゲンゲツにかける言葉が見つからなかった。元はと言えば自分たちがアスを取り逃がさなければ良かった話だ。夜中の密会で私的な闘いと言ったことを思い出す。結局はその私的な闘いに彼女を巻き込んで、そればかりか行政上の責任を負わせることになってしまった。彼女の身分調書に汚点が残る。社長としてこれほど不甲斐なさを感じた事はなかった。
さすがのムツキもこの時ばかりは押し黙っていた。まだ自分が口を開く時ではないと分かっているようだった。
沈黙した湖面に投げ込まれたのは、背もたれがゆっくりと軋む音だった。アルが音の方に顔をやると、向かいに座っていたカヤは顎の下で両手を組んでいた。肘を机で支えると、静かに言葉を投げかけた。
「大丈夫ですか?」
「そうでもないです」そっけなくはあるがゲンゲツの返事は意外にも早かった。
「あなたなりの考えがあっての行動だったことはよく分かりますよ。しかし連邦生徒会は立派な組織です。そして生徒会長が不在とはいえ、実質権限はリン主席行政官に移行しています。トップが変わらない限り、私たちは足並みを揃えて動くしかできないんです」
そんなことくらいゲンゲツはとっくに織り込み済みのはずだ。でなければ防衛室副室長として働いていない。アルは心の中でつぶやいた。
どうやらカヤなりの仲裁のようだったが、微妙な空気が漂い出した。カヤは狙っていた効果が出なかったと見て取ると、仕事が溜まっている事を口実にそそくさと逃げるように会議室から出て行った。ドアを閉める直前まで、カヨコはしらけた目をカヤへ向けていた。
ドアが閉まると、会議室には便利屋68の関係者だけが残った。外の足音が遠ざかって聞こえなくなる。
ゲンゲツはようやく椅子に深く座り込むと、背もたれにありったけの体重をかけてため息をついてからつぶやいた。「冷静さを失わないようにしたのだけど見苦しかったね。すまないと思ってる」
アルは驚きを押さえて、小声で返した。「そんなことなかったと思うけれど……」
「いや、皆の表情から何となく察したよ。黙って縮こまってるのが嫌いなたちなんだ」
最後までゲンゲツに気を使わせてしまったらしい。少しもこちらを責めてこない。彼女はアルと同学年だが精神は大人と謙遜なかった。
アルはゲンゲツに頭を下げた。「ごめんなさい。私たちのせいで……」
「君たちが謝ることじゃない。空爆なんて誰も予想できないし、こういう日もあると受け入れるしかないさ」
こういう日もある。オペラハウスでの依頼が惨めな結果で終わった時にも同じ言葉を先生から聞いた。今こうして自分に向けて言われると、なんだか気持ちが楽になったような気がした。
アルの後にも謝罪とささやかなフォローのやり取りが続く内に、会議室には徐々に活気が戻り始めた。失敗しても成功で上書きすれば良い。振り出しに逆戻りだが、アスの行方を追うところから始めようという意見にまとまった。
「さて、グラウンドゼロはアウトローらしい働きで終わったけど、君たちが見たものは他にある?手がかりになりそうなものは?」
全員が記憶の断片を辿っていると、突然ムツキが何か気づいたようにゲンゲツに言った。「ゲンゲツちゃん。ペンと紙貸してくれる?」
ゲンゲツが言われた通りにペンと、先ほどリンから貰った資料の一枚をくれてやると、ムツキは白紙に迷いなくペンを走らせ始めた。
「一四五センチ、痩身、髪は白、紅い目は右がやや濃い、BWHはだいたい七五、五十、七五、肩甲骨の辺りからトリニティ生みたいな小さい翼」
注文を復唱するように身体的特徴をつらつらと並べ立てている内に、ムツキは紙に大まかな特徴を捉えた似顔絵を書き上げた。あの僅かな時間の内に自分たちに手を貸してくれた彼女の顔を、脳裡のカメラで収めたのだろう。アルもムツキの人間観察力にすっかり舌を巻いた。
ムツキは書き終えた人相を摘まみ上げると、ゲンゲツに向けた。「誰?」
ゲンゲツは人相をじっと見つめると、難しい顔になった。ゲンゲツの頭の中では、膨大な人相資料を収めた本棚の中から特徴が合致する資料を取り出しては照合を繰り返しているに違いない。あいつか?いや、違う。そうだ、覚えがあるぞ。確かこの辺りにしまってあるはずだ。アルは目線を動かさずに硬直しているゲンゲツが、正体不明の彼女に関して一度でも触れてくれている事を願った。
時間にして十秒。ゲンゲツが体を少し揺らすと、固く結ばれていた唇が二つに割れた。
「大雑把な似顔絵だけど──おそらく、上永レイ。トリニティにルーツを持つ生徒、でもトリニティ総合学園には在籍していない。機械工学と医学に精通。特定の学校に依らず、各地を渡り歩いていた。いかれた女だったからね。半月以上前にPMC離反兵による飛行機墜落事件に巻き込まれて行方不明、調書では死亡となっている」
どういうことだ?既に死んでいるなら、自分たちがグラウンドゼロで見た彼女は何だったんだ?亡霊か。しかし化けて出てこられるような恨みを買った覚えはない。そもそも初対面だったのだ。
「生きてるよ」カヨコが言った。
「……何?」
「グラウンドゼロにレイがいた。彼女に助けられた」
ゲンゲツは訝しげにカヨコを見た。続いてアル、それからムツキとハルカとゲッコウを見た。まだ耳に聞こえたことが信じられないといった様子だ。やがてゲンゲツは何か言う事を思いついたようで、おずおずと口を開いた。
「でも彼女は飛行機の墜落に巻き込まれて死んでるんだぞ」
「どうかな。死人が車の鍵を渡して逃走ほう助をしてくれたとは考えにくいと思うけど」カヨコは既に矛盾の仕掛けに気づいたみたいだった。
ゲンゲツはまた考え込んだ。アルも考えたが、化けて現れたという答えは却下だった。夢に出てくるかもしれない。すぐに目が大きく開くと、ゲンゲツは深刻な顔で額に手をやった。
PMC離反兵、飛行機墜落事件、行方不明の後に死亡、そしてグラウンドゼロで見た女。
確信を持った表情のカヨコを見て、アルもどういうことか合点がいった。
「なんてこった。そういうことだったのか」
「おそらく飛行機墜落事件は偽装。本命はレイを攫って行方をくらませることだったのかも」
「さ、さすがです。カヨコ課長」ハルカが相槌を打った。
「そして裏にはアスがいるに違いないね」ムツキが口を挟んだ。「じゃなきゃ、わざわざこの子も毒霧地帯になんて現れないよ」
「だが」ゲンゲツは首を傾げた。「グラウンドゼロは空爆された。飛行機墜落とは規模が違うし、さすがに今度ばかりは……」
「空爆の直前まで離反兵は大勢残っていた。となれば空爆の被害を躱す手段があったんだよ。どこかで生き延びているに違いない」
「アスは理由は分からないけどもレイが必要だった。だから事件のどさくさに紛れて彼女を攫ったということね」
アルは考察した。レイの件はほとんど確定だろう。これまで離反兵が関係していた事件は、それぞれ関係のない別部隊によるものではなかったのか?今までの事件・事故でも連邦生徒会が死亡と見なした人物のうちに、死を偽装されて攫われた人物がいるのではないか。
もしこれまでのPMC離反兵による事件が陽動だとしたら、アスは表向き死人となった亡霊たちを抱えて何かを準備していることになる。きっと近い内に何かが起きる。連邦生徒会が総力を挙げてもアスの足取りを全く掴めなかったのは、生者にこだわりすぎたからだ。アスも元スペクトルのメンバーなら、
カヨコは確信を持ってゲンゲツに言った。「すぐにアスに狙われそうな人物をリストアップして、護衛をつけて目を光らせるべきだよ。それからこれまでの離反兵絡みの事件の被害者を全て洗い出して。死亡または推定死亡になっている人たち。先入観は一切捨てて、もう一度捜索しなくちゃいけない」
「そうしたいのは山々だけど、今の私が何を言っても聞き入れてくれるとは思えない。でも狙われるかもしれない人物と過去の被害者たちを、この会議室にいる人数だけでは追いきれない。これから被害を受けそうな人物はこちらがなんとかして引き受けるから、君たちは過去に死亡したと思われている人物を当たってほしい。まずは彼女──上永レイからだ」ゲンゲツはアルに目をやった。「追う事はできそうかい?」
「現時点では何とも言えないわ。でも彼女がアスに繋がる唯一の手掛かりなら、どこにいようと必ず見つけ出してみせる」
アルとゲンゲツはほとんど同時に立ち上がった。互いに目線を離さない。それぞれの瞳で固い決心と約束が交わされた。ここまで関わり合った者同士、今度の仕事は最後までやり通そうという決心だ。カヨコやムツキ、ハルカ、ゲッコウも後に続いて立ち上がる。
アルは決意を込めて言った。「この六人でやるわよ。そして絶対にアスを止めてやりましょう!」
カヨコは微笑を浮かべながら頷いた。ムツキもいつものように満面の笑み。ハルカは自信なさげながらも、今度こそ成功させるという気概に溢れている。ゲッコウも親指を上に立てて、自分も着いていくというアピールをした。
ゲンゲツはにやりとしてみせた。「ならまずは服を変えないと駄目だ。汚れはさっぱり落として、心機一転して始めよう。それでこそ便利屋68だからね」
会議室を出ると、一般出入口までゲンゲツは見送りについてきてくれた。
エレベーターが開いて地上階へ出ると、何やら受付の辺りが騒がしい。五、六人くらいの女学生が受付係と問答をしていた。一見して相手が品行方正な連中ではないと分かる。室内にも関わらずヘルメットを被っており、暴走族によく見られるようなレザージャケットがいかつい印象を与えていた。
近くで様子を見ていた一人の職員がゲンゲツに近づいてきた。「ゲンゲツ副室長!何とかしてあいつらを止めてくれませんか。先ほどからずっとあの調子なんです」
便利屋の四人は真っ先に気づいた。先に口を開いたのはハルカだった。「ア、アル様……あの人ってまさか」
「知りあいなのか?」ゲンゲツが尋ねた。
「ええ、よく知った顔よ」アルは足早に受付へと向かった。「久しぶりね、ブラックライシス。それともハヤテと呼んだ方が良いかしら?」
受付係とヘルメットたちの視線が同時にアルへ向いた。アルが話しかけたのはヘルメットたちに囲われた漆黒の長髪の女だった。
背丈はアルより少し小さいくらいだった。無造作に流した前髪はヘルメットを被ると髪型が崩れるため、細かい手入れを諦めたことを物語っている。黄金色の眼。鈍い光沢のレザージャケットに黄色のネクタイ。革張りのグローブに丈の長いブーツは、バイクに乗り慣れていることの証である。
「ああ」低い落ち着いた声だった。「随分と泥だらけだな。それに煤も──派手な火遊びでもしたのか?アル社長」
取り巻きは今の一言でどっと笑った。受付係は何が何だか分からないといった様子だった。
「それは、私たちがやったわけじゃないわよ。こっちも色々と大変だったのよ」
「そーそー。それにしてもよくここにいるって分かったね」ムツキが会話に混ざった。
「もしかして彼女が話にあった……」ゲンゲツが残ったカヨコとハルカに尋ねた。
「そう、三ヶ月前に出会って別れた知り合いだよ。今もこんなことをしてるとは思わなかったけど」
カヨコはハルカやゲッコウ、ゲンゲツと共に近づいた。ゲッコウが聞いた。「どちら様なの?」
カヨコが紹介をした。「ハヤテ、こっちはゲッコウとゲンゲツ。二人とも、彼女は元ヘルメットライダー団リーダーの立花ハヤテ」
「よろしく」ハヤテが言った。「だがもっと大切な肩書がある。元ブラックスターでブラックライシスのコードネームを持っていた。そうとも、アスとは昔関わり合った」
ゲンゲツは衝撃を受けていた。ブラックスターがアスの策謀によって壊滅する前に、ハヤテも少なからずアスと繋がっていたことがあった。
「ところでアル社長」ハヤテは顔を近づけると小声になった。「助けが必要なんだろう?良い土産があるよ、アスの手がかりを持ってきた」