便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル   作:まーろう

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7 潜む影

 グラウンドゼロの大規模空爆が観測されてからニ十分後、立花ハヤテはブラックマーケットの一つに数えられるナイト4の銃器店に入った。店の看板には「マッチ」とだけあった。

 

 昼前の時刻でも日光が入りにくいほど狭い間隔で壁のような建物が並ぶナイト4は、掘っ立て小屋が出店のように並んで、身なりのいい機械人や獣人たちが違法とされる改造を施した銃火器をたたき売りしている。それをまた身なりのよい客や、同じ制服を着た不良の集団が見て回るバザールのような光景は見慣れたものだった。まるで普通の商店街のようなやり取りが交わされている。

 

 キヴォトスで流通する銃火器は火力や安全性に明確な基準が定められている。しかしそれも無法者の世界では意味はない。ナイト4が摘発の対象にならないのはキヴォトスの警察官を謳うヴァルキューレ警察学校が押収した非正規銃をひそかに再利用しているからではないかとハヤテは薄々考えていた。それに見てくれは簡素な掘っ立て小屋だが、裏にはかなりの巨大な改造販売業者がいて、カイザーPMCが絡んでいる噂が流れていることも、大物を敵に回したくないヴァルキューレがナイト4を黙認している理由だろうと考えていた。

 

 店の中はほの暗いバーカウンターみたいだが酒瓶の代わりに置かれているのは色付きの発煙弾だった。ハヤテの他にはカウンターの向こうに立つスーツ姿の機械人が一人と客が三人。ハヤテはまっすぐカウンターに向かうと、フットボールみたいな形状の頭をした機械人に言った。

 

「静かに動くオペレーターが欲しい」

 

「新しい仕事で?」

 

「静けさを求めるのはライダーの性さ」

 

「少々お待ちください」

 

 機械人は奥へ引っ込んだ。ハヤテは今の何気ないやりとりを気に入っていた。直訳すれば「お前は誰だ?──味方だな、よし」となる。使用される合言葉と拠点は毎月変わる。臆病な相手とのやり取りには手間がかかるが、それでも信頼性と安心に関しては勝るものはなかった。

 

 右に目線をやると、作務衣を着た小柄な機械人が銃器を吟味していた。隣で立っているのは秘書だろう。仕立ての良いスーツ姿は金回りの良さを表している。小柄な方と目が合うと、吟味していた銃を少しだけ自慢げに傾けて見せてきた。ハヤテは軽く笑顔を作って返すと、もう顔は合わせなかった。

 

 店番の機械人が戻ってくると、壁によって奥に続く扉を開けた。「上質なものがありますよ。どうぞ」

 

 ハヤテが進められるままに入ると、様々な銃を収めた木箱が山積みにされていた。かなり古い骨董品まである。しかし今日の目当てはそれではなかった。ハヤテがさらに奥へ続く木製の扉を開くと、地下へ続く石造りの階段が仄かな光でオレンジ色を帯びていた。昔は身を守るための秘密の抜け道として使われたのだろう。今も昔も、法を破る者の考えは変わらない。

 

 終点につくと今度は鉄製の冷たい扉になった。かなり古い年代のもので、取っ手や枠は黒ずんでいるが真鍮でできている。ハヤテが扉を強く叩くと、しばらくして内側から用心深い声が聞こえてきた。

 

「合言葉は?」

 

「亡霊は」

 

「二度死ぬ」

 

 短いやり取りが済むと、鍵が外れる乾いた音がした。ハヤテは右手に力を込めると、体重をかけて年代物の扉を押し開いた。

 

 中はLEDライトが天井に埋められて、木製の床を白く照らしていた。学生寮とほとんど変わらない質素な部屋の奥で、画面が二つ付いたパソコンと向かい合う少女の後ろ姿があった。振り返ってこちらを見ると、いつまでも変わらずずるそうな目が覗いた。

 

 逆道スライはブラックスターによって壊滅させられる前のヘルメットライダー団の一員だった。ヘルメットを脱いだ素顔の彼女は、リーダーだったハヤテも何度かしか見たことはない。うなじが隠れる程度に伸ばした黒髪に、紅白のメッシュが混在している。悪魔とつながりの深いゲヘナ生らしく、頭部には二本の控えめな角が生えていた。目は赤色。黒のタンクトップにドルフィンパンツという無防備な格好だった。傍らにはサンダルが転げており、本人は裸足のまま。昔何度か指摘したこともあったが、組織が解散してから小言を言われることもなくなったので、スライは隠れ家で何度会ってもほとんど変わらずこの格好だった。

 

 ハヤテは呆れていたが、もう服装に意見できる関係ではなかったので必要な事だけ聞くことにした。

 

「情報と弾薬が欲しい」

 

 スライはニヒルな笑みを作った。「弾薬なら上で相場で買える。情報は内容次第だよ、大将」

 

「下尊アスの居場所だ」

 

「ほう」スライは椅子の上で胡坐をかくと、肘を足で支えて頬杖をついた。「さすがだな大将、ちょうど新鮮なのが入ってるよ」

 

 ハヤテはこの大将という呼び方が苦手だった。服装と並んで呼び方もなんとかやめさせようとしたが、ついに方法は思いつかなかった。

 

 スライの右手が伸びると、ハヤテはため息交じりに懐から札束を取り出し押し付けた。スライは慣れた手つきで枚数を数えると、引き出しにしまって向き直った。

 

「昔のよしみで割り引きしてるんだ。そんな顔をしないでくれよ」

 

「で、アスについて分かっていることは?」

 

「つい一時間前までアスはグラウンドゼロにいた。ところが突然、攻撃機が空爆をしかけてキャンプサイトを攻撃した。基地は消滅、とんだ墓荒らしだよ」

 

「それは知っている。遠くからでもよく見えたからな。その後について何か聞いていないか」

 

「下尊アスねえ」スライは背もたれに反り返った。薄い黒のタンクトップが盛り上がった胸部の輪郭を嫌でも強調してくる。「ここ何ヶ月かあいつを追いかけてるが、あいつに特別な恨みでもあるのか?それともブラックリスタの仇討かい?」

 

「そんなんじゃない。知人が助けを欲しがる頃だろうからな」

 

 ブラックリスタ。本名不詳。三ヶ月前のブラックスター事件でハヤテを洗脳し、ヘルメットライダー団を壊滅させた張本人だ。今でも彼女の性悪な顔が思い浮かぶ。しかし彼女の死に感傷などなかった。死んで当然の女だ。

 

 スライは天井の電球を見上げながら言った。「空爆の直前にヘリコプターの一団が目撃された。最高に危ない兵器を釣り上げて、アスはそれに乗って逃亡した。攻撃に使われたのはFR-1973、三ヶ月前にアジトを吹っ飛ばしたものと同型だ。以降の情報はまだ入ってきていないが、どうして空爆なんてしたと思う?」

 

「……それはこっちも聞きたい。順当な言い分なら証拠隠滅辺りだろうが」

「ならそういうことにしておくか、大将」

 

「本人以外では?何かアスの企みに繋がりそうな情報はあるか」

 

「情報屋としての網にかかる噂ならば……最近の飛行機墜落事件で行方不明になった上永レイって女がアスに匿われているってことかな」

 

「その女なら聞いたことがある。そいつを探す手がかりになりそうな情報はあるか?」

 

「よし、ならば次の情報だ。スワン空港を覚えてるか?ブラックスターが地下基地をひそかに設けていた空港だ。最近あの辺りにPMC兵や怪しい人物の出入りが頻繁にあるらしい。これまでの事件に関わった離反兵たちは、全員一度はそこに入ってるみたいだ。もともと利用客が多いから紛れやすいし、アスの影響力が残っていれば訪れていても不思議じゃない」

 

「確証はないんだな?」

 

「商売だから確定していない情報は嬉々として伝えられない。だが確認する価値はあるだろうよ、大将」

 

「よし」

 

 今後の行動は決まった。そうなればもうここに用はない。ハヤテは踵を返して扉に向かった。

 

「なあ大将」スライが呼び止めた。「便利屋68はそんなに肩入れしたくなる連中なのか」

 

「……お前なら調べられるだろう。それと──」ハヤテは把手を掴むと振り返った。「その武器は室内で使うものじゃない。暴発しても知らないぞ」

 

 飲み物に紛れて机に置かれた発煙弾を指さすと、ハヤテはさっさと部屋を出て行った。

 

 

 

 一人になったスライはパソコンに向き直ると、突然の来客で中断していた作業へ戻ろうとした。大将の人使いの荒さは、今に始まった事ではなかった。突然の解散になるまで、何度無茶を聞いていたか分からない。しかも解散後もこうしてたまに顔を合わせると、やれ武器が欲しいだの情報が欲しいだのと要求を並べ立てて、それが済むと帰っていく。もう小言を言われずに済むと思っていたのに、これでは神経を逆なでされるばかりだ。

 

 ふと人の気配を察知すると、スライの背中がざわついて、すぐ後ろから来客の声がした。

 

「順調ですか?」今度の声は男性の──しかも大人のものだった。

 

「そんなに心配しなくても、言われたことはちゃんとやりますよ」

 

「そういう契約ですからね。私も以前ほど自由に身を振れなくなったので、遂行してもらわねば困ります」謎の男は喉を鳴らしながら笑った。

 

 スライは作業から再び顔を逸らすと、後ろに立っている謎の男を見た。

 

 正確な年齢は分からなかった。だが金を持っていることは確かで、その証拠にスーツはキヴォトスで手に入る中でも最上のものを着ている。雇用主であるにも関わらず自分にも物腰柔らかいが、きっとこれが大人の世界で上手く立ち回る秘訣の一つなのだろう。漆黒の体は、ところどころが光ったり亀裂が走ったり、頭からはもやが出たりしている。岩が偶然にも目と口の形に割れた人面岩みたいな顔だった。

 

「種は巻いた。後は見守っていれば機会は訪れますよ、adam shchor(アダム・シャホ)

 

「よろしい」

 

 男は進捗を確認しに来ただけのようだった。スライは今度こそパソコンに向き直る。この客は自分が動いているところを見られたくないようで、こちらが見ている間は手を前で組んで置物みたいにずっと立っている。背を向けるのは、この男を追い払う合図だった。

 

「ああ、それから──」男は思い出したように言った。「服はきちんと来た方が良いですよ。大切なお体に障りますからね」

 

 また喉を鳴らす笑い声をあげると、背後にあった気配はとれていった。スライは胸のむかつきを抑えながら、中断していた作業に取り掛かった。これではただの思春期の娘と父親のようなものだ。どうして自分の周りには親面をする奴らしか集まってこないのだろう。

 

 画面に浮かんだ三角形が右へ九十度傾いたマークをクリックする。箱型の機械が静かに唸り始めると、スピーカーから女性のやり取りが流れ始めた。

 

「不知火カヤと常闇ゲンゲツが参りました──どうぞ」

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