便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル   作:まーろう

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 キヴォトスの中心に当たるD.U.地区は天まで届きそうな高層ビルが立ち並び、今も新たな建造物が頭一つ抜けようとしのぎを削っている。そのうちの一つは「ロイヤル保険クラブ」という保険会社が所有している。何かと治安の悪いキヴォトスでは、財産保障や生活保障に加入しないのは家に鍵をかけないのと同じくらい不用心だと誰もが思っていた。この風潮を作り上げたロイヤル保険クラブは、保険で救われたという架空の話をいくつもでっちあげると各種メディアに積極的に売り込み、ことさら強調して美談として報じさせた。その甲斐があって現在では、キヴォトスでも指折りの一等地でD.U.大通公園を見下ろせる場所に一大本拠を築いていた。

 

 そんな高層ビルの屋上にアルたちとゲンゲツ、そしてハヤテはいた。連邦生徒会は元々サンクトゥムタワーを本拠としていたが、とある事件で崩壊して以来このビルの一部を間借りする形で活動を継続していた。持ち主の保険会社には頭が上がらないだろう。キヴォトスの行政を担う国家組織と一民間企業が、同じ建物の中で働いているとなれば機密保持の観点からも良くない。しかしこれも公共のための奉仕として、連邦生徒会は多大な恩を受ける形でビルの一部を無償提供されていた。無論これもロイヤル保険クラブがさらに躍進するための美談の一つとなった。

 

 屋上は空が近い事もあり、見渡す限り空色が広がっている。転落防止の柵に近づけば、眼下で車が血液に含まれる赤血球みたいに道路を流れているのが見えた。高さは違うが所狭しと頭を突き出すビルは、まるで立体の棒グラフだ。アルはキヴォトスを見下ろして、これこそ自分が夢に見た光景に違いないと思っているようだった。たぶん昨晩見た夢では、ガラス越しの中心街はぼんやりとした光の点が散らばっているだけだったのだろう。これからは景色の解像度が多少上がった夢が見られるはずだ。

 

 興奮冷めやらぬアルは腰が引けつつも景色を見下ろしていた。隣ではしゃぐムツキは特に怖がる様子はなかった。ゲッコウも柵の上から母校のゲヘナ学園の辺りを眺めている。そんなに物怖じする性格ではないのかもしれないと、カヨコは後ろで見ながら考えた。ハルカには高所であることに加えて少々明るすぎる場所のようで、初めは少ない影になりそうな場所で縮こまってしまっていた。それでもアルに声をかけられると、無理のない辺りまで近づいて一緒に地平線の方を眺めていた。

 

 カヨコが右に目線をやると、そんな様子をぼんやりと見ながら缶コーヒーを飲むハヤテの隣にゲンゲツが歩み寄った。「わざわざ来てくれたのはありがたいが、受付に迷惑をかけないでくれ。ここじゃ連邦生徒会はよそ者なんだから」

 

「どこにいっても蔑まれる運命か。公僕なんてそんなものさ」ハヤテは缶を持ち上げると適当に返事をした。

 

「情報共有なら君も携帯を持っているんじゃ……」

 

「あいにく電子のやり取りは信用しないたちでね」

 

 電子を信用しない。三ヶ月前の教訓だった。なりすましのメールが発端となったブラックスター事件からしばらくは、カヨコも電子メールでの連絡にはかなり気を使っていた。

 

 ハヤテはコーヒーに少し口をつけた。「自慢のタワーはまだ復旧しないのか?ここじゃ機密保持にも限界があるだろうに」

 

「カイザー傘下の企業に復興作業を任せていたけど、このご時世で作業もストップしてるんだ」

 

 長らくキヴォトスの象徴となっていたサンクトゥムタワーは”アトラ・ハシースの箱舟”とそれが生み出した”虚妄のサンクトゥム”によって倒壊してしまった。事件終息後はカイザーコーポレーションのグループ企業に当たるカイザーコンストラクションにより再建が進んでいたが、PMC離反兵問題が浮上したために復興作業も打ち止めとなってしまった。タワーも十年は完成しないだろうと目される。

 

 自分たちの居場所を取り戻してこのビルから抜け出したいという思いが、連邦生徒会の捜査に力を与えているのは事実だろう。ここに居る限りは永遠に民間企業に貸しを作ることになってしまう。それは威信や予算にとって不安要素でしかないだろう。

 

「資金難に苦しむところはどこも同じか」

 

 カヨコはハヤテの一言に思わずふっと笑った。「もしかして私達の事も言ってる?」

 

「とんでもない」ハヤテはまた缶に口をつけると上へ向けて、残りのコーヒーを流し込んだ。「手土産代わりの情報を重視してくれて感謝する。これで少しは事も前進するだろう」

 

「そうだね、でも来てくれただけでも助かるよ。もしかするとまた腕っぷしが必要になるかもしれないし」

 

 ハヤテは屋上入口の方を少し見た。「奴らには期待しない方が良い。ただの取り巻きだよ」

 

 ハヤテと一緒にいたヘルメットたちは屋上に繋がる唯一の通路を見張っていた。誰かが聞き耳を立ててはいけないと監視の役割を任されている。門前払いを食らわなかったのは、ゲンゲツが監視しておくことを条件に入場を許可されたからだった。

 

「こういうのはもう懲りたって聞いてたけど。どういう風の吹き回し?」

 屋上は風が自由気ままに泳いでいる。ハヤテは真顔で応じた。

 

「ヘルメットライダー団は解散したが、生き残りが出身地に帰ったりして各地にばらけた。バイクであちこち回るうちに出来上がった集団だったから、それぞれ出身や学籍もばらばらだったんだ」

 

 ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム、百鬼夜行、ハイランダー、ワイルドハント。ある程度名の知れた学園が次々と挙がった。

 

「再び一人で各地を回ることになって、行く先々で彼女たちとも再開した。だが中にはいきなり放り出されて、身の振り方が分からず搾取されているやつもいた」ハヤテは真顔のままだった。「つるんでた時は悪事に手を出すこともあった。だが私はいわゆる裏社会とは関わらないようにしてきた。奴らの組織は大したものだし、中には政治的な後ろ盾がある奴もいる。カヨコたちはブラックマーケットなんてブラックスターとかの特殊な集団と比べたら大したことないと思ってるかもしれないが、その時の私は関わり合いになったら骨も残らないと信じる純粋な少女だったからね。しかし食うなと言われると食べたくなる本能と同じで、私が隠しすぎた反動が出たんだ。皆自由になると裏社会へ入りたがる。しかし生き残れるのは本当の一部だけで、全員がその一部になれると妄信しているんだ。そして終わりなき搾取へ堕ちていく。見かねた私が助けてやったら、またついていくなんて言い出した。冗談じゃない!私にはアル社長みたいに人を束ねる力はないと良く分かってたからね」

 

 カヨコはアルから後で聞いた話を思い出した。ハヤテが洗脳解除されて便利屋の事務所へ転がり込んだ時、彼女は臨時社員としてアルの下に収まった。それまでずっとリーダーとして振舞っていただけに、初めて誰かの庇護の下に入ったことでひどく弱っていたらしい。社長としてのアルの姿を見て、自分はリーダーの器ではないと考えるようになっていたのかもしれない。

 

「だが私にも責任の一端がある。組織を放り出した罪を償わなくちゃいけない。そこで昔の伝手に頼んで、彼女に雇ってもらうことにした。今度は危険はない、低レベルの情報収集といった仕事を与えられて、貰った給料で暮らせるようにする。ここについてきた奴らも、私の身元警護という仕事の一環だよ」

 

 カヨコは黙って聞いていた。しばらく横並びの三人は静かだったが、ゲンゲツがぼそぼそと続けた。「そうとは知らず……さっきはすまなかった」

 

「はぐれものに変わりはないさ」ハヤテは意味ありげに二人の目を見た。並んでいるのは学校、社会、組織それぞれのはぐれものだというメッセージだったに違いない。カヨコは苦笑いした。

 

 ふと先ほどからこちらをずっと見ているゲッコウと目が合った。いや、少し右の方を見ている。初対面のハヤテが気になっているようだった。

 

 ハヤテも自分に向けられた視線に気づいた。ゲッコウはハヤテに近づくと、吟味するように角度を変えて顔を子細に眺める。ハヤテは横目でカヨコに助けを求めていた。

 

 ゲッコウは吟味が済むとつぶやいた。「やっぱり、似てる」

 

 ハヤテは眉をひそめた。「何のことだ?」

 

「もしかして姉妹がいたりしますか?」

 

「姉妹?私に血のつながった姉妹はいない。私は常に一人だよ」

 

 ゲッコウはハヤテを見つめた。「ドッペルゲンガー?」

 

「何だって?」ハヤテが驚きを示した。「全く同じ容姿の人間が世に三人はいるってやつか」

 

 ゲッコウが慌てて謝罪した。「ごめんなさい。実は昔の知り合いによく似た人がいて、その人も黒髪に黄色い目をしていたので。でもよく見ると目鼻立ちまでそっくりだから、てっきり姉妹なのかと思ったんです」

 

「へえ」ハヤテは納得顔になった。「きっと相当よく似た別人だろうな。会ってみたくなった」

 

 カヨコはゲッコウが誰の幻影を重ねて見ていたか分かっていた。天独ソウ。やはりスペクトルのメンバーだが、ゲッコウは彼女と親交があった。

 

 天独ソウはゲヘナ学園に入学してすぐに風紀委員会に入った。それ以前は不明だが、積極的に活動に取り組む意欲的な人物だったらしい。一方ゲッコウは入学してから、学校にはあまり顔を見せなかった。もっぱらアルバイトをして時間を使うことが多かったそうだ。この時点で二人に接点はなかった。

 

 ゲッコウはある物品を運ぶ仕事をした時に、数人の不良グループに絡まれた。そのグループは雇用主と結託して、わざと品物を壊すことで労働者に損害賠償を請求する古典的なものだった。

 

 ソウは危うく破滅しかけたゲッコウを見つけて不良グループから救った。そこから二人は徐々に交流を持つようになった。

 

 ところが現在の風紀委員長、空崎ヒナが入会してから、風紀委員会はあり方を歪めて彼女の力に依存するようになっていた。風紀委員のソウは変わりゆく組織と自身の存在意義に苦悩した末に、自ら退会した。

 

 ゲッコウもそのことを知らなかった。気が付いた時には、ソウは学園から姿を消していた。

 

 後の事は本人も語らなかった。スペクトルに合流してから、ネオ・チャレンジャー基地でゲッコウとソウは再会を果たした。それまでの関係と違い、敵同士として。

 

 カヨコが背景を知ったのは、基地でソウを倒した後だった。ネオ・チャレンジャー基地の崩壊から逃れた後も、ゲッコウは倒したソウを基地に置いてきたことを悔やんでいた。

 

 カヨコはどうしてもゲッコウに尋ねたいことがあった。「ゲッコウ、あの時の事を後悔してる?」

 

「……いや」逡巡があってから、ゲッコウは首を横に振った。「ルナもあの基地に置いてきたから」

 

「ルナ?」ゲンゲツが聞いた。

 

「本名だよ。自分ではゲッコウって名乗ってる。ルナはソウだけに許された特別な呼び名らしいからね」カヨコが補足すると、ハヤテはこれが最後だという調子で聞いた。

 

「彼女はどんな人物だった?」

 

「……あなたとは真反対の人でした。静かでさりげない優しさを見せてくれる強い人です」

 

「残念、もし生きてたらその内に腕比べをしなくちゃいけないと思ったんだがな。それはそうと本題に入ろうか。我々には重要な仕事があるからな」

 

 ゲンゲツはハヤテに尋ねた。「証言という形で情報を提供してくれるんだね?」

 

「あんたのためじゃない。アル社長たちのためだ」ハヤテは応じた。

 

 屋上に出ていた全員が身を寄せると、ゲンゲツはポケットからメモ帳とペンを取り出した。アル、ムツキ、カヨコ、ハルカ、そしてゲッコウの視線はハヤテに集まっている。

 

「それではお願いするわ」アルが言った。

 

 ハヤテは腕組して落ち着いた声色で話し出した。「グラウンドゼロが空爆されてからアスは行方をくらましている。しかし以前の飛行機墜落事件で死亡した上永レイがPMCの兵士を通じてアスに匿われているらしい」

 

「それならこちらも知ってるわ」アルが返した。「死亡したと見せかけて捜査の目が届かないようにしたってことよね。ハヤテも同じ情報を掴んでいるなら、これは確定とみて間違いない」

 

 ハヤテは笑った。「そうか、さすがだな。ならこれは知ってるか?最近スワン空港でPMC離反兵の出入りが頻繁に目撃されている」

 

「それは初耳だ」ゲンゲツが言った。「ブラックスターの息がかかっていた空港だな。だが経営陣がまるまる入れ替わってからは、暗い噂なんて聞こえてこなかったが」

 

「便利屋の通報を受けて一度捜査をしただろう。それなのに気づけないのは連邦生徒会の事後処理が甘いってことさ。あんたもそのところは承知しているようだが」

 

「盲点に変わりはなかった。一空港にずっと目を光らせておけるほど暇じゃないからね。今のスワン空港はどうなってるんだ?」

 

 ハヤテが合図をすると、ヘルメットの一人が書類を手渡した。現像された写真が手元に配られる。

 

「事件の後、滑走路には大きな穴が開いて地下基地が露出していた。復旧後は滑走路は元通りになっている。地下基地は埋め立てられる予定だったが、大部分が未だに空港の下に残っているんだ」

 

 二枚の航空写真はスワン空港を真上から見下ろすように撮影されている。片方では滑走路の陥没部が腫瘍みたいに黒くなっているが、もう一枚の方ではきれいに消えていた。

 

「最近になって地下基地にPMC兵がよく出入りしている。ボイラー室を通って地下基地に入れるが、この基地の存在を知っているのは今ではアスだけだ。何かがあるに違いない」

 

 アルとハルカは頷いた。ムツキも感心したように手を叩く。「さすがハヤテちゃんだね」

 

 ゲンゲツはメモから顔を上げた。「レイが鍵だと分かっても、闇雲に探し回るわけにもいかなかったから助かるよ。しかしその基地に一体何があるんだ?」

 

「現時点ではなんとも言えない。ブラックスターの根城だったから、奴ら絡みの何かがあるのかもしれないがな。これまで事件を起こしたPMC離反兵たちも、全員がここに来ているなら尚更だ」

 

「ブラックスターが残した武器弾薬を補給する拠点として使ってる?」

 

「それならわざわざ人目につく空港じゃなくても良いだろうに」

 

 ハヤテとゲンゲツがやり取りをしている間、カヨコは顎に手をやって写真を見つめていた。かつて基地に連れ去られた自分が一番内情に詳しい。ハヤテは洗脳が解除された時に記憶が半分ほど消えていたから、もう基地の記憶は思い出せないのだろう。

 

 何かに気づいたカヨコが表情を険しくしてささやいた。「洗脳をしているのかもしれない」

 

 ハヤテが息を飲んだ。「そうだ、それだ。アスはPMC兵を洗脳して操っている。そのためにブラックスターの基地を使っているんだ」

 

 ゲッコウには意味が分からなかった。「洗脳?」

 

 隣でムツキが説明した。「ブラックスターはハヤテちゃんも含めたヘルメットライダー団の子たちを、洗脳して部下として使っていたんだよ。仕掛けは確かヘルメットについていて、それを被るとブラックスターの言いなりになっちゃうんだ」

 

「無理やり従わせることができるってこと?」

 

「その通り。でもただ洗脳しただけだと、正気に戻った子から情報がもれちゃうかもしれない。ブラックスターは保険でヘルメットに一工夫していて、もしヘルメットが壊れたりして正気が戻りそうになったら記憶を消しちゃうようにしたんだ」

 

 カヨコが続けた。「ブラックリスタは極度の人間不信だった。最側近のブラックレイジも洗脳した上で使っていたから、事件後に捕まっても何も覚えていなかった。ヘルメットライダー団も誰一人ブラックスターの事を思い出せていない」

 

 アルは徐々に飲み込めてきたようだった。「アスだけは違ったのね」

 

「そう、ブラックリスタとアスはRAXA時代からの古い付き合いだった。オアの側近だったアスだから、ブラックリスタも気を許して洗脳を施さなかった。だからアスはブラックスターの地下基地に洗脳用の装置みたいなものがあることをただ一人知っていて、PMC兵を秘密裏に洗脳して使っている」

 

「なるほど」ゲンゲツは腑に落ちたようだった。「道理がないとは思ってたんだ。PMC兵が次々に離反して、各地でテロ騒ぎを起こす。上層部に何か思惑があると睨んでいたけど、事件を起こして自ら評判を落とすというのは理にかなってない。最悪業務停止にでも追い込まれたら、困るのはPMC本人たちだからね。離反兵に何の利益があるのかも分からなかったけど、そもそも利益なんて考えてなかった。奴らはただアスの命令に従って事件を起こしていただけで、それ以上でもそれ以下でもない。捕まえて問いただしても、何の成果も得られないのも納得だ」

 

「ゲンゲツ」ハヤテが言った。「確定じゃないか。裏にいるのは間違いなくアスだ」

 

 ゲンゲツは焦り交じりに言った。「このまま離反兵の事件が止まなければ、世論はPMC弱化に傾く。私も前にPMCの業務停止命令案を提出したことがあるけど室長に却下された。でも今は理由が分かる。銃社会のキヴォトスを回す歯車にPMCが食い込んでいるのは事実だ。警備を中心とした役を任されていて、経済にも少なからず影響力がある。PMCが解体されれば、経済も治安も今より悪化するのは目に見えている」

 

 カヨコもかねがね同じ予想だった。しかしアスの目的がそれだけとは思えない。アスはPMCを弱体化させて、一体どうするつもりなんだ?経済と治安を悪化させてアスに何の得があるのか。

 

 DA弾頭を奪った理由も説明がつかない。もやもやしたものがカヨコの頭を渦巻いていると、ヘルメットの一人が割って入ってきた。

 

「あの、リーダー」全員が難しい顔をしていたから、話しかけづらかったのかもしれない。ヘルメットはうろたえながらハヤテに向けて続けた。

 

「動きがあったか」

 

「はい、スワン空港を見張っていた監視(アイ)と連絡を取ったところ、緊急の報告がありました」ヘルメットは一度周りを見回して聞き耳がないか確認した。「上永レイとよく似た白髪の女性がPMC兵に連れられ、空港に現れたそうです」

 

 一同からどよめきの声があがった。「確かなのか」

 

「はい、写真と身体的特徴を渡していたのですが、駐車場でPMC兵士に囲まれている姿を目視で確認しました。間違いないようです。兵士が周りを警戒している姿も見ています」

 

 アルが色めき立って言った。「すぐに向かいましょう!」

 

「待ってくれ」ゲンゲツが制した。「どうして連邦生徒会が手に入れられないような情報を、君は易々と入手できるんだ」

 

「そっちがアスの動きに疎いだけじゃないのか」ハヤテは肩をすくめた。

 

「上永レイが生きていることを知っているだけじゃなく、空港に監視の手配をかけている。おそらく情報屋──それもとびきり有能な情報屋と繋がっているんじゃないか」ゲンゲツは一呼吸置いた。「例えば逆道スライとか」

 

 ハヤテはいかにも面白くなさそうな顔をした。「うちの後輩だよ。元だがな」

 

「スライって誰?」ムツキがゲンゲツの話に食いついた。

 

「連邦生徒会がずっと追いかけている情報屋だよ。情報の信頼性は高いし伝達も速いけど、様々な組織の弱みを握っては相手組織に高く売りつける火種でもある。山海経から出回る高級食材のレッド・ルートを紹介してたった一企業に独占させたのはスライ。アランチーノファミリーに肩入れして情報を売り、抗争の手助けをしたのもスライ。すでに一財産を築いているはずなのに止まらない。スライは後ろ盾を各方面に持ち、それを良いことにどんどんつけあがる。なのに一向に捕まらない透明人間だ」

 

 ゲンゲツはハヤテから目を逸らさなかった。「詳しく聞きたいね」

 

「連邦生徒会ならとっくに調べはついていると思ってたんだがなあ」ハヤテははぐらかした。

 

 カヨコはため息をついた。「とにかくレイを確保するほうが先だよ。スライの件は後にして」

 

「だそうだ」

 

 ハヤテはにやりとした。ゲンゲツは不服そうだったが、ひとまずレイの確保が優先だと納得してくれたようだった。メモをポケットにしまう。

 

「……分かった。なら君たちはすぐにスワン空港へ向かってくれ。生徒会には私から報告しておくから」

 

「待ってちょうだい」今度はアルが制した。「言わないで」

 

「何?」

 

「このことは誰にも報告しないで」

 

 ゲンゲツは面食らった反応を示した。「でも私には報告義務が……」

 

「万が一失敗した時、あなたに責任を負わせたくない」アルは真剣な表情だった。

 

 アルはゲンゲツとリンが言い合いになっている横で何も言えなかった。ゲンゲツが責めを受けている間、アルが悔しさを顔ににじませているのをカヨコは見ている。社長なりの気遣いだろう。カヨコはアルのこういう性格を悪くないと考えていた。

 

「なら私はどうしたらいい?」

 

「いつも通りで結構よ。あなたは何も聞いてないふりをして素知らぬ顔で仕事に戻る。レイを確保したら、私から連絡をするわ。それまでは誰にも今の会話をもらさないようにして。今度の仕事はハヤテを加えた私たちで独自に動くことにする。いい?」

 

 アルはムツキ、ハルカ、ゲッコウに確認をした。異論はなかった。ハヤテも了承した。

 

 社長は私にも確認を求めてきた。返事なんて最初から決まっているのに。

 

「いいよ。そうしよう」

 

「私のためにすまない。本当なら報酬もきちんと払われて然るべきなのに」ゲンゲツは頭を下げると、速記したメモを取り出して破いた。これでゲンゲツが口をつぐみ通せば、連邦生徒会に情報がもれることはない。

 

 ため息と共にカヨコはつぶやいた。「今までこういう仕事で報酬があったことが一度だってある?」

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