便利屋68:3 テラーズ・オブ・ザ・スペクトル   作:まーろう

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9 呪い

 丈夫な布一枚が貼られたテントの中央に上永レイは立っていた。

 

 緑色の天幕の頂点から垂れた鉤にかかった傘のついたランタンが狭い室内を照らしている。レイは直立したまま、スポットライトを浴びるようにして目の前に座る人物から目を離さなかった。ランタンの光がくっきりと浮かんで見えるのは、煙草の煙が充満しているからだ。

 

 下尊アスは組み立て式の椅子に足を組んで座っていた。手に収まる大きさの箱を取ると、煙草を一本つまんで、口にくわえるとライターで火をつけた。体が弱い自分にはきつい臭いだ。レイは顔をしかめて抗議したが、アスはなんとも思ってないようだった。

 

 アスはふうっと煙を吐き出した。煙を挟んでぼんやりとレイを見つめると、煙草をくわえたまま短い質問を口にした。

 

「なぜ逃がした」

 

 レイは目を逸らさず淡々と喋り出した。「約束が違うから。初めに言ってた事覚えてる?あなたの計画に協力したら、報酬としてあいつらは私にくれるという話だった。それなのにグラウンドゼロでは、あなたは空爆を強行して全員消そうとした。私の取り分が危うくなくなるところだった」

 

「だから危険因子を逃がしたと?」

 

「先に約束を破ったのはそっち」

 

 お互いに目を離さない時間が続いた。元はと言えば、アスが予定にない空爆を指示したせいだ。そんな指示を出さなければ、自分はこの場で時間を浪費することもなければ、裏切者かどうかという不毛な疑いをかけられることもなかった。

 

 アスの目は冷ややかだった。便利屋68を逃がしたのは、お前の責任だと言いたげだった。腹の中を荒々しい何かが駆け巡る。

 

「お前を拾ってやったのは誰だ?私がいなければお前はとうに死んでいた」

 

「それについては感謝してるし、今でも恩を忘れていない。でも今それは関係ないでしょう」

 

 アスは煙草を肺一杯に吸うと、煙を吐きつつ言った。「何が望みだ?」

 

 レイはむかつきを抑えつつ、アスを鋭い目で見た。煙にこれまでの記憶が映し出される。命の恩人なら何をしてもいいのか。

 

「あなたの望みは便利屋68全員の死。そのための方法には一切拘らないと話してくれた」

 

「そうだ」

 

「なら大人しく座って私に全部任せてくれれば良かったはず。そんなに私の事が信用できない?」

 

 レイは黙ってアスを見た。アスは何かを為すための手段には拘らない。向こうから見れば、自分のやろうとしている事がひどく回りくどい方法に映るだろう。だからアスはさっさと空爆で不安の種を取り除こうとした。それがさらにレイの怒りを買った。口約束どころか、人の抱える感情や欲求をなんとも思ってない。私の抱えている思いなど、この人は永久に理解できないし、する気もないだろう。

 

 冷たい人物だった。技術を教えてほしいという話を受けて飛行機に乗った私は、突然機内を占拠したPMC兵たちに捕まった。奴らが飛行機を完全に乗っ取ると、機内には煙みたいなものが巻かれて意識を失った。次に目覚めた時には今いるテントに運び込まれて、目の前には変わらず煙草を吸うアスがいた。

 

 アスは私が意識を失った後の事を話してくれた。飛行機は墜落して他の乗客は助からなかったが、私だけはまだ息があった。そこで彼女の元へ運び込まれて治療を受けて、私は一人で動けるほどに回復した。アスは様々な事を教えてくれた。そこで私の肉親が便利屋68という集団によって殺された事を知った。

 

 便利屋68はゲヘナ生四人で構成され企業を名乗っている。金で仕事を請け負う性質だが、実は依頼のあるなしに関わらず勘気に触れた存在を片端から消しているという。古くはカイザーPMCの理事長から始まり、最近ではブラックスターを海上の基地もろとも藻屑にしたという話まである。ブラックスターという名には覚えがあった。昔に片腕がない少女のために、義手を作ってやったことがあった。

 

 アスも昔に便利屋68と接触して以来、向こうは躍起になってこちらの行方を追っているという。便利屋68がグラウンドゼロに現れたのも、アスの排除が任務だったに違いない。

 

 あの時は自分も必死だった。アスが空爆の命令を出してから、レイは便利屋68がここで消えてしまうのではないかと不安だった。思い切って接触した彼女たちは、それまで想像していたような極悪非道な人物には見えなかった。社長の陸八魔アルは初対面かどうかをこちらに確認してきた。その時の顔と問いかけが馬鹿馬鹿しすぎて、私は言葉を失ってしまった。こんな奴に姉がやられただなんて信じたくない。

 

 アスは煙草を掴むと立ち上がって、顔の近くで煙を吐いた。鼻腔にきつい臭いが入り込むと、喉の奥が燻されてレイは少し咳き込んだ。

 

「分かった、この件はこちらの早とちりだったな。すまなかった」アスは意外にも素直に謝罪した。表情に申し訳なさは微塵もなかった。「便利屋68の処分はお前に一任するよ、レイ」

 

 返事は返さなかった。さっさと踵を返すと、テントの隅で控えていたPMC兵が脇を固めた。

 

 アスの計画になど興味はない。しかし協力する以外の選択肢はなかった。外では既に私は死亡したことになっており、のこのこと出て行っても身分の保障はされないだろう。私は死んだ。死んで亡霊となり、影からこの世を見る存在となった。アスの計画が失敗すれば、自分も危険に晒される。いつ終わるのか、計画が完遂されたらどう生きれば良いのかも分からない。

 

 だが一つだけグラウンドゼロで確信した事がある。肉親の恨みとして、なんとしても便利屋68を殺す。それこそが亡霊が成仏できる唯一の方法だ。

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