逃避行   作:妄想の悪魔

1 / 5
レゼ編はね、マキマに邪魔なんてされないし、レゼは無事に喫茶店に辿り着けるし、デンジとレゼが結ばれるハッピーエンドでなきゃいけないの。


ガーベラ

 

 喫茶店「二道(ふたみち)」。

 傾きかけた陽が窓辺のテーブルを橙色に染める。デンジはその光の中で、ただ空を見つめていた。

 

 ──来ねぇよな……。

 

 グラスの中の氷は溶け始めていて、カランと小さな音を立てるたび、デンジは扉を見やっては、ソファに沈んでいく動作を繰り返していた。

 

 ──来るわけ、ねぇか。

 

 やがて氷が溶け切って、何処かで秒針の進む音が聞こえ出した頃。ギィ、と錆びついた音が店内に響く。

 

「レ……!」

 

 視界の端で、捉えた少女(レゼ)の姿に、デンジは声が裏返って喉に突っかかる。

 正直、もう来ないと諦めていた節があった。だから彼女を見た瞬間、腕から零れ落ちそうになった花束を、慌てて抱え直してデンジは再び彼女を見つめた。

 

「……呆れた。ほんとに待ってたんだ」

 

 嬉しそうで、でも寂しそうな横顔が、夕陽に照らされている。

 初めて会った日と同じくらい高鳴っていた鼓動は、少しずつ鳴りを潜めて。

 

「だってよ……、レゼだって来たじゃねぇか」

 

 そんな憎まれ口を叩くくらいには、デンジも少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 

「別に。……マスターにお礼、言ってなかったなって思っただけ」

「マスターなら、買い出し行っちまったぞ」

「……そう」

 

 そんな短い会話の応酬を終えて、デンジは深く息を吐く。脳内シミュレーションは完璧だったはずだ。だが、いざってなるとキンチョーして上手く言葉にできない。

 

「……これ、やるよ」

 

 悩んだ末、ぶっきらぼうに花束をレゼへと差し出した。

 

「……どういうつもり?」

 

 レゼは目を瞬かせて、その真意を問う。

 

「あー……なんか順番、逆になっちまったけどよ。ほら、こういうのって普通、渡すもんだろ? 花束とかさ」

 

 一拍。

 次の瞬間、レゼは吹き出した。

 

「……っぷ。あはははははは! 何それ! あれ、プロポーズのつもりだったの? あはは!」

 

 笑いながら、レゼは思い返していた。

 

『一緒に逃げねえ?』

 

 殺されかけたくせに私を蘇らせて、それでも私を好きだと言った男の言葉。

 多分それが、私に向けられる最初で最後のプロポーズだったのだ。

 

 初めてだ。感情が、あんなに揺さぶられたのは。

 初めてだ。世界が色づいて見えたのは。

 初めてだ。こんなバカに出会ったのは。

 

 そう。私にたくさんの初めてをくれたのは、とんでもないバカだった。

 

「はぁ〜……ほんと、バカみたい」

 

 ──だからきっと、私もバカになったんだ。

 

「バカだよ。……でも俺はシンケンだ。レゼみてーなユートーセイ、ってのにはわかんねぇだろうけどな」

 

 レゼの自虐じみた言葉を拾ったのは、この場に相対する唯一の人間。照れ隠しのように視線を逸らして、頬を掻いていた。

 その仕草がとっても愛おしく思えてしまうのは、気持ちを理解したからだろうか。

 

「……優等生、か」

 

 彼から貰った花束を我が子のように抱きながら、レゼは少しだけ考えて、告げる。

 

「デンジ君。ほんとはね、私も学校、いった事ないの」

「え?」

 

 突然の告白にデンジは息を呑む。言葉までも飲み込まれる前に、レゼは続けた。

 

「マスターに別れを言いに来たって言ったけど、あれも嘘。……きっと、アイツらから逃げることなんてできない。だから──デンジ君はここに残って。それを伝えに来たの」

 

 吐き出した言葉は痛みを伴って、耐えるようにレゼは唇を噛んだ。

 これはケジメだ。自分を好いた人間に対する、彼女の最後の思いやりだった。

 

「……じゃあよ。邪魔する奴ら全員ぶっ殺せば安心だな」

 

 だが、デンジにとってはそんなこと、どうでもよかった。いつだって彼はそうだった。ポチタと一緒になった日から、彼のやるべき事は何一つ変わっていなかった。

 

「……話、聞いてた?」

「聞いてたよ。……でも、どうしたいかは、もう決まってっから」

 

 デンジは立ち上がって、レゼの前に行く。お互いの心音すら聞こえそうなほど、近くに。

 柔らかな陽の光が、二人を優しく包み込んだ。その眩さに、レゼは目を細める。

 

「俺はレゼと学校行きてぇ。レゼの制服姿、見てぇし。だから──」

 

 牧師なんていない。綺麗な約束じゃない。寂れた思い出の中で行われる、彼の誓いだ。

 

「逃げようぜ、二人で」

 

 答えなんて聞かずに、デンジはレゼを抱き抱えて店を出る。行き先なんて考えていないだろうに。見切り発車な彼の腕の中で、レゼは唇を微かに動かす。

 

「……バカ」

 

 無人の店内で。

 テーブルに残ったグラスだけが、影を残していた。

 




XのTLをデンレゼで埋め尽くされた者の末路。
オマエもデンレゼ最高と叫びなさい!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。