逃避行   作:妄想の悪魔

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……マキマがよぉ!デンレゼをよお!!邪魔するなんてよオ!!んな事ぁ許せねえよなあ!?そんマキマ俺が生姜焼きにしてやるぜ!!


ケシ

「私に何か用事でも?」

 

 仄暗い路地裏に、冷たい声が反響した。

 光が強ければ強いほど、闇もまた深みを増す。繁華街の喧騒とは裏腹に、この場所には濃い影が巣食っていた。

 

「……大人が子どもの恋路に口出すのは野暮じゃないかな?」

 

 トレードマークである口髭を指先で弄びながら、男はその闇(マキマ)と相対していた。

 

 彼はしがない喫茶店の店主(マスター)だ。

 ただ、ちょっとだけ。過去に悪魔と戯れる機会があっただけのこと。彼は多くを語らない。それを美徳としている人種だから。

 

 最近では、店の日常を彩るちいさな光景を楽しみにしていた。

 雇い主として迎えた娘レゼと、彼女と楽しそうに話すデンジ君。二人の笑顔は、もはや店の風景そのものになっていた。

 

 例え、それが偽りであったとしても。邪魔する輩がいると言うのなら、彼は多少のお節介を焼いてでも、動かずにはいられなかった。

 

「恋路……?」

 

 マキマは怪訝そうに首を捻る。

 

「愛を知らない田舎のネズミが、愛に飢えた犬に懐いてしまっただけの事。──滑稽でしょう?」

 

 瞳に映る世界が、二人はまるで違うらしい。

 

「だから殺すと?」

 

 彼の問いに、マキマは答えず、口角を少し引き上げた。

 

「あなたの淹れるコーヒーは好きでしたが、もう飲めそうにありませんね」

 

 店主は短く笑う。

 

「いつでも淹れてあげるさ。あの子達を見逃すならね」

「残念」

 

 その言葉が路地に吸い込まれた瞬間。空を裂くように降ってきた細い槍が、彼の胸を貫く。路地裏を見下ろせる位置で、天使の悪魔が放ったものだった。

 

 店主は冷たい石畳へと膝を折り、周囲を真っ赤に染め上げる。マキマはその様子を一瞥して去ろうとした──が、足を止めた。

 

「まぁ、待ちなよ」

 

 背後から投げられた言葉は、今し方、血を撒き散らして死んだはずの男のものだった。

 

「……驚きました。コーヒーの悪魔って、思っていたより強いんですね」

 

 マキマは少しだけ警戒を強める。

 死なないにしても、致命傷ではあった筈だ。少なくとも、普通の人間であれば。

 

「早く彼女を殺さないといけないので、出来ればそのまま眠っていて欲しかったのですが」

 

 それは恐らく、彼女の本心だった。

 わざわざ起き上がってまで対峙する、男の思考がわからなかった。折角助かるかもしれない命を、ドブに捨てる行為は理解し難い。

 そんな様子のマキマを見て、店主は失笑する。

 

「なぜそこまであの子に執着するのか、理由は知らないけどね」

 

 店主は懐から銃を取り出して、銃口をマキマへと向けた。

 

「僕はあの二人のファンなんだ。──行かせると思うかい?」

 

 引き金に添えられた指は、微かに震えている。

 彼自身、こんな玩具で彼女を殺せると思っていない。仮に撃ったとしても、彼女の結んでいる契約上、彼女が死ぬ事もないだろう。

 これは彼なりの、覚悟の表明だった。

 

「お願いなんかしていませんよ。──これは命令です、退きなさい」

 

 けれど、何処までも冷たい声が、静かな路地に響き渡る。

 マキマに向けられた銃口は下げられ、店主は自身のこめかみに当てる。そのまま彼は引き金を──引くことはなかった。

 

「断る」

 

 マキマの瞳孔が、僅かに開いた。

 支配の悪魔。文字通り、相手を支配できる。──但しそれは、彼女が自身より程度が低いと認識した者のみだ。

 

「……これは予想外ですね」

 

 マキマは彼を、格上だとも、殺せないとも思っていない。

 では、何故支配できないのか。疑問に答えるように、店主は徐に口を開く。

 

「毒というのはね、本人も気づかない内に身体を侵しているものさ。徐々に、時間をかけて、ゆっくりと身体を()()するんだ」

 

 そう。マキマは彼を支配できたはずだ。

 彼女が本当に彼を支配しようとしていたのならば、の話ではあるが。

 

「……なるほど。コーヒーの悪魔ではありませんでしたか」

「僕は一言も、コーヒーの悪魔なんて言ってないよ」

 

 沈黙が降りる。路地を包む焙煎の匂いが、血の匂いとわずかに混ざり合う。

 

「試してみようじゃないか。どちらの“支配”が深く心に沁みるのか──」

 

 薄汚い、ネズミの巣食う路地裏で。濃密な死の気配が、甘く苦く、混ざり合った。

 

 




ハッピーで埋め尽くしてぇ……。
書くつもりはなかった、箸休めみたいなものです。
オマエもマスター最高と叫びなさい!!
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