逃避行 作:妄想の悪魔
これが正解!!正解!!正解!!正解!!
行き先は特に決めていなかった。とりあえず、人気の少ない田舎へ向かって、二人は並んで電車に揺られていた。
窓の外には何もない。というより、何があるのか見る余裕なんて、デンジにはなかった。
レゼの髪が揺れるたび、肩に触れた。
指先を包み込む柔らかな感触が、熱を伝えてくる。
──超、糞かわいい。
今までとは違う。取り繕われた表情でも、俺を殺すための演技でもない。飾らない、自然体のままの距離感に、デンジの心臓は爆発寸前だった。
「……ねえ、デンジ君」
「……え、あ? なんだ?」
その横顔に見惚れていたせいで、返事がワンテンポ遅れる。
デンジは頬の熱を隠すように視線を逸らそうとするが、レゼは俯いたままで、デンジの右手を指先で弄んでいた。
「夢って、持ってる?」
「夢?」
──夢……。夢って言やぁ、寝て見るほうじゃねぇよな……。
デンジは窓の外へ目を向ける。
流れゆく景色は、いつの間にか人工物から緑に変わっていた。
「……レゼと一緒に、普通に暮らすこと」
気がつけば、口が勝手に動いていた。
マキマに拾われてから、デンジは“幸せ”を少しずつ覚えてきた。
一日三食、ウマい飯を食えて。仕事にも慣れて、やり甲斐みたいなもんも見つけて。糞みたいな性格のバディとも、イヤ〜な先輩とも、なんやかんや上手くやってきた。
いつか夢見た生活を、今では当たり前のように享受している。
それでも。
その日々を捨ててまで、レゼと逃げたのは──。
「俺ぁ、やっぱレゼが好きだ」
真っ直ぐすぎる言葉が、レゼの心を射抜く。
「っ……」
視線を合わせることすら、今のレゼには難しかった。
訓練で身につけたはずの仮面は、今の彼の前ではまるで機能しない。彼に対してだけ、うまく嘘をつけない。
──俯いてて良かった。こんな顔、彼にはまだ見せられない。
レゼは深呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着かせる。
正面の窓ガラスに映る自分の頬が赤いのは、きっと夕陽のせい──そう思い込もうとした。
「じゃあよ、レゼはどうなんだ?」
「……え?」
デンジは、そんな彼女の内情など知るはずもなく、何気ない調子で続ける。
「レゼはさ、なんか夢あんのかよ」
レゼは少しだけ、唇を噛んだ。
問われることは想定していなかった。
「私は……」
話そうとして、口を噤む。
国家に尽くすために作られた兵器。夢も感情も不要と教え込まれ、ただ命令を遂行する道具。
それが──“
「私は……夢なんて、なかった。そういうふうに育てられたから……」
けれど。
そんな自分にも、今はひとつだけ。
「でもね、今なら一つだけある」
「……どんな?」
レゼは、デンジを見つめた。
吸い込まれそうなほどの瞳に、デンジは呼吸すらも忘れてしまう。
「デンジ君と、一緒に学校に行くこと」
この瞬間、世界には間違いなく二人しかいなくて。
レゼの、初めて見せるような表情に、デンジは堪らずそっぽを向いた。
「……そっかぁ……」
口元がだらしなく緩むのを、なんとか抑える。
──俺のこと、超好きじゃん。
デンジは、自分の事を好きな人が好きだ。そして、自分が好きな人が自分を好いてくれるなら、それはきっと世界一幸せな事だ。
──俺も、超好き。
今までで一番の幸せを噛み締めていたデンジの肩に、レゼはそっと手を伸ばす。
「ねぇ、デンジ君……」
「れ、レゼ!?」
押し倒されるように、デンジはシートに背を預けた。
唇が触れ合いそうな距離で、デンジは彼女から目が離せない。
電車の振動と心臓の鼓動が、ひとつになって響く。
「私もね、デンジ君のことが──」
レゼの声が震える。
生まれて初めて抱いた、感情の形。それを教えてくれたのは、軍の教官でも、学校の先生でもない。
バカで、楽観的で、でも私と一緒に逃げる事を選んでくれたキミだから。キミから教えてもらったモノだから。
ちゃんと伝えたいって、思ったんだ。
「す──「ばん」
乾いた音が、車内に響く。
「………え」
音の正体を理解するより早く、レゼの身体がデンジの上に崩れ落ちた。
赤い花弁のようなものが、ゆっくりと空中に散っていく。
「大丈夫、デンジ君?」
「マ……キマ、さん……」
感じていた温もりは、まるで初めから存在しなかったみたいに。
色褪せた世界の中で、ただ冷たい声だけが、デンジの耳にこびりついた。
チギャウ……チギャウ……