逃避行 作:妄想の悪魔
この世にはなくなったほうが幸せになれるものがたくさんあります。
それらをマキマキの力で全て消し去ります。
「危ないところだったね、デンジ君」
「マキマさん……」
どうやってここまで来たのか。どうやって走る電車に追いつけたのか。そんな事を考える余裕は、今のデンジにはなかった。
頭を撃ち抜かれたレゼは、動かない。多分、即死だ。
首にあるピンを抜けば生き返るだろうが、それを阻むように隣に座るマキマから、視線を外すことができなかった。
「どうして逃げたの?」
怒っているのか、悲しんでいるのか。
いつもと変わらぬ表情からは何一つ読み取れない。それでも、その声に滲む妙な圧に、デンジは言葉を詰まらせた。
「…………」
さっきまでそこにあった陽だまりのような温もりは、もうない。
誓ったはずだった。一緒に戦って逃げるって、約束したはずだった。なのに、デンジにはマキマと戦う意志がなかった。
張り詰めた空気に冷や汗が滲んで、デンジは母親に叱られる子供のように背を丸めている。
「でも、デンジ君の気持ち、わかるなあ」
「えっ……」
そんな彼の耳に、優しい言葉がするりと染み込んでいった。
「最近、ツラいことばかりだったもんね。私も、デンジ君と仕事できてなかったから……寂しかったよ」
マキマはゆっくりと腕を伸ばし、デンジを抱き寄せた。
その弾みで、レゼが床へと転がる。その様子を横目に見ながら、柔らかな感触に、デンジの思考は溶けていく。
──寂しかった……? なんで? デンジ君と仕事ができなかったから……?
デンジ君……って、俺じゃん。
──俺のこと、好きじゃん。
「いっそ、私達で逃げようか?」
デンジの中で色褪せていた世界が、再び色づいて見えた。
「田舎に知り合いがいてね、その人に頼めば住むところを用意してくれるよ。そこなら誰にも邪魔されないし、追手が来ても、私達二人で戦えば逃げられる」
マキマの言葉にデンジは想像する。
それも、いいかもしれない。むしろ最高だ。ずっと好きで、追いかけてた女と、一緒に暮らせる。そこらの奴らよりよっぽど幸せなことだ。
「……」
でも、考えとは裏腹に、言葉はすっと出てこなかった。
「それとも……デンジ君は、私のこと、嫌い?」
「そんなこと!……ないッスけど……でも……」
デンジの視界の端に、レゼが映る。
嘘じゃない。マキマさんのことは好きだ。大好きだ。でも、それと同じくらいにレゼも好きで、それ以上に好きになっちまって。その途端、死んじまったから、やっぱりマキマさんが一番になって……。
──頭ん中、ぐちゃぐちゃだ。
「……随分と絆されたみたいだね」
冷たい風が、デンジの頬を撫ぜる。
マキマはデンジを優しく離すと、静かに立ち上がって、床に横たわるレゼに指先を向けた。
「ばん」「ばん」「ばーん」
乾いた声が三度、車内に響く。
血は一発目より飛び散らなかった。代わりに、頭部がデンジの足元へと転がった。
「じゃあ、いこっか」
デンジの視界からレゼの顔を覆い隠すように、マキマは右手を差し出す。さっきまで銃を象っていたとは思えないほど、柔らかそうで、綺麗な手だ。
この手を掴めばきっと、何もかもを忘れて、今まで以上に素晴らしき日々を送れる。そんな気がする。
甘い蜜を求めて、彼は腕を伸ばし──レゼの骸と、目が合った。
『デンジ君と、一緒に学校にいくこと』
夢を語ったレゼの顔が、デンジの脳に蘇る。
「なんかよくわかんねぇけどよ……多分。今は、こうしなきゃなんねぇ気がする」
伸ばした右手は彼女の手を取ることはなく、胸から伸びたスターターを掴む。
「フラれちゃった。……残念」
車内に轟くエンジン音は、一発の銃声にかき消された。
これは命令です。デンマキ最高といいなさい。
次で終わりかも。