ここだけレグルスに姉がいて幼馴染ちゃんも幸せな結末を迎える世界線 作:ねえ、おなまえは?
スバルに言われ、剣の柄でレグルスの心臓の鼓動を確かめた時、ラインハルトは怪訝に思った。
鼓動は、ある。
しかし、なんとも形容し難い、歪なものだった。
直感的に、何か普通とは違うと感じる。
今のレグルスの状態と、心臓の鼓動が一致していない。
これはまるで、自分の心臓ではなく、他者の心臓の様な。
「スバルの言うとおり君の心臓は何かおかしいようだ。まるで他人の物のような……」
一瞬でレグルスは激昂した表情になり感情のままに叫ぶ。
「お前、お前お前お前!!!人の大切な鼓動を、拍動を、勝手に感じやがって!!あまつさえおかしい、だと!?それってつまり姉さんへの罵倒ととっていいよねえ!?姉さんを卑しめるなんて、人様の大事な家族を軽蔑するなんて、軽視するなんて、人として最低だ!どこまでも舐めやがって、愚弄するなよ!!!」
「なるほど、どうやらスバルの言うとおり……"君の"心臓はここでは動いていないらしい」
怒りのまま、空へと投げ飛ばされたラインハルトは伝心の加護を使ってスバルに現状を伝える。
唐突に現れたレグルスの姉という存在。
それが、いったい今後の戦況にどう影響を与えるのかスバルたちには分からなかった。
婚姻の儀がめちゃくちゃになった教会に、エミリアが戻ると"旦那様"の命令がない為、妻たちはずっと立ち尽くしていた。
そんな妻たちと、真摯に向き合い、あなたたちの力を貸してください、あなたたちと、今、戦っている人を助けさせてくださいと頭を下げてお願いした後、エミリアはひどく驚いた。
出てきたのは、レグルスに対するとめどない罵倒だった。
悪罵、冷罵、嘲罵。
最初の一言は「……嫌い」というシンプルなものだった。
憎悪と、怨嗟と、これまでされてきたことへの思いが伝播していく。
「私も、嫌い」「嫌いだった」「ずっと嫌だった」「嫌い、本当に嫌い」「どうかしてる」「頭がおかしい」「誰が好きになるの」「自分が好きなだけ」「頭の中で何回も拒んだ」「泣きたかった」「でもダメだった」「嫌い」「死ねばいいのに」「大っ嫌い」「嫌だ嫌だ嫌だ、本当に嫌」「目つきが嫌」「喋り方が嫌」「歩き方が嫌」「性格が嫌」「人間性が愛せない」「昨日より嫌い」「明日の方が嫌い」「気持ち悪い」「変態」「頭が子ども」「子ども以下」「地竜の方がマシ」「比較対象がない」「生理的に無理」「嫌い嫌い嫌い」「いつも吐き気がしてた」「殴って死んでって何回も思った」「最悪」「最低すぎる」「一緒にいると反吐が出る」「触られると腐りそう」「心が死んでいく」「家族の仇」「無理やり連れ出されてどうして好きになるの?」「無自覚な悪意が信じられない」「苦しんで死んでほしい」「話が長くて回りくどい。一文字余計に喋るたびに死んでほしい」「腸が腐ればいいのに」「私の恋人を返して」「帰りたい、帰りたい……」「助けなんていいから、あいつを殺して」「ゲス野郎」「もう嫌、永遠に嫌!」「あれを好きになる女なんていないでしょ?」「男でもいないわよ」「あれを愛せる人間なんていない」
積み重なった思いを口々に、罵詈雑言を放つ。
最後に、シルフィが言う。
「あんな男、大嫌いでした」
「私たちにも協力させてください」
皆んな耐え忍んで、押し殺して、飲み込んだふりをして過ごしていたんだ。
やっぱり、許せない。と、憤りを感じてグッと手に力を込める。
一刻も早く、彼女たちの為になんとかしたかった。
だが、誰かがぽつりと言った。
「……でも、お姉さまは違う」
「そう、そうよ、お姉さまは違った」「あのゲス野郎とは正反対だった」「私たちのことを名前で呼んでくれた」「何ヶ月も会っていなかったあとでも、名前を覚えていてくれた」「私の好きなものも覚えていてくださった」「髪色を褒めてくれた」「一緒に料理を作って、いつも褒めてくださった」「お姉さまが作るお料理はとても美味しくて」「焼き菓子もね」「そう、あのクズにも分けてあげていたけれど、私たちに1番最初に味見させてくださって」「特別な存在でした」「表情を作るのが苦手な方だった、でも不器用ながらに私達にむけて笑いかけてくれた」「朝起きるのが苦手で、片付けもできなくて」「ちょっと抜けていらっしゃるところもあって」「そこがまた、かわいらしくて」「何ごとにも真剣に取り組まれていて、何日も寝ずに、食べずに続けて魔導書を解析されていたり」「そう、そういう時の真剣な瞳が好きでした」「甘いものが好きで、時々こっそり分けてくださりました」「プレゼントをくださりました」「優しい手で、頭をなでてくれた」「治癒魔法で怪我を治してくださった」「家族のことを偲んで祈ってくださりました」「私たちの気持ちを尊重してくれた」「亡くなって行った他の子たちの話を聴くと酷く悲しんでくれた」「悲しんでくれる人なんてもうお姉さまくらいしか居なかった」「素敵な魔法をたくさん見せてくれた」「旅先でのお話をたくさん聞かせてくれた」「美しい方だった」「あのゲス野郎と同じ血が流れているなんて考えられないくらい慈悲深かった。優しかった」「あんなゲス野郎にすら優しく接していた」「お姉さまが泣くところを見たくない。悲しむところを見たくない」
エミリアはさらに困惑した。
レグルスにはお姉さんがいたの?
みんなは、あのレグルスのお姉さんのことをこんなに慕って、大切に思っているの?
分からなかった。
レグルスは彼女たちを妻にする時に関係のない村人や家族の命をも奪ったと言っていた。
それは許してはいけない悪虐非道な行為だ。
けれど、私が今からすることは、相手がいくらあの非人道的なレグルスであったとしても、そのお姉さんの家族の命を、奪うことに繋がる。
エミリアはどうすれば良いのか分からなかった。
自分の判断が、正しいのか、もっと良い方法があるのではないか。
スバルならもっといい方法を思いつくのだろうか。
分からなくなってしまった。
レグルスのお姉さんが、家族が突然殺されてしまったと知った時、私は、私はどうすれば良いのだろう……?
ぐるぐると思考が循環する。
しん、と静まり返った教会内に、また、1つの声が響く。
「――でも」
「でも、あいつのせいで、あいつが生きていることでこの先お姉さまが悲しい思いをするかもしれないと思うと反吐がでる」「そうよ!」「あいつとお姉さまが家族だっていうこと自体が間違いなのよ」「あのクズ、お姉さまに一番愛されているのは自分だってふんぞり返って、馬鹿みたい!」「寵愛を受けていたのは私たちの方なのに」「あのクズが居ない方がお姉さまは心から笑顔になることができるはずだわ」「そうに違いないわ!」次々に妻たちから大きな声があがる。
そう、なのだろうか。
でも、本心を曝け出すことが出来るようになった彼女たちがそこまで言うなら、きっと、本当にそうなのだろう。
皆の手にガラス片があった。
握られたステンドグラスの、鮮やかな色がその状況とは場違いにキラキラと反射する。
シルフィが、妻たちが全員ガラス片で首を突き刺そうとするのを、エミリアが制する。
「私が、あなたたちの鼓動を止めるわ。――そんなもので喉を突いても簡単に楽にはなれないから」
エミリアの周りに、教会内に、青い雪が降り積もっていく。白い結晶へと変わっていく。
「――ごめんなさい、こんな方法しかなくて」
スバルならもっと良い案を思いついたのかな。
安心した顔の妻たちは口を揃えて最後に言った。
「謝らないで。ありがとう」
そして、教会は青白い極光に包まれて――