機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第九十九話 見えない銃口 ――デブリ帯の攻防――

 第九十九話 見えない銃口 ――デブリ帯の攻防――

 

 アークエンジェルがデブリ帯に身を潜めてから、すでに数時間が経過していた。

 時間の感覚が、少しずつ狂っていく。

 通常航行なら数分で抜けられる距離を、今は何十分もかけて進んでいる。

 秒針の音すら聞こえないはずの艦橋で、誰もが無意識に“時間”を数えていた。

 

 船体各所に走る微細な振動は、決して一定ではない。

 デブリ帯特有の不規則な重力の揺らぎが、艦をわずかに引きずる。

 それをノイマンは、操舵桿を通して直接感じ取っていた。

 

 わずかな補正。

 ほんの数度の角度変更。

 だがその積み重ねが、巨大な艦を“生かす”か“殺す”かを分ける。

 

 艦橋の空調は抑えられ、空気はどこか重たい。

 誰かが咳払いをすることすら、ためらわれるほどの静けさ。

 発せられる声は、必要最低限。

 それ以外は、沈黙が支配していた。

 艦の外では、大小さまざまな残骸が無秩序に漂っている。

 かつて戦艦だったもの、コロニーの外殻だったもの――

 そのいずれもが、今は意思を失った凶器だった。

 

 船体を時折、小さな衝撃がかすめる。

 といっても、その「小さな」残骸でさえ、トラック大からビル一棟分ほどの質量を持つ。

 直撃すれば、いかにアークエンジェルといえど無事では済まない。

 

 速度は維持したまま、推力は最小限。

 バーニアの噴射は細心の注意を払って制御されている。

 ここで大きな防御磁場を展開すれば、その瞬間に敵哨戒艦隊へ位置を晒すことになる。

 

 その敵哨戒艦隊は――

 すでにMSを発進させ、アークエンジェルが姿を消した宙域を執拗に捜索していた。

 

 外部映像に映る連合軍のMSは、獲物を探す猟犬のようだった。

 一定間隔で散開し、宙域を区切るように索敵を繰り返す。

 その動きには、無駄がない。

 

(……慣れてる)

 

 マリューは内心でそう判断する。

 この艦隊は“偶然”ここにいるのではない。

 何かを探している。

 そして、それを見つけるまで引き返すつもりはない。

 

 索敵パターンが、少しずつ変化していくのが分かる。

 円を描くような動きから、網を狭めるような配置へ。

 確実性を重視した、実戦慣れした指揮だ。

 

 それが意味するのは――

 時間が経てば経つほど、こちらが不利になるという事実だった。

 

「ノイマン、相対速度と距離に注意しろ。お前の腕前に、全てかかっている」

 

 ナタルの声は冷静だが、そこに含まれる重みは明確だった。

 

「大丈夫です。貴女と、この艦を――デブリにはさせませんよ」

 

「頼むぞ。二時間後、私が代わる」

 

 短いやり取り。

 だが、その裏には互いの力量を信じ切っている者同士の、無言の確認があった。

 

 ノイマンとナタルの色気のない会話を聞きながら、マリューは艦長席で静かに珈琲を口にしていた。

 ストローを咥えたままスクリーンに視線を向ける。

 

 映し出される敵艦隊の動きは、慎重で、そして異様なほど執念深い。

 

(……厄介ね)

 

 こういう艦隊を率いるのは、往々にして――

 中央から政治闘争に敗れ、前線に回された司令官だ。

 失った地位の代わりに、功績だけを欲している。

 

「念入りで執拗ね。あまり口うるさい上司は、部下に嫌われるわよ」

 

 マリューの軽口に、ムウは肩をすくめた。

 

 そのムウは、すでにパイロットスーツ姿だ。

 ムウ、キラ、フレイ、そしてアストレイ三人娘を指揮する立場にある彼だが――

 今回は、出番が来ないことを心の底から願っていた。

 

 敵MSは二十機。

 戦って勝てない相手ではない。

 だが、互いに確実な損害が出る。

 何よりメンデルへ向かっている事を察知されるほうがまずい。

 

 誰も得をしない戦いだった。

 

「待つってのは、どうも性に合わないな」

 

「パイロットに出番がないのは、良いことよ」

 

「そりゃそうだけどさ。このかくれんぼ、いつまで続くのさ?」

 

「あっちの司令官が諦めるまで。永遠ってわけでもないでしょう」

 

 他愛のないやり取り。

 だが、その会話を引き裂くように――

 

 ギギギギギッ、と。

 隕石が船体を引っ掻く、嫌な金属音が響いた。

 

 サイが即座にメインディスプレイを操作する。

 赤い点が、じりじりと距離を詰めてくる。

 

「……また一隻、近づいてきました。三十分後、最接近地点を通過します」

 

 マリューは目を閉じ、ひとつ深く息を吐いた。

 そのわずかな動作が、艦橋全体に緊張を伝播させる。

 

「……あと少しね」

 

 ムウは頭の後ろで手を組み、微動だにせず操舵を続けるノイマンと、制御卓に視線を落とすナタルを交互に見た。

 

「おっと。“お嬢様方”の機嫌を損ねちゃまずいな。気をつけろよ、ノイマン」

 

「……言われるまでもありません」

 

 冷静な返答。

 だが額には、薄く汗が浮かんでいた。

 汗は拭わない。

 拭えば、集中が途切れる。

 ノイマンはそう理解していた。

 

 呼吸を一定に保ち、視線は計器と外部映像を行き来する。

 デブリ一つひとつの動きを、頭の中で“予測”し続ける。

 ここで反応してからでは遅い。

 反応する前に、すでに次の手を打っていなければならない。

 

 ナタルはその横で、ほとんど身動きせずに立っていた。

 操舵を代わる準備は整っている。

 だが、今は“口を出さない”こともまた、役割だった。

 

 信頼しているからこそ、黙っている。

 それは、言葉よりも重い意思表示だった。

 スティック操作は、もはや反射の領域だ。

 ほんのわずかな角度の誤差が、艦体をデブリへと押し出す。

 慣れない者なら、正気を保つのが困難な時間だった。

 

 ちょうどその時――

 

「……おいおい」

 

 ムウが、天井に向かって溜息を吐く。

 

「また一隻増えたぞ。どんだけ念入りなんだ、あの提督は」

 

 サイがモニターを切り替え、新たな艦影を映し出す。

 

「ネルソン級……!?

通常の哨戒任務に投入される艦ではありません」

 

 大型艦。

 しかも、この宙域では不釣り合いな存在だ。

 

「なるほど」

 

 マリューは腕を組み、淡々と言った。 

 艦長席に深く腰を下ろしながら、マリューは思う。

 

 ――撃てば楽だ。

 ――動けば終わる。

 

 だが、その“楽な選択”が、どれほど多くを壊してきたか。

 彼女は、それを誰よりも知っている。

 

 戦闘とは、勝てば終わるものではない。

 勝ったあとに残るものこそが、本当の結果だ。

 

(……今は、耐える時)

 

 それは逃げではない。

 責任ある者が選ぶ、“もう一つの戦い方”だった。

 

「先行していたドレイク級は囮ね。

ネルソン級本隊で、確実に“獲物”を仕留める気」

 

「まるで狩りだな」

 

 ムウが肩をすくめる。

 

「こっちが鹿で、向こうは猟師ってわけか」

 

「ええ。……本腰を入れてきたわね」

 

 マリューは椅子に深く腰を下ろし、目を閉じた。

 短い静寂の後、厳かに告げる。

 

「ノイマン。悪いけど長期戦になりそう。操舵をナタルと二時間交代で」

 

「了解です。三十分後、交代お願いします」

 

 戦えば、勝てる。

 だが――今は、見つかるわけにはいかない。

 

(……情報は、どこから漏れた?)

 

 オーブ内部に、連合の影が入り込んでいる可能性。

 それは、決して無視できない事実だった。

 

「戦うのは容易いわ。でも、まだ見つかるわけにはいかない」

 

 その低い呟きは、誰に向けたものでもなく、艦全体に染み込んでいく。

 

「向こうは、本気で私たちを“捕まえる”つもりね」

 

「……厄介だな」

 

 ムウが短く鼻を鳴らす。

 

「この状況で、戦わずにすり抜けるつもりか?」

 

「ええ。戦わずに。諦めさせるまで、耐える」

 

「簡単に言うなぁ……」

 

 軽口の裏に、覚悟があった。

 

「キラ君たちなら、問題ないわ」

 

 マリューの声には、揺るぎない信頼が宿っている。

 

「あの子たちは、強い」

 

 ナタルは無言のまま制御卓に手を置き、前方スクリーンを見据えていた。

 

 ――デブリの影を縫うように進むアークエンジェル。

 その艦橋で、音のない攻防が、確かに始まっていた。 

 艦橋の誰もが、口には出さない。

 だが、全員が同じことを考えていた。

 

 ――長い。

 

 戦闘よりも、待つ時間の方が人を削る。

 引き金を引けないまま、緊張だけが積み重なっていく。

 

 それでも、誰一人として動揺を表に出さなかった。

 それが、この艦の“強さ”だった。

 

 次回予告

 

 闇の中で、時間の輪郭が崩れていく。

 進んでいるのか、立ち止まっているのか――

 その境界すら、わからなくなりつつあった。

 

 思い出すのは、失ったものと、守れなかった過去。

 それでも、僕はまだここにいる。

 

 戦う準備が日常になった自分を、少しだけ怖いと思いながら。

 それでも、目を逸らすことはできなかった。

 

 引き返せないと知りながら、

 アークエンジェルは、そして僕は――前へ進む。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第百話

『闇の中で綴る――それでも、前へ進むために――』

 

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