機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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【100話記念総集編】第百話 闇の中で綴る――それでも、前へ進むために――

 【100話記念総集編】第百話 闇の中で綴る――それでも、前へ進むために――

 

 三日目。

 

 アークエンジェルが地球連合艦隊の追撃から身を隠し、デブリ帯に潜り込んでから、三日が経った。

 数字にすれば、たったそれだけの時間だ。

 けれど体感としては、もっと長く、もっと重たい。

 数時間が一日分のように引き延ばされ、逆に一日が一瞬で過ぎ去っていくような、歪んだ感覚だけが残る。

 

 時間の感覚が、少しずつ曖昧になっていく。

 昼と夜の区別は照明でしか分からず、時計を見なければ、今が何時なのかも判断できない。

 艦内照明の色が切り替わるたびに、「ああ、もうそんな時間か」と思うが、すぐにその感覚も薄れていく。

 その繰り返しの中で、時間そのものが意味を失っていくようだった。

 

 艦内は緊張に包まれている。

 誰も大声を出さない。

 足音も、扉の開閉も、どこか遠慮がちだ。

 無意識のうちに、全員が“音を立てない方法”を選んでいる。

 それは命令ではなく、経験から身についた本能だった。

 

 まるで艦そのものが、呼吸を抑えているみたいだった。

 

 空調の低い唸り。

 制御装置の微かな作動音。

 それらが混じり合って、独特の沈黙を作り出している。

 完全な静寂ではないのに、かえって神経に触る。

 音があるからこそ、次に来る「異音」を待ち構えてしまう。

 

 時折、船体を引っ掻く瓦礫の音が響く。

 ギリ、と金属が擦れる感触が、床越しに足裏へ伝わる。

 その振動は短く、けれど確実に艦内を走り抜ける。

 通り過ぎた後も、身体の奥に余韻のように残り続けた。

 

 そのたびに、身体が無意識にこわばる。

 心臓が一拍、早くなる。

 理性では「大丈夫だ」と分かっていても、身体は正直だった。

 

 巨大なビルほどもある塊。

 かつては戦艦だったもの、コロニーの一部だったもの。

 表面が焼け爛れ、無数の傷を刻まれた残骸が、ゆっくりと漂っている。

 それらは過去の戦争の名残であり、同時に、次の戦争を待つ墓標のようにも見えた。

 

 直撃すれば、アークエンジェルといえど無事では済まない。

 そう理解しているからこそ、操舵の一つ一つが、命綱のように感じられた。

 誰かの集中が一瞬でも途切れれば、それだけで終わるかもしれない。

 

 それでも、進むしかない。

 立ち止まるという選択肢は、最初から存在していなかった。

 止まることは、見つかることと同義だった。

 

 僕は水色のパイロットスーツのまま、パイロットルームの椅子に腰掛けている。

 シートは身体に馴染んでいて、長時間座っていても不思議と苦にならない。

 むしろ、安心感すら覚えてしまう。

 機体に乗らずとも、ここが「自分の居場所」だと感じてしまう。

 

 それが、少し怖い。

 

 ――戦う準備が、もう「日常」になっている。

 

 ヘルメットを脇に置き、手袋を膝の上に乗せる。

 何度も同じ動作を繰り返してきたから、考えなくても身体が勝手に動く。

 この感覚に慣れてしまった自分が、どこか遠い存在に思えた。

 平和な日常を過ごしていた頃の自分が、もう思い出の中にしかいない気がした。

 

 緊急時に備え、可能な限り体力を温存する。

 頭では分かっている。

 でも、何もしない時間ほど、考えてしまう。

 思考は、望まなくても過去へと引き戻される。

 

 背後で、いつもの声が響く。

 

「……あ~もうっ! いつまで続くのよ!!」

 

「落ち着きなさいって、アサギ」

 

「そうそう。キラ君たちを見習ったら? 私たち年上のお姉さんなのよ」

 

「はいはい。でもあの子たち、ちゃっかり恋人いるのよね」

 

「カガリ様はアスランさんと、キラ君はラクスちゃんと、フレイちゃんはサイ君と。トール君とミリアリアちゃん……あ~あ、どうして私たちには恋人ができないのよ」

 

 思わず、口元が緩む。

 この緊張感の中でも、こうして軽口を叩けるのが、あの人たちらしい。

 

 アサギ、ジュリ、マユラ。

 ムラサメに乗る三人の声は、今も変わらず賑やかだ。

 それが、艦内の空気を少しだけ柔らかくしてくれる。

 

 この艦にいると、よく思う。

 戦場にいるはずなのに、人はちゃんと人のままだ。

 

 ――次の瞬間。

 

 ギギギギギッ。

 

 船体を削るような音が、はっきりと耳に届く。

 振動が椅子を通して背中に伝わり、歯の根がわずかに鳴る。

 

 会話が、ぴたりと止まる。

 誰かが、息を呑む気配。

 

 航行は続く。

 警報は鳴らない。

 それでも、心臓の鼓動だけが、やけに大きく聞こえた。

 

 コーヒーを、ゆっくりと口に運ぶ。

 苦味と香ばしさが、舌に広がる。

 南国オーブ製のバルトフェルドブレンド。

 世界中で人気がある、平和な時代の味だ。

 

 この匂いを嗅ぐと、思い出してしまう。

 

 ――あの日のことを。

 

 あの日、僕はオーブで、両親と、ラクスと、カガリと、アスランと、同じ家で暮らしていた。

 平和で、静かで、疑うことを知らない日々だった。

 

 親友のシンとステラ。

 ニコルとマユ。

 彼らに危険が迫っているなんて、思いもしなかった。

 

 ハーバー・コロニーがブルーコスモスに襲われたと、カガリが血相を変えて飛び込んできたのは、夕食の最中だった。

 そこから世界は、一気に動き出した。

 

 アークエンジェルとドミニオンが救援に向かったと聞いても、胸騒ぎは消えなかった。

 ハーバーには、ロドニアや他の研究所から解放された子供たちが住んでいたからだ。

 

 その後、シンとニコルから私信が届いた。

 シンがザフトに入った、と。

 

 戦うことを嫌がっていたはずのシンの文面は、怒りと焦燥に満ちていて、危うかった。

 ニコルから自分が直接指導するから安心してほしい――そう書かれていても、不安は拭えなかった。

 

 二人が、大きな渦に巻き込まれていく。

 そんな予感だけが、日ごとに強くなっていった。

 

 そして。

 

 ――ユニウスセブン落下。

 

 僕たちは地下シェルターに守られ、命は助かった。

 けれど、落下後の世界は、取り返しのつかない傷跡に満ちていた。

 

 ナチュラルとコーディネイターの対立は、再び深く、鋭く、世界を引き裂いた。

 

 ミネルバがオーブに入港し、僕は久しぶりにニコルと再会した。

 だが、それは決して平和な再会ではなかった。

 

 彼が持ってきたデータチップ。

 そこに記録されていたのは、

 ――「ユニウスセブン落下は、ミネルバが仕組んだ」という、地球連合製と思われる証拠。

 

 僕は解析し、不自然な合成の痕跡を見つけ、ニコルに渡した。

 アスランの裏取りと、カガリの尽力で真実は暴かれたが、あれは本当に危険な賭けだった。

 

 ――そして、戦争が始まった。

 

 ミネルバは出航し、オーブは再び中立を選んだ。

 きっと、ニコルが「何かを背負う」と決めたのは、あの頃からだったのだと思う。

 

 あの日届いた、ニコルからの私信。

 

 SOS。

 

 プラントで進む巨大な陰謀。

 月で活発化する地球連合の動き。

 そして、すべての災いが、僕が造られた場所――メンデルにあるということ。

 

 この航海の途中で、こうして日記を書いていること自体が、運命なのかもしれない。

 

 デブリ帯の闇の中で、

 僕は、過去と現在と、これから向かう場所を、静かに見つめている。

 

 

 次回予告

 

 闇の中で、人は時々、過去と向き合う。

 忘れたふりをした言葉も、傷も、静けさの中では嘘をつかない。

 

 戦争は、多くを壊す。

 だが同時に、人が「どう生き直すか」を問い続ける。

 

 かつて傷つけ合った二人は、今、同じ場所に座っている。

 許しでも、赦免でもない――

 それは、過去を抱えたまま前を見るという選択。

 

 背負ったものは消えない。

 それでも、人は隣に立てる。

 

 赤い髪の少女と、少年は知る。

 傷を越えた先にも、共に進む道があることを。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第百一話

 『赤い髪の隣――傷を越えて、同じ方向へ――』

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