機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百一話 赤い髪の隣――傷を越えて、同じ方向へ――
キラがデブリの音で思考の奥から呼び戻された時、
パイロットルームの照明は落とされ、壁面モニターの淡い光だけが室内を照らしていた。
低重力特有の、わずかに浮くような感覚が、足先から背中へとじんわり伝わってくる。
艦内の温度は一定に保たれているはずなのに、どこか冷たく感じられた。
耳に届くのは、遠くで軋む金属音と、艦の心臓部が刻む一定のリズム。
それらは決して大きな音ではない。
だが、完全に消えることもない。
まるで「ここにいる」と、存在を主張し続ける鼓動のようだった。
目の前に、赤く長い髪の少女が立っていた。
フレイだ。
赤いパイロットスーツに身を包んだその姿は、
艦内の暗がりの中でもはっきりと目を引いた。
非常灯の淡い光が、彼女の髪に反射して揺れる。
戦場に立つ人間の装いなのに、不思議と「帰る場所」を知っているような落ち着きがあった。
カガリのストライク・ルージュの姉妹機、ストライク・レッド。
彼女がその機体に乗る理由を、キラは今なら理解できる気がした。
誰かの代わりではなく、自分の意思で戦うための機体だ。
「フレイ?」
自分の声が、思ったよりも静かだったことに気づく。
それだけ、ここでは大きな音を出すこと自体が躊躇われた。
「隣、座るわね」
そう言ってフレイは、ためらいなくキラの隣に腰を下ろした。
シートがわずかに沈み、二人分の体重が艦の振動に溶け込む。
距離は近いが、触れ合うことはない。
その間合いが、今の二人にはちょうどよかった。
ほんの一瞬、互いに何も言わない時間が流れた。
沈黙は気まずさではなく、
言葉を選ぶための、必要な間だった。
「さっきから何を書いてたの?」
フレイの視線が、キラの膝の上にある端末に向く。
「日記だよ」
「日記? ふうん」
短くそう呟き、フレイは視線を落とす。
照明に照らされた睫毛が、細い影を作る。
その影が、彼女の迷いを代弁しているように見えた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「その日記には、私の事も書いてるの?」
問いかけは軽い。
だが、声の奥にある緊張を、キラは聞き逃さなかった。
「……うん」
間を置いて、正直に答える。
言葉を急げば、嘘になる気がした。
「酷い女だと思ったでしょうね」
フレイは、笑おうとして失敗したような表情を浮かべた。
自嘲でも開き直りでもない。
過去を直視している人間だけが見せる、脆い強さだった。
「そんな事無いよ」
キラは、少しだけ嘘をついた。
だがそれは、彼女を傷つけないための嘘だった。
ヘリオポリス崩壊から当分、日記はつけていない。
書く余裕も、心を言葉にする力もなかった。
あの頃の感情を記せば、きっと紙面は痛みで埋め尽くされていただろう。
フレイに言われた言葉は、
今でも、心の奥に残っている。
――“あんた達が攻めてくるからこんな事になったのよ!!”
戦場に放り込まれ、望まぬ殺人を犯し、
守ろうとした相手に拒絶された現実。
あれは怒りよりも、虚しさが残る言葉だった。
もし、あの後にラクスと出会っていなければ。
もし、誰も手を伸ばしてくれなければ。
自分は、ここにはいなかったかもしれない。
「そんな事あるわよ」
フレイが、静かに言った。
「私、アラスカでサイクロプスに殺された人たちを見て……
やっと、戦争ってものを理解したの」
その言葉には、感情を誇張する響きがなかった。
ただ、事実として受け入れた重さだけがあった。
アラスカで起きた大虐殺。
光に呑まれ、消えていった無数の命。
あの瞬間、ナチュラルもコーディネイターも意味を失った。
世界そのものが、狂っている。
そう理解した時、人はようやく同じ場所に立てる。
そして、キラとフレイは仲間になった。
同じ戦場に立ち、同じ恐怖を見て、
同じ終わりを願った。
「あの時の私、本当に馬鹿だったわ」
フレイは苦笑する。
だがその表情には、もう自己嫌悪の棘はなかった。
「でも……そんな私を、サイは受け入れてくれた」
「サイと、上手くいってるんだね」
「とってもね」
フレイの声は、柔らかく、確かだった。
「一緒にいると、ちゃんと“対等”なんだって感じるの。
キラだって、ラクスとそうでしょ?」
「うん」
キラは迷わず頷いた。
「僕にとって、ラクスはかけがえのない女の子だよ」
二人は顔を見合わせ、自然に笑った。
そこには、かつての誤解も、傷もなかった。
過去を知ったまま、今を選び続けている。
それが、二人の距離だった。
そこには、もう過去の軋みはない。
かつて溝に立たされた二人は、
今では、互いの人生を尊重できる親友になっていた。
フレイは、ラクスにも感謝していた。
彼女の優しさがなければ、キラの心は壊れていただろう。
そして、自分も――許されることはなかったかもしれない。
いつか必ず、謝罪と感謝を伝えよう。
フレイは、そう心に決めていた。
「ねぇ、キラ」
「何?」
「戦争って……いつ終わるのかしら?」
その問いに、キラはすぐ答えられなかった。
ニコルたちも、戦争を終わらせようとしている。
そして、そのためにSOSを送ってきた。
「わからない」
正直な言葉だった。
「でも……メンデルに行けば、何かがわかるはずなんだ」
そう言ったキラの表情は、
フレイが今まで見たことのないほど、悲痛だった。
自分が造られた場所へ向かうということ。
それがどれほどの重さを持つのか、
フレイには想像することしかできない。
それでも――
今度は、キラを守る側でいたいと思った。
その瞬間。
艦内スピーカーが、低く鳴った。
『――全艦に通達』
マリュー・ラミアス艦長の声。
『現在追跡していた地球連合艦隊は、捜索を打ち切り、宙域を離脱しました』
一瞬、空気が凍りつく。
『繰り返します。
敵艦隊は離脱。
アークエンジェルは、これよりデブリ帯を脱出します』
フレイが、ゆっくりと息を吐いた。
「……終わったのね」
「うん」
キラは立ち上がり、ヘルメットを手に取る。
掌に伝わる硬質な感触が、現実へ引き戻す。
戦わずに、逃げ切った。
それもまた、ひとつの勝利だった。
デブリ帯の闇の向こうに、わずかな光が見え始めている。
アークエンジェルは、静かに、しかし確かに前へ進む。
それぞれが背負うものを抱えたまま――
それでも、同じ方向へ。
次回予告
そこは、静かすぎる場所だった。
迎えも、拒みもせず――
ただ、過去を抱えたまま、宇宙に浮かんでいる。
人類の善意が生み、
挫折と罪が積み重なった場所。
多くの命が、名もなく失われた座標。
少年は知っている。
自分の名前が、この場所と結びついていることを。
逃げれば楽になれる。
目を逸らせば、過去は眠ったままでいられる。
それでも、彼は進む。
原罪と向き合うために。
メンデル。
すべての始まりへ――。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百二話
原罪の座標――メンデル、過去と向き合う航路――