機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第百二話 原罪の座標――メンデル、過去と向き合う航路――

 第百二話 原罪の座標――メンデル、過去と向き合う航路――

 

【挿絵表示】

 

 艦橋でキラとムウは、禍々しい物を見るようにそれを見つめていた。

 メンデルコロニー。

 全ての災厄の始まりの場所。

 

 メンデルコロニーは、静かにそこに在った。

 

 周囲に目立った残骸はない。

 防衛設備も、警戒灯も、稼働している様子は見えない。

 ただ巨大な円筒構造物が、宇宙の闇の中に沈むように浮かんでいる。

 

 キラは、無意識のうちに息を止めていることに気づき、ゆっくりと呼吸を再開した。

 胸の奥が、重く沈んだまま動かない。

 視線を逸らせば楽になることは分かっていたが、それでも目を離さなかった。

 離した瞬間、自分が逃げてしまう気がしたからだ。

 

 外殻には無数の劣化痕が走り、かつて白かったはずの装甲は、長い年月に晒されて鈍い灰色へと変色していた。

 補修された形跡はなく、パネルの継ぎ目には歪みが残っている。

 人の手が離れてから、相当な時間が経っていることは一目で分かった。

 

 キラの両親が沢山の子供たちを殺し、沢山の不幸をまき散らした。

 善意で始まったはずの実験。

 コーディネイターを安全に出産する為の人工子宮。

 その失敗と挫折。

 

 艦橋のメインモニターに映し出された映像が、わずかにノイズを含む。

 距離が詰まるにつれて、細部がはっきりと見えてくる。

 居住ブロックだったと思われる区画には、内部照明の反射すらない。

 完全に、眠っている。

 

 頭では理解している。

 けれど理解と感情は、必ずしも同じ速度では進んでくれない。

 喉の奥に、言葉にならない違和感が引っかかり、何度か唾を飲み込んだ。

 

 アークエンジェルは、慎重に速度を落としていく。

 巨大な艦体が減速するたび、わずかな振動が床を伝い、艦内の空気が引き締まる。

 誰も声を上げない。

 必要な報告だけが、淡々と交わされる。

 

 遺伝子操作で全てを変えられると願った人々の血と涙をのみこんだコロニー。

 ムウの父親のクローン、ラウ・ル・クルーゼ。

 そしてスーパーコーディネイター、キラ・ヤマト。

 二人の生まれ故郷。

 

 距離を示す数値が、一つずつ減っていく。

 それはまるで、過去へと近づいていくカウントダウンのようだった。

 

 自分の名前が、ここに結びついている。

 それだけで、背中に冷たいものが走った。

 指先がわずかに震え、キラは拳を握りしめる。

 

 メンデルの影が、艦橋の窓を横切る。

 遮られた星の光が一瞬だけ消え、再び現れる。

 その暗転が、妙に長く感じられた。

 

 この場所では、時間の流れそのものが歪んでいるようだった。

 何年も前に終わったはずの出来事が、今もなお、ここに留まり続けている。

 忘れ去られることを拒むように。

 

 ムウが優しくキラの頭に手を乗せる。

 その温度が、思ったよりもはっきりと伝わってきた。

 キラは少しだけ俯いたが、すぐ顔をあげた。

 

 「いきましょう」

 

 声が、思ったよりも低く出た。

 それが自分の声だと認識するまで、一瞬の間があった。

 

 「ああ」

 

 パイロットスーツを着た二人が格納庫へ駆けていく。

 格納庫側のカメラが切り替わり、フリーダムとストライクが発進準備に入る様子が映し出される。

 機体の表面に走るライトが、金属の輪郭を浮かび上がらせる。

 人の手で作られ、人の意思で動かされる兵器。

 それらが、今から人類の過去と向き合おうとしている。

 

 マリューは、二人の背中から目を離した瞬間、ほんの一拍だけ視線を落とした。

 その仕草は誰にも気づかれないほど小さなものだったが、彼女自身は確かに意識していた。

 胸の奥に浮かびかけた感情を、息と一緒に押し戻す。

 

 「これよりアークエンジェルはメンデルコロニー捜索任務に入る――」

 

 ミリアリアが素早くキーボードを叩き、艦内通信で指示を飛ばす。

 その規則正しい音が、かえって緊張を際立たせた。

 

 ムウとキラが格納庫へ向かうのを見送ったマリューは、一瞬だけ目を伏せた。

 メンデル――その名前に込められた意味は、ただの施設名ではない。

 

 指先が、艦長席の肘置きを軽く叩く。

 無意識の動作だったが、すぐに止めた。

 感情を表に出すわけにはいかない。

 ここでは、艦長でなければならなかった。

 

 モニターに映るメンデルの外観は、まるで巨大な墓標のようだった。

 

 マリューは瞬きを一度だけ行い、視線を固定する。

 “見慣れたはずの光景”として脳に処理しようとしたが、どうしても拒否感が残った。

 

 「……では、始めましょう」

 

 声の高さは一定。

 震えはない。

 それを確認してから、次の指示を出す。

 マリューの声は低く、しかし揺るぎがなかった。

 

 モニターに映るメンデルの外観は、まるで巨大な墓標のようだった。

 かつて人類の未来を夢見た場所。

 だが今は、封印すべき過去として忌避され、存在すら忘れ去られようとしている。

 艦長席の肘置きを軽く指で叩く音だけが、艦橋に残った。

 操舵手のノイマンが緊張した面持ちで進行方向を定める。

 

 「進路固定、減速開始。衝突防止プログラム、スタンバイ」

 

 「了解。衝突防止プログラム、起動完了」

 

 ナタルの確認に、マリューはうなずいた。

 

 「メンデルコロニー外郭との距離、5000メートルで停止。艦体はメンデルとの相対速度を維持」

 

 「メンデルまでの距離、6,800メートル。減速率、90%」

 

 「……いよいよ、ね」

 

 『艦長、ムラサメ隊及びフレイ機、護衛準備完了。発進待機中です』

 

 サイからの報告だった。

 

 「ありがとう。そのまま待機していて。発進タイミングは改めて指示するわ」

 

 通信が切れた後、艦橋のモニターにフレイのストライク・レッドが映る。

 その側で、ムラサメが三機、さらにアスランとカガリから譲渡されたストライク・レッドが並んでいた。

 

 「じゃあ、行くか」

 

 ムウがそう言って、ヘッドセットを整える。

 キラもまた、小さくうなずいた。

 

 「戻ってきます。絶対に」

 

 その言葉に、マリューは一瞬だけ呼吸を止めた。

 だがすぐに微笑み、頷く。

 信じることしか、今の自分にはできないと理解していた。

 

 メンデルコロニーへキラとムウが向かう。

 全てを記録する為にトールとミリアリアも後に続いた。

 

 アークエンジェルの艦体が、最終停止位置へと滑り込む。

 完全に静止した瞬間、艦内にわずかな「間」が生まれた。

 音が消えたわけではない。

 だが、全員が同じものを見ている、そんな沈黙だった。

 

 キラはコクピットの中で、もう一度だけ深く息を吸った。

 心臓の鼓動が、装甲越しにもはっきりと分かる。

 

 それでも――逃げなかった。

 

 メンデルコロニーは、変わらずそこに在る。

 逃げもせず、迎えもせず。

 ただ、過去を抱えたまま。

 

 

 次回予告

 

 朽ちたコロニーは、かつて未来を育てる場所だった。

 だが今は、時間と放射線に削られた、静かな廃墟。

 

 希望は理論に変わり、

 理論は選別に変わり、

 選別は、命の価値を測る刃となった。

 

 ここは、人が神になろうとした場所。

 そして――人であることを、見失った場所。

 

 恐怖を抱えたまま、少年は歩く。

 逃げず、目を逸らさず、過去の胎内へ。

 

 禁忌は、封じられてはいなかった。

 ただ、忘れられていただけだった。

 

 その扉が、今、再び開かれる。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第百三話

 『禁忌の胎内――選別される未来の設計図――』

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