機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百三話 禁忌の胎内――選別される未来の設計図――
廃棄されたメンデルコロニーは、手入れもされぬまま、宇宙を漂う岩塊に削られ、無残な姿を晒していた。
外殻の装甲はところどころ剥がれ、かつて白く塗装されていたはずの壁面は、長年の放射線と真空に曝されて鈍い灰色へと変色している。
地軸は歪み、人工的に制御されていたはずの気流は制御を失い、狂ったように吹き荒れていた。
それは「風」というより、空間そのものが悲鳴を上げているかのようだった。
かつて学府として機能していたとは、到底思えないほどの荒廃ぶり。
研究と教育、そして未来への希望を育むはずだった場所は、今や時間に置き去りにされ、朽ちるのを待つだけの廃墟と化している。
――まるで、進化の果てに人類がたどり着く未来のようだ。
ミリアリアはそう思い、すぐに小さく頭を振ってその想像を否定した。
未来を創るのは、自分たちだ。
こんな未来を選ぶわけにはいかない。
胸の奥で静かに湧き上がる決意を確かめるように、ミリアリアはカメラを構え、シャッターを切る。
乾いた電子音が、荒れ果てた空間に吸い込まれていった。
吹きすさぶ風が頬を撫でる。
生ぬるく、どこか湿り気を帯びたその感触が、不快感として肌に残った。
小さな砂嵐のようになった地面に、人影はない。
瓦礫と粉塵が混じり合い、足を踏み出すたびにざくりと嫌な音を立てる。
ムウ、キラ、ミリアリア、トール。
四人は一定の間隔を保ちながら、目的地へと進んでいく。
ザクザクと砂を踏みしめる足音だけが、やけに大きく響いた。
やがて視界の先に、巨大な建造物が姿を現す。
円筒形の構造物。
黒光りする外壁は、ビルのように高くそびえ立ち、周囲の荒廃とは異質な存在感を放っていた。
――巨大な子宮。
そんな言葉が、ミリアリアの脳裏をよぎる。
すぐに不謹慎だと思い直すが、否定しきれなかった。
ここは、キラが涙ながらに語った場所。
キラが「造られた」場所なのだから。
ふと、前を歩くキラに視線を向ける。
顔色は青ざめている。
だが歩幅に乱れはなく、一歩一歩を確かに踏みしめて進んでいる。
逃げていない。
立ち止まってもいない。
過去に立ち向かう勇気を持つキラの背中に、ミリアリアは胸を打たれた。
ただ強いからではない。
怖さを抱えたまま、前に進んでいるからだ。
隣を歩くトールの表情は険しかったが、ミリアリアの視線に気づくと、ふっと柔らかく微笑んでくれる。
そのまま、自然な動作で手を握ってくれた。
臆病だった自分を変えてくれたのはトールだ。
そして、キラもまたラクスと出会うことで、こうして立っていられるのだろう。
人は、一人では立ち向かえない。
それを、ミリアリアは身をもって知っていた。
「全員、銃の点検をしろよ」
ムウの低い声が、空気を引き締める。
全員が頷き、それぞれ拳銃を取り出して点検を始める。
人がいるとは思えない。
だが、万が一という言葉は、ここでは決して軽くない。
ここはプラントの管轄するコロニーだ。
過去の遺物とはいえ、誰かが管理している可能性も否定できない。
研究所の入り口に身を屈めて近づき、ロックがかかっていないことを確認すると、全員がわずかに吐息を漏らした。
どうやら、内部に人の気配はない。
研究所の通路は冷え切っていた。
冷蔵庫と同じ温度――いや、それ以下かもしれない。
空調は完全に死んでおり、埃と錆が混じった匂いが鼻を刺す。
壁の一部は剥がれ落ち、内部のケーブルが無残に露出していた。
非常用ライトだけが、かすかに、脈打つように点滅を繰り返している。
――まるで心臓の鼓動のように。
廊下の奥は闇に沈み、先が見えない。
湿った空気が肌を撫で、肺に入り込む。
腐った土のような匂いが鼻腔に残り、生命の気配が失われた空間であることを強く意識させた。
かつて生命の再生と創造を目指した施設。
今は、死の匂いで満ちている。
それでも、人はここで何かを試みた。
何かを成し遂げようとした。
その結果――禁忌を犯した。
やがてたどり着いた場所で、ミリアリアは息を呑んだ。
前もって聞かされてはいた。
だが、実際に目にすると、言葉を失う。
研究所の内部には円筒形の装置が並び、その内部に収められていたであろう実験体の赤子の姿が、記録映像として残されていた。
光に浮かび上がるその映像は、静かで、あまりにも無防備だった。
ミリアリアは無意識のうちにカメラを構え、シャッターを切る。
トールは隣で黙々と録画を続けていた。
ここで何が行われていたのか。
それを後世に残す必要があると、二人とも分かっていた。
人の業。
人のさだめ。
幾つもの人生を飲み込み、食い合う。
これを造ったのは人だ。
誰より優秀な子供を残すため。
最初は、善意だった。
だが――
善意ゆえに、人は狂った。
「……キラ」
ミリアリアの声は、かすれていた。
「大丈夫だよ、ミリアリア」
前を歩くキラが振り返り、優しく微笑む。
だがその表情の奥には、深い影が落ちていた。
言葉が見つからず、ミリアリアは黙ってしまう。
そのとき、トールが自然な動作でキラの肩を抱いた。
「キラはキラだ。俺たちの友達のな。そうだろ?」
「……うん。ありがとう」
「気にすんな。そうだな、今度家に呼んでくれよ。ラクスさんにミリィの料理を特訓してほしいし」
「ちょっとトール! どういう意味よ!」
「だってミリィの料理ってなあ」
後ろで和やかにじゃれ合う年下組を見て、ムウは小さくため息をついた。
呆れながらも、その口元はどこか緩んでいる。
こんな場所でも、笑い合える。
それはきっと、彼らがまだ「人」である証だった。
「友情を育んでいるところ悪いけどな。そろそろ着くぜ」
ムウの声が、空気を切り替える。
拳銃を構えるムウ。
キラとトールも即座に身構え、ミリアリアを庇う位置に立つ。
ミリアリアは、震える指でカメラを構えた。
そこは研究室だった。
ムウとキラが、かつてクルーゼと戦った場所から、少し離れた位置にある。
ミリアリアの脳裏に、ヘリオポリスの研究室の光景が重なる。
白い壁。
整然と並ぶ機材。
未来を信じていた頃の場所。
ムウが小型センサーで生命反応を確認し、無人であることを確かめると、ドアの電子ロックを解除した。
四人は油断なく室内へ入り、ライトを照らす。
そこは資料室のようだった。
多数のディスクと紙のコピーが散乱している。
慌てて逃げ出したのだろう。
処分する暇すらなかったらしい。
電子ディスプレイは破壊され、中央のコンソールには乾いた血液のような染みが残っていた。
欠けたキーボード。
天井から舞い落ちる埃。
空気は冷たく、乾いている。
皮膚にまとわりつくような静寂が、室内を支配していた。
トールがライトを掲げると、棚から溢れた資料の山が照らし出される。
黄ばんだ紙。
かすれた文字。
ミリアリアは床に膝をつき、一枚のファイルを拾い上げた。
『――遺伝子適正による社会の選別について』
その字面を見た瞬間、背筋に冷たいものが走る。
「……これ」
息を詰めながらも、ミリアリアはカメラを向ける。
フラッシュが光り、闇を切り裂く。
震える手でページをめくり、何度もシャッターを切る。
――運命の扉が、今、静かに開いた。
次回予告
電源が入った瞬間、闇は真実を隠すことをやめた。
そこに残されていたのは、記憶ではなく設計図。
命は生まれる前に測られ、
可能性は数字に置き換えられ、
存在は用途として整理されていた。
そこに「心」はなく、
「迷い」も、
「祈り」もない。
少年は知ってしまう。
自分が、最初から人として数えられていなかったことを。
それでも彼は、目を逸らさない。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百四話
『設計された存在――人として生まれなかったという事実――』