機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百四話 設計された存在――人として生まれなかったという事実――
研究室の電源を探す。
壁際の配線をたどり、非常用電源らしきパネルを見つけると、キラは一瞬だけ指を止めた。
この場所に「電源」を入れること自体が、眠っていた何かを呼び起こす行為のように感じられたからだ。
それでも、キラはスイッチを押した。
非常用電源が作動し、低い唸りと共に室内が明るくなる。
白色灯が点灯した瞬間、空気の質が変わった。
闇に紛れていた埃や傷、壁に残る染みが一斉に浮かび上がる。
まるで、この場所が「見られること」を拒んでいたかのようだった。
破壊された端末の中から幾つかのメモリーチップを入手し、持ち帰る事にする。
キラの指先は驚くほど冷えていた。
プラスチックと金属の感触が、皮膚を通して骨にまで伝わってくる。
更にいくつもの論文を発見した。
無造作に床へ散らばったそれらは、研究者たちにとっては「記録」であり、
ここで生まれた命にとっては「値札」だったのかもしれない。
“ギルバート・デュランダル”
現プラント最高評議会議長が遺伝子の専門家だった事は知られていた。
政治家に転身した彼が何をしていたのか。
キラはその論文もまとめて持ち帰る。
ページを束ねる指が、わずかに震えた。
それは怒りではなく、嫌悪でもなく、
もっと原始的な――自分の存在がここに「整理」されている事実への拒絶だった。
「キラ、手早くな。非常電源を入れたのがわかったら、誰かが来るかもしれないぞ」
ムウの声が、少し遠く聞こえる。
「ムウさんわかりました」
返事はしたが、自分の声が自分の耳に届くまでに、わずかな遅れがあった。
思考と現実の間に、薄い膜が張られている感覚。
「ねえトール。これって窃盗になるんじゃない?」
「ミリィ、これは落とし物を拾ってるだけだよ」
軽口が交わされる。
それがありがたかった。
今この場で、全員が沈黙してしまったら、
キラは自分が「ここに属していた側」だという事実に押し潰されてしまいそうだった。
ムウが研究室の入り口で拳銃を構えて警戒している。
幸い足音も人の気配もない。
それがかえって不気味だった。
――誰もいない。
それはつまり、この場所は「役目を終えた」のだ。
「ムウさん、終わりました」
「よし、アークエンジェルに戻ろう」
そう言った時だった。
ミリアリアが、まだ生きている端末を見つけたのは。
「ねえトール、キラ、これみて」
「動くみたいだな」
「ムウさん、もう少し待ってください」
キラは、ほとんど反射的に端末へ向かった。
自分でも分からない衝動だった。
見なければならない。
見てしまった以上、最後まで。
常人離れした操作でキーボードを叩き、パスワードのロックを外す。
指が覚えている。
それが何より、恐ろしかった。
するとディスプレイに3D化した半円形の物が映し出される。
「何だ、これ?」
「わからない」
トールの疑問にキラが答えると、ミリアリアは直感で何なのかわかった。
「きっとこれって受精卵よ。キラ、先に進めて」
その言葉を聞いた瞬間、
キラの胸の奥で、何かが静かに崩れた。
それはまさに受精卵で、精子を模した物体が受精卵と融合した瞬間、
大量の数字と文字が浮かび上がる。
「遺伝子情報?」
「受精した瞬間、遺伝子解析が始まる仕組み?」
ほんの数秒。
人が「命」として認識する前の、あまりにも短い時間。
だがその間に、
その存在が「何になれるか」「何として使えるか」が決められていた。
【実験体No.54125 キラ・ヒビキ。
種族名 スーパーコーディネイター。
適正:戦士、パイロット、エンジニア】
その画面が表示された瞬間、キラの瞳が見開かれた。
息が止まり、肺が空気を欲しがる。
だが吸い込むことが出来ない。
さらにキラの“製造過程”が表示されていく。
母体ではない。
誕生でもない。
そこにあったのは、工程表だった。
無慈悲に、淡々と表示される研究された自分のデータ。
キラは嗚咽とも吐き気とも言えない呻き声をあげる。
理解してしまったのだ。
――自分は、最初から「人」ではなかった。
この部屋にいた研究者は、
泣く存在としてではなく、
悩む存在としてでもなく、
評価され、選別され、改良される対象として、自分を見ていた。
「キラ!キラ!」
「トール……僕は……僕は……」
言葉にならない。
「悲しい」でも、「怒っている」でも足りない。
――存在を否定されたのではない。
――存在を“人格として認識されなかった”。
それが、何よりもきつかった。
ムウは拳銃を構えたまま、研究室の奥に立っていた。
銃口は入口に向いている。
だが、意識の半分は背後――膝をついたまま動けずにいるキラに向いていた。
(……くそ)
胸の奥で、短く吐き捨てる。
怒りだった。
だがそれは、戦場で感じる激情とは違う。
もっと重く、もっと粘ついた感情だ。
研究者の名前。
論文の形式。
整然とした評価項目。
どれもが、「正しさ」を装っている。
だがその正しさの中に、
この子を“子供”として見た痕跡は一つもなかった。
(こいつらは……)
ムウは歯を噛み締めた。
自分の父親――ラウ・ル・クルーゼを生んだ実父ですら、
まだ「歪んだ人間性」を感じ取れた。
だが、ここに残された文章からは、
人間であろうとした痕跡すら感じられない。
(研究だ? 進化だ?)
銃を握る手に、力がこもる。
引き金を引く相手はいない。
それが、なおさら腹立たしかった。
(生まれる前から、使い道を決めておいて……
人類の未来? ふざけるな)
キラは優しすぎる。
だから、こんな事実を
「怒り」より先に「自分の価値の問題」として受け止めてしまう。
それが、ムウには耐えられなかった。
トールは、キラのすぐそばに立っていた。
だが、肩に置いた手を強く握ることが出来なかった。
言葉が、見つからない。
「大丈夫だ」
「気にするな」
「お前はお前だ」
――どれも違う。
違うと分かっているから、口に出来ない。
(俺は……)
自分がヘリオポリスで、
何も考えずに笑っていた頃を思い出す。
その同じ場所で、キラはもう
「設計された存在」として生き始めていた。
(俺は、何も知らなかった)
その事実が、
キラを傷つけた研究者たちよりも、
今は重く胸にのしかかる。
だからトールは、
「励ます」ことを選ばなかった。
ただ、そばに立ち続ける。
逃げずに、離れずに。
それが今の自分に出来る、精一杯だった。
ミリアリアは、ファインダー越しに世界を見ていた。
だがシャッターを切る指は、何度も止まる。
(……これを、撮っていいの?)
記録するべきだ。
それは、分かっている。
この場所で何が行われたのか、
誰が、何を正しいと信じたのか。
けれど同時に、
今目の前で膝をついている少年は、
被写体であってはいけない存在だとも思っていた。
(キラは……)
ファインダーを下ろし、
自分の手が震えている事に気づく。
記者としての自分。
仲間としての自分。
その二つが、今は噛み合わない。
(それでも……)
目を逸らしたら、
この事実はまた「なかったこと」にされる。
ミリアリアは、ゆっくりと深呼吸をして、
再びカメラを構えた。
シャッター音が、
この静まり返った研究室で、やけに大きく響いた。
それは、
命を“物”として扱った歴史に対する、
小さな反抗音だった。
キラは、まだ画面を見つめている。
表示されているのは、
数値と評価と、冷たい文字列。
そこに、
「嬉しかった」
「怖かった」
「泣いた」
そんな言葉は、最初から存在しない。
(……ああ)
ようやく、理解した。
自分は
愛されなかったのではない。
最初から、愛する対象として想定されていなかった。
その事実が、
胸の奥を、静かに、しかし確実に壊していく。
それでも――
キラは画面から目を逸らさなかった。
逃げたら、
この場所が、自分を永遠に縛る気がしたからだ。
次回予告
刻まれた数値は、才能ではなく命の用途だった。
戦うために造られたという定義を、少年は拒む。
引き金を引いた記憶は、
適正ではなく、恐怖として胸に残っている。
人は選別される存在ではない。
そう信じたいからこそ、彼は視線を逸らした。
だが、沈黙の奥で反応は続いていた。
この場所には、まだ終わっていない命がある。
そして扉の先で、少年は出会う。
眠り続ける、もう一人の“自分”と。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百五話
『もう一人の自分――メンデル、眠れる実験体――』