機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百五話 もう一人の自分――メンデル、眠れる実験体――
心の中がざわつく。
ささくれ立ったように、皮膚が痛みを訴えていた。
自分の出生を知ったキラの心と身体が、内外から痛みを告げる。
心臓は早鐘を打ち、指先が震えていた。
『キラ……キラ……』
苦しい時、悲しい時、いつも一緒にいてくれたラクスが、今ここにいない。
今ここに君がいてくれれば。
だから戻らなければならない。
オーブへ、愛しい人たちの所に。
キラは内心の動揺を隠すように、研究室内の捜索を続ける。
【実験体No.54125 キラ・ヒビキ
種族名:スーパーコーディネイター
適正:戦士、パイロット、エンジニア】
どういう意味だろう?
精子と卵子が融合した瞬間、遺伝子情報が溢れ出した。
適正?
……僕に、戦士の適正がある?
キラは、自分の思い出したくない過去を思い出していた。
ヘリオポリスで、初めて引き金を引いた瞬間。
何が起きたのか理解する前に、相手の機体が爆発した光景。
確かに戦果だけを見れば、自分は多くの敵機を撃墜した。
だが、一度でも望んで人殺しをしたことはない。
もし自分に戦士の適正があるというなら――。
それは、あまりにも傲慢だ。
他人に決めつけられたくない。
キラは端末から視線を逸らした。
これ以上、ここに書かれた言葉を読めば、自分が自分でなくなる気がした。
トールとミリアリアは視線を合わせた。
二人は、いずれ結婚し、子供を授かる未来を考えない訳がなかった。
その子に戦士としての適正があるという理由だけで、戦場に送り出すことなどできない。
ここにいた研究者たちは、安全な場所で遺伝子を弄っていた連中だ。
戦場がどれほど悲惨で残酷なものかを知らない。
キラも、皆も、どれだけ傷ついたか。
トールも、初撃墜の後、高揚した気持ちで帰艦し、ミリアリアに迎えられた時に悟った。
ミリアリアの瞳が、苦しんでいたことを。
トールの無事を祝いつつ、トールが人殺しになってしまった事実に、彼女が苦しんでいたことを。
ムウは、優しくキラの背中を叩いた。
ムウに戦士としての適正があるのかどうかは分からないし、知りたくもない。
生き残るために戦ってきた。
多くの戦友が散り、生き残ったことを自責する。
だが今は、仲間の死の上に立っている。
だからこそ、皆の命に恥じない人生を送りたい。
皆の分まで、生き抜くのだ。
「キラ……」
「大丈夫ですよ、ムウさん」
キラは拳を握りしめた。
ここで弱い自分を出してはいけない。
その思いだけで、意識を保っていた。
これ以上のデータがないことを確認し、ミリアリアとトール、ムウを振り返る。
「ここには、もう何もない。アークエンジェルに戻りましょう」
そう言って踵を返した、その時だった。
異変にいち早く気づいたのは、護衛として周囲に神経を尖らせていたムウだった。
「おい! ちょっと待て! 奥に生命反応があるぞ」
四人が反応の示す場所を確認すると、奥まった地下に誰かがいることが分かった。
人数は一人。
「研究者の生き残り?」
「そんなわけあるか。ここは何年も前に破棄されたコロニーだぞ」
「でも、確かに反応がありますよ」
トールたちの会話を聞きながら、キラの心には危険と好奇心が入り混じっていた。
もしかしたら、ここにはまだ別の“何か”があるのかもしれない。
なら、調べずに帰るわけにはいかない。
過去の自分を見に来たわけじゃない。
ニコルがSOSを送ってきた理由を知るために、ここに来た。
「行きましょう」
キラの言葉に、ムウたちは頷いた。
地下へと続く通路は、研究室のそれよりも幅が狭かった。
壁面には古い案内表示が残り、文字の一部が剥がれ落ちている。
照明は半分ほどしか点いておらず、白い光と影が交互に床へ落ちていた。
足音が反響する。
誰かが歩くたび、金属質な音が遅れて戻ってくる。
静寂というより、音が整理され過ぎている空間だった。
通路の途中で、低い作動音が聞こえてきた。
一定の間隔で繰り返される機械音。
換気設備とも発電装置とも違う、単調で途切れないリズム。
ムウが歩調を落とす。
それに合わせて、全員が自然と距離を詰めた。
拳銃を構える手に、力が入る。
「……この奥だな」
壁の端に、隔離区画を示す古いマークがあった。
表面は擦れているが、封鎖を示す赤線だけはくっきり残っている。
扉の前で立ち止まる。
隙間から、白い光が漏れていた。
研究室の照明とは違う、影を作らない均質な明るさ。
ムウが小さく頷き、扉を押し開ける。
中は、想像以上に整っていた。
床には埃ひとつなく、壁面のパネルも新しい。
人が使われなくなった施設というより、使われ続けてきた空間だった。
室内の中央に、ひときわ大きな装置が置かれている。
透明な筒状のカプセル。
側面にはケーブルと管が何本も接続され、淡い光が内部を照らしていた。
近づくにつれ、作動音がはっきりと聞こえる。
規則正しい振動。止まる気配はない。
カプセルの側面に、小さな表示パネルがあった。
数字と英字の羅列。
その中に、見覚えのある形式がある。
実験体No.54126。
キラの足が止まった。
四人は油断なく拳銃を構えながら、装置へと近づく。
ガラス越しに、内部が見えた。
横たわっている人影。
両腕は体の横に添えられ、呼吸に合わせて胸がわずかに上下している。
顔がはっきり見えた瞬間、空気が変わった。
長い髪。
整った輪郭。
閉じられた瞼。
キラは目を見開き、ムウとトール、ミリアリアは思わず彼を見た。
そこに横たわっていたのは、キラと瓜二つの長い髪の少女だったからだ。
年齢も同じくらいに見える。
生き写し――いや、双子という言葉ですら足りない。
カガリよりも、キラに似ている。
いや、全く同じだ。
キラは息をするのも忘れ、その少女を見つめた。
鏡を見ているような錯覚に襲われる。
“僕”が、そこに横たわっている。
トールが息を呑む音が聞こえた。
ミリアリアは何か言おうとして、言葉を失ったまま口を閉じる。
ガラスの内側にいる少女は、まるで眠っているようだった。
傷もなく、苦しそうな様子もない。
ただ、動かない。
キラは、そこから視線を逸らせなかった。
自分が立っている位置。
ガラスの厚み。
冷たい床の感触。
すべてが、妙に現実的だった。
その時、作動音のリズムが一瞬だけ変わる。
小さな電子音。
モニターの数値が、わずかに揺れた。
少女の瞼が、微かに動く。
ほんの一瞬、ためらうように震え、
ゆっくりと持ち上がった。
現れた瞳は、キラと同じ色をしていた。
美しい、心惹かれる瞳だった。
次回予告
目の前に立つ少女は、美しく、そして無表情だった。
同じ瞳、同じ遺伝子。だが、彼女は“名前”を持たない。
呼びかけられたのは、名前ではなく番号。
それだけで、世界が一段冷える。
彼女は語る。
自分はバックアップであり、予備であり、
役目を与えられなかった存在だと。
悲しみも怒りもない。
ただ、観測のために生かされている。
番号で定義された命を前に、
少年は初めて理解する。
ここで行われていたのは、研究ではなく、
未来の選別だったのだと。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百六話
『実験体No.54126――役目を与えられなかった存在――』