機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第百六話 実験体No.54126――役目を与えられなかった存在――

 第百六話 実験体No.54126――役目を与えられなかった存在――

 

 その少女はとても美しかった。

 キラと同じ瞳は澄んでいて、まるで水晶のように心の奥を見透かしているようにすら感じる。

 冷たいというより機械的な印象を持つが、明らかに人間に見える。

 

 研究施設の白い照明が、少女の輪郭を均一に照らしていた。影はほとんど落ちず、肌の色も、呼吸に合わせてわずかに上下する胸の動きも、作り物には見えない。

 それがかえって、キラの胸に奇妙な違和感を残した。

 

 キラ達は唖然としつつ警戒を怠らない。

 ムウは無意識のうちに少女とキラの間に半歩割り込む位置を取っていた。

 トールは拳銃を握り直し、ミリアリアは呼吸を抑えるように喉を鳴らす。

 

 だが彼女以外の生命反応は観測されなかった。

 この空間には、敵意も、緊張を煽る気配もない。ただ、整えられ過ぎた静けさだけがあった。

 

 キラがなんとか声をかけようとした時、彼女が口を開く。

 

 「No.54125?」

 

 その一言にキラは凍り付いた。

 名前ではなかった。呼びかけですらない。ただの照合。

 キラ・ヤマトでもなく、キラ・ヒビキでもない。

 

 No.54125。

 

 それは、キラという存在そのものを、番号に還元する呼び名だった。

 胸の奥で、何かが音もなく崩れ落ちる。

 

 彼女にとってキラはNoでしかない。

 

 「僕は、僕はキラ・ヤマトだ」

 

 キラは震える声で搾りだすように言った。

 喉がひりつき、言葉がうまく形にならない。

 今までコーディネイターと散々言われ、遺伝子で区別され、差別されてきた。

 それでも“名前”を奪われたことはなかった。

 

 それがたとえ製造過程で必要な番号だとしても、

 自分が番号でしかないと言われるのは、初めてだった。

 

 「……キラ…キラ…ヤマト」

 

 少女はゆっくりと繰り返す。

 抑揚のない声。感情を確かめる様子もない。

 それはまるで、未知の事象を記録する作業のようだった。

 

 トールはキラと少女を見比べた。

 本当に瓜二つだ。

 カガリとキラは双子だというから似ているのは理解できる。

 だが、この少女とキラの一致は、血縁という言葉では説明できない。

 

 違いは、髪の長さと性別くらいだろう。

 

 「それがあなたの識別名」

 

 淡々と告げられたその言葉に、キラは一瞬、言葉を失った。

 

 「……君はだれ?」

 

 「私は実験体No.54126」

 

 「名前は?」

 

 「実験体No.54126」

 

 問いと答えが、同じ距離感で繰り返される。

 拒絶でも反発でもない。ただ、前提が違うだけだった。

 

 「お父さんとお母さんは誰なの?」

 

 「存在しない」

 

 少女は即答した。

 そこに迷いはなく、考える間もなかった。

 

 「遺伝子提供者は識別名ユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキ」

 

 ミリアリアはファインダー越しに少女を捉えた。

 シャッターを切れば、証拠になる。だが指が動かない。

 これは記録していいものなのか、判断がつかなかった。

 

 トールは言葉を失ったまま、キラの隣に立ち尽くしていた。

 

 「……キラが二人?」

 

 そう呟いたのはムウだった。

 冗談めいた口調で場を緩めようとしているのが分かる。

 だが、その目は一瞬たりとも少女から逸れていなかった。

 

 「君はなぜここにいるの?」

 

 キラは問いかけた。

 答えを求めているのではない。

 自分が“ここに立っている理由”を、確認したいだけだった。

 

 「私はNo.54125のバックアップ個体。スーパーコーディネイターが外部に接触しなかった場合の実験体」

 

 少女は表情ひとつ変えずに答える。

 その言葉が、静かにキラの中へ沈み込んでいく。

 

 バックアップ。

 予備。

 スペア。

 

 この女の子は――

 自分にとっての、代用品なのか?

 

 胃の奥が冷え、呼吸が浅くなる。

 自分がいなくても、世界は用意されていた。

 そう告げられた気がした。

 

 ミリアリアの視線が鋭くなった。

 トールが眉根を寄せて少女を見る。

 ムウは拳銃を持ったまま、わずかに体勢を緩めた。

 

 「どうしてこんな所に一人でいるの?」

 

 キラは少女の事をNo.54126等と呼びたくなかった。

 だが、彼女には名前がないらしい。

 

 「私は役目を失ったから保管されている」

 

 「役目?」

 

 「私は人類最高のコーディネイター。スーパーコーディネイターとして造られた。だが私に役目は与えられなかった。だからここで観測している」

 

 少女の声には、落胆も諦めもなかった。

 事実を並べているだけだった。

 

 「観測?」

 

 「そう観測。優れた遺伝子、スーパーコーディネイターが外部との接触で変化するかの観測」

 

 彼女は悲しんでいるようには見えない。

 それどころか、自分の境遇を評価すらしていないようだった。

 

 「遺伝子が全てを決定するなら外部との接触での変化はありえない」

 

 その言葉は、誰に向けられたものでもなく、

 この場所そのものに置かれた問いのように響いていた。

 少女の言葉が消えた後も、室内の空気は動かなかった。

 換気装置の低い作動音だけが、一定の間隔で鳴り続けている。

 

 キラは一歩も動けずに立ち尽くしていた。

 少女の姿を視界に捉えながらも、焦点が合わない。

 目の前にいるのは、確かに人間だ。呼吸をしている。体温もあるだろう。

 それなのに、自分が知っている「誰か」と結びつける言葉が、どこにも見当たらなかった。

 

 名前がないという事実が、これほど重いとは思わなかった。

 呼べない存在。呼ばれることを想定されていない存在。

 それは、生きているという前提すら、どこかで否定されているように思えた。

 

 キラは、自分が何者なのかを考えるのをやめた。

 考えれば考えるほど、足元が崩れていく気がした。

 番号で呼ばれた瞬間に生じた違和感が、まだ胸の奥に残っている。

 

 ムウは周囲に目を走らせ、逃走経路と遮蔽物を無意識に確認していた。

 戦場ではない。だが、何かが起きれば即座に動ける距離を保っている。

 トールは一歩前に出かけて、結局その場に留まった。

 近づいていいのか、近づくべきではないのか、判断がつかなかった。

 

 ミリアリアはカメラを下ろしたまま、少女を見つめている。

 レンズ越しではなく、肉眼で。

 記録として残すより先に、受け止めなければならないものがあると感じていた。

 

 少女は動かない。

 問いを投げるでもなく、続きを求めるでもなく、

 ただそこに存在していた。

 

 観測対象として。

 役割を与えられなかった存在として。

 

 キラは、ようやく理解した。

 この場所で行われていたのは、研究ではない。

 未来を選別する作業だったのだと。

 

 

 次回予告

 

 瓜二つの少女の存在は、艦内に静かな動揺を広げていった。

 彼女は“予備”として造られ、役目を与えられなかった存在。

 

 合理性の名の下で、子供を番号で管理する世界。

 その冷たさに、誰もが言葉を失う。

 

 それでも艦長は決断する。

 彼女を、道具としてではなく、人として守ると。

 

 妹なのか、代用品なのか。

 答えは、まだ誰にも分からない。

 

 ただ一つ確かなのは、

 役目を与えられない場所こそが、

 彼女にとって初めての“希望”になるということだった。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第百七話 最低な世界から、それでも希望へ――役目を持たないという選択――

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