機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百七話 最低な世界から、それでも希望へ――役目を持たないという選択――
キラ達が帰艦したアークエンジェル内はちょっとした騒動になっていた。
キラの隣に瓜二つの少女がいたのだ。
彼女の名前は実験体No.54126。
廊下ですれ違うクルー達の視線が、一斉にキラと少女へ集まる。
露骨に目を見開く者もいれば、気づかないふりをして足早に通り過ぎる者もいた。
誰も声には出さないが、その沈黙こそが状況の異常さを物語っている。
艦橋ではマリュー・ラミアス艦長が腕を組んでため息をついていた。
その隣でムウ・ラ・フラガが頭をかいている。
「……本当にそっくりね」
先ほど対面したマリューの第一声がそれだった。
キラと違うのは長い髪だけで、あとはキラの性別を女性化したとしかいえない。
視線を逸らしたくなるというのは、こういう感覚なのだろうかとマリューは思う。
キラとNo.54126はあまりにも似すぎていて直視に堪えない。
「いざとなったらキラ君の代わりになれそうね」
「いやあそりゃ無理でしょ。発育よすぎるし」
実験体No.54126は、女性としてとても魅力的だった。
それは事実だが、ムウの軽口には逃避の色が混じっている。
マリューはそれを見逃さず、一睨みで黙らせた。
「しかしスーパーコーディネイターを量産するとはユーレン・ヒビキ氏は恐ろしい程の鬼才ですね」
ナタル・バジルールの発言にマリューは頷きつつも、胸の奥が重く沈んでいくのを感じていた。
キラ達が持ち帰った資料には、簡潔な記録だけが残されていた。
実験体No.54126はユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキの遺伝子を使用して製造された。
専門用語が並び、詳細は伏せられている。
だが、意図だけははっきりしている。
――万が一に備えた、予備。
研究者たちは、そう記していた。
実験体No.54126。
その番号に込められた意味を理解した瞬間、マリューは目を伏せた。
子供を、予備として扱う発想そのものが、どうしても受け入れられなかった。
合理性の裏側にある冷たさが、皮膚を這うように伝わってくる。
その必要に迫られた理由はキラが失われる可能性だ。
いくら優秀なコーディネイターとはいえ事故や病気で亡くなる可能性はゼロではない。
そこでユーレン・ヒビキ氏が考えた予備。
研究者たちは、そう呼んでいた。
“バックアップ”と。
マリューは研究者達の浅ましい考えに吐き気がした。
子供は道具じゃない。
どれだけ技術が進歩しても、やっていい事と悪い事はある。
その境界を越えた時点で、人は人でなくなる。
「それで、彼女をどうするつもりですか」
「保護するわ」
即答だったが、そこに迷いがないわけではなかった。
「保護? どうやってですか?No.54126はブルーコスモスが狙っている第一級の標的です」
「……」
ナタルの言葉にマリューは答えられなかった。
艦長としての責任と、一人の人間としての感情が、今は噛み合わない。
決断は必要だが、決め切れない自分がいる。
ムウはその空気を察し、軽く息を吐いて助け舟を出す。
「だからってNo…ええい呼びにくい!あの子をメンデルに置き去りにしたら、いつブルーコスモスに見つかるかわかったものじゃない。何よりあんな子供を放っておけるのか?」
「それはそうですが」
ナタルの返答は歯切れが悪かった。
かつての彼女なら、公私を切り分け、冷徹に判断しただろう。
だが恋人ができ、未来を考えるようになった今、子供を犠牲にする決断を“正しい”と言い切ることができなくなっていた。
◇◇◇
キラ達ヘリオポリス組とNo.54126は食堂にいた。
いつもより少しだけ空気が張り詰めている。
メンデルコロニーでは栄養価の高い食事をAIによって与えられていたのだが、味は二の次だったのだろう。
No.54126は黙々と食事を口に運ぶ。
先ほどから無表情な印象は変わらない。
それでも、どこか落ち着いているようにも見えた。
「キラも大変だな。まさか妹がいたなんてな」
サイのその言葉に、キラはピクリと肩を震わせた。
反射的な反応だった。
「妹っていうのかな」
「だってどうみたって妹だろ。キラそっくりじゃん」
隣で荷物を整理していたトールが振り返る。
無邪気な言葉だが、そこに悪意はない。
「遺伝子上は妹でしょ?」
フレイも頷きながら答えた。
No.54126はキラの両親の遺伝子を受け継いでいる。
理屈だけなら、そうなる。
だがキラは、その理屈にうなずくことができなかった。
“妹”という言葉が、急に重くのしかかる。
「この子、これからどうなるんだろね」
ミリアリアが食事を終えたNo.54126を見る。
No.54126はその視線に気づいていたが、笑顔一つ浮かべない。
拒絶でも無関心でもない。ただ、反応しない。
「ムウさんがいう通り、あのまま放っておけなかったのは確かだけど。これじゃオーブに連れて行ってもね」
No.54126の存在を知れば、ブルーコスモスはどんな手段を使ってでも抹殺を図るだろう。
その想像は、誰の胸にも浮かんでいた。
皆が頭を抱えていると、キラがゆっくりと顔を上げた。
「……僕にも、はっきりとは分からないけど」
言葉を選ぶというより、言葉を避けているような口調だった。
視線はテーブルの一点に落ちている。
「もし、ずっとメンデルにいたら……僕も、同じだったかもしれない」
それ以上、キラは続けなかった。
続けてしまえば、越えてはいけないところまで踏み込んでしまう気がした。
「どういう事?」
「もしメンデルにずっといたら、僕も同じように監視されて生きていただろうし、もしかしたら実験されて殺されたかもしれない」
そのくらいやりかねない。
キラはそう確信していた。
キラはNo.54125。
その数字が何を意味するのか、考えないようにした。
考えれば、胸の奥が潰れてしまう。
皆に見つめられているのに、まるで感情がないかのように、No.54126は瞬き一つしなかった。
その在り方が、かえって周囲の想像を掻き立てる。
その時、食堂に艦内放送が流される。
『こちら艦長です。これよりアークエンジェルはハーバーコロニーへ向かいます。繰り返します、これより本艦はハーバーコロニーへ向かいます』
マリュー艦長は、アークエンジェルの休養と修理、そしてNo.54126をハーバーコロニーで匿うと決めたのだ。
ハーバーコロニーには地球連合の研究所にいた強化人間の子供たちも匿われており、常時ドミニオンが守っている。
身を隠すには、これ以上ない場所のはずだった。
その行き先が、彼女にとって「役目を与えられない場所」であることを、まだ誰も知らなかった。
次回予告
ベルリンの灯りは穏やかで、どこまでも静かだった。
だがその静けさは、嵐の前の仮初めにすぎない。
信じたい想いと、疑念の言葉がすれ違う。
誰もが真実を知るのを、どこかで恐れていた。
最低だと断じる声。
信じ続けたいという沈黙。
その狭間で、心は揺れ続ける。
誤解を引き受ける者と、疑念に傷つく者。
同じ灯りを見つめながら、立つ場所は違っていた。
ベルリンはまだ眠っている。
だが火種は、すでに灯っている。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百八話 疑念の灯――ベルリン、嵐の前夜――