機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第十章 歌が届いた夜、世界は壊れた ――平和の街ベルリン、天使の声と失われた言葉――
第百八話 疑念の灯――ベルリン、嵐の前夜――


 第百八話 疑念の灯――ベルリン、嵐の前夜――

 

【挿絵表示】

 

ユーラシアに対して距離をおこうとしているベルリンが、ブルーコスモスの標的にされる可能性があるとの情報を受けて、ミネルバはベルリンへ向かった。

道中特に動きはなく、無事にベルリン郊外へ着陸したミネルバは、しばし翼を畳む。

到着と同時に戦闘になるという悲観論は楽観論へと変わり、艦内は表面上の平穏を取り戻していた。

だが、その空気は依然として重い。

 

シンはミネルバの強化ガラス越しに、ベルリンの街の明かりを眺めていた。

今、恋人のステラと妹のマユは、ベルリンで慰問コンサートを行っている。

 

───会いたい。

 

 だが、今会えば何と声をかければいいのか分からなかった。

 マユの恋人であるニコルが、マユを捨ててミーアの恋人になったなどと、どうして告げられよう。

 それに、シンにはニコルがそんな軽薄な男にはどうしても思えなかった。

 

「シン、もし上陸が許可されたら、ステラとマユちゃんに会いに行こうよ」

 

 そう言って、パスタを絡めたフォークを片手に、ルナマリアは明るく笑った。

 無論、ルナマリアもシンの心情は察している。

 それでも、努めて明るく接しているのだ。

 

 ステラ、シン、ニコル、マユ。

 四人とも、ルナマリアにとってかけがえのない人たちだった。

 特にニコルには、ザフトに入隊した直後から優しくも厳しく指導されており、同い年ではあるが、尊敬する先輩でありフェイスでもある。

 パイロットとしても尊敬している。

 だからこそ、マユを捨てるような軽薄な男には思えなかった。

 

 シンもルナマリアも、ニコルを信じたい気持ちは変わらなかった。

 だが、聞いてはいけない気がしていた。

 もし本当にそんな人物だったとしたら、今まで抱いていた尊敬や敬意が、音を立てて崩れてしまうからだ。

 

 そんな二人のもとへ、トレイにジャーマンポテトとソーセージを乗せたアグネスがやってくる。

 椅子を引く音がやけに大きく、食堂の空気を引っかくようだった。

 

 アグネスは無言のまま腰を下ろし、フォークを突き立てる。

 皿に金属音が響き、ルナマリアが一瞬だけ眉をひそめた。

 

 ニコルとは、あれ以来、仕事以外で口をきいていない。

 それでも同じ艦にいれば、嫌でも視界に入る。

 そのたびに、アグネスは視線を逸らすか、露骨に不機嫌な態度を取った。

 

「何、二人とも辛気臭い顔して。まだ最低男のことで悩んでるの?」

 

 唐突な言葉に、シンは一瞬、言葉を失う。

 

「……」

 

「アグネス! ちょっと! 言い過ぎよ!」

 

「言い過ぎ?」

 

 アグネスは鼻で笑った。

 

「恋人捨てて、プラントの歌姫に手を出した男を最低って言って、何が悪いの?フェイスになった途端、調子に乗るなんて、よくある話でしょ」

 

 シンは思わず立ち上がりかけたが、言葉が出ない。

 ルナマリアも反論しようとして、口をつぐんだ。

 

「違う……ニコルさんがそんな人なわけない」

 

「じゃあ、なんでマユを捨ててミーアと付き合ってるのよ」

 

 鋭い指摘だった。

 シンもルナマリアも、それ以上言い返せずにいる。

 

 アグネスは二人の沈黙を見て、満足そうに肩をすくめた。

 

「マユだって、きっと相当ショック受けるでしょうね。

妹みたいに可愛がってもらってたんだから」

 

 その言葉だけ、ほんの一瞬だけ、感情が混じったように聞こえた。

 

「……違うよ、アグネス。きっと私たちが誤解してるだけ」

 

「誤解?」

 

 アグネスはそう言って、フォークを置く。

 

「まあ、どうでもいいけど。少なくとも、戦場に出られない女には関係ない話でしょ」

 

 勝ち誇るでもなく、突き放すように言い捨てる。

 その態度に、シンの中で何かが切れかけた。

 

 椅子が軋む音を立て、シンが立ち上がる。

 だが、その腕をルナマリアが慌てて掴んだ。

 

「アグネス!」

 

「冗談よ、冗談」

 

 アグネスは肩をすくめる。

 

「マユって、まだ小さいんでしょ?だったら、変な男に振り回されずに済んで良かったじゃない」

 

 そう言い残し、アグネスはトレーを持って立ち上がった。

 

 少し離れた席で、ニコルは静かに食事を続けていた。

 食堂全体のざわめきは、彼の周囲だけを避けるように薄くなっている。

 視線を上げれば、先ほどまでのやり取りが視界の端に入る位置だったが、ニコルはそちらを見なかった。

 

 向かいの席に、レイが腰を下ろす。

 トレーを置く音は小さく、無駄がない。

 

「ベルリン市内は、大きな混乱もないと報告がありました」

 

「そうですか。それは良かった」

 

 レイとの淡々としたやり取りにも、ニコルは最近慣れてきていた。

 レイがデュランダル側の人間だということを、ニコルは確信しているし、レイも公言こそしないが隠してはいない。

 デュランダルの懐に飛び込むことには、成功したようだ。

 

 ニコルの制服で輝くフェイスの証が重い。

 だが、これのおかげで面倒な手続きを省略することもできる。

 例えば、一見平穏そうに見えるベルリンの警戒レベルが高いことなどの情報だ。

 

 ベルリンが地球連合に反抗的な動きを見せたのは、プラントの支援が得られてからだった。

 現在、ミネルバがベルリンに配置されているのも、その一環だろう。

 

 ニコルは食事を続けたまま答える。

 フォークを動かす手は止まらない。

 平静を装っているというより、最初から感情を外に出さない男の所作だった。

 だが、料理長が用意してくれた折角のドイツ料理を楽しむほど、神経は太くなかった。

 

「このあと、どうなるかですね」

 

「当分、出番はないといいけど」

 

 ニコルは、先ほど見たベルリンの灯りを思い出す。

 あの灯りの下に、マユがいる。

 

 ──会いたい。

 

「ユーラシア圏への示威行動の可能性は否定できません。議長も、そう見ています」

 

 その言葉に、ニコルはほんのわずかに目を伏せた。

 

「……先ほどの通信ですか」

 

「ええ。デュランダル議長から、ロゴスとブルーコスモスの動きについて、情報の共有を求められました」

 

「早速、手配するとしましょう。動きが落ち着いているなら、シンたちを下船させてあげたいところです」

 

 ギルバート・デュランダル。

 その名が頭をよぎっても、ニコルの表情は変わらない。

 だが、胸の奥では静かに状況を整理していた。

 

 ――ここまで踏み込ませてもらえるとは思っていなかった。

 

 議長とのやり取りは、すでに形式的な報告の域を越えている。

 命令ではない。

 相談に近い。

 

 新参のニコルに対する信頼が厚いのは、デュランダルにも頼れる部下が少ないということだろう。

 父親で最高評議会議員のユーリ・アマルフィ経由で、デュランダル派の主な面々は把握している。

 

「ベルリンを守り抜かないといけませんね」

 

「はい。デュランダル議長のためにも」

 

 ベルリンが安全だと知れ渡れば、他の地域も親プラント化するだろう。

 それが良いことかどうかは分からない。

 だが、デュランダルがそれを望む理由は、まだ分からない。

 

 ただ、平和でも戦争でも都合よく利用する、恐ろしい人物であることだけは分かっている。

 その真意を突き止めなければならないと、ニコルは決意を新たにした。

 

 ニコルはフォークを置き、静かに息を吐いた。

 誤解されることも、敵意を向けられることも、今は問題ではない。

 この位置に立てた以上、引き返す選択肢はなかった。

 

 最後に残ったジャガイモは、塩の味しかしなかった。

 繊細な味覚を失って久しい。

 マユが作ってくれたオーブの煮魚が、また食べたい。

 そう思ったが、その機会はもう訪れないかもしれない。

 

「引き続き、状況を見ていきます。何か動きがあれば、すぐ共有してください」

 

「わかりました」

 

 それだけで会話は終わる。

 二人の間に、それ以上の言葉は必要なかった。

 

 食堂の喧騒が、再び耳に戻ってくる。

 ニコルは何事もなかったように立ち上がり、トレーを手にした。

 

 背中に向けられているであろう視線を、あえて気に留めずに。

 

 

 次回予告

 

 ベルリンの夜は、歌声に包まれていた。

 銃声も警報もなく、人々はただ耳を澄ませる。

 

 天使のような旋律が、疲れ切った心を撫でていく。

 誰もが、この時間が続くと信じて疑わなかった。

 

 歌は祈りであり、希望だった。

 失われたものを取り戻すことはできなくても、

「生きていていい」と、そっと肯定してくれる声だった。

 

 笑顔があり、拍手があり、未来を夢見る余裕があった。

 それは戦争の世界では、奇跡に等しい夜。

 

 だが平穏は、壊れるために存在する。

 この歌声が、最後の灯になるとも知らずに。

 

 次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生

 第百九話 天使の歌声が夜を包む――壊される前の、ただ一度の平穏――

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