機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界――   作:屠龍

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第十一話 星の下で

第十一話 星の下で

 

 夜風が、窓のカーテンをやわらかく揺らした。

 港の灯りが遠くで瞬き、機械の低い音が絶え間なく続いている。

 ルナマリアは病院のソファに座り、書きかけの報告書に目を落としていた。

 ペン先を動かすたび、紙の上に黒い線が積み重なっていく。

 けれど、手は途中で止まった。

 

 ――“この戦いに勝利した”

 

 書きかけたその一文を見て、ルナマリアは深く息をついた。

 勝った? 本当に?

 守り抜いた場所は、焦げ跡と泣き声に覆われている。

 あの焼けた街の空気を思い出すだけで、胸が締めつけられた。

 

 (勝ったんじゃない……生き残っただけ)

 

 静かにそう呟いて、ルナマリアはペンを置いた。

 そして、そっと窓を開ける。

 冷たい夜気が頬を撫で、遠くで波の音がした。

 

 ――ステラの歌が、まだ耳の奥に残っている。

 

 その旋律は、戦場の轟音とは違う。

 刃の音も、悲鳴もない。

 ただ“生きたい”と願う声。

 それを思い出すたび、胸の奥に温かいものが満ちてくる。

 

 (ステラ……あなたの歌、ちゃんとみんなに届いてるよ)

 

 それはハーバーコロニーの人々だけじゃない。

 ルナマリアのように、自分の無力さを痛感したザフトにもだ。

 自分もそうだとルナマリアは思う。

 自分に何が出来るのか。

 シンの為に何が出来るのか。

 ルナマリアは空を見上げた。

 星々が静かに瞬いている。

 その光は、ステラの祈りのようだった。

 

 「……ルナ?」

 

 背後から声がして振り向くと、廊下の明かりの中にシンが立っていた。

 作業服のまま、疲れた顔をしている。

油で黒くなった手がランプの光を受けて鈍く光っていた。

 

 「まだ起きてたのか?」

 

 「眠れなくて……そっちは?」

 

 「電気復旧の確認。港の灯りが一部落ちたからさ」

 

 そう言いながら、シンは苦笑した。

 少し前の彼なら、こんな風に笑う余裕もなかっただろう。

 港だけでなく、ハーバーコロニーが復興の兆しを見せているのだ。

 ルナマリアにとってもそれはとても嬉しい事だった。

 今のその表情が、ルナマリアには眩しかった。

 だがまたブルーコスモスの攻撃があったら、今度は駄目かもしれない。

 ルナマリアはもう誰も傷ついて欲しくなかった。

 きっとシンもそうだろう。

 もしまた攻撃があったらシンは死ぬまで戦うだろう。

 ザフトも今回の戦いでブルーコスモスの意図を理解した。

 

 研究所で兵器として作り上げようとして強化された子供たち。

 その子達をハーバーコロニーごと抹殺しようとしたのだ。

 劣悪な施設で人を殺す事だけを教え込まれた子供たちは再び不安になっているだろう。

 子供たちの中にはMSの操縦が出来る子も多数いる。

 その子達を編成すれば戦う事は出来る。

 だがそれをシンもルナマリアも望まない。

 子供たちを保護したのは戦わせる為じゃない。

 彼らが幸せに生きる為だ。

 だが彼らの中に沢山の犠牲者が出てしまった。

 

 「……シン、ステラは?」

 

 「もう寝たよ。昼間、歌ってたから疲れたんだ」

 

 「そう。……あの歌、すごくきれいだった」

 

 「だろ? ステラ、歌うの好きなんだ。誰かが泣いてても、あの歌を聞くと不思議と笑えるんだ」

 

 シンが言葉を選ぶようにゆっくりと語る。

 その声の奥に、優しい誇りがあった。

 ルナマリアはその響きに胸の奥が温かくなり、同時に少しだけ痛んだ。

 

 「……ねえ、シン」

 

 「ん?」

 

 「ステラがいない時、あなたが傷ついたら……今度は私が守るから」

 

 シンは一瞬、目を瞬かせた。

 驚いたようにルナマリアを見て、それから少し笑った。

 

 「ありがとな。でも、無茶するなよ」

 

 「無茶はしない。……でも、もう後ろには引かない」

 

 言葉に迷いはなかった。

 ステラのように歌うことはできない。

 けれど、ステラが守ろうとした人を、自分も守りたい。

 それが自分にできる唯一の“祈り”なのだと、今ははっきりわかっていた。

 

 シンが少しだけ目を細めて言った。

 

 「ルナ……お前、変わったな」

 

 「そうかな?」

 

 「前より……強くなった」

 

 その言葉に、ルナマリアは照れたように笑った。

 強くなった――たぶん、少しだけ。

 けれどそれは、戦い方を覚えた強さではない。

 誰かを想う痛みを受け入れられる強さだった。

 

 「ありがとう、シン。私……もう迷わない」

 

 その言葉に、シンは静かに頷いた。

 そして、ふと窓の外を見上げる。

 星空が広がっていた。

 遠くの空で、ひときわ強く輝く星があった。

 その星はステラのように輝きみんなの心を癒している。

 ルナマリアは自分が戦う事しか出来ない事が悔しい。

 シンの為だけではなく、誰かを守れる力になりたい。

 

 「きれいだな」

 

 シンのつぶやきに、ルナマリアも頷いた。

 

 「ええ。……きっと、あの光の下でステラは笑ってる」

 

 二人はしばらく黙って空を見上げていた。

 風が吹き、夜の海の匂いが漂う。

 波音の合間に、どこかで小さく歌声が聞こえた気がした。

 それはきっと幻――それでも、優しい幻だった。

 

 「……私たち、まだやれるよね」

 

 「当たり前だろ」

 

 シンの言葉に、ルナマリアは微笑んだ。

 もう泣かない。もう後ろを向かない。

 崩れた楽園の中で、それでも咲いた希望を、

 この手で守り続けようと心に決めた。

 

 「おやすみ、シン」

 

 「うん……ルナ、ありがとう」

 

 シンが去ったあと、部屋に静寂が戻る。

 ルナマリアは再び窓の外を見た。

 星の光が湖に反射して、小さな道を作っている。

 その光をたどるようにして、彼女はそっと手を伸ばした。

 

 (ステラ。あなたの祈り、私が繋ぐよ。ステラの平和の祈り。無償の愛。私ステラみたいになれないけど。私のできる方法で戦いたい。シンを守りたい。ステラとシンが笑いあえる世界の為に私は戦うよ)

 

 心の中でそう誓う。

 もう、祈るだけでは終わらない。

 誰かを守るという行動で、祈りを形にしていく。

 

 空を見上げる。

 風が頬を撫で、夜が少しずつ明け始めていた。

 光の気配が空を染める。

 

 ルナマリアは微笑んだ。

 ――ステラが守れない戦場のシンを、自分が守る。

 たとえ戦火が再び訪れたとしても、この手を離さない。

 

 その誓いは、夜明けの光に包まれながら、

 静かに、しかし確かに、彼女の胸に刻まれていった。

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