機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百十話 静かな夜に、信じるという選択――揺れる想いと、守られるべきもの――
舞台袖の階段を下りたステラとマユを、すかさず四人のボディガードが身を挺して囲む。
全員スーツ姿だが、体格は良く、立ち姿には隠しきれない緊張感があった。
明らかに軍隊経験者だとわかる所作。
彼らはニコルの実家、アマルフィ家が雇ったプロで、身元も背後関係もすでに確認済みだ。
昨今、コーディネイターだからといってブルーコスモスと無関係とは言い切れない。
そのため、人選には過剰とも思えるほどの慎重さが払われていた。
守られている、という実感が、かえって事態の切迫を物語っているようで、ステラは小さく息を呑んだ。
強面の男たちに交じって、二十代後半ほどの美しい女性がステラに歩み寄る。
「ステラさん、お疲れ様でした」
そう言って楽屋まで同行するのは、護衛兼マネージャーのシエルだ。
短い赤毛の彼女はプラントでも有数のボディガードで、これまで何度も政府要人を護衛してきた。
シエルはコーディネイターだが、ナチュラルに対する偏見や差別を持たない。
当然、最初は職務としてステラに接していたが、今ではすっかり彼女の歌の虜になっている。
このままずっと個人契約で護衛する価値のある少女だと、本気で思っていた。
「ありがとう、シエルさん」
ステラがにこりと微笑むと、シエルはわずかに口元を緩める。
そして、周囲に聞こえないよう耳元で囁いた。
「オーブからアスラン・ザラが来ています。火急の用事で、すぐ会いたいそうですが」
「アスランさんが……?」
アスラン・ザラ。
カガリ・ユラ・アスハの婚約者であり、オーブ代表直属の政務官。
その彼が、なぜこのベルリンに?
一瞬で、胸の奥に不安が芽生える。
シエルが嘘をつくはずはない。
そして、アスランは理由もなくここへ来る人物でもない。
──シンに、何かあった?
そう思った瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
ステラにとって、シンはかけがえのない存在だった。
何度も助けてもらい、支えられ、
今ここで歌えているのも、シンがいてくれたからだ。
シンが無事でいてくれれば、それだけでいい。
それが、ステラの本心だった。
シンの隣にはルナマリアがいる。
自分と同じくらい、いや、それ以上にシンを想っている人だ。
ルナなら、きっと守ってくれる。
──「シンは、二人で守る」
かつて交わした約束が、胸によみがえる。
それでも、ステラにはわからなかった。
ルナもシンが好きなのに、
どうしてあんなに、いつも辛そうなのか。
同じ人を好きになっただけなのに。
どうして、ルナだけが傷つくのか。
答えは見つからないまま、胸の奥に沈んでいく。
「何か用事なのかな。マユちゃん、聞いてる?」
「ううん。お兄ちゃんからも、ニコルからも何も……」
二人は自然と顔を見合わせた。
ベルリンでのコンサートは今日が最終日。
数日休息を挟んで、次の慰問ツアーへ向かう予定だった。
戦争で家族や友人を失った人々を巡る旅は、心も体も削られる。
それでも、今夜は「終わった」はずだった。
「どうします?」
「……うん。アスランさんがここまで来るなら、会う。
なんだか、嫌な予感がする」
「お兄ちゃんと……ニコルに、何かあったのかも」
二人とも、同じ予感を抱いていた。
理由はない。
けれど、こういう時の勘は、不思議と外れない。
楽屋に併設されたカフェで、着替えを終えた二人はアスランと対面していた。
アスランは軽く会釈すると席につき、三人で紅茶を注文する。
「今夜のうちに、君たちをオーブでかくまう」
「……え?」
「なんで?」
唐突な言葉に、ステラとマユは同時に息を呑んだ。
マユの頭の中が一瞬、真っ白になる。
理由が分からないまま“避難”という言葉だけが浮き上がり、胸の奥に不安が沈んでいった。
その反応を予想していたのだろう。
アスランは一拍置いてから端末を取り出し、画面を二人に向ける。
その指先が、わずかに強張っていることに、ステラは気づいた。
「プラントは、何かを隠している」
ユニウスセブン落下後、地球は混乱し、
親連合派と親プラント派に分かれ、泥沼の状況に入っている。
理屈としては理解していた。
けれど、それが自分たちに直接向けられる話だとは、マユはまだ実感できずにいた。
画面に映し出されたのは、
プラントの新たな歌姫、ミーア・キャンベルと、その隣を歩くニコルの姿だった。
手を取り合う二人は、どう見ても恋人同士だった。
「……ニコル!?」
声が、思った以上に掠れていた。
胸の奥がぎゅっと縮まり、息がうまく吸えない。
信じたい気持ちと、目に映る現実が、容赦なくぶつかり合う。
――違う。
――ニコルは、そんな人じゃない。
そう思おうとするほど、心は揺れた。
自分は子供だ。
何も知らされていないのは、自分だけなのではないか。
そんな考えが、マユの不安をさらに煽る。
「表向きは、だ。
ニコルはミーアと恋人を演じている。
その裏で、ミーアに糸を引く者に接触している」
アスランの声は静かだったが、どこか必死さが滲んでいた。
言葉を選び、間違えないように慎重に紡いでいる。
それは、マユを傷つけたくないという気持ちの裏返しだった。
「親友として言わせてくれ。
ニコルは、マユを裏切るような男じゃない。
だが、二人の関係が知られれば、マユが狙われる」
言葉が、胸に突き刺さる。
信じたい。
信じている。
それでも、画面の中の光景は、あまりにも現実的だった。
心臓が締めつけられ、視界が揺れる。
涙が出そうになるのを、必死でこらえる。
ここで泣いたら、ニコルを疑ってしまう気がした。
そのときだった。
「……ニコル、泣いてる」
ステラが、そっと画面に指を伸ばす。
否定もしない。
押しつけもしない。
ただ、マユの感じた違和感を、そのまま言葉にしただけだった。
ニコルの笑顔は、確かに柔らかい。
だが、その奥に、言葉にできない悲しみが滲んでいる。
マユにも、はっきりとわかった。
――ニコルは、独りで戦っている。
疑ってしまった自分が、たまらなく憎かった。
「マユは悪くないよ。ステラだって、シンがこんな顔してたら、落ち着けない」
ステラは、マユの不安を否定しなかった。
怖かった気持ちも、揺れた心も、全部そのまま抱きとめるように、
優しくマユを抱きしめる。
「ニコルは大丈夫。きっと大丈夫。
マユとニコルは、とってもお似合いだもん」
「……うん。うん……」
マユは、震える息を整えながら頷いた。
完全に理解できたわけじゃない。
それでも、信じたいという気持ちは、ちゃんと残っていた。
その様子を見て、アスランはようやく小さく息を吐いた。
胸の奥に溜めていた緊張が、少しだけ解ける。
――分かってもらえた。
それだけで、どれほど救われたか、自分でも驚くほどだった。
「事情は分かってもらえたな。今すぐ空港へ向かう」
アスランが紅茶を飲み終えた、その瞬間だった。
轟音と共に、床が大きく揺れる。
アスランとシエルが即座に二人を床に伏せさせ、拳銃を抜く。
「……予想より早かったな」
アスランの低い呟きが、
静まり返った空間に、重く響いた。
次回予告
燃え落ちる空の下、
歌に包まれていたベルリンは、一瞬で戦場へと変わった。
平和を照らしていた光は炎に呑まれ、
祈りの声は、爆音にかき消されていく。
守るべき少女たちを抱え、
アスランは瓦礫と銃火の街を駆け抜けた。
だが、逃げ場は尽き、
空港すらもまた、炎に閉ざされる。
誰かを守ろうとするたび、
世界はそれを嘲笑うかのように壊れていく。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百十一話 燃え落ちる空の下で――歌声が消えた街、焼き払われた平穏――