機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生――運命に抗う少年と、崩れゆく世界―― 作:屠龍
第百十二話 食堂に鳴り響くコンディションレッド ――残された皿、哀愁の背中と、終わらせない誓い――
ミネルバ艦内に警報が鳴り響いている。
先ほどまで皆が和気あいあいと過ごしていた食堂は、食べかけのソーセージやジャーマンポテトの乗ったトレイが机の上に溢れていた。
その光景を見て、コック長がため息をつく。
また自分の子供のような若い子達が、戦場へ向かう。
「帰ってきたら、美味い物をたらふく食わせてやるからな」
後ろで大慌てでトレイを片付ける部下に混じって、コック長も無言で残飯整理を始めた。
幾多の散った命を見続けてきたコック長の背中は、哀愁に満ちていた。
「コンディションレッド発令!! 繰り返します!! コンディションレッド発令!!
パイロットは直ちにブリーフィングルームへ!! 関係各員は速やかに持ち場についてください!!」
メイリンの艦内放送に、ヴィーノとヨウランは急いで格納庫へ向かった。
緊急発進に備えて準備は整っているが、最終チェックを行わなくてはならない。
「ったく、ゆっくり飯食う暇もないのかよ」
ヴィーノは先ほどまで食べていた、豚の塩ゆで料理――アイスバインを思い出していた。
柔らかく煮込まれた豚肉のうまみと、マスタードの絶妙な辛さが忘れられない。
「終わったらまた食えるさ。急がないと、また班長にどやされるぞ」
走るヨウランの後ろから、シンとルナマリアが追いつく。
二人とも全力疾走なのに、息一つ乱さない。
「二人とも頼むぞ~」
「ちゃんと帰って来いよ」
ヨウランとヴィーノの声に、手を振って答えるシン。
「まかせとけって」
シンと初めて会った時の事を、ヴィーノは思い出す。
あの時、シンは工事用アストレイで緊急着艦してきた。
出てきたシンはルナマリアを抱いていて、ルナも満更でもない様子だった。
立ち去るシンとルナを見送ったあと、ヴィーノはヨウランに話した。
「なあ、あの二人。つきあってるのかな?」
「こんな時に、何言ってるんだよ」
「だって、いつも一緒にいるじゃん」
ヨウランの軽口に、ヴィーノは答えなかった。
いつ死ぬかもわからない時代だからこそ、恋愛をしてもいいじゃないかと思っていた。
───ブリーフィングルーム。
パイロットスーツに着替えたシンとルナが揃ったところで、ニコルが状況を説明する。
「ブルーコスモスと思われるMS二個大隊が、ベルリンを強襲している。しかも新型の黒い巨大なMAを伴っている」
「随分悠長ね。私達を試験にでも使うつもり?」
アグネスが早速ニコルに噛みつくが、ニコルは微動だにしない。
その様子に、アグネスは苛立ちを募らせた。
だがニコルにとって、アグネスの苛立ちなどどうでもよかった。
今はただ、一刻も早くベルリンへ到着し、ステラ達を見つけなければならない。
「そういう事じゃない。敵はベルリンを落とした後、ユーラシアに反抗する都市を次々と攻撃するだろう。そうなれば、戦局は崩壊する」
ニコルは言葉を選ぶように、静かに口を開いた。
ステラの危険性については触れなかった。シンがいる以上、下手に言えない。
それ以外にも理由はあった。
敵の数と装備を考えれば、これは単なる奇襲ではない。本格的な侵略行為だ。
戦略規模の攻撃を許せば、ベルリン以降に待ち受けるのは、さらなる戦火と犠牲の連鎖。
プラントに対する信用失墜も、避けられない。
「でも、それなら私達だけでどうにかなるの?」
「ザフトはすぐに救援部隊を編成してくれるだろう。それまで持ちこたえればいい」
ニコルは即座に答えた。
だが内心では、そう簡単に救援が来るとは思っていなかった。
そもそもミネルバにフェイスである自分を配属した時点で、政治的な思惑が絡んでいる。
これを利用しない議長ではないだろう。
ミネルバとフェイス・ニコルの活躍でベルリンが守られた――
そうした政治効果を狙っていても、おかしくはない。
となれば、援軍の到着は遅れかねない。
「直ちに出撃する。各員は発進体勢を整えてくれ」
ニコルは即断し、タリア艦長の了承を得た。
ニコルもタリアも同じフェイスだ。互いの意見を無視することは出来ない。
タリアは先にミネルバを発進させ、艦の安全を確保したかったが、今回はニコルの判断を尊重した。
「カオス、レイ・ザ・バレル。出るぞ」
沈着冷静な声と共に、レイのカオスが発進する。
発進後、MA形態へと変形した。
ギルバート・デュランダルの計画は、すべてうまく進んでいる。
自分は、それを微調整するだけだ。
このベルリン強襲も、きっとギルの仕組んだ事だろう。
ならば派手に暴れ、正義のザフトを演じようと考えた。
アグネスは先ほどから苛立ちを抑えられずにいた。
いや――ニコルにマユという恋人がいると知ってから、なぜか胸が痛む。
それがミーアに乗り換えたと聞いてから、さらに酷くなった。
アグネスには、ニコルがなぜミーアを選んだのかわからない。
あれほど溺愛していたマユをあっさり捨てて、ミーアに乗り換えたなんて、理解できなかった。
“私の方が、ミーアより魅力的なのに!!”
アグネスは、この感情が何なのか知らない。
男はみな、自分を選ぶ筈なのだから。
ニコルが選ぶのも、アグネスでなくてはならない。
───どうしてニコルは、私を選ばないの?
自分でも理解できない胸の痛みを抱えたまま、ガイアがカタパルトへと乗る。
「ガイア、発進どうぞ」
「アグネス・ギーベンラート。ガイア、出ます!!」
発進時のGがかかり、視界が一瞬かすむ。
その一瞬、ニコルの乗るアビスへと視線が向いた。
「ニコル・アマルフィ。アビス、行きます」
ニコルの胸中は、指揮官として自分を律そうとする理性と、恋人としてマユを守りたいという想いで張り裂けそうだった。
マユを助けるためなら、たとえレイに見抜かれても、本当の想い人がマユだと知られても構わない――そうさえ思い、そしてその考えを捨てる。
ギルバート・デュランダルが何を企んでいるのかわからない以上、この演技を降りるわけにはいかない。
それに、アスランにはステラとマユの救出を頼んである。
今頃、二人はベルリンを離れているかもしれない。
コンサート終了までに逃げる時間があった事を、ニコルは切に願っていた。
「ルナマリア・ホーク、セイバー出るわ!!」
ルナマリアは赤い翼を羽ばたかせ、皆より先行する。
この先にベルリンがある。
遠目にも、損害は大きそうだった。
あの渦中に、ステラとマユちゃんがいる。
そう思うだけで、肌がぞくりと粟立つ。
二人をシンが愛しているからじゃない。
自分も、二人を愛しているからだ。
(───ステラ、マユちゃん。二人とも、無事でいて)
病院の中庭で歌ってくれた、ステラの姿を思い出す。
神々しく、穏やかで、女神とはきっとこういう人を言うのだろう。
大切な親友。
そして、同じ男性を愛してしまった恋敵。
それでもステラは、ルナマリアにとって大切な人だった。
シンは高鳴る心臓の鼓動を抑えるのに必死だった。
先ほどまで食堂に流れていた、ステラの歌が胸を焦がす。
ステラが今、どこでどんな目にあっているのか想像すると、胸が張り裂けそうになる。
あの歌で、沢山の人達が幸せになったのに。
その歌が終わった直後に、世界は簡単に壊された。
誰かが憎かったわけじゃない。
誰かを傷つけたかったわけでもない。
ただ歌って、ただ生きようとしていただけだ。
それを踏み潰す理由が、どこにある。
シンは拳を握りしめた。
震えているのは、恐怖じゃない。
どうしようもない怒りだった。
守れなかった。
まだ何も始まっていなかったのに、終わらされてしまった。
――次は、終わらせない。
それが誰のためなのか。
もう、一人のためだけではなかった。
歌を聴いて笑っていた人たちのために。
泣きながらも立ち上がろうとしている人たちのために。
だから行く。
今度こそ、間に合わせる。
「シン・アスカ!! インパルス、行きます!!」
シンのコアスプレンダーが発進し、空中で合体する。
五機のMSが、燃えさかるベルリンへと向かった。
次回予告
黒煙の中、アスランはハンドルを握り続けていた。
追撃する装甲車、砕ける街、逃げ惑う市民。
守れなかった炎の記憶が、胸を締めつける。
それでも背後には、守るべき子供たちがいる。
シエルの判断で追尾は断ち切られ、
橋を飛び越え、辛うじて包囲を抜けた。
だが車は限界だった。
揺れる荷台で、ステラは声を殺しマユを抱く。
――ニコルなら、きっと同じ選択をした。
そして、あいつなら間に合う。
根拠のない信頼を胸に、
アスランはまだ走ることを選ぶ。
次回。機動戦士ガンダムSEED DESTINY REBIRTH 運命の再生
第百十三話 走り続ける理由 ――守れなかった過去と、信じている背中――